後、私なりに5年以上掛けてあんな回りくどい方法でクズを消す理由と、なぜ彼ほどの念能力者が普通にグリードアイランドをクリア出来なかったのか、最後のやたら晴れやかな顔の理由を考えてみました。
考えれば考える程思うんですけど。
ゴン、キルア、ビスケの3人ではまず、ハメ組が爆破されてなければ多分クリア出来ていませんでしたよねぇ。あれ実際ゲームの趣旨的には最低に最強ですし。堅牢を独占してれば全てのカードを他人がカード化すれば数の暴力で取れるわけですし。
駆け出しの街の片割れのルビキュータの町外れの小道。そこで両手をポケットに突っ込みながら怒気を隠そうともせずに歩いている男がいた。
「クソがッ…!」
偶々進行方向にあった石を蹴り上げた彼の名は"ゲンスルー"。念能力者としての能力だけならグリードアイランド最上位クラスの具現化系の念能力者。
彼がこのグリードアイランドに来たのは2ヶ月程前。ゲームクリアに500億の賞金を掛けている大富豪バッテラに送り込まれたプレイヤーのひとりでもある。友人のサブとバラと共に3人のチームでグリードアイランドをプレイしている。
しかし、現在彼とその仲間はゲームに行き詰まっていた。
というのも初めは順調にゲームを進め、30枚程の指定ポケットカードを埋める事が出来たのだが、つい先日30人を越える集団のプレイヤーに襲われ、ほぼ全ての指定ポケットカードを奪われてしまったのである。
圧倒的な量と頭数によるスペルカードでの強奪。如何にも指定ポケットカードを埋める事の出来ない弱い者が考えそうな事だ。何せフリーポケットに入るカードの数は45枚。ならば頭数そのものを増やして、確実にカードを奪える程スペルカードを保有して他者から奪えばいい。1度に撃てるスペルカードは頭数で決まり、フリーポケットはあまり多いとは言えないのだから。それこそ真っ当にゲームをプレイしてカードを掴み取った彼らのような者を嘲笑う最高で最低の方法だ。
彼らがグリードアイランドで初めてカード化されたカードも2枚、奪われた指定ポケットカードの中にはあった。
まず、誰かが目的のカードを手にするのを待つ。そして、真っ当にプレイしてカードを掴んだプレイヤーの横から数の暴力でカードを奪っていく。その繰り返しだ。そんな事をされ続ければ真っ当にゲームを進めようとするプレイヤーなど居なくなってしまうのは明白。
グリードアイランド発売から既に5年間。誰ひとりとしてゲームクリア者が出ない理由は、それだったのだと彼は確信する。ゲンスルークラスの念能力者か、それ以上の者も他に居たであろうが、正直者が馬鹿を見る壮絶な足の引っ張り合いが起きているグリードアイランドの現状に呆れ、ゲーム自体を投げてしまったのだろう。
(だが、俺はゲームを諦めはしない。少なくともクズにクリアさせるような真似だけは絶対に阻止してやる…)
ゲンスルーは歪んでいるが、それでも彼なりの矜持がある。それはクズが強者に楯突く事に他ならない。弱者ではなくクズなのが重要だ。
(このゲームをクリアするにはまず、真っ当にゲームクリアを諦めて強奪に徹する連中を皆殺しにしなけりゃ始まらない……いや、それでも根本的な解決にはならないか。いっそ、自分で最大勢力の強奪集団を作り、それがカードを集め切る寸前で奪い取るのが理想。だとすれば必要なのは……)
ゲンスルーは足を止め、眼鏡を直してからそっと呟いた。
「数十人を確実に一斉に殺せる念能力…それも脅しに使えるものか…」
もし、正面から念能力者同士での勝負を吹っ掛けられ、それに敗北してカード全てを取られたのならゲンスルーは納得しただろう。彼も命を掛けた戦いならば喜んで応じ、勝者にはそれ相応の見返りが無ければならない。
だからこそ念能力者としては、自身よりも遥かに格下の群れるだけのクズ共に、スペルカードで一方的にカードを奪われるこのゲームのシステムがゲンスルーには我慢ならなかったのだ。
「あ?」
通り抜けようとした公園に入ろうとすると、ベンチのひとつを複数人が囲んでいる光景が目に入った。バインダーすら開いていない青多めの配色の女性ひとりを、11人の集団が囲んでいるようである。
(初心者狩りか……人数が多いな)
ゲンスルーはブックと唱え、バインダーを開く。
(近付いて
既にゲンスルーに失うモノはない。普段より攻撃的かつ頭に血が昇っている彼はそんな事を決行しようと、絶でオーラを絶ち、公園の話し声が聞こえる程度の位置の木の裏に隠れる。この距離なら20mも跳べばレヴィで全員からカードが回収出来る。そこで少しだけ顔を出し、その顛末を見届ける事にした。
「そろそろシズクちゃんとマコちゃん戻って来る頃かしらぁ…」
「おい、聞いているのか?」
(なんだあの女……いや、女なのか?)
11人のプレイヤーが囲んでいるのは青い肌をした女性型の魔獣である。トンボのような羽根から妖精のように見えないでもない。
魔獣はバインダーを出していないところから、このゲームに入ったばかりなのだろう。折角手に入れた指定ポケットカードを横から掠め盗られる事に多少同情を覚える。まあ、同情を覚えたからといって何をするわけではないが。
「折角、人間…それも彼の知り合いの作ったゲームなんだから、極力人間に沿ったルールと方法で楽しみたいのよぉ。だから
そう言って魔獣は手で小さく何度も押し返しながら、羽虫でも払うかのようにシッシッと声を出す。
(スッゲー煽り方だな…オイ)
ゲンスルーはその清々しいまでの見下した態度に呆れと共に何やら妙な共感すら生まれる。2ヶ月前の選考会に彼女が居たのならゲンスルー組は今頃4人になっていたかもしれない。
「ッ! 舐めやがって!」
案の定、挑発にキレたリーダー格の男は練でオーラを練り上げると、手に拳程の念弾が形成される。
(硬で作った念弾か、あの程度の使い手でもマトモに受ければ俺でも痛いじゃ済まないな)
対する魔獣は欠伸でもするのではないかと思えるほど緩んだ表情をしており、全く意に返していない。だが、その雰囲気に少しだけ怒気が含まれ始めたような感覚をゲンスルーは覚えたが、態度から気のせいだと振り払った。
(ってアイツ絶状態じゃねぇか!?)
余りにも堂々と自然にしていた為にゲンスルーは今の今まで魔獣が、ずっと絶状態でいる事に気が付かなかったのである。
(あー、あー……死んだよ)
念弾は既に放たれており、それは魔獣の体幹に一直線に向かう。だが、あり得ない事に念弾は、ほぼ絶状態の魔獣に当たる直前に爆散した。
(は…?)
ゲンスルーに見えたのは一瞬、魔獣の手がぶれただけで、魔獣は一切のオーラ操作をしていない。つまりは硬で集められた念弾をオーラを使わず、素手で弾いたという事になる。表皮がとてつもなく頑丈な魔獣なのか、それとも技術が果てしなく高いのか。何れにせよ彼は魔獣の戦闘力を上方修正した。
念弾が効かないと悟ったリーダー格の男は、バインダーからスペルカードを取り出して掲げる。
「
「"ミサイルガード"」
そう呟いた瞬間、魔獣の周囲をシャボン玉のように透明の膜のようなものが覆う。それに遅れてシーフが殺到した。
しかし、またあり得ない事が起こる。なんとシーフは透明の膜に触れた瞬間、さっきの念弾のように跡形もなく霧散してしまったのだ。無論、そんな名前で、そのようなエフェクトを伴う防御スペルは存在しない。となると答えはひとつだろう。
(スペルカードを………念能力で無効化した…?)
ゲンスルーが固まっていると、いつの間にか魔獣は、さっきの緩んだ表情から能面のように全くの無表情になっている。
「ハクアっていう名前はねぇ。まだ私が孵化し立てのただの大きな白蟻だった頃に彼が付けてくれた名前なのよぉ。まあ、私は同化の法の延長線で卵になってただけなんだけどぉ…」
その直後、魔獣の表情が完全な侮蔑へと変わり、体表面を1cm程オーラが包み込む。
(な……)
そのオーラを見た瞬間、ゲンスルーは悟った。 "化物"という言葉がそこに存在しているのだと。
たった1cm、されど1cm。しかし、あの1cmを貫く事は誰にも不可能だろうと直感で理解する。例えるならマグマに指を突っ込んで無事で済むか。そんなやるだけ無謀な上、何も得るものが無いような虚無感をその1cmというオーラの壁は放っていた。
「あ、
「あらぁ? 話の途中で何処に行こうというのかしらぁ?」
(辛うじて見えた…とんでもない速度でスペルカードを奪い取って戻ったのか)
ゲンスルーの目にすら、数万枚の間隔でフィルムのほんの1枚に別のモノを紛れ込ませるサブリミナル効果のように、座っている体勢でない状態の魔獣が1度だけ視覚情報として認識出来ただけであるが、それが見えた以上はそういうことなのだろう。人間で例えれば、フィルム映画のひとコマが切り替わる時間以内に、全ての行動を終了させられるような話だ。速い……いや、そんな生温い次元の話ではない。
初心者の皮を被った何かを襲ってしまったあの者達が、まだ生きている今ならあの魔獣から逃げる事が出来る。だが、彼は釘付けにされたように魔獣の動向から目が離せなかった。
「それとも私の話を耳にするのが、身に余ると思っての行動かしらぁ? だったら塵にも踏み躙られる悦びを教授してあげなきゃねぇ」
魔獣の手に何処にでもあるような簡素で白いリモコンが出現した。
「"
(来たか念能力!)
さっきのミサイルガードというモノも念能力ではあるが、スペルカードを無効化したという事に気を取られ、考察を忘れていた。だが、今度はゲンスルーよりも遥かな高みどころか別の次元にいる念能力者の念能力を見る事が出来る。こんな機会は一生に1度も無いだろう。彼は念能力者としては正しい方を向いていた。
その言葉の直後、11人の周りを覆うように数百匹の子猫程の大きさの白蟻が、取り囲む。
(1度に辺りを埋める程の量の念獣だと!?)
放出系系統が近く、念獣に強い適正のある放出系か、操作系を極めた念能力者辺りなら200~300体程の念獣を同時に扱う事も可能だろう。だが、具現化までが速過ぎる。通常それほどの数の念獣を作製するのならば、作製にコストや、あえて1体、1体の作製に時間を掛ける事で1体辺りの消費オーラを抑えるモノだ。だが、全くそれがない辺り、魔獣の馬鹿げたオーラ量が伺える。
「な……なんだこりゃ!?」
男がそう叫んだ後、11人に一斉に白蟻の群れが飛び掛かる。雪崩れのように襲い来る白蟻を全て対処出来る筈もなく、瞬く間に白蟻の群れに呑まれる。
ゲンスルーはそれよりも最初の何匹かは対処されて消滅した事に注目する。
(念獣1体、1体の戦闘力は低い……いや、ほぼ無いな。となると何の効果が付与されている?)
ゲンスルーの予想通り、殆ど無傷の11人がそこにいた。しかし、全員の肩、胸、腰等様々な箇所に一人につき、1匹づつ白蟻が張り付いている。張り付いた白蟻の手足は身体に一体化しており、自力で外す事はまず不可能だろう。
(あれは……まさか…爆弾!?)
ゲンスルーは白蟻の尻の部分が透けて液状の魔獣のオーラが中に入っている事と、尻に数字のようなものが刻まれている事からそう推測した。
「その念獣は作製の時に込めたオーラの量に比例して爆発力と、起爆までのカウントが伸びるのよぉ」
その答えは魔獣の口から直接語られる。
◇◆◇◆◇◆
「ふぅ……余計なオーラ使っちゃったわねぇ」
(………………)
ゲンスルーは木に背を預けながら絶句していた。
殺傷力を高める為のあえて長いカウント、念能力の解除方法の説明がトリガー、カウントを待たずに即爆破も可能。今の彼にとって目から鱗どころか、既に新たな念能力の形が8割方決まってしまったと言っても過言ではない。
(能力名は……
ゲンスルーは未だ見ぬ爽快な光景を思い浮かべ、口の端を歪めて笑みを浮かべる。
「ねぇ? ずっと見ていたアナタもそう思わないかしらぁ?」
瞬間、ゲンスルーは心臓を鷲掴みにされたように身体が軽く跳び跳ね、絶が乱れる。
気付いていないと自惚れていたわけではないが、ほんの少しでも気付かれていなければいいという期待があったのは否めない。そして、いざ矛先がこちらに向けられているとわかると足が竦んだが、彼は魔獣の前に姿を現した。
また絶状態になっている為、再び無害な一般人のような感覚しか覚えないが、1度本性を見た後だとそれさえもおぞましさすら感じる。
「いつから気付いていた…?」
「アナタが怒り心頭な様子で公園の前の道で石を蹴って、公園を横切ろうとした時からよぉ」
「俺が気付くより前かよ…」
ゲンスルーの絶などそもそも無駄だったらしい。それでは通り掛かる振りをしてガン見してた方が、幾分か印象が良かったかもしれないと考えたが、後の祭りである。
魔獣はゲンスルーを値踏みするような目で眺め、感心した或いは良いモノを見付けたといった様子に変わる。
「才能はかなりある方ねぇ。絶も悪くなかったし、オーラ量も及第点ぐらいはあるわぁ。それ以上に具現化系なのに戦闘特化の念能力なんて素敵じゃない。イ・ビ・ツで」
「な…!?」
念能力すら見せずに系統を言い当てた事に男は目を見開く。それと同時にゲンスルー自身を魔獣が褒めている事に少しだけ嬉しいような感覚を覚えた。
「見てたならわかると思うけどぉ、私とーっても強いでしょう?」
「……………ああ…」
強いとかそういう次元の話ではないが、魔獣の中ではそういう次元の話らしい。ここで妙なことを言わないでただ頷くのが、世渡りの秘訣である。
「でも
「要するに…?」
「アナタを指定ポケットカードに100枚カードを集めた上で、ゲームクリアさせてあげるから私のフリーポケットになりなさいなぁ」
「クリアさせてやるから仲間になれって事か…?」
「あらぁ? 不満?」
不満などあろう筈もない。寧ろ、このグリードアイランドで最も敵対してはいけない存在が、味方に付くのだからこれ以上の好条件など無いであろう。ただ、唐突かつ向こう側にあえてゲンスルーを選ぶ程の理由が、そこまで無いことで決めかねているだけだ。
そこで冷静になった彼はふと自分の依頼主について思い出す。彼は金が欲しくてこのゲームをプレイしているわけで、ひょっとすると魔獣もその一人で、全額を渡す事も条件だったりするのかもしれない。それならば本末転倒だ。
「…………ひとつ聞きたい、お前はバッテラからの依頼でここに来たのか…?」
「誰それ? なんだかお菓子みたいな名前ねぇ、家のジョイステからよぉ」
(よしっ! 問題無し!)
それを聞いたゲンスルーは、心の中で全力のガッツポーズを取る。そこで彼は素に戻り、二人の友人の事を思い出した。彼らは自分程で無いにしろ粗削りではあるが、一流の使い手であると思っている。
だが、この別の次元からやって来たとしか思えない魔獣は、自身のオーラそのものを隠す、無駄に洗練された無駄の無い無駄な技術は異常である。彼自身も魔獣が片鱗を見せるまで一切、気が付かなかったのだから、二人が実力に気付く事は絶望的だろう。よって初見で魔獣の気分を害す可能性が無いとは言い切れない。そうすればどんな目に遭わされるかなど想像に難しくない事を悟り、彼は冷や汗を流し始める。
「ならこっちにもひとつ条件がある」
「へぇ? 何かしらぁ?」
ゲンスルーには魔獣のタイプの人種の扱いには多少心得があった。それは至極単純に礼を欠かない事である。そして、嘘は吐かない事が重要だ。 だから、ありのままの彼の心の内を魔獣に伝える。
「何かあっても俺の連れの安全は保証してくれ。もし殺すなら俺だけでいいだろう?」
「…………顔に似合わず殊勝ねぇアナタ」
(……ほっとけ)
ゲンスルーは顔に出さず心の中で答える。
「まあ、いいわぁ。アナタの友達は何があっても絶対に殺さない。これで交渉成立ねぇ、改めて自己紹介。私はハクア。アナタはだぁれ?」
ゲンスルーは身なりを整え、額の汗を拭き、眼鏡を直してから口を開いた。
「"ゲンスルー"だ」
こうしてゲンスルーはグリードアイランドクリアの最終鬼畜兵器を手にしたのであった。
ゲンスルーがなかまになった!
ああ、ちなみにゲンスルーさんですけど。
この小説に今後、グリードアイランドが終わろうとも出続けるので覚悟しておいてくださいね(はーと)。