居酒屋で愚痴を聞くだけの簡単なお仕事です   作:黒ウサギ

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高垣楓:決別

楓さんにお出掛けのお誘いを頂き、落ち着かない気持ちで承諾した。

現在彼女を店内で待たせており、俺はと言うと

 

(ヤバイヤバイヤバイヤバイ!)

 

シャワーで火照る体を冷やしていた。

楓さんからのお誘いを受け、慌てて支度をしているわけだが、一向に頭の整理が行えていない。

何故、どうしてとグルグル疑問が駆け巡る。

Pが何かを言ったから来たのだろうか。それとも自分の意思で来たのだろうか。

 

「何にしても、覚悟はしておかないとな…」

 

蛇口を捻り水を止める。体はまだ熱を持っているがあまり待てせるわけにもいかない。急いで体を拭き、時間をかけずに恥ずかしく無い程度に身支度を済ませる。

少しだけ心が浮ついてる気がする。昨日Pにあんな事を言ったが、意中の人と出掛けるのだ。少しくらいは仕方が無いのではと考え頭を振る。

 

「落ち着けよ神楽悠人。こんなのは友人が遊びに誘いに来たのと一緒だ。」

 

そう考えることで落ち着かせる。

ただ、遊びに行くだけ。他意はない。

乾かした髪を整髪料で少しだけ弄る。服装も恥ずかしく無いように、着慣れた服を、それでいて生える様な服を選び

 

「お待たせしました」

 

「ふふ、待つことも楽しい物ですね」

 

彼女は、文句を言わずに待っていてくれた。

彼女の服装は紺色のコート、ミニスカートにストッキングというシンプルな服装だ。だが、とても綺麗で美しい。

 

「神楽さん?」

 

少し見惚れてしまった。慌てて視線を外し

 

「その服、似合ってます。とても…綺麗で…」

 

なんて事を口走ったのは仕方が無いと思う。

その言葉で彼女は嬉しそうにはにかみ

 

「ありがとうございます」

 

恥ずかしそうに俯いた。

なんだこれはなんだこれはなんだこれは

めちゃくちゃ可愛い。今すぐ抱きしめたい。

なんで彼女はアイドルなんだろう。アイドル以外で知り合えたら、この気持ちを素直に伝えられたのに…

 

「えーと…取り敢えず出掛けましょうか?何処か行きたい所とかあります?」

 

そんな気持ちを忘れる様に、会話に走る。

 

「誘ったのは私なんですけど、特に行きたい場所とかは無いんですよね…」

 

「なら男性としてここはエスコートして見ましょう」

 

「あら、神楽さんは紳士的ですね。でしたら貴方にお任せしちゃいます」

 

どうせ俺の気持ちは報われ無い。どちらにせよこの気持ちとは別れないといけないのだから。なら、せめて…

 

(今だけは、楽しませて見せます)

 

楓さんを、精一杯楽しませるだけだ。

 

「では、シンプルに買い物にでも行って見ますか!」

 

 

 

 

 

 

 

「このマグカップ素敵ですね…」

 

デザインも派手過ぎず、頑丈なマグカップを手に取り彼に話しかける。

 

「マグカップですか、楓さんはマグカップとかよりもお猪口のイメージが強いんですよね」

 

なんて事を笑いながら喋る彼。私の我儘に付き合ってくれている彼。

 

「ふふ、確かに家にありますね。お酒を飲む時は必ずお猪口なんです」

 

そんな気はしました。

なんて笑いながら言う彼を見て

 

(やっぱり、私は神楽さんが好きみたい…)

 

出会いも、理由も単純かもしれない。

でも芽生えた気持ちは嘘では無い。

高垣楓は神楽悠人が好きである。この気持ちは誰にも恥ずべきではない。

 

「ふふ、お猪口でちょこっと飲むのが好きなんです」

 

「ちょこっとじゃ済まされないでしょ…。瓶で何本も開けてくのが想像出来ますよ」

 

あぁ、楽しい。

他愛の無い会話が楽しい。

彼と一緒にいる時間が気持ちいい。

 

「確かにそうですね。ちょこっとじゃ済ましません」

 

願わくば、私の気持ちを受け入れてください。

あぁ、神様。お願いします。

 

(事務所的に芳乃ちゃんや聖ちゃんに祈ってみましょうか)

 

などと考えていたら、神楽さんを見失ってしまった。

何処にいるのだろうかと辺りを見回して見るとレジで何かの会計をしている所だった。

何か欲しい物でもあったのだろうか。

会計を終わらせた彼に何を買ったのか訪ねようとしたら

 

「わっ。何ですか?」

 

「お出掛けの記念です。流石に誰かに見られたら大変な事になりますから。それ、被ってて下さった」

 

シンプルなデザインのニット帽。

彼が選んだ物。私のためにと選んでくれた物。

 

(また、忘れられない物が増えました…)

 

 

 

 

 

 

 

「ひゃっ」

 

小さな声で悲鳴を上げ、手を握られる。

柔らかく、すべすべした手から伝わる彼女の体温が心地よい。

 

「楓さんホラー苦手なんですか?」

 

雑貨屋などを少し時間をかけて見回った後、映画館に訪れていた。女性と出掛けた事など千川としか無かったので、デートと言えば映画という謎の概念に従い来て見たのだが

 

「ホラーはそこまで苦手じゃ無いんですけど、集中して見てる時に大きな音が出るのが苦手で…」

 

ホラーと言うのはそういった物である。視覚だけでなく、聴覚からも恐怖を訴える。

俺自身としては小梅ちゃんと涼ちゃんと見る機会があるので、そういった所は慣れている。

 

「…神楽さんは、平気そうですね」

 

「小梅ちゃんに偶に付き合わされる事があるので」

 

耐性があるのかもしれませんね。と伝えると手の甲を抓られた。

 

「他の女性の名前を出すのは、良く無いことですよ?」

 

女心は難しい。

 

 

 

 

 

「久振りに来たかもしれません」

 

ゲームセンターは余り好きでは無い。

煩いし、何処か馴染めない雰囲気があって苦手。

それでも、友人に誘われて何度か訪れたことはあるが、進んで来ようとは思わなかった。

 

「俺も学生の頃は来てましたけど、最近は全く来てないですね。うっわ懐かしい…」

 

学生の頃の貴方を私は知らない。知っているのは大学生活の一部分だけ。

 

「ふふ、なんか童心に帰った見たいですね」

 

神楽さん、私は昔の貴方を知りたいです。

 

「そうですね。UFOキャッチャーとか今色々あるんですねー」

 

昔だけじゃなく、今も、これからも…

 

「神楽さん、プリクラ撮りましょうよ。思い出に…」

 

だから、思い出を下さい。心に残る、手元に残る思い出を

 

「プリクラは…流石に恥ずかしいですね」

 

「男は度胸ですよ、ほら!」

 

腕を取り、多種多様なプリクラ機に向かう。

恥ずかしさに顔を赤らめた彼が何処か可笑しくて、自然と笑みが零れてしまう。

 

「色んなフレームあるんですね。神楽さんはどんなのが良いですか?」

 

「やーこう言うのはよくわからないので…、楓さんにお任せしますよ」

 

「お任せされましょう、ではこれで!」

 

私が選んだのは二人が近付かないと映らないタイプ。

それを選ぶのは勇気が必要でした。でもこれぐらいしないときっと意識してくれない…

 

「ふふ、ほら、神楽さんもっと近くに」

 

「いや、これは流石に近過ぎえぇ!」

 

顔が触れ合う位に近づく。男物のシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐる。嗅ぎ慣れない男の人の汗の匂いに混じったそれが、私の体温を上昇させて行く。

 

ーーチーズ!

 

フラッシュとともに、一枚目が終わる。

二回目のフレームは抱き合わないと映らないフレームで

 

「楓さん……?」

 

「……はい」

 

「やるんですか……」

 

「やります……っ」

 

女は度胸である。

 

 

 

 

 

 

 

「楽しかったですね」

 

くるくると回りながら公園の細やかな灯りに照らされる彼女はとても神秘的だった。

 

「えぇ、とても楽しかったです」

 

心から、楽しかったと言える。

彼女と回った雑貨屋

彼女と観た映画

彼女と撮ったプリクラ

どれも掛け替えのない思い出になる。

 

「私も夢のような時間でした、忘れられない思い出です」

 

「俺も、忘れられない思い出が出来ました」

 

本当は忘れなければならないのだろう。

でも、今になって忘れたくないと考えてしまう。

駄目だ、覚悟をしたでは無いか。

 

「神楽…いえ、悠人さん」

 

真剣味を帯びた顔で、下の名前を呼ばれる。

 

「本当は、悠人さんから言って欲しかったんですけど。私から言わせてもらいます」

 

 

 

 

 

 

 

ーー悠人さん。私は、貴方のことを心から愛しています。

 

 

 

 

 

 

心臓が高鳴る。

即決で喜んで返事をしたい。

今すぐ駆け寄って抱きしめたい。

キスをしたい……

 

「楓さん…」

 

でも、それは

 

「すみません」

 

許さない。俺自身が許さない。

 

「そう……ですか」

 

「ほら、俺なんかよりも、楓さんにはもっと良い人がいますよ!」

 

嫌だ、俺の所にいて欲しい。

 

「Pとか良い奴ですよ、友人の俺から見てもあいつは優しくて素敵な「私は!」」

 

普段の彼女からは想像出来ないほどの声で言葉は遮られる

 

「悠人さんが……いいんです……っ!貴方が、私をアイドルでもない唯の高垣楓として、見てくれる貴方が良いんです!」

 

涙を流しながら、大声で叫ぶ。

 

「貴方が!アイドルの私と付き合うのを躊躇うなら!私はアイドルなんてやめます!」

 

何を…

 

「何を馬鹿な事を言うんですか!アイドルになって楽しいって言ったじゃないですか!皆と過ごす時間が楽しいと言ったじゃないですか!あの言葉は嘘なんですか!」

 

「嘘なんかじゃない!アイドルは楽しいです!笑いながら皆と過ごすのが楽しいです!でも……それ以上に……」

 

 

 

 

 

 

ーー貴方と一緒にいたいんです!

 

 

 

 

 

泣かせるつもりは無かった。

悲しませたくは無かった。

そんな顔を見たくは無かった…。

その言葉はとても嬉しい。心の底から嬉しい…!

だからだからこそ

 

「ごめんなさい……!」

 

そう告げて、俺は逃げる様に走り出した。

 

「バカァ…!バカァ…!」

 

泣いた彼女から、逃げる様に

 

 

 

 

 

 

ーーパシャ

 

 

 

 

 

そんな音が、何処からか聞こえた気がした。




次回辺りでラストかなぁ…
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