居酒屋で愚痴を聞くだけの簡単なお仕事です   作:黒ウサギ

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鷺沢文香:恋

地下鉄に乗り、当ても無くフラフラと出掛ける。

珍しく一日休暇を貰えたため、暇潰しに出掛ける事にしたのだが

 

(満員電車とかついてなかった……)

 

混雑するであろう時間をずらし出掛けたのだが、余り効果は無かったらしい。

軽く瓶詰めにされた気分である。こんな事になるのなら運動不足解消ついでに自転車にでも乗ってくるのだったと軽く後悔。降りる予定の駅まで後少しなので耐えるのだ自分……

 

 

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無事に辿り着いた。以前に文香ちゃんと小説の話をしていたのを思い出し『ジ○ンク堂』に来て見たのだ。

さすが本店、見渡す限り本本本。まぁ本屋で本以外が大量に置いていたらびっくりだが。

特に欲しい本が有るわけでも無いのでフラフラと良いなと思った本を手に取りながら歩いていく。

料理の本で珍しい物があった。

『真心込めて、貴方に捧ぐ愛情弁当』

タイトル凄い。少しだけ興味を惹かれ、手に取ろうと伸ばした手が

 

「「あっ」」

 

触れ合った。

漫画みたいな事が起こるもんだなと考えながら手を引き、違う本を取ろうと考えていたら

 

「あ……神楽さん」

 

「ん、文香ちゃん?」

 

見知った女性がいた。自然と胸が高鳴る

 

「文香ちゃん、今日は仕事休みだったの?」

 

「あ、はい。今日は休みでしたので……新しく本を買いに来たのですが」

 

ちらりと彼女の見る本は先程の本。誰かにお弁当を作るつもりなのだろうか。

 

「文香ちゃん、お弁当作るの?」

 

直球で質問をした自分を殴りたい。こういった本を手に取ろうとしたのだ、そら作るために探していたに違いない。

 

「えっと……すいません、ちょっと興味を持って……」

 

誰に贈るのだろうか。と言っても浮かぶのは友人の顔である。あの野郎、もげろ。

何てことを考えていたら

 

「文香」

 

一人の男性が、親しげに彼女に近づいてきた。

胸がざわめき、何処か納得してしまう。

あぁ、贈る相手は彼なのか……

 

「お父さん」

 

なんて考えていた自分が恥ずかし!

文香ちゃん彼氏いたんだ。とか一瞬でも考えた自分恥ずかしい!

 

「母さんに似て本当に本の事になると夢中になるな。っと、そちらの男性は?」

 

「ごめんなさい……。こちらの方は…お、お友達ですっ」

 

「文香にも男の友達が出来る様になったか…。初めまして、文香の父です」

 

「ど、どうも。神楽悠人っ言います。」

 

差し出されたてを慌てて握る。お父さんか、若すぎる。うちの親父と比較してみろ、何処がとは言わないけどふっさふさやぞ。

しかし彼氏で無くてホッとした。

 

(ホッとした…?何で…?)

 

何故かは分からない気持ちに戸惑いながら、会話を続ける。

 

「この子は昔から積極的に動こうとしなくてね、気がついたら本さえあればいい。そんな風になってしまった。友達がいると聞いて安心したよ。」

 

「お、お父さん……っ。何もそんな事言わなくても…」

 

「そんな子がアイドルになると聞いた時は寝耳に水。本当にやっていけるのか不安だったが、随分と人気があるアイドルになったんだね」

 

何処か感慨深そうに喋る彼は、とても嬉しそうだった。

 

「昔の文香さんを、自分は知らないですけど。最近の彼女は明るいと思います」

 

「お願いですから…二人ともそこまでにしてください…」

 

会話を続けていたら顔を赤らめ俯いてしまった。

 

「あはは、すまないね文香。どれそろそろ帰る時間だね、私はこれで失礼するよ。」

 

「あっ、お父さん…送ります」

 

「何、流石に迷うこともないだろう。文香は彼とゆっくり過ごしなさい」

 

どきりと、胸の内を見透かされた気がした。

文香さんのお父さんが俺に近づいて来て

 

「あの子は奥手だからね、君がエスコートしてくれ」

 

何てことを言って去っていった。

待て、待て、待て!

 

(文香ちゃんと二人きりですと?)

 

取り残された彼女もどうしたら良いのか分からずにアタフタしている。

 

「あーえー…、お父さん帰ったね」

 

「すいません、お父さん結構自由な人で…」

 

「成る程…、どうしようか。こ、この後何処か行く?」

 

「その……でしたらっ」

 

 

ーー私の家に来ませんか?

 

 

即答で返事をした俺を誰が責められようか。

 

 

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「ご馳走様でしたっ」

 

どうも話を聞くと、本職である俺に料理を食べてもらい評価が欲しかったとのこと。浮かれた俺の馬鹿…

 

「お口に合いましたか……?」

 

ごめんなさい、女の子の部屋に来たの初めてでそっちに意識いってました。

彼女は女子寮暮らしであった。そんな彼女の部屋は見事に本で埋まっており、彼女らしい部屋だと思う。

女性特有の甘い匂いに包まれたその部屋に入ってからという物、落ち着くことが出来ない。

 

「美味しかったよ!そりゃもう毎日でも食べたいくらいに……」

 

何を口走っているのだ俺は!自然と顔が赤らみ体温が上がって行く感じがする。彼女も顔を赤らめ俯いてしまい。沈黙が生まれてしまった。

 

「ご、ご馳走になったし片付けるね!」

 

「あ、いえっ。お願いしたのは私なのでゆっくり座ってて下さい……」

 

「あ、うん。お言葉に甘えます…」

 

何処か嬉しそうに食器を片付けている彼女を見て、こんな奥さんいたら、幸せなんだろうな。とか思う。誰かの作るご飯は久しぶりだった。しかもこんな可愛い子に作ってもらえるなんて幸せである。

 

鼻歌を歌いながら洗い物をしている彼女の後ろ姿はとても魅力的に映った。力を入れれば折れてしまいそうな華奢な体を揺らしながら洗い物をする彼女を見てこちらも嬉しくなってしまう。

 

(いかん、落ち着こう)

 

立ち上がりトイレを借りようとする。女子寮は一つ一つの部屋にトイレもキッチンも風呂もある。

 

「文香ちゃん、お手洗い借りるね」

 

「はいっ。あ、すいませんやっぱり待って……きゃっ!」

 

小さな悲鳴が聞こえ、何が起きたのかそちらを確認しようと振り向くと強い衝撃が襲って来た。

 

 

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「痛い…って文香ちゃん、大丈夫!?」

 

何かに躓いたのか、文香ちゃんが倒れて来たのだ。

慌てて彼女の無事を確認するのだが

 

「だ、大丈夫です……っ。」

 

「なら、よかっ……た……」

 

無事だとわかり、落ち着き、感じてしまった。

倒れかかってきたことで近くにある彼女の顔を。

整った、人形のような顔。

そんな彼女から生じる甘い香り。

そして、押し付けられた彼女の胸。

何か箍が外れる様な気がした。

 

「ご、ごめんなさいっ!すぐどきますっ」

 

「待って!」

 

この匂いで、何処かおかしくなってしまった。

離れようとする彼女を抱きしめる。

 

「神楽……さん?」

 

強く、強く、強く抱きしめる。

彼女の目は潤んでおり、自然と身長差から上目遣いの形になる。

それが、更に俺の気持ちを加速させる。

 

「神楽さん…少し、痛いですっ」

 

その声も、その仕草も、全て美しい

抱き締めたまま、彼女の顎を少しだけあげる

 

「え、神楽さ……っん!」

 

我慢が出来ない、抑えが効かない。

優しく、でも乱暴に彼女の口を奪う。

胸の中で抵抗するように動く彼女の体を更に抱き締る。

 

「んっ……あっ……」

 

彼女の吐息も体温も全て愛おしい

どれ位経っただろうか。

繋がっていた唇を離すと唾液の糸が引いた。

それを見て冷静を取り戻す。

 

「ちがっ、こんなことしようと、思って無くてっ」

 

何をしているのだ俺は!

無理矢理唇を奪う、欲望のままに抱き締めて!

彼女の意思も無視してっ!!

 

「ごめんっ、ごめんっ!」

 

座り込み、赤らめた顔でこちらを見る彼女から逃げるように部屋を飛び出す

 

「あっ神楽さんっ!」

 

違う違う違う違う!

こんな真似をしようと思っていなかった!馬鹿か俺は!

廊下を走り玄関に向かう。ここにいては駄目だっ、俺がいては駄目だ!

 

「あら、神楽さん?」

 

「楓、さん…」

 

玄関に着くと、出掛けていたのか楓さんがいた。

 

「急いでどうしたんですか?……神楽さん、泣いているんですか?」

 

言われて初めて気づく。目から零れ、頬を伝う物に。

 

「違う、違う、違う!」

 

彼女からも逃げるよう走り出す。

泣くのなら何故あんな真似を、何故裏切るような真似をした!

 

「馬鹿だ…馬鹿だっ」

 

嗚咽が零れる。

自分が嫌いになる。

 

どれ位走り続けただろうか。気がつくと何処かの公園にいた。目についたベンチに座り、頭を掻き毟る。

 

「くそっ、くそっ、くそっ!」

 

これからどんな顔して彼女に会えばいい

これからどんな顔して皆に会えばいい

どうしてあんな真似したのだ、どうして抱き締めてしまったのか。自問自答するが出てくる答えは一つだけ。

わかっていたのだ、彼女に会うと気持ちが高ぶるのも。

彼女の笑顔を見て、嬉しくなるのも。

最初からわかっていたのだ…

 

「あぁっ…あぁっ!」

 

 

ーーどうしょうもない位、彼女の事が好きなのだ

 

 

 

 

 

 




超展開っ!
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