ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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断章 世界の甲板から-3000万の男-

 1

 

 グランドライン、とある島。

 ふらりと立ち寄っただけ。そんな足取りで鷹の目のミホークは島に上陸していた。

 

 報告のために走った男は今頃到着しているだろう。

 さほど急ぎもせずに歩き、すぐに島の内陸部、蒸し暑さを感じる環境の中で彼らを見つけた。

 

 木陰の下に、見覚えのある海賊団。

 どこか凄まじい覇気を感じさせる様相で、彼らは客人を迎え入れた。

 

 「よう、鷹の目。こりゃ珍客だ。おれは今気分が悪ィんだが……勝負でもしに来たか」

 「フン……片腕の貴様と今更決着をつけようなどとは思わん」

 

 真っ先に口を開いたのは赤い髪の男だ。

 かつて死闘を演じた頃とは違い、左腕を失くして黒いマントに隠されている。しかし姿が変わってもやはり凄まじい覇気。腕は落ちていないと見える。

 

 ミホークは肌を刺すような威圧感を受けて微塵も表情を変えず、冷静さも失わないまま。

 懐から取り出したそれを右手に持つ。

 

 「こんな島に居るところを見れば、どうやらまだ知らんようだな。世話焼きついでに持ってきてやった。貴様は興味があるだろう」

 「あ? 何の話だ」

 「まずは読め。そうすればわかる」

 

 一定の距離を置いたままそれを投げ、わずかな音を発して地面に新聞が落ちた。

 赤い髪の男は動かず、代わりに副船長、ベン・ベックマンがそれを手に取り、読み始める。

 一面を見てすぐに気付いた。確かにそれは一味が興味を持つはずだ。

 

 「こりゃあ……お頭」

 「なんて書いてある。読んでくれ」

 「イーストブルーである大佐が海賊にボコられたようだ。海賊とつるんでたらしい。それはいいが問題なのはやった奴ら。フッ、懐かしいな……あんたの帽子をかぶって笑ってる」

 

 ベックマンの言葉に他のクルーたちが一斉に動いた。

 赤い髪の男は俯いたまま、まだ動かない。

 そこでミホークがさらに懐から手配書を取り出し、それを広げて見せてやった。

 

 「先日、これを受けて政府は新たな手配書を出した。そこに写っている者たちの内二名のな。昔貴様が話していたのを思い出した。ある小さな村の、面白いガキの話……」

 「おいっ、まさか!」

 「中々面白い小僧だ。資質はあると見ている」

 

 赤い髪の男、シャンクスが顔を上げて笑みを浮かべる。

 

 「来たか……ルフィ」

 

 待ち望んでいた時だ。約束を果たすため、友が航海に乗り出した。

 これを知って一味は大いに盛り上がり、特別騒ぎたい気分になったらしいシャンクスが声を張り上げる。それに乗る者、困った顔をする者、仲間たちの反応は様々だ。

 

 「おまえら飲むぞ! 宴だ!」

 「飲むってあんた、飲み過ぎで苦しんでたばっかだろ」

 「バーカ、こんな楽しい日に飲まないでどうすんだよ。おい鷹の目、おまえも飲んでけ」

 

 今の今まで酒を飲み過ぎてぐったりしていたが、再び元気になって酒盛りを始めようとする。

 そんなシャンクスに仲間たちも付き合い、同じく笑い始めた。ミホークまで巻き込まれて本人は迷惑そうにしているものの、上機嫌なシャンクスは気にしていない。

 

 喧騒を耳にしながら、ベックマンは注意深く新聞に掲載された写真を見ていた。

 大きくなった友人は昔と変わらぬ笑顔を浮かべている。見間違えるはずもなかった。

 

 気になるのはその隣。肩を組んで楽しそうに、どことなく見覚えのある顔。

 ベックマンがちらりと近くを窺えば、やはり彼に似ている少年が写っていた。

 

 「ヤソップ。おまえ、ガキが居たって言ってたな」

 「あぁ? おいおいなんだよ、あんなに話してやったのに忘れちまったってのか? 勘弁してくれよ、おれの宝だぞ」

 「ガキは今いくつだ」

 「そりゃルフィと同じくらいだから、それなりにはなってるだろうさ」

 「ルフィの隣にな。おまえによく似た男が写ってるんだ」

 「……な、何ィ?」

 

 慌てて立ち上がったヤソップが新聞を受け取る。

 見てみれば確かに、自分に似た顔立ちで鼻の長い十代の少年が写っていた。

 

 顔には見る見るうちに喜色が浮かび、笑みが深くなっていく。

 間違いない。そう思って彼は声を張り上げた。

 

 「お頭ァ! おまえら! 見てくれ、おれのガキが写ってる! ルフィと一緒に来やがった!」

 

 跳び上がって心底嬉しそうに叫ぶ。

 それを聞いてまたシャンクスや仲間たちが笑顔で喜び、大騒ぎは止められなくなった。

 ベックマンはやれやれと首を振り、苦笑して彼らの様子を見回す。

 

 

 

 

 2

 

 グランドライン、とある島。

 人気のない酒場で食事していた青年は、店主が持つ新聞を見ると目を見開いて驚いた。

 今の今まで食事中に眠ってしまっていたため気付かなかった。昔からの悪い癖だ。店主に起こされなければもう少し寝ていただろう。

 

 店主が読むそれには大きな見出しがあり、写真がでかでかと張られている。

 その中に一つ見覚えのある顔があった。

 否、見覚えがあるどころではない。それはもしや己の弟ではないか。

 

 オレンジ色のテンガロンハットをかぶった半裸の男は期待を込めながら店主に尋ねてみる。

 

 「なぁおっさん、その記事なんだ?」

 「んあ? あぁ、イーストブルーで起こった事件だよ。なんでも海賊が記者を呼び出して書かせたらしくてな。海賊が島を支配してた話に海軍が絡んでたって話だ。世も末だよな」

 「へぇ。で、その海兵がぶっ飛ばされたってことだろ?」

 「ああ。やったのはルーキーみたいだぜ。初頭の手配で3000万だとさ。確か手配書が――」

 

 新聞をカウンターへ置き、店主が少し席を外す。

 その間に青年が新聞を手に取って改めて確認する。

 

 大きな写真に笑顔で写る少年少女たち。

 中には魚人も居るが、中央に居るのは間違いなく自身の弟。

 にやりと口の端が上がって、写真の中に居る彼へ伝えるように呟いた。

 

 「そうか、やっぱりおまえだなルフィ。ついに海に出たのか」

 

 成長しても幼き日と変わらぬ笑顔を見やり、思わず安堵する。弟を案じていたのか、彼もまた子供のように心からの笑みを浮かべていた。

 

 店主が戻ってきて一枚の手配書を手渡す。

 青年は新聞を置いてそちらを受け取り、眼前に掲げて確認した。

 顔のアップで、カメラに手をかざそうとした仕草も写って、誰かの後頭部も入っている。非常に上機嫌そうな、楽しそうな笑顔だった。

 

 「おかしな世界になったな。こんなガキが3000万とは」

 「へへっ。おっさん、こいつおれの弟なんだ。ガキの頃に海賊になるって誓い合った」

 「んん? 弟ぉ? あ……おい、ちょっと待て。あんたよく見りゃ、手配書で――」

 「ああ、おれのことなんてどうでもいいさ。それよりこいつは、ガキの頃は弱っちくてよ、泣き虫だったってのに今は仲間を見つけて海賊になったんだ。信じられるか? つっても知らねぇからなんとも言えねぇか。とにかくすげぇことなんだ」

 「あんた、弟って」

 「あのルフィに懸賞金がかけられたか。時間が経つのは早ぇもんだな」

 

 店主は驚愕した顔で呆然と立ち尽くし、何も言葉が見つからなくなり。

 ちょうどその頃だった。

 店の扉を蹴破るように入って来た男たちが数名。厳めしい顔で青年の背を睨みつける。

 

 その背に描かれた誰かのマーク。世界中に名を知られる大海賊のジョリーロジャーだ。

 同じくその青年は世界中の人間が知る大海賊の幹部。

 一斉にピストルが構えられて、叫ぶと同時に引き金が引かれていた。

 

 「火拳のエース! 討ち取ったァ!」

 

 弾が尽きるまで銃声が鳴り響き、驚愕した様子で店主がカウンターの下へ伏せた。

 彼の体を貫通してカウンターに銃弾が突き刺さる。木製のそれから破片が飛び散って、壊れる音が連続して続き、しばらくすると弾が切れる。

 

 青年はまだ生きていた。

 ピストルが貫通した背には穴が開いて、不思議なことに炎が灯っている。そうかと思えば炎が穴を塞いでしまい、やがて彼の体は全く傷ついていない状態へと戻った。

 

 肩で息をする男たちは失念していたと思い出す。こんな武器が通じる相手ではなかったのだ。

 余にも珍しいその姿を見つけたことですっかり舞い上がってしまっていた。挑むべきではなかったと気付いたのは今になって。もう遅いだろう、このタイミングのこと。

 

 手配書を見たままわずかに体勢を変え、背後の彼らに腕を伸ばして指先を向ける。

 まるで銃の形を模すよう。

 指先から拳大の炎が飛び出して宙を駆け、並び立った男たちの体へ激突し、弾き飛ばした。

 凄まじい熱と衝撃を受けて彼らは外へ放り出される。

 そのまま地面に転んだ状態で悲鳴を上げ始め、炎に巻かれてジタバタと転げ回っていた。

 

 それからようやく店主が起き上がることができて、悲鳴を耳にしながら青年の顔を見つめた。

 背中のマークに火の体。まず間違いない。

 

 気付いた後では間違えるはずのない、いつだったか手配書で見た悪名高い人物。

 そばかすの残る顔にはひたすら嬉しそうな笑みが浮かべられていた。

 

 「今はまだイーストブルーだな。早く来いよルフィ。海賊の高みへ」

 

 青年の言葉を聞き、ただ驚くばかりであった。

 

 

 

 

 3

 

 イーストブルー、どこかの海域。

 海を行く帆船の欄干から海を眺め、新聞を読む男が居た。

 

 厳めしい表情だがそこにある写真をじっと見ていて、感情は窺えない。ただ何かを感じ取っているらしいとは立ち振る舞いから想像することはできた。

 珍しいこともあったものである。

 そっと歩み寄った少女は邪魔してはいけないと思いつつ、思わず問うてしまった。

 

 「珍しいですね。そんなに気になる記事ですか?」

 「フッ、面白い連中だと思ってな。自ら新聞に売り込むとは考える」

 「そうですよね。まだ名前も知られてなかったのに、この一件ですっかり有名人になっちゃいましたし。まぁそのための行動とも言えますけど」

 「どちらにしてもこのままじっとしている人間ではなさそうだ。おそらく荒れるぞ」

 

 少女は先程受け取った新聞に挟まっていた手配書を取り出し、前へ掲げて見せる。

 こちらにも同様の人物の顔が写っていた。

 

 「手配書も出てましたよ。今、イーストブルーに居るらしいですね」

 「ああ……少し様子を見に行くか」

 「え?」

 「用件は終わった。少しくらいの寄り道も許されるだろう」

 「そりゃそうですけど……」

 

 男は手配書を確認した後、海に目を向けてから言う。

 

 「時期を見てローグタウンに立ち寄ろう。あそこはグランドラインにほど近い。海賊たちが足を止めるには十分な位置にある」

 「彼らも来るかもしれませんか?」

 「ああ。運が良ければ一目見れるかもしれん」

 「うーん、やっぱり珍しいですね。ドラゴンさんがそこまで誰かに興味を持つなんて」

 

 男は薄く微笑んだだけで答えず、それを見た少女は肩をすくめて振り向いた。

 少し離れた位置に座っていた青年へ手配書を見せ、興味本位で尋ねる。

 

 「ねぇ、君は見た? 最近話題のルーキーくん」

 「そいつは……」

 「えーっとね、確か名前は――」

 「ルフィ」

 

 ぽつりと呟かれる。

 少女はわずかに驚いて小首をかしげた。

 

 「あれ? 知ってたの? あ、そっか。名前はここに書いてるもんね」

 「いや……」

 

 名前自体は手配書に書いてある。だがそれを見て言った訳ではないらしい。

 戸惑いを感じさせる青年は俯いてしまい、何やら普段と様子が違った。

 

 「どうかした? そういえば、イーストブルーの出身なんだよね。何か思い出したの?」

 「おれ、なんで名前がわかったんだ……? なんでかわからないけど、でも」

 

 ゴーグルを付けたシルクハットを指で動かし、わずかに目深にかぶって。

 迷いが生まれた声が出された。

 少女と男は初めて見るその表情をじっと見つめる。

 

 「なんか、懐かしかった」

 

 自分でも理由が分からぬまま、迷い、青年はただ素直な感情だけをそう表した。

 


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