ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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友ではなく、仲間ではない

 コツ、と小さな音を立てて石を積み上げること数段。もはや十に届こうかという頃であり、凄まじい集中力で掌大の石が乗せられ、微妙なバランスで立っていた。

 

 ふーっと息を吐いて落ち着く。

 異常なほど集中しているせいか、大して動いていないのに体が熱くなり、汗が流れる。

 

 男は上半身を裸で行為に勤しんでいた。

 言わばこれはただの遊びでしかないものの、集中力を鍛える訓練としては抜群。それぞれ形が違うためバランスの取り方が違っており、これらを積み重ねようと思えば、たとえ慣れていようと中途半端な気持ちではやれない。繊細な手つきと心を無にすることが重要だ。

 

 やがてもう一つ乗せられた。おそらくこれで新記録になる。

 石の塔は揺れ、危険な状況を見せるもやがて揺れが止まった。

 記録は更新されたようで、男が深く息を吐く。

 

 その直後に部屋の扉がノックされた。

 視線はそちらへ向けられ、口に銜えた二本の葉巻が煙を揺らして、返事をする。

 

 「入れ」

 「失礼します」

 

 果たしてそれは声が原因か、扉を開けられた衝撃だったか。

 途端に石の塔が崩れてしまい、せっかく積み上げたそれがバラバラと地面に落ちる。当然二人の海兵もそれを見ていて無視はできなかった。

 扉を開けた海兵がまずいことをしたとばかりに表情を引きつらせる。

 しかし積み上げた男は、別段何を想うでもなく散らばった石を見ただけだった。

 

 「ぷはっ。だめだ、こういうのはやっぱり性に合わねぇ。おれには細かい作業がだめらしいな」

 「も、申し訳ありません。お邪魔でしたか」

 「気にすんな。ちょうど終わる頃だった」

 

 男はそう言って肩の力を抜き、自らのジャケットを裸だった上半身に身に着けた。

 

 海軍本部大佐、スモーカーである。

 本部の大佐でありながらイーストブルーの派出所に勤務し、自身が守る町に来た海賊は誰一人として逃がしたことはない。ただし、それだけの実力を持ちながらグランドラインの勤務を外されているのは、上官からの命令にさえ従わない一面があったからだ。

 

 付いたあだ名が“海軍の野犬”。世間的には“白猟のスモーカー”として知られている。

 見た目にも恐ろしい強面で、力のある目は自身の部下でさえ緊張させ、物腰が柔らかくとも気が抜けない雰囲気がある。一方で部下想いな人物であることは知られていた。

 

 傍らに置かれていた長大な十手を持って準備は万端。

 自室を出る準備を終え、彼は部下からの報告を待った。

 

 「で、何があった。海賊どもが攻めてきたか?」

 「いえ、大佐にお会いしたいという方が来られてまして。監査役のウェンディ大佐です」

 「ウェンディ? チッ、あいつか。うちの監査にでも来やがったのか」

 「それが、ただ話がしたいだけだと。ここを調べる気はないようです」

 「面倒だな。それなら監査してもらった方がよっぽどマシだったぜ」

 

 報告を聞いた途端スモーカーは歩き出した。

 向かうべき場所は理解している。

 報告に来た海兵を後ろに従え、部屋を出て迷いなく廊下を進んだ。

 おそらく客人が待っているだろう一室を目指しつつ、さらに尋ねる。

 

 「確か軍艦が壊されたっつってたな。そっちはどうだ?」

 「修繕するにもあまりにひどい状態だったそうで、新しい物に乗り換えたそうです」

 「例の海賊どもだろう。要するにその話ってことか」

 「さぁ、そこまでは……」

 「どっちにしろ面倒には違いねぇ。さっさと帰ってくれりゃいいんだが」

 

 広い基地内であっても迷うことは一度もなく。

 扉が開かれ、スモーカーはすぐにその一室へと辿り着いた。

 

 足を踏み入れて最初に見えたのは、背を向けて座る女性の姿とその副官。

 見知った人物だと判断して前へ回り、自身も椅子へと腰掛け、正面から見据えた。

 もう何年振りになるだろうか。グランドライン勤務のウェンディ大佐である。

 久しく見る顔は以前と変わっておらず、相変わらず人を喰ったような笑顔が確認できた。

 

 「お久しぶりね、スモーカー大佐。相変わらず怖い顔で何より」

 「用件はなんだ」

 「ふぅ、男の人ってどうしてこうつれないのかしら。世間話にも付き合ってくれないの?」

 「相手が悪いんでな。おまえじゃなけりゃ多少は考えてやったんだが」

 「そう。変わってないようで安心したわ」

 

 微笑みを湛えるウェンディは紅茶が入ったカップを手にしており、スモーカーの副官が出したのだろう。室内に居た彼女はスモーカーにも同じ物を持ってくる。

 机にカップを置くのは短髪の女性だった。

 

 たしぎ曹長はスモーカーの右腕として知られる人物だ。

 時に鈍感な部分を見せるものの、基本的には聡明で気遣いができるやさしい人格で、剣士らしく刀を使う戦闘は女性と思えないほどの腕前。海賊が立ち寄ることが多い町でも引けを取らない。

 上官であるスモーカーとは対照的に真面目なのも褒められた部分。

 ウェンディは大層彼女を気に入っている様子で、視線に捉えるとふっと微笑んだ。

 

 「スモーカーさん、紅茶です。どうぞ」

 「たしぎちゃんは良い子よね。海軍の野犬にはもったいないくらい」

 「うるせぇ。余計なお世話だ」

 「ねぇ、私の部隊に来ない? 今の副官さんが怖くて怖くて。たしぎちゃんとなら上手くやれるんじゃないかなって思うんだけど。有能そうだしやさしそうだし」

 「い、いえ、私はそんな」

 「大佐。その怖い副官がすぐ後ろで聞いていることをお忘れなく」

 

 雰囲気は和やか、とは言い辛い。おそらく原因はスモーカーとウェンディの副官だろう。たしぎとウェンディには敵意がないが、他の二人は思いのほか緊迫感を醸し出している。

 特にスモーカーは突然の来訪に警戒していて、本題ばかりが気になっている様子だ。

 

 「おまえと茶を飲んで落ち着く気はねぇんだ。ここへ来た理由を聞かせろ」

 「せっかちね。でもそう来ると思ってたから、まぁいいわ」

 

 カップをテーブルに置いて佇まいを直し、ウェンディが背筋を伸ばす。

 少しは真剣になったのだろう。微笑みこそそのままとはいえ、どことなく空気は変わりかけた。

 

 「イーストブルーの勤務はどうかしら。あなたには退屈過ぎるんじゃない?」

 「どこに居ようがおれの職務を全うするまでだ。退屈なら結構。おれが真面目に働いてるって証明になるだろ。この町から逃げ出せた海賊は居ねぇ」

 「そうね、おかげでイーストブルーからグランドラインに入る海賊はすっかり減ってるわ。飛ばされた甲斐はあったってことよね」

 「言ってろ」

 「グランドラインに戻りたいとは思わないの? 私から掛け合ってもいいと思うんだけど」

 「結構だ。たとえ戻るとしてもおまえの手は借りねぇよ」

 「あらそう。残念ね、友達だと思ってるのに」

 

 くすくすと笑い、底が見えない様子にスモーカーの表情が険しくなる。

 

 「そんな話をしに来ただけか? ならさっさと仕事に戻れ。余計な寄り道をしたって噂だぞ」

 「余計じゃないわ。ある海賊について調べてたってだけ」

 「おまえが海賊に興味だと」

 「珍しいと思う? 今回ばかりは特別でね。他の人には任せたくないの」

 「例の新聞か」

 

 スモーカーが呟いたことでウェンディの笑みが深くなった。

 穏やかな様子はそのまま、目の色だけが変わり、彼女の本性を垣間見た気がする。やはりこれが彼女だとスモーカーがわずかに鼻を鳴らした。

 

 「察しがいいわね。ええ、そう。ちょっと興味を持っちゃってね」

 「おまえの軍艦が壊されたって話だった。あれは」

 「本当よ。たった一人にボロボロにされちゃった」

 「一人?」

 「捕まえていた海賊だったの。もしもの時は私が抑える気だったけど、してやられたわ」

 「フン……腕が鈍ったか。サボり癖が悪い影響に出たな」

 「確かにそうかもしれない。でも、それだけじゃなかったことが証明されたわ」

 

 スモーカーの眉間に深く皺が刻まれる。

 新聞のことを言っているのだとすぐにわかった。新聞記者を呼び出し、海軍の不正を暴くと共に自分たちの名を一気に売った海賊の行い。大々的なパフォーマンスは確かに話題になっている。あらゆる海の様々な町で、面白いルーキーが現れたと語る声は多いのだ。

 

 問題なのはそれを彼女が面白がっているようで。

 面倒だと感じて自然に声も厳しくなる。

 

 「まさかそれを良しとしてるわけじゃねぇよな? おまえがたった一人の海賊を逃しただけで大事になっちまった。どう責任を取る」

 「もちろん捕まえるわ。いずれは、ね」

 「いずれ?」

 「私たちはこれからグランドラインに戻る。再会は向こうでってことになるわね」

 

 妙な物言いにスモーカーは疑念を持った。その言い方では含みを感じる。何かを敢えて分かり易く隠しているような、そんな気さえした。

 当然スモーカーが気付かぬはずもなく、真意を問われることも彼女は理解している。

 

 「穏やかな発言じゃねぇな。それじゃあまるで、奴らがこれからグランドラインに入ると、そう言ってるように聞こえるぞ」

 「そうね。多分間違いじゃないわ」

 「おれがこの町に居たとしてもか」

 「予感がするのよ。彼らはこれから世界を揺るがすほどの存在になる。きっとね」

 「ただの予感でそこまで言うとはな。おまえも勘が悪くなったんじゃねぇのか」

 

 その返答にくすっと声を出し、肩をすくめてウェンディが問う。

 

 「あなたは聞いたことがない? “Dはまた必ず嵐を呼ぶ”」

 「D……?」

 「あの船にはDの名を持つ人間が居る。一人は船長、モンキー・D・ルフィ。ガープ中将のお孫さんらしいわ。私の船にも情報を求めて会いに行ったくらいだし」

 「ああ、そりゃおれも聞かされたよ」

 「だけどもう一人。私が興味を持ってるのはそっち」

 

 ウェンディが静かに問うた。

 

 「リンブルの名に覚えは?」

 「……忘れるはずがねぇ。世界政府と天竜人にケンカを売った大罪人だ」

 「世間に知られていないけど、彼女にはダンナさんが居たの。つまり結婚していた」

 

 そう聞かされた瞬間、彼女が言わんとしていることが全て理解できた。

 スモーカーは視線の先にウェンディを置いたまま、傍らに立つたしぎへ叫ぶ。

 

 「たしぎ、手配書を持って来い! 2000万の方だ!」

 「え? は、はい」

 

 あまりの剣幕に違和感を覚え、しかし命令とあってたしぎは部屋の隅へ走って手配書を探す。

 幸いすぐに見つかった。

 手渡された手配書を見つめ、スモーカーの顔に動揺が浮かぶ。

 

 「髪の色は気になっちゃいた。だがあり得るはずがねぇと」

 「これは秘密よ。お友達だから教えたの。外には絶対漏らしてはいけない……今はまだね」

 

 指を唇に当ててしーっと、楽しげにウェンディが伝える。

 興味があると語るだけあって何かを考えているらしい。その何かが恐ろしい気もする。

 

 だが触らぬ神に祟りなし。

 敢えて興味を見せなかったスモーカーは質問をやめ、ただ彼女の言葉に納得することにした。

 葉巻の煙を吐き出し、頭を振って手配書をテーブルへ置く。

 

 「一体何を考えてやがるんだか……まさか海軍を裏切ろうってわけじゃねぇよな?」

 「それはないわ。私、これでも意外と真面目なのよ」

 「フン、まぁいい」

 

 疑問は残るが深く追求せず、背もたれに体重を預けてスモーカーが会話を打ち切った。

 軽々しく動くような人間ではない。それを知っているからこそ、信用している訳ではないが心配はしていなかったようだ。これ以上聞いても無意味に終わる。

 

 スモーカーが口を噤んだのを見てウェンディは佇まいを変える。

 表情を引き締め、声色は真剣な物になった。

 

 「用件を言えって言ってたわね。ここからは単刀直入に言うわ。スモーカー大佐、グランドラインに戻ってきなさい。あなたはこの海に居るべき人間じゃない」

 「ほう……唐突だな」

 

 彼女の一言に、スモーカーは嘆息しただけだった。

 気にせず続けてウェンディが語る。

 

 「イーストブルーは平和の象徴よ。あなたの尽力もあって近年この海からグランドラインへ入る海賊の数は減っている。だけど、この海にあなたを置いておくのは海軍にとっての損害よ。もったいない。上の命令に反発することがなければ今頃大佐の地位じゃなかったかもしれない、それだけの実力はある。それがイーストブルーの支部だなんて」

 「大きなお世話だ。おれは不満を持っちゃいない」

 「素直じゃないのはわかってる。あなたがこんな程度で満足する人間なはずないでしょ」

 「ずいぶんおれを知ってる風に語るもんだ。人間、時間が経てば変わるもんだぜ」

 「だけどあなたは変わるようなタイプじゃない。そんな人が野犬だなんて呼ばれる?」

 「おれが望んだ名前じゃねぇ」

 

 スモーカーは憮然として反発するが、そんな態度こそ彼が変わっていないことを証明している。昔を知る者にとっては懐かしいとも、彼らしいとも思う表情だ。

 直属の部下であるたしぎはハラハラしているものの、ウェンディは上機嫌だった。

 

 経歴で言えば、スモーカーはウェンディより先輩になる。

 歳は彼の方が上。入隊も数年早いためウェンディは後輩のはず。それでも敬語を使うこともなければ気を使う素振りもないのは、家系の関係で彼女が幼少期から海軍に近くあったことと、入隊直後の若かりし日のスモーカーと出会ったからに他ならない。

 成長した部分はあるだろうが根っこの部分は何も変わっていなかった。

 数年ぶりにそれを再確認し、過去を思い出して思わず笑ってしまう。

 

 海軍の野犬は、自身が間違っていると感じればたとえ上官の命令だろうと受け入れない。感情のままに反発し、理性で相手を言いくるめてしまう厄介さがある。

 

 実力は本部も認めるほど。

 自らの戦闘能力に加えて部隊の指揮能力、部下を始めとした海兵の訓練にも定評があり、彼が居る町で海賊による乱暴が行われないのはひとえに海兵の働きが目覚ましいからだ。

 部隊はイーストブルーだけで言えば間違いなくトップに位置する実力と実績を持つ。

 また、スモーカー個人を言ってもグランドラインで大活躍できるほどの力は持っている。

 

 それなのにイーストブルー勤務となっているのはやはり命令に従わないため。実を言えば今までクビにされかかったことは何度もある。その度に同僚や部下が必死に訴えて残っただけのこと。

 力はありながら、自分にも他者にも厳しい態度のせいで損をしている逸材。

 前々からウェンディは彼がもったいないと嘆いていた。

 

 「ちょうど今、海軍の中で遊撃隊を組織しようって話になってる。海賊の行動に対して全般的に対処することになる部隊よ。当然戦闘が主な仕事になってくる。私たちのようにグランドラインを駆け回って、次から次に海賊を倒すことになるでしょうね」

 「初めて聞いたぞ、そんな話は」

 「まだ組織中なのよ。そこで、私はあなたを推したいと思ってる。いいえ、あなた以外には考えられないと言った方が正しいわね」

 

 副官が持っていた鞄から資料を取り出し、ウェンディに手渡した。

 彼女はそれをテーブルへ置いて話を進める。

 

 「こんな退屈な庭、あなたには似合わないわよ。多少危険でも前線に立って戦い続ける方がずっとあなたらしい。自分でもそれを望んでるはず」

 「遊撃隊、か」

 「すでに耳に入ってるでしょうけど、何もこの海の事件だけじゃないわ。イーストブルー以外の三つの海でもこれから先、波乱を呼ぶ可能性を持つ逸材が出てきてる。グランドラインでもね。海軍だって四の五の言ってられる場合じゃなくなるわ。上もそれをわかってる」

 

 テーブルに置かれた資料を手にすることなくじっと見つめ、スモーカーは動きを止めていた。

 真剣に考えているのだろう。彼は頭が良い、自分で答えを決められるはずだ。

 今はその背を押すため、必死に見えようとも真剣に声を発する。

 

 「この先、グランドラインは大荒れになる。あなたの力が必要なのよ。上もそう思ってるから多少のことは目を瞑って判断するはず。チャンスは今だけだと考えて」

 「なぜおれなんだ。他にも使える奴は居るだろう」

 「あなたが適任だと、私が思ったからよ。こんな所で羽伸ばしてる場合じゃない」

 

 ぴしゃりと言って、同僚と言うよりまるで身内が説教するようだった。

 

 「自分の正義を貫き通したいならそれ相応の力を手に入れなさい。腕っぷしだけじゃなく、地位や発言力もその内に数えられる。今のあなたに足りないのは自分を貫けるだけの地位」

 

 それはおそらく、監査役として数多の海兵を見てきたが故の発言だっただろう。

 だからこそ信頼できた。

 

 「今の海軍にはあなたが必要なの。グランドラインへ戻ってきて。海賊を倒して、市民の安全を守らなくちゃ。監査役の私にはそれができないから」

 「この町はどうなる」

 「もちろん後任の人間が来る。心配しないで、腕の良いのを選ぶから」

 「果たして、その言葉をどれだけ信じられるもんか……」

 

 肩をすくめて溜息をつき、だがスモーカーは拒否しなかった。

 今はそれで満足だとウェンディが微笑む。

 

 彼は海兵でありながら、今の海軍の在り方に不満を持っているはずだった。不正を行う軟弱な海兵も然り、七武海制度を用い、海賊の手を借りて勢力の均衡を考えるのもそうだ。

 上昇志向がある分、決して平和の象徴であるイーストブルーに居ていい存在ではないだろう。

 当然彼が居なくなった後の海に心配は残るが、それも今しがた方々を巡って海軍内部の膿を除去してきたばかり。少しはマシになるはずだった。

 

 偶然か、それとも必然か、海賊の時代が変わりつつある予感を得ていて。同じように海軍も変わらなければならない。変わらない物は時代に取り残されるだけだと知っていた。

 海軍が変わるためには彼が必要だと、ウェンディは本気で思っている。

 

 スモーカーならば信頼できる。彼が変えた海軍を見てみたい。

 願いが叶えばいいと思いながら話を終え、彼女は唐突に席を立った。

 

 「それとも彼らに会えば決断も速いのかしら。一度会って欲しいものね」

 「どうだかな」

 「気をつけて。あくまで噂だけど、今この辺りを革命軍がうろちょろしているらしいわ。あちらさんも腕の良い幹部を従えて活発になってるらしいし、海賊と同じくらい戦う羽目になるかも」

 「関係ねぇ……おれはおれの正義に従うだけだ」

 「フフ、今も昔もね」

 

 席を立った後、たしぎに向き直って声をかけた。

 すぐ傍には副官が控えるのだがさほど気にしておらず、いつも通りの態度に戻る。

 

 「ねぇたしぎちゃん、スモーカー大佐が嫌になったら私のところに来てね。歓迎するから」

 「は、はぁ……ですが私は、まだ大佐の下で学びたいことがありますので」

 「私も大佐よ。しかも監査役だから色んなところに行けちゃう」

 「い、いえ、あの、スモーカー大佐のことですっ」

 「ウェンディ大佐、いい加減にしてください。あまり人様を困らせないように」

 「あら怖い顔」

 「当然です。他の部隊の者までからかうのはおやめください」

 

 副官に怒られてしまい、困った顔で肩をすくめると彼女は歩き出した。

 未練は残さず、心配もしていない。

 スモーカーに背を向けて、ウェンディは部屋を後にしようとした。その一瞬、言葉を投げ渡す。

 

 「用は済んだからそろそろ行くわ。次はグランドラインで会いたいものね」

 「フン、こっちはもう二度と会いたくねぇがな」

 「あらそう。でも、出会う確率は高くなるんじゃない?」

 

 くすりと笑って部屋を出ていき、困らせてしまったたしぎに謝罪した後、副官も続く。

 二人の姿が廊下の向こうへ消えていく様を見ながら、残った二人が小さく呟いた。

 

 「なんだか、すごい人ですね。今まで会ったことがないというか……」

 「面倒なバカなんだ。気にすんな」

 

 そう言った後でようやくスモーカーが、テーブルの上に残されていった資料を手に取る。

 それを見つめてぽつりと言った。

 

 「遊撃隊か……退屈せずには済みそうだがな」

 

 自分へ問うように言われた言葉を聞き、振り返ったたしぎが彼を見ると、なんとなくウェンディの気持ちが分かる気がした。彼女もスモーカーの部下、それなりに人となりを理解している。

 彼はグランドラインへ行くだろう。

 納得した心地でそう思っていて、一度思えば疑えなくなっていた。

 

 一方、海軍基地を出た二人は港へ向かって歩いていた。

 用は済んだ。これからグランドラインへ戻る。当初の予定よりずいぶん滞在が長引いたが、思い出せば様々な出来事があって、不思議とウェンディは楽しそうに笑ってしまう。

 それを知りながら敢えて指摘せず、隣から副官が尋ねた。

 

 「来るでしょうか。スモーカー大佐は」

 「来るわよ。きっと」

 

 平和な町並みを歩きながら人々の顔を眺める。

 海賊の襲撃に怯える必要がないため、人々の顔には笑みがあった。誰もが日々を謳歌している。

 確認して、やはりあの男には似合わないと思った。

 

 「これから荒れそうね。私たちも忙しくなるわよ」

 「元々忙しいんです。余計な寄り道が多くてむしろ忙しさは増したほどですよ」

 「そう?」

 「そうなんです」

 「まぁいいじゃない。ゆっくりやっていきましょ」

 「そんな暇はありません。すぐに戻って次に取り掛かりましょう。仕事は山積みですよ」

 「ふぅ、海軍の不正って多いのね。そんなに忙しいなんて」

 「あなたのせいでスケジュールが押してるんです。いい加減現実逃避はやめてください」

 「ひょっとして怒ってる?」

 「当然です」

 

 怒られてしまってもウェンディの笑顔は変わらず、代わりに副官が溜息をついた。

 歩きながら空を見上げ、彼女が呟く。

 

 「次はグランドラインで会いたいわね。いつ会えるかしら」

 

 期待するような表情と瞳に、目敏く気付いた副官が顔をしかめる。

 

 「誰と会うのを期待しているんですか」

 「さぁ、誰かしら」

 「ハァ……仕事は疎かにしないでください。スモーカー大佐のことは言えませんよ」

 「大丈夫よ。私、結構真面目だし」

 「流石に私も手が出ますよ」

 「怒った?」

 「当たり前です。私が今日までどれだけ苦悩してきたことか……」

 

 副官からお小言を受けつつ、ウェンディは軍艦へ向かっていく。

 その笑顔は晴れ晴れとしていて、この先に起こる何かを期待している様子だった。

 


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