嵐によって大きく荒れる海で、首領クリークは悔しげに歯噛みしていた。
彼の仕事はもしもの場合に備え、敵の退路を断つこと。つまりは敵船の破壊だった。
当初は簡単だと予想して、手を抜くことなく十五隻の艦隊を引き連れて、頃合いを見計らって沖から姿を現したのだが、結果はどうだ。全く彼の予想通りには進んでいない。むしろ、最悪の結果として目の前にある。それは見たくもない光景だった。
十五隻の艦隊は、たった一隻を残して全て海の藻屑と消えていた。
やったのは魚人の集団、アーロン一味だ。彼らは敵が近付くと知るや船を動かさず、自らの肉体のみで海へ潜り、圧倒的な強さで敵の艦隊を屠っていったのである。
どれだけ人数が多くとも水中では呼吸できない人間ばかり。
海中から一方的に船を破壊し、海へ引きずり込めば人数の差など関係がなかった。
戦況はあまりにも一方的。それだけに屈辱を感じてクリークが余裕と平静を失っている。
こんな話は聞いていなかった。
麦わらの一味に魚人が居るなど聞いておらず、海中に居る敵への対抗策がない。
反撃のできない状況はただただ悔しく、憎らしく。
自然にクリークの全身は怒りに包まれていた。
「首領! これ以上は無理です! 今すぐ撤退を――!」
「黙れェ! このおれが敵前逃亡だと!? おれを誰だと思ってやがる!」
「し、しかし……!」
撤退を促すギンに対して厳しい言葉を返すほど、クリークは冷静さを欠いている。本来ならば撤退しなければただ全滅するのみ。だが狼狽する彼はそれを恥だと思って承諾しようとしない。
戦場、或いは海の上は、完全にアーロン一味が支配していた。
残った一隻に乗る海賊たちもすっかり怯え切っており、戦闘が継続できる心境ではない。
クリークが舌打ちをして、そう時を置かず、海から飛び出す人影があった。
突如船上にアーロンが乗り込んでくる。
敵は一人。舐められているのだろう。
当然クリークは怒りを露わにし、自らが前に出て武器を手にした。以前に壊れた金色の鎧の代わりに、同じ形で水色に光る鎧を装備している。
両肩の肩当てを手に持ち、全く同じ造りで用意した大戦槍を用意して、クリークが立ち向かう。
それを見るアーロンの目はひどく静かな様子だった。
「てめぇ……! ふざけた真似しやがって!」
「おまえが一番強ぇ奴か」
アーロンがクリークを見据えて小さく呟いた。
態度としては素っ気なく、見ているようでさほど注目していない。異様な雰囲気だ。
当人が気付けたかは定かではないが、有り体に言えば、眼中にないのである。
向き合ったとはいえアーロンに気はなく、足を止めて待つ余裕すらある。
妙な態度を見てギンが焦りを抱いた。
この敵は普通ではない。魚人であることを除いてもイーストブルー最高額の賞金首だったことには気付いており、額はクリークより上だったと理解している。
立ち会うにはまずい相手だろう。
ギンが止めようとするのだが、しかしクリークは武器を構えて自ら対峙し、譲らず。
アーロンもまた肩に担いでいたキリバチを握り直した。
「首領! 落ち着いてください! こいつは――!」
「どけぇギン! おれが負けるとでも言いてぇのか!」
「い、いえ、しかし危険です! ここは一旦体勢を整えた方が……!」
「おれが居ればどうとでもなるんだ! 誰もおれには逆らうなァ!」
そう言ってクリークが走り出した。
芸もなく真正面から向かい、対するアーロンはじっと見つめて冷静なまま。
武器を振り上げるのは全く同時。互いに距離が埋まったことを理解して攻撃の準備を行い、そして全力で振り切って攻撃とした。
キリバチと大戦槍が激突して、大戦槍の性質から小さな爆発が生じる。
武器の機構に驚いたアーロンは爆風でキリバチを押し返され、わずかだが体勢を崩した。
これ幸いとクリークが笑う。たたらを踏んだアーロンを見て一歩を踏み出すと武器を振り上げ、次の一撃で勝負を決しようとした。大戦槍にはそれだけの威力があると自負している。
浮かべられた笑みを見れば意志は伝わったのだろう。アーロンは自らキリバチを捨てる。
大上段から振り下ろされた軌跡を見、敢えて前へ出て体の向きを変えた。
アーロンの正面を大戦槍が通り過ぎて、直後には床を叩いて爆発を起こす。体勢を崩していたはずが見切った上で避けられた。巨体とは思えぬ身のこなしだった。
クリークは驚愕し、血走った目で彼を見る。
別段特別なことをした意識はないらしい。アーロンは涼しい顔で右腕を伸ばすと、クリークの首を素早く掴み、優れた腕力で無理やり地面へ押し倒した。
後頭部を強かに打ちつけ、視界にパッと星が散る。
どれだけ強固な鎧を身に纏おうと生身に受けたダメージは防げない。痛みで体が強張っていた。
「ぐおぉ、てめぇ……!」
「それで全力か? おまえの力はそんな程度なのかよ」
首を握る手へ徐々に力が入っていく。片手とはいえクリークを絞め殺せるだけの握力があり、苦しさを感じる彼自身、自分が死ぬのではないかと思わされてしまったようだ。
アーロンの目に怒りが灯り、見る見るうちに激情が現れる。
彼は何かに怒っているらしかった。
「ここは海の中じゃねぇ、船の上だ。てめぇら人間にも呼吸ができるだろう。それで全力か? もう終わりなのかよ。これじゃちっとも足りねぇだろうが!」
魚人族は人間の十倍もの腕力を持つ。その力を使い、軽々とクリークの体を持ち上げてしまい、首を掴んだまま甲板の床へ思い切り叩きつけた。
再び後頭部への強い衝撃。クリークは耐え切れず意識を奪われる。
鎧が通用しない戦法で敵を倒し、あっさり手を離したアーロンは立ち上がって歯を食いしばる。
疲労からではないが肩で呼吸をして、沸き上がる怒りが抑え切れず、ただ自問自答する。
足りない。まるで嬉しくも無い。
敵を倒して尚も渇き、彼は更なる力を求めていたようだ。
「おまえに勝ったところで嬉しくもなけりゃ自慢もできねぇ……もっと強ぇ奴は居ねぇのか!」
「首領! てめぇ、首領から離れろ!」
甲板に居る敵を見回して言ったことで、トンファーを持ったギンが応え、駆け出した。真っ直ぐアーロンへ向かって怒りのままに攻撃を繰り出そうとしてくる。
少しは楽しめるのかと思った。だが距離が詰まり、敵の攻撃を目にした途端、絶望する。
遅い。全く話にならない。
脳裏にはここ数日を毎日戦い続けた男の姿と速度。
こんな程度ではない。もっと速く来なければ、来れる者に勝たなければ意味がない。
目の前に居る敵に勝ってもあの男には勝てないではないか。
苦悩し、考えるのはそればかりだ。アーロンは自らより強い敵を、脳裏にある男よりも強い誰かを欲していた。その敵を倒せば自分は忌まわしい相手にも勝てるはずだと。
一撃目を後ろに跳んだことで避けて、素早くキリバチを拾う。
迎撃のために直後には体勢が悪いまま振り切っていた。
脳裏に居る男なら軽く跳んで回避するはずである。
そう思っていた矢先、ギンの胸元がキリバチの刃で削られ、悲鳴と同時に鮮血が舞う。
「ぐあっ!?」
「チッ。てめぇも弱ぇ人間か」
再度の失望、そして絶望感だ。
やはり話にならない。これでは相手にしている意味がない。ただ時間を無駄にするだけで、これから強くなるための糧にさえならなかった。
苛立ったアーロンは大上段までキリバチを振り上げ、怒りに任せて振り下ろす。
ギンの肌を捉えたそれは袈裟切りに、深々と肌を切り裂いた。
「弱ぇ奴がッ、おれの前に立つんじゃねぇよ!」
「ぐあぁっ、あぁっ!?」
「他には居ねぇのか! おれを止められる奴は! おれを殺せる奴は居ねぇのかァ!」
倒れたギンなど全く意に介さず、アーロンは船上に居る全員へ聞こえるように叫ぶ。しかし今、怯え切ってしまったクリークの部下たちは答えることなく、震え上がって立ち尽くすばかり。
更なる怒りに見舞われてアーロンが動きを止めた。
相手にする価値もない。そう判断して攻撃さえやめてしまったようだ。
時を置かず、船が揺れる。
大きな揺れは船底へ攻撃を受けたのだろうと知っているが、アーロンは突っ立ったまま大して反応を見せずに動かない。すでに勝利は決まったのに喜びもしなかった。
海から飛び出したはっちゃんが船の上へ乗り込んでくる。
アーロンの姿を見つけ、いつも通りに声をかけた。
「アーロンさん、この船も終わりだ。これでおれたちの船を狙う敵は居なくなったぞ」
「ハチ。おれは弱ぇか」
「ニュ? いいや、そんなことねぇ。アーロンさんはおれたちの中で一番強ぇ人だ」
「だったらなぜあいつに勝てねぇ。十隻以上の艦隊を潰して、人間どもを倒せるおれが、なぜ軟弱なゴム人間のあいつを始末できねぇんだ」
「そ、それは……」
沈みゆく船の上で曇天を見上げ、憎らしげに言葉を吐き出す。
その時の彼ははっちゃんの目から見ても今までとは何かが違っていた。
「こんな程度じゃ足りねぇんだ。奴にはおれ自身の手で思い知らせてやらねぇと気が済まねぇ。もっと強くなる必要がある。麦わら、あいつを始末するために……!」
言い終えた直後に船体が真っ二つに割れ、海底から頭突きを行ったモームの顔が飛び出す。
中央から破壊された船は耐え切れずに海へ散らばり、荒波によって呑まれてしまう。しかしその上に居たはずのアーロンとはっちゃんは海中に落ちたところで平気な顔。悲鳴を上げて落ちていく人間たちとは違って、荒波の中でも溺れる心配がなかった。
海上での戦いにおいて魚人は最強。十五隻の艦隊を潰して、それを証明したと言える。彼らの仲間である海牛モームの力も加わって最強に相応しい完全勝利である。
しかしアーロンは満足していなかった。
彼らとの戦いなど全く関心がなかったようにも見える。
あくまでも勝たなければならない相手は麦わらのルフィただ一人。
海中に落ちた後も、アーロンの表情は険しいままで決して緩むことはなかった。
*
厳しく雨が降り注ぐ町の中を走ってゴーイングメリー号を目指す。
先頭にサンジを置き、その後ナミ、ウソップと続く集団は敵に出会うことなく進んでいた。
ここまでは順調。
今のところ敵と遭遇することがなく、かなりの戦力差があったはずだが嵐の影響が出ているのかもしれない。ここまでスムーズに進めたからには船まで無事に逃げ帰りたいところ。
特にウソップとナミは無人の通りを見てそう思い、安堵する様子すらあった。
「この辺は全然敵居ねぇな。やっぱり広場に集まり過ぎてたみてぇだな」
「まだ安心できないわよ。この嵐じゃかなり航海は厳しくなる」
「うっ、でも町に残るのは無理そうだし……」
「行くしかないわね、グランドライン。危険だけど」
「はぁぁ、結局危険じゃねぇ時なんてねぇんだよなぁ……」
ウソップが溜息をついて顔を伏せた。
その間も急いでいて足は止めず、殴りつけるような雨に耐えて足を動かす。
最後こそ騒動に巻き込まれているが準備は終わっている。キリに呼び出される前に、他の面々は全員が一度メリー号へ戻っており、手に入れた荷物も積み終えていた。
あとはクルーが船へ戻ればいつでもグランドラインへ向かうことができる。
やっとここまで漕ぎつけた。今更捕まることなどあり得てはならない事態なのである。
先頭に居るサンジがわずかに振り返り、ナミへ目を向ける。
心配するようでいてやはり目つきは彼女に見惚れるばかりの様子だった。
「ナミさん、疲れてないかい? 限界ならおれがおぶってあげるから」
「はいはい、ありがと。心配しなくても大丈夫よ」
「なぁサンジくぅん、おれはもうだめかもしんねぇ。おぶってくれるか?」
「知るか。その辺で転がってろ」
「あっ、ひでぇ奴だなおまえは! 仲間を心配するやさしさはねぇのか!」
「うっせー! おれがおぶるのはか弱いレディだけだ! どうしてもってんなら性転換でもしてみやがれ、長ッ鼻!」
「きぃぃ~っ! あなたがそんな人だとは思わなかったわよ! いいわ、絶対きれいになってやるんだから~!」
「何よウソップ、意外と余裕あるじゃない」
おどける余裕まで出てきたか、後ろを走るウソップの声にナミが苦笑して肩をすくめた。
敵の姿がないことがそうさせているのだろう。
サンジは至って迷惑そうだが冷静さを欠いているよりずっとマシだ。
気が緩みかけた頃、チャンスを窺っていたかのように背後から声がかけられる。
ウソップよりもさらに後方。仲間ではない誰かの声。
嫌な予感がしてふと振り返ってみれば、追ってくるのは敵だろうと思う派手な格好の海賊たち。怒っているらしいとは一目でわかって、ナミとウソップの表情が変わった。
一方でサンジは面白いと笑い、咄嗟に足を止めて二人を先に行かせる。
「待て貴様らァ! そう簡単に逃げられると思うなよ!」
「ここまでやっといて逃がして堪るか!」
追ってきたのはバギーの部下たちだ。
先頭には一輪車に乗るカバジと、ライオンのリッチーに乗るモージの二人。
サンジにとっては初めて見る顔ぶれであり、異質な二人に興味も沸いたらしい。
「お、ライオンが居るじゃねぇか。上に乗ってんのは人間か? 変な着ぐるみ着てんな」
「着ぐるみじゃない! これは地毛だ!」
「嘘つけよ。だとしたら相当珍種だぜ、人間の」
「やかましいわ!? ほっとけ!」
余裕のある言葉を放ればモージから怒りの声が返ってくる。
サンジは敢えて立ち止まり、彼らを迎え撃つ気でいた。
無視して逃げてメリー号まで追って来られては厄介な状況になる。ならばこの場で仕留めてしまう方がよほど効率が良い。尚且つ、彼の後ろにはナミが居た。彼女に良いところを見せようという腹で、敵の数は少々多いものの、その方がむしろ良いとさえ思っているらしい。
敵の到着を待って身構えた。
しかし彼の予想とは違い、急に細い路地から両者の間に飛び込んでくる影がある。
黒い外套を身に着けフードをかぶり、顔は見えない。姿さえもわからない。だが身のこなしと外見から直感で女性だと気付いたサンジは驚愕して目を見開いた。
大勢の海賊たちの前に立ちはだかったのだ。冷静ではいられなくなる。
振り返って同じく足を止めるナミとウソップには気付かぬまま、咄嗟に走り出し、気付けば見知らぬ女性を助けるべく急いでいた。
サンジはその人へ声をかけ、届かぬと知りながら手を伸ばす。
「おい君、危ないぞ! そいつらは海賊だ!」
声をかけるが応答はない。海賊たちを見据え、腰を落として身構えている様子。
「そこに居ちゃだめだ! 早くこっちへ――!」
「邪魔だ! どけェ!」
手を伸ばしても届かない距離があって止められずに、海賊たちは女性へ迫る。
その時、サンジの視線の先で、女性が拳を構えた。
まだ敵まで距離がある状況の中、慣れた挙動で鋭く拳を突き出し、攻撃を繰り出す。
届かないはずだった。しかし拳から見えない攻撃が飛ぶ。
当たらないと思っていた攻撃は大気を揺さぶり、空気中の水分を振動させて衝撃を走らせ、前方に居た海賊たちの体内にある“水”を揺さぶる。拳を当てずに衝撃だけを届けていたようだ。
屈強な男たちの体が宙を舞い、受け身も取れずに地面へ落ちた。
たったの一撃で意識が奪われている。彼らはすでに気絶していたようだった。
ゆっくり足を止めて、サンジは呆然とその背を見つめた。
一週間の休暇を過ごす内に、何度かクロオビと手合わせをした結果、彼は魚人空手に関する知識を得た。おそらく女性だろうその人物が使ったのはまさしくそれ。
人間でありながら魚人空手を使っていた。
ハーフという可能性もあったが不思議な状況で、思わずぽつりと呟く。
「今のは、魚人空手か……」
「もう大丈夫だよ。君たちは先を急いで」
「あっ、君」
小さな声は女性にも聞こえたらしい。
振り返る彼女の顔がわずかに窺うことができ、まだ年の若い、可愛らしい少女だとわかった。
途端にサンジが鼻の下を伸ばしてだらしない顔になる。
駆け寄ってきたウソップとナミも彼女を確認して、驚いている様子で問いかけた。
「うおおっ、すげぇ美少女じゃねぇか! なぜこんなところにっ」
「い、今のどうやったんだ? まさか能力者?」
「あんた何者? 私たちの味方? それとも敵?」
「うーん、一応味方、かな。私たちのリーダーがみんなを助けたいって」
「リーダーって」
「安心して。何も危害は加えないから」
わずかに見える顔がにこりと笑い、親しげな態度で接してくる。
二の句を告げられずにナミが黙った。
得体の知れない相手だが悪い人間には見えないから不思議だ。邪気の無い可憐な笑顔は不思議と信じてしまいそうになる。
とりあえず危険はないだろうと判断して、三人は肩の力を抜く。
後続の敵がまだ迫ってくるらしい。雄々しい声が聞こえて振り向けばすでに敵は近かった。
再びウソップが悲鳴を発し、まずい状況だと判断した。
「しゃべってる場合じゃねぇぞ!? また来た!」
「君たちは行っていいよ。ちょっとだけ私も手伝うから」
「そんなっ、君のような可憐な少女を一人残してなんて行けねぇ!」
嫌がる素振りでサンジが叫ぶものの、少女は取り合うことはなかった。
ゆっくり歩き出して離れていき、敵の前に立つと再び拳を構え、突き出す。
行う動作はそれだけだった。
「鮫瓦正拳!」
「うおっ――!」
水を伝って衝撃が駆け抜け、敵の一団へと接触する。
迎撃はたった一発。それだけで複数の大男が宙を舞って意識を失い、地面へ倒れる。
圧倒的な力の差があった。
彼女は並みの男にも負けない力を持っており、やってきた敵を一瞬で倒してしまっていた。これではサンジと戦ったとして結果がどうなるかわからない。
今度こそ三人は呆けてしまい、言葉を失う。
少女は振り向き、笑顔を見せた。
にこりとやさしい表情。そのままの様子で言葉を差し出す。
「処刑台の出来事、見てたよ。なれるといいね。海賊王に」
そう言って少女は走り出してしまい、また小さな路地へ入って姿を消してしまった。結局誰かもわからぬまま。素性が知れない相手に助けられたらしい。
しばし呆然と立ち尽くしていた三人だが、やがてナミがこのままではいけないと気付く。
誰に助けられようが今はメリー号へ急がなければならない。
驚くウソップと少女に見惚れるサンジに声をかけ、正気に戻させた。
「ぼけっとしない! サンジくん、ウソップ、行くわよ! 今は急いでこの島から出なきゃ!」
「ハッ、そうだった! これ以上ナミさんを危険な目に遭わすわけには!」
「お、おぉし、急ごうぜ! 嵐も本格的になってきやがった!」
駆け出した三人は町を出るために急ぐ。もう振り返ることはなかった。
誰が味方で、誰が敵か。今はそんなことを言っている場合ではない。
目的はただ一つ。
町を出ること。
そのためには余計なことなど考えていられず、濡れた髪を掻き上げて暗闇の中を走った。