ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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ウィスキーピーク

 夜になるまで時間がない。

 急いで準備をした一行はそう時間を置かずに双子岬を離れようとしていた。

 船に乗り込んだ後になって、ルフィはラブーンに手を振って別れを告げている。

 

 「またなラブーン! いいか、おれは絶対海賊王になる! 世界を一周したらブルックを連れて山の向こうから来るから、その時までおれたちのこと忘れんなよ!」

 

 ラブーンは大きな鳴き声を放って答える。忘れはしない、と言うかのようだ。

 しししと笑ってルフィが肩をすくめた。

 

 出航準備は万端。

 全員が船に乗り込み、ログも溜まった。ナミが指針を確認し終えている。

 次の航路が決まっていて、すでに出航できる頃合いだった。陸の上を見るクルーたちは見送ろうとするクロッカスの視線を受け、笑顔で別れを告げようとしていた。

 

 「無理にとは言わんが、いいのか? 知らない顔ぶれだろう」

 「ん? あぁ、こいつらか」

 「指針を自由に選択できるのはこの場所だけだった。後悔するかもしれんぞ」

 「そん時はもう一周すりゃいいさ。細かいことは気にすんな」

 「フッ、そうか」

 

 メリー号には出会ったばかりの怪しい二人組、Mr.9とミス・ウェンズデーが乗り込んでいる。

 言ってみれば彼らを町まで送り届けるための航路と言ってもいい。選択の方法として決して褒められた物ではないとはいえ、ルフィは後悔せずにからから笑う。

 

 信用できないと知った上で、見ず知らずの人間のために動く。思慮が浅いとも取れる行動だがクロッカスはそう考えなかったらしい。むしろルフィを気に入った様子すらある。

 

 「おまえが選んだ道だ。好きにするといい。そして海賊なら思う存分好きにやれ」

 「おう!」

 

 拳を掲げて言葉を受け取り、ルフィは笑顔で応えた。

 それから仲間たちが動いてメリー号が出航し、同時にアーロン一味の船も動く。

 クロッカスとラブーンにもう一度手を振る。

 彼らの出向を見守ったクロッカスはどこか晴れ晴れとした笑顔で呟いていた。彼らに届けようとはしておらず、その声はこの場に居ない誰かに問いかける物だったらしい。

 

 「あいつらは……我々の待ち望んだ海賊たちなのだろうか。なんとも不思議な空気を持つ男だ。おまえはどう思った? ロジャーよ」

 

 小さな呟きはルフィたちには届かずに、やがて宙へと消えていった。

 

 鳴き声を空へ響かせるラブーンに見送られて、ずいぶん距離が離れた後。

 ルフィが欄干へ駆け寄り、隣を走る船を見てアーロンに話しかけたのはその頃だった。

 

 「アーロン、おまえあんまり悪さすんなよ。なんかあったらおれたちが行くからな」

 「うるせぇ。おれに命令するな」

 「心配すんな麦わらァ。アーロンさんは海賊を狙うから、略奪には興味ねぇって言ってた」

 「余計なこと言うなハチ! うるせぇぞ!」

 「ししし。そっか」

 

 七つから選べる指針の内、アーロンはルフィたちとは異なる指針を選択した。そのため出航してすぐメリー号の傍を離れていく。心配していない顔のルフィはそれを快く見送った。

 いまだに仲良くなったとは言えないもののきっと大丈夫だろう。

 別段根拠がある訳ではなくそう思い、甲板に居る面々へ向き合った。

 

 新たに乗せたMr.9とミス・ウェンズデーを加え、それぞれが思い思いに過ごしている。

 グランドラインは最初が大変だと聞いていた。しかしまだその兆候は見えず。

 一行は自然と落ち着かない様子の二人に注目していた様子である。

 

 特に目立つのは頬が緩み切っているサンジであり。

 彼は何やら奇妙な足取りでミス・ウェンズデーに近付き、浮かれた声で語り掛けていた。

 

 「あぁ、なんてお美しい人なんだ、ミス・ウェンズデー。さながら君は春の野に咲く美しい花。僕は草原を駆ける風。この出会いを奇跡だとは思いませんか?」

 「は、はぁ」

 「けれど二人の出会いは必然だった。野を駆ける風は一輪の花を見て立ち止まってしまい、あまりの美しさに見惚れてしまう。そう、立ち止まったのは必然。僕は君に会うためにここへ――」

 「アホか」

 「アァッ!?」

 

 浮かれたサンジの耳にゾロの呟きが飛び込む。

 直後に二人が喧嘩を始めてしまって、刀と蹴りとが激突し、眉をひそめたシルクが声をかけて止めようとする。しかし熱くなった二人はしばらく止まることはなかった。

 

 「二人ともケンカしちゃだめだって。メリーが傷ついちゃうよ」

 「ほっときなさいよ。何も本気で殺したりしないでしょ」

 「もう……」

 「それより問題はこいつらよね。人の船に上がり込んだ以上は何が目的か教えて欲しいけど」

 

 ゾロとサンジを止めようとしたシルクを止め、ナミは全く意に介さずMr.9たちを見る。

 どうやら追及の手を止めた訳ではないようだった。

 危険を回避できる手立てがあるのならそれを使わない手はないだろう。彼女は自分自身で怖がりだと語る通り、わざわざ自分から危険へ飛び込んでいく人間ではない。

 

 厳しい視線で二人を眺め、詰問を始めようとする。

 それを止めたのがルフィだった。

 

 「別にいいじゃねぇか。そんなの行けばわかるよ」

 「あんたねぇ、こいつらを信用できるの? 針路も勝手に決めちゃうし、危ないわよ」

 「そうか? 何が来てもおれは大丈夫だぞ」

 「あんたはそうでしょうけどね。私は怖がりなの。危険なことなんてごめんだから」

 「心配すんな、おれが守ってやるから」

 「あーもう。はいはい、そうよね。あんたは説得したって聞かないのよね」

 

 一切意見を変えようとしないルフィに頭を抱え、先にナミが音を上げた。

 話していても埒が明かなそうだ。溜息をついて意見するのをやめ、無理やりにでも今回の決定を納得することにする。今なら普段キリが見せる緩い態度の理由がわかる気がした。

 

 サンジがゾロと喧嘩し、ナミが追及を諦めたことで、チャンスと見たのか。Mr.9とミス・ウェンズデーが顔を向き合わせて小声で話し始めた。

 身の危険を感じていたのである。

 当初の予定通りに事が進んだとも言えるが、企みがバレていることは予想外。

 確かに拙かったかもしれないが出会ってすぐバレてしまったこともあり、今後どんな展開になるかが読み切れなかった。詰まる所二人は動揺していたらしい。

 

 「どう思うMr.9? このまま彼らと居て大丈夫かしら」

 「ううむ、やむを得んだろう。超重要指令だと言われたからには無視する訳にはいかん。しかも失敗さえも許されない。最優先事項だからな」

 「ええ、そうね。失敗すればおそらく私たちの命もない」

 「とにかく何がなんでも成功させるぞ。町へ着けばなんとかなる。ここが我々の正念場だ」

 「何こそこそしゃべってんのよ」

 「ハッ!?」

 

 顔を突き合わせて話していると、目敏くナミが警戒してきた。

 半ば反射的に離れた後、二人は恐怖する顔で彼女に頭を下げていた。

 

 「い、いえいえなんでもありません! 決して皆様を危険に晒すようなことでは!」

 「どうかしら。やっぱり信用ならないわね」

 「おいナミ、見ろよ。雪降ってきた」

 

 安心できないが成果はなく、仕方なくナミは諦めた。

 弾む調子のルフィの声に従って空を見れば、確かに雪が降り始めている。少し前まで晴れていたというのに急な変化だ。空には厚い雲がかかっていた。

 思わずナミは表情を険しくして呟く。

 

 「さっきまで晴れてたのに……なんで急に雪が?」

 「あなたたち、グランドラインは初めて?」

 

 空を見上げるナミへミス・ウェンズデーが声をかけた。

 ナミは気を取り直して微笑を湛える彼女を見やり、警戒しながら返答する。

 

 「ええ、そうだけど。それが何?」

 「それならよく覚えておいた方がいいわ。グランドラインにはあなたの常識を当て嵌めない方がいい。何年も時間をかけて慣れた人間ですら心を許すことができないのがこの海。固定概念に囚われたままだと危ないわよ。できるだけ自分を信用しないことね」

 「フン、有難い言葉を受け取っておくわ。と言ってもあんたに心配される必要はないけどね」

 「ちなみにこの船、今は真っ直ぐウィスキーピークを目指してるのかしら?」

 

 余裕たっぷりの態度でミス・ウェンズデーが呟けば、ナミは鼻息も荒くログポースを確認した。

 

 「当たり前でしょ。さっきだって確認したから――え?」

 

 指針を確認して驚愕する。わずかに揺れる針は一点を指しているようだが、現在、自分たちが進んでいる方向とは異なる場所を向いていた。

 いつの間にか道を間違えていたらしい。

 自信があっただけにまさかの展開となり、狼狽したナミが見るからに表情を変える。

 

 「嘘でしょ、どうして……!?」

 「言ったでしょう? この海は全てが予測不能。海流も気候も一瞬で姿を変える。特にこの最初の海域はそれが最も顕著なの」

 「ナミさん、どうかした?」

 「舵を切って! いつの間にか左に逸れてる、これじゃ島には着かないわ!」

 

 船上は一気に慌ただしい様相となる。

 的確に指示を出すナミによって見事な操船が行われて、メリー号はすぐに向かうべき場所を矯正した。しかしこれでも安心できない。周囲の環境は常に変化し続けている。

 

 それを発見したのは海を眺めていたウソップだ。

 雪が降り始めていたはずだが風が変わり、肌に感じるそれは明らかに違う。

 

 「おいナミ、風が変わったぞ! 雪が無くなった!」

 「嘘……さっき降り始めたところでしょ!」

 「お、春一番か」

 「のんきか!? そんなこと言ってる場合じゃないわよ!」

 

 腕組みをして能天気に呟くゾロに怒鳴りつつ、ナミは状況の確認を急ぐ。

 しかしその場は異常気象が巻き起こる海。

 慌てている内に次々状況が変わってしまい、如何に判断が早い彼女でも対応しきれなかった。それもこれも仲間たちから聞かされる報告が多過ぎたせいでもある。

 

 「ナミ、前方から強風が来るよ!」

 「急いで帆を畳んで! 風で破られちゃう!」

 「んナミさぁ~ん! 急な集中豪雨です!」

 「見ればわかる!」

 「大変だ! また濡れてキリが倒れちまった!」

 「部屋に放り込んどきなさい!」

 「おいナミ! うまそうな魚が居たぞ! 捕まえよう!」

 「あんたは黙ってろォ!?」

 

 船上は一気に騒がしくなり、船員が慌ただしく走り回る。その中にはいつの間にか客人とも言えるMr.9とミス・ウェンズデーも含まれていて、すっかりこき使われていた様子だった。

 

 時間は刻一刻と進み、夜が近い。

 徐々にではあるが太陽も沈み始めていた。

 暗くなっていくことも合わせて想像以上に危険な航海となってしまったらしく、彼らの焦りは次第に大きくなっていき、グランドラインに入って最初の航海は大騒ぎのまま続けられたようだ。

 

 

 *

 

 

 時刻は夜になっていた。

 数時間の激闘を終え、最初の航海を乗り切った彼らはついに町の明かりを発見する。

 

 サボテン島にある町、ウィスキーピーク。

 島には巨大なサボテンがあり、異様な存在感を発揮している。町は港に面した場所にあって、最も目立つサボテン岩からは幾分離れていた。遠目に見ても何やら活気を感じられる風景。

 船首の上で胡坐を掻くルフィは感嘆の声を漏らした。

 

 「あれが歓迎の町かぁ。なんか楽しそうなとこだなぁ~」

 

 わくわくした様子を抑え切れず、すでに体は疼いている。早く上陸したいと思っていた。

 上機嫌なルフィは甲板へ振り返って仲間たちを見る。

 そこには慌ただしい航海で疲弊したクルーが倒れ、ぐったりしているのだ。

 

 「おまえら着いたぞ、歓迎の町! 今から宴だぁ!」

 

 声をかけるが応答はなし。そんな元気もないらしい。

 倒れたままで話し始め、一人元気なままのルフィには疑念が尽きないようだった。

 

 「なんであいつは元気なのよ……しっかり働いてたんでしょ」

 「あいつを一緒にしちゃいけねぇぞ。バケモノなんだ、ありゃ」

 「でも、みんな無事に乗り切れたね。今日はゆっくり休もう。夜になっちゃった」

 

 呆れたナミが恨めしい声で言い、ウソップが疲れ切った様子で言った後、締めくくるようにシルクが呟いた。これ以上の無理はできない。町での一泊は決まっていたようなものだ。

 傍らでは同じく疲弊したMr.9とミス・ウェンズデーが倒れている。

 輪の中に加わってはいるがゾロとサンジは比較的余裕がある顔のまま。やはり体力があるのか、ようやく見えた町並みを眺めて口を噤んでいた。

 

 少し前とは違って船上には静かな雰囲気がある。

 船室への扉が開いて、中からキリが現れた。

 彼は雨が降った折に無力化されてしまい、回復する今の今まで船内で倒れていた。荒波のせいで船が大きく揺れたことにより、ごろごろ転がって壁に激突しながらも無事だったのだろう。

 

 完璧に回復という訳ではなさそうだがしっかりした足取りで歩いてくる。

 倒れた面々を見下ろす位置で笑顔を見せ、頑張った仲間たちへ労いの言葉を放つ。

 

 「みんなご苦労様。悪かったね、手伝えなくて」

 「まったくよ。あんた、その弱点早い内になんとかしなさいよ」

 「できればそうしたいけど、中々難しくてね」

 「キリ、見ろよ! 歓迎の町だぞ! 宴だ!」

 「ルフィはいつも通りか。すっかりその気みたいだし」

 

 ナミのじとりとした視線を受け流し、軽やかに移動を始めて仲間たちの傍を離れる。

 船首まで赴いたキリは欄干に手を置いて前方を眺め、ルフィと同じ風景を眺めた。

 

 町の明かりは暗闇を切り裂いて輝くよう。

 夜になっていることが余計に嬉しさを倍増させるのか、大変な航海を終えたばかりの身には嬉しさも表現しきれぬほど大きい。

 ルフィとキリは疲労も感じさせず平気な顔で、笑顔を持って楽しそうな姿だ。

 

 「すげぇなあれ。でっけぇサボテンがあるんだぞ」

 「あれが一番の特徴さ。島を見つけて最初に目に入る物だしね」

 「キリはこの島に来たことあんのか?」

 「んー、来たことはないけど、知ってるって感じかな。ボクらの時は別の島を選んだから」

 「そうなのか」

 

 今日のキリはどことなく様子がおかしい。ルフィもすでに気付いていた。

 ただ、なぜか本人にそれを指摘しようとはせずに、あくまでいつも通りに話す。

 そんなルフィに気付いていて、キリは肩の力を抜いた。

 

 自然な様子で話し出せる。おそらく相手がルフィだからだろう。

 どこか静かな、以前とは違う姿で切り出される。

 

 「ねぇルフィ。多分この島、面倒が起こるよ」

 「ん? なんで?」

 「色々あるからさ。でも大丈夫、対処はゾロにしてもらうよ。刀を試したいんだって」

 「ふぅん」

 「歓迎はしてもらえるだろうから、楽しく過ごしてくれればそれでいい。他のみんなには言わないつもり。普通にしてくれたら雑務はこっちでやるよ」

 「わかった。んじゃ任せる」

 

 にっと口の端を上げて笑いかけてくるルフィを見て、キリはわずかに目を伏せた。

 微笑みはそのまま。しかしどこか寂しげな雰囲気を纏う。

 

 「ルフィ」

 「ん?」

 

 目を開いて夜の海を見下ろし、やがてぽつりと尋ねられる。

 

 「ボクは……ボク個人としては、ルフィの仲間になったつもりだよ」

 「何言ってんだ。当たり前だろ」

 「うん。そうだね」

 

 顔を上げ、視線が合う。

 不思議とルフィは笑みを消した。彼が真剣に話していると理解したのである。

 微笑を湛えるキリはその実、真剣な目をしていて、思い返しても初めて見る気がした。

 

 「でもボクを船に置いておけば、これから危険な目に遭うかもしれない。普通なら逃げ出すような相手に狙われる可能性もある。それでも、ここに居ていいかな」

 「いいぞ。おまえはおれが選んだ仲間だ」

 

 考える素振りさえ見せない。

 問いかけた直後に答えが返ってきて、ルフィはいつもの笑顔で笑いかけた。

 それを見たキリは苦笑し、小さく頷く。

 

 徐々に近くなる町を眺めて一呼吸。

 もう後ろ向きな言葉を吐くことはなかった。けれど気遣いはあるらしく言葉は止めない。それでも詳細を語ろうとしない姿には違和感も付き纏ったが、ルフィは追及しようとしなかった。

 きっとまだ迷いがあるのだろう。

 理解を示し、何かを隠しているキリに直接尋ねようとはしない。ただ話を聞くだけだ。

 

 「それならボクもルフィのために動く。この一味を守るよ」

 「おう」

 「状況が落ち着いたら、ちゃんと全部話すよ。その後きっと迷惑をかけることになる。それでもボクを連れてってくれるのなら……その時こそ、仲間にしてもらってもいいかな」

 

 今度は笑みさえ消してしまって、息を呑むような表情で問われた。

 彼の言葉が何を意味するのかはわからない。まだ詳細を伝えようとはしていない。

 ルフィは数秒口を閉じ、やがて彼の目を真っ直ぐ見つめ返して答えを出した。

 

 「おまえが何を考えてて、誰が何を言ったって、キリはおれの仲間だ。あの時約束しただろ。仲間にするとかしねぇとか、もうそんな話じゃねぇんだ」

 「あはは……それもそうだね」

 「でももし、おまえが誰かの仲間なんだったら」

 

 視線を外したルフィは町に目をやった。

 すでにメリー号は到着目前。帆を畳んで海流に身を任せる頃になっている。

 

 「そいつをぶっ飛ばしておれがもらっていく。絶対諦めたりしねぇ」

 「……うん。わかった」

 

 最後にふっと笑い、キリは静かにその場を離れた。

 甲板へ戻って立ち上がった仲間の傍を通り、ゾロへ歩み寄る。ウィスキーピークから聞こえてくる陽気に笑みを見せる面々へ聞こえぬよう、何かを耳打ちしていたらしい。

 

 それから幾ばくもせずメリー号は足を止めた。

 港へ到着して停泊すると、船体を傷つけることなく航海を終える。

 

 まず真っ先にルフィが跳び出した。船首の上から港へ飛び降り、活気を見せる町の全貌を眺め、そうしているだけでも笑顔が抑えられなくなった。

 歓迎の町と呼ばれるだけあって人々は笑顔でメリー号に歓声を送る。

 何が楽しい訳でもない。しかし客が来ただけでこの活気。

 港には出迎えるための人の波ができていて、先頭には特徴的な男性が立っていた。

 

 黒いスーツに蝶ネクタイ。やさしげな笑みと紳士的な態度だ。

 人格者だろうと思わせる雰囲気を湛える男性は、かなり特徴的な巻き髪を持っており、ルフィの目はまず最初にそこへ釘付けとなる。名乗るより先、質問するより先に、吐き出す言葉は出会った瞬間から気になって仕方ないその髪型に対する感想だった。

 

 「ようこそ、旅人の皆さん。私の名はイガラッポイ。ウィスキーピークの町長です」

 「おっさん、髪巻きすぎ」

 「この町は宴が好きでしてね。理由を見つけては大騒ぎするという、私からすれば少し困った部分もあるんですが、客人は立場を選ばず歓迎する習慣がありまして。よろしければ皆さんも、冒険の話を肴に宴の席などいかがでしょうか?」

 

 長身の彼ににこりと微笑みかけられ、ルフィは間を置かず拳を突き上げる。

 迷う気など一切ないまま答えは出されたようだ。

 

 「乗ったぁ~!」

 

 空まで届きそうな声量で簡潔に告げられ、仲間たちも同意している様子。

 異論はない。ちょうど疲れ切っていたところだった。

 一番後ろに居たキリとゾロを除いて、一行は町民に歓迎されて柔和な笑みを浮かべる。

 

 ルフィに続いてすぐさまメリー号を降りていたMr.9とミス・ウェンズデーはそそくさと建物の陰に駆け込んでいた。その様子は明らかに怪しく、何やら余裕がない姿にも見える。

 視界から逃れてようやく安堵し、深呼吸を数度。

 疲れた体などまるで気にせず、今しがた離れたばかりの麦わらの一味を確認して呟く。

 

 「フゥ~……何はともあれ、第一段階は完了だな」

 「ええ。彼らをこの町へ誘い込むことに成功したわ」

 「あとはタイミングを見計らって」

 「上手く捕まえればいい」

 「バレずに眠らせてくれよ、Mr.8」

 

 二人はその場を離れて移動を始めた。次の行動に備えなければならない。

 ひとまず報告しなければと、自分たちのアジトへ戻っていくのだった。

 


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