ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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NAMELESS

 目を覚ましたのは、波の音が聞こえたことがきっかけだっただろうか。

 陸では感じないはずの揺れも感じて、すでに見知った感覚であるそれは船が波を乗り越えることで得る物だと知っている。そうとわかれば疑問に思わずにはいられなかった。

 

 意識が浮上し、ふと目を開いたルフィは寝ぼけ眼で辺りを窺う。

 大の字で寝転んで視界には空。徐々に白みつつある朝の光景が目に入った。

 

 もう夜が終わって朝の時間帯になっていたらしい。空を舞う海鳥が近くで鳴いていて、爽やかな風景だと感じられる。波の音も静かで穏やかな一瞬だ。

 むくりと起き上がって甲板を見回す。

 頭を掻きながら声がする方を見てみれば、何やらサンジとウソップが喚いているようだった。

 

 「なんで島を出ちまってんだよ! せっかくあんなにいい町だったのに! 今後あれだけ歓迎してくれる町なんてあるかどうかわかんねぇんだぞ!」

 「そうだぜ、早く戻ろう! 美しいレディがおれを待ってる!」

 「あんたたち、うるさい」

 

 騒ぐ二人をナミが拳で制し、一旦騒ぎが治まる。

 それからルフィは自身がメリー号の上に居ること、すでに出航していることを知った。

 目がぱっちり開いて驚きを露わにする。もう船を出しているとは思わなかった。船長の決定なしに航海を始めることは今まで経験がなく、怒りはしないが驚いてしまう。

 

 立ち上がったルフィは殴られて倒れたウソップとサンジを見た後、すぐにキリを見つける。

 まだ寝ぼけているせいかテンションは低く、船の前部で一段高い場所に居る彼へ声をかけた。

 

 「なぁキリ、船出したのか?」

 「あ、起きたんだ。おはようルフィ」

 「なんかあったか?」

 「まぁね。用ができたんだ。それから」

 「ん?」

 

 キリが視線の先を変えたのに気付き、ルフィがそちらを見るとビビとイガラムを見つけた。

 事情を知らない彼はミス・ウェンズデーと町長イガラッポイだと思っているのだろう。首をかしげるのは当然で、腕組みして考え出すのも不思議ではなかった。

 肩をすくめてキリが苦笑する。

 

 「なんであいつらが居んだ?」

 「今から説明する。みんなが起きるの待ってたんだ」

 「へぇ」

 

 甲板には全員が揃っていた。

 いじけている様子のウソップとサンジを始め、ゾロ、ナミ、シルクに加えてビビとイガラムも仮眠を終えて集まり、ようやく状況が整って説明を始められる。

 一段上でキリが欄干へ腰掛け、甲板に居る全員を見回した。

 微笑みを湛え、見上げてくる全員に向かって口を開く。

 

 「さて、何から話したものか……とりあえずこれからの目的について話すよ。ルフィ、事後報告になるけどいいかな」

 「いいぞ。キリは副船長だ」

 「ありがとう。それじゃ、一つずつ話していこう」

 

 佇まいを直した後、改めて話し始める。

 彼はまずビビとイガラムを見て、仲間たちに紹介した。

 

 「先に言っといた方がいいかな。アラバスタ王国のビビ王女と、その護衛イガラムさん」

 「ミス・ウェンズデー、王女様でしたか! 道理できれいなわけだ!」

 「いやきれいなのは関係ねぇだろ。しっかし、王女だって?」

 「正真正銘のね」

 

 彼女へ振り返ったサンジが目の色を変えて喜び、船に乗ったことを嬉しく思っているらしい。一方でウソップは半信半疑な目を向けていまいち信用できない様子。

 注目されたビビもどこか居心地が悪そうだ。

 

 「なんでその王女様がここに居るかって話だけど、微妙に面倒でね。ウィスキーピークって町は海賊を狩るためのアジトなんだ。ある組織が、資金稼ぎのために賞金首を狩ってた。二人は訳あってその組織に潜入、構成員としてあの町に居た」

 「ある組織?」

 「組織の名前はバロックワークス。秘密主義で外に情報を漏らさない。そのバロックワークスがアラバスタ王国を狙ってて、彼女たちは阻止するために情報を求めて潜入した」

 「へぇぇ、そんな話が現実にあるんだな」

 「狙ってるってのはどういう意味だ? 大体は読めるが」

 「最終目標は理想国家の建国。そのために、アラバスタ王国その物を乗っ取るつもりだよ」

 

 キリは平然と語っていた。

 迷うことなく朗々と語る様は少し異質だ。あまりにも事情を知り過ぎているように思える。

 事情を察していない者でさえ表情を強張らせて違和感を覚え、ウィスキーピークでの顛末からなんとなく察している者は確信を強めていく。

 

 船上はいつしか無視できないほどの緊張感に包まれていた。

 その中でキリは微笑み、ルフィは真剣に彼を見つめる。

 

 「ボクらはこれから、アラバスタへ向かう。と言っても現在地から行ける場所じゃない。まずはアラバスタへ続く航路を手に入れよう」

 「王女の護衛ってことか? でもよぉ、なんでおれたちが」

 「おれとしちゃビビちゃんを守ることは大賛成だが、確かに理由は知りたい。それにキリ、おまえ妙に詳しいみたいじゃねぇか。一体どういうことだ?」

 「ふぅ。まぁそうなるよね」

 

 ウソップとサンジの問いが飛んでくる。その質問は当然で、来るだろうと予想してもいた。

 小さく息を吐いた後、一度心を落ち着けてからキリが話した。

 この状況では話さなければならないと覚悟している。そのため今は躊躇いもない。

 

 「ボクはバロックワークスについてよく知ってる。それこそ誰も知らないはずのボスの顔と名前まで。どんな人間かもよく理解してる」

 「なにぃ? 誰も知らないはずなのになんで」

 「バロックワークスを指揮するボスは、王下七武海、サー・クロコダイル」

 

 静かに目を伏せ、それから意を決して呟かれた。

 

 「クロコダイルはボクの……命の恩人なんだ」

 

 そう呟いた直後、辺りはしんと静まり返る。

 

 まず先に、王下七武海の名前が出たことに驚いた。

 七武海は世界でたった七人しか居ない、政府の味方をする海賊。その実力と名声は世界に轟くほどであり、名前を聞くだけで怯える者も珍しくない。

 その名前が組織のトップだと知り、おそらく自分たちと敵対することになることを予想する。

 つまり自分たちは七武海と戦わなければならないのだと気付いた。

 

 そしてその次に、命の恩人という言葉に言葉を失う。

 彼の過去については聞いていない情報も多かった。その一つがこのタイミングで、まさかの情報と共に明かされた。ブルックに関する話よりも驚きは大きい。

 

 バロックワークスの構成員で、クロコダイルに命を救われた。

 仲間たちは硬直してしまい、誰もが沈黙してキリの姿を見つめている。

 

 「仲間を失って、死にかけてたところを気まぐれで助けられて、それからボスの下で働いてた。拾われたのは十二の頃。その時から鍛えられたし、元々体を紙にするだけだったペラペラの能力に紙の操作を可能にさせたのもボスだ。あの人は悪魔の実の能力に詳しいから。他にも色々教え込まれたよ。脅迫の方法、情報の扱い方、グランドラインの航海の仕方もね」

 

 重苦しい空気に包まれ、キリが目を開く。

 

 「今のボクはボスに作られた。あの人に拾われなかったら多分今頃生きてない」

 

 キリの小さな呟きに息を呑む音さえ聞こえる。

 やがて視線を合わせたルフィが口を開いた。

 

 「七武海ってなんだっけ?」

 「いやそこかよっ!? おまえ覚えとけ、それ!」

 「簡単に言えばすごく強い海賊さ。認識としてはそれで十分」

 「お、そうか」

 「それで納得か!?」

 

 能天気なルフィの発言でウソップが声を荒げるが、キリが苦笑して言えば納得したらしい。雑過ぎる説明でまたしてもウソップは厳しく叫ぶ。

 だがこのやり取りで少しは空気が緩んだようだ。

 

 わずかに空気が軽くなって、仲間たちやビビ、イガラムの表情から強張りが薄まる。

 それでも緊迫した状況には変わりないが少しは肩の力を抜けるようになった。

 

 「それでその強い奴がキリの仲間だったってことか?」

 「だった、っていうのが微妙なとこでね。だからアラバスタに向かわなきゃならない。ビビたちを乗せていくのはボクにとってはついでとも言える」

 「んん?」

 「アーロンに言った言葉は覚えてる? あれは元々ボクがボスに言われた言葉だ」

 

 言った途端にルフィの表情が歪んだ。嫌な予感を感じたのだろう。

 それを知りながらキリが続ける。

 

 「まだ決着がついてない。現状、ボクはボスの預かりってことになる。もちろんボクの意識としてはルフィの仲間になったからついて来たんだけど、向こうはそれを許す気が無いみたいだし、無視できる相手でもない。この海に戻ったんなら決着をつける必要があるんだ」

 「そんなの、わざわざ相手にする必要ある? 逃げればいいじゃない。あんたがイーストブルーに居たってことはそういうことでしょ? 前みたいに上手く逃げれば……」

 

 困惑した顔でナミが尋ねるも、キリは首を振ってそれを否定する。

 ひどく真面目な姿で、嘘じゃないらしい。

 それだけで理解してしまう。できないのだと知ってナミはぐっと唇を噛んだ。

 

 「前は逃げたんじゃない、見逃してもらっただけさ。捕まえようと思えば簡単だったし、連れ戻すこともできたけど敢えてそうしなかった。ボスがそう決めたから」

 「七武海の預かりってことは、キリは……私たちの仲間じゃないの?」

 「状況から言えばそうなる」

 

 シルクが寂しそうに告げれば、キリは頷く。

 これに異を唱えたのがルフィだった。歯を剥き出しにして感情を露わに、出会った頃に交わした自身との約束を思い出したのか、強く否定し始めた。

 

 「そんなことねぇ! キリはおれの仲間だろうが!」

 「――そうなるためにもアラバスタへ行かなきゃならない。もしみんながそう認めてくれるなら嬉しいし、そうなりたいけど、ボスに話をつけない限りはボク自身が認められないんだ。みんなの仲間だって胸を張って言えるようになりたい」

 「どうすりゃいいんだ。そのクロコダイルって奴をぶっ飛ばせばいいのか?」

 「うん。話をつけるには、それしかない」

 「わかった。それならおれがクロコダイルをぶっ飛ばす! キリはおれの仲間なんだからな」

 

 拳をぶつけてルフィが決意を固める。鼻息も荒く今から興奮している様子だ。

 それを見てキリは苦悩する顔を見せて、声色が変わる。

 

 「ただし、相手は七武海。強さはボクが誰よりも知ってる。衝突すれば必ず命を落としかねない戦いになるはずだ。今までみたいに勢いだけで勝てる相手じゃない」

 

 彼はどこか寂しげな顔で仲間たちを見渡した。

 それを言うのは自身も覚悟が必要だが、言わざるを得ない。仲間を心配するが故に。

 

 「今ならまだ逃げられる。このまま航海を続けるなら、ボクは――」

 「キリ。おまえつまんねぇこと言うなよ」

 

 口にしかけた時、制するようにルフィが言葉を遮った。

 真剣な表情を見て思わずキリが息を呑み、自らの発言を後悔すらした。

 すでに気付かれてしまっているだろう。だから彼は怒気を発しているのだ。たとえ相手が誰であれ仲間を諦めるような人間ではないと、ナミを助けた一件で知っていたはずなのに。

 

 ルフィはキリを見つめて宣言する。

 堂々とした声で迷いなど微塵も持ち合わせてはいない。

 

 「おれはおまえを選んで仲間にしたんだ。昔何やってたとか、そんなもん興味ねぇ。敵が強くてもおれがなんとかしてやる。だからこれからはずっとおれの船に居ろ」

 「迷惑、かけることになるよ」

 「いいさ。いっつもおれが助けてもらってるからな」

 「はは……それもそうだ」

 

 言い切ったルフィがにかりと笑う。

 見渡してみれば仲間たちもやっと笑顔を見せていた。誰一人として欠けずに彼を見つめて笑顔を持ち、ルフィに同意する意思を見せ、彼を見捨てる気はないと言う。

 

 苦笑したキリは飲み込んだ言葉を消し去った。

 もう二度と口にすることはない。自分自身にそう言い聞かせて、すぐに思考を切り替えた。

 

 仲間の同意を得られた以上、考えるべきはどうやって敵に勝つか。よく知るからこそ勝利を得るのは非常に困難だと理解できる。今のままではあまりにも危険だ。

 勝つためには何が必要で、何をすべきか。

 瞬時に考えながらもキリはビビへと視線をやった。

 

 「クロコダイルに、バロックワークスに勝つのは簡単なことじゃない。だからアラバスタ王家の力を借りる。ボクらの目的は同じだ、敵の計画を未然に防ぐ。王国乗っ取り計画を失敗させた時こそボクらの勝利。というわけで、ぜひ協力してもらいたいんだけど、どうかな?」

 「え、ええ……だけどあなたたち、信用できるの?」

 「それは自分で決めてもらうしかない。ただよく考えた方がいいよ。クロコダイルもボクらも海賊だけど、七武海は政府が認めた海賊。ボスが計画を立てられたのも政府の味方だという世界共通の認識があったからだ。この一件には政府の責任も重くのしかかってる」

 「そ、それは……」

 「少なくともボクが居れば、ある程度のアドバンテージは得られるはずだ。バロックワークスの情報を持ってる。それこそ君たちが調べた以上の物を」

 

 答えられずにビビは口を噤む。その通りだと思ったのだろう。

 潜入したとはいえ一社員とボスの側近では立場が違った。得られる情報にも当然違いはある。

 彼女が困っていると見てイガラムが口を開き、やさしくも的確なタイミングで進言する。

 

 「ビビ様、ここは彼らに力を借りた方が良いでしょう。幸い目的は我々と同じです」

 「ええ……わかったわ」

 「助かるよ」

 

 心中がどうであれ、ひとまずは頷かねば仕方ない。そういった理由もあっただろう。まだ信用できなくて当然だと誰もが思っていた。

 しかしビビは、皆を見回し毅然として言った。

 

 「みなさん。潜入のためとはいえ、数々の無礼をお許しください。その上で失礼ながら、私は国を守りたいのです。お力添え願えないでしょうか」

 「なんか難しいこと言う奴だな。もっと簡単に言えばいいじゃねぇか」

 「え? もっと簡単にって」

 「お願いなんかすんな。おれたちは海賊だから好きなようにやるだけだ」

 

 ルフィが笑顔で言ってビビが困惑する。

 助け船を出すようにキリが微笑む。

 

 「協力するってさ。ルフィの都合で動くだけだから、お礼はいらないって」

 「ししし」

 「え、ええ」

 「それはわかったけど、これからどうするの? だってログが溜まってないわ。コンパスは使えないし、このままじゃ航海なんてできない。大丈夫ってどういう意味?」

 

 話が一段落しようとしたところ、困惑した様子でナミがキリへ尋ねる。

 ウィスキーピークの滞在時間が短く、半日の滞在で溜まるログがまだ溜まっていない。これではグランドラインを航海することは不可能であろう。

 正しい知識を持つために焦りを抱いたのだ。

 彼女の判断は決して間違ってはおらず、小さく頷いたキリはあっさり答えを出した。

 

 「普通ならまずやっちゃいけないミスだけど、今回の目的地はそれでいいんだ。ログが必要ない場所へ行く。そこでエターナルポースを手に入れよう」

 「どこ行くんだ?」

 

 ルフィが尋ねたことで笑みが深まる。

 どこか上機嫌に見える表情でキリが答えを出した。

 

 波は穏やかで、辺りは凪のように静まり返っている。

 従ってその声はよく耳に届く。

 全員が見上げる顔は、ひどく楽しそうに見え、前とも違う生き生きしている様子が窺えた。

 彼は懐かしき風景を脳裏に思い浮かべて、皆へ告げる。

 

 「海賊島へ」

 


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