ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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パルティア

 パルティアという島の港に、大きな焚火が設けられていた。

 燃やすのは壊した家々を支えていた柱。そこら中に散らばった木材。どうせもう使えないだろうと積み重ね、闇夜を照らす明かりにしていた。

 火は時間を増すごとに大きくなり、遠目から島を見ても一際目立つ様相だ。

 

 大きな火の前に座るのはユースタス・“キャプテン”・キッドである。

 その辺に転がっていた樽を椅子にして、腕を組んで一心に海を眺めていた。

 

 しばらく退屈そうにしていたものの、ある時、にやりと頬が持ち上がる。

 暗い海の向こうから一隻だけ船がやってくる。

 待ち焦がれた存在と言っていい。普通の帆船とは違った明かりが灯されており、ゆっくり港へ近付いてくる様が窺えた。彼らが到着して初めての光景だ。

 喜ぶキッドが立ち上がる。

 

 「ようやくお出ましか。ずいぶん時間がかかったもんだ」

 「沖合で戦闘があったようだ。ここからではあまり見えなかったが」

 「誰でもいいさ。ちっとは楽しませてくれるんだろうな」

 

 傍らに立つキラーが補足するかの如く呟き、キッドはひどく上機嫌そうに返す。

 好戦的な彼はすでに細かなことなどどうでもいいらしい。

 そうだと判断するキラーは頭を振って嘆息した。

 

 「あのマークは誰だ?」

 「死の外科医、トラファルガー・ローだろう。ノースブルーで名を上げた海賊だ」

 「酒場に居た野郎か。まぁ、少しは楽しめるだろ」

 「あまりやり過ぎるなよキッド。ただでさえ補給が面倒になった」

 「相手の出方による。それなりの腕がありゃ保証はできねぇな」

 

 ハートの海賊団の船、ポーラータング号は港へ辿り着いて足を止めた。

 動きが完全に止まってしばらく。

 船内から続く扉が開き、中から人が出てきた。

 

 甲板に立ったのはトラファルガー・ローだ。

 その姿を目にしてすぐキッドはそっと腕組みを解く。

 

 仲間たちは遅れて彼だけが先に港へ立つ。

 歩き出すキッドも仲間たちの傍を離れ、一人だけで前へ立ち、拳を握って意志は明確。笑みを湛えたまま道を塞げば、ローも鋭い眼差しで睨み返した。

 どうやらすでに目的は伝わっているらしい。

 武器を手にするローを眺め、先にキッドが口を開いた。

 

 「遅かったな。待ちくたびれたぜ」

 「ユースタス屋……おまえがやったのか?」

 「なぁに、腑抜けたバカどもを少し撫でてやっただけさ。海賊がルールを強いる時代がいつやってきた? 違反だなんだと騒がしいんで、あるべき姿を思い出させてやったまでよ」

 

 ローの呟きは町を眺めての感想だったようだ。

 崩壊した町を見て、その光景を背負うキッドは両腕を広げて堂々と語る。

 

 「海賊は力の象徴だ。勝者だけが自由を謳歌するルール無用の世界で生きてる。くだらねぇレースに牙を抜かれた元海賊、この島の全てがおれを苛立たせる」

 「それでこの有様か」

 「元々こいつらが知らなかったはずもねぇ。てめぇが過去にやってたことだ。散々てめぇが大暴れしといて、隠居した後でルールに従えとは、ふざけたことを言いやがる。落ちぶれた人間ってのは哀れなもんだな」

 「フッ、おまえも相当のバカだがな。それで? 賞金を奪ったおまえがなぜここに居る」

 

 ローの問いかけにキッドが笑みを深める。

 後方に居る仲間たちの足元には金属製の鞄が三つ。賞金の三億ベリーだろう。

 視線でそれを確認した彼はローに目をやり、雄々しく答える。

 

 「こいつは賞金なんかじゃねぇ。ただの金だ。奪った奴に使う権利がある」

 「ならおまえが使えばいい。権利はおまえにある」

 「それじゃつまらねぇんだよ」

 

 キッドはさらに朗々と語る。

 

 「レースにゃ興味がなかったがいいふるい落としにはなる。あのガスパーデの妨害を受けて尚この島に辿り着く連中は、将来性のある野郎だ。腕っぷしも立つはず。おれの目的は最初からそいつらだけだった。金なんざさほど興味もねぇ」

 「力の誇示か? つまらねぇ理由だ」

 「いいや、ただ強ぇ奴を叩きのめしたかっただけだ。グランドラインのレベルを知るには持って来いだろ? これは祭りなんだ。騒がねぇと気分が悪ぃ」

 「どちらにしても単純だな。まぁ、理解してやっても構わねぇが」

 「おまえも金に目が眩んだ口だろ。だが手に入れたきゃおれに勝つしかねぇぞ。さぁどうする」

 

 すでに戦闘態勢に入っているキッドは今か今かとその時を待っていた。心構えと準備はできているため、奇襲があっても即座に反応できる体勢にはある。

 対してローはいまだに考えていた。

 金はあれば便利だが心底欲しいかと言われればそうでもない。正直なところ、この場において戦う理由が見つからないらしく、ともすれば面倒そうにも見える。

 ならばやはり気になるのはキッドの態度だ。

 

 「もちろん怖ぇんなら逃げてもいいが」

 「ハァ……仕方ねぇな」

 

 頭を振ったローは担いでいた刀の柄を手に持ち、抜く挙動を見せる。

 眼光鋭く、闘争心を露わにするキッドを期待させた。

 

 「別に金が必要ってわけじゃねぇが、口の利き方がなってねぇな。気に入らねぇ」

 「ハッ、そう来ねぇとな!」

 

 表情は違えど互いに睨み合い、剣呑な空気が漂い始める。

 キッドの仲間たちが見守り、いつしかポーラータング号にはローの仲間も姿を現していた。

 彼らが見守る中で二人の船長が戦闘の気配に包まれる。

 

 ローが掌を地面へ向け、全く同じタイミングでキッドの周囲に金属が浮遊する。

 互いに能力を使っていた。どうやら激突は免れない様子だ。

 

 「行くぞオラァ!」

 「ROOM」

 

 青いサークルが展開すると同時、キッドが駆け出す。

 すでにローは刀を抜いていて攻撃の準備を終えている。それを物ともせず、一直線に駆けるキッドの動きは素早く、およそ常人とは思えぬ速度で接近してきた。右腕には無数の金属が付着し、鎧を纏うかのように巨大な腕が作り出された状態である。

 

 瞬きさえ許さぬ緊張感。

 見る見るうちに距離が詰まり、どちらが先に攻撃を繰り出すか、その一瞬に注目が集まる。

 

 しかし二人の激突は唐突に回避された。

 

 二人の間に投げ込まれた紙で作られた一本の槍。空から降ってくるようにして地面へ突き立てられたことにより、反射的に二人が後ろへ跳んで距離を取る。

 そこへキリが降ってきて、着地すると同時に二人を見回して緩く微笑んだ。

 

 「ちょっと待った。血の気多いなぁ、もうちょっと冷静に話そうよ」

 「てめぇは――」

 「紙使いだな。確か麦わらの右腕だったか」

 

 疑念を口にしたキッドを助けるよう、腕を組んで静観していたキラーが呟く。

 ちらりと彼にも視線をやり、動く気配がないことに安堵して、キリは尚も冷静に話しかけた。

 

 「ボクらは賞金いらないよ。君が好きに使えばいい」

 「何ィ?」

 「レースは君らの優勝だ。だから賞金を使う資格も君にある。それじゃ不満?」

 「何を言い出すかと思えば……聞いてなかったのか? おれは誰のルールにも従わねぇ。レースなんざクソ食らえだ」

 「まぁそうだろうね。大人しく言うこと聞くタイプじゃないよ」

 「なら話は早ぇだろうが」

 「でもそれならボクらが君のルールに従う必要もないしさ。勝手にそう言われても困る」

 「あぁ?」

 

 ぶつけられる怒気をさらりと受け流し、微笑みを絶やさずキリは肩をすくめる。

 通常、キッドに怒りをぶつけられて平常心を保てる人間など居ないはずだが、彼は事も無げに受け流して今もその場に立っており、怯える様子は微塵も見せなかった。

 これだけでもキラーは感心した声を出す。

 少なくとも口だけの弱者ではない。一目で看破するには十分な姿だった。

 

 言外に、というより割かしはっきりと、おまえには従わないと言っているのだ。

 これを聞いて短気なキッドが黙っていられるはずもなく、戦闘を求めていたこともあり、金属の腕が強く拳を握るのも不思議ではない。

 

 「なるほど。つまりてめぇは敵の前で逃げ出す腰抜けってことか」

 「そっちの方がイライラするんでしょ? だったら逃げる価値はあるかと思って」

 「減らず口だけは得意らしいな。いいぜ、逃げられるもんなら逃げてみろ。その代わり背中を狙われても文句は言えねぇぞ」

 「ふむ、それは困るね。じゃあこうしよう。逃げなきゃいいんだ」

 「そりゃおれとやり合うって意味か?」

 「戦わないよ。逃げないだけ」

 「てめぇイカレてんのか? それともただのバカか?」

 「どっちでもいいかな。勝手に決めといて。どうせ戦わないし」

 「てめぇ……!」

 「あれ? イライラしてる? あんまりストレス溜めない方がいいよ。発散するなら運動とかいいんじゃないかな。水泳とか……は無理か、能力者だから」

 

 見るからにやる気のない表情と態度、そして声色。

 目にするキリの全てに腹が立ち、キッドの形相はますます恐ろしくなっていく。こうなればいつ襲い掛かってもおかしくはなかった。

 

 しかし一方でキラーは冷静に彼を見ることができていたようだ。

 感心するのはよくキッドを理解しているという一点である。

 実力こそ一流の彼を倒すのは難しいが、平静を崩すことに関してはさほど難しくない。右腕として最も近い位置で支えるキラーのお墨付きだ。気性が荒く短気な彼は怒りの沸点も低いため、簡単な挑発でも比較的効果が出やすい。

 とはいえそれは諸刃の剣でもある。

 一度怒りに我を忘れてしまえば、今回のように島ごと敵を殲滅することも厭わない危険性があることで知られているのだ。自ら怒らせようという人間が居ないのもまた事実。

 

 キラーがキリに対し「上手い」と思うのは、キッドが暴れぬようやる気を削いでいる部分だ。

 独特の口調に怒りが増しているものの、その実戦わないことを明言しており、事実彼は急に襲われても抵抗しない。それは見ていてわかる。そしてそれは今この場において、キッドが最も望んでいなかった展開だろう。

 

 強者との戦いを求めていた者の闘志を避けるのはいっそ残酷とも言える。

 だがキリが望む通り、怒りながらもキッドは攻撃の手を出そうとしなかった。

 

 彼の思考回路を考えた時、そんな相手こそ自らの力で、正面から打ちのめして勝ちたいはず。しかしこの場でそれができないと言うのなら考えることは一つ。

 キラーは想像する。キリが次に吐き出す言葉は一つしかなかった。

 

 「心配しなくても先は長い。決着はいずれつけるさ」

 

 やはりそうだ、と仮面の下でほくそ笑む。

 この場では戦わない。だがいずれ戦うと宣言しておけば、すぐに動き出さなかったキッドは必ず乗ってくる。無抵抗のままで打ちのめしたくはないからだ。

 普段がどうであれ、少なくともキリだけは違う。

 ふざけた態度の彼だけは正面からぶつかった上で倒したいと思うはずだった。

 

 「いずれだと? ふざけるなッ。おれは今ここで、てめぇをぶっ潰してぇんだよ」

 「ウチの船長は海賊王になる男だ。いずれこの海の王になる」

 

 その一言を聞いてキッドの眉が大きく動いた。

 とどめとばかりにキリが畳みかける。

 

 「今すぐここで決めなくても、どうしたってどこかでぶつかるさ。だから焦るだけ無駄。お互いそう簡単に潰れるようなタマでもなさそうだしね」

 「ふざけた野郎だ。その名を口にするってこたァ覚悟はできてんだろうな?」

 「もちろん。むしろそっちこそ準備はいいのかな?」

 「ほざけ」

 

 キッドの雰囲気が変わった。

 全身から発するような怒気が鳴りを潜め、冷静さが戻ってくる。

 最終的な目的を思い出したことで考えを改めたらしい。声色も落ち着いてきた。

 

 短気である一面を持ちながら、冷静にさえなれば彼は頭を使える人間だ。考える機会さえあればそう猪突猛進に進む人物ではない。考え直すこともできただろう。

 ようやく状況が動きそうだ。

 静観するキラーは口を挟もうとせず、静かに成り行きを見守る。

 

 わずかだが笑みを浮かべたキッドは右腕に纏っていた金属を全て地面に落とした。

 能力の使用をやめたのである。つまりそれは戦闘の中止を意味していた。

 

 「やめだ。そこまで言うなら試してやる。てめぇらがこの先生き残れるかどうかをな」

 「助かるよ」

 「いずれだ。必ず白黒はっきりさせる。その時までせいぜい死なねぇようにするんだな」

 

 そう言ってキッドは背を向けた。

 歩き出す直前、思い出したように口を開く。

 

 「それともう一つ」

 「何?」

 

 素早く振り向いて自身のベルトからナイフを抜き、勢いを利用して投げつけた。真っ直ぐ飛来した刃はキリへ迫る。彼は慌てず、指先に紙を挟んで硬化し、それを弾いた。

 腕の振り、能力の使用、突然の攻撃に対する反射速度。

 どれを取っても勝負から逃げ出さなければならない実力ではないと思う。ならばやはり彼は怖くて逃げ出す訳ではない、別の理由から次に持ち越そうと言うだけだ。

 不敵に笑うキッドは改めてキリへ言った。

 

 「てめぇはおれが仕留める。麦わらにもそう言っとけ」

 「うん、わかった。覚えてればね」

 

 少年のようににこりと笑う様には腹も立つが、だからこそわかった気もする。

 再び歩き出したキッドはもう振り返ろうとはしなかった。

 ふと気になったキリが問いかけても背を向けたまま答えるのである。

 

 「賞金は?」

 「いらねぇ。好きにしろ」

 「意外と心が広いんだね。どうも」

 

 軽々しく礼を言うも、聞き入れることなく去ってしまう。

 キッドの後ろにはすぐ仲間たちが続いた。一度歩き出せば振り返ろうとはしない。賞金が入っているであろう鞄を置いたまま、その姿は遠ざかっていく。

 唯一キラーだけは違っていた。

 彼はキリに顔を向けて、静かに問いかける。

 

 「ウチの船長、と言ったな。それは麦わらか? それとも今おまえの後ろに居る男か?」

 「さぁね。どっちだろ」

 「他所の船に乗っている理由がわからないな。何か考えがあってのことだろう」

 「どうしてそう思うのかな」

 「そんな人間に見えたのでな。理由はただそれだけだ」

 

 キリは明確な答えを出そうとしなかった。嫌な予感、とでもいうのか。キッドと向かい合った時よりもキラーを相手にした時の方が居心地が悪い。

 そうと知ってか、先にキラーから視線を外す。

 はぐらかして答えようとしない。彼にとっては、それだけで答えを得られた気がした。

 

 三つある内の鞄を一つだけ持ち上げ、キラーがちらりとキリを見る。

 表情がわからないとはいえ、友好的であり、同時に敵対する意思を感じる不思議な情感。

 

 「キッドはああ言うが、一つだけもらっていこう。おれたちにも航海の資金は必要だ」

 「どうぞどうぞ。全部取るほどがめつくないから」

 「残りはおまえたちで分配してくれ。ではな」

 

 簡潔に告げてキラーも歩き去る。

 颯爽と離れていって彼らは船に戻り、直に出航するだろう。別れ際はあっさりしたものである。

 

 ひとまず戦闘の可能性はゼロになった。

 ローが首を動かして指示すると、一足先に動き出したシャチとペンギンが小走りで進み、放置されたままの鞄へ駆け寄る。どうやら中身を確認しろとの命令だったようだ。

 それを見てからキリも歩き出して、地面に刺さったままだった自身の武器を回収する。

 紙に戻し、服の下へ隠せばいつも通りの姿になった。

 

 足を止めたキリの傍にはローが歩み寄って、神妙な面持ちで声がかけられる。

 

 「紙屋」

 

 振り向けば真剣な眼差しがあり、しかしそこには警戒心も感じられて、決して信用し切った様子ではないとわかる表情がある。それをキリは当然の物として受け止めた。

 すぐに信用する手合いではない。反応は想像していた通りだ。

 

 「おまえが使える人間だってことは理解した。契約の件は頷いておこう」

 「ありがと。嬉しいよ」

 「だがとりあえずだ。使えないとわかったその時は――」

 「わかってる。そうならないように気をつけるさ」

 

 月明りに照らされた港で、静かな問いかけだった。

 頷くキリにローが視線を逸らし、わずかに俯いて笑みを深める。

 

 良い拾い物をした。

 それが素直な感想である。

 全幅の信頼を置くには早いが、利害が一致している限りは期待できそうな人物に思えた。ひとまず手を組むことは決まり、あとは期待外れでないことを願うばかり。

 

 二人がやり取りを終える頃にシャチとペンギンが揃って声を出した。鞄の中身を確認して何やら嬉しそうな様子だ。おそらく中身は賞金に間違いなかったのだろう。

 向かってくる二人を見て、キリとローは自然に肩を並べる。

 

 「キャプテン、ばっちりっす。一億ずつくらいありますよ」

 「一億減っちまったけど、無駄足にならなくてよかったよかった」

 「シャチ、それを紙屋に渡せ」

 「へ?」

 

 唐突なローの言葉にシャチが首をかしげた。

 彼ら二人で一つずつの鞄を持っていたのだが、その内一つをキリに渡すらしい。

 同じく疑問を感じたキリがローを見る。視線は合わぬまま、説明するように呟かれた。

 

 「いいの? 一億って大金だよ」

 「手を組む以上、おれとおまえに上下関係はない。あくまで立場は対等だ」

 「そう。それはありがたい」

 「この関係はできるだけ伏せておきたい。誰にも漏らすなよ。麦わらにもだ」

 「それが難しそうだけどね。まぁ言い出したのはこっちだし、なんとかするよ」

 「問題なのはユースタス屋の一味だが……ぺらぺらしゃべる人間性でもねぇか。今は見逃しておくが問題が起これば始末するぞ。それでいいな」

 「手を貸せって?」

 「当然だろ。もしくは、おまえらの傘下でもいい」

 「そうだね。それとなく説明しよう」

 

 大きく息を吐いて頷くキリだがその顔には苦笑があった。

 進み出てくるシャチから鞄を受け取り、ずっしり重いそれを右手に持つ。

 

 「キャプテン気前良いな。よっぽどキリのこと気に入ったんだぜ」

 「そうだと嬉しいけど」

 「ほんとさ。あれで意外と楽しそうなんだから、期待してるんだって、きっと」

 「余計なこと言うなよシャチ。聞こえてる」

 「だってほんとのことでしょ? 見ず知らずの人間船に乗せるなんて普段あり得ないし」

 「それにキリはいい奴だしなぁ」

 

 上機嫌な様子のシャチが笑い、同意したペンギンもやってきてキリの肩を叩く。

 船長とは違って楽しい仲間が多い。

 ローの背後に居る、ツナギを着た白熊、ベポも少々変わっているが素直な性格をしている。すぐ落ち込んでしまう難点があっても話していて楽しい存在だった。

 流暢に人語を使う熊。異質だが彼も立派な海賊であり、もう疑問は持っていないらしい。

 

 小さく舌打ちするローに苦笑しつつも、気分は悪くない。

 その場を去ろうとする面々にキリが笑顔を向けた。

 

 「それじゃ一旦ここで別れよう。だけどみんな、これからよろしく」

 「おう、よろしくな~」

 「ちゃんと自分の仲間も大事にしろよ」

 「キリ、またなぁ~」

 

 シャチやペンギン、ベポも含めたハートの海賊団は口々に彼へ声をかけ、手を振りながら自身の船へ戻っていく。滞在の予定はない。麦わらの一味に出会う前に島を去るつもりだったのだ。

 

 仲間たちが去る中、一人だけ残るローはキリと向き合っていた。

 船の中で少しだけ話した。

 全てを語った訳ではないのだが、その中でそれとなく伝わり、理解できたことがある。

 互いに七武海と面識があって長く時間を共にした。そのために因縁があるところも同じ。この先もグランドラインを航海するのなら必ず乗り越えなければならない壁だ。

 

 同族意識か、奇妙な感覚に囚われている。

 仲間ではない。だが他人ではなく、友達ではなく、敵でもない。

 自分でも飲み込み難い、初めての関係だった。

 

 考えてもわからず、すぐにやめてしまい、困惑する様子のローが平坦な声で告げる。

 

 「話を持ち掛けたのはおまえだ、途中で降りることは許さねぇぞ」

 「うん」

 「覚悟があるなら十分か。……じゃあな」

 「そっちも死なないようにね」

 

 背を向けて去っていくローを見送る。

 彼もまたすぐに船へ乗り込み、扉を閉めて、ポーラータング号は再び潜行を開始した。すぐに海中へ潜って見えなくなってしまう。

 その後でキリは視線の先、港の先端に居たビエラに視線を向けた。

 

 仲間の一人が降ろしたのだろう。病気であるらしい彼は医者であるローの診察を受け、治療に必要な薬を受け取っていた。今は濡れた服を乾かした後で毛布に包まり、歩くのも億劫そうで座り込んでいる。その顔は些か浮かない表情だ。

 

 彼の下まで歩み寄ったキリは隣へ腰掛け、同じように海を眺める。

 月が海の向こうに浮いていて、やけに脳裏へ焼き付く美しさだった。

 

 「一度は死を覚悟したんじゃが、また生き残ってしまった……人生、何が起こるかわからん」

 「生きてればいいこともありますよ」

 「そうじゃな。わしもそう思って生きとったんじゃが、今は後悔しとるよ。命を投げ打ってでも救うべき命があったんじゃないかとな。老いぼれたわしより生き延びるべき命があった」

 「そうですねぇ……」

 

 視線の先を変えず、向こうを見たままぽつりぽつりと。

 ビエラの声に力はない。深い後悔と悲しみに囚われ、不安に胸を苛まれていた。

 その悲しみから逃れる術を、キリはまだ知らない。

 仲間たちが傍に居れば違ったのだろうが、彼もまた寂しさを感じているのかもしれなかった。

 

 しかし、ふと想うことはあって。

 足元にある水面を見たキリが微笑む顔で呟く。

 

 「でも、もしそうなったら、助けられた方はどう思うんでしょうね」

 「どう思う、とは」

 「大事に想って、大事に想われてたんでしょう? お互いに心配してるならきっと一緒に生きたかったんだと思います。だから、大事な人に庇われて自分だけ助かっても、それじゃ多分喜べないですよ。その人も今のあなたみたいになってたはずです」

 「そうかもしれん。じゃが、あの子には未来があった」

 「あなたにだってありますよ。だってまだ生きてるんだから」

 

 その言葉を聞いたビエラは両手で顔を覆い、俯く。

 小さな嗚咽が聞こえてきて泣いているのかもしれない。気付かぬふりをするキリは視線を上げて遠くを眺め、ひどく穏やかな声で静かに語った。

 

 「諦めなければ希望もある。探しましょうよ。ひょっとしたらただの早とちりかもしれない」

 「情けない……わしは、なんて」

 「後悔ばかりしてても進めませんから、前を見ましょう。まずはその子を探してみないと結果はわかりませんし。今もどこかで生きてるかもしれないでしょ」

 「くっ……そうじゃな。下ばかり見ていても仕方ないか」

 

 目元を腕で拭い、ビエラも前を見る。

 微笑むキリはその様子を確認して、気分も晴れやかだ。

 

 「とりあえずボクの仲間に連絡を取ります。みんなが知ってれば楽なんだけどな」

 「すまん。何から何まで世話になってばかりじゃな」

 「別にいいんですよ。こっちもただ気分で動いてるだけですから」

 

 薬を飲んだとはいえ病気の影響は大きい。

 疲弊したビエラをそのままに、立ち上がったキリは町へ振り返った。

 

 悉くを破壊された光景。その町を頼っていいとは思えない。ならば自らが動いて連絡の手段を見つけ、仲間たちをこの地に呼び寄せる必要があった。

 ビエラの探し人についても聞かねばならない。

 ローの診察の後ではあるものの、まだビエラは医者の手にかからねばならないだろう。果たしてその町の人間は信頼できるか、医者は生きているか、探ってみる必要がある。

 

 どうやらやるべきことは多そうだ。

 何から始めた物か、しばし考えた方がいいかもしれない。

 そんなことを思いつつ、キリは力の抜けた笑みを浮かべて、脱力して肩をすくめた。

 


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