ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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Wanderlust

 「というわけで、巨人二人から成る巨兵海賊団と決闘することになった」

 

 ジャングルの中に集結したクルーの前に立ち、キリは平然とそう口にする。

 説明は簡潔に伝えられていた。

 ナミが朗読した手紙の内容、巨人たちとの会話、彼らとの勝負の条件に、勝てば傘下にすることまで。包み隠さずあらまし全てを伝えられた。

 

 感想は様々。人によって表情も違っている。

 しかし総じて、心から喜ぶ様子はなく、戸惑いの方が大きいようだ。

 

 ルフィもまた例に漏れず、難しい顔をして静かに話を聞いていた。

 彼の提案を喜んでいる様子はない。その姿を見たウソップやナミは黙り込んだまま居辛そうにしており、毅然とした態度のキリの様子を窺っていた。

 どことなく重苦しい空気が流れているように感じる。

 考え過ぎかもしれないとはいえ、ルフィとキリを見てそう思う日が来るとは思わなかった。

 

 困惑する面々を見渡してキリが語る。

 皆を説得すると言っていた。それがこの場なのだ。

 不穏な空気を感じながら、彼はいつになく真剣な顔で口を動かした。

 

 「相手は巨人族、しかも百年間本気の殺し合いを続けてきたエルバフの戦士だ。はっきり言ってそこらの巨人より強いだろうけど、だからこそ戦力になる。戦う価値はあるよ」

 「そうは言うが、勝てんのか?」

 「幸い、条件はこっちに有利なよう持ち込めた。全員で挑める以上は勝率も高いはず」

 「あのでかさでもか」

 「体のサイズは問題じゃない。それにでかいからこそ的になり易いよ」

 

 問いかけてくるサンジに答え、平常心は崩れない。

 キリの姿に違和感を覚えるルフィは腕組みをして首をかしげた。

 

 「作戦を立てて順序良く進めれば勝てない相手じゃない。だけど一人で立ち向かっても無駄だ。全員の力を合わせる必要がある――」

 「なぁキリ、ほんとに戦わなきゃいけねぇのか? おっさんたちの決闘邪魔してまでよ」

 

 不服そうに疑問を口にするルフィに、ナミとウソップがわずかにひやりとした。

 止め切れなかった責任は彼女らにもある。傍に居ながら止められず、最後まで言わせてしまったのはやはり間違いだったかもしれないと後悔していたところだ。

 仲の良い二人が醸し出す空気に、不思議と表情も強張る。

 

 二人が視線を合わせる。

 その姿にいつもの悠長な態度など欠片もない。

 独特な緊張感が漂い、ふざけることもなく真剣に向かい合った。

 

 「おっさんたちは誇りをかけて戦ってるんだ。できればおれは邪魔したくねぇ」

 「気持ちはわかるけどね。意見が割れた以上は、解決するにはこうするしかない。これもエルバフの掟に従った結果だよ。二人も納得済みだ」

 「ん~……」

 「それとも、一度やると決めた決闘から逃げてもいい?」

 「それもだめだ。けどよ」

 「勝手に進めたのは悪かったよ。だけどもう引き返せない」

 

 珍しくルフィが腑に落ちない顔をしている。

 不満。言いにくそうにしている気もするが明確に表れている。

 そうと気付いているはずだがキリは手を引こうとせず、そのまま強行するつもりのようだ。そのせいで妙な空気を味わう面々は複雑そうにしていた。

 

 「これは必要な戦いなんだ。傘下が云々だけじゃなくて、今後ボクらがこの海でどれだけ成り上がれるか、この場で試されると言っても過言じゃない」

 「どういうことだ?」

 

 わからないという顔のルフィにキリが答えた。

 

 「みんなに改めて確認しておく。現状、ボクらの目標はアラバスタに向かい、バロックワークスを倒すことにある。だけど、バロックワークスは社員数約二千人。しかも諜報や暗殺を得意とするプロを多く抱える犯罪組織で、王国乗っ取りまですでに王手をかけている。立ち向かうつもりなら今まで以上に全員の力を合わせなきゃならない」

 

 キリはルフィだけでなく全員の顔を見回して伝える。

 いつになく真剣な顔である。

 特にバロックワークスについて語っているため聞き逃せない力があった。

 平常心ではいられないだろうビビやイガラムを気遣いつつ、ナミは恐る恐る口を開く。

 

 「だけど決闘なんてしなくても……ここで戦う必要なんてあるの?」

 「無人島同然の島で百年決闘を続けてた巨人に勝てないようじゃ、クロコダイルには勝てないってことさ。巨人とはいえ相手は二人。国盗りのために動く二千人を相手にするのとは訳が違う」

 

 そう言われて表情が変わっていく。仲間たちだけでなくビビも同じだ。

 決して聞き逃して良い言葉ではなかった。

 

 「言わばこれはボクらの今後を占う一戦だと考えてもいい。ここで勝てないならアラバスタを救うどころか、海賊王なんて夢のまた夢だよ」

 「う~ん、そうか……」

 「ボスは強い。今のままアラバスタに進むことはできないと判断した。ここに来ることになったのは偶然だけど、ボクは幸運だったと思ってる」

 

 ルフィは真剣な顔で考え込んでいる。元々の性質からして考え事など苦手だろうに、今は得意か否かを無視しても考えずにはいられなかったらしい。

 しかし冷静に事態を見れば、そうまでして考えるのはやはり違和感があって。

 本人たちよりも周囲で見ている方が緊張して、しばしの沈黙が仲間たちに不安を与える。

 

 「まぁ、どうしても気が進まないなら、やめたって構わないけど」

 

 最後にそう付け足してキリは口を閉ざした。

 妙に歯切れの悪い一言だった気がする。

 口を開いたゾロが問うと、彼はそちらに目を向けた。

 

 「もしやめた場合、お前はどうするつもりなんだ?」

 

 その言葉に答えを出すことなく、キリはただ笑みを深めただけだった。

 嫌な予感がする。答えなかったことが答えで、それは一種の脅迫にも近い気がした。

 

 ルフィは首を捻ってううむと唸る。納得できる部分もあるがすぐに呑み込める訳でもなくて、つまりは異論があるのだろう。すぐに頷かないのは理由があった。

 目を閉じて考えること数秒。

 再び目を開いた時、ルフィは納得できていない顔で尋ねた。

 

 「でもよぉ、海賊は自由なんだ。おれは別に傘下なんて欲しくねぇ」

 「そう言うとは思ってたけど、こうでもしないとあの二人のどっちかが死ぬ。死なせるには惜しい人間だ。止めるには掟を使うしかなかった」

 「そうなのか。でもなぁ……」

 

 考え込むルフィはそれでもすっきりしない顔だった。

 小さく息を吐き、肩をすくめて、キリはやさしい声で彼に問う。

 

 「こう考えて欲しいんだ。彼らは良い人だからボクらの仲間になって欲しい。でもあの巨体じゃメリー号に乗り込むのは不可能。だから違う船に乗って同じ旗を掲げる」

 「どういうことだ?」

 「彼らは部下になる訳じゃない。違う船に乗る仲間だ」

 「うん、そうか。じゃあわかった」

 

 頷いた時にやっと納得した顔になった。

 要は考え方の問題らしい。彼らを部下として扱う気が無いのなら理解もできる。

 海賊は自由なのだと語る彼は、自由に生きる彼らを愛しこそすれ、その誇りを束縛する気にはなれなかったようだ。

 悩んでいた時間は決して短くなかったことに違和感も残るが、指摘できる空気ではない。

 ともかくルフィの理解が得られて状況は変わる。

 

 場はいまだに重苦しい空気があった。しかし見渡すキリは気にした様子もなく語る。

 やっぱり今日の彼は何かがいつもと違っていた。

 

 「船長の同意は得られた。他に異論のある者は?」

 

 皆の顔を見回して意志を問い、口を開く者が居ないことを確認する。

 ルフィが納得したのならこれ以上は蛇足だろう。

 黙り込む一同が真剣にキリを見つめ、先を促すかのような態度に変わっていた。

 

 一味の心臓は船長であり、脳は副船長。

 時には異論も口にするとはいえ、彼らが決めたのならば従うのが今や当然となった形だ。

 

 意識が変わったことを理解してキリが頷く。

 次はようやく本題に入らねばならない。これから彼が語るのは巨人との決闘に勝つための方法。時間は有限であり、準備を考えるのならば迅速な行動が必要だった。

 皆の視線が集まっているのを確認して話し出す。

 

 キリは、負けるなどとは微塵も考えていない顔だった。

 勝って当然。そう考えているかのような自信さえ感じる。

 それで少しは平常心も取り戻せたか、普段臆病なナミやウソップも話に集中できた。

 

 「これは全員で挑む戦いだ。誰一人欠ける事無く作戦に参加して勝つ。さっきも言ったように、これができないようじゃバロックワークスを止めるのは無理だ」

 「アラバスタを守るため……そういう意味も含まれてるのね」

 「ボクらも誇りにかけて戦う。あのマークは飾りじゃないから」

 

 真剣な声が、全員の心持を変える。

 

 「麦わらの一味と巨兵海賊団の決闘だ。ボクらの旗にかけて、負けは許されない」

 

 キリの言葉で皆の意志が一つになっていたように思う。

 一味として力を合わせる時。全員にとって大事な一瞬だった。

 

 それからしばらく作戦会議が行われ、彼らは準備に動き出した。

 全ては決闘に勝つため。

 役目を理解した彼らはジャングルの中を駆け回り、ありとあらゆる方法で準備をして、真ん中山が噴火するまでの間に目まぐるしく動き続けた。

 

 戦いの準備を急ぎ、決戦に備えて食事を済ませ、数時間の猶予はあった。

 いつ来るとも知れない噴火は彼らに時間を与えるが、その一方で長時間の緊張を強いる。

 気付けばいつの間にか、リトルガーデンは夕暮れに照らされていた。

 

 

 *

 

 

 夕日に照らされる島の中で、その二人は胡坐を掻いて座っていた。

 “青鬼”のドリーと“赤鬼”のブロギーである。

 かつては海賊として名を馳せた戦士が二人、戦いをやめて肩を並べ、腕を組んで同じポーズ、同じ方向を見つめていた。

 

 過去の情景が脳裏に浮かぶ。

 昔は二人の船長としてこうすることも多かったが、いつの間にか遠い記憶になっていた。

 

 友の手紙をきっかけとして様々な記憶が蘇っていた。

 特に思い出すのは海賊として航海していた頃。手紙をくれた友と出会ったのもその頃だったのではないかと記憶している。決闘を始めてからも何度か会いに来てくれたものだ。

 その度にやめろと言われていたのも今となっては良き思い出。

 年老いた彼女はおそらく自分の足で来れないだろうが、ひょっとしたら彼らは、彼女の意志を継いでこの島へ来たのかもしれないと考えると、中々面白くもある。

 

 考える時間なら山ほどあった。

 二人の顔にはいつしか笑みが浮かび、ぽつりぽつりと会話をする。

 郷愁に駆られるのとは違う、昔を懐かしんで、喜びを噛みしめる表情だ。

 

 「我らがこの島へ来て、百年は経ったか」

 「ああ、そうだ」

 「百年間、ずっと決闘を続けてきた」

 「それ以外をしなかったと言ってもいい」

 「どうだ、ブロギーよ。百年ぶりにおれと力を合わせるというのは」

 「妙な感覚だ。ずいぶん懐かしい。だが……悪くない」

 

 語り合う二人はかつての自分たちを思い出していた。

 昔は気兼ねなくそうできていたのに、別々の場所に住み、決闘を除けば顔を合わせることもない生活に変わって、長過ぎるほど時が経った。

 再び隣に並んでいるこの状況がひどく不思議で仕方ない。

 

 ただ、一種の喜びも感じていた。

 命を賭ける決闘を始めた以上、二度と肩を並べて戦うことはないと思っていたのに。

 彼らには感謝しなければならない。こうしていられるのは今日が最後だ。

 

 「引き分けばかり続いていたというのに、まさかこんなことになるとはな」

 「妙なこともあるものだ。よもや、決闘をやめさせるための決闘をすることになるとは」

 「しかし良い方向に考えれば、これもエルバフの神の思し召しなのかもしれん」

 「んん? どういう意味だ?」

 「ブロギーよ、おれは、今までお前との決闘において手を抜いたことはなかったが」

 

 海へ沈んでいこうとする太陽を眺め、ドリーは静かな声で言う。

 

 「お前を憎く思ったことは一度もない」

 「おう。それはこちらも同じよ」

 

 ブロギーが答えた後で、沈黙が降りる。

 重苦しくはない。どこか懐かしくも清々しい、独特の感触。

 二人は麦わらの一味より譲り受けた酒樽を指につまみ、小さなそれを持ち上げた。

 

 「挑発のためだっただろうが、同族殺しか……耳に痛い言葉だ」

 「理解されないこともある。人間と巨人では考え方の違いもあるだろうさ」

 「だが結局おれたちは、これ以外の生き方を知らない」

 

 真ん中山が噴火する。

 二人の顔に笑みが浮かんで、持ち上げた酒樽を眼前に掲げた。

 

 「合図だ」

 「ああ、行かねばならない」

 「これが最後の宴になるだろう。巨兵海賊団の最期となるか」

 「ではせっかくの機会だ。目一杯楽しむとしよう」

 

 彼らもまた、負けるつもりなど欠片も持っていない。この戦いに勝ち、自分たちの決闘を行い、そして決着をつけて一人の勝者を生む。その一人だけが故郷へ帰ることができるのだ。

 故にこの戦いは大事の前の小事。

 宴でもあり、祭りでもある。

 

 「エルバフの誇りに」

 「乾杯」

 

 彼らにしてみれば小さな酒樽を強かにぶつけ、ぐいっと中身を煽る。

 飲み干すまで一秒と満たなかった。

 二人は地面に酒樽を置き、叩きつけるような仕草だったせいで樽が割れ、立ち上がる。

 

 武器を取り、目指すべき場所を見据えた。

 不思議な感覚を抱きながら、ドリーとブロギーは覚悟を決めた顔で共に歩き出した。

 


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