ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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“まっすぐ進め”

 朝日が島を照らし出してしばらく。

 空が白んだ後で、リトルガーデンを出発する時が来た。

 

 準備と言っても仕留めた恐竜の肉を切り出し、船に乗せる程度のことだ。早朝から慌ただしく動いていた彼らだがやることは意外に少なく、早くも船に乗り込んでいる。

 ただその際にもいざこざはあったようで。

 出航直前だというのに喧嘩をするゾロとサンジは、もはやいつものことだとして仲間たちからも問題視されておらず、二人だけでいがみ合っていた。

 

 「勝負はおれの勝ちでいいな」

 「ふざけんなよ、クソ野郎。決闘で中断された。こりゃ無効だろうが」

 「事実仕留めたのはおれの一匹だけだろ」

 「ありゃ船を守るために仕方なくだった。いいか、狩り勝負だ。条件をイーブンにして始めてりゃおれの方がでけぇ奴を仕留められた」

 「へぇ。なら今からでもやるか? 勝つのはおれだけどな」

 「上等だ。お前なんかに負けるわけねぇだろ」

 

 鼻が触れそうなほど顔を近付けた両者は、怒気を滲ませながら言い合いをしている。

 議題は狩り勝負の行方について。

 巨兵海賊団との決闘に駆り出されたため勝負が中断していた。これにより、船の前方へ現れた恐竜を仕留めたゾロが自身の勝利を主張し、獲物と出会ってさえいないサンジは無効だと主張。勝利に拘る二人は呆れる仲間たちをそっちのけに離れようとしなかった。

 

 すでに出航を決めているのにこの言い合いだ。

 巨人を相手にした決闘が終わったばかりだというのに元気なものだと思う。

 ただそれを褒める者は少なく、船の上から面白がって見ているのはルフィとキリだけであった。

 

 勝手に終わるのだろうかと放置していたナミがついに動き出す。

 いつまで経っても終わらないため、溜息交じりに二人へ声をかけたのだ。

 

 「いい加減にしなさいよあんたたち。食料が確保できればあとはどうでもいいの。出航するからさっさと乗りなさい」

 「もうちょっと待て。このアホがいちゃもんつけてきやがるもんだからよ」

 「何がいちゃもんだ。ナミさん少しだけ待ってくれ、このマリモ理解力がねぇもんだから」

 「グル眉」

 「クソ迷子」

 「エロガッパ」

 「サボテン」

 「シルク、頭冷やさせてやって」

 「うん」

 「うおおっ!? 待ってくれシルクちゃん! わかった、この件は後回しだバカ剣士!」

 「チッ、逃げやがったか」

 「あぁ!? 誰が逃げただと――!」

 「いくよ~」

 

 結局、彼ら二人はシルクが生み出したかまいたちによって吹き飛ばされ、浅く少ないとはいえ多少の切り傷も負い、ごろごろと地面を転がった。

 制圧もすっかり慣れた様子である。

 すぐに納刀したシルクは何気なく笑顔で振り返った。

 

 「もう一つのエターナルポースを使う時が来たんだね。次はどこへ行くんだろう」

 「行先は“ドラム”って書いてあるわ。どんな島かしら」

 「いやいやお前ら、あいつらぶっ飛ばしといてナチュラル過ぎるだろ」

 

 手慣れた様子を見ていたウソップは冷や汗を垂らして呟いていた。

 慣れとは怖いものだ。今やその風景を疑問視する者は一人として居なかった。

 

 ナミの手の中には海賊島で入手した、もう一つのエターナルポースがある。

 アラバスタへ近付くための手段として手に入れた物だが、行先である“ドラム”とは果たして本当に近いのかどうか、そこまでの情報を集めてはいない。

 

 今後の航海にも関わるため、ナミはビビへ目を向ける。

 彼女はアラバスタの出身。周辺の島にも詳しいのではないかと考えた。

 ドラムがアラバスタに近いなら良し。でなければ別の手段を見つける必要がある。

 問われたビビは真剣な顔で考えた。

 

 「ねぇビビ、ドラムって知ってる? アラバスタまで近いのかな」

 「ドラム王国ね。それなら知ってる……けど、流石に位置や距離までは」

 「そのドラム王国ってどんなところなの?」

 

 尋ねたシルクに頷き、ビビが答える。

 

 「ドラム王国は常冬で極寒の環境にある島。グランドライン一の医療技術で有名よ。少し前に王が変わって以来、あまり良い噂は聞かないけど……」

 「現国王であるワポル殿には我々もお会いしたことがあります。傲慢で不遜、その噂も信憑性があると思えて仕方ありませんが」

 「やめてイガラム。この場に居ない人を悪く言うのは良くないわ」

 「はっ。申し訳ありません」

 

 窘められたイガラムは頭を下げ、即座に謝罪する。

 それを見た後、不意にビビは視線を落として、何やら物思いに耽る顔を見せた。

 

 あまり良い思い出はない、ということか。

 良い噂を聞かないという点も気になる。どうやら問題がある島らしい。

 手の中にあるエターナルポースを見つめたナミは溜息をついた。

 

 「ふ~ん、いわくつきの島ってわけ。あんまり気は進まないわね」

 「でもこの島のログは一年かかるらしいから」

 「ええ、私たちに選択権はない。ここに行くしかないわ。何も起こらないといいけど」

 「そうだね。でもルフィが居るから期待はできないかも」

 「はぁ~憂鬱。また危ない目に遭うのかしら……」

 「大丈夫だよナミ。今までだって乗り越えてきたんだよ。今度もきっと大丈夫」

 

 落ち込むナミの肩にシルクが手を置き、慰めようと軽く叩いた。

 ルフィが居る限りトラブルはつきものだろう。それを悩むのも今更かと思い直して、頭を振ったナミは表情を引き締め直し、前を見た。

 そろそろ出発の時が来たのである。

 

 「まぁ、くよくよしててもしょうがないか……サンジくん、食料の積み込みは?」

 「OKですナミすわぁ~ん!」

 「ウソップ、忘れ物はない?」

 「おう! ばっちりだ!」

 「キリ、今から何か言うことある?」

 「何も」

 「準備は完了ね。ルフィ、そろそろ出航するわよ」

 「おう!」

 

 吹き飛ばされたゾロとサンジも戻って、全ての準備が整った。

 甲板でルフィが両腕を掲げ、雄々しく叫ぶ。

 

 「野郎どもォ、出航だぁ~っ!」

 

 ルフィの一声によってゴーイングメリー号が出航する。

 一隻通るのがやっとという川を進んで、とにかく前を目指した。

 これは一時的に別れたドリーとブロギーに言われた通りだ。

 

 彼らがメリー号へ向かう直前、二人は見送りをすると言って先に移動してしまった。

 そういえばと口を開くウソップがそれを指摘する。

 

 「師匠たちはどこ行っちまったんだ? 見送りに来てくれるんだよな」

 「ああ。そう言ってた」

 「きっと島の端で待っててくれるんじゃないかな」

 

 ルフィの隣でシルクが言い、ウソップは船が進む方向を見る。

 まだ見えない。彼らの大きな姿はまだ視界にはなかった。

 

 それからしばらく進み、川の終わりが見えて島の向こう側へ出ようという頃、ようやくその姿を見つける。大きな背中がメリー号を待っていたのだ。

 ウソップやルフィの顔に笑みが浮かび、嬉しそうな顔でその背を見る。

 やはり雄大で偉大だ。改めてそう思った。

 

 しかし、見送りにしては何か緊張した空気を感じて。

 腕を組んで立つ二人はピクリとも動こうとしない。

 真っ直ぐ前を見つめ、それは二人の間にメリー号が到達しても同じだった。

 

 「お~いおっさ~ん!」

 「師匠~!」

 「おお……来たな、友よ」

 「いや、今日よりは我らが船長。我らの大頭よ」

 

 川を進んで海へ出ようとする。

 その頃、二人は麦わらの一味へ聞かせようと語り始めた。

 

 「この島に来たチビ人間が、次の島へ辿り着けぬ最大の理由がこの先にある」

 「お前たちと数奇な運命には感謝している。故に我らも誇りをかけよう……」

 「友の海賊旗(ほこり)は決して折らせぬ」

 「我らを信じてまっすぐ進め。たとえ何が起ころうともまっすぐにだ」

 

 静かながら強い力を感じる声だった。

 彼らは、並々ならぬ覚悟を抱いている。迷い、困惑、怒り、悲しみ、それら全てを捨て去って彼らを仲間と認め、自らの誇りに恥じぬよう、戦士としてそこに在った。

 あまりの迫力にルフィが息を呑む。

 返答するのに数秒遅れて、頭にある帽子を押さえ、小さく頷いた。

 

 「うん。わかった」

 「少し待っていてくれ。我らもすぐにこの島を出よう」

 「巨兵海賊団の立て直しだ。いずれお前の下へ集うことを誓う」

 

 メリー号が進む。

 川を離れて海へ到達し、尚も止まらず前を目指す。

 二人はそれを見送ろうとしていた。

 

 不思議な心境だった。

 前を見つめたままでブロギーがドリーへ声をかける。

 

 「長く苦楽を共にした。この斧もその剣も寿命だな」

 「未練でも?」

 「未練ならあるさ。百年以上戦い抜いた。最高の相棒だ」

 「確かにそうだな……だが今は惜しくない」

 「ああ。おれたちも新たな船出に漕ぎ出さなければならない」

 

 二人が剣と斧を持ち出し、眼前に構える。

 

 「我らの誇りは永遠に共に在る。感謝するぞ」

 「さあ、最後の戦いだ。仲間たちを送り出すぞ」

 

 メリー号の上で不思議そうに首を捻る者も多い中、二人は決闘に挑む顔つきで、凛とした立ち姿で微動だにしない。何かが始まるのだろうか、と想像するのも当然だった。

 ちらほらとだが視線が船の前方に向き始める。

 

 その時、海水が盛り上がり、水中から何かが現れようとしていた。

 あまりにも巨大なそれらは巨人すらも超えかねない大きさで、揺れる大波で船が揺れ、船上には一気に混乱が広がっていく。

 しっかり制御しなければ転覆しかねない。

 水面を荒らす巨大生物が、彼らの前に立ちはだかったのだ。

 

 「な、何あれっ!?」

 「出たな、“島喰い”」

 「道は開けてもらうぞ。エルバフの名にかけて」

 

 巨大生物の顔がはっきりと海上へ現れる。

 それはあまりにも大きな、一匹の金魚だった。

 島すら食しそうな巨体が立ちはだかり、比べるまでもなく一飲みされてしまう大きさ。船上からは大きな悲鳴がいくつも上がる。

 

 「んなっ、なんか出たぁ!?」

 「何なのよこいつは!? 海王類!?」

 「でっけぇなぁ。金魚か?」

 「きょ、巨大金魚? どっかで聞いたような……」

 

 ウソップとナミが悲鳴を発する一方で、ルフィは首をかしげて不思議そうにしていた。

 彼らの前で島ほど大きい金魚が大口を開ける。ただそれだけの挙動で海が揺れ、波が普段の静けさを忘れて荒れ狂い、メリー号は吸い込まれようとしている。

 こいつは船ごと船上の人間を食べるつもりだった。

 悲鳴は大きくなるばかり。特にナミはすぐに針路を変えるべきと判断したようだ。

 

 「ウソップ、急いで舵を切って! 逃げないと食べられちゃう!」

 「だ、だだ、だめだっ。このまままっすぐ進む……!」

 「何言ってんのよ! だからそれだと食べられるって――!」

 「まっすぐ進む、そうだろルフィ!」

 「うん。もちろんだ」

 

 驚きは大きく、見るからに危機的な状況。その中でルフィは笑った。

 これを言っていたのだ。

 ならば約束を違える訳にはいかない。彼らの言葉を信じてまっすぐ進むのみ。一瞬の判断でそう決めた船長は迷わず頷き、ウソップは怯えながらもぎこちない笑みを浮かべる。

 

 だが今はまだ総意ではない。

 焦る仲間たちの声が次々飛んで、すでに迷いのないルフィに問いかけずにはいられなかった。

 

 「バカ言わないでよ! 早く船を動かさなきゃ私たちは……!」

 「まぁそう慌てんなって。せんべい食うか?」

 「食ってる場合かっ!」

 「ナミ、諦めろ」

 「おいルフィ、あいつら信用できるんだろうな! 後戻りはできねぇぞ!」

 「ああ! このまままっすぐ進め!」

 

 ゾロに声をかけられたナミが諦めてしまうと、サンジが焦りを滲ませて叫ぶ。

 それでもルフィは揺らがなかった。

 決意を込めて力強く答え、あくまでもメリーは前を目指す。

 

 「正気!? 本当にあの怪物に突っ込んでいくの!?」

 「ビ、ビビ様、ご安心をっ! 何があろうと、このイガラムめがお守りいたします!」

 「クエ~ッ!?」

 「まぁ、今更じたばたしたところで無駄だよ。もう間に合わないし」

 

 ビビやイガラムが狼狽して、カルーが叫ぶ一瞬に、キリが気合いの抜けた顔で呟いた。

 直後にはメリー号が金魚の口の中へ突っ込んでいく。

 そして、口は静かに閉じられた。

 

 その様を眺めて尚、二人は冷静なまま。

 にやりと口角を上げ、掲げた武器が下ろされた。

 

 時は来た。

 自らの誇りをかける一瞬だ。

 仲間たちは自分たちを信じてまっすぐ進んだ。ならばその期待に応えなければならない。

 その前に彼らは穏やかに語り合い、次の一撃に集中する。

 

 「育ちも育ったり、島喰い。この怪物金魚め」

 「驚くのはこいつのでかさだけじゃない。その辺の島を食いつぶして出すこいつのフンのでかさと長さよ。確か、何もない島という巨大なフン」

 「ゲギャギャギャギャ! 昔大陸と間違えて上陸しちまったのを覚えてる」

 「懐かしい冒険の日よ。奴らを見てると昔を思い出す」

 「なに、これよりは我らもその一味だ」

 「ああそうだった。ではこれが最初の冒険となるやもな」

 

 ゆっくりと、だが確実に、力を込めて構えを取る。

 己の得物を構えた二人は見る者を震えさせる迫力を醸し出していた。

 

 「我らに貫き通せぬものは“血に染まるヘビ”のみよ」

 「エルバフに伝わる巨人族最強の槍を見よ……!」

 

 動きが止まり、準備は整った。

 

 メリー号は金魚の中を尚もまっすぐ進んでいる。約束を違えることなく、まっすぐ。

 仲間の言葉を信じ、この選択は間違っていないのだと信じて。

 震えるウソップは目を閉じて、自分に言い聞かせるように呟いていた。

 

 「まっすぐ……まっすぐ……!」

 「何言ってんの! もう食べられちゃったわよ!」

 

 ウソップに呼応するようにルフィもまっすぐ前を見つめ、力強い声で叫んだ。

 

 「まっすぐ! まっすぐ!」

 

 メリー号には様々な感情がある。

 不安、動揺、恐怖、或いは余裕や冷静さを持ち合わせる者も居た。

 様々ではあるが、誰もが総じて救いが来るのを待っているのは同じだった。

 

 金魚の体内で叫び声が木霊し、何度目かで反響した声が戻ってきた時のこと。

 突然、風を感じた。

 

 背後では口が閉じられ、体の奥へ向かって進む道の半ば、どこからか現れた追い風がメリー号を押している。まるで彼らを出口へ導くかのように。

 外では、ドリーとブロギーが武器を振り抜いた後だったのだ。

 彼らが振り下ろした武器が目には捉えられない斬撃を生み出し、凄まじい勢いを誇る一撃が島喰いの体を捉え、一瞬の後にはその肉体を貫いていた。

 

 視界が開ける。

 彼らの一撃が道を作って、吹き飛ばされた肉体の向こうに大海原が見えた。

 メリー号は追い風に乗って飛び出し、空を舞って外へ出たのである。

 

 「覇国ッ!!!」

 

 巨人族最強の槍は、島を食うほど巨大な生物を一瞬で切り捨て、さらに海まで割った。

 想像もできぬほどの強烈な一撃である。その力をまざまざと見た彼らは心底驚き、だが一瞬にして景色を変えた事実に笑みさえ浮かび、喜んですらいたようだ。

 メリー号が空を飛んだ。

 たったそれだけでも喜びを噛みしめる理由にはなった。

 

 全力を込めた一撃を終えて、長く苦楽を共にした武器が折れた。

 剣は刀身が折れ、斧は柄が折れて刃を失くす。

 

 それでもいい。ただ満足だった。

 彼らの“槍”は仲間のために、誇りのために、確かに敵を貫いたのだ。

 二人は折れた武器で道を示すと大声を発し、旅立つ仲間の背を力強く押した。

 

 「さァ行けェ!!」

 

 役目を終えた刃が地に落ちた。

 同時にメリー号は海へ着水した後、振り返ることなく前へ進む。

 ただひたすらにまっすぐ。

 迷いのない彼らの動きに安堵した二人は、手の中にあった柄を放り投げ、その背を見送った。

 

 いずれまた再会する。

 その時まではしばしの別れ。

 

 一仕事終えた彼らは船が見えなくなるまでその場を動かず、後にメリー号が姿を消すと、何を言うでもなくその場へ座った。

 何やら、真剣な顔で話し始めるのである。

 

 「なぁブロギーよ、おれにはどうしても気になることがある」

 「んん? 奇遇だな。おれもずっと考えていた」

 「あの二人が言っていた言葉……狩り勝負、か」

 「何かがあった気がするんだが、なんだったかな?」

 

 首を捻る二人は思い出そうとするのだが、なぜかどうしても思い出すことができず。

 どうやら忘れてしまったようだ。

 

 彼らが決闘を始めた理由は、狩り勝負と、ある少女がきっかけになった。

 巨兵海賊団の船長、ドリーとブロギーが仕留めた二匹の大型海王類。果たしてそれはどちらの方が大きかったのか。素朴な疑問から負けず嫌いの言い合いになり、決闘へと発展したのである。

 長い時の果てに、事実を覚えているのは一人だけ。

 決闘の引き金を引き、彼らへ手紙をしたためた、件の少女だけだった。

 

 考え込んでいる間に真ん中山が噴火する。今日も大きな音を立てて黒煙を舞い上げ、すっかり習慣となったせいで咄嗟に二人が振り返り、その様子を確認した。

 互いに顔を見合わせてにやりと笑う。

 しかしそれが間違いだったとは直後に気付いた。

 

 「おっ、真ん中山が」

 「まぁいい。それより今日こそ――っと、そうではないのだったな」

 「ああそうだ。おれたちの決闘は終わった。もう一つの決闘の決着でな」

 

 武器が折れたとはいえ、闘志は衰えず。気付けば殴り合いでも始めようかと拳を握っていた。

 しかしそうではない。

 すでに自分たちの決闘は終わった。島の外から来た者たちによって。

 それを受け入れ難いと思う瞬間もあったものの、経験してみてやっと気付けたことがある。今は彼らに素直な感謝をして、島を出られる喜びを抱いていた。

 

 百年、戦うことしか知らなかった二人が再び肩を並べた。

 やはりこの方が居心地が良い。

 誇りを捨てずにそう立てたことが嬉しくて、二人は開戦の合図を告げる真ん中山に背を向け、呆れるほど遠い記憶を思い出しながら共に海を眺める。

 

 「長いエルバフの歴史があろうと、これほど奇妙な審判を受けた者は他にはいまい」

 「ああ。時として神は粋なことをなさる」

 「さて、何から始めればいいものかな。久しぶり過ぎて何から手をつけていいかわからない」

 「まずは船だろう。この島から出なければな」

 「イカダでも作るか」

 「海賊島に向かうのもいいかもしれない。どうやらおれたちの友もそこに居るらしいし、ついでに船を造ってもらおう。おれたちに相応しい良い船だ」

 「ガババババ、良い案だ」

 「では始めるか」

 

 落ち着いて話し合った後、二人は同時に動き出した。

 今日からは生活も一変する。

 考えてみればやらなければならないことは山ほどある。故郷へ帰ること、古い友人に会うこと、そしてそれ以上に優先すべきは自らの船長に力を貸すこと。あの小さくも勇敢なる一味は二人を打ち負かした勝者であり、これからは船長と仰ぐべき存在だ。

 いつまでも住み慣れた庭で二の足を踏んでいる場合ではない。

 彼らがそうしたように、決断して、勇気ある一歩を踏み出さねばならないのだ。

 

 ひとまずは船が必要だろう。

 島にある物で簡易的でもイカダを造って外へ出ようと考えた。

 

 海賊として海へ出るのは百年ぶりになる。

 自分で思っている以上に胸の鼓動が高鳴り、ワクワクして、子供のようにはしゃいでいる。

 きっと彼らに影響されたのだろう。感情のままに生き、心から笑って、本気で戦って、どの瞬間を切り取っても精一杯だった姿を思い出し、躍る心で歩き出した。

 




 一話の投稿から一年経ちました。
 今後も完結目指して細々と続けていきたいと思います。
 かなり長くなりそうなので、せっかくなら1000話とかいってみたいなぁ。

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