ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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ドラム城へ

 バサバサと翼をはためかせ、大鷲は空を飛んでいた。

 いつの間にか雪が止んでいる。空にはまだ厚い雲が覆って、いつ降り出すともしれないものの、ひとまず視界は開けていた。

 ドラム城は見るからに近付いていて、ルフィの顔に笑みが浮かぶ。

 

 もうすぐ医者に会える。ナミを助けることができる。

 喜びは抑え切れずに彼女へ伝えようと声を発した。

 

 「着いたぞナミ。もうすぐ医者に会えるからな」

 

 彼女は眠っているのか、返答はない。だが荒れた呼吸が聞こえて安心はできなかった。

 長らく心配していたのだがやっと助けられる。

 安堵し始めるルフィに大鷲が口を開いた。

 

 「あんたら若いのに大変だねぇ。まぁでも助かりそうでよかったよ」

 「運んでくれてありがとな。お前変だけどいい奴だよ」

 「そりゃどうも」

 

 気安い態度の大鷲には素直に感謝する。

 結局、彼は裏切ることもなく城まで連れてきてくれた。確かに怪しい奴だとは思うが意外にも優しい性格のようで、ナミを心配する様子すらある。

 

 とにかくドラム城へ来ることができた。

 ゆっくりと地面に降り立つ鷲の背から飛び降り、ナミを背負うルフィは山の頂上に立つ。

 

 ドラム城は、美しい景観でそこにそびえ立っていた。

 周囲に物音はない。静寂だけが存在し、人の気配さえ感じない環境。

 人々から忘れ去られたかのようにこの場所に在る。

 しばし無言で見上げたルフィは、あまりの迫力に圧倒されたが如く、ぽつりと声を漏らした。

 

 「きれいな城だ……」

 

 造りといい、静けさといい、雰囲気といい、不思議な感覚だった。

 素足に感じる雪の冷たささえ忘れ、彼はその風景に見入ってしまう。

 

 誰も居ないのではないか。

 そう考えてしまうほど城は寂しげであった。

 まさか生きているはずもなし、建造物に対してそう感じるのはおかしいと彼自身も感じているものの、だからこそ不思議なのだと思う。今までそれほど寂しげな建物を見たことがない。時を忘れて見入ってしまったのはおそらくそんな理由からだ。

 

 雪が積もりにくい工夫はされているのだろうが、所々が白く染められた外観。

 冷たい、と感じる。

 それはやはり人の気配を感じないせいなのだろう。

 

 誰も居ない寂しさを思い出すような。

 不意に、彼の顔が脳裏をよぎっていた。

 

 突っ立ったまま動かないルフィを見やり、翼を畳んだ鷲が声をかける。

 

 「いいのかい? 呑気に観光なんてしてても」

 

 ハッと我に返ってそちらを見た。

 確かにそうだ。これ以上ナミを待たせるのはまずい。

 笑みを浮かべたルフィは素直に礼を言い、元気よく歩き出そうとする。

 

 「ありがとう。急だったのに悪かったな」

 「いいってことよ。たまには人助けも悪くないかな」

 「お前、一緒に来ねぇのか?」

 「歩くのは性に合わねぇしな。それに寒いのは辛い。そろそろ別の島に向かおうかね」

 「そっか」

 「あぁそうだ。一つ忠告しとくよ」

 「ん?」

 

 声の調子は変わらないが気になる一声で、ルフィが真剣に話を聞く。

 

 「あんた、人がよさそうだからな。あんまり他人を信じ過ぎちゃいけないぜ。さっきのグルグル眉毛の兄ちゃんを見習った方がいい。大事なものを失わねぇうちにな」

 「心配いらねぇよ。全部守るって決めてるんだ。何があったっておれは何も失わねぇ」

 「そうかい。あんたには必要ねぇ忠告だったかな」

 

 表情こそ分かりにくいが大鷲は苦笑した様子だ。

 言いたいことを言い終えてもう行くつもりらしく、両方の翼が広げられる。

 最後に言葉を向けつつ、彼は飛び立った。

 

 「まぁ、色々あるだろうけど頑張ってくれよ。おれは応援してるよ」

 「ああ。ありがとう」

 「また会うこともあるかな。じゃあな」

 

 大鷲は空を飛んで離れていく。すぐにルフィも背を向けて城へ歩き出した。

 城の外観で最も気になった部分をちらりと確認しながら、もう見惚れることはない。

 なぜか天辺に掲げられた海賊旗を眺めた後、彼は城内へと入っていく。

 

 エントランスへ続く大きな扉は限界まで開いていた。風に遊ばれた雪が城内へ入り込んでおり、広範囲に積もっているが今は気にしていられる状態でもなく、先を急ぐ。

 扉を開けているために外も中も気温は変わらない。

 ひどく殺風景な城内を見回して、ルフィは居るかもわからない医者へ呼びかけた。

 

 「おーい、誰か居ねぇのか~? 医者や~い」

 

 吹き抜けに声が木霊する。返答はない。

 天井は高く、いくつかの階層に分かれて扉も多く確認でき、一階の端には階段もあった。

 かなりの広さだと思い、反応がないようなら探すのは大変そうだ。

 返答があったのはしばらく呼びかけた後である。

 

 「何を騒いでるんだい、人の城で」

 「あ」

 「おやおや、これは妙な客人だ。ハッピーかいガキども?」

 

 二階に位置する扉から一人の老婆が現れた。細身で妙に若々しく、ファッションまでもが彼女の歳を感じさせず、顔の皺は隠していないが年齢に見合わない力強さを感じさせる。

 かけていたサングラスを頭に上げ、彼女は肉眼で二人を見た。

 ルフィは多少驚きながらも彼女に答える。

 

 「ばあさん医者か? おれの仲間が死にかけてんだ。助けて欲しいんだよ」

 「口の利き方には気をつけな。あたしゃツヤツヤの130代だよ」

 「130? やっぱりばあさんじゃねぇか」

 「やれやれ、まだガキにはわからないようだね」

 

 老婆は呆れた様子で首を振る。どうやら年齢にはあまり触れない方がいいらしい。

 そうとは気付かないまでも、ルフィの本題は別のところにある。さほど長く取り合わずに深々と頭を下げ始め、背中に居るナミを気にしながら再び頼む。

 

 「なぁ、頼むよ。三日くらい苦しんでるんだ。早くしねぇと死んじまうかもしれねぇ」

 「さてどうしたもんか。口の利き方も知らない相手じゃ助ける気にもならないけどねぇ」

 「ええっ!? そんなこと言わずに頼むよばあさん!」

 「まだ言うかい。まぁ、あたしがそうでも、あいつはどうかわからないがね」

 

 笑顔ではあるが素っ気ない老婆は、不意に視線を外して自身の後方を見た。

 そこから歩いてくる小さな影を見つける。

 影は人間の物ではなく、老婆の足下に来た時にその姿を捉えた。

 

 人間の子供程度の背丈だろうか。小さな人影はしかし人間のものではなく、皮膚は毛皮に覆われており、ピンク色の帽子を被って、そこから二本の角が飛び出ている。動物に見える外見ながら二本足で立っていた。着ている服は下半身を覆うズボンのみで靴さえ履かず、足には蹄がある。

 欄干の間から覗き込み、怯える目でルフィを見つめるのは獣だった。

 

 二本足で立ち、可愛らしい外見とはいえ、人でもなければただの動物でもない生物。

 おそらくトナカイなのだろう。鼻の色が青く普通ではないが、いくつか特徴は窺えた。

 

 問いかけられた彼はじっとルフィを見下ろす。

 決して小さくはない戸惑いが感じられる表情と目つき。怯える様子ながら敵意を持つようでもあって不思議な感情を灯している。

 ルフィもまた見たことのない姿に見入っていた。

 二人はしばし視線を交わし、少しの間言葉を失う。

 

 「治してやるかい? あんたの客だよ」

 「……うん」

 

 わずかに戸惑いを感じさせながら、彼が頷いた。

 小さな動物は恐る恐るルフィへ声をかける。

 人の言葉を流暢に使ったのだ。

 

 「そいつ、どんな症状があるんだ?」

 「ん? えーっと、なんだっけな。熱がすごくて、肉が食えなくて」

 「どうやら問診には向かない付き添いらしいね。あんたが判断した方が早いよ」

 「うん。そうみたいだ」

 

 ルフィの返答を聞いて不安に思ったのか、彼は一つの決意をした。

 

 「こっちに上がってきてくれ。治療するよ」

 「ほんとかっ? ありがとう!」

 「いいのかい?」

 「だって、見て見ぬふりはできないから」

 

 老婆に問われて彼は頷く。どうやら迷いは捨て去ったらしい。

 笑みを深めた彼女がサングラスをかけ直し、ふと歩き出してその場を離れようとする。

 

 その時になってルフィが疑問を持ったようだ。

 奇妙な動物がしゃべっている。つい先程まで同様の鳥が傍に居たのだが、やはりそう簡単に納得するには異質過ぎて、気付くのが遅れたが驚きを抱く。

 突然大声を発した彼は目が飛び出さんばかりに驚愕した。

 

 「ええっ!? タヌキがしゃべった!?」

 「遅っ!? しかもタヌキじゃねぇよ、トナカイだ! 角だってあるだろ!」

 「ああ、そうなのか」

 

 唐突な発言に驚いて思わず言い返してしまった。

 ハッと我に返った彼は少し弱気な顔になるも、ルフィは気にせず親しげな態度で言う。

 

 「お前、名前は?」

 「おれ? おれは……トニートニー・チョッパー」

 「チョッパーっていうのか。おれはルフィ。海賊王になる男だ」

 「えっ……海賊?」

 

 その言葉にはかなりの驚きが伴ったらしい。

 不思議なトナカイ、チョッパーは、海賊と名乗ったルフィをじっと見つめていた。

 

 

 *

 

 

 ロープウェイを修理するウソップは苦々しい顔になっていた。

 以前から修理を担当していたという機械工の老年の男が手伝っているのだが、ボケているとは言わないまでも物忘れはあるらしく、遅々として作業が進まない。

 思い出せずにうんうん唸る男に困りつつ、二人は修理を急いでいた。

 

 「思い出せたかじいさん」

 「う~んこんな感じだと思うんじゃけどなぁ~」

 「あんたほんとにプロなのか? 今まで壊れた時はどうしてたんだよ」

 「長いこと使う人間がおらんかったからなぁ。国王はあれじゃし、国は崩壊したし」

 「色々あったんだな、この国は」

 

 試行錯誤という調子で手先を動かしつつ、ウソップがぽつりと呟く。

 頷く老年の男は思い出しながら語り始めた。

 

 「先代国王が死んでから何もかも変わっちまった。ワポルはめちゃくちゃするし、数か月前には海賊に襲われるしなぁ。医者狩りがあった頃からこの国も住みにくくなったよ」

 「医者狩りって?」

 「ワポルがやった政策じゃ。お抱えの医者に頼らせようって、国中の医者が国外追放にされた。イッシー20とかふざけた名前をつけてな」

 「ひでぇ話だな。自分の力を誇示するってことか?」

 「自分勝手な奴なんじゃよ。血縁があるだけで王の器じゃない」

 

 彼は侮蔑するようにそう吐き捨てる。堪えきれない感情があるようだ。

 この島は彼らの想像以上に複雑な状況にあるらしい。

 ウソップは難しい顔をして言った。

 

 「どこの島も色々あるんだなぁ。しかも海賊に襲われたなんて」

 「ああ、今までそんなことはなかったのになぁ」

 「どんな奴らだったんだ?」

 「あーなんつったか。確か……黒ひげ海賊団だったかな」

 「黒ひげ? 知らねぇな。白ひげのパクリか?」

 「詳しいことは知らんけど、いきなりやってきて襲われたんだ。実際見た連中はとんでもなく強かったって言ってるよ。初めはワポルが逃げ出したんで、救世主かと思ったんだがねぇ」

 「でもそうじゃなかったんだな」

 「ああ。奴らが来た村は破壊し尽くされたってさ。怪我人もずいぶん出たなぁ……」

 

 老年の男がぽつりと呟く。

 どことなく寂しげな顔を見たウソップは押し黙り、複雑な面持ちとなる。

 

 当事者でしかわからないことも多いのだろう。特に海賊の襲撃を受けて傷ついているというなら尚更、無暗に忠告したり励ましたりは不作法に想えた。

 少なくともワポルという王が最悪だったことは伝わる。

 難しい顔で唸る頃、慌てた声がウソップの背にかけられた。

 

 「ウソップ君! た、大変だ!」

 「ん? なんだ、イガラムのおっさんか」

 

 慌てた顔で走ってくるのはイガラムであった。

 足を止める前から叫んでいた彼はウソップの傍にやってきて声を大きくする。

 

 「すぐに来てください、大変な事態ですよっ」

 「どうしたんだよおっさん。居なくなったと思ったら急に走ってきて。何があったんだ?」

 「さっき、ドルトンさんが血相を変えて出て行ったでしょう」

 「そういやそうだったな」

 「気になって村の人たちと一緒に後を追ったんです。そうしたら破壊された村の中で怪我をして倒れていた! しかも彼だけじゃない、多くの村人と、なぜかゾロ君やシルク君まで!」

 「な、なにぃ!?」

 

 仲間の名前が聞こえた瞬間、表情が変わる。

 

 「ゾロとシルクがやられたってのか!? 誰だよ、あいつらに勝てる奴なんて!」

 「詳しい話はこれからで、とにかく一緒に来てください。治療して助けてくれた人々が居るようなんです。まずはドルトンさんの家へ」

 「おし! じいさん、あと任せていいか?」

 「お~、気ぃつけてなぁ」

 

 ロープウェイの修理を本職に任せ、立ち上がったウソップはイガラムと共に駆け出した。

 小走りで村の中を走ってドルトンの家を目指す。

 そう大きな村ではないためすぐに目的地は視界に入って、彼らは家の前に居る人間を見つけた。

 

 奇妙な集団である。揃いの手術着を身に着け、両手を胸の前にまで上げ、全員が同じポーズ。サングラスをつけた顔がぐるりと二人の方へ振り返った。

 どこからどう見ても怪しい。

 ざっと数えれば二十人くらいは居る。この不思議な集団の素性や目的が知れず、ドルトンの家を前にして思わずウソップが警戒してしまうのも無理はなかった。

 

 少なくとも攻撃してくる気配はなさそうだ。

 すでに会っていたらしいイガラムは警戒するウソップへ言う。

 

 「彼らが治療してくれたんです。どうやらあそこに居た人は全員危ない状態だったみたいで、たまたま来てくれて助かりました」

 「こ、こいつら誰なんだ? 見た目はすげぇ怪しいぞ」

 「それが、どうも複雑な事情がある様子で……」

 

 言い淀むイガラムに代わり、医師の集団の中から一人の男が歩み出てくる。

 彼はサングラスを外し、戸惑うウソップを肉眼で見つめる。

 

 「我々はイッシー20。ワポル様の……いや、ワポルの私兵であり、ドラム王国生き残りの医師集団。医者狩りを免れた二十人だ」

 「イッシー……? 変な名前だな。とにかく医者ってことだろ」

 「彼らが通りかからなければ危なかったそうです。とにかく中へ」

 

 話しかけてきた男、イッシー1に促されるように、イガラムとウソップは家の中へ入る。

 室内にはすでにサンジとビビが居た。二人の存在を確認してから、寝かされた三人を見る。ベッドに寝かされたのは家の主であるドルトンで、体中に包帯が巻かれて眠っており、床に敷かれた布団には眠っているだけに見えるゾロとシルクが居る。

 ドルトンはともかく二人は外傷が見られず、安堵したウソップは胸を撫で下ろした。

 

 入り口に立つ二人の下へサンジとビビが近寄ってくる。

 彼らは深刻な顔で、先に事情を聞いたのだろうが妙に重苦しい空気だ。

 自然とウソップも緊張した面持ちになり、眠っている二人の容体を尋ねる。

 

 「一体何があったんだよ。大怪我してんのかと思ったら別に普通だし、やっぱりあいつらが負けるとは思えねぇ。ただ寝てるだけじゃねぇのか?」

 「それが……」

 「厄介な野郎が居るみてぇでな。二人とも毒にやられたんだと」

 「毒っ!? 大丈夫なのかよ、それ!」

 

 サンジがさらりと言うが大変な状況らしかった。

 目を剥くウソップに対し、困惑した表情のビビが答える。

 

 「今はもう治療したから大丈夫だって。何年か前に薬が開発されていたみたいなの。だけど強力な毒だから、放っておけば明日には息を引き取っていただろうって」

 「ワポルって元国王とその兄貴は能力者らしい。こいつは兄貴の能力だ。毒キノコの胞子を吸い込んで意識を失った。全部こいつらが教えてくれたよ」

 「毒キノコ? そんな能力者が居んのかよ……」

 

 言いながらサンジがイッシー1を見たことで、ウソップもそちらを見る。

 どうやら情報は彼らが渡したようだ。

 頷いた彼が代表として口を開き始める。

 

 「我々はワポルの支配下にあった。逆らえば死、そんな状態でどうやって奴を止められる」

 「お前ら、そのワポルって奴の部下じゃないのか?」

 「いや、自ら望んでそうしているわけじゃない。現に今、幸か不幸か、我々は奴らに歯向かっているような状況だ。これがバレれば後でどうなるかわからない」

 「なんだそりゃ。よっぽど嫌な奴なんだな、そのワポルってのは」

 「そのワポルがこの国に帰ってきたの……おそらく目的は城よ」

 

 予想ではなく、イッシー20から聞いた話をそのまま伝えられて。

 驚愕したウソップは瞬時に嫌な展開だと理解した。

 

 「城って、山の上のか!? ルフィたちが向かった場所じゃねぇか!」

 「ああ。しかも連中、民間人を傷つけることをなんとも思ってねぇような奴らだ。ルフィが居るから心配はねぇと思うが、ナミさんを攻撃しねぇとも限らねぇ」

 「ゾロとシルクがやられたんだろ。放っておいていいのかよ」

 「できれば情報だけでも伝えたいところだが電伝虫に出なくてな。すでになんかあったのか、それともただ忘れてるだけか、一向に連絡が取れねぇ。ったくあいつは何してやがんだ」

 「ルフィのことだから死んではいねぇと思うけど、そういやあいつほとんど電伝虫使ったことなかったんじゃねぇか? 多分存在を忘れてんだよ」

 「クソッ、やっぱりおれが行くべきだった……」

 

 後悔する顔でサンジが呟く。

 向かった場所が険しい環境であり、同時に方法も危険が伴う。すでに何かが起こっていたとしても不思議ではない。心配するのはそのためだ。

 連絡が取れない状況がさらに不安を募らせ、彼らの表情を曇らせた。

 

 医師が近くに居ることもあり、彼らを信用するとして、ゾロとシルクについては安心だろう。

 問題はワポルたちがまだ野放しのままで、そのことをルフィたちが知らない現状だ。

 

 せめて連絡さえ取れれば。そう思って再びサンジが子電伝虫で通信を始めようとするも、やはりルフィは出ず、通信が繋がらないままに試みが終わる。

 頭を振ったサンジは素早く考えを変えた。

 

 「こうなりゃ仕方ねぇ。直接城に行くしかねぇだろ。間に合うかどうかは微妙だが上手く行けば援護くらいはできるはずだ」

 「今からか? でもどうやって」

 「ロープウェイは」

 「まだ時間かかりそうだぜ。じいさん、修理の手順忘れちまってるからさ」

 「なら仕方ねぇな……キリに頼むか」

 

 不安を滲ませる顔だったがサンジによってそう呟かれる。

 ビビはすぐに納得して同意するよう頷くものの、ウソップは表情を険しくした。

 

 「大丈夫なのかよ。あいつ水に弱いんだぞ? 雪だって触れれば濡れるんだしよぉ、いくら空飛べるからって、途中で落ちるとも限らねぇし……」

 「今は雪が止んでる。少なくともさっきより死ぬ確立は低いはずだ」

 「か、確率の問題だろ? 途中で力抜けたっつって落ちる確率はっ。あの山に登るんだぞ」

 「ナミさんのためだ。ごちゃごちゃ言わねぇで腹括れ」

 「しかもおれが行くのっ!?」

 

 話の展開からして、お前が行け、と言われているように感じてウソップが動揺する。

 当然仲間を心配する心はある。だがそれで自分まで死んでしまっては意味がない。

 彼が瞬間的に顔色を悪くしていた一方、どこか覚悟した様子のビビが目の色を変えて、サンジの目を見ると強く訴えかけ始めた。

 

 「それなら私が行くわ。体重が軽いからキリさんの負担を減らせると思うの」

 「いや、ビビちゃんを危険な目に遭わせたくない。確かにルフィとキリが居りゃ大抵の敵はなんとかできるだろうが、弱点もある。もし吹雪になりゃ上空から真っ逆さまだ」

 「おれは!? おれだって真っ逆さまになったら死んじまうぞ!」

 「なんとかしろ」

 「お前こっちは適当か!?」

 

 サンジは真剣な表情で冗談を言うような態度だったが、ウソップは多少本気で言っているだろうと考えていて、抗議するためにぎゃーぎゃーと騒ぎ出した。

 表情一つ変えず、冷静に彼を見たサンジが言う。

 

 「それにお前が行く意味はある。例の毒野郎、この国じゃ有名だからこそ弱点もわかってる」

 「ん? 弱点?」

 「火だ。胞子も本人も火に弱いらしいぜ」

 

 促すようにサンジがイッシー1を見れば、頷く彼が説明を始めた。

 

 「ノコノコの胞子は燃えやすい。火が近くにあると奴は本来の力を使えず、戦闘力も一気に落ちるはずだ。だから奴は火の国キラウエアに幽閉されていた」

 「そ、そうか。弱点がわかってるならまだなんとか」

 「おれたちの中で火を使う武器を持ってんのはお前だけだろ。キリが居りゃ手助けもあるしな」

 「う~ん、確かに」

 「だが奴らを甘く見ない方がいい」

 

 納得しかけたウソップに不穏な言葉がぶつけられる。

 真剣な顔のイッシー1は重苦しい口調で言った。

 

 「ムッシュールは国外追放となった男。当時この国の王子だったが、先代国王によって火の国に渡され、長く幽閉生活を送ってきた。奴が大罪人だったからだ」

 「国外追放って、王子なのに? 何すりゃそんな大事になるんだよ」

 「聞いたことがありますな……確か、二十年前の毒殺事件」

 

 ぽつりとイガラムが呟いた。彼に注目が集まり、思い出しながら語られる。

 

 「空から島中に降り注いだ毒によって大勢の死者が出たという話です。詳細は語られていませんでしたが、諸外国は天変地異の類かとこの事件を恐れ、医療大国ドラムでなければ人々の命を救うことは不可能だったと。一つの国が消えるかどうかという大事件だったのです」

 「そう。その事件こそムッシュールの仕業。奴の能力が引き起こした」

 

 話を聞いていた面々が息を呑んだ。

 サンジとウソップは一人の人間が持つ力の恐ろしさに、ビビはまた別の要因に驚きを隠せない。

 イッシー1が続ける。

 

 「我々が知る限り、ノコノコの実の奥義と言ってもいい技、“胞子爆弾(フェイタルボム)”。体内に溜め込んだ猛毒の胞子を放つ技だが、さっき言っていた通り、年単位で溜め込めばたった一発で一国を崩壊させることすら難しくない。奴が人間兵器と呼ばれた所以だ」

 「マジかよ……たった一人で国を落とすって? 普通じゃねぇ」

 「当時13歳だったムッシュールは、能力を試したいがためにこれを撃った。その結果は聞いての通り、諸外国を恐れさせるほどの猛威を振るって、ただの試し撃ちが一度この国を潰しかけた」

 「そんな理由で!? 敵から国を守るためではなく、試してみたいなんて理由で大勢の人たちが死んでしまったの!? それが一国の王子のやること!?」

 

 激昂したビビが耐え切れない様子で叫ぶ。

 彼女の胸に引っかかっていたもの、それが事件が起こった理由だ。能力を使わなければならない状況にあって起こってしまった事故と思いたかったが、どうやらそうではない。

 祖国を愛する者として、ムッシュールのわがままを許すことができなかったのだ。

 

 事情を知るサンジが、ウソップが、イガラムが深刻な表情で押し黙る。

 数秒の沈黙があった。

 その後で再び話を進めようとしたイッシー1が口を開く。

 

 「我々には君たちを止める力も権利もない。この話を聞いてどうするかは君たちの自由だが、忠告はしたぞ。ワポルもムッシュールも強い。特にムッシュールの毒は強力だ。取り込んだ量にもよるが少なかったとしても約二日、多過ぎれば即死する」

 「ど、毒か……大丈夫かよ、ほんとに」

 「心配すんな。骨は拾ってやる」

 「不吉なこと言うな!? 気休めでいいから大丈夫とか言えよ!」

 「大丈夫だ」

 「信用できるかァ!」

 「うるせぇな。お前の方がめちゃくちゃ言ってるだろ」

 

 不安に苛まれて声を大きくするウソップに、ビビとイガラムが揃って声をかける。

 頼みの綱は彼と言っていい。情報を伝え、仲間を助ける。

 大勢で向かうことができない以上は任せるしかなさそうだ。

 

 「ウソップさん、ルフィさんとナミさんをお願い」

 「我々も向かえればお手伝いをするのですが、どうやらこうする以外に手はないようです」

 「ま、そう心配する必要はねぇさ。お前が思う以上におれたちは心配してねぇ」

 「おれ自身が心配してんだよ! 一番!」

 「だろうな」

 「ああもうっ、言ってても仕方ねぇか……わかったよ。こうなりゃ死ぬ気でやってやる!」

 

 拳を握ったウソップはようやく覚悟を決めたようだった。

 外へ出るべく歩き出しながら振り返る顔はサンジを捉えた。

 

 「とりあえずおれはキリのとこに行くから、電伝虫で先に言っといてくれ」

 「おし、了解」

 「そうと決まれば急がねぇとな。おっさん、馬借りるぞ!」

 

 駆け出した彼はドルトンの家を離れていく。

 仲間たちは見送り、複雑な面持ちで口を閉ざした。

 

 ウソップの背が遠ざかった後で、何気なくサンジが空を見上げる。

 空には灰色の雲。またちらほらと雪が降り始めていた。

 良くない展開である。現状での降雪は彼らの敵だ。無理はしない方がいいだろう状況だが、あとはキリ本人に判断を任せるとして、自分はゾロとシルクを守ってやらねばならない。

 少し遅れて、二人を連れた彼らもまたメリー号へ戻ることを決めた。

 


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