ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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Swing it!

 ひとまず勢いに任せて走り出したルフィだったが、走っている途中にようやく気付いた。

 奪われたゾロの剣がどこに保管されているのか知らない。まずいと思ったものの今更止まることはできず、まぁいいかと判断してとりあえずなんとなく走り続けることにした。

 

 基地は巨大で、外に出されているゾロでもきっと知らないだろう。

 なんとかなるかと思って敢えてみんなのところへ戻らず、巨大な外観を前にしたルフィはふと足を止め、背の高い建物を見上げた。

 

 「さて、どうすっかな。とりあえず高いとこに行ってみるか」

 

 何の根拠もなく屋上へ上ってみようと決め、何十メートルも上にある建物の天辺を見る。

 常人ならば建物の中に入って階段を使わなければ上がれない。しかしゴム人間たるルフィならばその場から天辺まで跳び上がることができる。

 

 よしと頷き、勢いよく両腕が伸ばされた。

 屋上の縁を掴んで腕を縮め、ゴムの伸縮を利用して自らの体を天高く撃ち出す。

 

 「ゴムゴムのォ、ロケット!」

 

 高く飛ぶのは問題なかった。しかし勢いが強過ぎたためか、屋上へ辿り着く頃には高く飛び過ぎて通り過ぎてしまい、基地の向こう側へ落ちてしまいそうになる。

 屋上の上には仁王立ちする、体格のいい男の大きな像があった。一瞬、それが目に入る。

 

 「うわっ、飛びすぎっ」

 

 落ちないように慌てて両腕を伸ばし、像の頭を掴む。

 像を使ってなんとか勢いは止めることができた。だが勢いが相当だったようで、ルフィに掴まれた像はしっかり屋上に立っていたはずが、ぐらりと頭から倒れ始める。

 

 あっと言う暇もなく。

 手を離して屋上へ降り立ったルフィの眼前、背から倒れた男の像は為す術もなく縁に当たって破壊されてしまい、腰の辺りで上半身と下半身が分かれて、首が折れて屋上から姿を消す。何十メートルかの高さから落下した男の頭は地面に激突すると粉々に砕けてしまったようだ。

 

 無情な破壊の音だけが響いて、ふと、屋上を清掃中だった一人の海兵と目が合う。

 気まずそうに冷や汗を垂らしたルフィは彼を見つめ、恐る恐る声を発した。

 

 「ご、ごめんなさい……」

 

 妙に罪悪感に襲われて謝らざるを得ない。

 呆然と立つ男はルフィの登場にも驚きつつ、像が破壊されてしまった事実を受け止めきれていない様子。あんぐりと口を開けて悲鳴の一つも出なかった。

 

 そこに居る海兵は一人だった。

 箒を持つだけで武器の一つも持っていないらしく、その箒さえ手放してしまう。

 棒立ちになっていた彼はしっかりルフィの目を見つめ返し、思わず叫んだ。

 

 「た、大変だっ。モーガン大佐の像が壊されたァ!?」

 「やべっ」

 

 叫び声を聞いてルフィは反射的に逃げ出した。

 近くにあったドアを蹴破り、内部へ飛び込んですぐに見つけた階段を下りていく。

 瞬く間に海兵の視界から消えてしまい、颯爽と基地の中へ突入してしまった。

 

 基地内への侵入は比較的容易に行われた。

 ただし潜入ではなく侵入だ。人の居ない屋上とはいえ、先程の海兵の叫びを聞いた者が居るかもしれない。敵に襲われる危険性は十分にあった。

 

 とりあえず目的地も定めず長い廊下を走り出す。

 海軍の基地に入ったことなどこれが初めてである。当然初めて来た土地であってどこに何があるかはわからない。右も左も無機質な光景で目印になりそうな物もなかった。

 ゾロの剣がどこにあるかなどいよいよわからず困り果てる。

 ひとまず人の姿がない廊下を走りながら、ルフィは首をかしげて表情を歪めた。

 

 「まいったなぁ~、どこ探せばいいんだ? あ、さっきの奴に聞けばよかったのかな。でも逃げてきちまったしなぁ。しょうがねぇから誰かに聞いてみるか」

 

 走っていると草履が起こすぺたぺたという音が間抜けに響く。廊下には彼の存在感が一際目立っている様子で、その音を耳にする者も少なくはなかった。

 

 ある時、角を曲がった瞬間にばったり人と遭遇してしまう。

 見つけて、見つかったのは海兵二人を引き連れたヘルメッポだった。

 出会った途端にヘルメッポの肩がびくりと跳ね、ルフィはあっと声を漏らす。ちょうど出会った時には言いたいことがあった。チャンスとばかりに足を止めて向かい合う。

 

 「うおっ!? な、なんだおまえ、誰だこの野郎っ!」

 「ちょうどよかった。おまえに聞きたいことがあったんだ」

 「あぁん? なんだってんだ、こいつ」

 

 ルフィの顔からは笑みが消えて真剣な眼差しで睨みつける。

 対するヘルメッポの前には二人の海兵が庇うように立ち、余裕を感じさせる笑みを浮かべた。

 

 「ゾロと約束したのはおまえだろ」

 「はぁ? あぁ、ロロノアか。それがどうした」

 「あいつが一ヵ月立ってたら解放するって約束だった。なんで処刑するんだよ」

 「あー、そのことか。確かにそんな約束もしたっけなぁ……」

 

 にやにやと意地の悪い笑みを見せ、もったいぶるかのように間が置かれる。

 ルフィは怒りを滲ませかけたが何も言わずに待った。

 しばしの間を持って、ヘルメッポが悦に入った顔で告げる。

 

 「あんな話、ギャグに決まってんだろぉ? バカな野郎だぜ。たったそれっぽっちのことで許してもらえると思ってるんだからなぁ。しかも信じて疑わねぇときた」

 「なにィ……!」

 「なーにが約束だ。あんなもんあのバカを騙すための口実に決まってんだろぉ? 釈放されると思って九日間も頑張ったのに、結局は処刑されちまうんだよ。それを聞かされて絶望するあいつの顔が楽しみでしょうがねぇぜ、ひえっひえっひえっ!」

 

 顔色を変えたルフィが強く拳を握る。それが見えたのだろう、咄嗟にヘルメッポは制止するために言った。変わらず自信満々の口調であった。

 

 「おっと、おれを殴りてぇとでも思ったか? でもそれも無理無理ぃ。なぜかって思うだろ? だっておれはあのモーガン大佐の息子だぜ。おれを殴ったら親父がブチギレておまえも処刑されちまうからだ。それでもいいなら別だがなぁ。殴れるもんなら殴って――」

 

 みろ、と言いかけた瞬間。

 ヘルメッポの顔面にルフィの拳が突き刺さった。

 

 「ぶふぉえぇっ!?」

 「へ、ヘルメッポ様!」

 

 殴り飛ばされたヘルメッポの体は宙を舞い、鼻血を飛ばしながら地面を転がる。受け身を取ることもできずに体のあちこちをぶつけて痛みが走り、彼の中で混乱が大きくなった。

 転がる勢いが止まってもしばらくの間は動けない。

 一人の海兵が助け起こし、もう一人がピストルを抜いてルフィを警戒する。当然と言うべきか、突然の行動に二人の海兵たちも焦りを見せる状態だ。

 

 荒く鼻息を吐いたルフィは怒りも冷めやらぬようでヘルメッポだけを睨んでいる。

 握った拳から力は抜けない。まだ気は済んでいないようだ。

 強い怒りを感じさせる姿は強烈な迫力を感じさせ、海兵たちはわずかに怯む。その彼らに守られるヘルメッポは鼻血が流れる顔を押さえながら口調を荒げさせた。

 

 「で、でめぇ、一体何したのかわかってんのか!? おれは斧手のモーガンの息子だぞっ! おれの顔に傷つけて、親父が黙ってるわけが――!」

 「おまえの親父が誰かなんて知らねぇ。おれはおまえに聞いてんだぞ」

 「こ、このっ……! おまえら、やっちまえ! じゃねぇと親父に言いつけるぞ!」

 「は、はいっ」

 

 海兵たちは二人揃ってルフィの前に立ちはだかり、戸惑いながらピストルを構える。

 おそらく基地の中で使用するのは初めてだろう。どこか迷いが垣間見れた。

 それだけでなく相手の詳細がわからずに一般市民かそれ以外かの判別もできない。戦いに対する覚悟ができておらず、ヘルメッポの命令を受けてもすぐには動けなかった。

 ルフィは微塵も恐れを抱かず、自分から彼らへ叫ぶ。

 

 「おれは海賊だぞ。殺せるもんなら殺してみろ!」

 

 威勢よく叫んだ直後に動く。

 向けられた銃口から逃れるように姿勢を低くし、素早く走って一瞬で彼らとの距離を詰めた。

 

 ゴムの性質を利用せずとも力の差は歴然。そのスピードは見切れなかった。

 繰り出されたパンチが右側に居た海兵を殴り飛ばし、体を回転させた勢いで蹴りを放つと左側の海兵を蹴り飛ばす。どちらも壁で強かに背を打ち、ただそれだけで動けなくなった。これにはヘルメッポも信じられない想いで大きな悲鳴を発する他ない。

 

 尻もちをつく彼の前へルフィが悠々と辿り着く。

 呼吸を乱す様子もなく、威圧感はさっきより倍増するかのよう。

 

 「おい」

 「ひぃぃっ!?」

 「もういいよ。おまえなんか殴る価値もねぇ。でも一個聞かせろ」

 

 へたり込む彼の胸倉を掴んで聞いた。

 細身とはいえ人の体を持ち上げるだけの腕力。これにも怯えてヘルメッポの悲鳴は大きくなる。

 

 「ゾロの剣はどこだ。この中のどっかにあるんだろ」

 「はぁぁっ!? な、なんでおれがそんなこと……!」

 「言わねぇんなら――」

 「わぁぁっ、待て!? わかった、教えるから殴らないでくれ!」

 

 渋るヘルメッポに拳を構えて見せれば、すぐに答えようとした。やはり父親の権力を盾にしてきたためか、あまり根性はないらしい。ルフィの拳は下ろされる。

 胸倉を掴んだまま解放されることなく説明を強いられた。

 

 「お、おれの部屋にあるんだ。奴から奪った刀はそれなりの物みたいだったんで、全部処分せずにとってある。そ、そこに行けば全部揃ってるよ……」

 「案内しろ。どこだ」

 「うぐっ……わ、わかった。案内してやる」

 

 ぐいっと無理やり立たされて、ヘルメッポを先頭に歩き出す。いつ何が起こってもいいようにルフィは後ろからぴったりくっついて行った。

 

 「言っとくけどウソつくなよ。今度ウソついたらぶっ飛ばすからな」

 「くそぉ、覚えてろよ……!」

 

 二人は無人の廊下を歩いてどこぞへと向かい始める。

 正しい道を歩いているか判別する手段はない。脅迫はしたが罠に嵌められる可能性はある。それでもルフィは心配していなかった。

 

 戸惑いながらではあったがゆっくりと着実に前へ進む。

 基地内の構造は複雑でいくつもの曲がり角があり、敢えてわかりにくい内装となっていた。

 

 二つ、三つと曲がって順調に進んで階段を見つける頃。やはり誰とも会わずに動くというのは不可能だったらしい。前方からは海兵が三人歩いて来る。

 ヘルメッポを見てぎょっとし、さらにその後ろに居る麦わら帽子の少年を見てぎょっとする。

 途端にヘルメッポは助けを求めて絶叫した。すぐ傍にルフィが居ることも気にせず、しかし逃げようとした一瞬の挙動で後ろから首根っこを掴まれ、解放されることはない。

 

 「おぉい、おれを助けろ! 侵入者だぞ! こいつは海賊だ!」

 「おい、逃げんな」

 「へ、ヘルメッポ様……それに、あの少年は」

 「何やってやがる! 急げ! おれが死んだらてめぇら処刑だぞ!」

 「うるせぇ奴だなぁ」

 

 ギャーギャーと騒ぎ立てるヘルメッポに気圧されるものの、異変は目に見えるため解決に乗り出そうとするのは必然。

 三人の海兵は道を塞ぐように立ちはだかり、武器を持たずに説得を始めようとした。

 

 「君、今すぐヘルメッポ様を解放して投降しなさい。今ならまだ罪は軽いぞ」

 「いやだ」

 

 ルフィは端的に言って動きを見せた。

 右手でヘルメッポの首根っこを掴み、左手は肩を掴んで、ずいっと前へ押し出す。

 

 訳が分からなかったが一瞬、解放されると思ったらしい。ヘルメッポも海兵たちもほっと息を吐きかけた。しかし彼は解放するどころかその状態で走り出した。

 ヘルメッポを盾に敵への特攻を仕掛けたのだ。

 予想外の行動にどちらも驚愕するばかりで、盾にされた本人は悲鳴を発する羽目となり、待ち受けた海兵たちは手出しできないと困惑する。それでもルフィは向かってきた。

 

 「捕まえてみろォ!」

 「ぎぃぃやぁぁっ!? 助けてぇぇっ!?」

 「なっ、ヘルメッポ様を盾に――!」

 

 人質を盾に猛然と駆け出して向かってくる。

 初めて見る光景に戸惑いが隠し切れず、また対処の方法も知らない。

 一気に距離が近付いて、傍を通り過ぎようという時にルフィが足を伸ばし、唸りを上げるゴムの足で海兵たちを蹴りつけた。

 

 「ゴムゴムの鞭!」

 

 ヘルメッポの悲鳴が響く中、数名の海兵が蹴り飛ばされて壁へ激突する。気絶するほどではなかったが痛みは相当な物ですぐには動けない。

 ルフィとヘルメッポは彼らの間を悠々と通り過ぎていく。

 

 このまま逃がしてはいけないと、腹を押さえた一人の海兵が叫んだ。

 基地内には大勢の海兵が居る。たった一声で彼を捕まえることは不可能ではない。

 

 「し、侵入者だ! ヘルメッポ様が捕まったァ!」

 

 声は廊下に反響して遠くまで響く。

 近くにはすぐ反応できた者が居たようで、通路の途中にあった扉から海兵が現れる。

 ちょうど進行方向。真っ直ぐ階段を目指すルフィの前へ立ちはだかった。

 

 驚いた顔は見せるものの、部屋を出た途端に走ってくる不審者を見つけ、ヘルメッポの悲鳴で即座に状況を理解した。しかし基地の中では武器は携帯していない。

 護衛の者はヘルメッポの指示で携帯を許可されているが、何も持たない彼らがルフィを止めるためには己の体でなんとかするしかなかった。

 

 海兵たちは腕を広げて彼らを止めようとした。

 それを見た後、もはやルフィは手慣れた様子でヘルメッポの体をずいっと押し出す。

 

 「ゴムゴムの身代わり!」

 「やめんかアホォ!?」

 

 やはり人質を盾にされてはうかつに手出しすることはできない様子。特にルフィが捕まえたのは大佐の息子で権力者だ。下手に怪我をさせれば首を飛ばされる可能性がある。

 またもあっさり突破してしまったルフィは海兵を蹴り飛ばし、颯爽と階段を下り始めた。

 

 飛び降りるような動きと速度にヘルメッポは気絶寸前。悲鳴さえ小さくなった。それでも道を尋ねられれば答えてしまう辺り、全く根性がない訳ではないらしい。

 爆走を続ける二人を止められる者はそうおらず、嵐のような侵攻はそれ以降も続いた。

 

 

 *

 

 

 基地内のどこか一室。

 広い執務室に重苦しい空気が漂っている。

 一人の海兵が緊張した面持ちで背筋を伸ばし、手の甲を見せる敬礼を行っており、それを背中で受け止める椅子に座った大男が一人。この基地で一番偉い人物であった。

 

 大きな窓ガラスの方を向いて大男は口を開く。

 その男こそこの町で絶対の地位に就く、斧手のモーガン大佐である。

 

 「おれは、偉い」

 「はっ! なにしろ大佐ですから」

 「そうだろう。偉い奴の命令を聞くのは当然のことだ。だが、それにしちゃあ最近町民の貢ぎが少ねぇんじゃねぇか?」

 「は、はい……しかし、市民にも生活がありまして」

 

 モーガンは席から立ち上がった。ただそれだけの挙動で海兵が怯えを増す。

 その姿、身長は二メートルを超え、筋骨隆々の肉体に、顎には金属製のギブスを装着して、右手は鋭利な刃を見せる斧その物の義手をつけている。見るだけで相手に恐怖感を与える姿で、語り出す声は重々しく、反論の一つも許さない雰囲気を湛えていた。

 

 冷たい眼差しが恐ろしい。

 睨みつけられた海兵は生きた心地がしなくなり、逃げ出したい一心だがそうすることは死を意味すると知っているため、必死の形相で勇気を振り絞ると恐ろしい視線を受け止めた。

 モーガンが己の斧手を撫でて静かな声で問い始める。

 

 「おかしなことを言う。それなら何か、生活のためならおれの命令に逆らっていいのか」

 「そ、そういう意味では……」

 「だったらごちゃごちゃ言うんじゃねぇ。誰が海賊からこの町を守ってやってると思ってんだ。ただ守られてるだけじゃ市民の役目を果たしちゃいねぇとは思わねぇか? 守られてぇならそれ相応の対価が必要だ。それを怠った奴にはこの町に居る権利がねぇだろう」

 

 厳めしい顔で睨まれ、不思議と斧の刃が怪しい光を放ったように感じた。

 背筋がぞっとし、声を失う。

 モーガンは続けて言った。

 

 「加えて、おれの命令に逆らった奴に生きてる権利なんざねぇんだ。逆らう奴が居るならここへ連れて来い。すぐにでも処刑してやろう」

 「お、落ち着いてください大佐。なんの罪もない市民を殺すことは許されません――」

 「おまえもおれの命令に逆らうのか?」

 

 ギロリと眼差しの力強さが増した。

 モーガンは大きな数歩で海兵の間近まで迫り、自身より小さな体を見下ろす。

 

 「言いてぇことがあるなら、聞いてやるが」

 

 その恐怖たるや、今まで生きてきた中で最も大きい。自らの死を幻視せずにはいられずに、全身が震えて膝が笑った。恐怖からぴくりとも動けなくなる。

 

 斧手は力なく下ろされていた。しかしいつ動き出してもおかしくない。

 生きた心地がしないままその場に立ち続けるしかなかった。

 モーガンは奇妙なほど穏やかに話す。

 

 「払えねぇって言う奴に生きてる価値はあるか?」

 「い、いえ……」

 「それでいい。世の中偉い奴が正しいんだ」

 

 きっぱり言い終えたモーガンは椅子に戻ろうと海兵に背を向けた。

 恐ろしい人だ。権力をかざし、力で圧制する。海軍にあるまじき姿だが明らかに強い。

 現状、誰一人彼に意見することができなかった。おかしいと思っても口には出せず、間違っていると言えば首を斬られる。おかしな基地だとは町に居る人間、それだけでなく自ら入隊した海兵たちも皆が思っていた。それでも変わるきっかけはない。

 

 悔しげに拳を握った海兵は押し黙ってしまった。

 報告は終わったとばかりに部屋を出ようと考えて、もう一度敬礼した時だ。

 ノックもそこそこに慌ただしく扉が開かれ、一人の海兵が飛び込んでくる。

 

 「ほ、報告します! 基地内に侵入者です!」

 「なんだ騒々しい。侵入者だと?」

 「は、はい。麦わら帽子をかぶった少年が、そ、その……屋上にある大佐の像を、破壊して逃走しましたッ!」

 

 モーガンの形相が変わる。即座に振り返って報告に来た海兵を睨みつけた。

 凄まじい気迫にそこに立つ二人が同時に肩をびくつかせるが気にもしていられず、聞く者を震い上がらせる声色で雄々しく言葉を吐く。

 

 「像を、破壊だと……? あれはおれの権力を象徴する像だぞ。そいつを壊すってのは明らかな反逆罪だろう。どこのどいつだ、このおれに盾突こうってふざけた野郎は」

 「そ、それが、見た事がない顔で……おそらく町の者ではないかと」

 「基地の中に居るのか」

 「は、はい。逃走しましたが間違いないと思われます」

 「すぐに捕まえておれの前に連れて来い! この手で直接殺してやる!」

 

 空気が震えるほどの大声量で告げられた。

 居ても立っても居られなくなった二人は急ぎ部屋を出ようとするも、開かれたままだった扉から新たな海兵が飛び込んでくる。こちらもひどく慌てていて、額に汗を掻いていた。

 

 「報告します! 基地内に侵入者! すでに止めようとした海兵数名が意識を失い、敵は相当の実力であると予想されます!」

 「チッ、腑抜けどもが。武器の使用を許可する。すぐに鎮圧しろ」

 「はっ!」

 

 報告が終わると同時、さらに海兵が飛び込んでくる。

 すぐに敬礼して次なる報告が始まった。

 

 「報告します! 基地内に侵入者! 敵はヘルメッポ様を人質に取り、基地内を逃走中!」

 「バカ息子が。余計なことを……」

 

 さらにもう一人海兵が現れて、敬礼するとすぐに報告した。

 

 「報告します! 侵入者はヘルメッポ様の部屋へ閉じこもり、籠城を始めた模様! いまだヘルメッポ様の救出は完了していません!」

 「扉を蹴破って突入しろ。役立たずを気にして犯罪者を捕まえられるか」

 「し、しかし……」

 「急げ。言っとくがおれァもうトサカに来てんだぜ」

 

 苛立った様子で呟く様にぞっとする。彼を怒らせるとまず良いことがない。怒りの原因を取り除かない限り、誰が傷つけられるかわかったものではなかった。

 執務室に集まった海兵たちは外へ出て侵入者を捕らえに行こうとする。

 一斉に扉へ向かおうとしたのだが、どうやらまだ報告は終わっていなかったようだ。

 新たに飛び込んできた一人が海兵たちを掻き分け、部屋の中央で敬礼する。

 

 「報告します! ロロノア・ゾロを磔にする演習場に侵入者! 少年が二人に、少女が一人、武器を携帯している模様です!」

 

 威勢のいいはきはきとした口調で告げられる。また頭を悩ませる問題だ。

 なぜ今日に限ってこうも問題が起きるのか。全てを力で抑えたはずだった。問題も不満も、徹底的な管理によって抑え込んで平和を作り出したはず。なぜ今になって崩す者が現れる。

 

 全てが気に入らなくて、モーガンの怒りは頂点に達した。

 右腕を振るって幅広の机を叩き割った後、モーガンは硬直する海兵たちに力強く叫ぶ。

 

 「全海兵に武器を携帯させろ! 半数はおれの像を壊しやがったクソガキを捕まえ、もう半数はおれについて来い! 演習場の連中を処刑する!」

 「お待ちくださいっ。しかし彼らはまだ何も――」

 「おれの命令に従えねぇのかッ?」

 

 一人の海兵が落ち着かせようと進言したが、狂気を感じさせる目つきを見て言葉を呑みこむ。

 もはや止めることはできない。

 戦闘か、処刑か。基地に侵入したとはいえ犯罪を犯した訳でもないだろう少年少女たちは死ぬことになる。誰もがその光景を想像し、口惜しく唇を噛んだ。

 

 「基地内に居る海兵は全員今すぐ動け! 逆らう奴は悉く処刑だ!」

 

 巨大過ぎる怒りに支配されたモーガンは腕を振って命令した。

 あまりの恐ろしさに全員一斉に走り出し、指示を伝達するために方々へ散る。

 モーガンもまた自らの手で決着をつけるため歩き出し、鬼気迫る形相で執務室を後にした。

 


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