ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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ヒカリへ

 どこかから何かが爆発したような、大きな物音が聞こえた。

 木霊するそれに気付き、白い岩山に居た動物たちは狼狽して騒ぎ始める。そう遠い場所での音ではない。そちらの方角に何があるのかも大体は予測できる。

 顔を上げた動物たちはモバンビーたちが去った方を眺め、カラスケが代表して叫ぶ。

 

 「モバンビーの船がある場所だ! まさか人間が!?」

 

 驚愕した声を発してカラスケが走り出す。その後ろに続いて他の動物たちもついて来る。集団で駆けて音が聞こえた方向に全力で走っていった。

 爆発音は一度聞こえたのみでそれ以外は聞こえない。だが問題はありそうだ。

 

 岩山の端に到着した時、崖下にその場所が見えた。

 もうもうと煙が立ち上って、どうやら古びた船が破壊されたらしい。

 

 チョッパーがモバンビーを背に庇い、崖を背にして険しい表情をしている。

 対峙する位置に三人の男が居た。

 一人はモヒカン頭の小柄な男で船の残骸を漁っており、手でバラバラになった木材を跳ね除けながら本の類を探し出し、確認しては捨てるという作業を繰り返している。

 その彼を守るようにして、巨漢の男と長身の男がチョッパーたちを睨んでいた。

 

 「モバンビー!」

 「あっ、カラスケ!」

 

 カラスケが崖の上から声をかけ、気付いたモバンビーが彼を見上げる。

 互いに無事だった。だがこの状況はそれだけでは終わらなそうだ。

 

 「やっぱりこいつらか……! 長老たちをやった奴だ!」

 「ど、どうしようっ。父さんの船が……」

 「この島の動物を傷つけたのはこいつらなのか?」

 

 険しい表情をするチョッパーがモバンビーへ問いかけた。

 船が壊されたことに動揺する彼は声を震わせる。

 あの場所が唯一、すでに死別した父親との思い出が残る場所だった。自覚はなかったかもしれないが彼の心を支えるものであったことも事実。父との思い出が破壊されてしまった気がして、目に一杯の涙を溜めて恐怖心を覚えていた。

 

 見るからに様子が変化したモバンビーを見やり、チョッパーは心配していた。

 動揺の大きさは肌で伝わってくる。

 彼を守らなければという気持ちが強くなって、恐怖心を持ちながらも前方の三人を睨みつけた。

 

 妙な外見の三人で、何を目的としているのかわからない。

 しばらくすると小柄な男、バトラー伯爵が顔を上げて、一冊の本を手に持っていた。ボロボロの船内にあったとはいえ雨風に晒されてひどい状態にある。しかし彼は邪悪な笑みを浮かべた。

 見つけた本を持ち上げ、嬉しそうにページを開く。

 

 やっと探し物を見つけた。

 読み辛くはあったが喜びも大きく、彼の目は文字を追い始める。

 

 「これかっ。“王なる宝”の在処を記す資料は!」

 

 バトラーの声が大きくなる。

 しかし彼が何を言っているのかを理解するのは難しく、チョッパーは顔をしかめる。呟いてしまったのは意識せずにだったものの、バトラーはその一言に反応した。

 

 「王なる宝……?」

 「そうだ。おれは長年の研究によってその“王なる宝”が動物の角であることを突き止めた。だが肝心の動物が見つけられずに困っていたのだが、こいつはやはり情報を隠してやがった。ようやくわかったぞ……この島に居る“動物王”がその角を持っているんだな!」

 「バトラー様。こいつらにそこまで教えなくてもいいのでは」

 「ハッ!? しまった!」

 「バトラー様は隠し事ができないお人なのじゃ。そんな目で見るな!」

 

 バトラーの両隣に立った屈強な男たちが口々に言う。

 高身長で膨れ上がった筋肉を持つ巨体、犬のような顔をしているのがホットドッグ将軍。

 すらりと長身で特徴的な髪型を持つのがヘビー総裁である。

 どちらもバトラーを心酔し、彼を守るために同行する護衛であり実力者であった。

 

 おかしな奴らだと思いながらもチョッパーは警戒して眉間に皺を寄せる。朽ちていたとはいえ船を一瞬で破壊したのがホットドッグの蹴りだと知っていた。

 かなりの強さだと推測でき、人知れず緊張感に包まれていく。

 その背後でモバンビーが怯えていた。

 島外からやってきた人間に慣れていないだけでなく、彼らは仲間を傷つけた張本人。暴力を振るう人間なのだと知っていて、海賊に違いないと思い込んでいた。

 

 緊張が背中に伝わり、チョッパーの意識は確実に変わっていった。

 彼を守らなければ。

 いつの間にか自分でも気付いていない内にそう考えて、目つきはすでに以前とは違う。

 

 バカ正直に説明してくれたおかげでわかっていることは一つだけある。

 彼らは、動物王を探しているのだ。

 

 前方の二人、おまけに崖の上には数多の動物たちを見つけ、本を捨てたバトラーはほくそ笑む。

 モバンビーは人間で、チョッパーは人間の言葉を使える。知りたいことがあれば質問すればいいだけの状況があって、島の住人ならば当然知っているはずだ。

 動物王はどこに居るのか。

 それだけ知れれば用はない。嘘がつけない彼は素直に言い始めてしまう。

 

 「せっかくこれだけ集まっているのだから聞いてやろう。動物王はどこに居る? なぁに、素直に教えてくれれば大怪我はしなくて済むぞ。どっちにしたって怪我はするんだがな」

 「バトラー様、それは隠しておいた方がいいのでは」

 「あっ」

 「バトラー様は今冗談を仰ったのじゃ! 今の内に素直に吐けば誰も傷つかずに済むぞ!」

 

 ホットドッグが指摘し、バトラーが間抜けな声を出すため、慌ててヘビーがフォローする。

 そのやり取りを見ているだけで十分だった。

 彼らは最初から動物たちを無事で帰すつもりなどない。素直に言おうが、隠そうが、どちらにしても傷つけられてしまう。これでは選択権がないのと同じだ。

 

 確かに、出会ったばかりの彼らのために命を張る必要はないかもしれない。

 そう思いながらもチョッパーは逃げる気など微塵もなかった。

 

 「やめろ! この島に手を出すな!」

 「だから言ってるだろうが。素直に動物王の居場所を教えれば怪我はするけどしないと」

 「しないと仰っているのだぞ! お前たちわかっているのか!」

 

 嘘をつけないことで分かりにくい表現になっている。しかし確信があった。このまま見逃していいはずがない人間だと考え、チョッパーの目は鋭くなるばかり。

 恐怖心はある。素直に言えば怖い。だが守るための手段はすでに思い付いていた。

 ある時、チョッパーは決意を固めて、彼らに向かって思い切り叫んだ。

 

 「おれが動物王だッ!!」

 「何? お前が?」

 「チョッパー!?」

 

 それは突然の宣言だった。

 自分自身、どうして言ってしまったのだろうと、震えそうになりながら思う。だが一度言ってしまった以上はもう引き返すことはできない。

 バトラーは不審そうに首を傾げ、驚くモバンビーは思わず彼の名を呼ぶ。

 崖の上で動物たちも鳴き声を発してどよめいていた。

 

 「お前たちの狙いはおれだろう! だったら他の動物には手を出すな!」

 「チョッパー、どうしてそんなことを……!? 君は動物王じゃないってさっき――」

 「そうか! お前が動物王か! だとすればその角こそが王なる宝……!」

 「そ、そうだ!」

 

 モバンビーの声は興奮したバトラーには届いていないようだ。

 これ幸いとチョッパーが前に出て彼らと対峙する。

 

 「約束しろ! これ以上、島の動物たちを傷つけないって!」

 「ああ、もちろん約束するとも! そんな気はさらさらないがな! さぁ、その角を寄こせ! 手に入れればとてつもないパワーが手に入るという“王なる宝”を!」

 「お前っ、それじゃ約束になってないだろ!」 

 「やかましい! 貴様如きになぜ約束なんかせねばならんのだ! おれ様は王なる宝さえ手に入れば他のことなんてどうでもいい! 無限のパワーを手に入れ、世界の王になるのさァ!」

 「無茶苦茶だっ。これじゃ話にならない……!」

 「さぁ寄こせ! 無限のパワーを! 王なる宝を!」

 

 交渉で皆の安全を確保できるような相手ではない。

 早まったかとチョッパーが焦り、動揺して思考が纏まらなくなる。

 動かないチョッパーに苛立ったのか、突如バトラーが動き出し、服の下から何かを取り出す。背中に“悪”と書かれたコートの下からはバイオリンが現れた。

 

 「出し惜しみする気か。それならこちらにも考えがあるぞ」

 「何をするつもりだ!」

 「どうせ最初から生かしておくつもりはないんだ! だったら死体から奪った方が早いな!」

 

 バトラーが優雅に、速いペースで曲を弾き始める。

 それ自体に意味は無さそうに感じるも、数秒と経たず変化を感じる。地響きを感じたのだ。まるで大型の動物が集団で走るかのような、遠くに居ても存在感を無視できない地面の揺れがある。

 

 そう時間も経たずに姿が現れる。

 森の木々を倒しながら、辺り一帯を破壊する動物の群れが現れた。

 

 それはまるでアルマジロのような、鎧にも等しい硬度を誇る黒色の外皮を持つ、ツノクイという珍しい動物である。獰猛で攻撃性が強く、同類でなければ全て敵とでもいうかのようだ。

 真っ直ぐ走ってくるだけで木々を薙ぎ倒し、花を踏みつけ、ひどく荒々しい。

 もはやそれを動物と呼ぶのもおこがましいだろう。

 まるで存在自体が一種の兵器の如く、彼らは動くだけで数多の破壊を生み出していた。

 

 どうやらバイオリンの音色によって操られているらしい。

 目敏く気付いたチョッパーは逡巡する。

 モバンビーを守るにはどうすればいいか。考えるのはそれのみ。

 気付けば勝手に体が動いていて、彼は走り出していた。

 

 「おぉい! おれはこっちだぞ! ついて来い!」

 「フン、逃がすか。ツノクイども! 奴を殺して角を奪え!」

 

 バイオリンを弾くバトラーが叫ぶとツノクイの群れが方向転換する。

 獣型に変身して走り去っていくチョッパーの背を追い、三人はツノクイの背に跨り、すぐに追い始める。そうなればもう動物たちを狙う者は居なかった。

 チョッパーによって助けられたのだと気付くのは当然だった。

 

 呆然とするモバンビーは言葉を失くす。

 敵の存在。庇ってくれたチョッパー。理解できても反応に困る。

 とにかく助けなければと、そう思ってハッとした。

 

 モバンビーは咄嗟に崖の上に目を向けた。

 そこには島の住民、仲間たちが大勢揃っている。

 多種多様の種類が居るが群れと呼んでも差し支えない。他の島には居ない珍獣ばかりだ。それぞれ得意なことも違っているし、助け合えばできることだってあるはず。

 彼は希望を持って助けを求めた。

 

 「みんな! チョッパーを助けないと! 力を貸してよ!」

 「助ける? バカを言うなよモバンビー。あいつは本物の動物王じゃないんだぜ」

 

 反応したのは唯一人語を操れるカラスケだった。

 どうやらチョッパーへの不信感を持っているらしく、不服そうな顔でモバンビーを見ている。

 

 「そんなっ。だってチョッパーは、僕らを助けるために嘘をついたんだよ? あいつらが僕らを狙ってるってわかってるからここを離れていったんだ。それなのに僕らが見捨てるなんて……」

 「モバンビー、忘れちゃいけないぜ。あいつは海賊なんだ。あいつらと一緒さ。どこのどいつかは知らないけどきっと悪い奴に決まってる。助ける必要なんてない」

 「だけど……」

 「海賊は嫌いだってお前が言ってたんだろ。海賊同士で潰し合ってくれるならその方がいいさ。その間にこれからどうするかみんなで対策を考えよう」

 

 カラスケの言っていることはわかる。頭の良い者ならばそうするはずだ。優先すべきは仲間の命と島の安全であり、部外者にまで気にかけていては問題の解決には至らない。

 しかしそれでいいのだろうか。

 自分が死ぬかもしれない脅威を目の前にしながら、チョッパーは敢えて敵の注意を引いた。出会ったばかりの彼らを助けるために自分が囮になっている。

 

 このまま見て見ぬふりをしてしまっていいはずがない。

 そう考えて、モバンビーの必死の訴えは続けられた。

 

 「本当にそれでいいの? このまま見捨てて、みんなは何も思わないの?」

 「そりゃ、ちょっと後味は悪いけどさ。だけどおれたちが行ったところで何もできないし」

 「僕だってそう思うよ。思うけど、やってみたら案外できるかもしれない。やってみなきゃ変わらないままなんだ。この国はずっと海賊に怯えたままになる」

 「でもやっぱりおれたちじゃ敵わないよ。あのツノクイどもは森の番人でも勝てないんだ」

 「わかってる、わかってるけどさ……」

 

 モバンビーは俯き、絞り出すような声になった。

 

 「良い国は王様と国民が手を取り合わなきゃだめなんだ。全部王様に任せたままじゃ、この国は平和にもならないし、良くもならない……」

 「モバンビー……」

 「キリンライアンなら助けるって言うよ! たとえ敵わなくても、仲間だからって、黙って見捨てるなんてできないって言うに決まってる!」

 

 顔を上げた時、モバンビーの顔から迷いが消えていた。

 その顔を見たカラスケや動物たちは答える言葉を失くす。

 

 「僕らはキリンライアンに頼り過ぎてたんだ。何でもできたとしても、キリンライアンに手を貸して助けてあげるべきだった……このままじゃ何も変わらないよ! 今やらなきゃ僕らはずっと海賊に怯えながら逃げ続けなきゃいけない! それでいいの!?」

 「そんなのは嫌だけど、でも……」

 「僕はチョッパーを助けたい! みんなの力を貸してよ!」

 

 必至の叫びは確かに聞こえていたはずだ。

 動物たちは互いの顔を見合わせ、戸惑っている様子を見せるばかり。

 どうやら、聞こえていても伝わってはいないらしい。

 

 モバンビーは顔色を変える。

 怒気を露わに走り出して、しかしチョッパーの方へは向かわず、岩山の坂を登り始めたのだ。

 

 「もういい! みんなが助けてくれないなら僕一人でやる! もう頼まない!」

 「あっ、モバンビー!」

 

 彼らの横を通り抜けてキリンライアンの住処を目指した。

 脇目も振らずに洞窟の中へ入り、息絶えた遺体を前にしてようやく足を止める。

 呼吸が有れるが気にしてもいられない。

 大きく、荘厳なキリンライアンの体を眺め、モバンビーは悲しげな顔になった。

 

 「ごめんよ……僕には、これしか思いつかないんだ」

 

 そっと手を伸ばし、美しく魅力を損なわない黄金の角へと触れる。

 

 「だけど、仲間を助けるためなんだ。わかってくれるよね?」

 

 返答がないことを知りながら問いかけてみる。

 もうここに彼は居ない。だが不思議と彼の声が聞こえた気がして。

 力強く頷いたモバンビーは、もう迷わなかった。

 


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