走り続けている内に日が傾きかけていたようだ。
太陽が沈みかけ、島が夕日に照らされる。
チョッパーはまだ逃げ続けていた。
「ハァ、ハァ……!」
「待てぇ~! 王なる宝を渡せぇ~!」
ウソップの狙撃を受けて倒れたはずのバトラーが追いかけており、多少顔や髪が爆発によって煤けていたが、意外にも元気に走っていた。
予想以上にしぶとい。
ずいぶん走り続けていたはずだがまだ倒れる様子は見られなかった。
彼らは今、島の中央にある草一つ生えない岩の丘を登っていた。
走り続けたチョッパーは疲弊しており、今や人獣型になって足下がおぼつかない。それはバトラーも同じだったものの、目的がある分彼の方がしっかりしている。
丘の天辺に辿り着きそうになった頃だ。
バトラーが自身の武器を投げ、それが足を引っかけてチョッパーが転ぶ。
「あぅっ!?」
「よぉし! やっと追い詰めたぞ!」
ついにバトラーがチョッパーに追いつき、倒れた彼の首に手をかけ、押さえつけた。
歓喜した一瞬に疲労を忘れている。
ようやく目的の物を手に入れられる瞬間を迎え、バトラーは目と表情に喜びを浮かべていた。
「ゼェ、ハァ、手間取らせやがって。だがやっと手に入れたぞ、王なる宝を!」
「うぅっ、離せ……!」
「動物風情がおれ様に命令するな! これさえあれば、おれ様に逆らう者は居なくなる……天才の頭脳と無限のパワーで、世界征服の夢を叶えてやるのだぁ!」
心から嬉しそうに言い、バトラーの両手がチョッパーの角を掴む。
その時、狙い澄ましたかのように彼が追いついた。
「待てェ! やめろォ!」
「あぁん? 誰だ……?」
振り返った先、彼らよりも高い位置にモバンビーが立っていて、手に黄金の角を抱え、多くの蔓を使って背中にも複数の黄金の角を背負っていた。
驚くバトラーに向かって彼が叫ぶ。
「それは王なる宝じゃない! 本物は……これだァ!」
「何ィ!? だがこいつが動物王だと――偽物だったのか!?」
驚愕したバトラーはパッとチョッパーの傍を離れた。
チョッパーは疲弊しており、咳き込みながら這いつくばって彼らを見上げることしかできない。モバンビーが来たことにも驚いていて、なぜ来たのだと疑問を抱く。
何より、彼が持っている黄金の角。確かに本物の“王なる宝”とやらなのだろう。
これでは敵に奪われる可能性がぐっと高まってしまうだけだった。
恐怖を覚えながらもモバンビーは叫んだ。
足の震えを必死に押さえ、彼はチョッパーを助けようと無我夢中で行動する。
「お前はこれが欲しいんだろ! 来てみろ! 奪えるもんなら奪えばいいじゃないか! だからチョッパーには手を出すな! チョッパーは本物の動物王じゃないんだ!」
「おおっ、望むところだ! 貴様のようなガキに何かできるとでも思ってるのか!」
「うるさぁぁいっ!」
モバンビーは背を向けて駆け出す。しかしバトラーは走る前に武器を取り、すぐ投げつけた。
要領は得た。もう止められる。
角を抱えて注意力が散漫になっていたモバンビーは足を引っかけられ、その場に転んでしまう。その衝撃でキリンライアンの角が散らばってしまった。
ハッと気付いた時には遅く。
急いで駆けつけたバトラーが彼を見下ろし、片手に黄金の角を持ち上げる。
奪われてしまったことにも驚いたが、それ以上に彼の目を奪い、体と思考を硬直させたのは、もう片方の手に握っていた奇妙な形の武器だった。
形状はおそらく斧。しかしタンバリンのように鈴と皮が付いていた。
その武器には見覚えがある。
彼の中で最も忌まわしい思い出として忘れられなかった。
胸につけられた大きな傷も確か、その武器によってつけられたもの。
モバンビーの目が見開かれて、もはや動けず、声を絞り出すのが精一杯だった。
「そ、それは……」
「んん? あぁ、その傷。我が友人の息子だったか」
「友人? う、嘘つけ。父さんがどうして海賊の友達なんだよ」
「海賊だと。バカなことを言うもんだ。おれ様は海賊などではない」
「な、なんだって……!?」
驚愕するモバンビーの前で、バトラーは両腕を広げて仰々しく宣言した。
「おれ様の名はバトラー伯爵! 人類史上最高の超ウルトラ大天才にして発明家であり動物学者でありながら宝探しの大天才である! この稀代の天才的頭脳を使って世界征服を成し遂げてやろうと思い立ったのだ! 世界平和を成し遂げるには天才の王が一人居れば十分!」
「海賊じゃ、なかったのか……!」
「バカなことを言うな! 天才のおれ様が、海賊になんぞなってたまるかァ!」
バトラーは左手に持った黄金の角を掲げ、うっとりと見つめる。
夕日を浴びて輝きを放つよう。怪しくも美しい魅力に満ちた物質であった。
「これを食えば無限のパワーが得られる。王なる宝は今、おれ様の手の中に……!」
「どうして……海賊じゃないなら、どうして父さんを殺したんだ!」
「あいつがこいつの在処を隠したからだ。動物の気持ちを尊重だと? 訳の分からんことばかりぬかす学者崩れのバカめ! 低能な動物どもにこれほど素晴らしい物を持たすなどもったいないとなぜわからん! これは頭の良い人間こそが持つべき力だ!」
「それは、キリンライアンの角だぞ!」
「だからどうした。今はもうおれ様のものだ!」
そう言ってバトラーはバクリと角にかぶりついた。
モバンビーがあっと声を出しても遅く、強靭な歯がそのまま角を食していく。バリバリと音を立てて食べ終えると、彼はすぐに残りの角に目を向けた。
「まだだ。もっともっと、これら全てを食べ尽くした時に、おれ様の力になる……!」
「やめろォ! これはお前のものじゃないっ!」
「やかましい! アホは黙って見てろ!」
「うわぁっ!?」
「モバンビー!?」
彼の腰に飛びついて止めようとモバンビーが、バトラーに殴られて地面に転ぶ。
慌ててチョッパーが彼へ駆け寄り、その体を抱き起こした。
モバンビーに怪我はない。だがその時、バトラーはすでに行動を終えている。
バリバリと次から次に角を食し、着実に伝説の力を我が物としていく。狼狽する二人が見ている前で全ての角が食べられてしまい、彼が大きく喉を鳴らした。
変化はその瞬間から起こった。
バトラーの肉体は見る見るうちに大きくなり、人とは異なる異形へと進化し始めたのだ。
異様な音を発して筋肉が盛り上がり、服が破けるほど体が巨大化していった。
その体は黄金色の体毛に包まれ、頭からは強固で鋭く尖った角が生える。
まるでバケモノ。
小柄だった体は二人が見上げなければならないほど大きく、でっぷりと太っているが動物ならではの強靭な筋肉を手に入れて、鋭い牙と爪までも見られた。
王なる宝の力は本物だと証明された瞬間である。
深く息を吐いて変身が落ち着く。
その時、彼はすでに意識までもが人間ではなかった。
体の内側から湧き上がるような力が全身へ行き渡り、恍惚としてしまう感覚があった。
今ならできないことは何もない。かつての脆弱な人間とは違い、漲る力は人智を超え、もはや自分の力だとすら信用できないほど。だがその疑念が彼の自尊心を膨れ上がらせバケモノとした。
「ハァァ……感じるぞ。凄まじいパワーだ」
実感しながら手を握る。鋭い爪が並び、今なら砕けない物だって無さそうだ。
その力、まさしく王。
いつからか抱いていた野望を叶えることなど簡単に思えてくる。持ち前の天才的な頭脳と全ての動物を超えた身体能力。生物として完成された絶対的な存在。そんな自負がある。
天を見上げて雄々しく吠えた。
人ではなく、動物ですらない者の声が島中に響き渡っていく。
まるでこの世の終わりを告げるかのようだった。
「素晴らしい! なんだこの力はッ! たかが動物の角と思っていたが、これさえあれば、もうおれ様の障害になる奴なんて――!」
「待て」
己の掌を見つめながら、歓喜して吐き出された言葉はしかし、背後からの声に止められる。
何やら風貌が変わり、チョッパーが彼を見つめていた。
「何か用か、トナカイ……おかしなことは、言わねぇよな?」
「おかしなことじゃないさ」
きゅっと帽子のつばを握って位置を正し、それからチョッパーは迷わず言う。
「その角はお前のものじゃない。お前には相応しくないものだ」
「ほう。だが食っちまったもんは返せねぇな。ならどうする?」
「お前を王様になんかさせねぇ」
帽子の中に手を突っ込み、小さな丸薬を取り出した。
蹄に挟んだそれを前に出して彼の目は決意を窺わせる。
「お前みたいな奴が王様になったら、国民はきっとみんな困る。お前を見逃すことはできねぇ」
「だったらお前が戦うとでも言うのか」
「そうだ」
愕然と、失意によって俯いていたモバンビーが驚いて顔を上げて、チョッパーの背を見る。
声色からして嘘を言っているようには思えない。
彼は本気で戦うつもりのようだった。
「先に言ったはずだろ……今は、おれが動物王だッ!」
思わず絶句してしまう。嘘がバレて、角まで奪われた今、この期に及んで彼はまだ嘘をつき通そうとしているらしい。一体なぜ、そんな想いでモバンビーが目を見開く。
数秒もせずあっと声が漏れた。
きっと彼は守ろうとしてくれているのだ。この島を、或いは背後に居るモバンビーを。出会ったばかりでよく知らない相手のために命を投げ出そうとしている。
その背に、かつての王の姿を思い浮かべる。
キリンライアンもきっとそうした。彼は強かったとはいえ、たとえ自分が敵わないほど強い敵に出会ったとしても逃げ出さない。仲間のため、国のために命すら賭ける。
それだけに自分が情けなくなる。モバンビーは目に涙を溜めていた。
このままでは足を引っ張っただけだ。助けたいと思って、自分はまた何もできていない。
涙で霞む視界でせめてチョッパーの勇姿を見ようと目を凝らす。
その時バトラーも怒りを滲ませていた。
「そうだった。そういえば貴様には無駄な時間を使わされたんだったな。よし、それならまず貴様の体で実験してやろう。おれ様の力をな!」
「ランブル」
丸薬を噛み砕き、呑み込んだチョッパーはすでに動ける体勢だった。
ランブルボールの効力は三分。その間に決着をつける必要がある。
すぐに動き出そうとしたチョッパーは、突然のバトラーの咆哮を受け、思わず足を止めた。
「ゴァアアアアアアッ!!」
動こうとした体が無理やり止められる。自分の意志で止めた訳ではない。その場を動かず、ただ叫んだだけで自身の死がイメージできてしまい、恐怖心が筋肉の動きを制止したようだ。
立ち止まったことでバトラーが動き出した。
一瞬にして彼に接近し、慣れない動作で思い切りチョッパーの体を殴り飛ばす。
防御する余裕もなかった。
人獣型で殴られた彼は多大なダメージを受け、勢いよく地面を転がる。
「チョッパーッ!?」
「黙ってろガキィ! あいつを殺したら次はお前だ! ウオオオオオッ!!」
そう叫んだ直後でバトラーが駆け出す。
かなり調子に乗っている様子だ。
今まで彼は運動を得意としておらず、反射神経も運動能力も悪かった。人を殴れば自分の拳を痛めてしまう程度には喧嘩に慣れていない。
それが今では、たった一撃で額を割って血を流させるほど力も強くなった。
喜びすら抱いている姿で豪快に走っていき、起き上がろうとするチョッパーへ迫る。
「まだまだだぞォ! 王なる力はこんなもんなじゃねぇ!」
「ハァ、
変形したチョッパーが高く跳び上がり、寸前まで迫っていたバトラーは彼を見上げた。
頭上でさらに変形する。
先程と同じ人獣型、強そうには見えない姿に敢えて変わったのである。
「
蹄を合わせ、その間から敵を見る。
バトラーは真下で待つことに決めて動きを止めた。落下してくるチョッパーを見て笑い、逃げ場などないと自身の勝利を確信する。
力が溢れてくる。かつてないほどの強さを得た。
この腕力を使って全力で殴れば、耐えられる奴など居ない。彼は本気でそう思う。
やがてチョッパーが真っ逆さまに降ってきた。
バトラーは全力で腕を振るい、固く握った拳で彼を捉えようとする。
事実として、凄まじい勢いのパンチはチョッパーの肉体を確実に捉えていた。殴り飛ばされた彼は異様なスピードで空中を駆け、飛ばされていくのである。
しかし結果は、地面に接触した途端あっさり勢いを殺してしまい、至って普通に立たれる。
接触の寸前、彼は
毛皮が膨れ上がった奇妙な姿で立ち上がり、彼は冷静にバトラーを見る。
その表情を見てバトラーが顔を歪ませた。
「何ィ!? なぜ立ち上がれる!」
「無駄だ。どうせお前は、他人の力を奪っただけなんだろ。そんな奴が強いはずがない」
「ふざけるなァ! おれ様は最強の力を手に入れたんだ! 貴様なんぞにィ……!」
「弱点はわかった。おれがお前を倒す……!」
言い終えて
恐怖心を無理やり押し殺して真正面から向かっていた。
舐められていると感じ、怒りを露わにするバトラーは感情が赴くままに叫ぶ。
「おれ様を倒すだとォ? できるわけがねぇだろう! おれ様の力を思い知れェ!」
バトラーも自ら前へ走り、迎え撃つ。
距離が一気に近付くとチョッパーはすかさず
踏み込みもそこそこにバトラーが拳を振り抜く。かなり大ぶりで、どんな軌道で、どうやって振るわれるのかがあからさまにわかる。言わば技術を感じない下手くそなパンチであり、彼が素人であることは明らか。元々の素養が動きに表れていた。
避けるのは簡単で、振るわれた腕を潜って避けてさらに進む。
いつの間にか目の前に膨らんだ腹があり、チョッパーは素早く攻撃を繰り出す。
鉄をも砕くという自慢の蹄が、強化された腕力によって強烈に叩き込まれた。
バトラーは息を詰まらせ、腹を引いて背を丸める。
その動きを見てチョッパーは即座にジャンプし、禍々しい形の角を狙った。
「刻蹄――」
「ぐほっ、はおぉ……!?」
「
角の根元を蹄で殴りつけた。ギシギシと音は鳴るが、あまりにも強固で砕けない。
彼が見つけた弱点とは二本の角であった。
元々は人間。角などない。王なる宝であるキリンライアンの角を食べたことにより、彼は本来人間が持ち得ない力を得た訳で、その要が新たに生えた角だったようだ。
角さえ折ることができれば勝てる。
そう思うチョッパーの体にパンチが当たって、勢いよく殴り飛ばされた。
「クソォ! よくもやってくれやがったなこの野郎! とんでもなく痛かったぞ!」
「うわっ……!?」
「許さねぇ! どいつもこいつも、おれを舐めるんじゃねぇよ!」
何度か地面を転がった後、立ち上がったチョッパーは間を置かずに敵を目指して走る。対するバトラーも自ら接近して追撃を行おうとしていた。
弱点はわかっている。何度か殴られようと、先に角さえ折ってしまえば。
彼は今や玉砕覚悟で突っ込んでいた。
「うおおおっ!」
「クァアアアッ!」
自分が強くないことは誰よりも知っている。
だから強くなりたいと思っていたし、誰かを守れるようになりたいと思った。
チョッパーの蹄がバトラーの体を捉え、痛みで硬直した隙に角へ打撃を与える。だが角が折れないことで隙が生まれてしまい、殴り飛ばされる。
そんな攻防が延々と続いた。
力の差はあれど、それぞれ一長一短がある。
チョッパーは敵の弱点を見抜き、最善の手で勝利を狙うことができるものの、予想以上に頑丈な敵の角が折れずに時間がかかっている。対してバトラーは、チョッパーなど比べ物にならないほど強い力を持っていながら、それを扱うだけの技術や戦闘経験がない。
長引いてしまう理由は宝の持ち腐れ。
せっかく手に入れた力をバトラーが上手く使いこなせいことにある。
それでも、同じ状況が続けばどちらが優勢になるかは明白。
ダメージはどちらの体にも蓄積していくとはいえ、それが肉体か角かの違いは大きい。
チョッパーは何度となく殴り飛ばされ、その度に皮膚が裂け、流血しながら尚も動き続ける。医者として自分がどれだけ危険な状態か理解できるが止まろうとはしなかった。
あまりの悲痛さに、見ていたモバンビーは目を背けたくなる。
だが何もできない上にその戦いから逃げたくはない。彼は絶対に目を離さなかった。
再びチョッパーが殴り飛ばされる。地面を転がって辺りに血を撒き、地面はひどい様相だ。
肩で息をするバトラーは疲弊している様子だ。実際の疲労がどれほどか、そんな話ではない。最強の力を手に入れたはずの自分に立ち向かい続けるチョッパーの姿に怯えているのだ。
なぜ奴は死なない。
その想いが恐怖を生み、徐々に、だが着実に彼の体力を削っていく。
よろよろと体を危なげに揺らしながらチョッパーが立ち上がった。
またこれだ。こうして何度殴り飛ばしても立ってしまう。いくらやっても終わりが来ない。
余裕を失ったバトラーは後ずさる。そうした動きさえ、彼が戦闘に慣れていない証明となった。
「な、なんだこいつはっ。なぜこうまでして立ち上がってくる……!」
「ハァ、ハァ……おれは、偽物の王様だけど。助けたいって、思ったから」
「うぅっ、チョッパー……」
もはやモバンビーは涙を禁じえない。
今にも死にそうな姿で、それでもこの島を、自分を助けようとしてくれる彼を、偽物などとは思わない。たとえ一時でも彼はモバンビーの王となったのだ。
「見捨てることなんてできない……おれはただ、やっとできた仲間を守りたいだけだッ」
「てめぇが何を思ってようが知ったことかァ! いい加減もう終わりだ! てめぇじゃ絶対に壊せねぇこの最強の角で殺してやる!」
(これが最後……)
ランブルボールの限界が近付いていた。チョッパーは腰の辺りで両腕を構える。
怒り狂って冷静さを失ったバトラーは頭を下げ、二本の角で敵を刺し殺そうとしていた。
最後のチャンス。
両者が同時に走り出して、互いに小細工もなしに、正面から向かい合った。
「チョッパー!!」
思わず叫んでしまったモバンビーの声を聞きながら、やがて距離はゼロになった。
先にチョッパーが両腕を振り、同時に繰り出した蹄が素早く角へ打撃を加える。
「刻蹄……
二本ともに打撃を与えて、その瞬間、わずかだが両方へヒビが入った。
与え続けたダメージは決して無駄ではない。どれだけ強固でも破壊することができる。そう確信したのは彼が跳ね飛ばされるその瞬間だった。
殴った衝撃で突き刺さることはなかったものの、チョッパーの体は弾き飛ばされる。
空に舞い上がった途端、ランブルボールの効果が切れて、彼はいつもの人獣型に戻った。
チョッパーの体が落下してくる。
その体は、地面に辿り着く前にバトラーによって捕らえられた。
右手で彼を軽々と持ち上げ、にやりと笑った瞬間ようやく勝利を確信する。
「手間取らせやがって……これで終わりだ」
「あぁっ、そんな、チョッパー……!」
「うっ――」
もはやチョッパーは限界だ。意識が遠くなり、ランブルボールを使った疲労感に加え、度重なる打撃のダメージによって意識を保っているのが奇跡に等しい。
これ以上の抵抗は無理があった。
バトラーが鋭い爪を見せ、ひどく上機嫌な笑顔で彼に語り掛ける。
「バカなことをしたな。おれ様の部下にでもなれば命は助かったものを」
「やめろ! チョッパーから手を離せ!」
「いいやだめだ。こいつはおれ様に逆らった。即刻この場で処刑!」
「お前にそんな権利があるもんか! とにかく離せっ!」
「権利ならあるさ。世界征服の前にこの島を乗っ取り、王となってやろう。おれ様こそが本物の動物王にな。なぁに、ツノクイどもが居ればそれも簡単だ」
「そんなこと、みんなが納得するはずがない!」
「納得するかどうかじゃない。従わせられるかできないかだ。いいから黙っておれの言うことを聞いてりゃいいんだよォ! どうせ物も考えられん低能な動物どもだろうがァ!」
「くっ、お前ェ……みんなを、バカにするなァ!」
いつの間にか震えは止まっていたようだ。
モバンビーは一歩前に踏み出し、バトラーを恐れずに言う。
「チョッパーから手を離せ! お前なんか動物王にはなれない! チョッパーこそ王様だ!」
「それならこいつを殺した次の王がおれ様だ……」
「やめろ! やめろって――!?」
バトラーの腕が上げられ、その爪は確実に動けないチョッパーの喉を狙っていた。
「やめろォオオオオオオオッ!!」
モバンビーの絶叫が周囲へ響き渡る。
その時、ズズン、と島が揺れた。