ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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またね

 夕日に照らされた王冠島で一つの戦いが終わった。

 今、その戦いの衝撃を受け止めきれない二人、チョッパーとモバンビーが呆然としており、味方であるはずの二人を眺めて恐ろしいとすら感じていた。

 しかし当人たちは至って呑気なものである。

 大したことはしていない。そう言いそうな態度で二人へ振り返った。

 

 「チョッパー、お前怪我してんな。大丈夫か?」

 「え? あ、あぁ、うん。大丈夫。ちょっと疲れただけ」

 「そっか」

 

 しししと特徴的な笑い声を聞かせてルフィは彼らに笑顔を向ける。

 戦闘が終われば恐怖心は感じなかった。

 子供のように無邪気に笑い、あっけらかんとしている彼を見て誰が怖いと思うだろう。それどころか海賊だと気付かれない可能性もある。それほど邪気が感じられなかった。

 

 戦いが終わったことで、徐々に動物たちが立ち上がろうとしていた。

 傷つき、疲弊していたが、状況を確認するために顔を上げる。中には起き上がれずに寝そべったままの動物も居たものの、顔を上げて目を向ける場所は同じ。

 

 皆がチョッパーとモバンビーを見ていた。

 王になるか、ならないか。その問答は皆が気にしていたものだ。

 

 モバンビーは周囲の視線に気付きながらも、何を話すべきかを悩み、すぐ傍に居るチョッパーに声をかけられずにいた。彼はすでに肩を借りることなく自分の足で立っている。

 チョッパーの視線はルフィとキリへ向けられていた。

 さっきまで一緒に驚いていたはずなのに気付けば笑顔で、二人を頼もしく想い、今は怖いという感情は一切持っていない。むしろ誇らしく思っていた。

 

 それだけに言い出しにくい。

 言いたいことはあったがチョッパーの表情を見て言葉に詰まる。

 モバンビーは俯き、どこか苦しんでいる顔だった。

 

 チョッパーがモバンビーの様子に気付いた頃、遠くから新たな声がやってくる。

 それはまたしても彼らの仲間であった。

 

 「お~い! お前ら無事だったかぁ~!」

 「あ、ウソップたちだ」

 「探しに来てくれたんだね」

 

 ルフィとキリがそちらを向いて手を振り始める。

 ゾロとサンジ、ウソップとビビ、それにカルーが走ってきて、二人の前で立ち止まった。

 気になってはいたが、チョッパーは隣に居るモバンビーを気にして動けず、その場に残って仲間たちを俯瞰的に眺める。見つめて思うのは、これが自分の仲間なのだという再確認だ。

 様々な感情を持つものの、彼らはひどく楽しそうに話していた。

 

 「やっと見つけたぜ。あの地響きがなかったら迷いっぱなしだったかもな」

 「Mr.ブシドーが散々迷うから……」

 「おれのせいかよっ」

 「お前以外に誰が居るんだっ。方角もわからねぇくせに一人で勝手に歩きやがって」

 「つーかすげぇ数の動物居るけど……こ、殺されたりしねぇよな? 大丈夫なんだよな?」

 「心配すんなって。こいつらは大丈夫だよ」

 「多分ね」

 「た、多分ってなんだ!? やっぱり危険なのか!? 危ねぇぞお前らぁ~! 逃げろぉ~!?」

 

 彼らが来た途端に一瞬で騒がしくなっていた。

 ビビは呆れた顔でゾロを見ながら溜息をつくし、ゾロはその意見に不満を持つものの、すぐさまサンジが同意するため怒りは彼に向けられる。その間にウソップはキリの適当な発言を受けて大声で騒ぎ始め、ルフィは大笑いしていた。

 ほんの少し前の緊迫した空気が嘘のようだ。

 ただ話しているだけで空気が緩み始め、動物たちもその様子に驚く。

 

 「で、敵は?」

 「もう居ないよ。ルフィがぶっ飛ばしたから」

 「ゾロが迷ってたせいだなぁ~」

 「うるせぇ! てめぇもそう変わんねぇだろうが!」

 

 ルフィに言われたせいでゾロが怒り出し、それをきっかけに皆がふざけ始めていた。

 ビビとカルーを除き、男たちは束になって彼をからかい始める。

 

 「クソマリモ」

 「アホマリモ~」

 「迷子マリモ」

 「三刀流マリモ」

 「いや待てルフィっ、三刀流自体は悪口になってねぇぞ」

 「四刀流マリモ」

 「増やしてどうすんだよ。いいか、例えばナマコが居るだろ? ナマコにナマコっつってもお前それは正解なわけで――」

 「つまり、てめぇらはおれにぶった切られてぇってわけだな……!」

 

 わなわなと震え始めたゾロが静かに刀を抜いた。

 両手に握って何やら嫌な予感がする。

 彼が叫んだと同時、四人はバッと勢いよく散って逃げ出した。

 

 「そこに並べェ! 全員切り捨ててやるッ!」

 「ゾロがキレたァ!」

 「逃げろぉ~!」

 

 まるで子供のようにはしゃいでわーきゃーと騒がしい。

 とても海賊とは思えない姿であり、見ていた動物たちやモバンビーは呆然としていた。だがこの場においてはチョッパーも同じだったようで、彼らのやり取りに笑いながらも、仲間ながらに本当に海賊なのだろうかと思ってしまう。

 見ればビビも苦笑していて、カルーは翼で拍手をして喜んでいた。

 

 目の前に居る海賊が悪い連中ではない、ということだけは伝わった。

 そもそも、てっきり海賊だと思っていたバトラーが海賊ではなかったのだ。

 モバンビーは自分の考えについて反省し、海賊に対する考えを改める。

 

 それがきっかけとなってようやくチョッパーに話しかけることができた。

 彼は真剣な顔で、寂しそうな顔になって呟く。

 

 「ねぇチョッパー……あいつらと一緒に行っちゃうの?」

 

 唐突な問いかけにチョッパーは振り返り、モバンビーは言葉を重ねる。

 

 「海賊は悪い奴ばかりじゃないかもしれない。でも君は動物で、僕らの仲間だろ? 王様じゃなくたっていいんだ、ここに居たいならずっと――」

 「モバンビー。それはできないんだ」

 

 驚くほど穏やかな顔だった。

 体毛が血に濡れたひどい姿のまま笑い、彼は迷いもせずに言う。

 夕日に照らされたその時の笑顔は意識せずとも目に焼き付いてしまい。

 モバンビーは、止められないのだと今度こそ理解する。

 

 「おれはルフィたちの仲間だから。知らないことがたくさんあるし、もっと冒険もしたい。だからルフィたちと一緒に行きたいんだ」

 「うん……そっか」

 「でもさ、この島には居られないけど、おれたち、もう仲間だろ? この島を離れたってそれは変わらないよ。今日のことはどこへ行ったって忘れない」

 「……うんっ」

 

 モバンビーは目に一杯の涙を溜め、流れないようにと必死に唇を噛みながら頷く。

 その顔を見ているとチョッパーまで泣きそうになってしまって、無理やり笑顔を作って特徴的な笑い声を発した。エッエッエッ、と彼特有のものだった。

 

 ついさっきまで騒いでいた彼らもいつの間にか二人のやり取りを見ている。

 この島に来た意味はあったようだと、その姿を見て思う。

 

 ルフィが立ち止まった時、ふと足を触られた。

 見下ろしてみるとそこにはアライグマが立っていて、つぶらな瞳で彼を見上げている。

 手には麦わら帽子を持っており、それをルフィへ差し出すと頭を下げた。言葉は伝わらないとはいえ謝罪したいということなのだろう。

 ルフィは快く受け入れ、受け取った帽子を頭に被り、上機嫌に笑った。

 

 これで全ての状況はクリアされた。

 心配事は全て消え、島での目的も達成されたと言っていいだろう。

 ルフィが頭を上げたアライグマに言った。

 

 「しっしっし。ありがとな」

 

 何も礼を言うこともないのだが、そうした方がすっきりするのだろう。

 彼にはすでに怒りはなかった。心配していたのだが帽子に目立った傷はなく、アライグマの体には傷があるところを見ると必死で守ってくれたのかもしれない。それも含めた礼だ。

 ともかく無事に返ってきて一安心である。

 

 そうして帽子を被った頃、頭上から巨大な影が差す。

 見上げればまたしても巨大な鳥が飛んでいた。

 

 「あっ、でっけぇ鳥」

 「あの鳥にチョッパーが攫われたから色々あったんだよなぁ……」

 

 ルフィが呟いた後でウソップが溜息交じりに言った。終わってみれば全員無事だったが島中を走り回る大冒険となった。改めて姿を目にしたことで疲労感がどっと増す。

 選定の鳥は彼らの頭上をしばらく旋回した。

 しかしある時、唐突に足で掴んでいた物を落とし、それがモバンビーの頭に乗る。

 

 すっぽりと被せられた物は古びた王冠だった。

 彼本人も、麦わらの一味もどういう意味かわからなかったものの、一連の行動を見たハゲオウムが驚いた声を発する。必然的に皆の視線が彼に集まった。

 

 仕事を終えて、選定の鳥は去っていく。

 だからこそと言うべきか、ハゲオウムは確信を持っている様子だった。

 

 「選定の鳥から王冠を授与された……つまりお前が選ばれたんじゃモバンビー。次の動物王にはお前がなるべきだと選ばれた!」

 「え? ぼ、僕が?」

 「今ここに新たな動物王が誕生した! 動物王はモバンビーじゃ!」

 

 ハゲオウムが勢いよく翼を開いて叫んだ瞬間、突如島の周囲から轟音が聞こえた。

 海底火山の噴火である。

 島を円形に連なって覆う海底火山が一斉に噴火して、海水が高く吹き上げられ、その様はさながら王冠の如く。海水が落ちても水蒸気がその場に残って形は尚も崩れなかった。

 

 これこそこの島が“王冠島”と呼ばれるようになった特徴である。

 ルフィたちは目を輝かせ、純粋な好奇心からその様を眺めて。

 一方でハゲオウムを始めとした島の住民たちは、異なる意味で島を包む王冠を見つめた。

 

 「おぉ~っ! すんげぇ~!」

 「王冠島の祝福じゃ。この島もまた望んでおる、モバンビーが動物王になることを」

 「僕が、動物王に……」

 「ひょっとしたら選定の鳥は、彼らの力を借りて新たな動物王を生み出すため、敢えて海賊をこの島に呼び寄せたのかもしれん。こんなことは初めてじゃが……」

 「よかったなモバンビー」

 

 隣からチョッパーがにこやかに笑いかけてくる。

 それでもモバンビーは戸惑いが強く、表情は優れなかった。

 

 「でも、僕なんかが王様なんて、そんなことできるのかな……」

 「大丈夫だよ。今のモバンビーならきっと良い王様になる」

 「どうして?」

 「だって、命懸けでおれを助けに来てくれただろ? それに他のみんなもモバンビーを助けに来てくれた。君一人のためにこれだけの動物が集まったんだ。この国はきっと良くなるよ」

 「チョッパー……」

 

 言われてモバンビーもくしゃりと笑い、今度は決意を込めて言い出す。

 

 「うん。どこまでできるかわからないけど、頑張ってみるよ。だからさ、またいつかきっと、この島に遊びに来てよ。その頃にはチョッパーも驚くくらい良い国になってるから」

 「もちろんだよ。それじゃあ、約束だ」

 「うん、約束」

 

 二人はどちらからともなく握手をして、たった一つの約束をする。

 誓約書もないただの口約束。だからこそ守らなければならい。

 数多の仲間たちが証人である。

 それは、夕焼けに照らされて、オレンジ色の王冠に誓った一瞬だった。

 

 

 *

 

 

 一夜を通して行われた宴が終わって数時間。

 そう時間も経っていないというのに起き出した彼らは、朝日が昇ってほんの一、二時間で出航の準備を始めていて、それが常日頃の習慣であった。

 

 王冠島は動物たちが住む島。その国において肉を食うことは敵意を買う危険性があり、食事は島の豊かなフルーツのみで行われる。

 出航の朝、彼らは大量のフルーツをもらって、船に積み込んでいる最中だった。

 だが些かもらい過ぎた節があり、倉庫に入りきらない分が甲板へ無造作に転がされていて、これもいつもの如く大食漢のルフィが欲張り過ぎたからだと溜息が漏れていた。

 

 陸地に立ってフルーツを適当に甲板へ投げ込みながら、ウソップは大あくびをする。

 その傍では朝から元気なルフィが早くもバナナを食べていた。

 

 「ったく、こんなに持ってく必要あんのか? いくらなんでも多過ぎだろ」

 「だってこの島の動物は食っちゃいけねぇってチョッパーが言うしさぁ。フルーツで腹いっぱいになるにはそれだけいっぱい食わなきゃいけねぇじゃねぇか」

 「お前、腹八分目って言葉知ってるか?」

 「知らねぇけど、聞きたくない」

 「聞け」

 「いやだ」

 「腹八分目ってのはだ、腹いっぱいになるまで食うよりもちょっと足りねぇってくらいで食べるのをやめるとだ、健康とかにもいいって――こらっ、逃げんな!?」

 

 ウソップの話に嫌な予感がしたのか、ルフィは唐突にメリー号へ乗り込む。

 文句を言うものの彼は戻らず、やれやれと頭が振られる。

 ちょうどその時にキリがフルーツを詰めた木箱を運んできたため、ウソップは彼へ言った。

 

 「なぁキリ、お前の口からルフィに教えてやってくれよ。腹八分目って意味をよ」

 「なんで? ウソップが教えるんじゃだめなの?」

 「教えようとしたら野性的な勘で逃げてったよ」

 「じゃあ無理そうだね。ほんと食に関しての拘りは強いよ」

 「だったら自分でこれ運んで欲しいもんだけどな……」

 「興味があるのは食べることのみだからねぇ。それも言ったところで無駄そうかな」

 

 苦笑するキリは日頃からルフィに甘く、これだけ言って注意する気配がない。

 こちらにも呆れてウソップは溜息を我慢できなかった。

 

 彼らがそうしている場所から少しだけ離れて。

 海がすぐ傍にある岩場の岸辺で、チョッパーとモバンビーが向かい合っていた。

 再会を約束したとはいえ一時の別れがある。昨夜の宴でたくさん話もした。別れを惜しむ気持ちはあるものの、多くを語ろうとはしない。

 

 「チョッパー。おれ、絶対に良い動物王になるから。絶対また来てくれよな」

 「うん。おれも次にここへ来るまでに、もっとすごい海賊になってるからな。約束だ」

 「ああ、約束だ」

 

 互いに言いたいことは昨夜の内に言い終えた。

 もう一度固く握手をして、笑顔で別れを告げる。

 心には一点の曇りもなかった。

 

 「行くぞチョッパー! 早く乗れ~!」

 「うん!」

 

 手を離して、パッと振り返ったチョッパーは素早くメリー号に乗った。

 一番後ろの欄干へ座り、岸辺へ振り返る。

 

 「出航!」

 

 ゴーイングメリー号がゆっくりと走り出す。

 作業は行われていたようだが、その途中で一足先にルフィも後部へ駆けつけた。

 

 そこには数え切れないほど多くの動物たちが集まっていた。中にはカラスケやハゲオウム、昨日はルフィたちと戦ったという森の番人たちまで行儀よく整列している。怪我をしていた彼らはチョッパーの治療を受けて包帯を巻いており、今日は優しい顔をしている。

 チョッパーは人獣型で大きく手を振った。

 モバンビーも先頭に立って手を振り返していた。

 

 様々な動物の鳴き声が聞こえ、モバンビーの叫びも聞こえて、別れは笑顔のまま行われる。

 チョッパーにとって思い出深い一日となった。ドラム島以外の初めての島。初めての冒険に、初めてできた友達。またいつかの再会を強く熱望する。

 

 今から次の航海が楽しみになっていた。

 皆に手を振りつつ、チョッパーは微笑みを湛えてルフィへ言う。

 

 「なぁ、ルフィ」

 「ん?」

 「海賊って……楽しいな」

 「そうなんだ。楽しいんだ、海賊は」

 

 しっしっし、と笑って、エッエッエッ、と笑う。

 二人は互いに笑顔を向け合い、島が離れて、皆の顔が見えなくなるまでそこに居た。

 

 しばらくすると島の姿も遠くなる。

 それでもチョッパーはそちらを眺めて動かなかったのだが、ある時、甲板からウソップの声が聞こえてきて、真っ先にルフィが反応する。

 彼が先に皆が居る場所へ行ってしまった。

 

 「お~いルフィ! チョッパー! やっぱ積み過ぎ、朝飯にフルーツパーティーやるぞぉ~!」

 「いやっほ~! パーティーだぁ~! 行くぞチョッパー!」

 「あ、うん」

 

 ルフィがどたどた行ってしまうため、追わなければと欄干から降りようとする。

 その直前、遠くなった島を眺めて、チョッパーはにこりと笑った。

 

 「またね」

 

 仲間たちに呼ばれて彼も急いで甲板の中央へ向かう。

 すでにルフィが頬一杯にフルーツを詰め込んでいたらしく、触発されたチョッパーも大慌てで近くの物を口へ放り込んでいき、あまりに膨らんだ頬を見てナミやシルクが笑った。

 途中で喉を詰まらせて死にそうになりながらも、彼はその直後には頬を緩ませている。

 

 楽しい雰囲気で、笑顔が絶えない船上。

 やっぱりここが自分の居場所だと嬉しくなる。

 これが幸せなのだ。チョッパー自身も大いに笑い、初めて船に乗った時の緊張はもうなかった。

 

 これは彼の最初の物語。

 海賊として一歩目を踏み出した旅だった。

 


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