ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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アーロン一味の航路編
戦いの日々


 現在、グランドラインで流れる噂がある。

 ノコギリのアーロンが海賊狩りを行っているという話だ。

 かつてイーストブルーで悪事を企てた男がグランドラインへ舞い戻り、麦わらの旗を掲げ、自ら目に付く海賊を全て襲い、特に賞金首を目的としていくつもの船を沈めていた。

 イーストブルーで起きた事件の記事と合わせて、彼らの名は瞬く間に広がっている。

 

 すでに討ち取られた海賊は数十に達していた。

 彼らは倒した相手の旗を奪い、燃やすこともなく持ち帰る。異常とも言えるその行動を疑問視する声はそこかしこにあり、何らかの目的を持っているのだろうとも言われていた。

 

 アーロン一味が動くことで、同時に麦わらの一味に関する噂も広まる。その船は本来のマークに加えて麦わらのマークを掲げており、それが波紋を呼んでいるのだ。

 アーロン一味は麦わらの傘下なのか。

 たかだかグランドラインに入ったばかりの、少々変わった事件を起こしてほんの少し注目されただけのルーキーが、早くも傘下の海賊団を従えている。あまりに生意気。普通に考えればあり得ないその話を聞いて彼らに対する注目度を高める者も少なくない。

 

 今や海賊たちの間では、アーロン一味に気をつけろ、との声もある。

 中でも海戦となれば彼らは本来の力を発揮し、負けなしを自負するほどの自信もあった。

 

 しかしその日、アーロン一味は敢えて陸の上で敵を襲っていた。

 

 名も知らないとある無人島。

 砂浜の近くに帆船が停められていて、それより沖合にアーロン一味の船がある。

 彼らにとって戦闘はもはや日常と化しており、魚人が持って生まれた能力に敵う者もおらず、今更陸で戦うことにも恐怖心はない。

 

 今日、彼らにとって一つの挑戦であった。

 一味で唯一の賞金首、アーロンには3000万ベリーの賞金が懸けられている。そしてこの日の獲物に決めたのは一億ベリーを越える賞金首だ。

 懸賞金だけを見れば彼らよりも格上の海賊団。

 戦い始めて数分。しかし彼らは敵を圧倒していたようだ。

 

 砂浜には五十名を超える人間が気を失って倒れていた。傍には武器が落ちて流血も少なくない。

 その周囲には無傷のアーロン一味がつまらなそうな顔で立っている。

 

 「チュッ♡ これが一億の一味か? 大したことねぇ連中だ」

 「ああ、全くだ。これでは前の奴らと何も変わらん」

 「ニュ~、それじゃ船長が強ぇんじゃねぇかな。懸賞金かかってるの船長だけだぞ」

 

 幹部三名が肩を並べて話している。

 砂浜での戦いはすでに終わっていた。敵を全て倒したという訳ではないが、残りは砂浜近くの洞窟に潜んでいるらしく、そちらには一部の部下を連れてアーロンが向かっている。

 彼らにしてみればこの戦いもすでに終わったものだった。

 

 アーロンが負けるはずはない。

 彼はこれまで、自分より懸賞金が上の海賊と戦い、その多くが無傷で倒している。

 人間と魚人の間にある差はやはり歴然で、彼が負ける姿は想像できなかった。

 

 あっさり終わってしまったことに、チュウとクロオビは表情に呆れを浮かべて、腕組みをしながら軽く溜息をつく始末。消化不良もいいところだ。

 賞金首を一人討ち取る度、または海賊団を一つ潰す度に、自分たちが強くなった実感がある。

 比喩ではなく彼らはルフィたちと戦った頃より強くなっていた。

 懸賞金がアーロンより下か、或いは同等の海賊から討ち取り始めて、彼らはすでに9500万ベリーの賞金首も討ち取っている。当然その旗も奪って保有していた。

 

 確かに懸賞金が上がる度に敵も強くなっているが、それでもいまだ無敗。

 部下を倒した段階では物足りないとすら思っていて、大したことはないというのが感想だ。

 

 倒れた敵が呻いてはいるが砂浜は静かだ。

 戦闘が行われているにしては洞窟の方からも音が聞こえてこない。

 はっちゃんは思わずそちらを気にし始めていた。しかし隣のチュウやクロオビは手を出す理由がないと考え、動こうとする気は全くない。

 

 「アーロンさん、大丈夫かなぁ」

 「バカ、誰に言ってんだハチ。あの人が負けると思うか?」

 「思わねぇけど、でも心配だなぁ」

 「お前に心配されるお人じゃねぇよ。チュッ♡ あの人は強い」

 「今なら麦わらにも勝てるかもしれん。あの人はそれを望んでいるんだ。おれたちは黙ってその時を待っていればいい。いずれ決着はつけられる」

 「ニュ~……そうか」

 

 はっちゃんは少し考え込み、にこりと笑って言い出した。

 

 「でもおれ、あいつら嫌いじゃねぇんだけどなぁ」

 「おい、お前はどこまで抜けてるんだ。あいつらはおれたちを力で従わせてるんだぞ」

 「好きになるような要素がどこにあった。チュッ♡」

 「きっかけはそうだったけど、そこまで悪い関係じゃなかっただろ? それに、そもそもを言い出したらおれたちがナミにひどいことしてたからだ。自業自得じゃねぇかな」

 「そもそもを言うならだ。おれたちには人間に対する大きな恨みがあったことを忘れるな」

 

 厳しい顔でクロオビがはっちゃんへ指を突きつけた。

 彼が何を言わんとしているか伝わって、思わずはっちゃんの脳裏に過去の情景が浮かび上がる。

 

 「忘れるな。英雄フィッシャー・タイガーは人間への恨みによって死んだ。おれたちが戦い始めたのも人間どもが魚人を海の底へ追いやったからだ。違うか?」

 「ニュ~、でも、それはあいつらのせいじゃねぇし……」

 「誰がとかいう問題じゃない。これは種族の問題だ。人間に肩入れし過ぎるなよ」

 

 はっちゃんは甘過ぎる。彼はどこか人間を好んでいる節すらあり、一味の中には麦わらの一味との交流の際から、徐々に人間を好む者も増えていて、彼が橋渡しとなっていた。

 全員が全員、彼のようになれる訳ではない。

 歴史によって刻み込まれた嫌悪が、まだ根深く心の中に残っていた。それはアーロンも同じだ。

 

 激しい怒りの矛先は“麦わらのルフィ”に対してではない。“人間”へ対してだ。

 彼を殺して自由を手に入れたところで怒りは消えたりしないだろう。

 それがわかっているのか、はっちゃんも口を噤み、顔を俯かせて押し黙った。

 

 辺りの状況を変えたのはそんな折だった。

 突如洞窟から轟音が聞こえ、内部から仲間たちが吹き飛ばされてくる。

 

 「うわぁああああっ!?」

 「どうした! 何が起こった!」

 「あっ、アーロンさん!」

 

 吹き飛ばされてきた魚人の多くが地面を転がるものの、その中で唯一、同じく飛ばされてきたアーロンが姿勢を低く砂浜を滑り、洞窟の方を睨んでいる。

 口の端からわずかに血が流れているようだった。

 どうやら苦戦中であるらしく、久しく見なかった彼の血だ。

 瞳孔は形が変わり、アーロンはルフィと戦って以来本気になっていた様子である。

 

 「アーロンさん、怪我してるのかっ? 大丈夫――」

 「うるせぇぞハチ! 黙ってろ!」

 

 かなり気が立っている様子だ。

 キリバチを肩に担いで立ち上がり、苛立ちから食いしばった歯がバリッと音を立てる。

 洞窟からはゆっくり歩いて、大きな影が現れていた。

 

 筋骨隆々の肉体で二メートルを超えた巨体。肩幅も広く、厳めしい男であった。

 顔に鉄仮面を被って素顔が見えない。

 異名は“手甲のアラン”。懸賞金1億1500万ベリー。

 その名の通り両腕に頑丈な手甲を装着し、格闘を得意とする海賊である。

 

 たった一人で多くの敵を殴り飛ばして、洞窟の外まで運んだ様は見事と言える。他の仲間は倒されたが彼だけは突き崩せなかった。それで現在に繋がっている。

 彼も攻撃を受けたらしく、肩から血を流していた。

 鉄仮面のせいで表情がわからず、一体どんな精神状態であるのか想像しにくい状態にあり、それもまたいつものペースを崩される要因だったようだ。普段、圧倒的な力を見せつけるアーロンは敵の動揺すらも利用し、攻勢に出るが、彼が相手ではそれができない。

 

 図らずも長期戦が予想される状況だった。

 怒りを募らせるアーロンは荒々しい歩調で彼に向かっていく。

 

 「おめぇらは下がってろ。こいつはおれの獲物だ……!」

 

 アーロンから強い怒気を感じた。それほど怒っているのは久々に見る気がする。

 今回の敵はそれだけ強いということだろう。

 急がず、慌てず、一歩ずつ進んで距離を詰めながら、アーロンは正しく状況を判断した。互いにそう傷ついてはいない。戦闘は継続できる一方、相手は彼より強い可能性もあった。

 

 どうやらアランは喋らないらしい。

 それが理由があってのことか、それとも性格的な理由なのかは知らない。とはいえ、黙り込んだままの彼が肩をキリバチで削られても悲鳴を発さず、即座に反撃してきたことは覚えている。相当打たれ強いと考えるべきか、少なくとも強い痛みにも耐えられるのは確実だ。

 敵の一発による痛みがまだ鈍く残っている。

 何度も受ければアーロンが不利になることは目に見えていた。

 

 アーロンに退く気はなかった。

 自分より強いかもしれない、一億越えの賞金首を前にして、一切退かずに立ち向かっている。

 厄介であることは確かであるものの、恐怖心はまるで感じていなかった。

 

 相手が誰であれ海賊ならば倒す。

 倒して、旗を奪い、約束通り百枚集めた上に麦わらのルフィを始末し、自由を得る。そう決めている彼は今更やめる気にはなれない。敵に出会ったのなら自分より強くても倒すだけだ。

 すでにいくつかの海賊団を潰している。

 一億の首を獲った程度で自慢する気もなく、その目が見ているのは目の前の敵ではなかった。

 

 距離が近くなるとアランが両方の拳を構えた。

 迎え撃つ気は満々で、やはり一声も発さないままアーロンを見つめる。

 

 どうやって敵を倒すか。もはや考えるのも面倒だった。

 もし自分が強くなっているのなら小細工など必要ないはずである。

 アーロンは敢えて策を用いず、突発的に駆け出した。

 

 「行くぞオラァ!」

 

 キリバチを振り上げ、半ば跳ぶようにしながら彼の眼前へ到達して、すかさず振り下ろした。

 アランは自身の手甲で受け止め、ノコギリのような刃がギャリギャリと音を鳴らして彼の装備を削ろうとする。わずかな傷はつくものの肉体までは届かない。

 

 腕が振るわれ、弾き返された。

 即座にアランが前へ出て拳を握り、着地寸前のアーロンは舌打ちする。

 

 タイミングが悪かったということもある。空中に居たアーロンが地面に着地した瞬間、振り抜かれたアランの拳が腹に直撃し、凄まじい勢いで殴り飛ばされた。

 内臓まで響く痛みで気が遠くなりそうになる。

 受け身も取れず、背から落ちた彼は砂を舞い上げながら転がり、倒れた。

 すぐに起き上がるのが億劫になるほどの痛みが腹にあって、危うくキリバチすら落としかけた。片膝をついたアーロンは血走った眼で敵を睨む。

 

 「くそが――!」

 

 アーロンが特攻を開始し、アランがそれに対抗する。

 その戦いはかつてないほど苛烈を極めた。

 互いに全力をぶつけ合って、アランは防御しようとするのだが、アーロンは攻撃のみに集中して自身の身を守ろうなどという考えを持っていない。何としてでも敵を倒す。ただそれだけの強い意志が感じられ、アーロンが行うのは攻撃だけだ。

 

 あまりの迫力に見ていた仲間たちでさえ声を発することはできない。

 鉄仮面を被って声を発さないアランは、そんな姿に恐れを抱いたのか、徐々に動きが悪くなる。

 互いに攻撃を当て合うのだが、勢いに乗るアーロンは想像以上の力を発揮していた。

 

 振り回されるキリバチは自身も刃毀れしながらも、防御する手甲を削っていくつも傷を残して、傷が増えていく度にアランを狼狽させ、彼自身の肉体も何度か削られた。

 だが代わりにアーロンもまた何度となくパンチを受けて、血反吐を吐きながら戦っている。

 ひどく悲惨な光景だった。

 両者は血を噴き出しながら攻撃をやめず、目に入って視界が狭まろうが、足元がふらついて転びそうになろうが、全力で敵を傷つける行為をひたすら続ける。

 

 アーロンが叫び、わずかにアランが後ずさりを始めていた。

 どうやらアランのダメージの方が大きかったようだ。

 

 アランは鉄の手甲で相手を殴り、確実にダメージを与えている。

 対するのは鋭く尖ったノコギリで、それを振るうのは人間の十倍以上の腕力を持つ魚人。一瞬の隙を衝いて肉体に刃を突き刺し、腕を引いて、それだけで深々と肉が裂かれた。

 打撃による痛みの蓄積と刃による裂傷。アランが焦るのも当然である。

 

 ぱっくり開いた肉の裂け目から大量の血が流れ出していた。

 それを見てもアーロンは止まらない。まだ彼の意識があるからだ。

 勝利と言うならば完膚なきまでに倒さなければならない。

 声こそ発さないものの、傷を庇いながらアランが逃げようとする姿を見て、怒りは倍増し、全身に漲る力はさらに強くなった。

 

 「どういうつもりだッ。まさか逃げようってつもりじゃねぇだろうなァ!」

 

 咳き込んだ瞬間に大量の血を口から吐きながら、アーロンはキリバチを捨てた。刃毀れしていてそれ以上は使えない。一瞬でそう判断しての大胆な行動だった。

 荒々しく歩き出しながら右腕を振るう。

 体内から分泌された水が飛び出し、まるで銃弾の如くアランの脚を撃ち抜く。

 

 「びびって逃げ出すのが一億の賞金首か!? ふざけた真似してんじゃねぇぞ!」

 

 脚を撃たれたことで倒れ、それでも逃げようとするアランに追いついた。

 アーロンは彼の体を跨いで鉄仮面を掴んだ。

 左手で固定し、右腕を振り上げ、全力で拳を振り下ろす。殴られた鉄仮面はたった一発で形を拉げてしまい、内部では破片が顔面に突き刺さった。しかしまだ止める気が無い。

 何度となく殴って、鉄仮面が破壊されても尚止まらなかった。

 

 「オラァァ!!」

 

 破片が飛び散り、素顔が露わになる。

 そんなことにも興味を持たず、アーロンは敵が気絶するまで殴り続けた。

 

 人間を超えた腕力で殴られて顔の形すら原型を留めなくなったようだ。

 砂浜に血が広がって水溜まりのようになる。

 そうなった後でアランが気絶していることに気付き、息を乱しつつ、アーロンは立ち上がった。

 

 倒れたアランは死んでいないものの、顔がぐちゃぐちゃで、元の形がわからないほど。血の海で倒れる姿は凄惨の一言だった。

 だが、アーロンも鉄の手甲で殴られて続けていたのだ。

 彼ほどではないが全身に傷を負い、至る所が裂けて血を流していた。

 深く息を吐くと体の力が抜け、受け身も取れず倒れてしまう。

 

 仲間たちが驚いて声を発し、一斉に駆け出した。

 全員がアーロンの下へ駆け寄っていき、慌てふためいて顔を覗き込む。

 

 「アーロンさんっ!?」

 「アーロンさぁん!」

 

 駆けつけた時にはすでに彼は気を失っていた。顔色もひどく、死の危険性が高い。

 鋭い声で船医が呼ばれて、すぐに駆けつけて治療を始めようとするとはいえ、何もない砂浜では限界がある。最も良い判断は船に戻って治療を行うことだ。

 

 素早くクロオビが指示を出す。

 仲間たちは慌てながらもアーロンへ声をかけながら急いだ。

 

 「治療するなら船でだ! 急げ! 衝撃を与えないように船へ運べ!」

 「アーロンさん、少しの間耐えてくれ! チュッ♡」

 「ニュ~ッ、みんな急げぇ~! アーロンさんを助けろぉ~!」

 

 敵に勝ったという喜びを感じる暇さえない。

 彼らは大慌てで船に戻り、アーロンの治療を急いだ。一時を争うほどのひどい重体。しかし、彼がたった一人で一億ベリーの賞金首を討ち取ったことだけは確かなのである。

 


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