ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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アーロン一味二番船“タコヤキ8”

 はっちゃんが船を飛び出してから一夜が明けた。

 予想通りというか、やはりすぐに帰ってくるという展開はない。

 彼について理解している仲間たちはさほど心配していなかったものの、多少面倒には思う。果たして船まで帰って来れるのだろうかと思うからだ。

 

 そうスピードは出していないとはいえ、夜を除けば船は動き続けている。

 移動し続ける船を上手く探し出すことはできるのだろうか。少なからずそう思った。

 

 甲板から海を眺めるチュウとクロオビが苦々しい顔だ。

 やはりこうなった。

 腕組みをした彼らは一人で行かせるべきではなかったかと考えている。

 

 「ハチが一人で行動してよかった試しがあったか?」

 「チュ♡ 少なくとも今すぐは思い付かねぇな」

 「お供をつけるべきだったな。それならこれほど時間はかかっていないだろう。なぜこの歳になって迷子を心配してやらなきゃいけないんだ……」

 「ああ、全くだ。チュッ♡」

 

 どちらも厳しい顔をしていて、帰って来ない彼を待って海を眺める。

 はっちゃんが外へ出ている間に、すでにアーロンが目覚めていた。まだ包帯は取れないが無理やりベッドを離れた彼は甲板に置かれた椅子に座り、今日も厳めしい顔をしている。

 報告はしたが、はっちゃんのことを怒っているだろうか。

 二人が面倒だと思うのもそこに一つ理由があった。

 

 可能ならば今すぐにも帰ってきて欲しい。そう思っていた時だ。

 甲板で双眼鏡を覗いていた一人が急に声を出す。

 

 「船が見えたぞ!」

 「チッ、こんな時に」

 「海賊か?」

 「いや、それが変なんだが……うちの旗が見えるんだけど気のせいかな?」

 

 見えているのはその一人だけ。

 チュウとクロオビが見ていた反対側だったため、すぐに移動して質問される。しかし双眼鏡を覗いている男はおかしなことを言い始め、聞いていた者が顔をしかめた。

 

 アーロン一味の旗を余所者が上げていると言うのだ。

 そんなはずはない。事実だとすれば無礼な行為であろう。

 他者がアーロンの許可なく旗を上げたとすれば、悪ふざけにしても性質が悪い。

 当然聞こえているだろうと思って数名が振り返る。アーロンは顔色一つ変えていなかった。

 

 船が見えた上に勝手に旗を掲げているなら戦闘になるだろう。誰もがそう思っていた。

 そうならなかったのは、再び報告の声が発されたからに他ならない。

 

 注意して見ていると船上で誰かが手を振っているのが確認できた。攻撃するなという意志に感じられてさらに目を凝らすと、それが自分たちの仲間だと気付く。

 見知らぬ船で手を振っていたのははっちゃんだった。

 慌てた男が全員に聞こえるよう声を張り上げ、その一言がきっかけで安堵と拍子抜けが広がる。しかしやはりアーロンだけは全く反応しない。

 

 「あの船に居るのはハチだ! だからおれたちの旗だったのか」

 「ハチが? どこで手に入れた船だ。なんであいつがそんなもんを」

 「おれに聞かれてもわからねぇよ。とにかくあの船にはハチが乗ってる。それだけは確かだ」

 

 聞かれた男が困りながらも答えた。

 その後も見ているとさらにわかったことがある。

 

 「それに人魚も乗ってるな。あと、ありゃヒトデか?」

 「人魚とヒトデ? あいつは何を拾ってきたんだ」

 「船ならまだしも、人魚とヒトデが何の役に立つんだよ。チュッ♡」

 

 クロオビとチュウが揃って溜息をつく。

 長く幼馴染をやっているが彼の行動が読めない。それに付随する意味も理解が難しかった。

 報告を聞いた仲間たちはざわめき始めて、それぞれ仮説を立て始める。はっちゃんの行動の意味を理解するのは難しい。だからこそ好き勝手にあれこれ言っていた。

 

 「ヒトデと人魚? まさか食うわけじゃねぇよな」

 「流石にそりゃあり得ねぇだろ。考えただけで気味悪ぃ」

 「じゃあなんだ? ペットかなんかか?」

 「あいつ、結婚するとか言い出すんじゃねぇかな……」

 「あのハチが? それこそあり得ねぇって」

 

 戸惑いながら話していると徐々に船が近付いてくる。

 考えてもわからないため、彼らは思い切って待つことに決めた。

 

 帆に“タコヤキ8”と書かれたおかしな船がやってくる。

 アーロン一味と麦わらのマークを掲げているとはいえ海賊船には見えない。船首の代わりに船の前部には屋台のような“たこ焼き屋”があって、どう見ても商売用の船だ。

 それが海賊旗を掲げているのはおかしいと思う。

 迎えた彼らは複雑な顔で見つめていた。

 

 やがてその船がアーロン一味の船に横付けされた。

 甲板ではっちゃんが手を振っており、両隣でケイミーとパッパグが手を振っている。

 微妙な顔で手を振り返すと、はっちゃんが彼らの船へ移動してくる。

 

 「ニュ~ただいまだぞ、みんな。遅くなってすまねぇ」

 「ハチ、お前どこ行ってた」

 「ずいぶん遅かったな。もうアーロンさんは起きてるぞ」

 「ニュ~、アーロンさん! もう傷はいいのか?」

 「ああ……」

 

 アーロンが起きている姿を見てはっちゃんが嬉しそうにする。しかしアーロンの表情は優れず、怒っているようにも見える顔で反応も薄かった。

 それを気にせずにはっちゃんが口火を切る。

 やけに嬉しそうな顔でアーロンを含む皆の顔を見回した。

 

 「遅くなったけど良い物が見つかったんだ。せっかくだからみんな食ってくれ」

 「まさかたこ焼きか?」

 「ニュ~、よくわかったな」

 「船に思いっきり書いてある……あの船はどうした?」

 「ナマズたちを助けてやったらお礼にもらったんだ。せっかくだからもらったんだけど」

 「まぁいい。よくはわからんが、要するにアーロンさんのために見つけてきたってことだろ」

 「そうだぞ」

 「なら好きにしろ。保証はないが止めはしない」

 

 呆れたクロオビにそう言って促され、はっちゃんは頷く。

 ケイミーから出来立てのたこ焼きが入ったパックを一つ受け取り、アーロンの下へ向かう。

 

 「アーロンさん、伝説のたこ焼きを見つけてきたんだ。作ったのはおれだけど、素材とタレは伝説の物らしいぞ。食べてみてくれ」

 

 アーロンは黙り込んだまま動かない。

 はっちゃんが彼の前に立ち、パックを差し出した時、ちらりと確認してから顔を見上げた。

 不思議と言葉を発しないアーロンに笑顔を見せる。

 

 「きっと満足してもらえると思うんだ。騙されたと思ってどうだ?」

 「フン……」

 

 おもむろに手を出されて、奪い取るようにパックが受け取られる。

 輪ゴムを外して蓋を開けた後、爪楊枝を持って、その先にたこ焼きを一つ突いて持ち上げた。

 アーロンは大口を開けてそれを放り込み、咀嚼が始められる。出来立てらしくまだ熱いと感じて思いのほかそれが良い。味も悪くない。確かに伝説というだけはあると思う。

 

 アーロンはしばし無言でたこ焼きを食した。

 美味いともまずいとも言わず黙ったままひたすら爪楊枝を動かす。

 

 周囲は心配そうにしていたがはっちゃんだけは相変わらずにこにこしていて、心配はしていない様子に見える。感想を言わずとも彼の行動が何よりの答えだと思っていたようだ。

 やがてパックにあった八個のたこ焼きは全て食され、パックだけがはっちゃんに返される。

 

 全て呑み込んだ後でふぅーっと深く息が吐かれた。

 背もたれに体重を預けたアーロンがついに言葉を発する。

 

 「まぁまぁだな」

 「ニュ~、そうか。おれもまだまだ頑張らないとなぁ」

 

 彼から発せられた言葉の一方で、はっちゃんは嬉しそうに笑うばかりだった。

 ひとまず妙な事態にはならずに済んだ。

 安堵した仲間たちは一斉に大きく息を吐いて肩を落ち着ける。近頃のアーロンは機嫌が悪いし、笑みを見せることもめっきり少なくなっていたので心配し過ぎた。わかりにくいが、やはり彼は今でも同胞には優しいままだったのだろう。

 

 アーロンが食べてくれたことで当初の目的は達した。

 次は仲間たちの番だ。事前に準備していたはっちゃんは振り返って全員へ言う。

 

 「みんなの分もあるぞ。いっぱい食べてくれな」

 「みんなに配るよ~。一人五百ベリー頂きまーす」

 「って商売かよ!?」

 「あ~っ!? 間違っちゃった~!?」

 

 同じくはっちゃんの船から移ってきたケイミーとパッパグがたこ焼きのパックを配り始める。

 下半身が魚である人魚は陸上で移動できない。そこでケイミーは特殊なサンゴからシャボン玉を生み出して浮き輪のようにし、自分の体を通して浮遊させている。尾びれで空気を蹴って進めば彼女でも多少は陸上の生活が行えるのだ。

 

 シャボン玉の浮き輪で宙を泳ぐケイミーが一人ずつにパックを配っていく。

 その間にパッパグは船に用意してあったパックをアーロンの船に運ぶ。

 数が足りなくては困るとはっちゃんも新しい物を作るために移動し、船上は賑やかになる。

 

 チュウとクロオビも受け取っていた。

 独特のペースに眉間へ皺を寄せながらも、せっかくだと思って食べ始める。

 

 「美味いな……」

 「チュッ♡ そういえばハチはたこ焼き屋になるのが夢だったな」

 「図らずも夢が叶ったということか。一体何をしていたんだ」

 「まぁ、何事もなくてよかった」

 

 チュウはたこ焼きを見ながらもアーロンを見る。

 椅子に座って目を閉じ、休んでいる様子の彼が落ち着いているのを見てそう思う。

 はっちゃんは良くも悪くもマイペースで、時には迷惑をかけられることもあったとはいえ、その心優しい態度で空気を和ませる力を持っているのも事実。

 おそらくたこ焼きを渡したことでアーロンも肩の力を抜くことができた。

 この辺りは幼馴染ならでは。上手くやったと二人は人知れずはっちゃんを褒める。

 

 「アーロンさんもやっと休めそうだ。チュッ♡」

 「その代わり妙な奴が二人増えているが」

 「あれ? この船って海賊船? ……えぇ~っ!? はっちんって海賊だったのぉ~!?」

 「あぁ~っ、思い出したぁ! アーロンって奴は魚人島でも有名なワルじゃねぇか!」

 「ニュ~? 言ってなかったか?」

 

 クルー全員へたこ焼きを渡し終える頃になってようやく、海賊旗に、その船が海賊船であることに気付いたらしいケイミーとパッパグが絶叫していた。

 彼女らが一体誰なのかはまだ知らされていない。

 仮にこのままついて来るとして、そんな鈍さで大丈夫なのだろうか。

 

 「まいっか。はっちんは命の恩人だもんね」

 「ケイミー、ケイミー、それそんな簡単に決めていい問題? そんなに簡単に決めるとすっごく大変なことになりそうな気がするんだけど……」

 「え? そうかな?」

 「二人も一緒に来るのか?」

 「うん! はっちんに助けてもらったお礼しなきゃね。それにお店も手伝わないと」

 「ニュ~、そうか。助かるよ」

 

 和やかに話しているが何かを間違えている気がする。

 チュウとクロオビは揃って溜息をつき、考えるのをやめて残りのたこ焼きを食べ始めた。

 

 はっちゃんが作ったたこ焼きによって船上は以前にはない賑わいを見せている。

 ここしばらくは緊迫した空気が続いていた。毎日を戦うためだけに使い、移動している時でもない限りは海賊を襲って、賞金首を討ち取ることと旗を奪うことに全力を注いでいた。

 今日は違う。この瞬間だけはのどかで平穏な時間が流れていた。

 クルーたちは笑顔でたこ焼きを頬張り、いつもより会話も弾んでいたようだ。

 

 アーロンは目を閉じ、静かにその喧騒を耳にする。自身は誰かと話そうとしない。だが普段よりも幾分表情が柔和になって、珍しく心身を休めているらしい。

 この時間はそう悪いものではなかった。

 体に残る疲労が徐々に溶けていくようで、彼は穏やかな呼吸を繰り返す。

 

 そうしてゆったりした時間が流れて。

 しばらくした後、不意にアーロンが目を開ける。

 空からは一匹のニュースクーが近付いていた。

 

 「こんな時間にニュースクーだと……?」

 「確かに妙だな。朝刊でもなければ夕刊でもない」

 

 小さな呟きにクロオビが反応して近付いてくる。

 腕組みする彼は徐々に降下してくるニュースクーを見上げていた。

 

 「あれは世経じゃない。ブルーベリータイムズだな」

 

 彼らの船にやってきたのは、世界経済新聞を運ぶニュースクーではなかったようだ。

 世経と称される新聞社のニュースクーは白い羽を持っているが、今やってきたのは青色の羽を持っており、空の色とも交わらずに独特の美しさを誇っている。

 青い帽子を被り、胸には鞄を提げ、いつもならあるはずの新聞の束がない。

 何やら普段とは様子が違った。

 

 どうやら新聞配達に来た様子ではない。

 船の欄干へ停まって、追い払うでもなくチュウが歩み寄る。

 青いニュースクーは自ら鞄を開け、何かを取り出して彼へ手渡した。

 

 一通の手紙と一個のエターナルポースである。

 それだけを渡すと代金の請求もせずに一声鳴き、彼は再び飛び立ってしまった。

 

 「なんだ……? アーロンさん、手紙だ。どうやらブルーベリータイムズ社からだぞ」

 「読んでみろ」

 「ああ」

 

 手紙を開けて、チュウが文章を読み始める。

 アーロンはそちらを見ずに船が進む方向を眺めていた。

 

 「え~、“親愛なる海賊諸君へ。これを読んでいるということは、君たちは海賊の祭典へ招待されたということになる――”」

 

 チュウの声によって静かに手紙の内容が読み上げられる。

 普段と様子が違ったのも納得だ。

 それは、海賊たちの祭典へ誘うための招待状だった。

 


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