ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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開会式

 酒場を後にした四人は目的地だろう広場へ到達した。

 人で埋め尽くされて地面さえ見えないその光景はひどく異様に見える。

 凄まじい熱気。高らかに響く声。戦いを求める者たちがざわざわと絶え間ない声を発し、波のように見える人の動きは俯瞰的に眺めれば恐怖心すら芽生えた。

 

 ルフィは目を輝かせて、エースは帽子を押さえて薄く笑みを湛える。しかしキリはあまりの人の多さに辟易としているようで、反対に人混みに乗じてさらに引っ付くベビー5は上機嫌だ。

 彼らの姿も人混みの中に消え、遠目で確認することなどできそうにない。

 

 町で一番大きい円形の広場は島の中央に位置している。

 六つの大通りに通じており、どこへ行くにも利用されるほど有名な場所。

 驚くべきはその広さ。

 わざわざ数える人間など居ないが、すでにその場所には数万人の人間が集まっており、海賊だけでなく様々な国から人が集まり、広場を囲む建物から覗く者も合わせればさらに数が増える。参加者たる海賊、近隣諸国の貴族や王族、裏社会のマフィアやギャング、或いは商人。噂を聞きつけて観戦にやってきた一般市民も混じっている。

 それほどの人間が町に来たのは初めてのことで、すでに大きな混乱があった。

 

 ただ今は、これから始まるトレジャーバトル大会への期待が大きい。

 海賊が混じっていても人々は争うこともなく広場で話を聞こうとしていた。

 

 人を掻き分けてどんどん前へ進んでいくルフィに続いて、三人も広場の中ほどへ到達する。

 ここで仲間に会えるかと思っていたがとんでもない。探す気になれない人数で、考えただけでげんなりしてしまう。合流は後回しだとキリが嘆息していた。

 

 立っているだけで誰かの肩が当たる環境だ。早くもうんざりしてきた。

 辛うじて目の前にルフィとエースが立っているものの、はぐれないのが奇跡に想える。

 この状況では彼女が居ることが幸いだと思う。

 キリはベビー5の腰に手を回し、ぎゅっと抱き寄せながら顔を覗き込む。すると彼女は心底幸せそうに頬を緩めており、全く辛そうには見えない。

 

 「大丈夫? ちょっとこの辺息苦しいけど」

 「問題ないわ。あなたと一緒なら♡」

 「あー、うん。まぁ色々気をつけてね」

 

 上機嫌に胸へ頬ずりしてくるため、心配は必要なさそうだ。

 凄まじい数の人で逃げ出したくなる状況の中、彼女だけが目の保養となった。

 キリは気疲れした様子ながらしばしその場で待つ。

 

 少しすると変化があった。

 広場の北側、特別に作られただろうステージの一部がせりあがり、それと同時に町中に響くほどの大音量で激しいギターソロが流れ始める。

 どうやら開会式の始まりのようだ。

 揺れるスピーカーが発する轟音は嫌でも人々の注目を集めさせた。

 

 塔のように伸びた特別ステージの上、一人の男がギターを弾いていた。超絶技巧でかき鳴らし、音色と呼べるかは疑問だがその音に感心する者が居るのも事実。

 少なくとも演出としては成功していただろう。

 突然演奏を止めた時、彼にはあらゆる場所から惜しみない拍手が送られる。

 

 ブルーベリータイムズ社主催のはずが、記者には見えない風貌だ。

 鮮やかな色の金髪を逆立て、赤いパーカーの上から黒いジャケットを身に着け、青いジーンズ。肩にはギターをかけて、顔にはサングラス。非常に若々しい外見だが、ロックミュージシャンと言われた方がしっくりくる外見であって、どことなく不信感も集めやすい。

 その場に現れた彼が主催者なのか。

 疑問に思う者が増える中、彼はスタンドにあったマイクを掴んで叫んだ。

 

 《イェーイッ!!》

 

 拳を突き上げまさにミュージシャンである。

 単純な者、ルフィも含めた一部の人間は応じてうおおおと声を発するものの、呆れた顔も多い。

 戸惑いを表す人間が居る中でその男は気にせず話し始めた。

 

 《海賊を始め多くの人に集まってもらったことを感謝するぜ! おれが主催者兼ブルーベリータイムズ社所属の記者、ロッキー・ハッタリーだ! よろしくゥ!》

 「うおおおおっ! ハッタリさ~ん!」

 

 主催者、ロッキー・ハッタリーの一言であっさりと広場が盛り上がる。

 やはり海賊は単純なのか、感化され易い様子で意味もなく騒ぎたいらしい。

 その中にはやはり感化され易かったルフィも混じっており、両腕を突き上げて思い切り叫んで、離れた場所、同じく広場に居たウソップやチョッパーも全力で騒いでいた。

 

 総じて記者らしくない記者だが彼を止める者は居ない。

 ハッタリーは弾む声で演説を続ける。

 

 《ここへ来たということは君たちもすでにわかっているはずだ、これから何が始まるのか。ここから始められる大イベントは歴史に名を残すことになるだろう! 世界で初めて、おれたちの手で始められる! 君たちが歴史の生き証人だ!》

 「おおおおおおおっ!」

 《おれは海賊が大好きだッ! お前らも海賊は好きかァ!》

 「大好きだァァァ~ッ!!」

 

 耳が痛くなるほどの大絶叫である。

 広場は先程の倍以上は騒がしくなって、気を良くしたハッタリーはひらひらと手を振った。

 

 《OK、OK。君らの熱意は伝わってきた。ありがとう。だがここからは少しおれ個人の話を聞いて欲しい。それこそさっきも言った海賊が好きだという話だ》

 

 海賊たちはなぜか従順に従い、聞いてくれと言えば静かに聞き始める。

 一瞬にして広場は静まり返っていた。

 その分有難く思うハッタリーが真摯な態度で伝える。

 

 《おれは幼い頃から海賊に対する強い憧れがあった。それは今でも変わらない。だがなぜ海賊にならずに記者になったのかと言えば、君たちに届いた手紙にも記されていただろう、海賊の情報が世間に出る頃には捻じ曲げられてしまっている。果たして世間が言うほど海賊は悪なのか? おれはそんな風には思わない……海賊とは自由を愛する存在だからだ》

 

 うんうんと頷く者たちが非常に多い。

 高い場所から広場を見渡すハッタリーの目には、大勢の人間が打ち合わせしたかのように揃って頷く異様な光景が見えていた。妙にタイミングが合ってもいる。

 彼は自身も小さく頷いた。

 

 《そこでおれは、海賊の本当の姿を知って欲しいと考えた。情報操作によって広められた噂話ではなく、その目で海賊を見て欲しい。確かに悪い奴も居るだろう。この場に集まった中にも極悪人が居るかもしれない。そんなことはわかっている。だから必死に考えた。遊びを通じて知ってもらえばどうだろうか》

 

 ハッタリーの声に混じる熱が徐々に高まっていく。

 

 《観客が傷つかないためのステージとルールを用意すれば、彼らの本当の姿を知ってもらえるのではないか。確かに自由な海賊をルールで縛ってしまうのは忍びない。だからこの場ではっきり言っておこう。殺しは厳禁! 参加者及び観客を殺めた者は即刻捕まえて海軍へ突き出す! しかしそれ以外の多少のズルは大目に見よう! なぜなら君らは自由な海賊だからだ!》

 

 おおおっ、とまたしても海賊たちが盛り上がり始める。

 ハッタリーは声を大きくしていき、彼らと呼吸を合わせるかのようだ。

 

 《この戦いに勝利した者には望む者をなんでも与える! 心配はしないでくれ、この島に集った観客の中には大富豪、王族、裏社会の要人となんでもござれ! 大会の成功のためには彼らも惜しみない援助を行ってくれると約束してくれた! 欲しい物があるなら優勝を目指せ!》

 

 再び海賊たちが両腕を突き上げ始める。

 優勝への期待値、勝利への渇望、未来への希望。あらゆる欲求に火が点いている。

 もはや止め切れない様子で声が波となって広場を揺らし始めた。

 

 《勝者には栄光と賞品を! 敗者に得られる物は何もない! ならば君らが求める物はただ一つのはずだ、そうだろう! 大会で優勝したいか! 勝者になりたいかァ!》

 

 ついに抑え切れずに怒号が広がる。

 しかしそれでもまだ足りない。ハッタリーは核心をつく言葉をついに発した。

 

 《今ここに! トレジャーバトル大会の開会を宣言するッ!!》

 

 瞬間、島が揺れたと思わせるような声が響き渡った。

 島中の人間が拳を突き上げ叫んでいるかのような、そんなはずはないのだがそう思っても仕方ないほどの絶叫があり、町の様相は一瞬にして変化している。

 ハッタリーの思惑通りに火は点けられた。

 彼らは戦いを望み、勝利を望み、大会への参加を覚悟したのである。

 

 ルフィが、ウソップが、チョッパーが拳を突き上げて叫んでいた。

 エースは腕を組んでにやりと笑い、キリは困った顔でうるさいと両手で耳を塞ぐ。

 

 反応はそれぞれ違えど、大会が始まるセレモニーとしては十分成功だろう。

 絶叫に合わせてハッタリーはギターを弾き、非常に嬉しそうな顔で広場を見渡す。

 勢いよくマイクを掴んで、まるでライブのようにノリながら観衆たちへ言った。

 

 《OK! このままこの後の手順を説明するぜ! みんなしっかりついてきてくれよ!》

 

 怒号を聞きつつ、ハッタリーは声を大きくしたままで説明を続けた。

 

 《まず最初に大事なことを伝えるぜ! トレジャーバトルは二人一組のペアで行われる! 優勝者はたった一組、当初からかなりの人数が集まると予想されていたため、最初に予選を行うぞ! 誤解のないよう宣言しておこう……本戦に進めるのはたったの八組!》

 

 そう言われた途端に広場がどよめき出す。

 一体この島にどれほどの人間が集まっていると思っているのか。

 参加者がたった八組のはずがなく、おそらく参加者は百組を超えると予想できる。それだけに早くもブーイングさえ始まっていた。

 

 ハッタリーは手を振る。ブーイングにも全く動揺していない様子だ。

 笑顔は変わらずに堂々と言ってのけた。

 

 《まぁまぁ、そう怒らず。最終的に優勝できるのはたった一組。本戦を始める前にはまず数を減らさなければならないでしょう。予選は明日から始まるぜ!》

 

 気を取り直して大きく告げた。

 聴衆も意外にすぐ納得した様子だった。

 

 《今から参加者を募って受付を行う! 場所は港だ! ペアを組んでそこに来た者には予選会場へ向かうための船に乗船することが許可される! その船を紹介しよう、モニターを見てくれ!》

 

 ハッタリーの腕が振るわれると至る所に設置された大型モニターが映像を映し出す。

 映像電伝虫が目に映した別の場所が映し出されていた。

 映ったのはどうやら町のすぐ傍、海である。

 水を押し上げて何かが現れようとして、それはすぐに海中から姿を見せた。

 

 《この日のために生み出され、参加者だけが乗ることを許される豪華客船! その名も――》

 

 海水を跳ね上げ、一個の島ほどもありそうな規格外の船が現れた。その姿を見せると同時に張り付いていたシャボン玉が割れ、甲板が外気へと触れる。

 聴衆が驚くと同時、ハッタリーの絶叫が響き渡った。

 

 《ゴージャス・ハッタリー号だァァッ!!》

 「うおおおおおおおっ!!」

 

 再び島中が揺れていた。

 それは、戦いを望ませる象徴としては素晴らしい力を持っていただろう。あまりにも規模が大きい船の姿に、自分たちはとんでもないことをするのだ、と心を躍らせた。

 事実今回の大会には様々な出資者や協力者が居る。

 間違いなく話題性のあるイベントであり、賞品も嘘ではないと確信させた。

 

 早くも海賊たちは戦いを望んでいる。足を踏み鳴らし、大声を発してそれが表れていた。

 ハッタリーは彼らを上手く焚きつけたのだ。

 

 逸る気持ちを抑え切れない海賊たちを見回して、あくまでも冷静に、彼らの心に宿った火を消させないよう配慮する。そして最も大事なことは市民に被害を及ぼさせないことだ。

 ハッタリーは敢えて派手にマイクスタンドを回す。

 そうすることによって彼らの注目は面白いほどに集まった。

 

 《各自ペアを組んで港の受付で参加意思を表明してくれ! 締め切りは日没まで! 日が沈むと同時に船は出航し、予選のために近くの島へ移動する! なお、観客の皆様には町に残って頂き、映像電伝虫を使ってモニターで観戦して頂きます》

 

 いよいよ動き出す時が来ていた。

 うずうずしている海賊たちは今にも走り出そうとしている。

 そのきっかけはやはりハッタリーが与えた。

 

 《それでは諸君! 戦う意志のある者は今すぐ港へ! 諸君らの健闘を祈る!》

 「おおおおおおっ!!」

 《あと一般市民の皆様を傷つけないように! 自由といってもそこは一応分別のある対応を!》

 

 まるで檻から解放された獣のように、凄まじい足音を立てて一斉に海賊たちが動く。

 早くも市民にぶつかりながら彼らは我先にと港を目指し始めた。

 

 荒々しく凄まじい光景の中、ルフィも例に漏れず勢いよく走り出していて、咄嗟にキリが彼の首根っこを掴んで無理やり止める。足は動かしていたが前に進んでいなかった。

 やれやれと溜息交じりに彼を引きずりつつ、彼らは広場の端へ移動した。

 

 「うおおおおぉ~っ! 勝つぞぉぉ~!」

 「ルフィ、その前にペア決めだよ。一旦みんなと合流しよう」

 「少しは落ち着け。そう急がなくても受付はできる」

 

 キリとエースがルフィを連れ、ベビー5はキリに引っ付いたまま、広場の端で周囲を見回す。

 この場に皆が来ていればわざわざ探す必要はない。最も手っ取り早い状況だろう。しかしまだ大勢の人間が勢いよく走っていくところで見つけるのは簡単ではなさそうだ。

 うざったいくらいの熱気である。キリは面倒そうに頭を掻いた。

 

 「これは探すのめんどくさいね。さてどうしよう」

 「電伝虫は持ってねぇのか?」

 「あ、そっか。別行動してなきゃいいんだけど」

 

 エースの言葉を受けてキリが子電伝虫を取り出した。番号を押してウソップへ通信を試みる。

 電伝虫が目を開き、通話は繋がったようだ。

 

 「もしもし、ウソップ? こちらキリです、どーぞ」

 《こちらキャプテ~ン・ウソップ! 今最高潮にテンション上がってますど~ぞ!》

 「それは何より。うちの船長も同じだよ。とりあえず全員で合流してペアを決めようと思うんだけどどこに居るかな。ボクらは広場の隅でじっとしてる」

 《こっちはおれとチョッパーが広場だ! 他はハチのたこ焼き屋と、ナミたちはこの辺の店で休んでるとよ! 全員集めてそっち行こうか!》

 「いいよ、こっちも移動する。それじゃハチのたこ焼き屋まで戻ろうか」

 《了解! ナミたちを呼んでそっち行くから先に移動してくれ!》

 「わかった。それじゃ後で」

 

 周囲の怒号が混じって非常に聞き取りにくい状況だったが、なんとか意志の疎通は図れた。約束をした後で二人は電伝虫を切り、懐に仕舞って顔を上げる。

 とりあえず移動だ。ここは騒がし過ぎる。

 立ち止まっているものの興奮している様子のルフィへ呼びかけ、彼らは移動し始めた。

 

 「ルフィ、ハチのところに戻ろう。みんなも来るって」

 「おう! なぁなぁ、まだトレジャーバトル始まんねぇのか? おれ早く戦いてぇよ」

 「予選は明日って言ってたでしょ? 少なくとも今日はまだだよ」

 「なーんだ……」

 

 はっちゃんの屋台の位置を知っているのは、現状キリだけである。

 ルフィに任せる訳にもいかず、彼とベビー5が先頭となって歩き出す。

 いまだ走っている人間が多いため来た道は使えない。そんな状況でも漠然と地理が理解できていれば迷わず目的地に行ける。彼は自信を持って来た時とは別の大通りへ入った。

 

 町中が興奮して騒がしい。

 デッドエンドとも様子が違う。あれは海賊だけだが今度は海賊以外の観衆が非常に多い。むしろこの町に集ったのは参加者より観戦者の方がずっと多いだろう。

 

 血を求める人間がそれだけ多いということか。

 呆れながらもキリは周囲の賑わいを見回していた。

 

 これから戦いが始まると知った上で、町には笑顔が溢れている。にこにこと和やかそうに話し、純粋に買い物を楽しむ客に紛れて誰が勝利するかを予想する者も少なくない。

 海賊として育った彼にはさほど好ましくない風景だ。

 世間の嫌われ者である海賊が批判されることが少なくない中、同じく血を求める市民は平気な顔をして呑気に暮らしている。自分は命を賭けることもなく、他人に安全を保障してもらい、少なくとも今ある風景の中では戦おうともせずに。

 

 キリはのどかな町の風景を見回して苦笑する。

 その様子に気付いたベビー5が彼の顔を見て質問した。

 

 「どうかしたの? 何か嫌なことでもあった?」

 「ううん。ただベビー5は可愛いなぁと思って」

 「えぇっ!? そ、そんなこと急に言われても……!」

 

 へらりと笑って言えば彼女は顔を真っ赤にして俯く。意外に初心な反応だと思った。

 二人より後ろを歩くルフィとエースは会話に夢中になっているらしく気付いていない。

 キリの手が軽くベビー5の頭を撫で、そんな状態ではっちゃんの屋台を目指す。

 

 多少遠回りにはなったが無事に四角い広場に戻ってきた。

 どうやらウソップたちの方が早かったらしく、海賊たちが港へ急いでもまだ人混みが消えていない広場へ足を踏み入れ、手を振る仲間たちの下へ到着した。

 全員揃っている。早速話を始めることはできそうだ。

 

 「よぉし、これで全員揃ったな。ん? そいつら誰だ?」

 「あ、海賊島で会った人」

 「あっちの男は誰だ?」

 

 出迎えたウソップ、シルク、チョッパーが不思議そうな顔をする。

 それも当然だ。キリにぴったり寄り添ってベビー5が居て、ルフィの隣にはエースが居る。ついさっきまで見なかった顔があれば誰だろうと思っても仕方ない。

 他の仲間たちもそれぞれ異なる反応で疑問を表している。

 そんな彼らへ向けて、笑顔でルフィが告げた。

 

 「みんなに紹介するよ。おれの兄ちゃんだ」

 「どうも初めまして。弟が世話になってます」

 「あぁ、兄ちゃん……ルフィの兄ちゃんっ!?」

 

 代表するかのようにウソップが叫ぶと同時、仲間たちは全員が驚きの声を上げた。

 なにせ型破りなルフィである。兄が居るという話は聞いていなかったし、予想もしなかった。

 ぺこりと頭を下げたエースはそれだけで礼儀のある人に見え、そう言われなければまさかルフィの兄と気付けるはずもなく、じっと見つめてもまだ信じられない。

 

 全員が頼る様子でキリを見た。

 こうなればベビー5のことはどうでもいい。本当なのかと視線が聞いている。

 すでに納得しているキリはあっさり頷き、それで皆が納得した様子だった。

 

 それでも悲鳴に似た声は止まらずに動揺したまま。

 ルフィとエースは揃って笑顔を見せた。

 

 「ル、ルフィに兄貴が居たのか? 正直おれはそんな話初めて知ったんだが……」

 「あれ? それにこの人、どこかで見たことあるような」

 「驚きついでに教えとくよ。この人、火拳のエース」

 「火拳の、って……はぁっ!?」

 「あの白ひげ海賊団の!?」

 「嘘でしょ!? 超有名人じゃない! えっ、ルフィのお兄さん……!?」

 「火拳? 白ひげ? 有名なのか?」

 

 世界の情報に疎いチョッパーだけが不思議そうにしていたものの、それ以外のほぼ全員が驚愕していた。少し離れていたナミまで慌て始めるほどである。

 帽子を手で押さえ、エースはどことなく嬉しそうな顔だった。

 

 「おっ、なんだ、お前ら親父のこと知ってるのか?」

 「知ってるも何も白ひげは大海賊じゃねぇか! いやいや、火拳のエースも有名だし! 最強と謳われる白ひげ海賊団の二番隊隊長だぞ!? ほ、ほんとに本人!?」

 「すごい、初めて見た……白ひげ海賊団って、実在するんだね……」

 「しかもルフィのお兄さんでしょ……? あぁもう、意味わかんないっ」

 

 それぞれ理解が追いつかずに苦しげな顔になっている。

 ウソップは目を見開いて口を開けたまま。幼い頃から海賊フリークだったらしいシルクは最強の海賊団のクルーを見て呆然としており、ついにナミは頭を抱えてしまう。

 彼らの反応を見るのもほどほどに、唐突にキリが話し出す。

 

 「でさ、ペアを決めようかって話なんだけど――」

 「おい待てェ! そんな簡単に進められるかァ! ルフィの兄貴ってどういうことだよ!?」

 「あり得ないでしょ! ルフィのお兄さんが火拳のエースだなんて! そ、そう、冗談よね! たまたま出会って意気投合したから冗談言って私たちの反応を見ようと……!」

 「ルフィが嘘つけないのは知ってるでしょ? 冗談だって滅多に言わないよ」

 「そ、それは確かに……」

 「じゃあ、本当に?」

 「しっしっし。ほんとだ」

 「ガキの頃はずっと一緒でな。こいつには色々手を焼いたんだ」

 

 エースの手が麦わら帽子の上からルフィの頭を撫でる。それは非常に慣れた姿に見えて。

 一同はやっと信じられる心境になったようで、ぽかんとしたまま何も言えなくなる。

 全員が一斉に黙り込んでしまったため、再び口火を切ったのはキリだった。

 

 「じゃ、ペア決めの話なんだけど」

 「いやいや……お前はなんでそんな冷静なんだよ」

 「前に聞いたからね。まだみんなと出会う前。その時はボクも驚いたんだよ」

 「そ、そうか」

 「頭痛くなりそう……ちょっと落ち着く時間が必要みたい」

 「落ち着く前にペアだけ決めちゃおうか。受付もしないといけないしさ」

 「今そんな元気あんのはお前とルフィだけだよ……」

 

 ぐったりした様子でウソップたちが黙ってしまう。

 それでもキリが話を進めようとするため、腕組みをしたゾロが促した。

 

 「で? どうやって決める」

 「流石に負ける訳にはいかないし、今回はくじって訳にもいかないね。それぞれの実力等々を加味して勝率の高いペアを作っていこうか。異論がなければボクが考えるけど」

 「そうしてやれ。こいつらにはもう考える気力がねぇよ」

 「そうだね。サンジは人魚に夢中だし」

 「お、ルフィたち来てたのか。それにいつかの可愛い子さぁ~んっ!!」

 

 今日も全力で幸せそうなサンジが飛び跳ね、ベビー5を見つけたことでさらに幸せそうだ。どうやら彼は屋台を手伝っていたらしく、その合間にケイミーと話して頬が緩み切っていた。

 はっちゃんが居ない。となれば受付に行ったのだろうと思う。

 おそらくアーロン一味も参加するはずだ。

 再確認しつつ自分たちも遅れを取らないよう、キリが先陣切って話を進める。

 

 「それじゃ受付にも行かなきゃいけないし、サクッと決めようか」

 「そんな簡単に決めていいのか?」

 「みんなのことはわかってるつもりだよ。良いところも弱点も」

 「まぁ、それもそうか」

 「という訳で、勝てる確率が高くなるように、弱点を補えるペアを考えよう」

 

 そう言ってキリは仲間たちの顔を見回した。

 

 「まず、ルフィとビビ」

 「え?」

 「おっし! 頑張ろうなビビ!」

 

 名前を呼ばれた二人はそれぞれ異なる反応を見せる。

 最も扱いが難しそうな船長を任されたビビは純粋に驚いてしまって、対照的にルフィは待ち切れない様子でわくわくしていた。

 

 「次。ゾロとウソップ」

 「おう」

 「よぉし! ゾロとコンビか! これは安全だ!」

 

 ゾロは大した反応を見せずに頷き、ウソップは安堵した様子でガッツポーズを見せた。

 

 「えっと、ナミとサンジ」

 「よし、とりあえず安心できる組み合わせね」

 「やったねナミすわぁ~ん! おれが君を守るからぁ~!」

 

 ナミもまた安堵した様子で、サンジはナミと一緒になれただけで有頂天になる。このように、彼を女性とペアにしておけばパートナーの安全は確保され、尚且つやる気も倍増する。男と並べるよりもよっぽど良い結果を残すだろうことは明確だった。

 徐々にメンバーも少なくなり、今のところ一切不満もない様子である。

 

 「あとは、シルクとチョッパー」

 「うん。よろしくねチョッパー。緊張しなくてもいいから」

 「わかった。おれも役に立てるよう頑張るからな」

 

 シルクは柔らかに微笑み、チョッパーは拳を握ってやる気を見せる。

 

 「エースとはボクが組むよ。まだよく知らないし、ルフィと組ませていいのか判断し辛いから」

 「よろしく頼むぜ」

 「えぇっ!?」

 

 キリがそう言った時、エースは快諾したのだがベビー5が悲鳴を発した。

 目に涙を溜め、彼にしがみついて懇願するように言うのである。

 

 「わ、私は? あなたは私とペアになるんじゃなかったの?」

 「いや、そうするのも問題があるのかと思ってさ」

 「問題なんて何もない! 私はあなたの役に立ちたいのに!」

 「こうなることまで考えてなかったなぁ……」

 「あいつら一体どういう関係なんだ?」

 「さぁ。サンジくんじゃないけど、ナンパでもしたんじゃない?」

 

 抱きつかれて困るキリを見ながらウソップとナミがひそひそ話す。助ける気は無さそうだ。

 彼女の扱いにはまだ困っている。実力のほども知らぬまま、仲間たちに混じってペアを組んで良いと判断するだけの材料がない。信頼がない、と言い換えることもできる。

 しかし本人にそう言えばきっと泣き出してしまうだろう。

 絶望してやけになってしまう可能性も感じて、返答は考えなければならなかった。

 

 キリは小さく嘆息し、彼女の目を見つめる。

 優しく微笑んで彼女を安心させようとする傍ら、やはり意見を変える気は無さそうだった。

 穏やかに動いた手がベビー5の頬を撫で、嬉しそうに目を細める一瞬に話を始める。

 

 「気持ちは有難いんだけどさ、これはボクらの問題でもあるから、できるだけ自分たちの力でなんとかしたい。エースは船長の兄弟だけど、君はそうじゃないし」

 「大丈夫。私とあなたの仲じゃない。もう他人じゃないわ」

 「うーん、まぁ確かにね」

 「折れてんじゃねぇか」

 「否定するとまためんどくさくなるんでしょ」

 「君は一人でこの島に来たの?」

 「いいえ、仲間が一人一緒」

 「それじゃこうしよう。その仲間とペアで大会に出場して、ボクを助けて欲しいんだ。そういうことならどうかな? きっと君も本来の力を発揮できると思うから」

 「それならあなたの役に立てる?」

 「もちろん。ボクは君を頼りにしてるよ」

 

 嬉しそうに頬を緩めたベビー5が表情を明るくする。

 説得は上手く行ったようだ。彼女はパッと彼から離れてすぐ行動に移そうとする。

 

 「わかったわ。今すぐバッファローに話をして、大会に参加してくる」

 「うん。よろしく」

 「私があなたを優勝させるから。少し待っててね」

 「急がなくてもいいよ。ゆっくりでいいから」

 

 そう言ってベビー5は彼の傍を離れ、仲間を探して走り出す。

 キリは手を振り、彼女を見送った。

 仲間の目から見ても妙な状況になっている。前にも思ったことだが一体何があったのか。想うところあったらしく、困った顔のシルクが彼に苦言を呈した。

 

 「キリ、好意を寄せてくれる女性を騙すのは悪趣味だよ」

 「嘘をついたつもりはないんだけどね。意外と素直に言ったつもりだよ」

 

 簡潔に答えて肩をすくめ、キリは改めて全員の顔を確認した。

 

 「アラバスタに行く前に最後の腕試しだ。これだけの海賊が集まったんならそれなりの苦戦もあるかもしれない。みんな気をつけて」

 「これで勝てなきゃ、七武海にも勝てねぇってか……」

 「まぁ、エースが味方に居る時点でかなり優位に立ってるとは思うけど」

 「お待ちください!」

 

 咄嗟に声を出したイガラムがキリの前に飛び込んでくる。

 何やら焦った様子で冷や汗すら掻いていた。

 

 「予想はしていましたがやはりビビ様は参加なさるのですねっ。百歩譲って納得しましょう。しかし私の名前がまだ呼ばれていないのですが!?」

 「あ、そうだね。忘れてた」

 「キリさんっ!? ひどいっ!」

 「冗談だよ。ほら、まだカルーが残ってるから」

 「カルーと私が?」

 「護衛コンビでしょ。ビビの傍で守ってあげるにはちょうどいいと思うんだ」

 「な、なるほど。確かに」

 

 ずいっと顔を寄せてきたイガラムに笑いかけ、キリは楽しげに言う。

 

 「ペアを組んだ人しか守れない訳じゃないと思うよ。競技中、近くで見守ってあげて」

 「そういうことなら、不肖イガラム、全力でビビ様の護衛を果たす所存です! 超カルガモ部隊隊長カルーと共に!」

 「クエ~っ!」

 「あ、ありがとう二人とも」

 

 気合いを見せるイガラムとカルーにビビは苦笑しながら礼を言った。

 その一方でウソップはそっとキリへ歩み寄る。

 彼に目を向けたキリの方から呟いた。

 

 「ちょっと本気で忘れかけてたよ」

 「ああ、そんな感じだと思った」

 「色々忙しくて大変だね。しばらく考え事はしたくない気分だよ」

 「気持ちはわかる。でも辛抱してくれ。お前がうちの頭脳なんだぞ」

 

 ウソップが肩にぽんと手を置くため、キリは苦笑して溜息をついた。

 大会が始まった後も一筋縄に行くとは思えない。

 もう慣れたとはいえ、今回も大変な出来事が待っていそうだ。

 


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