島かと思うほど巨大な豪華客船、ゴージャス・ハッタリー号。
大会の参加資格を得た海賊はすでに乗り込み、日が落ちた直後、すでに移動を始めていた。
予選はブルースクエアとは別の島で行われるらしい。開始時刻は日の出と共に。それまでの間は英気を養っておけと、船内では異常な盛り上がりで宴が行われていた。
飲み食いは無料。
雇われた一流のコックが広い厨房で所狭しと動き回り、次々料理が表へ出される。
さらに広い食堂にはありとあらゆる海賊団が集まって会食していた。
荒々しい様相で辺りは汚れ、市民が見ていれば眉を顰める光景だろう。しかし彼らにとっては当然であり、注意する者は一人たりとも存在しない。
赤い絨毯に料理がこぼれ、ぶちまけられた酒が沁みを作る。
それが海賊の日常だと考えられていたようだ。
中には麦わらの一味も紛れていた。
比較的入り口に近い位置のテーブルを陣取り、騒々しい様子で食事を続けている。
その様は大の大人に混ざったところで埋もれない個性を発揮していた。
無暗に料理を粗末にしようとは思わないが、荒々しい様子で食事を続けるため、テーブルの上に敷かれた白い布はすっかり汚れ、ガチャガチャと食器の音が絶え間ない。
特に騒がしいのがルフィである。
彼の伸びる手はいつもの如く、周囲から料理を奪い取り、仲間たちを慌てさせていた。
「んんがっ!」
「おーいルフィ~! てめぇまたおれの皿から取りやがったなぁ!」
「は、早く食わねぇと無くなるっ」
「トニー君、慌てなくても量はあるから……」
猛威を振るうと表現してもいいルフィの動きにウソップが席を立って叫び、チョッパーが慌てて料理を口に詰め込む。ビビはそんな彼らに苦笑していた。
いつも通りと言えばそれまで。今日は周囲に似た状況がある。
喧嘩こそないものの海賊たちが暴れていて、気が気でないのも仕方ない。
イガラムは周囲に警戒心を露わにする視線を飛ばし、隣でゾロが呆れながら呟いた。
「あんまり睨むと逆効果だぞ。余計なことはしねぇ方が得策だ」
「しかしビビ様に何かあってはいけません。ここは海賊の巣窟なんですよ」
「だから余計なことすんなって言ってんだろ。お前の視線に気付きゃ、あいつら暴れるきっかけを得て途端に食って掛かってくるぞ。自分で王女の首絞める気か?」
酒瓶をそのまま傾ける彼の発言で、ううむと唸る。
確かに自らのミスでビビを危険に晒す訳にはいかない。護衛隊長として論外だ。イガラムは即座に周囲へ向けていた猜疑的な目を落ち着かせ、食卓の輪の中に戻る。
相変わらず騒がしいがビビは笑っている。
今はそれでいい。笑顔になるほどの余裕があるのは何よりだ。
一方で周囲を見回す視線は他にもあった。
シルクがやけに目を輝かせて他のテーブルに居る海賊を確認しているのである。
彼女は幼少期から海賊に憧れており、情報源は大抵新聞か船乗りの噂だったとはいえ、数々の海賊団に関する情報を持っている。その趣味は現在に至るまで続いていた。
どうやら、海賊フリークが見逃せない海賊団も多かったようだ。
隣に座るナミからすれば何が面白いのかわからない。
しかしシルクはきょろきょろと忙しなく、その笑顔は非常に嬉しそうだった。
「わぁ、すごい……億越えの賞金首があっちにもこっちにも。“大連撃ユージーン”に“猛進のギュスターヴ”まで居るよ。同じ部屋に居るなんて信じられないね」
「あんたは楽しそうねぇ」
「だって、こんなにすごい海賊が集まってるから」
「デッドエンドにも参加したじゃない。今更じゃないの?」
「そうだけど、あの時とは面子が違うもん」
「いまいちわかんない。あんたの趣味」
彼女らも十分この宴を楽しんでいるらしい。
顕著なのはシルクの方だがナミも酒が入ったグラスを傾け、上機嫌にしている。
さらに食事の最中で、同じく周囲を見回していたサンジは鼻の下を伸ばしており、中には女海賊も混じっていることを見抜いていて、目の色を変えていた。
ともすればフォークやナイフの動きが疎かになる。
味を楽しむ傍らで目の保養まで行われていたのだろう。いまいち集中できていない様子だ。
「いやぁ~祭りってのはいいなぁ。あんな美人海賊とお近づきになりたい……」
「やめとけ、相手は海賊だぞ? どうせ金取られて終わりがオチだ」
「あぁ、あんな美女になら金をだまし取られたい……」
「だめだこりゃ。お前みたいな奴が真っ先に死んでいくんだぞ」
口をもぐもぐ動かしつつ、幾分落ち着いたウソップが言う。
彼に合わせるようにゾロも冷めた目で呟いた。
「アホか。一回女に刺されてみりゃいい」
「んだとマリモ。てめぇにゃ言ってねぇんだよ」
「へぇ、そりゃよかった。てめぇのアホ話に付き合わされた方が地獄だからな」
「レディのエスコートすら知らねぇ単細胞にゃ難しかったか? てめぇの方がアホじゃねぇか」
「斬られてぇのか」
「蹴り飛ばされてぇのか」
「二人とも、喧嘩しちゃだめ」
またいがみ合っている二人にシルクがぴしゃりと言い、自然と二人は口を閉ざした。
いつの間にかすっかり慣れた様相らしい。
二人はまた静かに食事を再開し、シルクは生き生きと周囲を眺め始めた。
ひとしきり食べた後、エースは彼らの様子を見て大笑いする。
非常に上機嫌そうであり、自身が周囲から注目されても全く関心を向けない。現在、この場において彼は最も懸賞金が高い有名人であるのだが、その自覚は無さそうだ。
隣に居るルフィが頬を膨らませているのを見て、彼はにこやかに言う。
「お前の仲間は面白い奴が多いなぁ。上手くやってるようで安心したぜ」
「ん~、んみぃ~っ……んぱっ。しっしっし、そうだろ。エースの仲間にだって負けねぇよ」
「そりゃどうかな」
エースは左手にジョッキを持ち、椅子の背もたれに腕を置きながら笑いかける。
「言っとくが親父は相当強ぇぞ。おれでも全く歯が立たねぇほどだ」
「エースが?」
「ああ。完敗だった。あの人はすげぇよ」
「エースが勝てねぇってことはめちゃくちゃ強ぇんだな。そんな海賊が居るのか……」
「昔はジジイともやり合ってたらしいぞ」
口の中の物を呑み込み、新たな肉を齧りつつ、ルフィは感心した様子だった。
そして彼らの祖父、ガープの話題が出た際、にこりと笑みを深める。
「そういやおれ、じいちゃんに会ったんだ」
「ん? いつの話だ?」
「海賊になってからだよ。海賊やめろって追ってきてさぁ。仲間とはぐれるし、キリが大怪我したりして大変だったんだ。やっぱりじいちゃんに殴られると痛ぇしよぉ」
「ははっ、そりゃ仕方ねぇ。あれには理由がある」
「理由?」
「教えてやろうか?」
エースは楽しげだ。
彼を信頼しているからか、ルフィに疑う様子はない。素直に頷いて教えを乞うた。
その話に興味を持ち、キリもそちらに目を向ける。
「人間には眠ったままの力がある。それを呼び起こすことができりゃ、悪魔の実の能力者に打撃でダメージを与えることができるんだ」
「力? なんだそれ」
「“覇気”って呼ばれてる。当然ジジイもこの力を操れるのさ」
握られた拳を見つめてエースが言う。
彼は本来常人には触れられるはずのない“
ルフィはわからないながらも肉を食べながら真剣に耳を傾けていた。
「こいつを操るにはそれなりに修行と慣れが必要だ。だからとりあえずそういう力があるってことだけでも理解しとけ。特にお前は覚えるのが苦手だろ」
「うん、そうだな。不思議力があるってことだな」
「やれやれ……」
呆れた顔で苦笑しながらも、エースに気分を害した様子はなかった。
彼も弟には甘いらしいのだと理解できる。
傍で見ていたキリはそう理解し、グラスを傾けながら今の話を頭の中で反芻する。
覇気、という力があるらしい。エースの口ぶりからして特別だが使える人間は多いのだろう。
いずれは自分たちも習得する必要があるのかもしれないと思った。
しかし今は宴の最中。
つまらないことを考えている暇がないと考え、すぐに思考を切り替える。
彼の隣には相変わらず腕を絡めて頭を預け、寄り添っているベビー5が居た。やはりキリのために参加したようだ。気付けば当然だと言わんばかりに輪の中に存在する。
もう抵抗するのも面倒だと、キリは彼女が居ることに慣れていた。
しばらくして、キリがグラスを空にした頃、エースが彼を見て話しかけた。
「なぁキリ、少し外出れるか?」
「別にいいけど、何か用事?」
「せっかくパートナーになるんだ。少し話したいと思ってな。ここは騒がしいだろ」
「いいよ。甲板に出ようか」
キリが席を立つと当然ベビー5も一緒に動いて、同じくエースも立ち上がる。
まだまだ騒がしいが彼らの動きに皆が不思議そうな顔をした。
仲間たちに注目されるたところでキリがひらひら手を振り、笑顔でその場を立ち去ろうとする。
「なんだお前ら、どっか行くのか?」
「ちょっとね。みんなもほどほどにしときなよ。明日の朝には大会が始まるらしいから」
「お前に言ってんだぞルフィ」
「んーばっ!!」
いつの間にかまたルフィが両頬を膨らませていて、まだまだ衰える様子を見せない。苦笑した後でキリとエースは歩き出して広大な食堂を後にする。
廊下へ出れば船内の異様な静けさを感じた。
大会が始まる前の乱闘は厳禁。即刻捕縛されて海軍へ突き出されると聞いている。
それを守ってか、何かしらの考えがあるのか、少なくとも今は誰も暴れ出そうとはしていない。
食堂で大騒ぎしている海賊はともかく、それ以外の参加者が気になる。
海賊ながら目先の欲求に囚われず、静かに部屋の中で待機している者ほど危険だと思う。理性と頭脳を持つ海賊が一番厄介だと、キリは判断しているためだ。
不思議に思うほどの静けさを感じながら、三人は甲板へやってきた。
空を見上げれば雲もなく、晴れた空に月が浮かび、辺りは明るく照らされている。
船の巨大さを改めて認識できる明るさだった。
帆船とは異なるため帆は存在しない。どうやらもっと機械的な構造のようだ。
興味もないから調べようとは思っていないものの、大した船だと思い、この大会のためだけに用意したと考えるならそのコネクションに興味を持った。
欄干の傍、海が見える位置で三人が足を止める。周囲に人気はない。
そろそろ話し始めようとしていた。
しかしベビー5が居る状況が良いとは思えず、一旦離れるべきだろうとは思う。
キリの肩に頭を預けて幸せそうにしているところを邪魔するのは悪い気もするが、そうしている最中ですら彼女が敵か味方かはっきりしていない状態なのだ。
苦笑したキリが優しい声でベビー5に語り掛けた。
「ちょっと二人にしてもらっていいかな」
「え? 私、もう必要ないの……?」
「そういうことじゃないんだけど。あー……そうだ」
困った顔になったキリはポケットから鍵を取り出す。
部屋番号が書かれたプレートが付いており、一人に一部屋ずつ用意されていて、それはキリに与えられた部屋の鍵だ。
ベビー5に手渡すと、彼女は顔を真っ赤にしながら手を震わせた。
「先に部屋行ってて。好きにしてていいから」
「そ、それって……」
「後ですぐ行くよ」
深くは言わずに微笑めば、ベビー5は動揺しつつも頷いた。嫌がっている訳ではなさそうだ。
キリが軽く背を押してやる。
歩き出したベビー5は潤んだ瞳でわずかに振り返り、キリは笑顔で手を振った。すると彼女も振り返しながらも歩いて船内へ向かう。
ベビー5は去った。
改めて二人だけになり、キリが海を眺め始めたところでエースが笑う。
「手慣れてんなぁ」
「昔取った杵柄でね。潜入は結構得意な方だよ」
「例の、クロコダイルのところに居たって話か?」
「うん」
キリは多くを語らず素直に頷いた。
ルフィと話している時に色々と聞いている。
エースは苦笑してわずかだが嘆息した。
「お前も色々あるみたいだな。ルフィから色々聞いたよ」
「まぁね。でもおかげでルフィに会えたんだ」
「ああ……あいつはずいぶんお前を信頼してるようだ。礼を言いたかった」
キリが笑みを消してエースを見れば、彼は少年のように笑った。
「あいつを支えてくれてありがとな。一人じゃ航海できねぇだろうと心配してたんだが、ルフィは良い仲間を見つけたよ。あの一味はきっと伸びる」
「白ひげの隊長に言われると有難いね」
「なぁに、おれも仲間に迷惑かけてる方だからな。隊長なんて柄じゃねぇが」
自嘲気味にそう言ってエースは遠くの海を見た。
何か事情があるのだろう。確かに彼もルフィに似ている部分が多い。ルフィそのままとは思わないが仲間に迷惑をかけているという話もすんなり受け入れられた。
そんな顔をするということは何かしらのトラブルでもあったのかもしれない。
キリがそれを尋ねる前にエースが呟く。
「あいつの人生はあいつのもんだ。兄貴だからって口出しする気はない。だが、お前も知ってる通りルフィは目が離せねぇ奴だからな。これからもよろしく頼むよ」
やはり彼は兄なのだ。
弟を心配する気持ちに加え、その笑顔はひどくルフィに似ている。
出会ったばかりだが仲良くできそうだと自然に思う。ルフィを心配する想いはキリと同じで、それでいて彼自身ルフィに似ているのだから、不思議な感覚だ。
そう言われて断るための理由など持っていない。むしろ望むところである。キリは柔らかく微笑んで頷き、彼の頼みを快く引き受ける。
彼にしては珍しく、本当に警戒心を失くした表情だった。
「うん、わかってるよ。ルフィと一緒に航海を始めた頃から決めてるんだ」
「そうか。お前になら任せられるよ」
「精一杯やるさ。もう仲間を死なせるのは嫌だしね」
笑みを湛えたまま、少し視線を落として、しんみりした空気になってしまう。
見計らったかのように明るい声が聞こえた。
「アッパッパ~! こりゃ面白ぇ。まさか火拳のエースを見れるとは」
二人が振り返るとだだっ広い甲板に一人だけ男が立っていた。
奇妙な外見の人間である。
本来の人間とは異なり、関節が一つ多く、その分腕が長い。“手長族”の特徴だ。赤を基調とした服に身を包み、耳にはヘッドホン、眼鏡をかけて、長い辮髪が特徴的。
その顔はすでに懸賞金もかけられた有名人のものだった。
「“海鳴り”……スクラッチメン・アプーだね」
「おっと、オラッチのこと知ってくれてんのか。光栄だねぇ“紙使い”」
思わず呟いたキリと目を合わせ、長い腕がゆらりと動かされる。
“海鳴り”の異名を持つ海賊、スクラッチメン・アプー。
最近名を上げ始めたルーキーの一人だが、その名はすでに広まっている。何でも愉快犯のような男らしいと噂だ。彼について広まる噂は実力云々よりも誰に手を出したかという話。
正面切って戦うこともあれば奇襲を行うこともあり、特に彼を語る上で無視できないのは、自ら誰かに攻撃を行って、挑発しながら敢えて逃げ出してしまうという悪癖だ。
自身と相手の実力に関係なく、戦う気もないのに攻撃をしては逃げ出してしまうケースもある。
彼は強いという噂があるが、それ以上に人を怒らせる天才だとも語られているようだ。
以前その話を聞いたキリは奇襲に備え、表情は緩いままで警戒を始める。
アプーが二人の方へ歩み寄ってきた。
キリは一挙一動をつぶさに観察するものの、その隣でエースは肩の力を抜いたままである。
「あっちもこっちも有名人だがこりゃ特に目立つ。その背中のマーク、この船でもすっかり注目の的だぜ。火拳のエースが参加してるって全員が喋ってる」
「何か用?」
「そう警戒するな、ちょっと世間話に来ただけじゃねぇか」
「あまり良い噂は聞かないよ」
「アッパッパ! そりゃしょうがねぇな。だがお前らをどうこうしようってつもりはねぇ。試合開始は明日からだしなぁ」
上機嫌に笑うアプーは信用できる人物ではない。
態度に表したつもりもなかったが、キリの肩にエースが手を置き、笑いかけるだけで落ち着くように伝える。彼は全く動じておらず彼を迎え入れるつもりらしい。
アプーは二人の前に立ち、腕組みをしながら楽しげに話しかけ始めた。
「そこまで警戒する必要はねぇぜ。オラッチはただの傍観希望者だ」
「傍観?」
「こんな大イベントなら色んな海賊が集まるだろうってよ、それを見に来ただけだ。別に優勝する気もねぇからどっかで適当に負けるさ」
「なるほど。愉快犯、ね」
「変な奴だな。優勝する気もねぇのに来たのか?」
「そういうお前らは優勝する気か? だとすりゃ求めるもんが違うのよ。アッパッパ!」
やはり何かしでかすつもりなのではないか。キリの警戒心は増す一方だった。
そんな彼の様子に気付いてか知らずか、アプーは二人に顔を寄せる。
「だがな、まさかこの大会がただの競技大会だとも思ってねぇんだろ? こんだけアホみたいに海賊が集まってんのに海軍も政府も動かねぇとはどういう訳だ」
「そういやそうだな。上手く情報を隠した、なんてはずはねぇか」
「お前はどうなんだよ紙使い。もうとっくに気付いてるんじゃねぇか?」
そう言ってアプーはキリを見つめる。わずかな笑みが、言外にある何かを感じさせた。
傍観者だと語る彼が何のためにこの大会に参加したのかはわからない。だが少なくともキリを警戒している様子なのはこの瞬間伝わった。
わざわざ声をかけてきたのは火拳のエースを見るためではない可能性がある。
まだルーキーの域を出ない、しかし新聞社を利用して話題を攫った、彼に興味を持っていた。
その目を見ればなんとなく目的はわかった気がする。
黙っているのも一つの手だが、これくらいならば問題ないだろうという考えもあった。
キリはアプーの目を見つめ返して頬を緩める。
「大会の主催者、もしくはブルーベリータイムズ社が政府と通じてるかもしれない。そういうことでしょ? 何が目的かはともかく、だから海軍が現れる気配がない」
「オラッチは怪しい奴らに目星をつけたぜ。ひょっとしたらサイファーポールも来てるかもな」
「サイファーポールが?」
サイファーポールは世界政府の諜報機関である。
海軍とは別に独立しており、政府の命令に従ってあらゆる情報が集められていると噂だ。世界各地に八つの拠点を置き、CP1からCP8まで存在している。
どこのエージェントが来たにしても厄介なのは確実に思えた。
「確かに近隣諸国の王族まで来てるんだ。動いてるなら海軍よりサイファーポールか」
「周りはよく見とくもんだぜ。特にこういう怪しい大会はな」
アプーの目はあくまでもキリを中心に捉え、エースにはさほど関心が無さそうに見える。
この男は危険だ。
白ひげ海賊団に興味を示さずに、まだ名を上げるのはこれからという一味の、参謀である副船長に対して並々ならぬ興味の見せ方である。しかも隠そうともしていない。
こういう手合いが一番厄介だろう。
キリは彼に対する意見を変えて、今まで以上にアプーを危険視していた。
おそらく彼は二人が知らない情報を手に入れた上で近付いて来たのだ。ひょっとしたらそれを開示して協力などを申し出るかとも思ったが、その素振りもない。ということはただの冷やかしか、自慢するかのようにただからかいに来ただけとも考えられる。
アプーは相変わらずにやりと笑っていた。
「気をつけといた方がいいぜ。大捕物にならなきゃいいけどな」
その発言を最後にアプーはパッと振り返って歩き去ろうとした。
咄嗟にキリが声をかけ止める。
「どうしてそんな話をボクらに? まさか助けようってつもりでもないよね」
「んん? ひょっとしてオラッチを疑ってるか?」
「信用してもらえるとも思ってないでしょ」
「アッパッパ~! やっぱり気に入ったぜお前。心配するな、寝首は掻かねぇ」
去り際、アプーはひどく楽しそうに言って背を向けた。
「オラッチはただの傍観者。面白ぇのが見れたらサクッと負けて逃げるだけよ。だがお前らには期待してるぜ、チェケラッ!」
軽い足取りで半ば跳ぶように去っていく。
サクッと負けると言っていた。しかしそれは今回の大会に関してのみだろう。
次に会った時はそうなるはずもないと考え、キリは睨むように彼の背を見送った。
やれやれとエースが嘆息する。
自身の帽子を片手で押さえ、ふと空を見上げて小さく呟いた。
「海賊には色んな奴が居るもんだ。まぁ、退屈せずには済みそうじゃねぇか」
「そうだね」
簡潔に同意してキリは考える。
いずれは彼が敵になる時が来るかもしれない。
その想いだけは強くなり、今や彼も目を離せない人物となった。互いにまだ大海賊とは呼べないルーキー。しかしあの様子では一年後がどうなっているかは読めないのである。
キリの目は鋭さを増し、スクラッチメン・アプーを敵だと見定めていた。