ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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トレジャーバトル 一回戦

 選手が舞台となる島に入り、観客は早く始めろと言わんばかりに騒ぎ立てていた。

 抽選を終えた後でハッタリーは昨日と同じく大きな鳥の背に乗っており、空から対戦が行われる島を見下ろして、マイクを握って叫んでいる。

 

 島の中心にぽつんと宝箱が置かれている。

 それを囲むように十字型に四人の選手が立ち、約十メートルほどの距離を保っていた。

 

 《いよいよ来たぞ! トレジャーバトル一回戦! 舞台は春島! ルフィ&ビビペア VS バギー&アルビダペアの戦いだァ!》

 

 常春島と称されるそこはポカポカと暖かい気候にあった。

 他よりも少し広いその島の、港に位置する場所を利用するらしい。

 戦場となる範囲が決められているらしく、木材とはいえ高い柵で区切られており、その内側には数軒の家が立ち並んで無人の港があった。

 そしてその港の両端に、それぞれの陣地となる場所が設けられている。

 

 それぞれの陣地はロープで仕切られた四角いリング。

 地面がそれぞれ赤と青で分けられており、目印として同色の旗も立てられている。

 そこへ宝箱を置けば回収用の船が移動を始め、島に到着時点で勝ちとなる。

 

 ブルーチームがルフィとビビ。

 レッドチームにバギーとアルビダと振り分けられていた。

 

 いつ始まるのだろうとルフィがうずうずしている様子だった。同じくバギーもそう変わらない表情を見せていて、彼らに対して怯えた顔は見せない。

 一方、ビビは幾分緊張していた。始まる前から手が震え、平常心が保てない。

 そしてアルビダはそんな彼女の様子に気付いていたようだ。

 

 《ルールは単純! 如何なる手段を用いても宝箱を自陣に運べ! 回収する船が島に到着した時点でそのチームの勝ちとなり、合図として花火が上げられる! ただし船が動くのは陣地に宝箱が置かれている時のみなので、阻止したければ陣地から宝箱を奪えばいい!》

 「ルフィさん、わかった?」

 「うし、大体わかった」

 「キリさんとも話したけど、何が起こるかわからないわ。注意しましょう」

 「おう!」

 

 ビビの忠告を受けてルフィは素直に頷いた。

 良い予感はしていない。ルフィについてではなく、バギーという海賊についてだ。

 

 試合のことで相談するため、事前にキリと話した時、彼は言っていた。

 “バギーは理想的な海賊だ”と。

 脅し、すかし、人を利用して自身の命を最優先に生き残り、向上心もある。同時に自分より強い相手にどうやって勝つかを考える頭脳もあって、復讐を実行できるほどの胆力もある。

 時間と運とその気があれば、実力がなくても成り上がれる人間は居るという。

 バギーはその典型だと言っていた。

 

 自分が居るのは正道がまかり通らない世界。邪道によって成り上がる者たちが闊歩する。

 ビビは改めて理解していた。

 死ねば骨が残るだけ。何も残りはしないと言ったキリの言葉を思い出す。

 

 何としてでも勝たなければならない。勝って祖国へ帰るのだ。

 ビビは決意を固め、ぎゅっと強く拳を握る。

 

 常春島の傍には選手が控える小型船が停止していた。船から降りて島に入ることは禁止されているものの、その他は目立ったルールはない。

 最も近くで試合が見れるし、試合を映す大型のモニターもある。映像電伝虫も居る。

 狭いが船内に行けば食事の類も用意してくれる。

 待つには困らない環境だった。

 

 甲板に立って島を見ていたキリとエースは肩を並べて立っている。

 ルフィが負けるとは思っていないがやはり気になるのだろう。エースは微笑を湛えて島に立つ弟の姿を眺めており、先程あったはずの緊迫感は感じられなかった。

 そんな彼が、同じく余裕を窺わせる顔のキリへ尋ねる。

 

 「キリ、この勝負どう思う?」

 「ボクとしては先にエースの意見を聞きたいけどな」

 「おいおい。おれがどう答えるかなんてとっくにわかってるだろ?」

 「まぁね。そうだと思った」

 

 ニッと頬を上げるエースを見て少し安堵する。

 今は肌がビリビリ来るような感覚がない。彼が落ち着いている証拠だろう。

 エースとは反対側、キリの隣にチョッパーとシルクが居る。

 チョッパーは欄干に掴まるようにして島を眺めており、キリに振り向いて質問する。その一時をきっかけにシルクも気になったことを尋ねた。

 

 「二人は勝てるかな?」

 「多分大丈夫だと思うよ。多少は面倒かもしれないけどね」

 「もしそうだとしても、ビビは大丈夫かな。ほとんど戦ってる姿を見たこともないし」

 「それも心配ないとは思う。秘策を与えておいたからね」

 「秘策?」

 

 二人が同時に首をかしげてもキリは肩をすくめただけだった。

 笑顔で躱されてしまった気もするが、再度は尋ねられず、そろそろ試合が始まるらしい。

 実況を続けていたハッタリーがその一言を告げる。

 

 《さぁそれでは行こう! トレジャーバトル開始の時が来た!》

 

 その声をきっかけに四人全員がぐっと膝を曲げて力を溜める。

 直後の一言で戦いの火ぶたが切って落とされた。

 

 《Ready~……GO!!》

 

 全員が一斉に駆け出す。

 ひとまずは策を弄する暇もなく宝箱へ殺到する。

 最も重要な物だと判断するため、誰もが迷いを持っていなかった。

 

 そうなれば戦闘が始まるのは当然。

 一瞬にして接近し、接触は免れない。

 

 まず最初に接触したのはルフィとバギーだった。互いの足の速さがほぼ同等だったのか、宝箱を挟んで同時に身構え、相手への攻撃を真っ先に考える。

 ルフィは楽しそうに笑って拳を握った。

 対するバギーはナイフを手に持ち、こちらも笑顔で戦闘へと臨んだ。

 

 「麦わらァ! てめぇにゃ返し切れてねぇ借りがあるんだ! 覚悟しろ!」

 「しっしっし! 来ォい!」

 

 ルフィが攻撃するよりも早くバギーが跳び上がった。

 下半身だけを切り取ってぐるりと回転させ、まるでブーメランのように飛んでいく。靴の先端からは仕込まれたナイフが顔を出していた。

 それを見たルフィは素早く判断する。

 

 「バラバラせんべいッ!」

 「ふんっ!」

 

 回転しながら飛来してくる下半身を眺め、それは一個の凶器だが、ルフィはまるで臆さない。

 彼もまた軽く跳ぶと右足でその凶器を踏み抜いた。

 太股の辺りを踏み抜き、地面へ落として力尽くで押さえる。バラバラになっていても痛覚は存在するためバギーの表情が変わった。青ざめて悲鳴を発するのだ。

 

 「ギャアアアアアッ!? てめぇ、クソゴム! なんてことしやがる!」

 「ゴムゴムのォ!」

 「あぁ~ちょっと待てコラァ!?」

 

 聞く耳を持たず、ルフィは右腕を伸ばしてバギーの顔面へパンチを叩き込む。

 

 「ピストルッ!」

 「ぶげぇ!?」

 

 凄まじい威力で鼻血を噴き出しながら体が飛んだ。

 衝撃を受けたせいか、上半身がバラバラになって地面に散らばってしまう。その瞬間は誰が見ても明確な隙ができていた。バギーはすぐには起き上がれない。

 ルフィは即座に宝箱を狙う。

 これを運べば勝ち。正しく理解しているためその判断は間違いではないだろう。

 

 ただ、彼の動きに反応できる者はもう一人居た。

 素早く駆け寄るアルビダが一瞬の隙を狙う。

 彼女は少なからずルフィを知っていた。会ったのはほんの二度程度。その間に観察もしている。

 

 敢えてタイミングをずらして、一歩遅く到達した。

 その瞬間、ルフィは宝箱を両手で掴んだまさにその時で、アルビダが金棒を振り上げる。

 

 気付けば手が届くその距離にアルビダが居た。それも走る途中でルートを変え、ルフィの右側、背後から接近している。バギーに気を取られた一瞬を利用されてしまった。

 ルフィが気付いた時には膝も曲げて宝箱も持ち、抵抗はできないほんの数秒。

 的確にその瞬間を生み出して、振り抜かれた金棒がルフィの顔面を殴り飛ばした。

 

 アルビダの金棒には突起があり、それは以前にも増して鋭さを増していた。

 以前殴った時、鋭さが足りずにルフィの肌を裂けなかったことを記憶している。そのため再会を果たした時のためにと攻撃力は前より増していた。

 肌に刺さり、血が流れ出す。

 宝箱を置いて殴り飛ばされると同時に、飛び散った血が真っ直ぐの軌跡を作った。

 

 「ぶへぇっ!?」

 「ルフィさん!」

 「残念だったねぇ。こっちはあんたへの対策は十分なんだ」

 

 勢いよく地面を転がって、そのままの勢いでルフィは跳ね起きた。

 その間にアルビダは金棒をくるりと回し、美しい笑みを湛えてルフィだけを見ていた。

 

 チャンスだ、と思う。

 ビビは自身の武器、孔雀(クジャッキー)スラッシャーを回してアルビダへ接近していた。

 急ぎながらもできるだけ視界に入らぬよう左へ動きつつ、攻撃可能な距離まで進む。そして隙だらけの彼女の背を捉えた時、彼女は思い切って飛び掛かった。

 

 卑怯などとは言わない。欲するのは勝利。

 自身の覚悟と皆の優しさを無駄にしてはいけない。

 意を決してビビが右腕を振るった。

 

 「やああっ!」

 

 ビビの攻撃は確実に当たった。服を切り裂き、肌へ触れる。しかしその時、想像もできなかった出来事が起こり、彼女の肌に触れた途端、つるりと滑ったのである。

 孔雀(クジャッキー)スラッシャーは斬撃の性質を持つ。触れれば肌は切れるはず。

 それがなぜかアルビダは無傷のまま、滑った拍子にビビが体勢を崩していた。

 呆然とした顔で足をよろけさせ、その時アルビダと目が合った。

 

 「無駄だよ。アタシの肌はスベスベなんだ」

 

 振り抜いた金棒がビビの体を捉え、細腕とは思えぬ強さで彼女を吹き飛ばす。

 ビビの体は高く宙を待ってから、激突するように地面へ落ちた。

 

 「あうっ!?」

 「ビビ!」

 「そもそもアタシらはあんたへの復讐心で集まった連合だよ。能力のことは理解してるし、あんたの性格もよく知ってる。そう簡単に勝てると思われちゃ心外だね」

 「よぉ~し、よくやったぞアルビダァ! お手柄じゃねぇか!」

 

 いつの間にかバギーも鼻血を拭き取った上に立ち上がっていて、上機嫌に語り出す。

 宝箱は今、彼らの足下にあった。

 状況から考えて簡単には取れないだろう。

 ルフィはビビに駆け寄って彼女を助け起こし、一人ではだめだと判断した。

 

 「ギャーッハッハ! 麦わらァ、今日こそてめぇに敗北の二文字を教えてやるぜ! こっちはハナッから準備を整えてんだ! って誰の鼻が準備万端だクラァ!? 一体何の準備だ!? オォ!?」

 「落ち着きなよバギー。誰もそんなこと言ってないさ」

 「ビビ! 行けるな!」

 「ええ。これくらいなんともないわ……!」

 

 横腹の辺りが金棒の棘で裂かれ、服も切れてわずかに流血している。

 ビビはそれを自覚しながら立ち上がった。

 手で押さえようともしない。そうすることは負けを認めたも同じな気がして、まだ自分は負けていないのだと奮い立たせるため、敢えて気にしようとしなかった。

 代わりに両手へ武器を装備して、いつでも反撃できる状態を整える。

 

 バギーとアルビダは左右から宝箱を挟み込んで立っていた。

 まだ持ち上げる様子がない。その姿に違和感を覚える。

 口では何と言えず、不思議な状況だと感じる二人は動けずにいた。

 

 《スタートと同時に激しい攻防! しかし今はバギー&アルビダ組が優勢か!? ルフィ&ビビペアは足を止めて動かないぞ! さぁどんな作戦で来る!》

 「宝はこっちが確保したんだ。とりあえず第一段階は完了したと言っていいな」

 「それじゃ作戦開始と行くかい?」

 「行かいでか! バギーのドハデ大作戦開始じゃあッ!」

 

 唐突にバギーが懐から掌大の丸い爆弾を取り出した。導火線に火を点け、敵に投げる訳でもなくなぜか空へ向けて思い切り投擲する。するとやはり爆弾は空にて爆発した。

 爆音が周囲へ広がり、爆炎はすぐに消えてしまう。

 何の効果があるのかはわからない。ルフィたちは呆然と見上げ、ハッタリーもまた意味がわからないとマイクに向けて伝えていて、彼の行動を理解できる者は居なかった。

 

 バギーは上機嫌に笑っている。

 その隣ではアルビダもまた勝ち誇っているかのような顔だ。

 

 まだ宝箱を拾おうとしない。だが何かが起ころうとしている予兆は確かに感じられた。

 ルフィは咄嗟に身構え、慌てて攻撃に移ろうとする。なぜそうしようと思ったのかは不明だがそうしなければならないと感じた。しかし、それよりも早く変化は来る。

 

 突如、地響きを感じていた。

 わずかとはいえ地面を揺らす何かが存在する。

 それは彼らの予想を超えた形でやってきた。

 群れと化した動物たちが戦場の中央を目指して走ってくるのである。

 

 《おぉ~っとこれはぁ!? 一体どういうことだ、我が社と契約した動物たちが凄い勢いで走ってくるゥ! ラパーンとシーラパーン! 予定にはない乱入者の登場だァ!》

 「ギャ~ッハッハッハ! 試合が始まる前に買収しといたのよ! 今はおれの部下だ!」

 《なぁ~んと道化のバギーが買収していたようだ! これは多勢に無勢! ルフィチームどう回避する気だァ!?》

 「ちょっと待って、これはルール違反じゃないの!? いくら彼らの意思とはいえゲームの最中に乱入なんて……! そんなことが許されるの!?」

 

 ビビが頭上を見上げて叫ぶが、見つめた先に居るハッタリーは頭を掻きながら答える。

 

 《え~、ビビ選手からの抗議がありましたが、我々の判断でいえばペット、及びそれに準ずる動物たちもまた“武器の一種”として判断します。よってルール違反にはなりません》

 「そんな……!?」

 「来るぞビビ! おれがあいつらぶっ飛ばすから、一緒に宝を取るんだ!」

 

 狼狽するルフィがビビを背に庇い、駆けてくる動物たちの前へ立ちはだかる。

 敵には勢いがある。簡単には止められない。しかしそんな程度で怯むルフィではなく、両腕を高速で動かして、無数のパンチでその集団を相手にしようとしていた。

 

 「一気に襲え海獣ども! 一匹たりとも遅れるなァ!」

 「ゴムゴムのォ~……ガトリング!」

 

 高速で突き出されるパンチが、壁のように連なって走る動物たちを殴り飛ばす。

 先頭はラパーン。重い体には苦労するが倒せないことはない。

 だがそれで止まるほど弱い集団ではなかった。

 あまりにも数が多過ぎて止め切れない者も居る。彼らはルフィの攻撃を抜け、そのままの勢いで走るとルフィへ接近。思い切り腕を振って殴り掛かった。

 

 「うわっ!?」

 「数は力だ! 戦況はこうやって変えるんだよォ!」

 

 上手く避けたが体勢が崩れた。素早く接近した一匹のラパーンが拳を振り抜こうとする。その直前にビビが反応し、彼の胴体を浅くだが切り付けていた。

 痛みを感じ、危険性を感じたことでラパーンが後ろへ跳ぶ。

 その間にビビがルフィを助け起こして、再び二人で敵の集団を眺めた。

 

 「わりぃビビ、ちょっと遅れた!」

 「いいえ、私こそ……!」

 「まだまだ行けぇい! その隙にっと」

 

 ラパーンとシーラパーンが群れを成して襲ってくるため、どうしても注意力は散漫になる。

 その間にバギーが宝箱を拾い上げた。

 気付かれない内に運んでしまえばあっさり勝利だ。バギーは思わずほくそ笑む。

 

 「ザマァみろ、アホめ。戦争が戦場だけで起こってると思ったら大間違いだ。本物の策略家ってのは始まる前から戦ってるもんなんだよ」

 「それはいいけどねバギー」

 「ギャッハッハ! やっと麦わらの野郎に一泡吹かせられるぜ!」

 「あんたの持論は大したもんさ。だけど、あんたの思い通りに動く相手じゃないはずだろ?」

 「あン――?」

 

 アルビダの言葉に疑問を持ったバギーが振り向いた時、なぜか勢いよく飛んでくるルフィの姿が目に映って、その背にはビビが掴まっていた。

 何が起こったかも理解できぬままに叫んでいた。

 ロケットのように飛んでくるルフィが両腕を思い切り伸ばし、攻撃の姿勢に入る。

 それを見たアルビダは一歩も動かず目を閉じ、敢えて接触の時を待った。

 

 「ゴムゴムの大鎌ァ!」

 「ギャアアアアッ――げふぅ!?」

 

 勢いよく飛んできて、ただ真っ直ぐ伸ばしただけの両腕が確かに激突した。

 顔面に一撃を受けたバギーは間抜けな顔で地面を転がり、しかし、アルビダにダメージはない。またしてもスベスベの肌に滑って無効化してしまったようだ。

 

 全ての打撃は彼女の美しい肌に無力化されてしまう。

 スベスベの力で攻撃を受け流した時、物理的に触れるせいか、大抵は相手が体勢を崩す。

 だからこそアルビダは敢えて避ける攻撃と避けない攻撃を選別していた。

 先程のルフィにしてもバギーには上手く当てたが、アルビダを捉えた腕が本来の動きにはないはずの方向へ動かされてしまい、空中に居る姿勢が崩れてしまう。

 着地は転がるようになってしまい、背中のビビも含めて慌ただしく転がった。

 

 二人は慌てて立ち上がった。

 当然バギーも怒り心頭で起き上がり、バラバラになった体が宙に浮遊する。

 

 「チクショー! 物を考えんアホめ! なんとなく飛んで来やがってはた迷惑だ!」

 「ビビ! 宝を頼む! こいつらはおれが止めてみる!」

 「わかったわ! ルフィさん、後をお願い!」

 

 宝箱を持っていたバギーが殴り飛ばされたことで、手を離れた宝箱が地面に落ちていた。

 バギーが驚愕した時、素早くビビが拾い上げ、自陣へ向かって駆け出す。

 

 「あああっ!? お前何やっとんじゃこのォ――!」

 「スタンプ!」

 「ぶほっ!? お、お前はもっと何やっとんじゃ……!」

 

 顔面を蹴られてバギーの頭が力なく地面に落ちた。

 くすくす笑い、アルビダは動じない。

 優雅にも見える速度で歩き始め、唐突にビビを追おうとした。気付いたルフィが彼女を行かせてはいけないと判断し、考える前に攻撃を繰り出す。

 

 女だから、と手加減する暇もなかった。

 全力で伸ばされたパンチがアルビダの頬を狙って進んでいく。

 

 「待て! そっち行くなぁ!」

 「おや、嬉しいね。またあんたの拳を受けられるなんて」

 

 高速で迫る拳を視認してもアルビダは全く動じない。

 

 「でも」

 

 むしろ自分から頬を差し出す動作があった。

 ルフィのパンチが右の頬に当たる。その瞬間、つるりとスリップしてしまい、やはり物理攻撃を受け流した。ルフィの腕は明後日の方向へ伸びてしまったのである。

 スベスベな感触は彼の手にも伝わっていただろう。

 驚愕したルフィは目を剥いて叫んでいた。

 

 「えぇええっ!? 滑ったぞ!? なんでだ!」

 「言っただろ? アタシはスベスベの実を食べて生まれ変わった」

 「くそっ……!」

 「でも少し残念だね。アタシが認めたあんたの拳、もう受けられないなんてさ」

 

 ルフィが優れている点の一つに切り替えの早さがある。

 攻撃が効かなかったことはいい。それよりもビビを追わせてはだめだ。

 驚いた直後には迷わずそう判断していて、アルビダに向かって駆け出している。その判断こそが恐ろしい。一瞬の迷いで勝敗を分ける勝負において、彼は迷いもしないのだ。

 

 アルビダは笑みを深めていた。

 攻撃を受け流せてしまったことは少し寂しくもあるものの、やはり彼は好ましい。

 女だからと手を抜かずに全力で向かってくる彼が愛おしかった。

 

 とはいえ、勝負となれば別。

 海賊としての顔を見せた彼女は正面からルフィに向かい合う。

 

 ただの町民、或いは遊女にでもなれば、違った形で愛することもあっただろう。だが野蛮な海賊である彼女が以前ルフィに殴られた時、そんな愛し方ではないと判断した。

 自分はそんな愛し方ではない。

 彼女の愛は、全てが金棒へ注ぎ込まれて、それをルフィに叩き込むのだ。

 

 「おおおおおっ!」

 「おいでルフィ。愛してあげるよ」

 「ゴムゴムの!」

 

 後方へ伸ばされた右腕が凄まじい勢いで引き寄せられてくる。

 当たればただでは済まない。そう判断した後で、アルビダは敢えて自らの胸元で受け止めた。

 

 「銃弾(ブレット)!」

 

 ルフィの強烈なパンチが胸に当たった。だが全く摩擦を感じさせずに滑り、上手く力を受け流されていて、全力を込めたが故に体が奇妙に流れる。

 アルビダが金棒を振り上げていた。

 慌てて回避しようとするルフィだが、逃げるより先に金棒に捉えられる。

 

 咄嗟に両手を交差させて防御した。

 常人ではそんな判断も、その行動が間に合う時間もない。

 彼を殴り飛ばしながらもアルビダは感心し、ぞくぞくという感覚に喜びを見出す。

 

 ルフィは背中から地面へ落ちて転がった。

 しかしすぐに立ち上がり、両腕から血を流しながらも戦意は全く衰えていない。

 

 「ハァ、くそ。お前こんなに強かったっけ?」

 「アタシは変わったんだよ。ほら、そばかすが消えただろう?」

 「いや、それはどうでもいいんだって」

 

 いやいやとルフィが手を振った時、背後からラパーンが襲ってくる。振るわれた腕が当たる直前に気付いたルフィは素早く避け、低く跳ねて距離を取った。

 いつの間にかバギーが復活していたようだ。

 攻撃が再開されたのはそれがきっかけだったようで、彼の怒声が聞こえてくる。

 必然的に前後を挟まれ、ルフィは表情を引き締め直す。

 

 「だぁぁちくしょう! 相変わらず舐めた真似してくれやがるぜ麦わらァ!」

 「お前が勝手に騒いでるだけだろ」

 「アルビダ! お前は小娘を追え! こいつはおれが止めとく!」

 「なら、そうしようかねぇ。そろそろ追わなきゃと思ってたところさ」

 

 振り返ったアルビダは今度は走り出そうとしていた。

 それはさせないとルフィも振り返ろうとするが、即座にシーラパーンが襲ってくる。

 

 「行かせるかァ!」

 「うわっ!? くそっ、どけ! 邪魔すんな!」

 「邪魔しねぇわけねぇだろうがアンポンタン! てめぇこそおれの邪魔すんな!」

 「邪魔してんのはお前だろうが!」

 「いいやてめぇだァ!」

 

 ラパーンとシーラパーン、同時に襲ってくる集団の向こうから、バギーも接近する。

 呼吸をぴたりと合わせて一斉に動き、壁のように連なってくるラパーンを弾き飛ばすことは簡単ではない。距離が近かったのも悪かった。ルフィは咄嗟の判断で後ろに跳ぶ。

 当然彼らは追ってくるためさほど距離は開かない。

 ルフィはぐっと歯を食いしばり、思わず自分の不利を知る。

 

 攻撃のため、一気に殴り飛ばそうと両腕を動かした。

 その瞬間を狙ったかのようにバギーがナイフを持った右手だけを撃ち出す。

 

 「ゴムゴムの――!」

 「バラバラ砲ッ!」

 

 壁のように連なったラパーンの間を抜け、右手だけが飛んでくる。

 一直線とは限らない。予想した場所からは来ず、死角を狙ってきた。

 反応しきれず、ルフィの脇腹が切り裂かれ、ぐらりと体が揺れてしまう。

 

 「やれェい!」

 

 その時を逃がさずラパーンたちが飛び掛かってきた。

 瞬時にルフィは大きく息を吸い、風船の如く腹を大きく膨らませる。

 

 「ゴムゴムの風船ッ!」

 「はぁっ!?」

 

 バギーが驚愕するのも無理はない。

 急接近したラパーンたちが、急に膨らんだ腹に押されたのか、跳ね飛ばされてしまうのだ。間抜けな技に見えるが防御としての効果をこれ以上ないほど見せつけていた。

 ラパーンたちは一斉に地面を転がり、明確な隙ができる。

 

 バギーまでの道ができていた。

 ルフィは迷わず駆け出し、勢いよく前へ跳び出して、固まるバギーへ拳を突き出した。

 

 「ゴムゴムのピストルッ!」

 「ぶへぇっ!?」

 

 顔面に直撃し、赤っ鼻を押し潰すように彼を殴り飛ばした。

 全身がバラバラになってしまってあちこちへ散らばってしまう。

 着地したルフィはよしと頷き、ぐっとガッツポーズを見せていた。

 


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