ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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準決勝直前

 休息に入ってモニターが消え、町に居る観客たちも休んでいた。とはいえやはり大会の熱気は簡単に冷めるものではなく、町中は大会の話題で持ち切りだった。

 残る試合は三つ。

 準決勝を執り行って勝者が決まれば、いよいよ決勝だ。

 

 話題に上がるのはやはりエースとMr.Sペアが激突することだった。

 Mr.SとMs.Kはバトルロイヤルにおいて確かな実力を見せたことに対し、キリは予選からこれまでほとんどエースにくっ付いてきただけの存在。大した活躍も見せず、それならチームとしてはMr.Sペアが強いのではないかという意見と、エース一人で十分という意見に分かれていた。

 今や島中が準決勝二回戦に注目しているようで、一回戦に注目する声は少ない。

 それほど彼らの実力は圧倒的で魅力的だった。

 

 港に居る麦わらの一味の下へシルクとチョッパーが戻ってきている。

 傷つき、包帯を巻いたアーロンとはっちゃんも目覚めており、選手は全員戻っていた。

 なぜか彼らの間には重苦しい沈黙が漂っていた。

 

 「あいつらは、強いよ」

 

 念のためにと腹に包帯を巻いたチョッパーが呟く。

 表情は暗く、試合の敗北を引きずっている様子だった。

 

 「おれたち、本気で戦ったのに何もできなかった。あんな奴らが居るなんて」

 「うん……上には上が居るってことだよね」

 

 同意するシルクも頷いていた。

 モニターで見ていただけでも異常な強さは伝わってきた。しかし実際に対面して、己の目で間近に見てきた二人はそれ以上の迫力を感じていたのだろう。

 呆然とする二人を責める声は一つもない。

 

 立ったままだったゾロが座っている二人へ言う。

 表情こそ厳しいがそれはいつも通りであり、彼の言葉はそうきつくはなかった。

 

 「恥じる気持ちがありゃ十分。お前らは次に備えてりゃいい」

 「え? 次って?」

 「おれたち試合はもう……」

 「目的はこの島だったか? そうじゃねぇだろ」

 

 その声によってやっと気付くことがあったらしい。

 今は、落ち込んでいる時などではない。

 サンジは煙草を手にしながらもふと目を閉じて否定せず、ウソップやナミも唇を結んでゾロの言葉を聞き、シルクとチョッパーは当然集中していた。

 彼の言う通りだ。一味の目的はこの島ではなかったはずだ。

 

 「まだ戦いは始まってすらいねぇ。かといってアラバスタも通過点でしかねぇんだ。おれたちが目指してんのはさらにその先だろうが」

 

 ルフィは海賊王になる男だ。

 先はまだまだ遠く、途方もないと思えるほど。

 

 「優勝はあいつらが取る。気合い入れろよ。次の島が、おれたちにとっては“初戦”なんだ」

 

 それはおそらく海賊王になるための道程を意識した言葉。

 初戦。その相手が“王下七武海”となる。

 そう考えれば緊張感が増してきて、吹き飛ばすためにも気合いを入れなければならない。まさしく落ち込んでいる時間など少しもなかったのである。

 

 シルクとチョッパーが気を取り直した頃、サンジは海に目を向ける。

 出場者は町へ戻っていない。まだ海の上に居た。

 

 異常な強さを持つMr.SとMs.K。本来ならば勝てないと思っても仕方ない実力がある。

 心配していないのはなぜだろうか。

 自陣にエースが居ることとは別だろう。不思議とサンジは焦ってはいなかった。

 

 「幸い連中は先にエースと戦う。あいつまで手も足も出ねぇってことはないと思うが」

 「パートナーがキリだしな」

 「それもある。ビビちゃんには怪我して欲しくねぇが、ルフィならなんとかするだろ」

 

 フーッと煙を吐き出し、心配する訳でもなく呟いた。

 

 「決勝でうちのチームがぶつかれば、あいつはどうするんだろうなぁ……」

 

 本人が居なければ質問することもできない。きっと本人ははぐらかすだろうが。

 今は見守ることしかできないようだ。

 

 出場者が乗る船では、甲板でルフィたちが昼食を取っていた。

 船内のスタッフが大量に料理を作ったらしく、皿の上で山となり、それがいくつも並んでいる。

 特にルフィとエースが勢いよくがっついて、ビビは慌てて口に詰め込むカルーを心配しつつも食事をする元気があり、なぜかその輪にMr.2の姿もある。ビビにしてみれば複雑な心境だが、敢えて止めるようなことはしなかった。

 

 そして勝手にやってきたベビー5も乗船しており、甲斐甲斐しくキリの世話を焼いていた。

 苦笑する彼へ料理を差し出し、やけに上機嫌な顔だった。

 

 「はいあなた、あーん♡」

 「あぁありがとう。でも自分で食べれるしさ」

 「そんな、あなたの役に立ちたいのに」

 「っていうか選手以外乗っちゃだめなんだよ、この船。なんで来たの」

 「あなたの役に立ちたくて」

 「まぁそうだろうね」

 

 反論する気を失くしてぱくりとフォークを口に銜えた。乗せられていた料理を咀嚼して味わうとベビー5が幸せそうに微笑む。聞けばその料理は彼女が作ってきたらしい。

 どことなく不思議ではあったがのどかな風景だったことは確かだ。

 準決勝を前にこれほど緊張感が無くていいのか。

 ふと思案したビビがキリへ尋ねた。

 

 「キリさん……準決勝のことだけど」

 「大丈夫だいじょーぶ。なんとかなるって」

 「なんとかって、私は真面目に」

 「真面目過ぎるのも困りものだよ。硬い鉄でも折られたりするんだ。ゴムみたいにグニャグニャの方が良い方に進んでいく場合もある」

 「ん? 呼んだか?」

 「ルフィを尊敬してるって話さ」

 

 にこやかに笑っている顔を見ると毒気を抜かれてしまう。ベビー5が少し気にして見つめてくることもあってビビはふぅと息を吐いて水を飲んだ。

 話はわからなくもないが、彼はどうにもグニャグニャし過ぎている気がする。

 ルフィも同様に心配もせず食べているとはいえ、キリとは少し性質が違うと思えた。

 

 そういえばとキリが口を開く。

 彼の目は気安くMr.2へと向けられていた。

 

 「ボンちゃん、ボクらアラバスタのエターナルポースが欲しくて大会に参加したんだ。持ってるでしょ? それちょうだい。勝ちは譲ってもいいから」

 「あらん、そうだったのぅ? でもだめよぉん、あんたたちには渡しちゃだめって前々から言われてんのよぅ。それ用の任務もあったみたいだしぃ」

 「やっぱり集めた?」

 「多分ねぃ。大体あんたが出てった頃から」

 「まぁ大体想像はしてたけどね」

 

 ビビは彼らの会話に度肝を抜かれる。

 話の方向性と“集めた”という発言により、アラバスタを指すエターナルポースは、ずいぶん前からバロックワークスが集めていたと言っているのだろう。

 つまりはビビが麦わらの一味と出会う前から作戦は始まっていた。

 今になって事の大きさを理解した気がする。

 

 まさかクロコダイルはいつか彼らを迎え撃つと知っていたのだろうか。

 恐怖に近い感覚を覚えると共に、なぜそこまでと考える。

 キリがグランドラインに戻ることを確信していなければ実行されるはずのない作戦だ。

 

 バロックワークス社員が会話している姿を見て、言葉にし難い疑念を持つ。

 キリという男、改めて考えればとんでもない人物のようだ。

 

 「じゃあエターナルポースはいらないから船引っ張ってってよ」

 「いやよぅ。あんた島が見えたらあちしの船沈めるでしょう」

 「そんなことしないよ。したことないし」

 「いーやっ、あんたはそういうことするわよぅ。しかも絶対いい笑顔で」

 「ボクに何か恨みでも?」

 「恨んではないけどぅ、前は嫌味なくらいにこにこしてたじゃない? はっきり言ってあん時のあんたは人間ってより人形みたいだったもの」

 「そうかなぁ。ボクは印象良いと思ってたんだけどなぁ」

 「でも紙ちゃん、なんか変わったわねぃ。あちしはそっちの方が好きよ」

 「ありがとう。まぁこの子の方が好いてくれてると思うけどね」

 「もちろんよあなた!」

 

 ひしと抱き着いてくるベビー5を受け止めつつ、キリはやはり朗らかに笑う。

 何も変わらないように見えて笑みの質が違っていた。

 Mr.2も楽しげに笑っている。

 

 「ところでさ、なんでボンちゃんが参加してるの? 指令?」

 「ただの暇潰しぃ~。指令が無くなったから時間持て余してんのよぅ。だからわざわざ勝ちを譲られたって満足はできないわけぃ」

 「あっそう。それは面倒だなぁ」

 「っていうか、あんたこそなんでアラバスタなのよぅ」

 「まだ聞いてない? 指令が無くなったってことは大きい作戦があるんでしょ」

 「あら、よく知ってるわねぃ。流石紙ちゃん」

 「またすぐ会うことになるよ。だから連れてって」

 「だめよ。あんたは危ない奴だもの」

 

 笑顔で語り合うもののMr.2はキリを警戒しているらしい。関係が良好なのかよくわからない。ただ少なくとも見た目には悪くないと見え、ビビは困惑していた。

 一方でルフィとエースは全く気にせず食べ続ける。

 そんな彼らにも、他に気になることがあったようだ。

 

 「んむんが……なぁエース、あいつらどこ行ったんだ? メシ食わねぇのかな」

 「ん? さぁな、船の中で食ってんじゃねぇか。素顔を見られたくねぇみたいだしな」

 「ふーん……」

 

 肉にかぶりつきつつ、ルフィは船内へ続く扉に目をやる。

 Mr.SとMs.Kの姿が見えない。それが気になったもののエースはすぐに話を変えた。

 

 「それよりルフィ、次が準決勝だぞ。大丈夫か?」

 「しっしっし、大丈夫だ。負けねぇよ」

 「んが~っはっはっは! あちしだって負けないわよぅ! このために来たんだからねぃ!」

 「ベビー5、毒とか持ってない?」

 「すぐ用意するわっ」

 「ちょっとあんたたちィ!? あちしの聞こえるとこで毒殺とか考えんてんじゃないわよぅ!」

 

 賑やかではあったがエースは笑みを浮かべたまま目つきを変える。

 それはルフィの覚悟を問うかのようであった。

 

 「その次は決勝だぞ。多分おれたちと戦うことになる。勝てるか?」

 「ああ。手加減なんかすんなよ。おれたちが勝つんだ」

 

 間髪入れずにルフィは笑顔で答えた。

 恐れる様子はない。ただ勢いで言った訳でもなさそうだ。実力云々は抜きにしても彼は本気で勝とうと考えていて、すでに覚悟も決めている。

 エースは受け止めるように頷いた。

 

 「わかった。とりあえずお互い準決勝を勝つぞ」

 「おう!」

 「ジョーダンじゃなーいわよ~う! あちしだって負けな~い!」

 「ボンちゃん、昼寝とかしない?」

 「スパッと逝けるわ」

 「殺す気でしょう!? あちし絶対寝な~い!」

 

 キリの背後に右手を鎌に変えたベビー5を見つけ、Mr.2が回りながら彼らの傍を離れた。

 やはり仲は良くないのかもしれない。ビビは困惑して彼らを眺める。

 

 騒がしいというのに妙に落ち着いた一時だった。

 不安要素は少なからずある。それは個人によってそれぞれ違い、唯一不安を抱えていないのは能天気に笑うルフィやMr.2だけだっただろう。

 準決勝で事が起こる。

 笑みを浮かべながらエースが想い、そしてキリはさらにその先、決勝にこそ目を向けていた。

 

 

 *

 

 

 ブルースクエアからまだ少し距離がある海域。

 海軍の軍艦が列を為して行き、ゆっくり、しかし着実に前進していた。

 率いるのは桃色の髪を持つ女将校。この近海では名の知れた海兵である。

 

 「大佐。先程電伝虫で連絡がありました」

 「スモーカー君でしょ?」

 「ええ。それが……試合には負けた。大会には手を出すなと」

 「まったく。上官の命令には従わないのに約束は守るのね。不満よ。ヒナ不満」

 「それも仕方ありません」

 

 先行するのは“黒檻部隊”。海軍本部大佐“黒檻のヒナ”が指揮する部隊である。

 その他の部隊までも引き連れて十隻の艦隊が海を進んでいた。

 

 甲板では煙草を吸いつつヒナが曇った表情を見せている。報告に来た海兵もどうやら同じような心境らしく、決して快くとは言えない顔だ。

 彼女の同期にスモーカー大佐が居る。

 前々から話題を振りまく男だった。上官に逆らい、僻地へ飛ばされ、小規模だが遊撃隊の隊長としてグランドラインへ戻ってきたかと思えば、主催者との約束を律儀に守ろうとする。まさか海軍上層部が本気でそんな条件で納得したとも思っていないのに。

 

 頭を抱えて嘆息してしまう。

 またしても彼の尻拭いをさせられそうだ。

 かつての新兵時代を思い出してしまいそうで、ヒナは決して機嫌が良くなかった。

 

 「絶望よ。ヒナ絶望」

 「胸中、お察しします。しかしスモーカー大佐が任を離れた以上、ここからはヒナ大佐に指揮権が移ります。やはり当初の予定通り動きますか」

 「いいえ。時間を遅らせる。もう少し兵を集めて」

 「如何ほどに」

 「軍艦をあと二十隻」

 「に、二十?」

 

 海兵が思わず目を剥いてしまった。それほどの数は戦争レベルだとすら思う。

 

 「いくらジョナサン中将の後押しがあったとはいえ、間に合いますか? それほど集めようと思えば時間も物資も足りないと思われます」

 「問題ないわ。スモーカー君が離れた場合を考えて準備していた」

 「は? い、いつの間に……」

 「遊撃隊はスモーカー君の物じゃない。むしろ彼が使える力なんてほんの一握りよ」

 

 その言葉を聞いて海兵は押し黙った。

 海軍遊撃隊。近年、その名は大きく広まっている。そもそもは部隊が作られただけで、部隊を率いる人間があまりにも有名過ぎたため話題になったとはいえ、活躍が想像以上だったからだ。

 

 ヒナがそう言うのならできるのだろう。

 敬礼を行った海兵は命令通りに動くべくその場を離れようとした。

 

 「了解しました。すぐに取り掛かります」

 「よろしく」

 「それからウェンディ大佐から伝言を預かっているのですが」

 「聞きたくないけど、何?」

 「聞かない方がいいとは思います」

 「言いなさい」

 「はっ……“多分失敗するけど頑張って”と」

 「はぁ……いつも通りで安心したわ」

 

 やれやれと首を振るヒナの傍から海兵が離れていく。

 代わりに他の二人がやってきた。

 

 「憤慨よ。ヒナ憤慨」

 「ヒナ嬢! ご気分が優れませんか!」

 「では我々の求愛のダンスなどどうでしょう!」

 「いらないわ。あなたたちにも憤慨よ」

 

 そこには雑用ながら雑用とは思えぬ戦闘能力を持つ海兵が二人居る。

 “両鉄拳のフルボディ”及び“寝返りのジャンゴ”である。

 彼らは勝手に求愛のダンスを始め、苛立つヒナは再度重々しく溜息をついてしまった。

 


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