場所を変えて、常春島。
四人の選手はすでに舞台の上へと立っていた。
待ちに待ったカードを前にして観衆の盛り上がりは頂点を見せる。
これこそ頂上決戦。麦わらのルフィも確かに良い試合を見せたがやはり彼には敵わない。そして期待を一身に集めるエースに対抗できるのはおそらくMr.Sだけだ。
この一戦が優勝を決めると言っても過言ではない。
それがわかっているだけでも人々の興奮は冷めやらなかった。
しかしエースは、そんな物には興味がないと一切関心を持っていなかった。
観衆も大会も関係ない。この試合だけは個人的な目的がある。
エースの眼は正面にMr.Sを捉えていた。
《さぁ~観客が盛り上がるこの試合! ついに始まるぞ! 勝つのは圧倒的な力でここまで駆け上がってきたエース&キリペアか! それとも謎の新星Mr.S&Ms.Kペアか!》
「お前にはどうでもいいことかもしれねぇが」
試合が始まる直前、エースは静かに語り出した。
その直後に開始が告げられる。
「おれにはルフィの他にもう一人兄弟が居る」
《Ready~GO!!》
開始と同時にキリが紙のロープを伸ばし、宝箱を絡め取って自身の下へ引き寄せる。そのまま彼は両手で受け止めると近くの家屋の屋根へ飛び乗った。
咄嗟にMs.Kが追おうとする。
それを手を伸ばすだけでMr.Sが止めた。
「コアラ、待て」
「Ms.Kだよ」
「おれに用があるらしい」
むっとした声が聞こえたが彼女も足を止め、視線はキリへ向ける。
自陣へ向かおうとしていない。迂回すれば彼の足なら簡単に辿り着けるだろうに、敢えてそうしていないのか、屋根の上から三人を見ていた。
Ms.Kはその姿に嫌な予感を覚えていた。
一方でMr.Sも動けずにいる。
エースの一言で頭痛が激しくなっていたのだ。
《おっと、いきなりの膠着状態! キリ選手を除いて全く動かず睨み合いが続いているぞ! どちらも仕掛ける時を窺っているのか!》
「そいつはガキの頃からおれと兄弟のように育って、いくつか年下のルフィが来てからは二人の弟になった。どっちが兄貴という訳でもなく、兄が二人、弟一人。おれたちは三人で育った」
実況で掻き消えそうになる声がはっきり聞き取れていた。
その時異変に気付けたのはMs.Kだけだったであろう。
Mr.Sの手が震えている。何かに耐えるように拳をきつく握り、それだけとは見えぬほどブルブルと震え続けていた。その姿は明らかに普通ではない。
思わずMs.Kが振り向くほど、彼は様子がおかしかった。
「Mr.S? どうしたの?」
「ダダンの酒を盗んで、盃を交わした時、おれたちは義兄弟になった」
「ハァーッ、ハァーッ……!」
「ちょっと、大丈夫なのっ?」
「だがそいつはおれたちが居ない場所で死んじまった……はずだった。教えてくれたのはダダンの仲間のドグラだ。あの日、そいつは海に出ようとして、天竜人の船の傍を通り――」
「うっ、ううっ――!?」
「Mr.S!!」
「撃たれた」
割れるように痛む頭を抱えて、Ms.Kの声も聞こえず、Mr.Sが背を丸めた時。
エースの一言で、記憶の一部が蘇った。
まだ子供だった自分。大きな希望を胸に抱き、何も知らない純粋な目で大海原を見つめ、あの日小さな舟で海へ出た。自作の海賊旗を確かに掲げて。
おそらくはただの偶然だった。
港には巨大な船が近付いていて、何もしていない、横をすり抜けようとしただけで砲撃された。
誰かの名前を呼んだ気がする。
助けて欲しいという想いと、死ぬなら最期に会いたいという想いで、誰かの名前を。でも結局は違う誰かに手を掴まれ、次に目覚めた時は、記憶にある通り。
なぜ忘れていたのだろうかと疑問を持った時、考えずとも答えが出た。
砲撃のショックで生死の境を彷徨った際に忘れてしまったのだろう。
再び頭痛が始まった。今度はズキズキと痛みが弱い。
思い出したことはいい。ここで深く考えている状況ではないと即座に判断する。問題はなぜその時の状況をエースが知っているかの方だ。
エース。ルフィ。ダダン。ドグラ。どれを聞いても頭が痛くなる。
まさか彼らを知っているとでもいうのか。
「天竜、人……ゴア王国か」
「そうだ」
「お前が、どうしてそんなことを……」
服の下ではひどく脂汗を掻き、仮面の下では辛そうな表情で歯を食いしばっていた。
少ない情報を正しく整理し、彼の状態を見た結果、Ms.Kは現在の状況を正しく理解する。
「まさか、記憶が……?」
「お、れは、何も覚えてなかった……家に帰りたくないって気持ち以外、何も……」
「だと思ったよ」
エースは平然とした声で答える。
「お前が生きてて、全部覚えてりゃ、どんな方法ででもおれかルフィに教えたはずだ。それがなくて今ここに立ってるなら覚えてねぇってのが答えだろ」
全く動じていない姿であった。
ビリビリと肌が震えている。自身が恐れているからではない、外からの力によって。Ms.Kはそれが凄まじい力であることを理解して、思わず一歩を後ずさった。
エースが静かに身構えたのである。
「来いよ。忘れたってんならぶん殴ってでも思い出させてやる。こればっかりはルフィには任せられねぇ、おれがやらなきゃいけねぇことだ」
能力を使用していない。まだ火を発していないのに凄まじい気迫を感じる。
流石にこれほどとは思っていなかった。
仮面の下、Ms.Kは動揺する。贔屓目に見てもMr.Sと同格と考えていたが、今や勝負はどちらに転ぶかわからないと思うほど、何もしていない目の前の彼に怯えている。
Mr.Sも感じていたはずだ。
頭を抱えていた手を降ろして、彼は小さく呟く。
「下がってろコアラ。もう試合はいい……」
「そういう訳にはいかないでしょ。私たちは任務でここに――」
「悪いがこれはおれの戦いだ」
Mr.Sが手の中で鉄パイプを回す。振り返ってそれを見た時、Ms.Kは息を呑んだ。
彼は自分が知る相手だろうか。
そう思うほどには凄まじい迫力を感じて、言うべき言葉を無意識に呑んでしまう。
彼が銃弾なら彼女はピストルその物。
撃つべき時は選ばなければならないし、引き金を引かないならば銃弾を飛ばしてはいけない。
自身の役割を完璧に理解しているはずだったMs.Kは、もはや自身が彼を止められないことに気付いた。すでに彼にはMs.Kの姿は意識の中に入っていない。
うるさいほどの頭痛が精神を苛む。
まるで助けを求めるように、Mr.Sはエースだけを見つめていた。
「お前は、おれを知ってるんだな……」
「ああ」
「グッ、おれも……お前を、知ってる気がする……」
「当たり前だろ」
エースは薄く笑みを見せていた。それでいて本気の戦意をぶつけている。
肝を冷やすMs.Kにキリが声をかけた。
「Ms.K。こっちに来といた方がいい」
彼は先程よりさらに遠く逃げていて、地面に宝箱を置いて休むようにしゃがみ込んでいた。
「死ぬよ?」
笑顔で言われた言葉を受け止め、Ms.Kは全力でその場を離脱した。
それは真理に違いない。この二人がぶつかった時、すぐ傍に居て無事で済むはずがなかった。
跳ぶように逃げたMs.Kは考えもせずキリの傍へ。
その時にはMr.Sが鉄パイプを構え、エースは応じる気で立っていた。
《ついに動くかッ!? 何やら話し合っていたようだがエースとMr.Sの一騎討ちのようだ! 上空に居ても感じるプレッシャーは尋常ではない! どちらが勝つのか全く読めないぞ!》
もはや実況の声は彼らに聞こえていなかった。しかし、観客にはきっかけに思えただろう。
二人が激突し、一騎討ちが始まったのだ。
エースの右腕が漆黒に染められ、握った拳を振るうと同時、Mr.Sが鉄パイプを振るう。彼が持つ何の変哲もない武器も色を変え、エースと同じく漆黒に染まっていた。
鉄がぶつかったような音が生じて両者押し合う。
力はほぼ互角。ギャリンッと甲高い音を立てて二人とも離れた。
エースはまだ能力を使おうとしていない。
出し惜しみという訳でもなく、徒手空拳で本気で勝ちに行っている。
そこからは観客が理解できるような攻防ではない。
息もつかせず攻勢へ出たエースが凄まじい気迫であった。
鉄のように硬化された拳や蹴りを繰り出して、確実にMr.Sの急所を狙って迫り、彼に後退を余儀なくさせる。その勢いは簡単に止められるものではない。Mr.Sは素晴らしい反射神経と的確な選択でそれらを全て受け止めていたものの、攻めないのではなく、攻められないようだ。
彼が持つ鉄パイプも漆黒に変わり硬化されている。これもまた覇気の力だ。
本来よりもかなり頑丈になっているため、簡単には破壊されない。それでもエースの攻撃を受ける度に腕が痺れるほどの衝撃が来て、一撃を受ける度に骨が軋む。
この時Mr.Sが異変を感じていた点は二つある。
一つは彼を不利にさせる変化。試合開始前からある頭痛だ。今も常に痛み続けている。
もう一つはしかし彼を有利にさせるとも言える異変だっただろう。普通の人間では受け止めることすらできないその攻撃をなぜ一つも漏らさず受けきれるのか。
Mr.Sの身体能力、判断力、経験が生きているのもある。
それ以上に、彼はなぜかエースの行動が予想できていた。体が勝手に動くと言ってもいい。
今まで一度もなかった感覚があり、考える前に腕が防御のために伸ばされ、足が相手との間合いを保ち、次はこう来るだろうと想像した光景とそう違わぬ攻撃が来る。
目まぐるしい展開の中、彼だけは予測できていた。
そしてその事実にMr.S自身も驚いていた。
「うわー、予想以上に凄いな、あれ……ボクなら死んでる自信あるね」
屋根の上からエースの戦いを見ていたキリがのほほんと呟いていた。
Ms.Kもそう違わない感想を抱いている。火拳のエースはメラメラの実の能力があるからこその強さだと考えていたが、とんでもない。ただの格闘でMr.Sが反撃できないほど攻め込まれて、それは彼の実力を知る彼女からすれば言葉にならないほどの驚愕がある。
しかし同時に、この場では更なる困惑もあった。
キリは相変わらず観戦していて、宝箱を運ぼうという気配が感じられない。運ばないだけなら理解もするものの、彼は今や自身の傍にある宝を守ろうとさえしていなかっただろう。
どこからどう見ても隙だらけ。だからこそ罠とも考えられる。
今はキリの考えが読めず、Ms.Kは自分がどう行動すべきかを逡巡した。
「宝箱、持っていってもいいよ」
彼がぽつりと言った時、先手を打たれた、とも思う。
そのまま受け取れば諦めたとも思える言葉だ。だがそう素直には受け取れない。
Ms.Kは屋根の上に居る彼を見上げる。
「どうして? 勝たなきゃいけない理由があるんじゃなかったの?」
「あるよ。でも今はエースの用事が大事みたいだからさ。ボクがさっさと終わらせちゃう訳にはいかないんだ。だから悪いけど、持っていくだけにしてくれない?」
「試合は終わらせるなってことね」
「じゃないと多分、ボクが止めなきゃいけなくなると思うんだ。それは面倒だなぁって」
「そうする理由がわからないよ。これは試合なんだよ?」
「そうかな? もうわかってるでしょ。あの二人の様子見てて」
キリは彼女に振り返らずに喋っている。
エースとMr.Sの激突はその間もずっと続いており、休む間もなく攻撃と回避を繰り返した。
Ms.Kはふと彼らの姿に目を向け、ぐうの音も出ない状態にあると自覚する。
「余計なお節介だけど、待ってた方がいいんじゃない? その方が君も得すると思うよ」
彼の言う通りだ。二人のやり取りを耳にして確信に近い疑念がある。おそらくそのまま二人に解決させた方が今後の展開にとってプラスになるだろう。
そう考えるなら待っているのも悪くない。
そうなれば、次に気になるのは彼についてだ。
口ぶりとは裏腹に驚いた様子もなく観戦する彼を見て、Ms.Kは試しに質問してみる。
「ねぇ、もし私が宝を奪って試合を終わらせようとしたら、君はどうするの?」
「ん? うーん、どうしようかなぁ。そこまで細かく考えてなかったけど、まず宝箱を取り返さなきゃいけないだろうし、うーん、その後は……」
目を伏せる余裕すらあってキリは唸りながら考える。
途中で面倒になったのか、目を開けて振り向いた彼はにっこり笑っていた。
「まぁ、両腕もげば宝箱は運べないよね?」
笑顔でそう言った彼を見つめて確信する。
この男は危険だ。
実力の話は関係ない。明らかに彼はエースやMr.Sとは異なる分類の強さを持っており、たとえ一対一で戦えばMs.Kの方が強かったとしても、彼は何をしてでも先程の言葉を実行させるような、底知れない何かを抱えている気がする。
或いはそう感じさせることによって戦いその物を回避したのか。それはそれで頭が切れる。
どちらにしろ、エースにもMr.Sにも抱いたことのない感覚を、Ms.Kは彼に覚えていた。
ともかく二人が戦闘を始めず、黙って試合を見ていたのは事実である。
その間に試合は動こうとしていた。
重い一撃を防御の上から叩き込んで、エースは攻め込む機を窺う。拳、蹴り、さらに回転して拳を叩き込んで、反撃が来ないことを見極めて一度後ろへ跳んだ。
これまでMr.Sの体に届いた攻撃はゼロ。一つも欠かさず防御されている。
本気を出していないとはいえエースが違和感を覚えたのも当然だった。
幸か不幸か、既視感なら彼も感じている。
全て受け止められたのは予想外だが、影響が全くない訳ではない。
まだ全力で叩き込んでいない状態でこれならばこの先はどうなるか。それがわかっただけでも十分だろう。本領発揮はこの先にある。
エースは大きく息を吐いた。
《す、凄まじい戦いだァ~! もはや我々には何が起こっているのかわかりませんが! この試合が決勝並みに価値のある一戦であることは間違いない!》
「フーッ……覇気使いか。しかも昨日今日の練度じゃねぇな」
「ハァ、うぅ、くっ……」
仮面をつけているせいで分かりにくいがMr.Sは今も辛そうだ。頭痛は相当なようで、距離を置いた一瞬に体がふらつく。それでエースの攻撃を止めたのだから驚きだった。
だが悪い反応ではない。
おそらくそれは彼が思い出そうとしているからこそ来る反応であり、エースは否定しなかった。
「お前を見てると、頭が痛くて仕方ない……!」
「そりゃおれのせいじゃねぇだろ」
「ハァ、だが、妙な感覚ならおれにもあった……」
Mr.Sが右手で鉄パイプを持ち、回転させながらも背面で構えた。
見るからに構えが変わり、右手は背後へ、左手は竜の手を思わす形で前へ出される。
おそらく攻撃のために思考その物を切り替えた。本番はここからだ。
笑みを浮かべたエースも足を広げて立ち、両腕を広げた。
「お前、おれを知ってるな。こっちの攻撃を潰しにきただろ」
「お互い様だ。ここまで当たらねぇってのも久しぶりだぜ」
外見からして攻撃主体の構え。
迎え撃つためではなく、自らも攻撃を仕掛けるため、エースの体の節々から火が現れる。
互いに戦闘が変わろうとしていた。
キリは楽しげに眺めていて動く様子が見られない。
二人を、特に苦しんでいる様子のMr.Sを気にしつつも、Ms.Kは彼を警戒していた。
「長引きそうだね」
いつの間にか宝箱に尻を置いて座っている。
笑みを浮かべる余裕もあり、二人に対する恐怖心もない。おそらくどこかのタイミングで動き出すのではないか。そう思いながらMs.Kは彼を無視する訳にはいかない。
この状況では援護はできない。従って彼らの戦いを傍観するしかなかったようだ。
今度はMr.Sから攻撃を仕掛ける。
漆黒に変わった鉄パイプが高速で振るわれる。エースは屈むことで頭部への一撃を避け、その直後にすかさず追うかの如く、大上段から振り下ろされた。脳天を狙った一撃をエースは敢えて腕で受け止め、彼の右腕も黒くなっており、鉄がぶつかった音がする。
見れば見るほど不思議な技である。
鉄パイプはともかくエースの体は火でできており、防御する必要があるとは思わない。だが彼は迷うことなく防御のために腕を上げて、接触するとなぜか妙な音がする。
キリの目から見て気付いた不可解な点は二つ。
体や武器を鉄のように硬化させる技と、エースがそれを防御したことだ。
悪魔の実の能力について多少なりとも知っている者からすれば、それは不可解な行動である。
エースはさらに振るわれるMr.Sの攻撃を全て避け続け、後ろへ跳んで距離を置いた。
ここまで彼は自らの最大の利点、ロギアの体を利用しようとはしていない。
ロギアの能力者は体まで自然界のエネルギーに変化するため、エースの体は全てが火で構成されているはず。わざわざ避けずとも攻撃は当たらない。
そう思っているのはキリだけではないのだが、エースの動きは迷わず決定されていた。
一旦離れて、Mr.Sがエースを追う。
それで十分だったのか、今度はエースも逃げない。
素早い動作で両腕を振り、気付けばエースの周囲で、地面に火のサークルができていた。
エースはしゃがんで地面に両手をつく。Mr.Sが鉄パイプを振り上げて飛び掛かり、先に行動を読んでいたかのようなタイミングで迎え撃った。
能力を使用し、地面に広げられたサークルが高く燃え上がったのである。
「炎戒――」
その兆候を認識した瞬間、すでに空中に居たMr.Sは咄嗟に身を捩った。
「火柱ァ!」
巨大な火の柱がエースを中心に天へ伸びた。
事前に気付いた様子のMr.Sだがどうすることもできず、空中でできる最大限の回避を行い、壁のような火の柱に吹き飛ばされ、その際にマントに火が点いていた。
勢いよく地面に激突しながらも即座に跳び上がる。
激しい動きでマントの火を消し、滑るように着地しながら仮面はエースへ向けられた。
Mr.Sは足に力を溜めてエースの方へ飛び出そうとしている。着地の姿勢や力の入れ具合ですぐに予測できた。エースはその場を動かず両手を構える。
接近は許すが、リズムを崩すために牽制を行うようだ。
「
銃のように構えた両手から火の弾丸が撃ち出される。
一発受けただけでも体が吹き飛ぶ威力であるはずなのに、Mr.Sは鉄パイプで殴って掻き消しながら走ってくる。その姿には怯んだ様子など微塵も感じられない。
ここまでは予想通り。
エースは攻撃を止めると自分も駆け出した。
真正面から接近すると高速の蹴りを繰り出して、足が振るわれた軌跡に火が走る。直撃を避けても火が襲い掛かる危険な攻撃だ。Mr.Sは巧みに姿勢を変えて回避した。
蹴りを避け、パンチを繰り出し、鉄パイプで受け止められる。
予想していた以上に互角の勝負を繰り広げるためエースの表情は変わっていた。
しかしだからこそ、彼の確信を強める状況だったのである。
「グランドラインを逆走してて、ここまで苦戦するってのはなかったな……」
火を纏う蹴りが鉄パイプに受け止められた一瞬、エースは笑っているとも苦しんでいるともとれる表情で呟き、彼の武器を蹴って高く跳んだ。
空中で両手に火の槍を持ち、それらを全力で投げつける。
「神火・不知火!」
鉄パイプで打とうとした間際、異様な迫力を感じて咄嗟にMr.Sが後ろへ跳ぶ。
回避した火の槍は地面に突き刺さって大きく燃え上がった。
Mr.Sが着地すると同時、全身を火に変えて宙を駆けていたエースが背後を取っていた。
即座に振り向いて鉄パイプを防御のために構える。
黒く染まったエースの拳が激突して、両者の動きが止まった。
互いに力を入れて押し合いながら、エースがそう大きくはない声で言う。
「だがこれが初めてとは思わねぇ。お前と戦って思い出すのはガキの頃のことばっかりだ」
「ハァ……ハァ……」
「お前は何も思い出さねぇのか」
仮面の下でぐっと歯を食いしばった。
Mr.Sが大きく鉄パイプを振ってエースを突き飛ばす。
敢えて抵抗せず距離を取ったエースは、強い意思で彼を睨んだ。
「思い出せねぇはずねぇだろ。それとも思い出したくねぇってのか?」
「ハァ、うるさい……!」
「どこで何やってたかは知らねぇし、言いたくねぇなら無理には聞かねぇがな。ここにはルフィが居るんだ。あいつがどんな想いで生きてきたか――!」
「ぐぅ、頭が……痛む……!」
「いつまでそんな仮面つけてやがんだ! 別人にでもなったつもりかよ!」
固く握った拳が黒く染まっていき、手首より上、エースの右腕が大きな炎に包まれた。
同じくMr.Sが竜を思わせる構えを見せ、右手が黒く染められていく。
「竜爪拳――」
「いい加減目ェ覚ましやがれ! サボ!!」
両者が地面を蹴って接近する。
この時、二人の視線はかち合い、互いの存在だけを認識する一瞬がある。
不思議とその場面だけは誰の目にもスローモーションに見えていた。
「竜の鉤爪!!」
「火拳!!」
そして今、覇気を纏った二人の右腕が激突した。