ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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白と黒

 バタバタと翼を羽ばたかせて、一匹の鳩がメリー号から離れていく。

 いまだアラバスタを目指す航路の道中である。

 甲板ではウソップが喜びの声を上げ、手の中には一通の手紙があった。

 

 「おいルフィ~! ドリー&ブロギー師匠から手紙だァ! 返事が来たぞぉ~!」

 「ほんとかウソップ~!」

 

 ドタバタと騒がしい二人に仲間たちが目を向ける。

 専門家業だという伝書鳩を使い、海賊島に居るだろうドリーとブロギーに手紙を出したのがつい二日前のこと。早くも返事が来たことに驚きを隠せず、ウソップの下へ集まる者も多い。

 彼らへ出した手紙は、傘下として集まるようにという招集状だった。

 果たして如何なる返答が来たのか。甲板に居た全員が注目する。

 

 ウソップの隣にルフィが立ち、その肩にチョッパーが飛び乗った。

 すぐにシルクも駆けつけ、ナミやビビ、サンジやイガラムも集まってくる。

 ゾロとカルーは少し離れた位置で座っており、目をそちらに向けていた。

 一身に視線を集めながら手紙を開いたウソップは、文面を読み進めて簡潔に伝える。

 

 「師匠たちは間に合わないみてぇだ。船がまだできてねぇんだってさ」

 「そっかー。おっさんたち来ねぇのか」

 「そりゃあの二人はスケールが違うからな。足伸ばして寝れるような船っつったらめちゃくちゃでかいんだぜ、きっと。作るのも時間かかってんだろうなぁ」

 

 ウソップが誇らしげに笑顔で言うと、ルフィの肩にしがみつきながらチョッパーが尋ねた。

 

 「めちゃくちゃでかい船ってどれくらいでかいんだ? メリー号よりでかいのか?」

 「そりゃお前、メリーが何隻も乗せられちまうようなでかさに決まってんだろ。なんせ巨人の中でも誇り高い二人が乗り込む船なんだぞ」

 「メリーが何隻もか? すげぇ!」

 「そうさ、それだけすげぇ男なのさ、ドリー師匠とブロギー師匠は」

 「でっけぇ船かぁ。ししし、早く見てぇなぁ」

 

 二人の近況を知ったウソップと同様、チョッパーは目を輝かせ、ルフィは楽しそうに笑う。そこに危機感は感じられずにいつも通りの呑気な様子だ。

 一方、緊張した表情を見せる者も居る。

 シルクは不安そうに、ナミは眉をひそめて周囲を見回す。

 

 「あの二人が来れないと、ちょっと大変そうだね……」

 「仕方ないとはいえ、やっぱり戦力不足は否めないわね」

 「ええ……」

 

 ビビが俯いて視線を落とす。

 敵はおそらく千人以上の戦力を有している。一部はウィスキーピークで倒したが、決戦を前にして戦力を集めていないとは思えない。そもそもバロックワークスの社員数は二千人を超えている。ならば準備を終えた今も二千人の敵が居ると考えた方がいいだろう。

 

 それに対し、麦わらの一味はカルーも含めて11人。

 メリー号の隣を進むアーロン一味が居るとはいっても五十人にも満たない。

 

 戦力の差はあまりにも大き過ぎる。

 巨人である二人が味方になればかなりの戦力となっただろうがそれも失敗した。

 現状を理解し、サンジは煙草の煙を吐きながら仲間たちを見る。

 

 「間に合わねぇんなら仕方ねぇ。船長もこれ以上は待つ気もなさそうだからな。このままおれたちでなんとかするしかなさそうだ」

 「やっぱそうなるのか……」

 「ウソップ、もう逃げられないわよ。あんたも早く覚悟決めなさい」

 「わ、わかってるっての。おれだってこの状況で逃げようなんて思ってねぇよ」

 

 すでに決意したナミが言う。するとウソップも深く息を吐いてそう答えた。

 船上は重い空気に支配されており、個人差はあれど、少なからず緊張感が漂っている。誰もがその時がもう目の前まで来ているのだと感じ取っていたからだ。

 全てが普段通りにとはいかず、その雰囲気を感じながらシルクが首を振り、呟いた。

 

 「そういえば、キリは?」

 「部屋に籠ってる。色々考えることがあるんだろ」

 

 その頃、キリは一人、ラウンジの席に座ってテーブルを前にしていた。

 いつにも増して深刻な顔である。

 前にはチェス盤と、そこに並べられた白の駒。黒の駒は一つも並べられていない。それをじっと見つめて考え込んでいるようだった。

 

 敵を知るからこそ勝つことは簡単ではないとわかる。

 この戦いは彼の今後を決める重要なものだ。

 いくつもの状況を想定し、思い付く限りの展開を頭の中に置いていた。

 

 キリの目は動かないチェス盤を見つめて、ここに居ない相手を想う。

 そこへルフィが現れて声をかけた。

 

 「なぁキリ、巨人のおっさんたちから手紙来たってよ。まだ来れねぇって言ってた」

 

 いつの間にかキリの隣に座っていて、笑顔で顔を覗き込んでそう言われる。没頭していたキリは幾分驚いて目を見開き、すぐにふわりと笑みを浮かべる。

 他の者が近寄り難いと思っても、彼だけはすぐに懐へ飛び込んでしまう。

 キリは少し嬉しそうにしながら答えた。

 

 「そうなんだ。それじゃあボクらだけでやらなきゃね」

 「作戦できたか?」

 「いや、まだ。でもいつまでもこうしてられないからね」

 

 そう言うとキリは席を立ち、甲板へ向かおうとする。当然ルフィも続いた。

 甲板へ現れた二人を見た瞬間、船上の空気は一変してしまい、更なる緊張感に襲われる。

 

 「さて、作戦を決めようか。そろそろ到着も遠くないだろうし」

 

 全員が集まり、円を描いて座る。

 緊迫した表情が並び、一人も欠けずにキリの言葉に集中していた。

 キリは持ってきた地図を広げ、見知ったアラバスタ王国の地形を確認しながら口火を切る。

 

 「まず最初に、今回最も重要なことは二点ある。これを全員に覚えておいて欲しい」

 

 指を二本立てて全員へ見せる。すでにキリの表情は真剣なものに変わっていた。

 

 「一つは反乱について。ビビとイガラムの目的はここだ。だけどはっきり言っていつ本格的な戦闘が始まってもおかしくない状況にある。これを止めるには、反乱軍と国王軍を会わせない。この一点に尽きることを覚えてて」

 「それはわかるけど、簡単にできることじゃないわ」

 「そのためにできることはある。それも込みでの作戦さ」

 

 不安を口にしたビビを律するようにしてキリが強く言う。

 何か考えがあっての発言なのだろう。ビビは素直に頷いて続きを促す。

 

 「もう一つはバロックワークス、というよりクロコダイルについてだ。彼らを倒さない限りは国盗りは終わらない。特にクロコダイルを止められないならアラバスタの王が代わる」

 「い、言うのは簡単だけどな……」

 「この点について、クロコダイルはルフィに任せる」

 

 地図を見下ろしながらキリがぽつりと告げた。

 わかっていたこととはいえ、それでも驚かずにはいられない決断。

 不安を露わにしていたウソップが特に大きな反応を見せている。

 

 「エージェントはボクらがなんとかする。だからここに居る全員、クロコダイルには手を出さなくていい。もし出会ったとしても逃げに徹して、自分の役目を果たしてくれ」

 「本気か? 相手は七武海なんだぞ。いくらルフィだからって」

 「いいんだウソップ。おれなら心配いらねぇ」

 

 ルフィがウソップを見やり、彼にだけでなく他の全員へも伝える。

 力強い眼差し。笑顔であるが一方で覚悟を感じさせ、有無を言わさずに納得させる。

 

 「負けねぇよ」

 

 その一言で反論は無くなった。

 キリは地図を見たまま顔を上げることなく続きを語る。

 人差し指で海岸を指し、そこにある町を示して説明を始めた。

 

 「アラバスタに着いたその瞬間から勝負が始まる。もっと言えば相手はこっちの到着を待たずに始めてるはずだ。一秒も無駄にできないよ」

 「まず、何が必要だ?」

 「覚悟と目的を。全員の力を合わせなきゃだめだ」

 

 腕組みをしたゾロの問いかけに、キリは全員の顔を見回す。

 

 「全部一人でやる必要はないんだ。それぞれが自分の役割と目的を把握して、自分の仕事にだけ集中してくれればいい。そうすれば全員の働きが繋がって最良の結果が生まれる」

 「その代わり誰かが途中で倒れりゃ総崩れか」

 「そうならないために自分のことにだけ集中するんだ。一蓮托生でしょ?」

 

 そう言ったキリは少し頬を柔和に崩したが、すぐに視線を外す。

 メリー号の隣を進むアーロンの船に目を向けて、少し跳べば届くだろう甲板へ声をかけた。彼らも話を聞いていたようで、反応はすぐに返ってくる。

 

 「アーロン、やって欲しいことがあるんだ。こっちに来てくれないかな」

 「ニュ~、キリ。アーロンさんはちょっとアレなんで、おれが――」

 

 はっちゃんが身を乗り出して答えていた時だ。

 最後まで言わせず、ドスンと重い音を立て、アーロンがメリー号の甲板へ降り立った。

 凄みを感じさせる顔でゆっくり歩き、彼らの輪へ近寄ってくる。見る者数名が緊張するものの、何も起こることなくアーロンは輪の外側で立ち、キリを睨みつけた。

 彼も物怖じせずに見つめ返した後、アーロンからビビに視線を移して問う。

 

 「ビビ、悪いけど手荒なこともするよ。反乱を止めるために」

 「ええ……正直、納得したくないけど、必要なことなのね」

 「誰も殺させないって誓う。それに反乱軍と国王軍がぶつかれば死者は免れない」

 

 キリの言葉を受け、ビビは数秒目を閉じて沈黙する。

 大きく息を吐いて覚悟を決め、キリの目を見ると真剣に問いかけた。

 

 「それで、誰も死なせずに戦いを終わらせられる……?」

 「善処はするよ。確実だとは言えない。だけど間違いなく犠牲者は減る」

 「選ばなければいけないのね。何も傷つかないなんて不可能だから」

 「建物は壊れてもまた作り直せる。だけど人はそうもいかない」

 「……わかったわ。キリさんに任せます」

 「ありがとう」

 

 再びキリが地図に向き直り、アーロンへ伝える。

 

 「上陸する場所は港町ナノハナ。アーロンたちにはここで暴れてもらう。家を壊すくらいなら派手にやっていい。とにかく注意を引いて、海賊が来たことをカトレアまで伝える」

 「カトレア?」

 「反乱軍は本拠地をユバからカトレアへ移した。海賊の襲撃に遭ってクロコダイルが現れないとわかったら、コーザなら必ず助けに来る」

 「キリさん……リーダーの名前まで」

 「反乱軍をナノハナまで引き寄せる。その時点でアーロンたちは撤退。一人も殺すな。その後は海上で海賊や海軍を島に近付けないようにしてもらう」

 

 キリの視線が、イガラムに向けられた。

 その瞬間、本人だけが誰よりも早く理解する。

 

 「説得はイガラムに任せる。ボクらはその間にアルバーナへ向かう」

 「イガラム一人で? キリさん、私も――」

 「いいえ、ビビ様、私一人で向かいます。お任せください」

 

 心配するビビの言葉を止めさせて、イガラムは彼女を見ずにキリを見ていた。

 意図は伝わっている。何も考えずにそう言い出すはずがない。

 イガラムは彼に感謝すらして、恐れもせずに問いかけた。

 

 「危険が伴うということですね?」

 「危険じゃない場所なんてないさ」

 「確かに……しかし、国王軍と反乱軍の説得では状況が違う。二つを比べた時、あなたはこちらの方が危険だと考えた。だから私に任せるのでしょう」

 「そんな、危険なら尚更一人でなんて……」

 「感謝します。私に任せてくれたことを」

 

 イガラムは胸に手を当て、ビビが戸惑うことを知りつつ、全員へと伝える。

 

 「国王様のため、ビビ様のため、祖国のため、私はいつでもこの命を捧げるつもりです。そのためならば怖いものなどありませんとも。ビビ様、どうかご心配なく」

 「……ええ。あなたに託すわ、イガラム」

 「先にアーロン一味を潜伏させておく。こっちの動きに気付けば相手は必ず接触を阻止しようとするはずだ。出てくる人間が誰かにもよるけど、ビリオンズ程度なら問題はないはず。ただ問題はそれだけじゃない」

 

 話が進むことで仲間たちの意識も変わる。

 キリが語る声に集中し、もはや笑みの欠片もなく彼を見つめていた。

 

 「反乱軍と国王軍の両方にバロックワークスの社員が潜り込んでいる。きっかけ一つでいつでも戦いが始まるような状況で、一番きっかけを作り易いのはこの潜入した社員だ。誰かが一発の銃弾を放っただけで必ず戦争は起こる。もう長らくそんな状態が続いてた」

 「でも、今日まで戦争にならなかったんでしょ?」

 「それもバロックワークスが仕組んだことだ。正直に言えば、ボクが組織を抜けようとした時点でいつでも国を盗ることは可能だった。そんなつもりはなかったけど、ひょっとしたらボクがここに戻ってくるのを待ってたのかもね」

 

 何気ない発言にビビとイガラム、それにカルーがぞくりとする。

 いつでも盗ることができた。彼ら自身が気付かない間に事態はそこまで進んでいて、キリもおそらく止めるために組織を離れたのではないのだろう。

 たった一つだけ何かが違っていれば、今頃はアラバスタの王は代わっていたのかもしれない。

 今日の今日まで首の皮一枚で繋がっていただけなのだ。

 戦慄する彼女たちを気遣うこともせず、キリは呟く。

 

 「さっき言った反乱軍と国王軍を会わせないことの重要性はここにある。会ってしまった時は必ず戦争になると考えておいていい。潜入した人間はその時を待ってる。そこでボクらがやるべきことの一つに、両軍に潜入した社員を倒すことも含まれる」

 「どうするんだ?」

 「社員のデータは全部記憶してる。メンバーが変わってない限りはボクが言い当てられるさ」

 

 そう言うとキリは懐から二枚の紙を取り出した。

 

 「顔も名前もはっきり覚えてればリストを作ることもできる。両軍のリーダーに真実を伝えて、彼らの素性についても教える。戦闘が始まる前ならこれで少しは状況も変わるはず」

 「だがおれたちを信用しねぇなら話も聞かねぇぞ。わざわざ潜入までしてるんだから期間も短くねぇはずだ。今頃とっくに仲間として認められてるんだろ? そいつらを仲間だと言い張って信じない可能性もある」

 「わかってる。それだけに交渉は慎重に進めなきゃならない。基本はビビが国王軍を、イガラムが反乱軍を止める。もしそうできなかった場合はボクらだ」

 「海賊の話じゃますます信じねぇな」

 「その時は実力行使でいい。どうせ海賊なんだ、殺しさえしなければ手当たり次第に攻撃して多少は傷つけたっていいよ」

 「ま、確かにその方が楽だな」

 

 にやりと口元に笑みを浮かべて、サンジが納得した様子で頷いた。

 手段を選んでいる場合ではないのである。

 二人のやり取りを聞いていてきっと他の皆も理解したはずだ。

 

 キリがアーロンへ目を向けた。

 視線を真っ直ぐ受け止め、彼は睨む目つきで応じる。

 

 「アーロン」

 「アァ?」

 「もしイガラムが失敗したら、反乱軍を襲ってくれ。ナノハナの町がもう一度襲われるようなら彼らもアルバーナに集中することはできない。ただしさっきも言ったけど、誰一人殺さずに」

 「確約はできねぇなァ。人間ってのはすぐ壊れやがる」

 「お前の怒りはこんなところで使うものじゃないだろ。今は抑えておけ。どうせこの戦いが終わればそこら中から海軍が来るんだ。思い切り暴れるのはその時でいい」

 

 フンッと鼻を鳴らして、アーロンは凶悪そうな顔で笑う。

 

 「本気でおれがてめぇらに従うとでも思ってんのか? てめぇらが離れてる間に船を壊し、町の人間を殺し尽くして反逆を始めるとなぜ考えねぇ。疲弊したてめぇらを皆殺しにするってのもいいかもしれねぇな」

 「そんなことしないよ」

 「なぜそう言い切れる。おれはてめぇらの味方になったつもりはねぇんだぞ」

 「なら敵として信頼するまでさ。そのつもりなら今頃とっくにやってる」

 「チッ……」

 「ボクらは内陸深くまで移動する。メリーのことも含めて、海の方は任せた」

 

 アーロンはそっぽを向いて黙り込む。肯定も否定もしないところを見ればきっとやってくれるのだろう。誰一人殺さずに任務を終わらせようとするはずだ。

 キリは彼を信頼し、わずかに苦笑して視線を外す。

 その後は確証もないというのに微塵も心配しようとはしなかった。

 

 「本来の作戦名は“ユートピア”。Mr.2が国王に化けて市民と反乱軍を扇動する予定だった。だけどそれを知るボクがここに居る以上、全く同じ作戦で来るはずがない。敵もこっちの作戦を一つずつ潰そうとしてくる。イレギュラーは必ず起こる」

 

 妙に力強さを感じさせる声。

 緊迫した状況であることを伝えさせるには十分だ。

 

 「クロコダイルはルフィに任せる。それ以外のエージェントは全部ボクらが倒す。特に厄介なのがオフィサーエージェントだけど、フロンティアエージェントもそれぞれ得意としていることが違うスペシャリストだ。放っておけば必ずどこかで問題が起きる」

 

 キリは、紙を組み合わせて白いチェスの駒を作り、それを地図の上に置いた。

 

 「これから全エージェントの情報を伝える。外見、性格、癖、戦法、弱点。それから戦況がどう動くかわからないから、あり得るだろう展開と、あり得ないかもしれない展開も。使う使わないは別にしても、知ってるだけでずいぶん変わってくるはずだ」

 「誰とぶつかるかはわからねぇってわけだな」

 「そうだ。誰に出会っても戦えるよう、そして勝てるように伝える。それと最も重要なことは、一度アルバーナに入れば狙って集まることは難しい」

 

 置かれた駒は11個。

 二千人を超える組織を相手にするにはあまりにも儚い。

 しかしたったこれだけでやらねばならない。

 

 「アルバーナに入った後は、各々がそれぞれの判断で行動するんだ。自分に何ができるか、考えるのはそれだけでいい。一人一人の行動で結末は変わる」

 

 皆が真剣に聞いている。自然とキリの声も重くなった。

 勝てば旅は続く。負ければおそらく全てが終わる。

 

 「もう一度全員で集まる時は勝った後だ。一人も欠けることなく会おう」

 

 そう言ってから、キリは自身が知る限りの情報を吐き出し始めた。

 

 

 *

 

 

 最初の言葉は、“殺してくれ”だった。

 全てを捨てた目を見た瞬間に敗者となった海賊なのだと気付いた。グランドラインの敗者。広い海ではそう珍しくない存在。

 

 本来なら拾う必要もない命。

 わざわざ掬い上げたのは、見えない何かがあったからなのか。

 

 現在、彼の前には物言わぬチェス盤と黒の駒。

 相手は居ない。あるべき場所に白の駒は置かれていない。

 それを不思議に思うことはないようだ。

 目の前に相手が居なくとも、戦況を見極めることは難しくない。少なくとも彼らは、お互いが敵である現状ではそれを当たり前と考えている様子だった。

 

 悲しくはない。むしろ心が躍る気すらする。

 なぜそう思うのかなど、理由は一つしかない。

 互いを知り尽くした相手だからこそ勝負は面白くなる。確かに厄介だが、それでも彼が笑うのは自身の勝利を疑っていないからなのだろう。

 

 「Mr.0、全員揃いました」

 

 暗闇に光を差し込ませる扉の向こうから声をかけられた。

 ミス・オールサンデーに呼びかけられ、クロコダイルは席を立った。

 

 無人のテーブルを離れて光のある方へと向かう。

 果たしてそれは決別だったか。はたまた止まった時を動かすためなのか。

 彼が何を想うのかは、クロコダイル本人しか知らない。

 


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