ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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最終作戦

 サンディ島、アラバスタ王国。

 夢の町と呼ばれるレインベースは、近頃反乱の危機に脅かされるこの国において、唯一といっていいほど和やかな空気を醸し出している。

 理由の一つとしてカジノ“レインディナーズ”が盛況だったことが考えられる。

 クロコダイルが経営するカジノがあることによって、この町は常に安全だと思われていた。

 

 そのレインディナーズの地下。

 関係者ですら一部の者しか知らない空間がある。

 

 豪華な調度品が置かれた広大な一室。長い机と複数の椅子が置かれている。

 そこに並んだ者たちが居る。

 バロックワークス社員の中でトップクラスの実力を誇る、オフィサーエージェントの面々だ。

 

 揃いも揃った実力者たちが戦いの時を待って落ち着いている。知る者からすれば圧巻だろう。

 ただし素性を隠す彼らの存在を知る者は少ない。

 Mr.1からMr.5まで、男女一組のペアが全員その場に集結している。これはバロックワークス始まって以来の光景であり、それだけ重要な任務が始まることを意味していた。

 

 「あー暇。いつまで待ってればいいのかしら。あちし回るわ。暇すぎて回る」

 

 招集に応じたMr.2はすでに到着しており、待つことに飽きたのか、わざわざ椅子の上に立ってくるくると回り始めていた。さらには声も大きく、周囲に居る数名が表情を変える。

 一応味方ではあるが、普段滅多に顔を合わせない。

 決して仲良しという訳ではなくて、怒りを表すことに躊躇いはなかった。

 

 バンッと机を叩いたのはミス・メリークリスマスだ。

 彼女は短気で怒りっぽい。何度か顔を合わせたことがあるMr.2とは相性が悪い。

 Mr.2の動きが目障りだったようで、バンバンと何度も机を叩きながら抗議を始めた。

 

 ミス・メリークリスマスの対面に座るMr.4はそのやり取りを見て大笑いしている。

 大きな腹を両手で押さえて、ひどく緩慢な笑い声を発していた。

 

 「うるッッさいんだよ、このバカ! “バッ”! この“バッ”! 少しは静かにできねーのかおめーは! 腰に来るんだよ、おめーの声は!」

 「なーによオバハン! あちしと闘る気!?」

 「フォ~~フォ~~フォ~~……!」

 「おめーもうるせーんだよMr.4! のろいんだよ笑い声が! のろま! “ノ”! “ノ”が!」

 

 バンバンと飽きずにミス・メリークリスマスが机を叩いている。Mr.2もまた怒りを返して、それを見ているMr.4は笑い続けた。

 そんなやり取りを見てくすりと笑う女性が居る。

 Mr.1のパートナー、ミス・ダブルフィンガーが腕を組み、彼らを見ながら柔らかく笑う。

 

 「少し落ち着いたらどう? そう焦らなくてもすぐに仕事は始まるわ」

 「緊張感のねぇ奴らだ……これでプロのつもりか?」

 

 嘆息するMr.1が呆れた声で呟く。

 つまらなそうな一言も二人の騒ぎにかき消され、それを良しとして彼も再び沈黙する。

 

 紅茶が入ったカップを優雅に持ち上げる、特徴的な髪型の男が居る。

 Mr.3は周囲の喧騒に気分を害す一方、特に反応することもなく静かに口を開いた。返答するのは彼の対面に座った女性、というよりは少女という風貌の、ミス・ゴールデンウィークである。

 

 「しかし不可解だガネ。我々が集められることなどそうないというのに」

 「ひょっとして、大変な仕事?」

 「ああ。それもかなり大規模であることは間違いなさそうだガネ。でなければそう仲良くもないこの面子が集まることもない。もしやこれが最後になるか?」

 「バロックワークス無くなるの?」

 「それはどうかわからんが、何かが変わるのは確か。それほど重要な任務に違いないガネ」

 

 カップを置いたMr.3の発言に反応し、Mr.5が口を開く。

 彼の対面にはにこにこと楽しそうな笑顔の女性、ミス・バレンタインが座っていた。

 

 「フン、どうせ大したことはねぇさ。いつも通りに終わるだろう」

 「私たちが失敗した任務なんて今まで一度もないし。キャハハ」

 「わからんカネ。今までとは格が違うから全員集められているのだ。我々だけではない、下位エージェントたちまで総動員されているようだガネ」

 「Mr.3の言う通りよ。今までの任務とは質が違うわ」

 

 呆れた口調で言うMr.3に同意して、一人の女性が室内に入ってくる。

 ボスのパートナー、ミス・オールサンデーである。

 彼女はテーブルの傍までやってくると、椅子に座ることなく傍に立ち、全員の視線を受けながら一席だけ空いている状況を確認した。

 

 まだ来ていない人物が居る。

 Mr.1ペアの向こう側、そこに座るべき人物を知るのはこの場でミス・オールサンデーのみ。

 

 少し前にはもう一人居た。オフィサーエージェントだけは顔も名前も知っている少年。彼がこの場に居ればもっと早く作戦も始動しただろうに、とも思う。

 ミス・オールサンデーは柔らかく微笑み、彼らの顔を見回した。

 

 「長旅ご苦労様。あなたたちが話していた通り、これから始まるのはバロックワークス始まって以来の重大な作戦。言わば集大成よ」

 「やはりそうか」

 「お久しぶりねぃサンデーちゃん! 最近ドゥ~!?」

 「うるせーっつってんだよオカマ! “オ”! この“バッ”!」

 

 また一部が騒がしくなる。

 決して仲良しと呼べるほどの間柄ではないが、そうする姿だけは仲間と称することができそうに見えてしまう。ミス・オールサンデーはくすりと笑い声を漏らした。

 

 「これだけの面子が揃うと流石に盛観。みんな仲良くというわけにはいかなそうだけど」

 「ここはどこなんだ、ミス・オールサンデー」

 「そういえばあなたたちは、バンチに引かれて裏口から入ったのよね。町はわかると思うけど、ここは“夢の町”レインベース。その中のカジノ“レインディナーズ”の一室よ」

 「レインディナーズ? なぜカジノに……」

 「良い予感はしないガネ。このカジノのオーナーが誰か知らぬはずもあるまいに」

 「その辺りを説明するためにも、集合はここが良かったのよ」

 

 Mr.1が渋い顔をする一方、Mr.3はすでに嫌な予感を感じていたらしい。しかしよく見れば誰もがその場所の危険性を理解しているらしく、砂漠の国の英雄を気にしているようだ。

 レインディナーズのオーナーにバレたら生きて帰れるかわからない。

 そんな思考に囚われる面々を見つつ、ミス・オールサンデーはあっさりと告げる。

 

 「そろそろ説明を始めてもいいかしら」

 「そうさ、前置きなんざどうでもいい。それ始めな。やれ始めな」

 「ウフフ、慌てないでミス・メリークリスマス。その前に紹介したい人が居るの」

 

 ミス・オールサンデーの呟きに、全員の緊張感が高まったのが伝わった。

 

 「今までは私が彼の“裏の顔”としてあなたたちに働きかけてきたけれど、もうその必要は無くなったわ。そろそろ会っていい頃だと思うの。あなたたちの社長(ボス)に」

 「まさか……」

 「そこに居るわ。気付かなかったかもしれないけれど」

 

 ミス・オールサンデーが一つ残っていた空席に目を向けると、全員がそちらを見る。

 そして椅子がくるりと回った時、その姿が視界に入った。

 一人も欠かさずに驚愕の表情を示し、室内の空気は一変してしまう。

 

 「諸君らの働きによって全ての準備は整った」

 

 椅子が止まった時、その目に入ったのはアラバスタ王国の英雄、サー・クロコダイル。

 英雄であると同時に政府に認められた海賊。

 想像もしなかった人物の登場に全員が息を呑み、身を乗り出さずにはいられない。そうせずにはいられないほどの大物、それほどの強者。

 誰にも気付かれずに現れたその男は、間違いなく彼らの想像を絶するほど強かった。

 

 数秒前とは空気がまるで違う。

 エージェントたちは血相を変えてクロコダイルの姿を認めた。

 

 「……こいつはえらい大物が出てきたもんだね」

 「なぜ七武海の海賊がッ。政府側の人間でしょう?」

 「あちしたちは海賊の手下だったってわけなの!?」

 「これは流石に予想できなかったガネ……まさか砂漠の英雄が悪事を働くとは」

 「あんたがおれたちのボスなのか?」

 

 口々に言葉を発する中、クロコダイルはほんの一瞬、表情を変える。

 

 「不服か?」

 

 凄まじい覇気を感じて全員が同時に黙り込む。

 腕を組み、視線を落として服従の姿勢を見せた。誰一人欠けることなく、クロコダイルには敵わないとこの一瞬で感じ取った結果だろう。

 ミス・オールサンデーは小さく笑い、流石の威圧感だと他人事のように考えていた。

 

 一度は黙り込んだミス・ダブルフィンガーが、聞かずにはいられず口を開く。多少の戸惑いはまだ現状を受け入れ切れていないからだろう。

 答えるクロコダイルは至って冷静だった。

 

 室内の空気は驚くほど重くなっている。

 それだけ彼らがこの会話に集中していたという証明だ。

 

 「不服とは言わないけど、七武海といえば政府に略奪を許された海賊。なぜこんな会社を……理由や目的がわからないわ」

 「おれが欲しいのは金じゃない。地位でもない。“軍事力”だ」

 「軍事力……?」

 「この島にはある巨大な“力”が眠っている。或いはその位置を示す物がな。おれの目的は国を奪い取り、その圧倒的な“力”を手に入れることにある」

 

 クロコダイルは懐から取り出した葉巻を銜えて、ライターで火を点けた。

 煙を吐き出しつつその場に居る面子の顔を見回す。

 

 「国を盗ることはついでと言ってもいい。だが作戦が成功し、国と“力”を手に入れた暁には我々の理想郷が完成することを約束しよう」

 「国盗り、それに軍事力か……」

 「なんだかとんでもない話ねい。あちしゾクゾクしてきたわ」

 「つまりこれまでの任務はそのための準備といったところカネ」

 「そういうことだ。お前たちが遂行してきた全ての任務がこの作戦に繋がっている。そしてこの作戦が終わった時、アラバスタ王国が終わる」

 

 クロコダイルが初めて笑みを見せ、しかしそれでも威圧感が消えることはない。

 

 「作戦名“ユートピア”。この最終作戦によって国盗りは成る……はずだった。少し前まではな」

 「どういうことだ?」

 「諸君らも理解しているだろうが、今この場に居ない人間が一人居る」

 「そうようゼロちゃん! 紙ちゃんでしょ? あちしこの前会ったとこよう!」

 

 Mr.2が大声を出したことによって反応せずにはいられない。

 一人足りないことは全員が気付いている。

 ボスのパートナーであり、組織で唯一コードネームが与えられなかった男。この場に居る者たちには存在が知られ、決して浅い関係でもない存在。

 彼が組織を離れたことは噂として全員に伝わっていた。

 

 忘れた訳ではないが敢えて触れようともしなかった話題。それがMr.2の口から出され、またクロコダイルが言いかけた言葉もあって、なんとなく事情を察する。

 クロコダイルは薄く微笑み、言った。

 

 「国王軍と反乱軍、今更こいつらが何をしたところで作戦の失敗はあり得ない。だが本来の作戦にはなかったイレギュラーも存在する……それがネームレスの存在だ」

 「組織を抜けたという話、本当だったのか」

 「なに、ただ休暇を取っていただけだ。じきに戻るが、この作戦で敵になることは間違いない。最も厄介な障害となるだろう」

 「それはまずいわね」

 「紙ちゃんってばあちしたちのこと熟知してるからねぃ! ってことは作戦も全部バレちゃってるじゃなーい! ジョーダンじゃなーいわよーう!」

 「だから作戦を変更する必要がある。ユートピア作戦だけでは足元を掬われるだろう」

 

 一瞬の静寂があった。

 その静寂を打ち破ってクロコダイルが声を発する。

 

 「作戦名“ディストピア”」

 

 それは、彼が出した一つの答え。

 

 「本来ならば反乱軍と国王軍をぶつけさえすれば簡単に終わるはずだった作戦だが、奴はこれらの衝突を止めようとする。阻止してもいいが……そちらに兵力を分散させることも目的の一つだ。敢えて乗ってやる必要もあるまい」

 「ということは?」

 「反乱軍は捨てる。一応火を点けておくがな」

 「そーいや扇動してたのは紙ちゃんだものねぃ。ちょっと扱い辛いわね」

 「もっとも、捨てたところで問題はない。反乱軍は作ることができる」

 

 腕を組んで話を聞いていたMr.3が、ぴくりと眉を動かした。

 利用するのではなく作る。

 頭脳明晰な彼であっても即座に理解することができず、真剣な声で尋ねた。

 

 「どういう意味だガネ? 反乱軍は捨てると言ったはずなのでは」

 「ミス・オールサンデー」

 「あなたたちに最後の指令書を渡すわ。それとMr.3、あなたの疑問に関してだけど」

 

 ミス・オールサンデーがヒールを鳴らしてテーブルに近寄り、微笑みを湛える。

 

 「サー・クロコダイルは海賊からこの国を守る英雄(ヒーロー)。そして内乱が続くこの国は海賊たちにとっては良い標的よ。ここまで言えばわかる?」

 「なるほど……戦力としては不安も残るが、腕は申し分なさそうだガネ」

 「どういうこと?」

 「じきにわかる」

 

 首をかしげるミス・ゴールデンウィークが尋ねるものの、Mr.3は敢えて言おうとしない。

 その間にもミス・オールサンデーの手によって全員へ指令書が配られる。

 たった一枚の紙に、自分に求められる指令だけが書かれていた。他の者がどう動くのかは記されていない。自分の仕事だけ完璧にこなせ、ということだ。

 

 それを見て難しい顔をする者は居ない。これまでも自身の仕事にのみ従事し、その他の余分な情報は与えられないことが当然。

 今更驚く内容ではなく、素直に指令を受け入れる。

 

 読み終え、理解した後で、全員がそっと腕を伸ばした。

 テーブルにある燭台、蝋燭の火で指令書を燃やして、証拠を消す。

 

 「大した敵ではない……が、指揮官が有能であればどんな雑兵もほどほどに使える。我々の敵となる連中の顔を知っておいた方が賢明だろう」

 

 再びミス・オールサンデーが動き、映像電伝虫によって、壁一面に複数の写真が映し出された。

 麦わらの一味、及びビビとイガラム、カルーの写真だ。一人も欠かさずに映されていて、エージェントたちは彼らの顔を瞬時に記憶する。

 その中には当然キリの顔もあった。

 

 「これがバロックワークス社最後にして最大の作戦。失敗は許されん。決行は明朝7時」

 「そこに彼らもやってくる……」

 「武運を祈る」

 

 クロコダイルの一言に、了解、と声が揃った。

 決行は明朝7時。

 明日になれば敵がこの島に来ることは、その一言で理解できる。そしてその敵が、秘密主義を貫いた自分たちを誰よりも理解していることは間違いない。

 どうやら明日は長い一日になりそうだ。

 全員がその覚悟を決めていた。

 


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