ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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Welcome to the Black Parade

 アルバーナで事件が起こってから数時間。

 あちこちを駆け回った兵士たちにより、なんとか鎮火に成功し、煙こそ昇っているがひとまず火災は町から消し去ることに成功したようだ。

 町はひどい状態にある。

 焼け落ち、崩れ、今朝までの平穏さが嘘のようだった。

 

 逃げ惑っていた市民はすでにアルバーナを出た。事態が終結するまでは砂漠に身を置き、反乱軍との戦闘に巻き込まれないよう気をつけているのだろう。

 その間、国王軍が町を襲った敵を排除しなければならない。

 

 しかし彼らは苦心していた。

 火を放った後、どこかへと逃げた反乱軍が一向に見つからないのだ。

 

 時間ばかりが過ぎていき、焦りは募っていく。

 ひとまず町の破壊は無くなったようだが、それでもいまだ連れ去られた国王や護衛隊副官たちが見つかっていない。今頃、どこでどうなっているか想像もできない。

 兵士たちは慌てて町中を駆け回る。

 

 門の辺りを捜索していた兵士たちが、ふと砂漠の方を見た時だ。

 大きな砂埃を起こして走ってくる大きな物体がある。

 そちらをじっと見始め、一人の兵士がついに気付いた。

 

 「あれは……ヒッコシクラブか?」

 「珍しいな。自分から町に近付いてくるなんて」

 「おい、そんな悠長なことを言ってる場合か!? まだ国王様が見つかっていないんだ! カニを見てる暇があるなら急いで探せ!」

 「わ、わかってる……いや待て、誰か頭に乗ってるぞ」

 「何?」

 「まさか国王様ではっ!」

 

 一人が気付いて足を止めると数十人が同じように注目した。

 人の居る土地には近付かないはずのヒッコシクラブだが門へ向かってくるらしい。

 ひょっとしたら連れ去られた国王様では。

 望みは薄いと知りつつ、ここまで希望が無くてはそう思わずにはやっていられない。門へ急いだ彼らは重い鎧を着たまま走り、ヒッコシクラブが接近してくる先へ向かう。

 

 アルバーナは周囲を砂漠で囲まれた、高い台地の上に設けられた町。

 砂漠から町へ入るには長い階段を登らねばならない。

 

 階段へ続く門に辿り着いた時、兵士たちはヒッコシクラブの頭から降り、早くも階段を駆け上がってくる者たちを見つけた。

 敵か味方か、わからない。

 咄嗟に持っていた槍を構えて出迎え、正体不明の彼らに対して大声を発した。

 

 「止まれェ! 貴様ら一体何者だ!」

 「反乱軍の兵士か! だとすればここからは一歩たりとも通さんぞ!」

 「いいえ……私たちは反乱軍ではありません」

 

 先頭を走ってきた少女が被ったままだったフードを降ろす。

 息を切らすその表情は国民ならば誰もが知るもの。

 数年前に失踪したはずの王女ビビが、唐突に現れたのである。その顔を見て気付いた兵士たちは慌てて槍を降ろし、腰を抜かしそうになりながら見つめた。

 

 「ビ、ビビ様!?」

 「ご無事だったのですか!?」

 「一体なぜこんな時に……! 危険です! 今は町の外へ避難を!」

 「危険は承知よ。何があったのか全て話して。私はこの国を守りに来たの!」

 

 ビビの隣にはカルーが、背後には見知らぬ者たちが居る。

 強い言葉と意思は間違いなく本人ものとはいえ、事件が起きたばかりのアルバーナに入れていいはずがない。そう逡巡する兵士たちは何も言えない。戸惑ってしまって、助けを求めるように互いの顔を見ては無意味に唇を動かすのみだ。

 

 いつまでもじっとはしていられない。

 焦っているのは兵士だけではなくビビも同じだ。

 痛くなるほど拳を握り、彼女はさらに強い口調で尋ねる。

 

 「今は一刻を争うの! この町で何があったのかを教えて!」

 「は、はいっ! 反乱軍のコーザが突如国王様を攫って、町に攻撃を……!」

 「ご覧の通り、町は反乱軍によって焼かれました。突然の襲撃でどうすることもできず……市民は砂漠へ逃げたのですが怪我人も多く、国王軍にも被害が出ています」

 

 やっぱり、とビビが唇を噛む。

 キリが予想していた展開はそう間違っていない。

 コブラとコーザ、両陣営のリーダーの外見を能力で記憶している彼は、その姿を使っていつでも戦争の火種を作ることができる。そして事態は一度動き出せば彼本人ですら止められない。

 

 少ない情報でも事態は大まかに理解できた。

 町が攻撃を受け、コブラが攫われ、国王軍は混乱中。それだけわかれば十分。

 

 もうキリに言われなくても何をすべきかはわかる。

 決意したビビはパッと顔を上げた。

 今、国王軍を導けるのは自分しか居ないと気付いたようだ。

 

 「現在我々は国王様を捜索中で――」

 「ここからは私が指揮を執ります。国王軍を一か所に集めて!」

 「ビビ様が、我々の指揮を!?」

 「しかしビビ様、今この町は非常に危険でっ。どこに反乱軍が潜んでいるかわかりません!」

 「じゃあ黙って国を奪われるところを見ていろと言うのっ!? 私は敵の正体を知っている! 本当の敵を倒すことができる!」

 

 気持ちが昂り、思わずビビは先頭に居た兵士に掴みかかった。

 彼のマントを強く握って、自然と大きくなる声を周囲の兵士全員へ聞かせようとする。

 

 「あなたたちが戦っている敵は反乱軍じゃない! その姿を借りた別の相手よ! このままあなたたちが本物の反乱軍と戦ってしまったら、この国が壊れてしまう!」

 「ビビ様、一体何を……」

 「真実を知っているのは私たちだけなの! お願い、力を貸して……! アラバスタ王国を守れるのは、この人たちしかいないっ!」

 

 焦っているのか、すぐに理解できる説明ではない。

 しかし、かつてないほど熱く、表情を歪めて叫ぶビビを見て何も思わないはずがなかった。

 

 マントを掴まれて、彼女の眼差しを最も近くで受けていた兵士が息を呑む。何が正しいのだとしても自分が守るべき人物を疑うことに意味などあるだろうか。

 一番早く判断したのは彼だった。

 狼狽しながらも振り返り、他の兵士へ指示を出した。

 

 「……ほ、他の部隊へ報告! 全部隊、広場へ集まれ! ビビ様が指揮を執られるぞ!」

 「し、しかし町は危険だというのに……!」

 「黙れ! 我々がビビ様を信じなくてどうするんだ! これからはビビ様の命令に従って動くと全部隊に通達しておけ!」

 「は……はっ!」

 

 兵士たちが一斉に駆け出した。ビビの護衛のため全員ではなかったが、一刻も早くこのことを伝えようと全力で足を動かしている。

 その様子を見てビビもようやく冷静さを取り戻せた。

 掴んでいたマントを離し、思わず頭を下げる。つい熱くなり過ぎて息も切れ、必死に落ち着こうとしながらの言葉だった。

 

 「ごめんなさい……乱暴な言い方をしてしまったわ」

 「いいえ。おかげでビビ様のご意思が伝わりました。我々にはわからないことが多過ぎますが、ビビ様だけは我々がお守り致します」

 「……ありがとう」

 「それよりビビ様、彼らは?」

 

 明らかに兵士ではない、護衛ではなさそうな集団に目線を向けられる。

 ビビは笑みを浮かべて彼らに振り返った。

 

 「仲間よ。私と一緒に命を賭けてくれるの」

 「はっ……そうでありますか」

 

 残った兵士は何と言えばいいかわからないという顔で、彼らの顔を眺める。

 それから、キリが一歩を踏み出した。

 彼に続いて全員同時に動き出し、その場を離れようと歩を進める。

 

 「ビビ、ボクらは行くよ。Mr.9とミス・マンデーはここで」

 「おう」

 「こっちは任せな」

 「ボクらのことは心配しなくていい。自分の役目を果たすことにだけ集中して。全員がそうすれば必ず結果は思い描いた通りのものになる」

 「ええ……みんな、気をつけてね」

 

 ビビの傍にカルーとMr.9とミス・マンデーが残り、それ以外が彼女の傍を通り抜ける。

 火で破壊された町並みを前にして、駆け出す。

 一切振り返ろうとせずに大通りを進んでいった。

 

 その背を見送り、ビビもすぐに思考を切り替える。

 心配することだけが仲間ではない。今はそれを理解している。

 

 「私たちも行きましょう。お父様は攫われてしまったのね?」

 「はい。それにチャカ様とペル様が敵の攻撃を受けて同じく……」

 「そう……大体想定した通りよ。大丈夫、まだ負けじゃない」

 

 兵士を安心させようとしたのか、それとも自信に繋げるためか。

 歩き出したビビは兵士やカルーたちに囲まれながら呟き、落ちそうになる視線をしっかりと前へ向けて、唇を噛んで前に進んだ。

 

 ビビたちと別れた後、そう多くの時間を共有せず、麦わらの一味も分かれようとしている。

 それぞれの目的は似ているようで違う。

 異なる敵を倒し、敵を倒した後を考えて、目的はあくまでも反乱の阻止。

 海賊としては些か風変りとはいえ、今はこの作戦を成功させることにのみ集中していた。

 

 先頭はルフィとキリ。

 わずかに振り返ったキリが声をかけ、やっと別行動の時が来る。

 

 「ここからは各々の判断に任せる。全員、生きてまた会おう」

 「当ったり前だァ!」

 「縁起でもねぇこと言ってんじゃねぇよ」

 「おれも頑張るぞ! 怪我した時は言ってくれ!」

 「ゾロ、あんたは迷わないように気を付けなさい」

 「うるせぇ! ガキか、おれは!」

 「ルフィ、キリ、二人も気をつけて」

 「うん」

 「よし、行くぞお前ら」

 

 ルフィが笑みを浮かべて、前を向いたまま仲間たちへ声を発する。

 

 「思いっきり暴れていいぞ! 野郎どもォ! 戦闘だァ!!」

 「おおォ!!」

 

 そう言った途端、二人一組になって一斉に分かれる。

 別々の道に入って路地から違う通りへ向かったようだ。

 同じ大通りを走るのはルフィとキリのみ。彼らは真っ直ぐに王宮を目指しているらしく、その視線がぶれることすらない。

 

 「ルフィ、あれが王宮だ。あれなら迷わず行けるよね?」

 「当たり前だろ。お前おれをバカにし過ぎだぞ」

 「ごめんごめん。でも、ひょっとしたらこの先、ボクは一緒に居られないかもしれない」

 

 破壊された町並みを見ながら思う。

 これはおそらく宣戦布告。国王軍が反乱軍を迎え撃つ理由を作ると同時に、邪魔にしかならない市民を外へ逃がし、暗殺ではなく、正面から一味を叩き潰すという予告だ。

 キリは相手の意図を読み取っているつもりだった。

 それを証明するように王宮を見ながら説明する。

 

 「クロコダイルは多分あそこに居る。逃げも隠れもしないよ」

 「なんでわかるんだ?」

 「この作戦が終わった後、彼は王になるつもりだ。それなら居場所は決まってる」

 「ああ、王様の家だもんな。あそこ」

 「きっとルフィを待ってるよ。見てないけどわかる」

 

 走りながら息を切らす様子もなく、彼は真剣に告げる。

 ルフィは隣に居るキリの顔を見て笑顔で言った。

 

 「待ってるんならそっちの方がいいや。探す手間がいらねぇだろ」

 「うん」

 「おれの心配はすんなよ。お前が言ったんだ。自分の役目だけ果たせって」

 

 ルフィも王宮を見上げる。

 かなりの巨大さ。内部のどこにクロコダイルが居るかなど想像もできない。だがそこに居るということだけわかっていれば十分だろう。

 能天気にも見える笑顔で彼は余計な心配などしていなかった。

 

 キリは小さく頷く。

 徐々に王宮が近付いていた。全力で走っているだけに時間はかからない。

 到着はもうすぐ。

 

 そんな時、突然目の前に真っ白な壁が現れた。

 待っていたとばかりにキリが地面を蹴って空へ跳び上がる。

 

 「キャンドルウォール!」

 「うわっ!? なんだぁ!?」

 「ドルドルの実、Mr.3だ!」

 

 道を塞ぐほど大きな白い壁が視界をいっぱいに埋めた。おそらく敵は向こう側。鉄の硬度を誇るその蝋は、決して簡単に壊れるものではない。

 キリの判断は素早く、全く恐れてはいなかった。

 

 相手が向こう側に隠れていると気付き、宙に浮かべた紙を蹴り、高く飛び上がっていく。

 壁を飛び越えるだけならルフィにもできるが、それでは待ち伏せを望む相手の思う壺。キリのように空を自由に移動できる能力が必要だろう。

 道を作るため、相手の思惑を潰すため、キリは単独での攻撃に出た。

 

 壁を見下ろせる位置に到達し、高さは六メートル以上にもなる。

 巨大な蝋の向こう側を見て、少なくとも道にはMr.3の姿は見えなかった。

 

 おそらくは小さな路地か家の中。姿を隠したまま道を塞いだのか。

 周囲に無数の紙を浮かべ、攻めるか退くか、キリはほんの一瞬思考する。

 相手は力で勝とうという性格ではない。Mr.3、“姑息な大犯罪”がモットーの策謀家。戦闘能力よりも緻密な作戦と優れた頭脳を買われてMr.3の称号を手に入れた男。

 深入りすれば思う壺なのでは。

 対峙する相手がわかるだけに迷いがあったのは事実だ。

 

 時間にすれば一秒もない一瞬。小さな迷いは、確かにその後の展開を変えた。

 頭上からフッと影が差し、目を見開いたキリは即座に頭上へ目を向ける。

 大きな鳥が翼を広げ、彼を狙って真っ逆さまに降下していた。

 

 イレギュラーは必ず起こる。

 そう思っていたからこそ、キリは一切慌てない。

 

 自身の周囲を旋回していた紙を集めて、剣として手に持ち、迎撃の準備を素早く整える。

 おそらくMr.3は最初からこうなることを狙っていて、キリが壁を越えようとすることすら予想していたに違いない。そして彼の知らない戦力を投入し、頭上からの強襲。明らかにキリだけを標的にして仕留めにかかっている。

 ルフィは道に立ったまま、大口を開けてキリの行動を見ていた。

 

 キリも自身が作った紙の足場を蹴り、自ら空へ向かって敵へ接近する。頭から落下してくる大鷲と視線を交わらせ、正面からの激突を望んでいた。

 しかしこの時、読み切れなかったことが一つ。

 その大鷲が人獣型であることから能力者であるとわかった。とはいえ、特殊な装備を持たず、両手に短剣を持っていることから近接戦闘を行うと考えてしまったのである。

 

 二人の距離が近くなった時、唐突に大鷲の肩辺りから勢いよく水が飛び出したのだ。

 虚を衝かれ、あまりにも距離が近く、キリは反応できずに頭から大量の水を被ってしまう。

 当然体の力が抜けて、驚く暇も与えず大鷲が手に持った短剣を振り下ろした。

 

 「悪いね。君のことは知ってんだ」

 

 刀身がずぶりと肌に差し込まれ、肉を裂いて、血が噴き出す。

 一瞬にして数度の斬撃。キリは無数の攻撃を受けて全身から血を撒き散らし、悲鳴を発する余裕すらなく、姿勢を崩して頭から落下しそうになった。

 見上げていたルフィの下へ、大量の血と能力を失った紙が落ちてくる。

 気絶したかのようなキリの体は大鷲の能力者に掴まれ、宙づりにされた。

 

 「キリッ!?」

 「君の居ない間にメンバーが代わってね。Mr.12の科学ペア。手を使わないで水を弾丸のように吐き出せるシステムはどうだい? それに状況を確認するために空へ飛ぶっての、癖になってるそうだから直しといた方がいいよ。まぁちょっと遅いけどさ」

 

 服を着た大鷲、彼は人と鷲が混じったような姿をしている。

 砂とよく似た淡い色のコートを身に着け、頭には同色のバンダナを巻いていた。

 トリトリの実、モデル“(イーグル)”の能力者。

 少なくともキリの在籍時にはバロックワークスに存在しなかった、言わば彼を狩るために用意された新戦力であった。笑みを浮かべて、自身が捕えたキリに声をかける。

 

 左腕の手首の辺りを掴まれ、キリは目を閉じてぴくりとも動かない。

 心配するな、と言ったとはいえ、その姿には冷静さを欠いたのか。

 怒りを露わにするルフィが咄嗟に腕を伸ばそうとした。

 

 「お前ェ! おれの仲間に何やってんだッ!」

 「おっと、怖い怖い。そんなに怒るなよ。おれだって仕事でやってんだぜ?」

 

 ルフィが勢いよく伸ばした右腕を、大鷲は少し動くだけで回避する。バサバサと翼を羽ばたかせ続けて降りてくる気配は一向に見られない。

 降りてきたとはいえ高度は高く、すぐに捕まえられるほど遅くもなかった。

 腕を引き寄せたルフィは歯を食いしばるが、大鷲は余裕の笑みでそんな彼を見る。

 

 「おれはこいつを連れて行きたいだけさ。大丈夫、殺したりしない」

 「キリを返せ!」

 「そりゃできない相談だね。失敗すればおれが殺される世界さ。だから――」

 

 その言葉を言い終わらない内に、突然キリが目を開いた。

 腕が真っ白に染まり、紙を重ねた姿に変化した右腕を硬化させ、指を開いて大鷲へ突き出す。まるで心臓を抉り取ろうという強固な意志も、しかしなぜか届かない。

 

 彼が動き出す直前、大鷲が手を放していたのだ。

 落下を始めていたキリの攻撃は空振りに終わって、大鷲は武器をピストルに持ち替える。

 

 発砲に戸惑いはない。

 銃声が鳴り響き、何度も、何度も放たれた銃弾がキリの体を貫いた。

 避けられないと判断し、防御しようと胴体を紙に変化させ、硬化した上で受け止める。だがすでに切り裂かれていたその体で耐え切れる衝撃ではなく、努力も空しく風穴が開く。

 銃弾が届くことはなかったが、降ってきた血がルフィの頬にも付着した。

 

 落下しそうになったキリは再び大鷲に捕らえられ、今度は左足首を掴まれる。

 だらりと力が抜けて今度こそ動かない。

 見上げていると血が雨のように降ってきて、いよいよルフィは怒りに支配された。

 目を閉じたキリは、死んでしまったかのように見えていた。

 

 「最後の一撃、だろ? それもちゃーんと聞いてる。勝ったと思って油断してる奴を不意の一撃で仕留めようっていやらしい手だ。でもあいにく、こっちにゃそれを教えた張本人が居てね」

 「お前ェェェッ!!」

 「あー、でもこっちはどうしようもねぇかな」

 

 強く地面を踏みしめ、再びルフィが腕を伸ばす。

 大鷲は右手で脱力したキリを吊り下げながら、もう片方の手でぽりぽり頬を掻く。

 そんな様子すら怒りを買ったが、不思議と大鷲には焦る様子は皆無だった。

 

 「いい加減にしろォ!!」

 「キャンドルロック!」

 

 勢いよく伸ばされた右腕が、大鷲に届く前に蝋に捕まり、そのまま通りにあった建物の壁へ貼り付けられた。痛みは全くないがルフィの腕は縫い付けられてしまう。

 視界が極端に狭くなっていたのか、道を塞いでいたはずの壁が消えたことに今気付いた。

 そこにMr.3が立っており、奇妙な髪型だと思う余裕もなくルフィが吠える。

 

 「誰だお前ェ! 邪魔すんな3!」

 「そういうわけにはいかんガネ。彼はスペシャルゲストだ。そのまま黙っていてもらおう」

 「このっ――!」

 「キャンドルロック!」

 

 反射的に構えた左手も、あらかじめ狙っていたMr.3によって拘束される。

 右手は蝋を使って壁に貼り付けられ、左手は地面に繋ぎ止められてしまった。

 荒々しく動くルフィはそれらに翻弄されて、どうやらキリを運ぼうとする大鷲を追えない。それを確認した後で大鷲は王宮の方へ向かおうとする。

 

 その際、何気なくMr.3に声をかけていた。

 Mr.3はその場に居るルフィは気にせず、歩いてその場を離れようとする。

 

 「助かったぜ。それじゃあおれは運んでくる」

 「気をつけた方がいいガネ。ボスを怒らせれば生きてはいられんぞ」

 「わかってるっての」

 「おい待てェ! くそっ、これほどけェ!」

 

 必死に動こうとするが動けないルフィを置き去りに、大鷲はどんどん遠ざかっていく。

 血濡れのキリを連れて、彼が手を伸ばしても届かないところへ行ってしまった。

 悔しげに歯を食いしばるも状況は変わらず。

 

 「キリィィィッ!!」

 

 声すら届かなくなり、ルフィだけが取り残された。

 

 彼の声を聞きながら路地を歩くミス・ゴールデンウィークはわずかに振り返った。

 前を歩くのは一仕事終えたMr.3。

 仕留めるチャンスを見逃すとは彼らしくない、と思っていたようだ。

 

 「いいの? 放っておいて」

 「構わんガネ。奴はボスが直々に相手をするそうだ」

 「どうして?」

 「さぁ……なぜかは知らんが殺しては問題があるらしい」

 

 二人は荒れ果てた町の中を平然と歩く。

 ずいぶん待った。ようやくこれから彼らの仕事が始まる。他のエージェントたちもすでに動き出しており、彼らの到着を心待ちにしていたはずだ。

 見たところ、彼を見逃しても問題はないだろうと判断していた。

 ここで生き残ったとしてもクロコダイルと戦えば生き残れるはずがない。

 

 思考はすでに切り替えている。ルフィについて心配する様子など微塵もない。

 戦況を動かすのは彼の頭脳と指示一つ。

 それは果たすべき自分の役目であり、一種の楽しみでもあったようだ。

 

 キリの在籍時、彼とはチェスを始めとして様々なゲームで頭脳を競い合った。この一戦は言わばその戦いで一つ勝利を奪ったともいえ、機嫌が良くなったらしい。

 通算で言えばキリの勝利が多い。

 だからこそ熱くもなり、個人的な感情もあってMr.3は静かに燃えていた。

 

 「信用ならん男だと思っていたが意外に使える。我々も次に向かうとしよう」

 「キリを捕まえるの、あの人の仕事だったよね。どうして手伝ったの?」

 「その方が効率がいいからだよ。奴が居なければ勝利はぐっと近くなる、ということだガネ」

 「ふぅん。負けたのが悔しかった?」

 「君は何を聞いていたのカネ」

 

 二人は人知れず姿を消す。

 彼らには彼らの思惑があり、他のエージェントと協力するかといえば、それもまた微妙な話。結果を求める人間は過程を軽んじることもある。

 姑息な大犯罪。それが彼のモットー。

 最後に勝てればいいというのが今回の彼の心情。そしてそれを知るのは彼のみだ。

 


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