ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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BURN the FLOOR(3)

 広場へ向かう道中、ビビは荒れ果てたアルバーナの町並みに心を痛める。

 以前は美しい景観であったはずだ。バロックワークスに潜入していた期間が長く、見たのは久しぶりである。しかしまさか、こんな姿を見ることになるとは。

 

 動揺する彼女は思考を改めようとしていた。

 落ち込んでいる暇はない。常に考え続けなければ勝利が手に入るはずもないだろう。

 

 歩きながらビビが傍に居た兵士に尋ねる。

 護衛に就いているのは五人足らず。

 同行するのはカルー、Mr.9、ミス・マンデー。

 戦力は決して多いとは言えないものの、援軍を期待することはできない。このメンバーでやるしかないのだ。国王軍を導き、反乱軍ではなくバロックワークスを倒す。

 

 「あなたたち、名前は?」

 「いえ、我々の名前など、王女に覚えて頂くほどのものでは」

 「教えて。必要なことなの」

 「はい。では――」

 

 兵士たちは一人ずつ名前を言っていく。

 全員の名前を聞いた後、ビビは再び質問した。

 

 「兵士全員の顔と名前が分かる人は居る?」

 「全員、ですか。流石に全員ともなると一人では難しいかと思いますが」

 「国王軍の内部に敵が居るの。私たちと反乱軍が戦うのを望んでいる人間よ」

 「えっ!? 我々の中に、ですか?」

 

 ビビの隣を歩いていた兵士は目を見開いて驚愕する。試しに聞こえていただろう他の兵士の顔も見てみるが、彼らも同じように驚いていた。

 こういった問題にはMr.9やミス・マンデーは口を挟めない。

 真剣な様子のビビを気にしつつ、彼女らの話を耳にする。

 

 「何年も前に正しい手順で潜入した工作員なの。あなたたちが知らなくても無理はない。名前のリストを手に入れているから、この人達を探してほしいの」

 「そんな……しかしビビ様は、なぜそんなことをご存知なのですか?」

 「敵の情報をよく知る仲間が居たから。彼が居なければきっと対等に戦うことはできなかった」

 

 兵士たちは動揺を隠せない。

 ビビのことは信じたいとはいえ、理解が追いつかない部分も多くなる。

 とにかく彼女の言う通りに従うことしかできなくて、彼らは戸惑いながらも頷いた。

 

 「わかりました。それぞれの部隊長であれば名前もわかるでしょう。確認を急ぎます」

 「彼らを拘束して。だけどここにある名前の人以外にも、いつ誰が敵になるかはわからないわ。十分注意してね」

 「ご心配なく。ビビ様の御命は、我々の命を捨ててでも――」

 「それがダメなのっ。簡単に死のうとしないで。私も自分の身くらい自分で守れる」

 

 焦りを感じさせるビビの声を聞き、発言した兵士は虚を衝かれた。

 彼女は真っ直ぐ前を見て歩きながら決意を露わにしている。

 その姿はか弱い少女とは思えず、独特の強さを感じさせていた。

 

 「あなたたち一人一人が国を作るのよ。簡単に命を捨ててはいけないわ」

 「しかし……」

 「大丈夫。私だって、今まで遊んでたわけじゃないの」

 

 自信を見せてビビはどんどん前へ進んでいく。

 兵士たちは、近年の彼女を知るMr.9とミス・マンデーは、少なからず驚きを隠せなかった。彼らが知るビビとはどこか違っている気がするのである。

 以前とは違った強さを感じさせ、ビビを先頭に広場へ向かう。

 

 到着するとそこにはすでに大勢の兵士が集結していた。先に報告へ向かった兵士の迅速な行動のおかげか、それともビビが戻ったという報告で士気が上がったのかもしれない。

 ビビは促されるままに集団を見渡せる位置へと移動する。

 

 「ビビ様!」

 「本当にビビ様が……!」

 「ビビ様、よくぞご無事で!」

 

 兵士たちは歓喜に身を震わせている。

 国の宝とも言うべき王族、その一人娘が帰ってきた。これほど嬉しいことはない。

 だが今はそんなことを言っていられる状況でもなくて、皆を見渡せる場所へ到達した彼女は真剣な顔を見せ、集まった兵士たち一人一人の顔を見つめた。

 

 「みなさん、今までごめんなさい。本当にご迷惑をおかけしました」

 「そんな……我々はビビ様がご無事ならそれで」

 「だけど感傷に浸っている時間はありません。今、この国にはまだ危機が迫っています。私たちの敵はこの国を混乱に陥れ、乗っ取るつもりでいるんです」

 「まさか、反乱軍が……」

 「違います。この反乱は全て仕組まれたもの……反乱軍はこの国の崩壊を望む人々の手によって踊らされていただけ。私たちが戦わなければならない相手は反乱軍ではないんです!」

 

 兵士たちにどよめきが生じる。これまでの事件や紛争は何だったのか、そう思ってしまうほど衝撃的なことを言われて、自分たちの苦労すら振り返ってしまった。

 しかしその動揺はおそらく必要なこと。

 ビビは躊躇わずに言葉を重ねた。

 愛する祖国を守るためには、彼らの協力が必要不可欠なのだ。

 

 「私はこの国を守りたい……だけど私一人の力じゃどうしようもありません。みなさんの力を貸してください! 私と一緒に、この国を陥れようとする本当の敵と戦ってください! 反乱軍も騙されているだけ、彼らも救わなければ!」

 「し、しかし、あの時居たのは、確実にコーザで……」

 「おい、やめろ! あのビビ様が嘘なんかつくもんか!」

 「そうだ! おれはビビ様を信じる! 一緒に戦います!」

 「おれの力で良ければいくらでも使ってください!」

 「この国を守るんだ! おれたちの手で!!」

 

 どよめきから一転、兵士たちの士気は上がって、雄たけびを上げながら武器を掲げる。

 やはり王女ビビが直接声をかけた影響は大きいのだろう。黙って見ていたMr.9とミス・マンデーは改めて彼女が本物の王族であることを認識する。

 

 「みんな……ありがとう」

 「ミス・ウェンズデー、本当に王女様だったんだな……」

 「わかりきってたことだろ。私たちがやることは変わらない。友達のために一肌脱ぐだけさ」

 「お、おう。当ったり前だ」

 

 彼らがその光景を眺めていた時、進み出てくる四人が居た。

 屈強な男たちは地面に膝をついて、ビビに対して恭しく頭を下げる。

 

 「ビビ様」

 「ツメゲリ部隊……! あなたたちも無事だったのね」

 

 彼らは、ツメゲリ部隊と呼ばれる四人から成る極小の部隊。皆が一流の腕を持っており、戦いにおいてアラバスタ最強の戦士たちに次ぐ実力者だ。

 彼らの協力は何よりも頼もしい。チャカやペルが敗北した今なら尚更だった。

 

 「我らの力及ばず、チャカ様、ペル様が連れ去られたこと、お許しください」

 「しかしこれよりは決して後手には回りませぬ」

 「我ら四人で」

 「ビビ様の御身は絶対にお守りします」

 「ええ……ありがとう。だけど無理はしないで。みんなで生き残ることが私たちの勝利よ」

 「御意」

 

 ツメゲリ部隊が頭を下げると同時。

 まるで狙い澄ましたかのように、広場の入り口へ大勢の人間が詰めかけた。

 

 「ビビッ!!」

 

 兵士たちが一斉に振り返り、ビビたちもそちらに目を向けていた。

 声色からして相手が誰なのかはわかっている。

 広場に集まった全員がそちらを見ると、やはりコーザが立っていて、その後ろにはずらりと反乱軍の兵士たちが集まっていた。

 

 否応なしに緊張感が高まる。

 コーザは厳しい目でビビを見ていた。

 だがビビはあくまでも冷静に、決意した顔でじっと彼を見つめ返す。

 

 「まさかお前も居たとはな……」

 「ええ……」

 「もう止められないぞ。おれはこの国を落とす。そして前よりもずっと良い国を――」

 「下手な演技はやめてMr.2。私にはそんな嘘通用しないわ」

 

 距離はあるものの声ははっきり聞こえる。

 コーザの声を遮って、ビビは凛とした声で話していた。

 国王軍兵士も、反乱軍だろう男たちも、押し黙って二人のやり取りを眺める。

 

 「あなたの能力はマネマネの実。他人の姿をコピーして、この国をかき乱した。お父様の姿を借りて反乱軍を利用したのもあなたでしょう?」

 「何を言ってるんだ。おれは――」

 「あなたたちは反乱軍なんかじゃない。なぜなら本物の彼らは、私たちの仲間がナノハナで足止めしてるから。到着にはまだ少しの猶予がある」

 

 説明するようにビビが言った途端、コーザが自ら口を閉ざし、少し黙った後に肩を落とした。

 

 「ぷぅ~っ……ゼロちゃんの言ってた通りね。本物の反乱軍は使えないわけだわ」

 「まさか、本当にコーザじゃなかったのか……!?」

 「ならあれは一体誰だ――?」

 「仕方ないわねぃ。それじゃプランを変えるわぁ~ん」

 

 そう言ってコーザ――彼の姿に化けたMr.2が勢いよく右手を上げた。

 全く同じタイミングで国王軍の兵士たちが悲鳴を発し、なぜか仲間同士で傷つけあい、血を流して倒れていく。どうやらすでに潜入していたバロックワークス社員が攻撃を始めたらしい。

 見栄えは完全に同士討ち。

 動揺した国王軍は隊列を乱して逃げ惑い、混乱するばかり。

 

 その姿を見たビビは悔しげに歯を食いしばる。

 先手を打たれた。彼らはこの状況も考慮してここへ来たようだ。

 

 「お、おいっ、何をする――ぐわっ!?」

 「目的はビビ王女の排除……あんたたち! 思いっきり暴れなさ~い!」

 「はっ! Mr.2・ボン・クレー様!」

 

 反乱軍に変装したバロックワークスが動き出す。

 最も優先すべきはビビの始末。彼女を失えば国王軍は総崩れとなること間違いなし。駆け出した男たちは武器を掲げて彼女へ殺到しようとした。

 

 この時、国王軍は突如寝返った風に見える兵士たちの攻撃を受けて混乱している。彼らも同じくバロックワークス社員で、初めから敵なのだが、それを説明している時間もない。

 統率が乱れたまま戦闘が始まってしまう。

 国王軍は早くも大打撃を受けており、早く立て直さなければ全滅もあり得る。

 困惑するビビは戦況を見ながら必死に頭を悩ませていた。

 

 辺りで怒号が響いている。大声を出しても混乱している彼らに聞き取る余裕がない。

 敵は二種類。国王軍の格好をしている者と、反乱軍に扮している者。

 その両方から同時に攻撃を仕掛けられれば混乱するのも当然だ。どうすれば兵士たちを導き、この戦いに勝利することができるのか。

 

 悩むビビには部隊を指揮した経験などない。

 それでもやらなければと焦る一方の彼女に対し、迷わずツメゲリ部隊が声をかける。

 

 「恐れていたことが……! 国王軍にも敵が潜んでいるの! 彼らをどうにかしないと、誰が敵か味方かわからなくなる!」

 「ビビ様、我々にお任せを!」

 「兵士を集め、向かってくる者のみを討ちます! 一時この場から離れますが……」

 「お願い! 彼らを見捨ててはいけないわ! こっちは大丈夫だから!」

 「申し訳ありません!」

 

 素早く確認してツメゲリ部隊が動き出す。

 ビビとは違い、彼らには兵の指揮経験がある。

 四人がそれぞれ分散し、混乱する兵士たちに向かって怒声を発した。

 

 「皆、一塊になって警戒せよ! 姿形に囚われるな! 攻撃してくる者は全て敵だ!」

 「味方にも敵が紛れ込んでいるぞ! だが恐れている暇はない! 己が目で敵を見極めろ!」

 

 すぐさま指示に従った者、従わなかった者が居る。判別ならばそれだけで十分。互いに背を任せて己の敵を見定めた兵士たちは、即座に目つきを変えて戦闘を開始した。

 ツメゲリ部隊もまた先頭に立って反乱軍にぶつかり、敵の攻勢を食い止めようとする。

 

 戦闘は一瞬にして激化した。

 ビビの周囲では十名程度の兵士たちが身構え、Mr.9やミス・マンデー、カルーが警戒する。

 

 敵も味方も入り乱れての激しい戦い。

 この様相ではもはや敵がどこから来るかわからない。

 大将が討たれることだけは注意しなければと、彼らの警戒心は高まり、だがどれほど警戒していようと敵の接近を未然に防げるほど簡単な相手ではなかった。

 

 「Mr.9」

 「ああ、わかってるぜミス・マンデー。見覚えのある顔だな」

 

 ビビの背後を守ろうとしていた二人の声を耳に入れ、思わずビビは振り返る。

 小さな路地を抜けて広場に入ってくる男女の二人組が居た。

 この二人、暑い気候だというのに甲冑を身に着け、剣と盾を持って近付いてくる。

 兜だけは脱いでいて、どう見てもダラダラと大量の汗を掻いていたが、本人たちは至って真面目な様子でビビを狙って歩いてきた。

 

 Mr.10とミス・テューズデーである。

 顔見知りであるMr.9とミス・マンデーは、自ら彼らへ近付いて足を止めさせる。

 

 「王女を殺せば国王軍は機能停止……存外、楽な仕事になりそうだな」

 「だけどMr.10、彼ら邪魔するつもりらしいわよ。裏切者ね」

 「ああ、それじゃ仕方ない。彼らの始末は僕らがつけるとしよう」

 「そうね。さっさと殺してビビ王女を仕留めなきゃ」

 「フン。舐められたもんだね」

 「言っとくがおれは前よりずっと強くなってるぜ。バイバイベイビー?」

 

 武装した二人の前に立ち塞がり、Mr.9は両手に金属バットを持ち、ミス・マンデーは拳にナックルダスターを装備し、Mr.10ペアに立ち向かう。

 いつまでも心配していては彼らを信頼しているとは言えないだろう。

 任せると決めたビビは戦況を見回し、すぐに表情を変えた。

 

 「アァ~ンドゥ~……クルァッ!!」

 「がっ……!?」

 「ヒョウタっ!?」

 

 素顔を露わにしたMr.2が、高速の蹴りでツメゲリ部隊の一人へ突き刺す。

 首元に当てたその攻撃は凄まじい威力を持ち、屈強な大男を跪かせて黙らせる。

 その直後、大きく足を振りかぶり、凄まじい勢いで今度は脳天へと落とした。

 

 「ど~きなさいよ~う!」

 

 頭にかかと落としを喰らい、ヒョウタは今度こそ気を失った。

 武器を手放してその場に倒れ、コーザの服を脱ぎ捨て、いつも通りの格好のMr.2が怪しく笑う。

 

 ビビは、仲間がやられるところを見ながら何もできなかった。

 わかってはいるつもりだ。兵士たちが戦うことができるのは彼女が居るから。王女を守るためという理由があり、指揮官が存在し、国の象徴として彼らを導いているから。不用意に動いて自分が倒れようものなら、この場に居る兵士たちだけでなく国全体が負けてしまう。

 それだけは避けなければならない。敢えてその場を動かなかった。

 

 それでも悔しげな顔を見せるビビに視線をやり、Mr.2は辺りを見回す。

 戦況は確かに変わりつつあるが、あくまでも有利なのはバロックワークスの方。

 やるべきことを見抜いて、Mr.2は駆け出した。

 

 「ま~ずは邪魔者からよね~い」

 

 たかが一社員。変装を得意とする工作員であっても、彼の目は確か。自らの部下を率い、集団の心理というものを理解している人物である。

 それなら、この集団を潰すことは難しくない。

 Mr.2は真っ先にツメゲリ部隊を標的に決め、彼らを一人ずつ倒すべく、正面から接近を始めた。

 


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