ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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再会

 アルバーナが騒がしくなっている。

 広大な王宮の中で窓を閉め切っていても、それは城内にまで伝わっていた。

 

 玉座に座らされたコブラは両腕を拘束され、頭から血を流している。厳しい表情で目を閉じて、何かに耐えるようにきつく歯を食いしばっていた。

 彼から見て左側、こちらは四肢を縛られて猿ぐつわまでされた、跪くチャカとペルが居る。

 武器も自由も奪われ、目の前に居る王を守ることもできない。護衛隊でありながら惨めな姿を晒す己自身を恨み、ひどく憎んだ。

 

 しかしそれ以上に憎らしいのが彼らの前に立った男。

 国を守る英雄の名を騙り、その実裏では国盗りの準備を進めていた海賊。

 砂漠の英雄、サー・クロコダイルが、本性を表して彼らの前に立っていた。

 

 「この時が来るまでずいぶん時間を使った。慎重に準備を進め、機を待ち、ようやく手に入れることができる……おれの望む理想国家を」

 「国はそう簡単ではない。たとえお前の目論見が成功しても、きっと国民は過ちに気付く。お前を王として認めることがあろうか」

 「クッハッハッハ。相変わらずの理想論者だな。それが真理ならなぜここまでの事態になった。おれにはむしろ国を動かすのは簡単だと言われてるように聞こえるぜ」

 

 反論するコブラに対してクロコダイルは笑みを浮かべる。

 余裕を見せる彼は上機嫌にも見えた。

 

 「お前とおれでは見てきたものが違うんだ。国政が変わるのは当然。何よりお前の失敗を見た後なら国民もきっと満足してくれる国家となるだろう」

 「今のお前がそんなことを考えるとは思わない。求めているのは国政などではなく支配だろう」

 「ほう、よく気付いてるじゃねぇか。人を見る目はあるってことか」

 「そんなことをしても、理想国家になどなり得ない。必ずどこかで綻びが生まれる。そうすればどれだけ時が経っても必ず崩壊するだけだぞ」

 「だからなんだ? 国盗りを止めろと言うか、国民を大事にしろとでも言うつもりか」

 

 クロコダイルの態度は変わらず、またコブラも毅然とした態度で彼の目を見返す。

 

 「聡明なコブラ王ならそんな言葉で事態が変わるとも思っていないだろう……言うべき言葉が違うんじゃねぇか? あいにく無駄話をする気は無くてな」

 「何が望みだ」

 「それでいい。なぁに、そう大それたもんじゃねぇさ」

 

 一歩、クロコダイルがコブラに歩み寄った。

 見ているだけでも全身が震える。彼の迫力は並大抵のものではなく、少なくともチャカとペルは絶対に勝てない相手として認識してしまい、抵抗の二文字を思考から奪われている。本来は強固な意志を持つ歴戦の猛者をそうさせるのは、彼が常人でない証明に他ならない。

 その中でコブラだけは強い眼差しで見つめ返して、彼の言葉を聞こうとしていた。

 自身が死ねば国が荒れることを知っている。それ故に覚悟を持って向き合わねばならないのだ。

 

 自身が生き残り、尚且つ国民を守る。

 言うは易し。だが実現など不可能と言っていい。少なくとも自分の力だけではどうすることもできない状況にあって、分かっていながら諦めることだけはしなかった。

 奇跡を待つしかない状況で、尚もコブラは戦う意志を持ち続ける。

 

 その時、静かに部屋の扉が開かれた。

 何気なくそちらに振り返って、その瞬間、クロコダイルは表情を変える。

 

 入ってきたのはミス・オールサンデー、それに彼女に案内されてきた一人の男だ。

 薄手のコートにテンガロンハット。その下には同じ色のバンダナ。薄汚れた格好をして髭まで生やしている。年齢もそこまで若くはなく中年といったところだろう。細い体とはいえ鍛えているらしくかなり筋肉質であり、常人以上の筋力を持っている。

 そんな彼は肩に一人の男を担いでいた。

 

 水に濡れたキリが、目を閉じた状態で担がれている。

 ミス・オールサンデーは案内を終えると静かに、しかし迷わず彼の傍を離れた。

 その後で男、賞金稼ぎのニックという彼が、キリの体を地面に投げ捨てる。

 

 「お届けの品、ただいま到着したぜ――」

 

 言い終わるか終わらないかというタイミングだ。空中を走った素早い攻撃が彼の首を刈り取ろうとして、紙一重のところでその場にしゃがんで回避する。

 背を逸らしていなければ首が無くなっていたに違いない。

 それほど本気の攻撃だった。

 

 ニックは落ち着いて姿勢を直し、落とした帽子を拾って頭に被る。

 ある程度は予想していたがまさかここまでとは。

 今、彼の目に映るのは憤怒の顔を見せるクロコダイルの姿であった。

 

 「おっとっと、危ねぇな。おれァ今、あんたに雇われてるんだぜ? 言わば味方だ」

 「契約と違うじゃねぇか……! おれは無傷で連れてこいと言ったはずだッ」

 「まぁまぁそう言うなよ。言っとくが、こうでもしなきゃ殺られてたのはおれの方なんだぜ? 連れてこようと思ったらこうするしかなかった。あんたが強ぇって言うもんだからさ」

 「御託は聞きたくねぇな……!」

 

 クロコダイルが右腕を砂に変え、刃のように伸ばして彼の首を斬り落とそうとしたらしい。

 あらかじめ予想していなければ避けられなかっただろう。

 怒りで冷静さを失ったように見える姿は想像以上で、しかしわざわざ外部から賞金稼ぎを雇うだけはあると思った。かなりの執着があるようだ。

 

 ニックは“紙使いの捕縛”を命令されただけだ。関係性は知らない。

 それでも今のクロコダイルの表情を見ればなんとなくは察することができた。

 

 地面に転がったキリの傍を静かに離れ、ニックは不敵に笑う。

 勝てるはずがないと思っていた男の弱点を初めて見た気がする。同時に激しい怒りを買うことになることも理解したとはいえ、なぜか満足そうな顔だ。

 

 「とりあえず落ち着けよ。役目は果たしたんだ。で、おれは次に何をすればいい?」

 「勝手に話を進めてんじゃねぇよ。死にてぇのか」

 「怖いなぁ。そう怒らないでくれよ。そこまで大事な奴だなんて知らなかったんだ。てっきりあんたは人の心なんて持ってねぇのかと」

 

 右腕だけでなく体の節々から砂が舞い始める。

 これ以上はまずい。下手をすれば本当に殺される。おそらく一瞬も持たないだろう。

 ニックは両手を上げて、笑みを浮かべながらも降参の意思表示をした。

 

 「オーケー、わかった。謝るよ。下手な真似して悪かった」

 

 笑みを消さずとも、知らず知らずのうちに冷や汗が流れた。それほどの脅威、それほどの迫力、そして殺気である。もはやこの広大な一室に安息の地などあろうはずがなかった。彼がその気になってしまえばそこに居る全員を惨殺するのに数秒も要らない。

 本当に恐ろしいというのはこういった存在を言うのだ。

 久しく会わなかった、というより、初めて会う本物の強者にニックは機嫌を良くする。

 

 本当に殺してしまうのか。

 そんな緊張感が漂っていた時、いつの間にか室内に居たミス・オールサンデーが口を挟む。

 

 「今彼を殺すのはもったいないんじゃなくて? 利用価値はあると思うけど」

 

 クロコダイルの目が彼女を見る。しかし殺気が消えることはなかった。

 

 「戦争中よ。彼を消すのは後でもいいけど、あまり悠長にしていられる状況でもないと思うわ」

 「おれに意見するか……ずいぶん偉くなったな。ミス・オールサンデー」

 「気に障ったなら謝ります。でも、彼も虫の息よ?」

 

 ミス・オールサンデーの視線がちらりとキリを捉えたところで、重苦しい沈黙に包まれ、しばらくすると宙を舞っていた砂が消える。

 全てがクロコダイルの体へと集まり、ようやく室内の雰囲気も戻った。

 不意に背を見せ、彼はミス・オールサンデーへ言う。

 

 「すぐに手当てしろ」

 「よろしくて? 今は敵だけれど」

 「ミス・オールサンデー。お前は死にてぇのか?」

 

 それは、無駄口を叩くな、という意味なのだろう。とにかく気が立っているらしい彼は一瞥もせずに彼女へ殺気を叩きつけて、ミス・オールサンデーは汗一つ掻かず肩をすくめる。

 その顔には穏やかな笑みがあり、颯爽と倒れたキリへ歩み寄った。

 

 「お帰りなさい、キリ。こんな再会になるなんてね」

 「うっ……ミス・オールサンデー……」

 

 彼女が別の部屋へ連れて行く際、小さな声が聞こえた。

 扉が閉められるまでクロコダイルは動かず、閉まる音が聞こえてやっと口を開く。

 

 「麦わらの一味を消せ。働き次第じゃ生かしといてやる」

 「お優しいこって。それじゃ、愛するボスのために頑張りましょうかね」

 

 そう言いながらニックは外へ向かうが、心中では命令に従う気などなかった。

 クロコダイル、バロックワークス、反乱、国盗り。何一つ彼の心を惹きつけるものはない。彼が求めるのは如何に自分の心が躍るかという刺激だけだ。

 国がどうなろうが構わない。ただその過程が面白いか否かだ。

 戦場に出れば少しは面白いことがあるだろうかと、ニックは外へ出て行く。

 一方で、自身の標的の中にはクロコダイルの名もあった。

 

 その場に残ったクロコダイルは大きく息を吐く。

 形相は凶悪その物。不思議と今は感情が揺れ動き、冷静さを取り戻すことができていない。

 それでも数秒もすれば己の心を操り、落ち着きを取り戻して、コブラへ向き直る。

 

 想定外の事態はあった。しかし予定通りでもある。

 ここからが本題。威圧感は隠さぬまま、玉座の前へ立つ。

 

 「悪いが予定が変わった。ゆっくり話し込んでいる暇はねぇ。質問に答えてもらおうか」

 「国民を、傷つけないと誓ってくれるか」

 「お前の態度次第、と言っておこう」

 

 信用はできない。だが今の彼には頷く以外の選択肢が与えられていなかった。

 コブラは目を伏せ、クロコダイルの言葉を待つ。

 

 「“プルトン”はどこにある?」

 

 そしてその一言で目を見開いた。

 

 「なぜそれを……!?」

 「やはり知っているようだな」

 「馬鹿なことを考えるな。あれが何かわかっているのか」

 「当然だろう。でなければわざわざこんな真似はしまい」

 

 笑みはなく、感情はなく、ただ事実だけを口にする。

 淡々と事を進める彼はひどく恐ろしかった。

 

 「プルトン。一発放てば島一つを跡形もなく消し飛ばすと聞く……神の名を持つ世界最悪の古代兵器。この国のどこかに眠っているはずだ」

 「そんな物を手に入れて何をするつもりだっ。まさか、この国を――」

 「質問してるのはおれだ」

 

 冷徹に言ってクロコダイルが歩き出す。

 玉座の左側、拘束されたチャカの前に立ち、何も言わずに首を掴んだ。それだけでコブラは血相を変えて身を乗り出す。

 

 「やめろッ!!」

 「質問には簡潔に答えろ。あとはもうわかるな?」

 

 クロコダイルの右手がチャカの首を掴んでいる。すると、なぜかチャカの体に異変が起こり、ゆっくりとやせ細っていった。速度は決して速くないが、通常ではあり得ない事象である。

 抵抗しようとチャカが体を揺するものの逃げられない。

 人の体が徐々に痩せこけていく光景。明らかな異常はコブラを焦らせた。

 

 「この国を乗っ取ること自体は難しくねぇんだ。今からお前にできることは如何に犠牲者を減らせるかのみ。なんなら国民全員の首を並べてやろうか?」

 「わかった、話す! 知っていることを全て!」

 「言え」

 

 チャカがくぐもった悲鳴を発する。まだ進行は止まっていない。

 コブラは臣下を助けたい一心で叫んだ。

 

 「“歴史の本分(ポーネグリフ)”がある! 葬祭殿だ!」

 「よし。案内しろ」

 

 パッとチャカから手が離される。

 もう痩せることはない。しかし短い時間ながらすでに彼の体格は激変しており、苦しげな顔で地面に横たわった。傷をつけられた訳ではないのにひどい衰弱ぶりだ。

 まるでミイラにでもされかかったような。

 傍で見ていたペルは慌てて彼の顔を覗き込み、コブラは血が出るほど唇を噛む。

 

 この場でできることは何もない。何一つ存在しない。

 現状、この空間を支配しているのは絶対的な強者であるクロコダイルただ一人のみ。

 敗北した彼らは、愚直に生きることを諦めないことしかできなかった。

 

 「アンラッキーズ。ここを見張れ」

 

 部屋の隅に居た二人組へ声がかけられる。

 そのどちらもが人間ではなく、片方はサングラスをかけたラッコ、Mr.13。その隣に居るのが同じくサングラスをかけたハゲタカ、ミス・フライデー。彼らを指して“13日の金曜日(アンラッキーズ)”と呼ばれる。

 時に任務の伝達人、時に不手際を起こしたエージェントを始末する特殊なナンバーだ。

 

 彼らにその場を任せて、クロコダイルは部屋を出た。

 今も尚表情はピクリとも動かず、振り返りもせずに別の一室へ向かう。

 

 なぜか迷うことはなかった。

 扉を開け、一歩踏み込んだ時点で空気が変わる。

 椅子に座らされたキリがミス・オールサンデーに包帯を巻かれている最中だった。

 

 失血か、疲労か、眠たげな目のキリが横目でクロコダイルの姿を視界に入れる。

 

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