ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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Calling Out(3)

 素早いバック転を繰り返し、いまだに疲労は見せず、Mr.9は飛ぶ。

 砂漠の熱気に加えて激しい戦闘を行った結果、重くて厚い鎧を身に着けたMr.10は大量の汗を掻いており、脱水症状も近い。これ以上避けられるはずもなかった。

 軽い動きで飛んできたMr.9は、一切の手加減も無く彼の顔面に金属バットを叩き込む。

 

 「熱血ナイ~ン! 根性バット!!」

 「ぶごぉ!?」

 

 ヒットの瞬間、鼻血を噴きながらMr.10は意識を失う。

 勢いよく地面に後頭部を打ち付けて、そのまま動かなくなった。

 

 そう離れていない場所での敗北にパートナーであるミス・テューズデーが動揺した。

 彼女もまた重い鎧を身に纏っており、決して砂漠での活動が得意な二人ではない。

 ただでさえ疲労困憊だったというのに相棒が負けたとあってはダメ押しだ。見るからに動じた彼女はすっかり油断していて、対峙していたミス・マンデーは素早く動く。

 

 顔の向きを変えて視線を外したミス・テューズデーの背後を取った。

 鎧があるから打撃ではダメージを通しにくい。しかしそのせいで動きは遅かった。

 ミス・マンデーはミス・テューズデーの首に腕を回して、締め落とそうと試みるのである。

 

 「そんな、Mr.10――うっ!?」

 「いい加減こっちも終わりにしようか」

 

 一瞬の隙を見せたことが決着を決定付けた。

 ミス・マンデーの逞しい腕がミス・テューズデーから呼吸を奪い、酸欠に陥った彼女は抵抗もできずに失神してしまう。全身から力が抜けた後で地面に転がしておいた。

 これでようやく決着。

 少し手間取ったが、さほどの怪我も無くフロンティアエージェントを倒すことができた。

 

 すぐにMr.9が駆け寄ってくる。

 ミス・マンデーと共に周囲の戦況を確認してみた。

 

 やはりと言うべきか、国王軍が押されている。鎧を纏った兵士達が大勢倒れているのが簡単に確認できるため、相当な数がやられたのだろう。一部は抵抗を続けているが、個人の喧嘩とは違って戦争には勢いというものがある。バロックワークスの勢いを止める力はなかった。

 状況は判断した。しかし一体どうすればいいのか。

 

 あいにく彼らも元はバロックワークスの構成員。しかもアラバスタから遠い地に居た。

 国王軍からの信頼も無く、いざ部隊を率いてもこの状況をひっくり返せる力量はないだろう。

 辺りを見回したところで困惑してしまうのが現状だった。

 

 「どうする。かなり押されてるみたいだぞ」

 「黙ってたって仕方ないね。とにかく目に付いた奴を殴って黙らせるんだよ」

 「そうするしかねぇか……どうせおれ達が何を言ったところで、聞き入れられねぇんだろうし」

 「無駄口叩いてる暇があるなら行くよ」

 

 ミス・マンデーが雄々しく一歩を踏み出した。嘆息してMr.9も続こうとする。

 そこへ、聞き慣れた声が聞こえてきた。

 どうやら背後からだ。

 

 「Mr.9! ミス・マンデー!」

 「ん? ミス・ウェンズデー?」

 

 Mr.9が振り返った瞬間、強烈な蹴りが腹を打っていて、体は面白いほど軽々飛んだ。

 警戒する暇さえない。ミス・マンデーが見た時にはMr.9が攻撃を受けていて、すぐ傍を通り過ぎると勢いよく地面を転げていく。意識は失っていないようだが相当のダメージだ。

 そちらを見ることもできずに、ミス・マンデーは彼を蹴った人物を見る。

 

 すでに構えているMr.2が笑みを浮かべて彼女を捕捉していた。

 彼女自身、Mr.2を見たことはなかったが、Mr.9を蹴り飛ばしただけで実力はわかる。

 おそらく正面から立ち向かっても勝てない。

 

 「あんた達の裏切りをゼロちゃんが知らないとでも思った? バレてないんじゃなくて、敢えて見逃されてたのよう。どうせ紙ちゃんに使われたんでしょう?」

 「うっ、ぐっ……!」

 「Mr.10達は使えなかったみたいねい。まぁいいわぁん。あんた達もお役御免よ」

 

 有無を言わさずMr.2が駆け出した。

 フェイントを入れるでもなく真っ直ぐに進み、ミス・マンデーは反応できず立ち尽くす。

 軽く跳ぶと足を振り上げた。当たる場所はどこでもいい。当てさえすれば倒せる。そして威圧されて動けない彼女では避けられない。

 Mr.2はすでに勝ちを確信していた。

 

 「死になさぁ~い!」

 

 ミス・マンデーに当たる直前、しかし、突如横からサンジが飛び込んできた。Mr.2の蹴りを自身の足で受け、かなりの激痛が走るが眉一つ動かさず止める。

 再び至近距離で対峙した。

 Mr.2は余裕を窺わせ、逆にサンジは不思議に思うほど静かだ。

 

 「あら、やっと追いついた? それであちしを止められるかは微妙なところだけど」

 「お前、どういうつもりだ……?」

 「アァン?」

 「てめぇが男だろうがオカマだろうがおれにとっちゃどうでもいい。だが、女を蹴ろうとするとはどういう了見だって聞いてんだ」

 「ハンッ。何よそんなこと? 一度戦場に立てば男も女もオカマも性別なんて――」

 

 突然、Mr.2の頬が蹴り飛ばされた。

 喋っている途中で集中力が削がれていただとか、そんな話ではない。ただ単純に見えなかった。サンジの蹴りが速過ぎて視認することすらできなかったらしい。

 Mr.2は粉塵を巻き上げるほど勢いよく地面を滑る。

 

 庇われたミス・マンデーですら何が起こったかわからなかった。気付いた時にはMr.2が物のように宙を飛んでいて、起き上がることすら難しそうに血反吐を吐いている。

 彼女の動揺が収まらないまま、目の前に居たサンジが颯爽と歩き出した。

 

 明らかに違う。先程とはまるで別人。

 Mr.2は地面に這いつくばった状態で彼に振り返る。

 

 「ゲフッ、ごほっ……!?」

 「おれの情報も手に入れてるんだろ? だったらこれも知ってたか」

 「ハァ、ハァ……あんた」

 「おれは怒りでヒートアップするクチだ」

 

 背筋が震えるほどの怒気。何があったかは知らないミス・マンデーはつい恐れてしまった。

 彼が味方であったことを心から安堵する。

 反対に、彼を敵にしたMr.2は何かに納得した様子で笑みを深め、口元を拭いながら立ち上がり、身構えるのではなく背筋を伸ばした。

 

 「がっはっは……なるほど。そーいうタイプはたまに居るわよねい。ただあちしも命が惜しい。手段を選んでられる立場じゃないのよう」

 

 右手で頬へ触れると今度はシルクの顔になる。念には念を入れてということか。女性であると同時に大事な仲間、どんな覚悟があっても蹴れないだろうと推測する。

 サンジはその顔を見ても冷静なままだった。

 

 「あちしの能力は人を騙し、惑わせるのが真価。頭で理解してても心と体は反応してしまうものよ~ん。あちしはこれだけで戦場を支配するの」

 「そう言ってられるのも今の内だ。次にお前が自分の姿に戻った時、もう二度と誰かに化けることはできねぇぞ。おれより速けりゃ別だがな」

 「試してみましょうか。あちしはこれから真正面からあんたに突っ込んでいって技を繰り出す。もちろんあちし自身の顔と体で。止めるチャンスは、ほんの一瞬ならあるかもねい」

 「ああ。十分だ」

 「あんたも中々イイ男だけど、あちしは誰にも止められないわぁ~ん!」

 

 シルクの外見のまま、Mr.2が駆け出した。

 宣言通り正面からサンジへ向かって疾駆する。

 

 攻撃の瞬間、彼は必ず左手で頬へ触れ、元の体に戻る。そうなった時は攻撃を躊躇わない。

 故にサンジは待った。

 直立不動で一切動きを見せず、Mr.2の姿をまじまじと見つめる。

 

 「口だけでどうにかなる世界じゃないのよ! あちし、負けな~い!」

 

 Mr.2の手が頬に触れ、姿が元に戻り、右手の手刀が伸ばされた瞬間。

 

 「反行儀(アンチマナー)キックコース!!」

 

 サンジの蹴りがMr.2の右腕を捉えていた。

 絶対に攻撃が当たるだろうという距離でMr.2は変身を解いた。反応できるはずがない。しかし現実として、彼の右腕は蹴られ、恐ろしいほどの衝撃が走っている。それだけならいいが、驚愕によって数秒気付くのに遅れたとはいえ、どうやら骨が折れてしまったらしい。

 右腕を起点に宙へ打ち上げられて、グルグルと視界が回転しながらMr.2は混乱する。

 

 何が起きたか、わからない。

 気付けば自分の体は空中にあって、右腕は動かなくて、痛みすらわからなくなっている。

 驚き過ぎた弊害なのか悲鳴すら無いまま、彼は落下していった。

 

 サンジの目の前まで落ちてきた瞬間、今度は頬を蹴り飛ばされる。

 先程の比ではない速度で空中を進んでいた。

 

 「ぶべっ!? かっ……ギャアアアッ!?」

 

 何メートル飛んだかはわからない。だがどうやらバロックワークスの構成員に激突したところで体は止まったらしい。彼ら数名を巻き込みながら地面に倒れる。

 この時点でまだ、Mr.2は何が起きたかを飲み込めていない。

 ぶつかられた部下も訳が分からないと困惑している。

 そこへ、軽い動作で跳んだサンジが現れた。

 

 「薄切り肉のソテー(エスカロッペ)!」

 「うごおぁっ!?」

 「ぎゃあっ!?」

 

 着地も待たずに周りに居た部下ごと水平に蹴られた。

 再びMr.2の体は飛んでいってしまい、あっという間にサンジから遠ざかる。

 

 Mr.2が飛んでいった方向を、サンジはちらりとだけ確認した。しかしなぜか追おうとはしない。方角だけ確認するとすぐに別の方向を見た。

 国王軍が苦戦している。

 言い換えればバロックワークスが優勢であり、我が物顔で戦場を歩いているのだ。

 

 意を決して走り出す。

 向かう先はMr.2では無く名前も知らないバロックワークス社員だ。

 勝ち誇った顔で武器を振り上げていた男へ接近し、振り返ることも許さず顔面を蹴り抜いた。

 

 「ん? ぶおぱっ――!?」

 

 蹴られた男はボールのように飛んで、別の社員に当たって共に転がった。

 周囲にもまだ数名。

 サンジは一人ずつ丁寧に蹴り飛ばしていき、また別の社員にぶつけて無力化していく。正確無慈悲に行うそれらの行動は味方を驚愕させ、敵に恐怖を与えた。

 淡々と社員だけを選別して蹴り飛ばす様はひどく恐ろしい様相である。

 

 「お、おい、ちょっと待て……!?」

 「オラッ!」

 「ぎゃほぁっ!?」

 

 周りから敵が居なくなると、また別の集団へ接近して思い切り蹴り飛ばす。あまりにも素早く、恐ろしいと思ったところで逃げられる速度ではない。

 サンジは一分にも満たない時間で、たった一人で幾人もの敵を蹴り飛ばした。

 その姿、まるで鬼神の如く。影響は大きくバロックワークスの勢いが一瞬にして消え去る。

 

 サンジが動く度、バロックワークスが悲鳴を発して、逃げ惑う者も徐々に増えた。

 反比例して国王軍に笑みが戻り、勝てる、という意思が戻ってくる。

 

 およそ三分間。サンジは一度も立ち止まることなく戦場を駆け巡った。

 敵を見つけては蹴り飛ばし、また別の敵にぶつけて、そいつらをもう一度蹴ってまでまた別の敵にぶつける。この繰り返し。一切の容赦なく、油断なく、丹念に、冷徹に、一人も逃がさずに攻撃を加えていく。

 もはや狂気の沙汰だ。

 彼は己の体一つで戦場を支配しようとしていた。

 

 もうすでに何人蹴り飛ばしたのかわからない。それでも動き続ける。

 背を見せて逃げる者すら逃がさない。

 雄たけびを上げながら襲ってくるサンジは敵にとっては鬼でしかなく、立ち向かう気力は誰にも存在しなかった。大半の人間が広場を離れようとすらしている。

 駆け回り続けた効果はあり、それだけサンジも疲弊するが、状況は確かに変わった。

 

 「な、何なんだよあいつは……!?」

 「Mr.2・ボン・クレー様はどこだ! あのお方なら……!」

 「オオオオオオッ!!」

 「ひいっ!? 来たァ!」

 「そこをどけェ!!」

 

 二人まとめて蹴り飛ばして、腹に凄まじいダメージを受けた彼らはあっさり気絶してしまった。

 ようやく足を止めて周囲の状況を確認する。

 逃げている敵は多いが、そもそもの人数が多い。戦闘が終了した訳ではなく、至る所でまだ国王軍が戦っている状態。これを平定とは呼べない。

 まだ動かなければならないか。そう思っていた時だ。

 

 一瞬の油断があったのかもしれない。

 荒れた呼吸を整えようとしていたところ、背後から接近する気配に反応が遅れた。

 サンジが咄嗟に振り返ると、防御しようとしたものの、腹に鋭い蹴りが刺さる。

 

 「爆撃白鳥(ボンバルディエ)!」

 

 当たったのは白鳥であった。

 間抜けな外見とは裏腹に鋼鉄の嘴。しなる首が蹴りの威力を高めている。

 サンジの体は呆気なく飛んで、骨を軋ませる威力が彼の意識から受け身を奪った。背中を強く地面に打ち付けてようやく止まる。その瞬間に耐えられず血を吐いてしまった。慌てて仰向けからうつ伏せになったサンジは起き上がる最中、彼を攻撃した人物に目を向ける。

 

 姿はMr.2のまま。ただし両足に、肩にあったはずの白鳥が装着されている。

 どうやらさっきはアレで蹴られたようだ。

 おかしな技だが間違いなく強力である。今、身をもって体験した。

 

 Mr.2は堂々と胸を張って仁王立ちしていた。

 明らかに様子が変わった姿を見て、立ち上がるサンジはプッと血を吐き出す。

 

 「待たせて悪かったわねい……こっからよ。こっから本気。これがあちしの技の主役(プリマ)

 「悪ふざけに付き合う気はねぇんだが。もう変装はやめたのか?」

 「フフン。もうしたくてもできない状態みたいだからね」

 

 彼の右腕はだらりと垂らされていた。全く力が入っていないことから動かせないのだろう。

 怒りを込めた一撃で感じた骨を折った感触は間違いではなかった。

 少しは戦力を奪えたようだ。だがそれだけで簡単に勝てるほど気の抜けた相手ではない。本人が言うようにここからが格闘家としての本気だと言える。

 

 見かけはあまりにも間抜け。だからこそわかりやすい。

 その技の特徴は事前にキリから聞いていた。

 

 しなる首が標的を逃さず、鋼鉄の嘴が威力を倍増させて、Mr.2の蹴りを強化する奥義。厄介なのは己の身で感じたがこれさえ攻略すれば彼に勝つことができる。

 ようやく、ここまでこぎつけた。

 

 今しばらく周囲の戦闘については忘れる。

 もう一度集中すべき時だ。

 最初からわかっていたこと。目の前の敵さえ倒せばこの戦場を掌握できる。

 今になって再び彼らはその思考に至り、目の前の敵にのみ敵意を向けていた。

 

 「これだけはあんたに言っとくわ。あんたから見て右がオスで左がメスよう」

 「知らねぇよ。どうでもいい、そんな話は」

 

 厳しい目で睨み合って静止する。

 集中が一時、周囲の音すら消し去った。

 

 狙い澄ましたかのように同時に動き出す。

 足運びの一つ一つさえ気をつけなければならない緊張感。一つの間違いが敗北を呼ぶ。そんな程度には実力が近い者同士の戦い。

 全力による急接近の中、先に攻撃したのはMr.2だ。

 

 長い脚をさらに長くする白鳥の履物。真っ直ぐに伸ばせばあっという間にサンジへの距離を詰めていった。しかしリーチが長い故に避けやすくもしてしまう。

 サンジは上へ跳ぶことで回避した。

 Mr.2の頭上を取り、絶好の位置とタイミングを手にする。とはいえ、Mr.2もその行動は事前に読んでいたのか、一切慌てていない。

 

 異様な動きにも見える様子で、背面から体を折って地面に両手をつく。

 逆立ちをするように両足を振り上げたのだ。

 落下するサンジと蹴りを打ち合う格好となり、さらに腕の力でぐるりと体を回転させた。

 

 両者は一撃に全力を込め、敵を目掛けて繰り出した。

 

 「首肉(コリエ)!」

 「爆撃白鳥(ボンバルディエ)!」

 

 蹴りが激突する。競り勝ったのはMr.2だ。

 鞭のようにしなった白鳥がサンジの脇腹に届き、浅いとはいえダメージを与える。空中で姿勢を崩すもののサンジは辛うじてしゃがむように着地した。

 

 達人にしかわからない、一瞬の隙が生まれる。

 Mr.2は駒のように回ると逆立ちした状態のまま彼へ向かって飛んだ。

 

 サンジは先程のダメージで脇腹を押さえている。まだ立ち上がれてすらいない。顔だけはMr.2の動きを確認していたが、避けられる体勢ではなかった。

 敢えて強く前へ出ながら蹴りを突き出す。

 真っ直ぐ伸びた白鳥は避けようとしたサンジの左肩に直撃し、鈍い音を奏でる。

 

 「うおあっ!?」

 「まだまだァ!」

 

 勢いよく倒れたサンジへさらに追い縋る。

 決着をつけるなら、今。

 即座にもう一方の脚で彼の顔面を貫こうと距離を詰めた。

 その時サンジは、左肩を庇いながらも視線だけは絶対にMr.2を逃さない。

 

 「クラァ~!」

 

 痛む肩を無理に動かして、両手で地面を押すと、上半身を跳ね上げた。狙いがはっきりしていたことによりそれだけで白鳥は地面を穿ってサンジを見逃す。

 リーチが長い分、次の挙動が遅い。

 地面を這うようにサンジがMr.2へ接近した。

 目では見えていながら彼も反応できない。

 

 ブレイクダンスのように体を回転させて軸足を払った。

 当然Mr.2はその場に倒れてしまい、反対にサンジが両足で地面を蹴り、跳び上がる。

 

 「ぬぅ……!」

 「串焼き(ブロシェット)!」

 「ぐへぇっ!?」

 

 片足をピンと空に伸ばして、回転しながらもう片方の足でMr.2の腹を踏みつける。

 回転を加えた踏みつけはひどく強烈だったが、彼も黙ってやられる訳ではない。自身の腹を踏みつけた足を即座に左手で掴み、思い切り横へ引っ張った。サンジの体を地面に引き倒し、自身も必死に起き上がりながら、再度仕切り直しを図る。

 

 「うぐっ!?」

 「まだまだこれからよ~う!」

 

 即座に起き上がって攻撃を行う。

 わずかに速かったMr.2が蹴りを放った。しかしそれは読んでいたサンジが鮮やかに避ける。

 次いですぐにサンジが反撃へ出ると、Mr.2は左手の手刀で彼を叩き落とす。

 

 「ぬおおおっ!」

 「どりゃあアッ!」

 

 蹴りは顎へ。手刀は胴体を捉える。

 攻撃が当たった二人は同じように倒れて、諦めずにすぐ立ち上がる。

 

 両者同時に脚を上げ、攻撃が交差した。

 Mr.2の蹴りを目の当たりにしたサンジは掬い上げるように当て、その衝撃が伸びる白鳥の首を空へ向けさせる。攻撃の真価は外されていた。

 

 視線がぶつかり、瞬間的に次の一手を思考する。

 しかしそれも体感にして一秒も存在していないため、気付いた時には二人とも動いている。

 Mr.2が足を振り回し、サンジが跳んでそれを避けていた。

 彼の攻撃が空ぶって左足が伸びきった時、サンジは頭上で脚を振り下ろしていた。

 

 「肩ロース(バース・コート)!」

 「ほげぇ~!?」

 

 振り切られた足は今度こそMr.2の体を打った。

 彼は一度地面で弾み、慌てて立ち上がるとサンジの姿を探した。頭上を見てもすでに居なくて、周囲を見回そうとしたところで背後に気配を感じる。

 一瞬視界から外れただけで見失うほどのスピードであり、すでに右足が上げられていた。

 

 「腰肉(ロンジュ)!」

 「ごへっ!?」

 

 腰に強烈な一撃。とんでもなく重い衝撃が体を駆け抜けた。

 痛みを堪えながら振り返れば、その瞬間に蹴りが来た。

 

 「後バラ肉(タンドロン)!」

 

 首の根元に蹴りが突き刺さる。歯を食いしばって耐えるが呼吸が漏れ、倒れそうになるのを必死に堪えると両足が地面の上を滑った。

 倒れない。凄まじい精神力を感じた。

 その姿を認めてサンジがさらに攻撃を繰り出す。そして今度は黙ってはおらず、Mr.2も自身最高であろう技を繰り出した。

 

 「腹肉(フランシェ)!」

 「アァン!」

 

 サンジの蹴りが腹に直撃していたのと同じ瞬間、蹴りによって突き出された白鳥が彼の腹に直撃していた。二人は弾かれたようにその場から飛ばされ、地面を転がる。

 どちらも想像を絶する痛み。ただの蹴りとは思えない。

 血反吐を吐きながら立ち上がって、反撃を恐れずに前へ走った。

 

 「上部もも肉(カジ)! 尾肉(クー)!」

 「アァン! ドゥ!」

 

 地面に手をついて駒のように回転しながら攻撃すれば、Mr.2は同じく対応してくる。

 

 「うぐっ……!」

 「ゲフッ……!」

 

 それでも二人はすぐさま起き上がって接近した。

 

 「もも肉(キュイソー)! すね肉(ジャレ)!」

 「クラァ! オラァ!」

 

 しゃがんだ状態で蹴り合っても互いの体は軽々と動いて転がる。

 そう大したものではなかったが距離ができた。

 二人は決着の時を見て強く地面を蹴る。

 

 一瞬の交差。互いに選んだ飛び蹴りが空中で接触する。

 確実に相手の体へヒットして、二人の体に今までの比ではない衝撃が走った。

 

 「仔牛肉(ヴォー)ショット!!」

 「爆撃白鳥(ボンバルディエ)アラベスク!!」

 

 二人は無事に着地。しかし数秒もせず、サンジが大量の血を口から吐いた。

 体の力が抜けて地面に膝をついてしまい、Mr.5との戦闘で負っていたダメージもある。腹部に受けた蹴りによって、もはや立ち上がるのも困難な状態にあったようだ。

 

 対するMr.2は、しっかりと両足で立ったまま、ビクビクと震えている。

 これはおかしい。異常な技だと己の体で実感している。

 サンジの蹴りは接触の瞬間にのみ痛みを伴うものではなかったらしく、動き続ける心臓が体内に血を送る度、筋肉が動く度、痛みが全身へ運ばれていく。

 気付けばMr.2は全身に先程の一撃を浴びていた。

 

 あっと気付いた時にはどうすることもできず。

 目を見開いたMr.2を、遅れてやってきた衝撃が高速で吹き飛ばした。

 

 「あっ、ああっ……ああっ!? ぎゃあああああアアアアッ!?」

 

 今まさに蹴り飛ばされたかのような様子で、弾丸のようにMr.2の体が宙を飛んだ。

 広場の中央から、広場を囲う建物まで。およそ数十メートルを一瞬で駆け抜け激突した。Mr.2の体は埋め込まれるようにして壁に磔になり、その巨大な衝撃音は広場に居た全員を惹きつける。

 大きな絶叫が注目を集めたこともある。

 敵も味方も、己の目で彼の敗北を知ったのだ。

 

 「お、おい、あれ……」

 「Mr.2・ボン・クレー様だ! まさか、敗れたのか……!?」

 「そんなバカな!? あのお方はオフィサーエージェントの上位メンバーだぞ!」

 

 サンジは天を仰いだ。

 座り込んだままで目を閉じ、静かに息を吐く。その直後、目を開いて辺りを見た。

 明らかに敵が怯えている。今更、彼らに情けをかけるつもりはなかった。

 疲れ切った体でなんとか立ち上がって、声を低くして問いかける。

 

 「次にああなりてぇのはどいつだ……?」

 「ひいっ!?」

 「ク、クソッ! 退けェ! ボン・クレー様が負けたァ!」

 

 決して大きな声ではなかったが、Mr.2の敗北によって一瞬の静寂が訪れていた。脅すように言えば面白いほどにあっさり撤退を決める。バロックワークスは一時撤退を始めた。

 それを見送りながらサンジは思案する。

 キリの説明が正しければ、これでまだ終わりではない。

 

 敵が背を向けて去っていく光景に、国王軍は笑みを浮かべて安堵していたようだ。

 これで終わったとでも思っていたのだろう。そうでないことを告げるためサンジは歩き出す。近くに居る兵士に目を向けながら声を大きくして言った。

 

 「いいかてめぇら、まだ終わってねぇぞ! 敵はまだこの国に潜んでる! 幹部も全員倒したわけじゃねぇ! こっちが気を抜くのを待ってんだ! またすぐに次が来る……これで勝ったなんて思うな! むしろこれからが本番だ!」

 

 Mr.5、Mr.2との連戦が彼の体を痛めつけている。

 素人目でもわかるほど状態は悪い。あばら骨は何本か折れているだろうし、火傷を負った足で何度も敵の蹴りを受けた。もはや痛みすら麻痺している。

 これ以上の戦いは限界を超えたものになりそうだ。

 

 サンジの声に反応して一人の兵士が彼の前に立った。

 指揮官では無さそうだ。だが勇気のある人物ではあるだろう。

 

 先程の戦いでサンジが国王軍に味方したのは誰の目にも明らかだった。

 信用できる相手かどうかはわからない。しかし害の無い人間だろうとは思える。

 命懸けで助けてくれた彼を前にして、兵士は静かに頭を下げた。

 

 「助けてくださって、ありがとうございます。しかし、あなたは一体……?」

 「王女様の騎士(ナイト)さ」

 

 足を止めると懐から煙草を取り出して口に銜える。火を点けてみると煙というより血の味がしたとはいえ、気分を落ち着けるにはこれが一番良かった。

 改めてサンジは目の前の兵士に目を向ける。

 おそらく聞きたいことはたくさんあるだろう。今は味方だ。ビビのために協力し合わなければならない。時間が気になるとはいえ、答えられることには答えるつもりだった。

 

 「まだ終わりではないのですか?」

 「ああ。敵は一旦退いただけだ。こっちの疲弊を待ってる奴が居る。もうすぐさっきの連中を引き連れて戻ってくるぞ。今度はもっと人数が多いかもな」

 「そんな……」

 「とりあえず怪我した奴は応急処置して連れていけ。ただし安全な場所なんてない。戦闘は無理でもできることはあるはずだ」

 「同行させる気ですか?」

 「その辺に置いていくか? 敵に見つかりゃそれこそ命はねぇぞ」

 「……確かに」

 

 兵士は、緊張した面持ちで多くを言えずに頷く。

 

 「我々の敵とは、一体誰なのですか……?」

 「秘密犯罪組織“バロックワークス”。ビビちゃんがずっと探ってた連中だ」

 「ビビ様が? 確かにここ数年公の場に姿を現すことはありませんでしたが……まさかそんなことをお一人でずっと?」

 「いや、イガラムっつーおっさんと一緒にだ。あのおっさんも生きてるよ」

 「イガラム隊長が。それは安心しました」

 

 安堵した顔でホッと息をつく。

 真面目な人間なのだろう。初対面のサンジを相手にしても嘘はつけない様子だった。

 

 彼はその場に立ったまま後ろを振り返り、近くに居る味方へ声をかける。負傷者の治療と死者の確認、それに装備を集めて次に備えなければならない。テキパキと指示を出してから再びサンジに振り返る。この時になればすでに彼を信用する気すらあった。

 見覚えのない人間だが関係ない。国王軍が生き残るには彼の力が必要だ。

 たった一人で戦場を駆け回り、敵を倒して味方を救った救世主。彼しか居ない。

 

 「まだ敵が居るのですね。我々はどうすればよいのでしょうか」

 「それをおれに聞くのか?」

 「あいにく私では力不足です。それに我々の敵について、あなたの方がよく知っているようだ。できることならばこのままご助力をお願いしたい」

 

 眼前に居る兵士は真剣にそう言っている。

 その顔を見ていると気配を感じ、ふと右に視線を向けた。

 疲弊した様子だが自分の足で立ったMr.9と、まだ余力を残したミス・マンデーが居た。どうやら彼らも同じ意見らしい。

 

 「あんたが居なきゃこの軍は纏まらない。まだオフィサーエージェントが残ってるんだろ?」

 「ああ。とびきり面倒なMr.3って奴がな」

 「それなら尚更、あんたが決めるべきだ。私達も協力する」

 

 無我夢中で駆け回っていただけだったものの、意味はあったようだ。

 彼らの信頼を受けたサンジは大きく息を吐き出す。

 

 「まずてめぇらには指揮官が必要だ。おれじゃなく実績と経験があるな。ビビちゃんはそのために先を急いだ。まずは王宮へ向かうぞ」

 「承知しました」

 

 先程の兵士が味方に指示を伝え、移動の準備を始める。広場の中は一層慌ただしくなり、疲弊した雰囲気は消え去らないが皆が協力して動き出す。

 Mr.9とミス・マンデーはサンジの傍へやってきた。どことなく不安そうな顔である。

 

 「最悪の場合、そのまま王宮で籠城戦だな。相手がどう出るかだが……」

 「さっき以上の人数で来られたら、もう長くはもたないぞ」

 「一難去ってまた一難か。本当に勝てるのか? この戦い……」

 「よせ、Mr.9。思ってもそれだけは口にするな」

 

 二人の声を聞きながらサンジは目を閉じ、煙草の味に集中しながら頭を働かせる。

 オフィサーエージェントの情報は一通りキリから聞いた。だが直接的な戦闘を得意とするメンバーとは違い、Mr.3という人物は頭脳戦に長ける。例えば兵士全員で広大な王宮に立て籠もったとして、おそらく突破して王宮内部に雪崩込んでくるくらいのことは可能なはず。

 どんな手を使い、どう攻めてくるのかは予想できない。

 そういう意味ではMr.2以上に厄介な人間だった。

 

 頼れる人間はごくわずか。国王軍は疲弊しており、仲間もまだ散り散り。

 皆は無事なのだろうかと考えてしまう。

 せめてもう一人くらい一味の仲間が居れば自信に繋がるのだが。

 

 (ビビちゃん、すぐに行くからもう少しだけ待っててくれ。ナミさんやシルクちゃんは無事だろうか……他の奴らはどうでもいいが、せめて二人の状況だけでも知りたい)

 「王宮へ案内します。こちらへ」

 

 先程の兵士が戻ってきて三人に声をかけた。

 目を開いたサンジは声がした方を向く。するとその兵士の背後、数メートルの距離はあって少し離れていたが、見覚えのある人影があった。

 

 「ん? おい、そいつら……」

 「ああ、彼らはついさっきまで方々を走り回って索敵や負傷者の回収をしてくれていたんです。アラバスタ最速、超カルガモ部隊ですよ」

 「クエーッ!」

 

 そこにはそれぞれ個性的ながらも、カルーと同種だろうカルガモ達が居た。隊長のカルーはビビに同行しているため不在だが、そこには六匹も立っている。

 サンジは不意に表情を柔らかくする。

 仲間達の安否を確認する方法を思いついたのだ。

 


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