ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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砂漠の国の王者

 王宮内部の一室で対峙したルフィとクロコダイルは、開戦の時を待って睨み合っていた。

 すでにコブラを連れたミス・オールサンデーはその場を後にしている。王が奪われないのであれば気遣う必要はない。思う存分戦えるというもの。

 クロコダイルは冷徹な目で正面に立つルフィを眺める。

 

 実物を見た第一印象としては、期待以上でも以下でもない、というもの。そもそもわずかしかなかったはずの興味を大きく裏切ることはない。

 これが自分を倒せる実力者だと思っているのなら笑ってしまう。

 冗談として言ったなら笑ってやれる。もしも本気で言っていたのならば目利きが悪くなったとしか思えない。それともそう思わせて油断させる作戦なのだろうか?

 

 つらつらと考え事をする間、意外にもルフィは大人しくしていた。

 拳を握ってはいるが奇襲を仕掛けるでもなく、クロコダイルを睨んで動かない。

 

 事前に聞いていた情報では出会い頭に突っ込んでくる馬鹿かと思っていたが、違うのか。

 どちらにしろ興味はない。すでに彼自身の目利きは済んでいる。

 これは、時間を与えるほどの器ではない。三分間ですらもったいなかった。

 

 「一応聞いておこう。おれの前に胸を張って立つお前は単なるバカか? それともただの愚かな死にたがりか、どっちだ」

 「どっちでもねぇ。おれは海賊だ」

 「海賊か……名乗るだけなら自由。重要なのはそれ相応の実力があるか否かだ」

 

 クロコダイルの言葉にもルフィは多くを語ろうとしない。

 興味なさげにそれを見て、彼は自身の左腕にある黄金の鉤爪を撫でた。

 

 「何も聞かねぇのか」

 「何が」

 「おれはついさっきまであいつと話していた」

 「そうか」

 

 そう言ってもルフィは動じず、挑発に乗る様子も皆無である。

 

 「ハッキリ言って、奴の選択は失敗だった」

 

 あくまでも冷静なままで、挑発には乗らなかったが、それはそれとしてルフィが動き出した。

 元々じっとしていられない性分なのだ。それだけ時間をかけただけ珍しいだろう。だが逆に言えばそれほどクロコダイルを危険視していたという意味でもある。

 彼は恐ろしく強い。

 理屈ではなく肌で感じ取って、ルフィは最初から本気で挑みかかった。

 

 右腕を振りかぶって前に一歩を踏み出す。

 その挙動にクロコダイルはわずかに眉を動かした。

 

 「ゴムゴムのピストル!」

 

 その場に居たまま右腕を伸ばして攻撃を行う。パンチが飛んでいくスピードは速く、常人なら腕が伸びたことに驚くだけでなく、その速度にも反応できない。

 クロコダイルは、一切驚かなかった。

 一歩も動かずに顔の角度を変え、それだけで回避する。外れたパンチは彼の顔のすぐ傍を通り抜けていき、後方にあった壁を殴って破壊し、拳大の破壊の跡を残した。

 

 「……おい。何だそれは」

 

 驚いてはいない。だが、素直な心情を言えば驚いてもいる。

 クロコダイルの表情は不思議と優れなかった。

 

 素早く腕を引き寄せたルフィは止まらずに行動する。

 さらに数歩を進んで予備動作を行いながら、今度は右足を伸ばして蹴りを放った。

 まるで事前に察知していたかのように、クロコダイルは軽やかに跳んでそれを回避する。

 

 「ゴムゴムの鞭ィ!」

 

 飛び越える形で回避して、足の下を蹴りが通り抜けた後で着地する。大した労力ではない。疲れることもなければ焦ることもなかった。

 脚が戻ったルフィは勢いよく駆け出す。

 やはりクロコダイルの表情は厳めしいままであり、相手を舐めるという態度さえ見せなかった。

 

 「ゴムゴムの!」

 「ふざけてんのか、てめぇは」

 「ガトリング!」

 

 両腕を高速で動かして無数のパンチを繰り出す。

 辺り一面を制圧するような手数の多さに、普通ならば防御するか、或いは反応できない。しかし彼はそのどちらでもなく、ほんの些細な動きでルフィの腕を一つずつ回避していく。

 

 それは疲れるほどの動きではない。

 それは散歩に来たと言われても驚かないほど小さな動き。ただ揺れているだけのように避ける。

 

 ようやくルフィの表情に陰りが見える。

 攻撃を止めた彼はもっと接近しようと駆け出して、策も弄さず正面から近付く。

 クロコダイルは動きを止めて彼を見ていた。

 バカ正直に真っ直ぐ向かってくる姿。哀れだとしか思っていない。

 

 「まさか本気でやってるのか……?」

 「ゴムゴムのォ!」

 

 右腕を後方へ伸ばして、本人がクロコダイルの眼前に到達した瞬間に勢いよく引き寄せる。

 溜めた勢いをそのまま利用したパンチが繰り出された。

 

 「銃弾(ブレット)!」

 

 クロコダイルはそれを一歩横に動いただけで避ける。

 まるで遊んでいるかのように。ルフィの攻撃は悉くが外れていた。全てクロコダイルが的確に、最小限の動きで回避するためである。

 動きが速い訳ではない。身体能力が特別優れている訳ではない。なのに当たらない。

 ルフィは尚も攻撃を続けた。

 

 「おおおおおっ! スタンプ!」

 

 左足を真っ直ぐ伸ばして蹴りつけようとした。クロコダイルはさらに一歩動いて避ける。

 

 「斧!」

 

 右足を天井に向けて長く伸ばし、引き寄せる勢いを利用してかかと落としを放った。

 後ろへ少し下がるだけで避けられてしまう。

 

 「大鎌ッ!」

 

 両足で強く地面を蹴って前へ跳び、両腕を長く伸ばし、挟み込むように攻撃する。それは高く跳び上がることで頭上を越えられてしまった。やはり当たらない。

 着地したルフィは即座に振り返る。

 避けるばかりで反撃はない。なぜかじっと見つめるだけだ。

 

 「ゴムゴムのォ!」

 

 今度はルフィが高く跳び上がってクロコダイルの頭上を取った。

 両足の裏を合わせて、素早く足を伸ばして攻撃する。

 敵は真下に居る。上手く当たればかなりのダメージが与えられるはずだ。

 

 「槍!」

 

 またしても一歩。たった一歩で避けられる。

 驚くほど遠くに居る訳ではない。目を疑うほど素早く動いている訳ではない。どれもこれも当たったとしてもおかしくない威力と速度の技ばかり。尚且つクロコダイルの動きに秀でたものは見られない。それなのになぜ一度も当たらないのだろうか。

 

 考える暇すら惜しいとルフィはとにかく動き続ける。

 空中で脚を引き寄せた後、両腕を伸ばして壁にある窓枠を掴み、飛来した。

 

 「ロケットォ!」

 

 もちろんクロコダイルに体当たりするために腕を縮めて飛んだのだが、彼は慌てる様子も無く歩いてその場を離れ、ルフィに背を向けて回避した。

 弾丸と化したルフィ自身は壁に激突し、痛みはないためすぐに立ち上がる。

 

 先程からほとんど距離が変わらない。やってることに変化が無い。

 ただ技を変えただけ。当たるという確信が一度も得られないままだった。

 

 この時、クロコダイルは険しい表情を見せている。

 感じるのは憤怒。そうでないとしたなら、虚無感だろうか。対照的と言える二つは同時に存在しているらしく、ルフィが感じ取ったかは不明だが、もはや隠そうともしていない。

 常人ならばすでに怯えて動けなくなるほどの迫力を醸し出していた。

 

 「まさか本気でやってんのか? それを」

 「おれはいつだって本気だぞ。お前をぶっ飛ばす! ゴムゴムの――!」

 

 腕を後方へ思い切り伸ばしてさらに捻じった。

 クロコダイルへ接近するため勢いをつけて走り出し、正面からの攻撃を試みた。

 

 「回転弾(ライフル)!」

 

 回転を加えた強烈なパンチを真っ直ぐ突き出した。

 またしても鮮やかに、子供と遊んでいるかのように余力を残して回避されてしまう。

 それでもめげずにルフィは強く踏み込んだ。

 

 右腕で放ったパンチは壁に到達して一部を破壊するが、そちらはどうでもいいとばかりに確認しようともせず、すぐに引き寄せる。そして体ごと回りながら蹴りを繰り出した。

 やはり避けられた。先程からそう大きく動いていない。

 もはやそういうものだとすら思って、次なる攻撃に集中する。

 

 「んん!」

 「よくわかった……お前という人間の器がな」

 「ゴムゴムの!」

 

 なぜか立ち尽くしているクロコダイルの懐へ飛び込んで、その時には両腕を伸ばしていた。

 限界まで力を溜め、引き寄せる力を使って強力な一撃を叩き込む。

 今度はもう逃がさない。完全に避けられない位置に入り込んでいた。おまけにクロコダイルはまるで動こうとはしていないため、必ず当たる。

 ルフィは自身の持てる力全てを注ぎ込んで攻撃を繰り出した。

 

 「バズーカッ!!」

 

 そして今度こそ彼の体に当たった。突き出された掌底は腹に直撃する。

 その瞬間、クロコダイルの腹は消し飛んで、辺りに勢いよく砂がばら撒かれた。

 驚愕したルフィが視線を上げると冷徹な瞳に気付く。

 

 クロコダイルは自然(ロギア)系、スナスナの実の能力者。

 全身が砂でできているため、たとえ攻撃が当たっても砂に変わって攻撃を受け流してしまう。ようやく触れたルフィ本人が感じた通り、ダメージは微塵も伝わっていなかった。

 視線がかち合って、不思議と永遠にも感じるほど長い一瞬に囚われる。

 

 やがてルフィは、クロコダイルの口が動くその瞬間を目の当たりにする。

 聞こえたのはひどく冷たい声であった。

 

 「失望したよ」

 

 直後、腹部に異物感を感じ、ドシュッと奇妙な音を聞いた。

 呆けた状態で自分の体を見下ろしてみる。

 クロコダイルの鉤爪が腹を貫いていて、大量の血が流れていた。腹に刺さった爪は背中まで貫通しており、異常に気付いた瞬間、激しい痛みに襲われる。

 声すら出せないルフィの体は、軽々とクロコダイルの左腕に持ち上げられた。

 

 「おれをぶっ飛ばす? 大層な野望じゃねぇか」

 

 四肢から力が抜けて、だらりと垂れ下がる。

 持ち上げられた彼の体からは力が抜けており、漏れ出した血がぽたぽたと落ちる。

 

 「口先だけのルーキーなんざいくらでもいるぜ、麦わらのルフィ……」

 

 相手に勝った快感すら無く、酔いしれることも無く、クロコダイルはむしろ、怒っていた。それは言葉よりも雄弁に彼の表情が物語っている。

 勝ったところで嬉しくもなんともない。それどころか腹立たしさを感じている。

 鉤爪で貫いた細い体を揺らし、彼はつまらなそうに語った。

 

 「覇気も使えねぇ、水も使わねぇ。おれの弱点なら知ってたはずだ。何一つ対策を用意してねぇお前の態度は……おれを油断させるためか? それともただのバカだったのか」

 「うっ、がふっ……!」

 「くだらねぇ。お前を選んだことが、人生最大の失敗だったな」

 

 気が遠くなりかける。体が、腹部が熱く、ルフィは必死に自分自身と戦っていた。

 このまま気を失う訳にはいかない。まだクロコダイルを倒していないのだ。

 そんな彼の必死な努力を嘲笑うかのように、クロコダイルは冷たい声で語る。

 

 「お前のようなバカが船長をやるから仲間が死ぬ。力と勢いだけで勝てるほど甘くねぇんだよ、このグランドラインはな。イーストブルー最高額も所詮はこの程度だ」

 

 ずるりと鉤爪を抜いて、ルフィの体が地面に捨てられた。

 彼は仰向けに倒れ、クロコダイルは何の感慨も無く見下ろす。

 

 「結局、お前に使いこなせる代物じゃなかったってことだな」

 「ゲホッ、ガハッ……使う……?」

 「お前には過ぎたオモチャだ。返してもらう」

 

 そう言って、ひどくあっさり背中を向ける。

 クロコダイルは外へ向かい、その場を後にしようとしていた。

 必死に体を動かすルフィがうつ伏せになって彼を追おうとするが、自分が思う以上にダメージが大きい。腹から背まで貫通しているのだ。いくら彼が頑丈でもすぐには動けなかった。

 

 彼の背が遠ざかる。

 必死に手を伸ばそうとするも、伸びるはずの彼の腕は届かない。

 

 「ぐっ、待て……」

 

 クロコダイルは振り返ろうともせずに去る。すでに関心を持っていない。

 

 「おれは、お前を……ぶっ飛ばすんだ……」

 

 視界が霞む。

 もうそこに居るのかもわからない。

 

 「クロコダイル……!」

 

 そうして、ルフィの腕は力なく落ちた。

 


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