ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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発見

 王宮へ辿り着いたビビ達は無事に門を抜け、建物内へ突入することに成功した。

 待ち伏せがあるかとも思えたが今のところ敵の姿はない。正面の入り口から城の中へ飛び込んでみても、止める者は一人として居なかった。

 その状況が逆に不安を煽りもするが、足を止める訳にはいかない。

 ビビ、カルー、数名の護衛の兵士達は王宮の奥へと急いだ。

 

 「お父様達が囚われているとすればここに居るはず……ハァ、どこ?」

 「ビビ様、先頭は我々が」

 「ここよりは敵の襲撃もあり得るはず。前に居ては危険過ぎます」

 「心配いらないわ。それよりみんなを見つけることに集中して」

 

 先頭を走るビビはそう言うが、彼女を守るために同行した兵士達は気が気でなかった。幼い頃から行動力に溢れる人間だったもののまさかここまで言うことを聞かないとは。

 ともあれ、彼女を守るのが彼らの役目。

 周囲を警戒しながらも必死にコブラ達を探す。

 

 しばらく移動して、玉座の間へ辿り着いた時だ。

 拘束されているペルと、体が干からびかけているチャカの姿を見つけた。

 生きていた事実にビビが笑顔を見せ、隣でカルーが嬉しそうに鳴く。

 

 「チャカ! ペル!」

 「クエーッ!」

 

 生きてはいたが怪我を負っている。特にチャカは水分を抜かれて瀕死の重体だ。

 迷わず駆け寄った彼女達は二人の拘束を解く。ペルは今でも話せる程度には余裕があり、解放した直後にビビはチャカの様子を見て兵士に振り返った。

 

 「クロコダイルの仕業ね……水を持ってきて!」

 「はっ! 今すぐに!」

 「ビビ様っ! なぜここに! ご無事だったのですね!」

 「心配かけてごめんなさい。色々事情があったの」

 

 自由になったペルが血相を変えて身を乗り出す。ビビは冷静に彼と目を合わせた。

 次いで同じく拘束を解かれたものの、倒れたままのチャカを見下ろす。

 

 「ビビ、さま……」

 「大丈夫よチャカ。私は、この国を守りに帰ってきたの。あとは任せて」

 

 チャカを兵士の一人に任せ、また別の一人が水を取りに部屋を出て行こうとした。その際、部屋の入り口付近からその兵士が悲鳴を上げる。

 まだ落ち着かない状態で一行の視線がそちらに向く。

 

 部屋の入り口に不穏な影が立っていた。

 カンカンッと貝を鳴らすラッコ、Mr.13と、その隣で羽を畳んでいるミス・フライデー。

 バロックワークスの始末人。動物のコンビだが実力はフロンティアエージェントをも超える。

 当然彼らを知っているビビは身構え、すでに一人やられた事実に悔しげに唇を噛んだ。

 

 咄嗟に、自由になったからにはペルがビビの前へ立つ。

 怪我をしていようと彼女を守るためなら自らの体すら盾にするつもりだった。

 

 「“13日の金曜日(アンラッキーズ)”!」

 「お下がりくださいビビ様! 誰か、武器を!」

 「は、はい!」

 

 ペルの叫びに兵士が反応し、素早く槍を手渡した。自身が戦うよりアラバスタ最強の男が扱う方が良いと判断したのだろう。自身は体を張ってビビを守ろうとする。

 ビビは心配からチャカへ振り返った。

 守らなければと思っていたが、すでにカルーがチャカに駆け寄り、庇うと共に自身が提げていた水筒の水を飲ませている。それを見てビビが思わず笑みを浮かべた。

 

 「カルー、あなた……!」

 「クエ~!!」

 

 任せろ、と言いたいのだろうか。

 言葉は通じないが意思は伝わってきてビビは頷く。

 

 アンラッキーズは厄介な相手。如何にペルでも手負いの状態で相手にするのは危険過ぎる。

 自身も武器を持ち、ビビが彼の隣に立った。

 その姿に気付いてペルが驚愕してしまう。

 

 「ビビ様ッ!? ここは私が……!」

 「守られてばかりじゃだめなの! 私もみんなを守りたい!」

 

 覚悟を持った叫び声にペルは言い知れない何かを感じ、傍に居られなかった空白の時間を感じると共に彼女の成長を見る。

 幼い頃を知っている彼に、断る術があるはずもなかった。

 

 「失礼ながら、背中はお預けします。何があろうとビビ様は私がお守りします!」

 「ええ。私も役に立ってみせるから。みんなで生き残るのよ」

 

 カンカンッ、貝を叩いて鳴らしている。

 Mr.13は自身が手にしていた貝を分解し、両手に持つと、内部に仕込んであった刃を見せる。同時にミス・フライデーは羽の下に隠していた銃器を覗かせた。

 たかが動物と侮るなかれ。彼らは任務を失敗したエージェントを消す始末人。

 人間の始末はむしろそこらのエージェントよりも慣れていた。

 

 槍を持ったペルが身構えて、まず真っ先に二匹と対峙した。

 彼の方を見ているものの、彼らが優先して狙っているのは王女であるビビ。

 最悪ペルを逃したとしても王女さえ仕留めれば戦況が変わる。それがわかる程度には彼らは頭が良くて、すでに戦う覚悟もできていた。

 

 威嚇するようにさらにカンカンと貝を打ち鳴らす。

 Mr.13が駆け出すと同時にミス・フライデーが翼を広げて空を飛んだ。

 

 素早く右へ左へ跳びながら前進するMr.13に対抗するべく、咄嗟にペルが前へ出る。ビビの下へは絶対に行かせない。そんな意志が、彼の行動や表情に表れていた。

 両者が同時に武器を振り、正面から激突する。浅くない傷を負っているペルの表情が歪んだ。

 

 武器を合わせた瞬間に生じた一瞬の静止。それを狙ってミス・フライデーが銃を放とうとする。

 あらかじめそれを読んでいたビビは彼女への攻撃を行った。

 ミス・フライデーは咄嗟に回避行動を取り、避けられてしまうが、それによって銃撃も外れる。

 両者は一旦距離を取って、その間にペルとMr.13が数度打ち合った。

 

 「くっ……! おのれ、ただのラッコではないなっ」

 「下がってペル! 隙を作るくらい私が!」

 「ビビ様、しかし!」

 

 ペルの言葉を待たず、武器を払って互いに後ろへ跳んだ彼らを確認すると、ビビが両手に装備した武器を振り回した。それによってMr.13は上へ跳ぶ。

 回避はされたものの空中での回避は不可能に近い。

 ミス・フライデーが回収に向かう素振りを見せた中、ペルも自らの能力を使用した。

 

 「孔雀(クジャッキー)一連(ストリング)・スラッシャー!」

 「ビビ様のご助力……無駄にはしません!」

 

 一瞬にして隼の姿になったペルが勢いよく飛び上がる。

 回避したMr.13はミス・フライデーの背に着地し、すでに迎撃する体勢だった。

 構わずペルは槍を握りしめ、特攻を行う。

 

 「飛爪(とびづめ)!!」

 

 自らの爪と槍で、素早く駆け抜けながら一瞬の猛攻を繰り出す。

 Mr.13は背を蹴って跳び、ミス・フライデーはその衝撃を利用して即座に降下した。ペルの攻撃は紙一重で回避することができたようで、二匹はそれぞれ標的を変える。

 飛び上がったMr.13はペルに空中戦を挑み、ミス・フライデーがビビを見た。

 

 強い意志が災いしたのか、一瞬ペルは逡巡してしまう。自身を狙っているのはMr.13だが守らなければならない人物を狙っているのはミス・フライデーだ。

 どちらを優先するかは、一秒にも満たない刹那で選ぶことができた。

 

 背後の気配を無視したペルは、背を向けるミス・フライデーへ襲い掛かる。

 互いに翼を持つ者であったとはいえ実力が違う。当然速度も違っていた。

 すでに敗北し、醜態を晒した後。己の命を捨ててでもビビだけは守らなければならない。そんな覚悟が彼の表情から迷いを消して槍を握りしめる。

 彼の行動は少なからず予想できたが、その速度はミス・フライデーを驚愕させた。

 

 「これ以上……貴様らの好きにはさせんッ!!」

 

 槍の穂先がミス・フライデーの肉体を切り裂いた。深くまで刺さった感触があるため、これで決着だろうと予想する。だが自身に迫る危険も知っていた。

 彼を狙って落下してくるMr.13が武器を振り上げている。

 落下速度はなぜか速く、前を見ながらもペルはおそらく避けられないだろうと思っている。

 

 覚悟を決めた時、ふとビビの方へ目を向けた。

 己の死を受け入れようとしていたその瞬間、彼女の行動に目を見開く。

 一切の迷いも持たず、振り回した武器をMr.13へ向けようとしていたのだ。

 

 「孔雀(クジャッキー)一連(ストリング)・スラッシャー!」

 

 高速で伸ばされたその連結した刃は、空中で身動きの取れないMr.13を捉え、そして肌を切り裂いて吹き飛ばした。意識を刈り取るほどではないが明確な隙ができる。

 この時、ペルは考えもせずに翼を動かして反転していた。

 

 「これで少しは役に立てた?」

 「ビビ様、多大なる感謝を……!」

 

 ペルは今度こそ全力でMr.13へ接近し、地面へ落とす前に決着をつける。

 

 「飛爪(とびづめ)ッ!!」

 

 槍と爪による無数の攻撃を受け、Mr.13はがくりと全身の力を失った。

 受け身も取れず地面に落ち、そのまま動かなくなる。

 

 戦闘が終了してすぐさまペルが地に降りて元の姿に戻る。激しい動きによってさらに多くの血が流れ出てきて、苦しそうな表情だ。

 彼の様子に血相を変えたビビが慌てて駆け寄る。

 ここまでよくやってくれた。しかしもう限界だろう。

 咄嗟に兵士へ振り返って応急処置を頼む。

 

 「今すぐペルに治療を! それと、チャカに水を持ってきて!」

 「はっ!」

 「ペル、ありがとう。無理をさせてごめんなさい……」

 「いいえ……ビビ様がご無事であったなら、それでいいのです」

 

 疲弊した様子のペルが膝をついている。彼の背に手を添え、ビビは辛そうな顔を見せた。

 本当ならもう休んでいていいと言ってやりたい。しかし現状、まだ諸悪の根源を倒していないという事実がその言葉を許さないのである。彼女はこれから傷つき、疲弊した臣下に更なる戦いを強いなければならない。そうしなければ国が滅んでしまう。

 たとえ自分がどう思われても。ビビは表情を引き締め直して言った。

 

 「まだ終わってはいないわ。敵は大勢残ってる。ペル、あなたの力を貸して」

 「もちろんです。この身が朽ち果てるまで、アラバスタのために戦いましょう」

 「無理をさせるわね……」

 「ハハッ。慣れていますとも。あなたは幼い頃から活発な方でした」

 

 脂汗を流しながら笑顔を見せたペルを見やり、ビビはわずかに苦笑する。

 その直後、カルーが一声鳴いたので顔を上げた。

 そちらでは苦しげながらチャカが体を起こして座り、真剣な顔でビビを見つめている。彼も万全の状態ではないというのにちっとも心は折れていなかった。

 

 ビビは彼らの協力が得られることを理解した。

 同時に気持ちまで受け止め、絶対に負けられないと再認識する。

 

 「ビビ様……我々は何をすればよいのですか? お教えください。我らの敵とは」

 「敵はバロックワークス。七武海、サー・クロコダイルを頂点とする秘密犯罪組織。この国を乗っ取ろうとしているの」

 「やはり……そうでしたか」

 「私の仲間が、あいつらを倒そうとしているの。紹介している暇はないけど、信じて。彼らは海賊だけど、クロコダイルとは違う」

 

 海賊。その一言が気にはなったが今更驚きはしなかった。

 ビビは立ち上がり、座ったままのチャカやペルも含め、周囲の人間を見渡す。水や医薬品を取りに走った兵士を除けば全員が彼女に注目していた。

 

 「チャカ、あなたは国王軍の指揮をお願い。反乱軍を装って襲ってくる敵が居るの。その人たちはみんな偽物、バロックワークスの社員よ」

 「では、手加減はいらないということで?」

 「ええ。私の仲間も協力してくれるはず。気をつけて……絶対、死なないで」

 「了解しました。私も、敗北したままでは終われませんから」

 

 カルーの水筒にあった水を飲んだとはいえ全快とは言えない。チャカはいまだやつれた体で辛そうに呼吸している。それでも目の色だけは微塵も変えなかった。

 ビビが生きていた。失踪していたはずの彼女が元気な姿を見せてくれた。

 それだけでまだまだ戦えると思えてくる。

 チャカの顔を見たビビは任せることに決めて、彼を心配するのをやめようと努めた。まだ戦いは続いている。油断などしていられないし、誰も休んでいられる状況ではないのだ。

 

 改めて室内を見回したビビはコブラが居ないことを確認する。

 彼が居れば国王軍の士気を上げることなど簡単なのだが、そう上手くはいかないらしい。

 

 今度はペルに目を向けて、彼には別のことを任せようと考える。

 自分だけで行動するのは危険だとわかっている。おまけに護衛の兵士も多くは無い。

 彼の同行はビビが自由に行動するために必要不可欠だった。

 

 「ペル、あなたは私と来て。お父様を探しましょう」

 「わかりました。全力でお守りします」

 「お父様と……クロコダイルはどこに?」

 「葬祭殿へ向かったようです。奴ら、何かを探しているようで」

 「そう……」

 

 外へ出ていた兵士が急いで戻ってきて、チャカには水が入った樽を渡し、ペルとアンラッキーズにやられた兵士も含めた三人へ応急処置を施し始める。

 ビビは今や遅しと待ちながらも急かさず、彼らの準備を待つ。

 

 あとは私に任せてくれ。そう言えればどれだけ気が楽だろうか。

 彼らの協力が無ければ何もできない自分が情けなく、彼女は強く唇を噛む。

 

 (焦ってはだめ……勝てる勝負も勝てなくなる。落ち着いて、冷静に行動することが重要)

 

 きつく拳を握る彼女は自分を落ち着かせようと頭の中で繰り返す。

 他のみんなは大丈夫なのか。気になるのに知れないことが不安を大きくする。しかし今は確認する手立てがない。仲間を信じるしかなかった。

 誰も倒れていなければいいが。

 不安を押さえ込もうとするビビの手を、カルーが羽で軽く引いて振り返らせた。

 

 「カルー?」

 「クエー……」

 

 心配するような、彼女を気にかけるような眼差しがある。

 彼の様子を見てビビの表情は変わった。

 一人で戦っているのではない。自分には多くの仲間が居て、常に傍にはカルーが居てくれる。彼の存在が焦り過ぎた心を落ち着かせてくれた。

 

 拳を握っていた手からふっと力が抜けた。

 ビビはカルーへ穏やかに微笑みかける。

 すっかり毒気が抜かれたようで、カルーもにこやかに口角を上げた。

 

 急ぎながらも丁寧に、それぞれへ処置を施した後、兵士達はビビの下へ集結して準備が整ったことを行動で示した。負傷した兵士は壁際に座らされて、チャカの傍に三名、残りはペルと共に彼女の護衛に就く。少ない人数で配属は決まった。

 いよいよという場面でビビは意を決する。

 この先、きっともう止まることはない。勝利するまでは振り返る暇もないだろう。

 

 「みんな、無理を強いてごめんなさい。だけど、絶対に最後まで諦めないで。どんな状況だって希望はある。みんなで一緒に生き残りましょう」

 「はいっ!」

 「ビビ様、お気をつけて……ペル、ビビ様を頼むぞ」

 「ああ。こちらの心配はしなくていい。自分の役目に集中してくれ」

 

 チャカの言葉にペルが頷き、それを受け取ったチャカは兵士に肩を借りながら立ち上がった。

 彼らは互いに背を向け、歩き出す。

 ビビがペルと兵士を引き連れて城の裏口へ向かい、正面入り口にはチャカ達が向かう。

 心配する気持ちを押し殺して振り返らない。そのままあっさりと離れていき、どちらも躊躇うことなく玉座の間を後にした。

 

 歩きながらビビがペルへ尋ねる。

 きりりとした眼差しは前方を見ながら、すでに待ちきれない様子となっていたようだ。

 

 「お父様と一緒に居るのは誰?」

 「クロコダイルと、黒髪の女です。ミス・オールサンデーと呼ばれていましたが」

 「そう……やっぱり」

 

 コブラと共に居る二人の名を聞いて、ビビの表情が曇る。

 その二人が相手ではただではコブラを取り戻せそうにない。さらに考えるのは、クロコダイルが居るということはルフィと接触していないのか。それが妙に気になった。

 彼が負けるとは思っていないが、拭い切れない不安が生まれてしまう。

 

 ビビとカルーを先頭とした集団は外への出口が見える場所まで辿り着いた。

 その瞬間、彼女と一匹は驚愕した。

 

 血に濡れて倒れるルフィの姿を目撃する。無人の空間で彼一人だけが倒れていて、おそらくは目標の人物と接触したのだろう。部屋の一部が破壊されてもいた。

 結果だけを見れば、何があったのかを想像するのは容易い。

 

 顔色を変えたビビとカルーが慌てて駆け出した。

 死んでいるかのようにぴくりとも動かないルフィへ駆け寄り、血に汚れることも気にせず彼の体を抱きかかえる。ビビが地面に膝をつき、その上にルフィの頭を乗せた。

 状況が読み切れない兵士達は立ち往生する。その中で咄嗟に状況を見たのはペルだ。

 誰かは知らないが、二人が激しく動揺してしまうほどの人物。何をすべきかはわかる。

 

 「ルフィさんっ!? そんな……!?」

 「クエ~!? クエ~ッ!?」

 「薬と包帯を持ってこい! 応急処置だ! 急げ!」

 

 ペルの鋭い声が飛ぶ中、ビビとカルーは顔を近付けて彼の様子を見る。呼吸は荒いが小さく継続している。まだ死んではいない。

 必死に名を呼び続けること数秒、確かに反応があった。

 突如動いたルフィの手がビビの手首を掴む。

 

 「(にぐ)っ」

 「ルフィさん……!」

 「クエ~!」

 

 開口一番、思いのほか強い声色。

 疲弊しているが目はしっかりと開いてビビを見ていた。

 せき込んで尚も血を吐きながら意識を繋ぎ止め、ルフィはがくりと頭を落とす。

 

 「わりぃ、ビビ……おれ、一回あいつに負けたんだ。キリも、どっか連れてかれちまった」

 

 これまで聞いたことがないほど弱々しい声に息が詰まる。こんなルフィは見たことがない。何しろ今にも死んでしまそうなほど危険な姿なのだ。

 周囲でバタバタと兵士が走り回っている。そのことにも気付かず、ビビは彼の言葉に集中する。

 どうやらルフィはまだ諦めていないようだった。

 

 「でも、次は負けねぇから……ハァ。おれがあいつを、ぶっ飛ばすから……」

 「うん……うんっ」

 「だから、肉くれっ」

 

 そう言って、ルフィはしっかりとビビの目を見た。

 必死に涙を堪えながらもビビは力強く頷き、素早くペルへ振り返る。

 

 「お肉を持ってきて! できるだけたくさん!」

 「ビビ様? 肉、ですか?」

 「調理してても、してなくてもいいから、とにかく食べる物を! クロコダイルに勝てるのは彼しかいないわ! 助けないと!」

 「しかし、その前に傷を――」

 「だったら治療しながらでいい! たくさんお肉と……食べられる物全部!」

 

 戸惑うペルだが、時間がない。ここは彼女の判断に委ねることを決めた。

 

 「私が取りに行ってきます。少し離れますが」

 「お願い……ルフィさんは私が」

 「急いで戻ります」

 

 ペルは人獣型に変身して翼を広げ、低空飛行で廊下を飛び始めた。

 ビビがあれほど言うのだ。よほどの実力と、そしてそれ以上に信頼があるのだろう。長らく離れていた今の彼には何も言い返せない。

 今はただ、ビビの求めたとおりに動く。それが勝利への唯一の道に違いない。

 忠誠心のみでなく戦士として、国を守る国民の一人としてそう判断した。

 

 (あのビビ様が、あんな表情を見せるなんて……何がなんでも、彼を死なせてはならない!)

 

 素早く応急処置を始めた兵士の傍で、ビビはルフィの手を強く握る。

 元気付けようと笑顔に努め、同じくカルーが大声で鳴いて彼の意識を繋ぎ止めた。

 一度の敗北なんて物ともしない。まだ諦めてはいない。

 

 「大丈夫よルフィさん……諦めの悪さなら、あなた達の船で鍛えられたの。こんな程度の問題、失敗でもなんでもないわ。私たちはまだ戦える。あなたは必ずあいつに勝てるっ」

 

 力の限り彼の手を握りしめて、声をかけ続ける。

 

 「あなたは私が、私たちが死なせない……だからルフィさん、クロコダイルをぶっ飛ばして!」

 「おおっ……!」

 

 悔しさを噛み殺すような力強い声を聞き、ビビは頷き、カルーは翼を動かして鳴く。

 いまだ誰一人として心は折れていない。

 戦いに決着をつけるためにはルフィの力が必要不可欠だ。ビビとカルーは何があっても傍を離れずに彼を応援し続けた。

 


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