ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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BREAK

 風を斬るような速度で振るわれた刀が、刃と打ち合う。

 刃毀れすら気にせず正面から受け止めたのは、絶対の自信があるからだ。

 幾度目かの衝突を経て、互いに傷はなく、相手の出方を確認している。

 

 二刀流を駆使するゾロは高速で刀を振っていた。狙いは的確で力は激烈。常人ならば刃を合わせただけで吹き飛ばされるような力強さが伝わる。

 それを受けるMr.1はピクリとも表情を動かしはしなかった。

 自らの腕でゾロの刀を受け止め、金属を打った音を鳴らして平然としている。

 

 スパスパの実の〝全身刃物人間”。

 体に裏も表もなく、全てが刃。全身どこで受けても刀では傷をつけられない。それどころか鉄の硬度を誇るため、刃物どころか生半可な攻撃では掠り傷一つつけられないだろう。

 その上、彼はすでに完成された格闘術を持っている。

 刃物の性質を加えた体捌きは些細な動きですらも必殺の攻撃力を誇った。

 

 一切攻撃を受け付けない肉体を間近に確認し、ゾロは冷静に動きを変える。

 地面を滑るように、転がるようにMr.1へ接近すると、二本の刀で彼の体を掬い上げた。

 

 「鷹波!」

 

 鈍い音を発して胴体に叩き込まれる。ゾロの攻撃は確かにMr.1へ届いた。しかしMr.1は顔色一つ変えず行動し、即座にゾロへ振り返って反撃する。

 刃となった蹴りは咄嗟の防御で受け流された。

 幾度かの攻防を経て、敵をつぶさに観察するゾロは能力の性質を肌で感じる。

 

 交差した後、互いに距離を置いた状態で静止した。

 佇まいを直して振り返り、視線を合わせる。

 一時的に戦闘が止まった瞬間だった。

 

 「なるほど……つまり、全身が鉄。刃の表も裏もありゃしねぇってことか」

 「そういうことだ。これで、おれには勝てない理由がわかったか?」

 

 首を捻って軽く鳴らすMr.1に対して、ゾロは明らかに好戦的な笑みを見せる。

 

 「いいや。むしろ望むところだ」

 「ん?」

 「こういう窮地を、おれァ待ってた。おれがお前を斬った時、おれは鉄をも斬れるようになってるってことだ」

 「斬れればの話だ。あり得はしない」

 「いやぁ、そりゃわかんねぇだろ」

 

 ゾロは厚い上着を脱ぎ捨てた。

 流れるような動作で腕に巻いていた手拭いを取り、頭に巻く。

 目つきは変わり、野性的な眼差しが凶悪な敵意を醸し出していた。

 

 「おれとお前は、今まで出会ったことがねぇんだからな」

 「フン……所詮何も変わらん。お前もこれまでの奴らのように始末してやる」

 「できりゃあいいな。タコ入道」

 

 対峙し、鋭い眼光が敵を突き刺す。どちらも飢えた野獣のように、或いは無駄な感情を一切削ぎ落とした機械のように、恐怖心の欠片さえ持たずその場に立っている。

 異様な空気が漂う中、微塵も動かず立ち尽くすこと数秒。

 両者は全くの同時に動き出した。

 

 接近する最中にゾロは三本目の刀を口に銜え、Mr.1は足を振り上げる。

 刃と脚が激突した瞬間、人体にはあり得ない金属音が鳴り響いた。

 

 相手は全身が武器。ただの手刀や蹴りが岩さえ削る斬撃となる。

 望むところだとゾロは脚を払って前へ進む。

 Mr.1は見るからに戦闘に慣れていた。流れるような動作で腕を突き出し、刃と化した五指でゾロの顔を切り裂こうとするが、彼はその手を左手の刀で受け止めた。

 体の使い方一つ一つが暗殺や人体の分解に特化している。こんな人間は見たことがない。

 

 再びけたたましい音を発して激突。

 とんでもない力で相手を切り捨てようとしており、それでもMr.1の肌は斬れず、ゾロは的確に攻撃を防ぐ。たった数度の攻防でフラストレーションが溜まった。

 

 一瞬の視線の交差でわかる。

 勝負は、おそらくそう長引かない。

 

 「東の海(イーストブルー)のたかが一剣士が」

 「そういうお前はたかが鉄だろ」

 

 激烈に振り下ろしたゾロの刀を、Mr.1が腕を構えただけで受け止める。

 Mr.1が首を切り落とそうと蹴りを放てば、ゾロの刀が受け流す。

 一見すれば互角。互いに相手の体へ傷をつけることはできないまま、必殺の一撃を叩き込もうという時間が無情にも続き、状況は変化を見せない。

 

 どちらが有利かと言えばおそらくはMr.1だ。彼は悪魔の実を食べたことにより、全身が鉄で構成されている。事実いまだに傷はついていないが、何度か攻撃を受けているのだ。一度攻撃を受ければそれが致命傷となるため、避け続けなければいけないゾロとは違う。

 だがゾロは恐れていなかったし、不満もなかった。

 公平でないことは命の取り合いにおいて当然。これは試合ではなく勝負なのだ。

 

 敵の攻撃をいなしながらゾロは笑う。

 突然見えた表情の変化にMr.1が顔をしかめるも、攻勢は止めなかった。

 

 自らの五体を使って猛攻を繰り出すMr.1は一方的に前進を進める。

 無理に足を止められたゾロは後退を余儀なくされ、しかし負けん気は強く、わずかな隙を見つけてはMr.1の体に刃を当てていく。

 

 いまだ鉄を斬れる兆候はない。だがそれでも刃は鉄の体に届いていた。

 Mr.1は油断していない。本気で彼を消そうとしている。

 確かに避ける必要はないとはいえ、それほど体に触れられるというのは彼にとっても不本意。まるで鉄さえ斬れればいつでもお前を倒せると言われているかのような不快感があった。触れられる度にMr.1の表情は厳しくなっていく一方である。

 所詮はどこにでもいる剣士。そんな認識を改める必要があるかもしれない。

 そう考えながらMr.1は尚も自分の勝利を疑わなかった。

 

 跳び上がってMr.1の強烈な蹴りがゾロを襲った。流石に受け流すのは辛いと思ったのか、彼は転げるようにして低く回避した。

 Mr.1の着地と同時、ゾロが起き上がる。

 地面に膝を着いたまま三本の刀を同時に構え、雄々しく駆け出すと正面から接近した。

 

 「三刀流――」

 

 それを見たMr.1は咄嗟に拳をぶつけ、脚を開いて腰を落とし、全身の硬度を高める。

 

 「斬人(スパイダー)

 「牛針!」

 

 目にも止まらぬ連撃が突進と共に繰り出された。

 防御のために身構えていたMr.1の全身を激しく打ち付けるが傷はなし。血の一滴も流さない。

 彼の傍を通り過ぎたゾロは咄嗟に振り返って駆け出し、即座に接近を試みる。

 

 敵が来ると知ってMr.1は慌てずに振り返った。その時にはすでにゾロが刀を振りかぶって眼前に迫っており、反応する暇すら与えられないタイミングだ。

 首筋を狙った剣筋を目視し、Mr.1は敢えて受けず、しゃがむことで回避する。

 初めて空ぶったことでゾロの眉が動いた。

 

 隙を生むほど大きな動揺ではなかったとはいえ、わずかに空気が変わる。

 返す刀で次の太刀筋を繰り出すゾロに、Mr.1は意識を変えた。

 

 顔の横で腕を差し出して刃を受け止める。

 敢えて動かず、Mr.1の鋭い眼光がゾロを射抜く。何かを伝えるかのようなその視線に少なからず苛立ちを感じ、また余裕も見える気がして、ゾロは次なる攻撃を行った。

 

 「口先だけじゃねぇってのは認めてやろう。だがそれだけだ」

 「ああそうかい。口なら何とでも言えるけどな!」

 

 伸ばした右手で突きを繰り出すと、Mr.1は首を傾け、刃が頬を掠る。

 金属が擦れた音が鳴って、彼自身は表情一つ変えていなかった。

 

 「掌握斬(スパークロー)

 

 指が刃物に変わり、今度は至近距離でゾロの顔が狙われる。

 伸ばされた右手は彼の顔を掴もうとしていたが、すかさず反応したゾロが口に銜えた刀でその手を上手く受け流し、辛うじて無傷で事なきを得る。

 

 まずいと感じたゾロが一旦距離を取ろうとする一方、Mr.1が追い縋る。

 両腕を振るい、蹴りを繰り出し、あらゆる角度から切り裂こうと攻撃が迫った。

 その大胆な体捌きは避けるには速く、受け止めるには力強い。

 必死に回避するゾロは攻撃の一つ一つを見切り、時には刀で受け流して後退した。

 

 一進一退で一向に状況が変わらない。

 どちらかが攻撃をして、どちらかが避ける。その繰り返しだ。

 

 「ハァ、鬱陶しい野郎だ……!」

 「お互い様だ」

 

 思わず漏らしたゾロの一言にMr.1が反応する。

 ここまで手応えのない相手は初めてだ。苛立ちを感じるのも無理はない。かといって簡単に倒せる相手ではないため焦りは禁物。

 一撃を潜り抜ける度、さらに意識が研ぎ澄まされていく。

 

 Mr.1がまたしても脚を振り回した時、ゾロは屈んで避けた。

 直後に前へ踏み込み、立ち上がる勢いを利用して彼の腹に三本の刀を打ち付ける。

 腕力で強引に押し上げ、Mr.1を初めて地面に転ばせた。

 

 衝撃はある。だがダメージはない。即座に起き上がったMr.1はその場で膝を着いた状態で、早くも追いついていたゾロが目の前に居た。

 反応する時間すら与えてもらえない。反撃は間に合わないだろう。

 すでに刀を振りかぶっていた。

 

 力強く踏み込んだゾロはわずかに跳びながら前進する。

 構えられた三刀流は、まるで牙を剥く虎の如く。跪いたMr.1の頭上から襲い掛かった。

 

 「虎狩り!!」

 「うっ!?」

 

 肩口へ強烈な一撃が叩き込まれる。

 つんのめったMr.1は頭から地面へ倒され、無様に転がってしまった。

 

 その一瞬ではゾロが遠くへ行けるはずがない。倒された屈辱を覚えながらも、それでも怪我一つしていないMr.1は地面に両手をつき、駒のように回転しながら脚を振り回した。

 読んでいたのか、ゾロは一歩遠のいてその攻撃を避ける。

 触れることはできなかったとはいえ起き上がる時間はできた。改めてMr.1が立ち上がる。

 

 「底が見えたか? おれはまだピンピンしてるが」

 「ほざけッ」

 

 笑みを見せるゾロの一言を耳にして、Mr.1はその場で脚を広げた。

 自ら接近しようとはせず敵を待つ姿勢になったらしい。

 好都合だとゾロが駆け出した。

 

 「鬼――」

 「何もかも消し飛ばしてやる」

 「斬りィ!!」

 「発泡雛菊斬(スパークリングデイジー)!!」

 

 最も突進力のある攻撃でゾロが正面から襲い掛かる。それに対し、Mr.1は両手を前に突き出して正面から彼の攻撃を受け止めた。

 衝突。その瞬間空気が揺れる。

 辺りを駆け抜けた衝撃波ですら全てを切り裂くかのよう。事実、ゾロの後方、数メートルの距離はあったはずだが壊れかけた建物が音も無く両断されている。

 

 その攻撃を己の身で、己の刃で受けたゾロは思わず歯を食いしばった。

 想像以上の衝撃が全身を駆け抜け、彼の体が宙を舞う。

 

 「吹き飛べ」

 「おわぁあああっ!?」

 

 細切れにされた建物へ突っ込む形でゾロの体が視界から消える。

 吹き飛んだ彼は大きな残骸へ激突し、転げ回った拍子に体のあちこちをぶつけ、額や腕を切って血を流す。だがその様子からして斬撃が直撃した訳ではないらしい。

 

 まだ動ける。まだ敗北ではない。

 ゾロは休まず飛び起き、走り出した。

 

 優れた反射神経と運動能力で降ってくる瓦礫を避け、足場としては劣悪な残骸を蹴りつけて跳ぶように進む。当然その先にはMr.1の姿があった。

 彼も決着がついたと思ってはいなかったのだろう。その場を動かず待ち受けている。

 勢いを殺さずゾロが高く飛び上がった。

 

 もう少しで何かが掴めそうな気がする。あと少しで何か見えそうな気がする。

 唯一焦りを抱いているといえばその一点のみで、不思議な感覚にゾロは苦悩していた。

 決して言葉では説明できない感覚がある。これまで何度か感じたことのある、周囲の存在を強く感じる独特の瞬間。まだ届かないが、遠くはない。

 今、すぐそこまで来ているはずなのだ。

 

 止まっている暇などない。多少無謀でも前に出なければ勝ち目はない。

 真っすぐ駆けてくるゾロの気迫に、Mr.1は確かに他の剣士とは違うものを見た。

 

 「うおおおおおっ!」

 「まるで獣。気迫だけでおれに勝てると思ったか」

 

 両腕を刃に変えて思い切り振りかぶった。愚かにも正面から接近する敵を斬るのは容易い。

 

 「微塵斬(アトミックスパ)!」

 

 高速で斬撃を繰り出し、対象を細切れにする技。

 常人には見切るどころか何が起こったかもわからないはずの一撃。初見のはずのそれを、ゾロは逃げもせずに正面から捌き切り、強引に駆け抜けた。

 無数の斬撃が襲う嵐を切り抜け、Mr.1の眼前に到達する。

 これには彼も驚愕せざるを得なかった。

 

 「何ッ――!?」

 

 今度は怒涛の猛攻が始まる。

 狼狽するも冷静に攻撃を受け流すMr.1へ、息もつかせぬ攻撃が次から次へと襲い掛かった。

 金属が擦れ合う悲鳴が何度となく続き、ゾロは前進をやめず、強引に足を止めさせようとしたMr.1の行動にも怯まず、彼が足を止めた隙を見つけて額に一撃を入れた。

 

 口に銜えた刀でMr.1の額を打ち、体勢が崩れたのを見てその場で回転する。

 瞬きさえ許さない刹那、反撃しようとしたMr.1を待ち受けていたようだ。

 一瞬の接近を敢えて許した上で自らの攻撃を叩き込む。

 

 「龍巻き!」

 「ぐっ……!?」

 

 暴風さえも巻き起こす斬撃をカウンターで受け、下から掬い上げるような衝撃に足が地面から離れてしまう。本人の意思とは関係なくMr.1の体は飛ばされていた。

 背中から地面に落ち、受け身を取って即座に起き上がる。

 その瞬間、そっと首筋に刃が添えられたのを感じたMr.1は血相を変えた。

 

 「(ガザミ)獲り!」

 「うぐぁっ!?」

 

 蟹が鋏で切るかのように、首筋へ受けた衝撃は相当なものだった。

 しかしまだ斬れない。血は流れてはいなかった。

 

 転がって距離を取るMr.1を見送り、ゾロは一旦息をつく。

 自分は確実に成長しているはず。次の段階へ到達するのは遠くないに違いない。しかしあと一歩がいまだ掴めずにいる。そのせいで決着がつけられない。

 斬れない体を持つ敵ではなく、彼は己を恥じずにはいられなかった。

 戦意はむしろ高まる一方で、ゾロが放つ迫力はさらに大きく禍々しいものとなっていた。

 

 体勢を立て直したMr.1もまた厳しい表情を見せている。

 ここまでやるとは思わなかった。想像以上の苦戦である。

 他の任務もある。もはや時間をかけてやる必要はなく、全身全霊を以て始末してやるのみだ。

 

 力を入れたMr.1の両腕が変形し、小型の刃が複数並んだ。それらが回転し始めると耳障りな音を発し始め、もはやそれは刃などという生易しい物ではない。

 触れた物を何一つ例外にせず粉々に粉砕する凶器。

 慌てず冷静に眺めたゾロは、何度か刀の握りを確かめた。

 

 「螺旋抜斬(スパイラルホロウ)

 

 甲高い音を発しながらMr.1が歩いてくる。ゾロはそれを見ながら待った。

 

 「ここまでやるとは思わなかった。おれの能力の神髄を見せてやろう。悪いが、おれをお前と同じ剣士だと思ってくれるなよ」

 「剣士じゃなけりゃ、発掘屋かよ」

 「殺し屋だ」

 

 一歩、また一歩と近くなる。

 おそらく触れれば押し勝てない。だが攻めなければ勝ち目があるはずもなかった。

 

 「おれに発掘作業は無理だ。全て粉々にしてしまうからな」

 「へぇ、そうかよ!」

 

 一定の距離へ達した瞬間、覚悟を決めたゾロが駆け出した。

 勝負は長引かない。

 それを知っているが故に一瞬での決着を望んだ。

 

 振り下ろした刃が、すかさず構えられた腕に接触する。その刹那、火花が散った。あまりにも速い回転が視覚で気付くほどの脅威を伝える。

 気付いた時には刀が弾かれていて、両腕が上がっていた。

 胴体は隙だらけ。それを見逃すほどMr.1は甘くない。

 

 「終わりだ」

 

 Mr.1の腕がゾロの胴体に触れ、パッと一瞬にして血飛沫が飛ぶ。

 ゾロ自身の体も勢いよく飛んでいて、激突するようにして地面を転がった。それ自体は不思議な光景ではないはずなのだが、Mr.1の表情は険しい。

 手応えとゾロの体が飛んだ距離が一致しない。納得ができないのだ。

 彼は決して慢心してはいなかった。

 

 「自ら後ろに跳んで避けていたか。あの一瞬で大した奴だ。だが、肉の表面だけを削られてより辛くなるだけだぞ。今の一撃で死んでいれば苦しまずに済んだ」

 「ガフッ……あぁっ……!」

 

 ゾロは、どうやら致命傷を受けた訳ではなかったようだ。

 大量の血がボタボタと地面へ落ちて、見た目には生きているのが不思議に見えても、派手に血が出ただけですぐ死に直結する傷ではない。

 少なくとも彼は自分の状態をそう判断して、血反吐を吐きながら立ち上がる。

 

 まだ生きている。例の感覚も完璧には掴んでいない。

 もう少し、あと一歩。その思考が彼の決意を揺らがぬものにしていた。

 

 Mr.1は両腕の回転を止める。確かにそれを使えば負けはないだろう。だが強力であるが故に長時間連続して使える技ではなく、目の前の男だけを殺せば任務達成ではない。他の標的を仕留めるためには体力の温存もプロとして必要なことだった。

 この男に関しては心配いらない。もう負けはない。

 先程の一撃は決して失敗などではなく、浅くないはずだ。ここからの挽回はないと考える。

 

 「そこで寝ていればとどめを刺してやったんだが。まだ無駄な抵抗を続ける気か」

 「あいにく、無駄にはならねぇよ」

 「そうか。それは結構」

 

 Mr.1が威嚇するように強く一歩を踏み出した。

 

 「愚かしいまま死んでいけ」

 「三刀流奥義――」

 

 ゾロは両手にある二本の刀を回転させて、歩いて接近してくるMr.1を見据えた。

 覚悟など、とっくの昔にしている。ようやく見えた勝利の感覚もある。あとはそれを己の物にするだけのこと。何も難しいことではない。

 

 ここで負ければそれまでの男。

 ゾロが膝を曲げた瞬間、両者が示し合わせたように前へ出た。

 

 「滅裂斬(スパーブレイク)!!」

 「三・千・世・界!!」

 

 勝負は一瞬。

 交差した二人はそれぞれ足を止め、結果は火を見るよりも明らかだった。

 Mr.1は腕を交差させてしっかりと立っており、ゾロの体からは弾けるように血が飛んでいた。

 

 視界が揺れる。体から力が抜け、地面に膝を着き、両手の中からは刀が消えていた。地面に落ちた音を聞いてつい手放してしまったのだと気付く。

 まるで体の自由が利かない。倒れていくのを止められなかった。

 ゾロは必死に手を伸ばし、地面に触れて倒れるのを防ぐ。その際、口に銜えていた刀を思わず離してしまい、地面へ落下する直前、無意識に右手で掴んでいた。

 

 意識が朦朧とするほどの深手。本来ならば敗北したと認識する状況。

 しかし彼はその刀だけは手放さず、絶対に自分が倒れることを良しとしていない。視界が揺れていようと体に力が入らずとも、勝利を諦めてはいなかった。

 その証拠に、膝を着いてほんの数秒、早くも立ち上がろうとしていた。

 

 この時になってMr.1は表情を歪め、彼の異常性を理解していた。

 死んでいてもおかしくなかった一撃を受けてなぜ立ち上がる。その精神力が信じられない。

 

 「まだやる気なのか……そんな体で、本気でおれに勝とうと思ってるのか」

 「悪いが、お前じゃねぇんだ……」

 

 呼吸が荒い。膝が揺れる。何もしていなくても喉を駆け上がってきた血が口から出た。

 それでもゾロは背筋を伸ばして立ち上がり、Mr.1へ振り返る。

 なぜか顔には笑みがあって、今にも死にそうな姿で余裕綽々といった風体。誰が見ても異常と判断する様子でMr.1を見つめていた。

 

 「おれが目指すのは、世界一の大剣豪。お前程度で躓いてるわけにはいかねぇんだ」

 「正真正銘のイカレ野郎だな……引導を渡してやる」

 

 ゾロは、右手にあった一本の刀を鞘に納め、柄を握りしめる。

 居合いの型であろうことはMr.1にも理解できた。彼が見せる構えとしては初めてだがこれまで何度も見たことがある。それ自体を知っていれば恐ろしくはない。

 次の一手で決める。Mr.1は身構えた。

 

 一方のゾロは深呼吸を繰り返し、心を落ち着ける。

 今は気分が良かった。

 周囲にある音が良く聞こえ、耳を澄ませてみると驚くほど心が落ち着く。

 

 それはまるで、自身の周囲にある物全てが呼吸しているかのように。

 壊れた家々を作っていた石が。火が点くことなく生き残っていた木が。或いは地面、流れる風、自身が握っている刀でさえも。皆が呼吸しているかのように感じた。

 この感覚だ。以前にも感じて、先程からずっと欲していたものだ。

 かつて鷹の目と対峙した時、命の岐路に立たされた瞬間、確かに見えていた世界。

 

 心は凪のように落ち着き、一切の雑念が消えていく。

 迷いを断ち切った様子で晴れ晴れとした顔になり、ゾロはゆっくり姿勢を変えた。

 

 纏う空気が変わったと、Mr.1も気付く。

 何かがおかしい。勝利を確信したような様子には違和感しか持てない。

 すでに死にかけの体なのだ。今からどんな抵抗をしようとも自分に勝つことは不可能なはず。そう思いながらも安心できないのは彼が数々の窮地を潜り抜けてきたからだろう。

 

 「刀を拾え。まさかそれ一本でおれの攻撃を受ける気か?」

 「これだけでいい」

 「呆れた奴だな。もう諦めたとは思えねぇが」

 「いいんだ。もう受けねぇ」

 

 ますます違和感が増す。頭の中で警鐘が鳴っている。

 これ以上踏み込んでは危険だ。

 己の勘か、それともこれまで培ってきた経験が打ち出した答えか。どちらにしても今更逃げることはあり得ない。彼を始末して、その次に別のターゲットを始末する。

 Mr.1は決着をつけるべく、スケートのように足の裏へ刃を作って地面を滑り始めた。

 

 「いいだろう。これで終わりにしてやる! 微塵斬速力(アトミックスパート)!」

 「聞くが、お前……鉄の呼吸を知ってるか?」

 

 フェイントを入れるでもなく、Mr.1は高速で真っすぐに接近してくる。

 その様子を穏やかに眺めながら、ゾロがたった一本の刀を構え、静かに鞘から刀身を覗かせた。

 

 「一刀流居合……獅子歌歌(ししそんそん)

 

 二人の距離がみるみる近付いていき、そして、交差は一瞬。

 次の瞬間には勝負の結果が明らかとなっていた。

 

 Mr.1の体が深々と切り裂かれ、大量の血が噴き出し、驚きと衝撃で膝を着いてしまう。半ば呆然としていた彼は自身の体を見下ろし、斬られていることを知ってから血を吐く。

 スパスパの実を食べた鉄の体。全身が刃物で、剣士には斬れないはず。

 状況を正しく理解した時、彼は自らの敗北を悟り、穏やかな気持ちで受け入れた。

 

 ゾロは彼に背を向けて立っていた。

 わずかに振り返って確認したMr.1は、彼の背に語り掛ける。

 大きな驚きと少しの納得。敗北を悔しく思いながら、それをぶつけようとは思わなかった。

 

 「ガフッ……! まさか、本当に、鉄を斬っちまいやがるとは……」

 

 胸元を手で押さえ、久方ぶりに見た自分の血を眺める。不思議と怒りも湧いてこない。

 

 「次は、ダイヤモンドでも斬ろうってのか……」

 「そりゃもったいねぇだろ」

 「ハッ……」

 

 ぐらりと揺れて、体が倒れていく。

 遠ざかる意識を掴むことさえできずに、Mr.1は倒れた。

 

 「まいったぜ――」

 

 乾いた地面に横たわり、Mr.1は沈黙した。

 同じくゾロも勝利したとはいえ万全ではなく、体力の限界を感じて膝を着く。寝ている場合ではないと思いながらもその場に横たわらずにはいられなかった。

 やはり失血が多い。生きているだけまだマシだろう。

 どうやらしばらくは動けそうになかった。

 

 (クソっ、やっと〝呼吸”がわかったってのに……血を流し過ぎた)

 

 このままでは歩けもしない。それなら一旦休むしかないと判断する。

 頭に巻いた手拭いを取り、いつものように左腕へ巻く余裕も無いまま、目を閉じた。

 

 (あいつら、全員無事なんだろうな? 状況が知りてぇ。あと、酒でもありゃなぁ……)

 

 確かに勝利したとはいえ、傷が深く、ゾロもまたあっさり意識を手放してしまう。

 次に目覚める時がいつなのかは本人にもわからない。また動けるようになった時がその時だ。

 辺りはやけに静かで、それを不自然に想いながら、ゾロの意識は眠りの中に沈んでいった。

 


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