ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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遭遇

 誰も居ない道を悠々と歩いていたある時、ふとした瞬間にクロコダイルは眉を動かした。

 前方、思いもよらなかった集団の姿を見つける。

 先に行ったはずのミス・オールサンデーとコブラは、本来ならば目的地に到着していてもおかしくないと思っていたのだが、どうやら足止めされていたようだ。

 

 面倒だとは思うが、厄介だとは判断しない。

 クロコダイルは逃げも隠れもせず、歩む速度すら変えず、正面から近付いていった。

 

 足を止めたのは必然的にミス・オールサンデーとコブラの傍だった。

 前方に立つ集団が道を塞ぐように展開しているのだから仕方ない。

 薄い笑みを浮かべたクロコダイルは先頭に立つ男へ話しかける。

 

 「ほう、これは招かれざる客だな……こんな場所まで何の用だ? 白猟のスモーカー君」

 

 ずらりと並んで銃を構える海兵の先頭、厳しい顔をしたスモーカーが居る。

 銜えた二本の葉巻から煙を燻らせ、明確な意思を持ってクロコダイルを睨みつけている。その様子はまさに野犬。身の程を知らずに噛みつく気でいるのだ。

 

 余裕があるクロコダイルは彼から発せられる怒気を楽々と躱す。おそらく相手は今にも戦う気だがその価値はないと見ている。実力に差があるのは明白だ。

 噂は聞いている。将来有望ながら躾がなっていないため最弱の海へ飛ばされた野犬。

 確かにそれも納得だと、彼の目やこの場に居る事実から察することができた。

 

 「少しばかり探し物があってね。この国にあるかと立ち寄ったんだが……どうやらそれ以上のもんを見つけちまったらしい。こりゃあ一体どういう状況だ?」

 「一応聞こうか。どう、とは?」

 「いちいち説明しねぇとわからねぇ状況じゃねぇだろ。今、おれの目の前には信じ難い光景が広がってる」

 

 静かな物言いの奥には多少の苛立ちを感じさせ、スモーカーは語り出す。

 何を言わんとしているのかは互いにわかっている。それでも敢えて説明するのは、言わばこれは前哨戦。この後にどうなるかを知りながら出方を窺っているに過ぎない。

 特に警戒しているのはスモーカーとその部下たちだ。

 

 目の前に居るのは世界的に名を売った海賊と、行方不明となっていた賞金首。そして怪我をしている上に拘束されているアラバスタ王国の王。事件でないはずがない。

 大体の事情は察することはできるが相手が悪かった。

 見過ごせないだろうとは考えるものの、果たして戦ったところで勝てるかどうか。それがわからないスモーカーではないとはいえ、やはり海兵として退くことはできない。

 

 己の力の無さを恥じ、苛立ちが増す。

 それでも彼は声色だけでも冷静にクロコダイルと対峙していた。

 

 「国を守るべきアラバスタの英雄が、消息不明だった〝悪魔の子”を連れて、怪我をした国王を拘束し、どこかへ連れて行こうとしている。これは夢か、性質の悪い冗談か?」

 「言葉を返すようだが、それがわからねぇほどバカじゃねぇだろう。つまらねぇ問答がしてぇなら付き合ってやるのも一興……とはいえ、今は時間がない。悪いが次の機会にしてもらえないか」

 「そういうわけにはいかねぇな」

 

 本来ならあり得ないと思いながら、スモーカーが、ついに十手を抜いた。

 彼の隣に立つたしぎは緊張しつつも刀を抜く。

 すでに臨戦態勢。海兵たちも緊張して武器を構えていた。

 

 力の入った様子にミス・オールサンデーがくすりと微笑む。

 隣に立たされたコブラは、ただ逃げてくれと願わずにはいられない。

 

 「おれは元々、七武海なんざ信用しちゃいなかった……何を企んでいやがる」

 「探し物さ。そのためには協力者が必要だった」

 「怪我をさせる必要のある協力者か? 好意的とは思えねぇな」

 「だとすればどうする。まさかとは思うが、お前が止めるつもりか?」

 

 戦意を大きくするスモーカーをクロコダイルが挑発する。

 時間がないと語るにもかかわらず逃げようともしないのは、〝時間はかからない”という意思表明に他ならない。おそらくそれはスモーカーも気付いていたはずだ。

 あまりにも無謀過ぎる挑戦。だが捕らわれた国王を見捨てて逃げられようか。

 ここは死地だと理解しながら、彼の部隊は戦うという選択をやめなかった。

 

 「そうする必要がありそうだな。おれが海兵で、お前が海賊である限り」

 「安っぽい正義に同情しよう。それがお前の寿命を縮めることになるがな」

 

 スモーカーの手が十手の柄を強く握り直す。

 今にも動き出しそうな様子にクロコダイルは敢えて目線を外した。

 

 「ミス・オールサンデー。お前はコブラを連れて先に行け」

 「あら、また? 人数が多いけれど」

 「火の粉を払うくらいお前にもできるだろう」

 

 そう言ってクロコダイルは前方へ歩き出した。スモーカーを、というよりは道いっぱいに展開している海兵の部隊を目指しており、嫌でも緊張感が増す。

 これでは黙っている訳にはいかないとスモーカーが顔を歪めた。

 彼に対しては人数が多くとも無駄。おまけに能力者に有効な装備も決して多くはない。

 

 ここは自分が止めるべきだとスモーカーが動き出す。

 下半身を煙に変え、噴き出す推進力を利用してクロコダイルへ接近を試みた。

 

 十手の先端には海楼石が仕込んである。たとえロギアでも能力者には有効な武器だ。

 そう簡単に当たる相手だとは思わないが自分にさえ注意を引きつけられれば。そんな考えで接近したスモーカーの期待を裏切り、彼が目の前に来た時点でクロコダイルは砂となって消える。全身が砂に変化したおかげで構えていた十手は空ぶって、彼の姿を見失った。

 辺りはどこを向いても砂がある砂漠の国の町。クロコダイルの力を十全に引き出す環境だ。

 

 嫌な予感がして振り返った時、やはり直感は当たっていた。

 部隊の中から突如悲鳴が上がった。海兵の数名が鉤爪で切られたのだ。

 血相を変えたスモーカーは慌てて反転し、空中へ躍り出すように煙になって飛んだ。

 

 「ぎゃあっ、ああっ……!?」

 「痛ぇ……!」

 「チッ、おれの部下を――!」

 

 件の位置を見つけた。逃げ惑う海兵たちに囲まれるようにしてクロコダイルが立っており、左腕にある鉤爪から血が滴り、倒れている海兵が五人居る。

 スモーカーは急降下してクロコダイルへ接近する。

 余裕を持ってその姿を見上げた彼はにやりと笑った。

 

 「全員離れてろ! お前らじゃ敵わねぇ!」

 「スモーカーさんっ!」

 「お前なら敵うと思ってるのか?」

 

 上空から強襲してくるスモーカーを眺め、クロコダイルは右の掌を上に向けた。するとそこから小さな砂嵐が発生し、爆発的に大きく成長していく。

 スナスナの実の砂人間とは知っていたとはいえ、これは予想外だった。

 迎え撃つ形で煙のスモーカーは吹き飛ばされ、周囲に居た海兵たちも次々地面に転ぶ。

 

 図らずも意図的に地面へ落とされてしまったスモーカーは冷静に受け身を取る。

 眼前には一瞬にして大きくなった砂嵐。海兵の体が宙を舞っている。

 その向こうにはスモーカーに視線をやり、意味ありげに笑い、敢えて背を向けるクロコダイルの姿が見えた。なぜ背を向けるのか、理由は簡単にわかる。

 一つはスモーカーを挑発するため。

 もう一つは海兵を攻撃し、同じく彼を誘い出すためである。

 

 左腕の鉤爪で、また誰かが切られた。砂嵐が移動する轟音の中でも悲鳴が聞こえる。

 見過ごす訳にはいかない。

 煙にはならずに走り出して、スモーカーは咄嗟に部下のたしぎへ声をかけていた。

 

 「たしぎぃ! 国王を助けろ! 救助が最優先だ!」

 「は、はい!」

 

 大声で叫び、彼女の返事を耳にすると思考はすでにぶれなかった。

 仮に大きな実力の差があるとして、対抗する術はある。海楼石の十手さえあれば全く勝てないという状況ではないはず。必要なのは、実力の差を埋める決死の覚悟。

 スモーカーは死すら厭わず、部下を助けるために砂嵐の中へ飛び込み、駆け抜けた。

 クロコダイルの背には時間もかからず接近して、振り返らないことに危険を感じつつ攻撃する。

 

 先端で突くため十手が突き出された。

 狙うのは最も当てやすいだろう背。頭よりも面積が広いため当たりやすいはず。

 接近自体は簡単にできたが、しかし十手が触れようとした瞬間、砂の体が動いて一部分にだけ穴が開き、十手はそこを通されて触れずに止まる。

 

 事前にどこを狙うかわかっていなければあり得ない光景。

 目を見開いたスモーカーは瞬時に十手を引いた。

 

 動揺を消して体勢を立て直そうとする彼が身構える一方で、クロコダイルは焦らず振り返ると、自身の正面にスモーカーを置く。

 危機を感じた様子は皆無である。彼はスモーカーの行動を嗤ってすらいた。

 

 クロコダイルは動きを止めて彼を見る。

 今から攻撃を始めるだろうことはわかっていた。だがスモーカーはその場を動けない。

 自分は煙だから、攻撃を受けるわけがない。そう思っていた様子でもなかった。

 動けないのはきっと彼の注意を引くため。それと同時に、肌を刺す威圧感に体が強張って、だ。

 

 「白猟のスモーカー……お前の噂は聞いてる。新兵の頃から頭一つ抜きんでた存在だったが、イーストブルーに左遷されたそうだな。上司の命令は聞いておくもんだ」

 「何が言いたい」

 「惜しい男だと、そう言いてぇのさ。本部で鍛えられてりゃそんな玩具を使わずともおれに触れられたろうに。お前の敗因は最弱の海で無駄な時間を過ごした数年間さ」

 

 砂嵐は一向に消えようとしない。むしろ規模を増しているようにすら感じた。

 ふとクロコダイルが竜巻のような砂嵐に目を向けた時、スモーカーは眉をひそめた。

 

 「いい砂の乾き具合だ。広場の小競り合いを放置しておれを仕留めようとしたことは評価しておいてやろう。だがおれを倒せねぇならそれも無駄な労力だ」

 「最初からこのために七武海になったってわけか。一体何を狙ってやがる」

 「それを調べるのがお前らの仕事だろう。できればの話だが」

 

 右腕がサラサラと砂に変わる。反射的にスモーカーが全身に力を入れた。

 

 「お前の命に興味はない。生きていようが死んでいようがこの先の出来事は変わらん」

 

 クロコダイルが身構えたのを見て、視線を合わせるスモーカーは、汗が噴き出すのを感じた。

 流石、七武海に名を連ねるだけのことはある。

 改めて対峙してみると、あまりにも強大な存在感に気圧された。確かに彼もグランドラインに来て数々の賞金首を打ち取ったが次元が違う。

 半ば無意識的に、選択は間違っていたのかと考えさせられた。それほどの脅威。

 

 砂嵐が風に乗って徐々に移動を始めようとしていた。しかし気付いたところで止める方法はないに等しく、またスモーカーには余裕がない。

 周囲から海兵が離れた後、クロコダイルが右腕を振り下ろした。

 

 ぶれることなく直線に砂の刃が走る。クロコダイルの腕から放たれたそれは地面を走り、己が触れた大地すらも切り裂いて進み、高速でスモーカーに接近していく。

 彼は考える前に回避行動を取っていた。

 爆発させるように下半身が煙になり、推進力で素早く空へ逃げる。

 

 大地が深く抉られているのを目で確認した。かなりの威力があることがわかる。

 戦力の分析のためとはいえ、その一瞬が命取りであった。

 気付けば眼前にクロコダイルの姿があり、彼と同様下半身を砂に変えて空を飛ぶ彼が鉤爪を振りかぶっていて、驚いた瞬間には攻撃が迫っていた。

 本来ならば、煙の体に直接的な打撃や斬撃など当たらないはず。

 それがどういうわけか、スモーカーが感じた嫌な予感の通り、彼の肌が切り裂かれた。

 

 「ぐあっ……!?」

 「ス、スモーカー大佐!?」

 

 空中で血を流し、姿勢が崩れたスモーカーを見て一人の海兵が悲鳴を上げた。

 その声に思わず反応してしまったたしぎは振り返りかけ、すんでのところで首の動きを止める。彼女の視線の先には穏やかに微笑むミス・オールサンデーが居た。

 

 スモーカーに任された以上、自分の仕事はコブラを救うこと。集中しなければ。

 決意を固く、たしぎは刀を中段に構える。

 

 「振り返るくらいはいいけれど、いいの?」

 「最優先は市民の救助です。さあ、その人を離しなさい」

 「残念だけどそれはできないわ。私にはこうしなきゃいけない理由があるの」

 

 ミス・オールサンデーは余裕の表情を崩さず、拘束したコブラの腕を離さず言う。コブラは猿ぐつわを噛まされており、言葉を発することができない。彼女たちを止めることは不可能だった。

 使命感に燃えるたしぎは表情を険しくする。

 彼女に関する情報も頭に入っているが、見逃すという選択肢はあり得ない。

 

 「銃は使えません。人質の安全を優先して考えてください」

 

 銃を下ろした海兵たちが下がり、剣を持った海兵が整列した。

 たしぎの後ろに続き、いつでも戦えるよう準備を終える。

 困った顔には見えない様子ながらミス・オールサンデーは溜息をついた。

 

 「さあ! その人を開放してください!」

 「仕方ないわね……」

 

 ミス・オールサンデーが胸の前で腕を交差した。

 

 「三十輪咲き(トレインタフルール)

 

 しなやかな指が伸ばされると、ふわりと宙を舞う花びらを見た気がした。

 警戒したたしぎが体を強張らせた背後で、三十人の海兵が不可解な物を見る。自らの肩に細い女性の腕が生え、意思があるように動く。

 自分の物ではない腕に全員が驚愕して、多くの者が声を出していた。

 たしぎが異常を感じて振り返った時には、肩に生えたそれが海兵の首に腕を巻き付けていた。

 

 「ストラングル!」

 

 三十本の腕が、一斉に首を絞め、奇妙な音が鳴ってくぐもった声が重なる。

 海兵たちは剣を取り落として倒れ、三十人の人間が一斉に意識を失った。

 たしぎはその瞬間をまざまざと見て言葉を失う。

 

 ミス・オールサンデーはハナハナの実の能力者である。

 彼女は、自らの体の一部を能力が届く範囲内であれば好きな場所に生やすことができる。たとえ他人の体であっても例外ではなく、範囲内であれば死角からの攻撃さえ難しくない。

 目に見える場所も、見えない場所も、彼女から逃れることは決して簡単ではなかった。

 ミス・オールサンデーは穏やかに微笑む。

 

 部下がやられたことに狼狽するも、咄嗟に歯を食いしばり、一切声を出さなかった彼女はあくまでも自分の任務に集中しようとしていた。たしぎは再びミス・オールサンデーへ剣を向ける。

 スモーカーが時間を稼いでいる。その間に国王を救わなければ無駄な努力になってしまう。

 退くことは許されず、選べる道は一つしかない。

 

 「意外に冷静ね。それなりに場数は踏んでいるのかしら」

 「バカにして……! あなたの思い通りにはさせません!」

 「無理よ。あなたじゃ私には勝てない」

 「たとえそうだとしても!」

 

 たしぎはミス・オールサンデー目掛けて猛然と走り出した。

 構えた刀を突き刺すつもりで、一心不乱に前へ進む。いつ攻撃か来るかわからない恐怖心を押し殺して、力強く地面を踏みしめていた。

 命を賭ける。相手の実力を知り、己の死すら恐れない突撃だった。

 

 ミス・オールサンデーは再び胸の前で腕を交差する。

 一瞬目を閉じ、静かに能力を使用した。

 

 「六輪咲き(セイスフルール)

 「えっ!?」

 

 地面から生えた二本の腕が彼女の足を掴み、同時に腰から生えた手が彼女の両手を、背に生えた手が首を捉える。

 しっかり握っていたはずの刀も叩き落されて地面に落ちた。

 驚愕したたしぎは抵抗する暇なく身動きが取れなくなり、絶句する。

 

 ミス・オールサンデーが颯爽と歩き出した。

 決して急ぎはせず、優雅にすら見える姿。まだ海兵は数多く残っているが、先に倒れた三十人の姿を見て恐怖しており、また自分たちより強いたしぎが拘束された事実に動けなかった。

 

 やがてたしぎの下へ到着し、ミス・オールサンデーがゆっくり手を伸ばす。

 その左手は彼女の頭へ触れた。

 

 「パワー、スピード、それに人数も。私には何一つ意味がないものよ」

 「ううっ……!?」

 

 その行為自体に意味がある訳ではなかったが、触れた手がぽんと頭を叩いた。

 

 「クラッチ!」

 「あうっ!?」

 

 ゴキッ、と体から危険な音が鳴って、体を反り返らせて背骨が極められた。

 悲鳴を上げたたしぎが解放されるとそのまま地面に倒れ、脱力して動かなくなってしまう。死んだ訳ではないだろうがダメージは相当なものだった。

 

 見ていた海兵たちが息を呑み、しばし動けなくなる。

 たしぎが目の前で倒されたことは、今まで一度もなかったこと。士気への影響は大きい。

 激しく狼狽する海兵は指揮系統を失って身動きが取れなくなっている。

 その間にミス・オールサンデーはコブラの下へ取って返し、彼を連れて歩き出した。

 

 「何もする気がないなら、そこを通してくれるかしら?」

 「うっ……お、おい」

 「バカッ、人質を助けないでどうする! 奴を逃がすんじゃない!」

 「たしぎ曹長を助けろ! 倒れた仲間に応急処置を! それから――」

 「お、おい、あれ……」

 

 動揺して隊列さえままならない部隊の中で、誰かが小さな声を発した。それが不思議と周囲の者たちの耳へ届き、視線が一か所に集まった。

 振り返った先は建物の上。

 彼らにとって信じ難い光景がある。

 

 屋根の上で、スモーカーは血まみれになって倒れていた。

 すぐ傍にはクロコダイルが立っている。

 煙であるはずの彼の体は鉤爪によって幾度も切り裂かれており、呼吸が荒れているのは上下する胸を見ればわかることで、悔しげに目を閉じる姿は見たことがない。

 その姿はあまりにも衝撃的で、たしぎの敗北よりも海兵の心に突き刺さる。

 彼が負けることだけは絶対にあり得ないと思っていた。

 

 滴る血が壁を伝って落ちてくる。

 それは海兵たちの目には何よりも鮮明に目に焼き付き、大きな絶望を与えた。

 

 クロコダイルは静かに語る。

 倒れたスモーカーを見る目は何の感慨もない。これが当然とばかりに冷たい目をしていた。それ故に海兵たちには、彼が凄まじく大きな存在に見えたのだ。

 

 「お前の判断は間違っちゃいなかった。力不足も含めてな」

 

 血が付着した鉤爪を振り、飛んだ滴がスモーカーの体へ落ちた。彼は反応すらできない。

 

 「殺すのは簡単だが、もうしばらく生かしておいてやろう……せっかくなら見ておくといい。この国がもうすぐどうなるかを」

 

 顔を上げたクロコダイルは砂嵐を見た。

 風に運ばれて徐々に移動するそれはどこかを目指しているらしい。その行方を唯一知る彼は薄く笑みを浮かべ、この先の景色を想像する。

 

 「あれはすぐにも広場へ到達する。その時、国王軍が壊滅するのは間違いない。全て計画通りに進んでいるのさ。お前たちが現れたのは、何の障害にもならなかった」

 

 気が遠くなりそうになりながらもスモーカーはその言葉を聞いていた。

 重い瞼を必死に持ち上げて見えたのは、勝ち誇る敵の笑顔だった。

 

 「おれに勝てねぇならそいつらを救ってみるか? まぁ結果は同じだろうがな」

 

 クハハハハ、と特徴的な笑い声を響かせる彼を見上げて、歯を食いしばる他ない。

 こんなにも自分の無力を嘆いたことがあっただろうか。

 痛くなるほどきつく己の拳を握りしめ、彼はまだ起き上がれずにいた。

 

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