ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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 アルバーナで最も大きな広場へ、国王軍は集結していた。

 がやがやと活気を見せながら準備を急いでいる。おそらく次の戦いがあるだろうとの想定は決して間違いではなく、このままで終わるはずがないと語る者が居る。

 それが臨時で彼らの指揮を執っていたサンジであった。

 

 怪我をした者へは応急処置を行い、動ける者は武器となりそうな物を集め、家々の残骸などを使って簡素な柵や盾を作っている。

 現在地である広場は広い。それだけに東西南北、至る所に入口があり、警戒が必要だ。

 敵の数は不明。国王軍は傷ついた兵士が多く、戦力は低下している。アルバーナ全域から戦力を掻き集めても不利を想定しておくのが正常な思考だ。

 

 煙草に火を点けてしばしの休息を得ていたサンジは広場の中を眺める。

 いつ襲ってくるかわからないとはいえ、準備が整えばすぐに押し潰されることはないはず。

 あとは時間との勝負。全ての決着がつくまで耐えるしかない。

 

 瓦礫に座っていたサンジの下へ一人の兵士が駆け寄ってくる。

 すっかり親しげな態度で、声をかけることに躊躇いがなかった。

 

 「サンジさん、何か食べませんか? 大した物はありませんが軽食くらいは……」

 「おれはいい。へばってる奴を優先してやってくれ」

 「わかりました……でも、水くらいはどうです?」

 

 そう言って差し出してくる兵士の心配そうな顔を見て、サンジが手を伸ばす。

 

 「……すまん」

 

 水筒を受け取り、蓋を外して水を飲む。

 疲弊しているのは彼も同じだ。オフィサーエージェント二人との連戦。しかもMr.2との戦いでは数本骨も折れたらしく、決して万全な状態とは言えない。

 それでもやらなければ。ここからが本当の正念場なのだ。

 

 「我々は、勝てると思いますか?」

 「そんなことおれが知るか。勝てると思わなきゃ戦ってねぇよ」

 

 水筒に蓋をすると投げて渡し、兵士は落ち着いて受け取り、サンジは再び広場の様子を見る。

 話していないと落ち着かないといったところだろう。

 あちこちで作業している兵士たちの顔にも不安がありありと表れていた。勝つか、負けるか、或いは何が起こるのかが予想できずに不安が伝染している。軍隊の状態としては非常にまずい。これでは実力に関係なく最悪の結果もあり得ると思った。

 

 今の彼らに下手な慰めをしたところで意味はない。何より普段通りであるサンジは相手が女性ならばいざ知らず、男を気遣うことを嫌っているため気の利いたことなど言わない。だが嘘をつこうとしていないのも事実だった。

 兵士の問いには真剣に答えを返し、自らの考えを語る。

 

 「ビビちゃんが生きろって言ったんだ。おれの役目はお前らを生かすことで、相手が誰だろうが襲ってくる奴は全員ぶちのめさなきゃならねぇんだよ。今はそのことだけ考えてろ」

 「ありがとうございます……」

 「男からの礼は受け付けてねぇ。全部ビビちゃんのためだ」

 

 憮然とした顔で言い捨てた後、サンジの表情は引き締められる。

 現在の国王軍の状況を考え、どうすれば犠牲を減らせるかを考えていた。ゼロにするというのは流石に無理だ。戦いが始まれば限界を迎えて倒れる者が出るのは当然。それが理解できないほどバカではないし、理想論者になる気はない。

 だが犠牲者は可能な限り少なくする。

 そう考えるのがサンジの甘さであって、優しさでもあった。

 

 「とにかく目的は一分一秒でも長く生き残ることだ。敵を全滅させる必要はねぇ。その時が来れば必ず戦闘に決着がつく」

 「それは、一体どうやって?」

 「うちの船長が敵の頭を取るんだよ。そうすりゃ全部終わりだ」

 

 自信満々に言い切ったサンジに兵士は顔をしかめていた。

 彼のことは信用できると判断しているものの、その発言は鵜呑みにしていいものか。

 先程の激しい戦闘を経験したせいか、すぐに理解できる言葉ではなかった。

 

 「そう簡単にいくものでしょうか」

 「それだけ影響力のある頭だってことさ。あいつさえ居なくなりゃ戦況がひっくり返ることはなくなる。そこからは気合で押し切るしかねぇな」

 「相手の頭とは、誰のことです?」

 「聞かねぇ方が身のためだぞ。特に今はな」

 

 ただでさえ低い士気を考えてのことだろう。兵士は深く追及しなかった。

 しかしわかったこともあり、彼は自分よりよっぽどこの状況を動かす能力に長けている。

 

 見ず知らずの相手だが尊敬せずにはいられない。個人としての武勇も、出会ったばかりの軍隊を動かす頭脳や行動力、口の上手さも、近年稀に見る逸材だと思った。

 語る言葉すらなくなり、気付けば兵士の顔には薄い笑みすらあった。

 彼が居れば大丈夫。自然とそう思えた。

 

 頭を下げて軽く礼を言い、彼の傍を離れる。

 この状況においては迷いを断ち切り、決意を持って行動することこそ重要。

 サンジの態度を見習おうとまで考えて、兵士は次の戦いに備えるべく他の兵士の下へ向かった。

 

 「大丈夫だ。この国はきっと救われる……彼さえ居れば、この戦いに勝てる」

 「お~い! サンジ~!!」

 

 彼と入れ違うようにして、サンジの下へ向かう者が二人居た。

 超カルガモ部隊、帽子を後ろ向きに被った体の大きいストンプ、白い帽子を被って首に酒瓶を提げたバーボンJr.、二匹に跨ってやってくる。

 怪我をして、応急処置として包帯を巻いているが、笑顔を見せるナミとチョッパーだ。

 顔を上げたサンジは即座に反応する。

 

 「んナ~ミすわぁ~ん! 無事だったんだねぇ~!」

 「サンジ君……よかった。そっちも元気そう」

 「サンジ、おれは?」

 

 到着した二人はカルガモの上から降り、ナミを見ながら嬉しそうに回るサンジと合流する。

 近くに来てみれば、彼は瞬く間に表情を変えた。

 

 「ハッ!? ナミさん、まさかそのお美しい体に怪我を!? 可哀そうにっ、おれが一緒に居ればこんなことには……! それじゃあ代わりに抱きしめて慰めよう!」

 「いらん」

 「怒った顔も好きだぁ~!! ゴラァチョッパー! てめーナミさんと一緒に居ながら怪我させるとはどういうつもりだ、アァン!?」

 「えっ、おれ!? おれも怪我してるんだけど……」

 「てめーの体はどうでもいい! それより一にナミさん、二にナミさん、三・四にナミさんで五にナミさんだ! なんでそういう心がけができてねぇんだ!」

 「うわっ、アホだ。こいつアホなんだ」

 「相手にしなくていいわよチョッパー。ちょっと休みましょう……」

 

 疲れた様子のナミは先程サンジが座っていた瓦礫に腰掛ける。すぐにサンジもそちらへ移動して彼女の近くへ立ち、ゆっくり歩いてきたチョッパーは地べたへ座った。

 二人ともかなりの激戦を感じさせる風体である。

 かくいうサンジも大怪我と表現しなければならない姿で、ここまでの苦労を感じ取れた。

 

 「状況はどうなってるの?」

 「Mr.5とMr.2は倒した。それとこいつらは第一陣の攻撃を凌いだって感じだな。そっちは?」

 「Mr.4ペアを倒したぞ。ぐるぐる巻きにしといたからもう自分じゃ動けねぇ」

 「ほんと、めんどくさい連中だったわ。でもこの子たちが来てくれてよかった。サンジ君が向かわせてくれたんでしょ? ありがとう」

 「いえいえ~それほどでも~!」

 

 照れるサンジを見るのもそこそこに、ナミは心配する様子で辺りを見回した。

 

 「まだ私たちだけ? 他のみんなは?」

 「今のところ音沙汰はねぇな。他の連中はともかくシルクちゃんとビビちゃんが心配だ」

 「あれ? サンジ、ウソップは?」

 「やることがあるってのは聞いたな。何かは聞いてねぇが」

 

 サンジとペアだったはずのウソップが居ないことに気付くチョッパーが首を振るが、彼の姿は広場にはなく、他の仲間たちも見つからない。

 兵士たちが慌ただしく動いているのが気になった。

 チョッパーは誰よりも早くここに居たサンジに質問する。

 

 「あいつら何してるんだ?」

 「敵を迎え撃つための準備だ。正攻法でやっても勝てねぇからな」

 「ねぇ、ビビは見た?」

 

 チョッパーとの会話もほどほどにして、サンジはナミの問いかけに反応する。

 

 「王宮へ向かった。国王を助けるために」

 「一人で?」

 「いや、護衛の兵士が一緒だった。心配だったが、おれはMr.2を逃がすわけにはいかなかったから見送るしかなかった。今頃無事だといいが……」

 「ちょっと待って。それ、ここでのんびりしてていいの? ビビを助けに行かなきゃ」

 「状況を確認するために兵士を数名向かわせた。全軍で王宮に向かい、籠城するって手も考えたんだが、負傷兵が多い。途中で待ち伏せにでもあったら一巻の終わりだ」

 「サンジ君っ」

 

 いつの間にか柔らかい空気など消えていた。

 困惑するチョッパーは二人の顔を交互に見る。

 ナミはビビを心配して話しており、だがサンジは、今ばかりは従順という訳でもない。

 

 「ナミさん、こいつらには今、指揮官が居ねぇんだよ。誰かが支えてやらなきゃ誰も立てなくなっちまう。今のおれにできることはこいつらのケツ蹴りまくって、一人でも多く生き残らせるために踏ん張ることだ」

 

 真剣な声と表情にナミも唇を噛んでその言葉を受け止める。

 なぜ彼がそうするのか、聞けばすぐにわかるつもりだ。何も怖くて行かない訳ではない。そうしなければならない理由がある。

 チョッパーもまた、真剣に彼の話を聞いていた。

 

 「国王軍が全滅するようなことがあったら、たとえバロックワークスが壊滅してもビビちゃんの心は晴れねぇ。素直に勝ったとは言えねぇはずだ。だからおれは、彼女が守りたいものを一つでも多く守る。それができんのは、今ここにはおれしか居ねぇ」

 

 サンジの言葉を聞いたナミは頷き、すぐに立ち上がった。

 服を払って、一度は置いたクリマ・タクトを持ち、決意した顔でチョッパーを見る。

 

 「行くわよチョッパー。サンジ君の代わりに私たちがビビを守るの」

 「おおっ! おれも今自分にできることをやるぞ。ビビはおれが守るんだ」

 「後ろは任せろ。こっちはおれが守る」

 

 妙に気合の入った顔で二人が再びストンプとバーボンJr.に跨ろうとした時だ。

 タイミングを見計らったかのように、王宮がある方角がざわめき、兵士たちが集まり始めた。

 気になった三人がそちらを見るのは当然で、確認するために歩き出す。あいにく人が集まり過ぎていて何が起こったのかは視認できない。

 

 目で確認できる状況ではなかったが兵士たちの声は聞こえた。

 パッと表情を変えた三人は駆け出して、兵士を押しのけながら先へ進む。

 

 人垣を出てすぐ見つけた。王宮から来たのであろう集団が歩いてくる。

 先頭にビビ。疲弊したチャカは兵士に肩を借りており、確認に向かったMr.9とミス・マンデーが同行している。少なくともここまでの襲撃はなかったようで皆無事だ。

 

 「ビビ! よかった無事で!」

 「うおお~! ビビぃ~!」

 「ビ~ビちゅわ~ん!」

 

 堪え切れない様子でナミがビビに抱き着いた。彼女は少し驚いていたようだが快く受け入れ、仲間たちの無事を笑顔で喜ぶ。

 その様子を、チャカは無言で静かに見守っていた。

 

 「ナミさんっ! それに、トニー君も……二人とも、ひどい怪我を」

 「あぁ、いいのよこんなの。名誉の負傷でしょ? あんたもよく頑張ったわね」

 

 ナミが手を伸ばし、ビビの髪に触れるとぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でる。

 気を使わせないように言ったのだろう。彼女の優しさが伝わった。

 何より、仲間に出会えた喜びが大きいらしく、ビビはようやく朗らかな笑顔を見せた。その笑顔を目撃して国王軍は彼らとの関係性を漠然と察し、サンジがうるさくなる。

 彼女の登場それだけで空気が変わり始めていた。

 

 なぜ戦うのか。その理由を己の目で改めて確認した気がする。

 長らく姿を見せなかった王女が彼らの前に居て、彼女は守るべき王族で、子供の頃に見せたような笑顔が驚くほど心に突き刺さった。

 

 その笑顔を守るために戦っていたのではないのか。

 語り合わずとも皆がそう思い、顔つきが変わり、士気が上昇していく。

 

 チャカは、その様子をまざまざと見ていた。

 王族というだけではない。彼女を認める空気がすでに存在しているのである。

 おそらく彼が傍に居なかった間に何かがあったのだろう。その時すでに兵士たちはビビのことを主と認めて、命を預けて戦おうとしている。

 

 行方をくらませていた空白の時間は無駄ではなかった。今はその期間の詳細を気にするよりもついつい成長を喜んでしまう。

 フッとわずかな笑みを見せ、思考を切り替えたチャカは辺りを見回す。

 兵士の数をざっと確認し、状態を見て、辺りへ置かれた物を目にすると目的を理解する。やはり指揮官として人の上に立った経験が長く、意図を察するのに時間はかからない。それを考え付いたのが誰かまではわからないとはいえ、驚きさえしていた。

 

 「あれは拒馬か? ここで敵を迎え撃つつもりだな」

 「素人の思い付きだ。あんまり期待するなよ」

 

 気付いたチャカへサンジが声をかける。

 彼の方に反応した時には立案者なのだろうとすぐ気付いた。

 

 元は家だっただろう木材や石を掻き集め、場所によっては積み上げ、時にはそれらをロープ等で括り付けて、敵を迎え撃つための柵を作り、あちこちへ配置している。その位置を一つずつ確認したチャカは少なからず驚きを隠せないようだった。

 彼も数々の訓練、及び実践を経験した兵士だ。

 配置を見ただけで意図に気付く程度には大規模戦闘の知識がある。

 

 最初に思ったのは素人ではないということ。

 少ない兵士で大軍を迎え撃つため、敵の勢いを削ぐ配置をしている。止めきることは不可能だとしても上手く機能して、長期戦になれば効果はあるはずだ。

 思い付きで実行できる戦術ではない。これを即興でやったというのか。

 

 チャカの目は驚きを隠せずに、疑わしそうにサンジを見る。

 しかし本人はどこ吹く風。冷静な顔でいた。

 

 「これが寡兵を生かす戦術なのか……。君たちは一体――」

 「ただの海賊さ。だから人を率いる度胸なんてねぇ」

 

 煙草を手に持ち、フッと煙を吐いて、サンジが言う。

 

 「あとはあんたに任すぜ。その代わりビビちゃんのことはおれたちに任せろ。何があろうが絶対に守り抜いてやる」

 「……わかった。君たちを信じよう」

 

 本来ならば簡単には頷けない提案だ。だが彼は自分自身の状態と、ビビが彼らへ見せる表情をきちんと理解している。それが最善の策であるとも知っていた。

 故にチャカはビビへ振り返る。彼らへ託す前に、自らの言葉を届けたかった。

 

 「ビビ様、あなたが我々にとっての希望です。決してご無理はなさいませんよう」

 「ええ。私は大丈夫。信頼する仲間が居るから」

 

 彼女の強い瞳を、その中にある希望の輝きを見て、チャカは笑みを浮かべると目を伏せた。

 次にビビを見た時には表情を引き締め、決意を持った顔を見せる。

 

 「どうかご無事で。これが終われば話したいことは山ほどあります」

 「必ず無事に会いましょう」

 「もちろん、説教もありますからね。皆に心配をかけたんですから」

 「ふふ、わかったわ。あとで必ず聞くから」

 

 互いに笑顔を向け合って、チャカが振り返り、彼女の傍を離れる。

 今は守ってくれる人が居る。彼女自身が仲間だと語る人々が。

 チャカは迷わずに歩を進めていき、大声を張り上げて全ての兵士たちに言った。

 

 「今からは私が指揮を執る! 皆、配置につけ! 戦闘の準備を怠るな!」

 

 ビビの存在で士気が上がっていた兵士たちは雄々しい声を響かせ、意気揚々と動き出した。それぞれが配置につくために移動し、己の武器を手に取る。

 チャカは彼らの行動を見ながら最善の布陣を考えようとしていた。

 もはやここは死地。一手も間違えることはできない。

 

 周囲が慌ただしくなる中でビビは改めて三人に向き直った。

 話していられる時間はそう多くないが、言わなければならないことがある。

 

 「ビビ、あなたのお父さんは?」

 「連れていかれてしまったみたい。だけど大丈夫。ルフィさんとペルに任せたから」

 「ルフィに会ったのか!」

 「ええ……」

 

 一瞬、表情が曇るが、すぐに立て直して強い目を見せた。

 

 「クロコダイルはルフィさんが必ず倒すわ。それまで私たちは何としても持ちこたえましょう。あいつさえ居なくなれば、バロックワークスは次の手が打てなくなる」

 「そうね。敵は着実に減ってるわけだし」

 「ルフィが勝てばおれたちの勝ちだ!」

 「つっても、ここからが大変なんだがな」

 

 彼女たち自身も士気を上げようとしていたところ、一匹のカルガモが広場へ入ってくる。

 超カルガモ部隊は味方であるため誰も止めようとしなかった。

 そして角とゴーグルが付いたヘルメットを被り、部隊で最も体が大きいイワンXは、素早くビビたちの前へやってくると滑るように足を止める。

 

 「えっ!? Mr.ブシドー!?」

 「嘘でしょ!? ゾロ!」

 「ゾ、ゾロォ~!? お前、大丈夫なのか!?」

 

 背にはぐったりしたゾロが倒れるように乗せられていた。

 咄嗟にビビやナミ、チョッパーが心配して駆け寄り、流石にサンジも表情を変える。

 その直後、彼はむくりと起き出した。

 

 「ん? おっ、着いたのか」

 「寝てただけかよっ!?」

 「あぁ~もう……ほんっとめんどくさい」

 「チッ、そのままくたばってりゃよかったのに」

 

 思いのほかあっさり起きたことに皆が驚愕する。大声を出すチョッパーや頭を抱えるナミ、眉間に皺を寄せるサンジとは異なり、ビビだけは安堵して胸を撫で下ろしている。

 ゾロがイワンXの背から降りた。

 服は血と砂で汚れており、胴体には多くの包帯が乱雑に巻かれていた。

 それを見て一番にチョッパーが反応する。

 

 「ゾロ、お前怪我したのか? なんだよその包帯!」

 「ああ。こいつが薬やらなんやら持ってたからな。応急処置だ」

 「包帯の巻き方がめちゃくちゃじゃねぇか! もっときれいに巻けよ!」

 「別にいいだろ。血は止まった」

 「だめだ! おれが巻き直してやるからそっちに座ってくれ」

 「お前右腕吊ってんじゃねぇか」

 「吊ってたって医者だ、おれは! 早くこっち来いよ!」

 「んナミさぁ~ん! ひょっとしたらおれ、脚の骨が折れてるかもしれねぇ! ほ、包帯巻いてくれぇ~!」

 「嫌よ」

 「辛辣なナミさんも素敵だぁ~!!」

 

 士気が上がっているのか下がっているのか。

 無理やり座らされたゾロはチョッパーに包帯を巻き直され、なぜかサンジが目をハートにしながら元気に地面を転がっていた。

 

 そんな彼らを見ると気持ちが楽になる。緊張状態が続いていたから尚更だ。

 ビビはいつも通りのやり取りに表情を緩める。

 

 しかし傍で見ている者には不思議だったようで、Mr.9とミス・マンデーは呆れていた。

 

 「こいつら正気か? まだ戦いは終わってねぇってのに……」

 「緊張感がないね」

 「これでいいの。この方がずっと彼ららしいわ」

 

 まるで子を見る親のように優しい目で、ビビの顔を確認した二人は溜息をついた。

 やはり彼らは変わっている。わざわざ止める気も失せてしまった。

 緊迫した状況下で楽しそうな一行は、当然とばかりに広場の中で最も目立っていたようだ。

 

 そんな時、一番早く変化に気付いたのはビビだった。

 ふと空を見上げて、不思議そうに遠くの空を見た。

 

 「何かしら……」

 

 おそらく理由もない直感的なものだったのだろう。彼女自身、なぜ自分が気付いたのか理由がはっきりしている訳ではない。幾ばくもせずにそれは視界の中へ現れる。

 轟々と音を立てて進んでくる巨大な物体。

 それは高台にあるアルバーナを襲うはずのない、大きな砂嵐だったのだ。

 

 「あれは……砂嵐!? どうしてこんな突然……!」

 

 接近してくる大きな脅威に人々が気付き始める。どよめきが起こるのは止められなかった。

 特に驚いていたのはナミである。何の予兆も無く現れたそれを予測できなかったため、何かが変だと即座に気付いた様子である。その疑問に答えたのはビビだ。

 

 「まさか……」

 「ビビ?」

 「あいつの仕業よ」

 

 そう言ったことで原因はわかった。だがまさか悪魔の実の能力でこんなことまでできるなんて。

 ナミが戦々恐々とする一方、ビビは敵に対峙したように砂嵐を見つめる。

 

 兵士たちは少なからず混乱していたが為す術はない。

 やがて砂嵐が広場へ到達し、強風が吹き荒れ、飛び交う砂塵で視界が一気に悪くなる。しかも砂嵐はどうやらその場で足を止めたようで、規模は弱まらないまま停滞する。

 

 状況は最悪。広場はまるで意思があるかのような強い砂嵐に包まれてしまった。これでは敵襲があった場合に敵の発見が遅れ、戦闘の妨げになってしまう。

 不意にそう考えた時、サンジが血相を変えた。

 いの一番に気付いた彼だけが視界の悪い中で周囲を見回す。

 

 「しまったっ。最初からこのタイミングが狙いか……!」

 

 気付くのが一瞬遅れ、砂嵐で動揺が広まった瞬間に、事態は急変する。

 様々な方向、屋根の上から爆弾が投げ込まれ、広場の中で爆発した。爆音が耳をつんざき、爆炎はその周囲を破壊し、発生した煙がさらに視界を悪くしていく。

 

 突然始まった攻撃は国王軍を激しく混乱させて、戦況を掴むには最も手早い方法だった。

 砂嵐に紛れてバロックワークスが現れたのである。

 

 「てっ、敵襲~!?」

 「馬鹿げている……! これも全て計算ずくだというのかっ!」

 

 兵士たちが騒ぐ中で、チャカは痛みを感じるほど強く歯を食いしばる。いつ如何なるタイミングでも迎え撃ってやるつもりでいたのに、最悪の一手を打たれた。

 視界が悪い。これでは部隊に指示を出すのが遅れる。

 部下の報告を聞いてからではおそらく間に合わない。だからこそ優れたタイミングなのだ。

 今、疲弊した彼らには強く腕を引っ張るリーダーが必要だ。だからサンジに任され、自分も任されようと決めた。王女の護衛を他人に任せてまで。

 

 何が起きているのかを目で確認するのは難しい。

 兵士も動揺していて敵を迎え撃つ心構えが崩れていた。

 このままでは総崩れもあり得る。焦るチャカは有効な手はないかと考えを巡らせるが、敵味方が入り混じる怒号と連続する爆音で落ち着かない。答えが導き出せない。

 

 そんな状況で、広場を囲うように四方八方からミリオンズ、及びビリオンズが現れた。

 彼らを率いるエージェントは二人肩を並べて立っていた。

 

 機械を背負った小さな老人と老婆が奇妙なゴーグルを使って広場を覗いている。

 つい最近加入したというMr.12とミス・サタデーだ。〝科学者ペア”と称される彼らは直接的な戦闘力は皆無に等しいものの、その分発明で助力する。

 

 「さて、ここからはお前たちの出番じゃろう。じゃ、あとはよろしく」

 

 叫び声を上げて、バロックワークス社員が広場へ殺到する。発明品を使って屋根に上っていた者たちが、同じく発明品を使って勢いよく落下してきて、同時に広場へ続く地上の道から走って侵入してくる。当初の布陣が役に立たず、辺りは一瞬にして混沌と化した。

 敵味方が入り混じり、瞬く間に乱戦となってしまう。

 先程の戦闘があってバロックワークスの兵士も確実に減っていた。だが奇妙な発明品と手段を選ばない戦法により、まだ動揺が薄れない国王軍は不利へ押し込まれる。

 

 チャカ自らも剣を取り、必死に戦いながら周囲へ叫ぶが、聞く余裕のある者は少ない。

 実力勝負になれば疲弊している分、負ける。策は絶対に必要だと考えていたのに、このままでは敵の思う壺だ。ビビに約束したからには負ける訳にはいかないというのに。

 

 何か手立てはないか。視線を走らせながら考えていたその時。

 広場の中央部分で突如、雷鳴が轟いた。

 

 「なんだ……!?」

 「雷……?」

 

 その音は国王軍だけでなくバロックワークスの注意も引き、一瞬とはいえ手を止めさせた。

 どうやら先頭で突入してきた者たちが黒焦げにされたらしい。

 数名が倒れる中、特別目立った威圧感を発する者たちが数名居て、いつの間にか視界が悪い中でも彼らに注目が集まっており、チャカは申し訳ないと思いながら口元を緩ませる。

 

 「クソうるせぇ野郎どもだ……」

 「おい。こいつら全部斬っていいんだよな」

 「バッシバシやっちゃいなさい。ただしあんまり私を働かせないでよね」

 「よしっ、おれも頑張るぞ! うおおお~! おれは海賊だぁ~!」

 

 言った四人が四方へ散り、猛然と敵へ襲い掛かる。

 一瞬停止した後の強襲だったため、バロックワークス社員は軽く吹き飛ばされるが、再び動き出すと同時にさらに熾烈な乱戦が始まった。

 

 中央へ残ったビビは左右をMr.9とミス・マンデーに挟まれ、事態を見守る。

 この場において彼女が大将。絶対に討ち取られてはならない人間だ。

 絶対に自分から手を出すなと言われていた。

 戦闘は仲間たちに任せ、彼女は王女としての責務を果たし、国王軍の象徴であることを決める。

 

 「まったく、あいつらバケモノか。大した奴らだぜ」

 「さっきまであれだけふざけてたってのにね。強さまでふざけてるとは」

 

 二人の軽口も聞こえていない様子で、ビビは戦いの一つ一つを見つめていた。

 倒す者が居る。倒れる者が居る。どうしようとそれらで心を痛めるものの、決して視線は逸らさない。全て受け入れると決めたのだ。

 ビビは堪らず胸の前で手を組み、ただひたすら必死に願う。

 

 「みんな、お願い……もう少しだけ力を貸して。絶対に諦めないで……!」

 

 ビビの願いに応えようと奮戦する者たちが居る。

 見知らぬ仲間たちの助力を得たチャカは鼓舞され、奮起し、剣を振り上げて雄々しく叫ぶ。

 

 「覚悟せよ国王軍! これが最後の戦いである! 我らが祖国を脅かさんとする敵を打ち倒し、ビビ様を……アラバスタ王国を守るのだ! 皆、命を賭して戦え!」

 

 暴風にすら負けない大声が兵士たちへ届く。

 それは確かに彼らの心を震わせ、動揺を消し去り、恐怖を亡き者にした。

 応える兵士たちが大声で叫び、全力で武器を振り上げる。

 

 「全軍! 前進せよ!!」

 

 この期に及んで守れなどとは言わない。敵を全て討ち滅ぼせと叫ぶ。

 チャカの声に雄々しい叫びで応えた国王軍は前進を始め、己が敵を討ち果たさんと、凄まじい迫力で敵へ襲い掛かり、疲労すら完全に忘れて気迫と勢いでバロックワークスを押し返した。

 

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