ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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麦わら帽子のジョリーロジャー

 捕らえたシュピールはアンとバルーンが海軍へ突き出すらしい。

 聞けば彼も賞金首。それなりの懸賞金は見込めるらしく、動けないように首の下までロープでぐるぐる巻きにして連れていかれることに決定した。

 

 ガイモンは島へ残り、森の番人を続ける。

 

 そして四人は敵から奪った帆船を使って新たな航海に漕ぎ出すようだ。

 それを本船として使う予定はないものの、大きな船を手に入れたことで以前まで使っていた船はアンへ譲った。バルーンの背に乗って帰ると言うから心配したシルクが提案したのだ。

 荷物を積み替えて、ガイモンからもらったフルーツを乗せ、準備は整う。

 

 別れの時は近付いていた。

 移動させた帆船は砂浜ではなく島の崖に寄せられていて、そこにはガイモンを始め、島の珍獣たちが集まって旅立つ彼らを見送ろうとしていた。

 

 「じゃあなおっさん。短い間だったけど楽しかったよ」

 「ああ。おれもこんな気分になったのは久しぶりだ。ありがとよ」

 

 ルフィに声をかけられ、晴れ晴れとした顔でガイモンは答える。

 浮かぶ笑みに迷いはない。

 守り続けた宝箱が空だったからなんだ。今は一人ではなく、新たな友もできたではないか。

 未練など何一つない。新たな生活を始められそうだ。

 

 「麦わら。おまえ、海賊王になるって言ってたな」

 「そうだ」

 「何の根拠もねぇけどよ、おれァおまえならできるんじゃねぇかって思ってる。グランドラインを制覇して、ワンピースを見つけて、おまえが世界を買っちまえ!」

 「ししし。ああ、そうする」

 

 別れの挨拶を済ませて、船は出航を始めた。

 傍にある小舟からはアンが手を振っており、バルーンが鳴き声を発している。

 遠ざかりつつも彼らはガイモンへ手を振り続けた。

 

 「またな~おっさん!」

 「ガイモンさん、私またここに来るよ。バルーンと一緒にっ」

 

 船はゆっくりと、しかし着実に島を離れて行き、やがては遠く彼らの姿さえ見えなくなる。島の姿が見えなくなった訳ではない。彼らはきっと岸に立っているだろう。

 島の全景を眺めるルフィへ、隣を航行するアンが声をかけた。

 

 「ルフィ、私も行くよ。町に帰ってみんなに安全を伝えなきゃ」

 「そっか。寂しくなるなぁ」

 「うん。でも大丈夫だよ。あのね、私海賊ってあんまり好きじゃなかったけど」

 

 にんまり笑って告げられた。

 

 「ルフィたちのことは好き。だから応援してるね」

 「おう。離れてても友達だぞ」

 「なれるといいね、海賊王」

 「なるさ!」

 

 笑顔で手を振り合ってアンの船もまた遠ざかる。バルーンは最後まで翼を振って鳴いていた。

 

 遠ざかってしまった後はすっかり静かになる。

 帆に風を受けて走る帆船。やはり小舟とは迫力が違う。

 

 甲板へ立って船を見回したルフィは難しい顔をしていた。

 やはりしっくりこない。この船ではないのだと思う。前々から自分たちの船が欲しいと思っていたがどうにも違う気がしてならない。欲していたのはこうではなかった。

 

 「どしたのルフィ? 珍しく難しい顔して」

 「うーん、なんか違うんだよなぁ」

 「船のこと? 仕方ないよ、とりあえず急ごしらえで奪っただけだから。良いのはまた別で見つけよう。こうでもしないと食料の確保も難しくなるわけだし」

 「そりゃだめだな。よし、我慢する」

 

 船の後方、一段高くで舵輪を握ったキリが語り掛ける。

 船長をなだめる言葉は吐き出すのに躊躇いがない。すでに慣れた様子だ。

 それでもルフィは腕を組んで難しい顔のまま。考え事は得意ではないというのに何やら考えているらしい。気になったシルクは近くに居たこともあって彼へ質問する。

 

 「ルフィはどんな船が欲しいの?」

 「カッコいいやつだ」

 「もう、またそれ。それがわからないから聞いたんだけど……」

 「どういうのかはわかんねぇけどさ、なんとなくこれじゃねぇ気がすんだよな」

 「これも立派な船だと思うよ。ちょっと壊れちゃってるけど」

 

 戦闘の余韻から船の一部には傷が残っている。修繕するにも船大工は仲間におらず、手先が器用そうなのはキリとシルクの二人。今すぐ修繕とは決めなかった。

 あくまでも彼らは自分たちの船を欲していて、敵から奪った船でずっと航海するつもりはない。

 言わばこれは一時しのぎ。

 自分たちの船を手に入れるまでの代わりでしかなかった。今後がどうなるかは不明なため、ひとまずいいだろうと誰も修繕には乗り出さないのもそのためだ。

 

 「次の町に行けば船見つかるかな」

 「でもお金もたくさんはないし、ねぇキリ、買えると思う?」

 「まぁ無理だろうね。食費削ってもこのサイズは手に入らない」

 「おいキリ! 食費削るのはだめだぞ! 船長命令だ!」

 「あいあいキャプテン。しばらくはこれで航海することになりそうだね」

 

 舵輪を回して舵を取りながら、キリは海図を見る。

 珍獣の島に寄り道したことで多少時間を使った。今日中に次の町へ到着するのは無理だろう。しかしそう時間はかからない、明日には辿り着けるはず。

 

 ならば今日は急ぐ必要もないだろう。

 航路はすでに掴んだ。舵輪を離しても問題ないと判断してキリが甲板へ降りてくる。

 二人の傍へ歩み寄り、欄干を背に座っているゾロも手招きで呼んで、一味全員で話し合いを始めようとしていた。今やこれがすっかり習慣となりつつある。

 

 「さて、一応とはいえ新しい船も手に入れたし、海賊に見えるサイズの帆船だ。一つ提案があるんだけどいいかな船長?」

 「いいぞ。なんだ?」

 「ボクらのマークを考えた方がいいんじゃないかと思って」

 

 やってきたゾロも加えて四人で向かい合う。

 四角を作るように立って、その状態のまま話が始まった。

 

 「それもそうだな。ようやくおれたちも海賊らしくなるんだ」

 「確かに今までは海賊だって名乗らなきゃバレなかったもんね」

 「旗作んのか? 誰が描くんだよ」

 「それを今から決めようかと思って。全員で試しに描いてみて、一番上手い人が旗に書き込む。それが一番分かり易いと思うけど、どう?」

 「しっしっし、勝負ってことだな。いいぞ、やろう!」

 

 ルフィの号令に従ってキリが指示を出し、準備が始められる。

 これから作るのは自分たちが海賊だと示す目印、ジョリーロジャーだ。黒い旗にドクロを描き、相手への死を宣告する。これを持てば彼らも一目で海賊と認識されるのだ。

 

 まずは描く人間を決める必要があった。

 大きな紙が数枚用意され、それを甲板へ広げ、ペンがそれぞれに手渡される。

 四人はその場へ座って下書き用の紙を前に、気合いの入った顔を見せた。

 書き始める直前、自由に決める訳にはいかないとあって構想を聞かねばならず、シルクがルフィを見て尋ねる。その時にはもう頭に浮かぶ物があったようだ。

 

 「それでどんなマークにするの? やっぱりルフィが船長なら麦わら帽子にドクロかな」

 「それいいな、そうしよう。おれたちのマーク」

 「ちょっと可愛い感じになるかもしれないけど、そっちの方がらしいよね」

 

 くすりと笑ったシルクが最初に描き始める。続いてルフィもしっかり構想ができたのか、喜々として描き始め、キリとゾロは考えながらペンを動かす。

 

 航海中の船としては異例の光景である。

 誰も舵を見ずにお絵描きに興じて、しかも四人が雁首揃えているのは新鮮だ。

 奇妙な光景の中で、ぽつりとゾロが心中を吐露した。

 

 「しっかしこの面子で絵ぇ描くなんざ大丈夫なのか? いまいち得意そうな奴がいねぇが」

 「それは言えてる。強いて言えばシルクが得意だって言うならわかるけど」

 「う~ん、難しい……」

 「おいキリ、おれだって得意だぞ。失敬だなおまえは」

 「おまえが一番心配なんだよ」

 

 時折言葉を交わしながらもそれぞれ集中して描く。

 時間はそうかからず、次々完成していく。描き終わった絵は各々が一旦隠し、一斉に見せる手はずとなっていた。顔を見合わせてタイミングを計る。

 不思議と一瞬息を呑み、ルフィが号令を取った。

 

 「せーのっ」

 

 声に従って一斉に紙を床へ置いた。

 瞬時にそれぞれの絵を確認する。その際の四人の表情は同じではなかった。

 ルフィは何も考えていないかのように笑っているが、キリとゾロの眉間には皺が生まれ、シルクはふと目を伏せる。特に不思議な反応だったのがシルクだが誰も気にしない。理由はすでに目の前にあったからだ。

 

 それぞれの絵を見れば、キリが描いたマークが最も上手だ。

 そのまま旗に描き込めばジョリーロジャーとして掲げられるクオリティと見受けられる。

 ゾロも彼ほどではないがそれなりの見栄えで、非難される物ではない。

 

 問題なのは残りの二人。奇抜なというか、ある意味でセンスが優れているというか、子供が描いたようにも見えるし、とにかく目にするとぎょっとしてしまう物がそこにある。

 からから笑うルフィとは対照的にシルクは恥ずかしそうに赤面していた。

 予想外の出来栄えにキリとゾロはしばし顔を上げられず、まじまじと彼女の絵を見つめる。

 

 「これは、ルフィは想像できたけど……まさかシルクまで?」

 「おまえは普通だと思ってたんだがな。なんつーか、かける言葉が見つからねぇ」

 「独創的、って言うのかな。こういうのは」

 「と言うより破滅的って言った方が――」

 「そ、そこまで言わなくてもいいじゃない! 人には得意不得意があるの!」

 「あっひゃっひゃ! シルクは絵がヘタだなぁ」

 「笑わないでよ! ルフィだって似たような物じゃない!」

 

 騒ぎ出したシルクは敵意を剥き出しに抗議を始めて、冷静な姿ではない。

 彼女自身、自分の絵がどんな評価を下されるか理解しているようだ。ほとんど何も言わない内から何も言うなという空気を醸し出し、珍しく拗ねてしまっていた。

 

 思わず溜息をついてしまうのが二人。

 予想外の結果とはなったが、とにかく何をすべきかは決まったのだ。

 旗にドクロを描くのはキリ。それだけわかれば十分だとキリとゾロはいそいそ準備を始めて、楽しそうにしているルフィは背を向けて膝を抱えてしまったシルクを慰めていた。

 

 「人間、そうなんでもかんでもできねぇもんだな。改めて身に染みたよ」

 「だね。まぁその分腕は立つからさ」

 

 何も書かれていない黒い旗を持ち出し、船の中から見つけた白いペンキで早速描こうとする。それに気付いたルフィは今更になってキリが描くと知ったようで、膝立ちで近付いて来る。

 

 「結局キリが描くのか。おれは?」

 「ダメに決まってんだろ。おまえが描いたら海賊とは認めてもらえねぇよ」

 「私は?」

 「おまえはもっとダメだ」

 「ひどいっ!? えっ、私ルフィより下手なの!?」

 

 また騒がしくなった三人を気にしないようにしつつ、キリは丁寧に描いていく。

 一枚描いただけできれいに成功したようだ。

 描き終わった旗を目にした三人は感心して声を漏らす。

 麦わら帽子をかぶった骸骨と、その背後で交差する骨が二本。

 様になった姿で頬が緩み、彼らも納得した顔だった。

 

 「できた。後はこれをマストの上に掲げれば海賊船の完成」

 「よし、おれが行ってくる」

 

 旗を持ったルフィが威勢よく告げ、腕を伸ばした。メインマストにある展望台を掴み、しっかり力を入れたままで腕を縮めて、慣れた調子で跳び上がった。

 一番上まで登って旗をつける。

 風にたなびいた旗は海賊らしさを見せて、ようやく気分が変わった気がした。

 

 ルフィもすぐに降りてきて四人並んで頭上を見上げる。

 掲げられたジョリーロジャー。麦わら帽子をかぶったドクロは彼らだけのもの。四人が海賊であることを示し、また仲間であることを告げる印だ。

 

 些細な変化ながら気分も新たに、腰に手を当てたルフィが笑う。

 

 「これでやっとおれたちも海賊らしくなってきたな」

 「とはいえ、船は乗り換える予定だけどね」

 「それでもいいよ。一歩前進したって感じがして」

 「だがこの程度で喜んでられねぇぞ。海賊王を目指すんならな」

 

 表情も四者四様だが、気分が良いのは変わらない。

 広々とした船に四人が並んで立ち、同じ旗の下、航海する。前々から海賊だと名乗ってはいたものの今になって本物になれた気がする。

 今日はいつもと違う。

 不意に肌を撫でる風は非常に心地良かった。

 

 

 *

 

 

 夜になった頃には航海を中断し、帆船は大海原で足を止めて休息を始めた。

 敵から奪った船であるため荷物もそのまま。前の町で用意した自分たちの食料とガイモンにもらったフルーツに加え、大勢の乗組員のためだろう食料は四人のための物となっている。いつもより少し豪勢に、それでいて今後のためを考えながら、船室ではキリの料理が披露されていた。

 

 「うんめぇぇ! キリのメシはやっぱうめぇなぁ」

 「すごい。フルーツをソースにしたの? よく考えたねキリ。これってレシピがあったの?」

 「ううん。思い付き」

 

 磨かれた皿に置かれた彩りは美しく、肉や魚や野菜が様々な姿となって用意されていた。それだけでなくガイモンにもらったフルーツも早速利用されていたらしい。

 ルフィは喜々として食し、シルクも思わぬ技術に感心しきりだ。

 傍ではゾロが焼き魚に舌鼓を打ち、空になった彼のジョッキにキリが酒を注いでやる。

 

 小舟で航海していた頃とはやはり違う。

 テーブルがあって椅子があって、体をのびのび動かせるのが嬉しい。そういった面では船を手に入れられたのは僥倖だった。

 

 落ち着いた食事風景は彼らの英気を養い、疲労を忘れさせて心をリフレッシュさせる。

 しかしそれだけに気になることもあったようで、シルクはふと昼の出来事を思い出した。

 この船を元々使っていた人間たちが居て、今頃彼らは海に落とされ、近くの無人島まで泳いで行ったことだろう。それが珍獣島の可能性もあった。

 人の物を奪って自分たちの幸せがあるのだ。

 悪いことをした。そんな自覚がずっと胸の奥から離れない。

 

 「本当においしいけど……いいのかな、こんなことしてて」

 「ん? どしたの急に」

 

 隣に座ったキリがいち早く反応する。話は聞いているがルフィもゾロも手を止めなかった。

 フォークを置いたシルクは思案する顔でぽつりぽつりと呟く。

 

 つい最近までただの町民として育っていて、海賊を名乗り始めてたった数日。意識が変わるのはそう簡単ではなく、罪悪感を捨て去るのは難しい。

 他の三人はそうではなさそうだが性別の違いだろうか。或いは育った環境か。

 思い悩むシルクは俯きがちに話し始めた。

 

 「私、町を襲う海賊が嫌いだったはずなのに、気付けば同じことやってる気がして……結局力ずくで奪ってさ、そんなに違わないよね。これでいいのかなと思って」

 「相手が武器を持たない町民ならそう思っても無理はないけど、今回の相手が海賊なら話は変わってくる。他人から奪う覚悟があるなら奪われる覚悟を持ってるのが通例だ。海賊やってるなら自分がどんな目に遭っても構わないぐらいの気持ちがないと。今回の一件であいつらがびーびー泣いてるようなら向こうが悪い」

 「そういうものかな……」

 「というより、そう思ってないとやってられないでしょ。心配しなくてもあの姿のガイモンさんが二十年生き延びたんだからそう簡単には死なないよ」

 「うん……そっか」

 

 キリの勧めに従い、納得することにする。

 町民と海賊の違い。それを理解して海賊という自覚を得る必要があるのだろう。

 シルクは、彼ら三人と自分の違いは自覚の差だろうかと考える。己が海賊だという覚悟、町民とは違うのだという感覚。いい加減自分を海賊だと認めなければいけない。

 結局は自分の甘えなのだと思って小さく嘆息する。

 ルフィとゾロはまるで気にした様子もなかった。

 

 「キリ、肉おかわり!」

 「おれも酒」

 「君らもたまには自分で動くってのを覚えなよ。キッチンにあるから取ってきな」

 「はーいっ」

 

 席を立って陽気に駆けていくルフィとマイペースに歩いていくゾロの背を見送る。そんなキリに再びシルクが静かになった声で言った。

 

 「ねぇキリ。ルフィとゾロは、強いよね」

 「え? うん。強いよ」

 「キリも強いし、料理もできて絵が描けて、航海術も持ってて頭がいいし」

 「全部浅くかじっただけだよ。専門家にはどうしたって勝てない」

 「私、みんなの役に立ててるかな」

 

 少し落ち込んだ表情でシルクが伝える。

 思い悩む様子はありありと伝わって、キリも真剣な顔になった。

 

 「町を守るために剣の修行ばっかりやってきたんだ。そのせいかはわからないけど、料理もできないし、絵だって下手だし。だけど、三人とも私より強いでしょ? このままじゃ私、足手まといになっちゃうんじゃないかって……みんなの役に、立てないのかな」

 「そんなことないよ。シルクはウチの一味に必要だ」

 「でも」

 「何も強いから仲間になるのを認めたわけじゃないと思うよ、ルフィは。役に立つとか立たないとか、多分そんなのは二の次で、一味に加わる資格があるから頷いたんだ」

 「資格って?」

 「それは本人に聞かなきゃわからないけど、ボクはシルクが居てよかったって思ってる。さっきの島でだってさ、ルフィ一人で行かせてたら一日中迷いっぱなしだったよ、きっと。些細なことかもしれないけどちゃんと役に立ってるじゃないか」

 

 キリが微笑みかけて言えば、シルクは目を大きくして驚く。

 本当に些細なことだ。誰にでもできそうだとさえ思う。

 それなのに彼は必要だと言ってくれるのか。

 

 「腕っぷしは強いかもしれないけどあの二人だって完璧じゃない。もちろんボクも。ルフィは強いだけで、方向音痴だし料理もできないし絵も下手だ。ゾロはゾロで方向音痴らしいし、ボクにだって弱点はある。仲間ってそういうお互いの足りない部分を補い合う存在じゃないかな」

 

 言葉を失ってしばし沈黙する。

 気負い過ぎていた、ということだろうか。他人を羨んで大事なことを忘れていたかもしれない。

 腕っぷしでは敵わない。ならば何で役に立てるだろう。

 シルクは真剣に考え始めた。

 

 「ルフィが選んだ面子なんだ。一緒に旅してる仲間に必要ない人間なんていないよ。みんなもう大事な仲間でしょ。悩むことを悪いなんて言わないけど、もうちょっと気軽に考えたら? どうせこの旅は長くなる。自分の役割とか何ができるかなんて後々考えて行けばいいよ」

 「――うん。そっか」

 

 今すぐに答えは出せないだろう。だけど気は楽になった気がする。

 シルクは晴れ晴れとした顔で微笑み、時間をかけて考えてみることを決めた。

 彼らには何ができて、何ができなくて、自分が彼らを助けられる場面とはどんな瞬間か。考えてみなければならない。幸いルフィが海賊王になるまで時間はある。航海が長いと言うならば、様々な冒険を経て得られる物がきっとあるだろう。

 迷いが消えてようやく落ち着けそうだった。

 

 「キリ、ありがとう。ちょっと楽になった気がする」

 「それは何より。まぁあの人たちが強過ぎるからそりゃ流石にへこむ――」

 

 やっとシルクが笑みを浮かべられた後、隣接するキッチンからボンッと爆発するような音が聞こえてきた。嫌な予感がして二人は慌ててそちらへ向かう。

 

 扉を開けると黒い煙がもうもうと立ち上り、極端に視界を狭めている。

 何事なのかと奥へ進めばルフィが火を使っていたらしい。

 料理を温めようとしたのだろう。しかし何がどうなればこれほどの煙を生み出せるのか。

 

 煙を払いながらキリが二人へ近付いた。

 彼らは予想外に慌てていなくて、ゾロは酒瓶に直接口をつけて酒を飲んでおり、ルフィは実験するかのようにコンロに向かっている。真剣な顔なのがむしろふざけているようにも見えた。

 キリは溜息をつき、シルクは呆然とした表情。

 頭を抱えた彼がやれやれと頭を振る。

 

 「何やってんのルフィ。ものすごい煙だよ」

 「おぉキリ。メシがちょっと冷めてたからあっためようと思ってよ。そしたらこうなった」

 「爆発でもさせた? 普通こうはならないと思うけど」

 「そうだよなぁ。きっと不思議コンロだ」

 「いや、間違いなく君の手順の問題だと思う。ハァ、やっぱり自分でやるべきだった。これからは料理のことはボクがやるよ」

 「ほんとか? いやぁよかった。おれがいじったら船燃えそうだもんな」

 「わかってるなら呼んでよ。事情が事情ならちゃんとやるから」

 

 ちょっと目を離した隙にこれである。全く油断も隙も無い。

 想像通り、彼らは戦闘に参加すれば誰にも負けないほどの力を発揮するが、日々の生活に必要な技術はまるでだめだ。ただの日常生活で自身の船を破壊する可能性さえある。

 

 能天気に笑うルフィ。文句を言いながら世話を焼くキリ。我関せずと楽しそうに酒を飲むゾロ。

 個性的な面子で確かにそれぞれ得意なものと不得意なものが違っている。

 その光景を見ればキリが言った言葉が先程以上に体の中へ浸透してくるようで、不思議と胸の中が熱くなった。くすくす笑うシルクは彼らの仲間なのだと自覚して嬉しくなる。

 

 入り口に立って少し距離を置き、背面で手を組んで、俯瞰的に仲間たちを見つめてみる。

 そうしているのが妙に楽しかった。

 

 「あっ、ほらルフィ、焦げてるよ。どんな火力で熱したんだよ」

 「普通にやったぞ。ゾロも見てたよな」

 「まぁ手順は普通だったがなぜか爆発しやがったな」

 「ある意味才能だね……」

 「うーん、おかしいなぁ。よし、明日はおれが作ってみるか」

 「それだけはやめて」

 「おれからも頼む」

 

 黒い煙の中で話し合う彼らは良くも悪くも能天気でマイペースらしい。

 冷静になって見てみれば役に立てそうだとは思えた。考えるより先に行動するルフィはサポートのし甲斐があるし、あのキリでさえ時には面倒だと投げ出す時がある。ゾロに関してはいまだわかっていることが少ないものの、冷静に周りを見ている時があれば我関せずといった態度もある。

 纏めることは不要でも手助けする人間は必要だろう。

 

 自分は仲間を助けられる海賊になろうと、この時シルクは決めた。

 まず最初に、明日からはキリを手伝って料理を覚えよう。なぜか料理を覚えることに対してやる気を見せ始めてしまった船長の真剣な顔を目にして、そう決めた。

 


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