ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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 動き出すタイミングを見計らっていたルフィは、ふとしたタイミングでスモーカーを見た。

 十手を構える彼だが体は濡れていない。全身砂人間であるクロコダイルに勝つためには水が必要不可欠。そう考えるとスモーカーへ尋ねた。

 

 「おい煙、あいつに触れようと思ったら水がいるんだぞ。おれの貸してやろうか?」

 「いらねぇよ。おれの十手には海楼石が含まれてる。能力者ならロギアだろうがパラミシアだろうが例外なく仕留められる。当たりさえすればな」

 「へぇ……不思議十手か」

 「チッ、頭が痛くなるぜ。なんでわざわざてめぇなんだ」

 

 理解しようとして無理だったのか、そもそも聞いていないのか。ルフィの素直な反応に困惑したスモーカーは早々に会話を打ち切った。

 頭脳はこれでも、実力は頼れるものがある。

 悔しくも思うがこの場には絶対に必要な人間だった。

 

 スモーカーはそう考えていても、クロコダイルにしてみれば大した脅威とは考えていない。

 数度の攻撃を受けてもいまだ余裕は崩れていなかった。

 

 「そう憤るな、スモーカー君。全ては君の力不足が招いた事態。他人に当たるものじゃない」

 「ああ、自覚してる。バカな自分を情けなく思ってたところさ。だからてめぇを捕まえて、少しでも海軍に貢献しなきゃならねぇと思ってたところだよ」

 「できないことを口にするものじゃないぞ。さっきそれを学んだはずじゃなかったか?」

 「悪いが、他人の言うことにゃ素直に従えない性質でね」

 

 互いに出方を窺って時間を使う。

 一度始まれば止まることはないだろう。決着がつくその時まで。

 それ故に空気は見る見るうちに重く、肌に突き刺さるほど刺々しいものとなっていった。

 

 突然、ぐっと膝を曲げ、弾き出されるようにルフィが駆け出した。

 何度目かの突撃。策があるようには見えない姿でクロコダイルへ接近していく。

 

 クロコダイルはそれを待った。待ち構えることに恐怖や迷いはない。

 まだ人体では届かない距離でルフィが軽く跳び、勢いをつけて右腕を伸ばすと素早いパンチを放ってくる。これを左に一歩動いただけで回避し、右腕を砂に変えて振り下ろそうとした。

 その右腕を、煙になって移動したスモーカーが十手で受け止め、攻撃を始める前に止める。

 

 二人の動きは上々。語り合わずとも連携し、互いの役割を理解して戦おうとしている。ルフィが攻撃を行って、スモーカーがそれをサポートしたのが良い証拠だ。

 しかし相手は七武海として君臨する海賊。

 たった二人で止めるのは難しいことなど誰が考えても当たり前であり、当然スモーカーもそう考えているからこそ後ろへ退いたのだが、ルフィだけは違った。

 

 撃ち出されるように前へ跳び、全身の力を利用して全力の蹴りを放った。

 確かに速いが、冷静になれば避けられない攻撃ではない。少し間を置いたことでクロコダイルに攻撃を当てることは格段に難しくなり、彼は体を砂にする能力を利用しながら避ける。

 

 「ゴムゴムのスタンプ!」

 「弱点を突くってのはいい考えだが、それだけで勝てるほど戦闘ってのは浅くない」

 

 狙われた腹部だけが砂に変わって、ルフィの蹴りは何もない空間を通り過ぎていく。

 すぐに引き戻され、元の長さに戻った直後、ルフィはさらに前進する。

 そこまで物怖じしなければむしろ見ている人間を心配させるほどだ。迎え撃つクロコダイルを呆れさせる彼の行動力は尚も攻撃に特化していた。

 

 「こんにゃろォ!」

 

 飛び掛かって拳を振るうが、今度は全身が砂になって移動する。

 気付けば彼は目の前から消えてしまい、肌で異変を感じて振り返った時、距離を取って元の姿に戻るその瞬間を目にした。

 瞬間移動も自由自在。速い上に物音も少ない。

 クロコダイルとの距離は数十メートルにまで広がっていた。

 

 「おれはそこらの海賊とは違うぞ。能力を理解し、鍛え、研ぎ澄ましてある。悪魔の実の能力は鍛えれば鍛えるほど強化されるもんだ」

 「それくらい知ってるぞ。おれだって鍛えたんだからな!」

 「てめぇとおれとじゃ格が違うんだ」

 

 砂に変わった右腕を掲げて、振り下ろし、再び地面を砂の刃が走る。

 

 「砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)!」

 「避けろ麦わらァ!」

 「言われなくても……!」

 

 スモーカーは空を飛んで素早く距離を取っており、刃が進む直線状に居たルフィは右へ走って攻撃から逃れる。幸い軌道が変わることはなくひたすら真っすぐ進んでいた。

 その攻撃が終わった時、ルフィは目を見開いて驚く。

 大した音もなく地面に大きな亀裂が作られていて、先程の攻撃の威力を知ったのだ。

 

 「すげぇ~!? 地面が割れた!?」

 「邪魔な障害物は多いがここは砂の国。砂漠の戦闘でおれに勝てる人間は存在しない」

 

 立ち止まって亀裂に注目するルフィを目標に、クロコダイルが下半身を砂に変えて飛んだ。

 音も無く地面を走るように、猛然と彼へ接近すると右腕を掲げる。

 その腕からは砂が散っていた。

 

 「それを今証明してやろう」

 「このォ! ゴムゴムのピストル!」

 

 迎え撃つべく右腕を伸ばしてパンチを飛ばした。

 正面にそれを見たクロコダイルは、首をわずかに傾け、顔の左半分を砂に変えることで器用に回避する。前進する速度は変わらず、大した労力も使っていなかった。

 彼の顔には不敵な笑みがあり、大きな自信が窺える様子である。

 

 真正面からの接近を見てルフィは逃げない。

 クロコダイルにとっても好都合。腕が届く距離になれば互いが攻撃を行った。

 

 ルフィは左腕を後方へ伸ばして、引き寄せる勢いを利用してパンチを繰り出す。

 対するクロコダイルは下へ落ちるようにそのパンチを避け、自身の右腕を振るう。

 半月状の砂を引き連れ、彼の右腕は素早くルフィの腕を捉えていた。

 

 「ブレット!」

 「三日月形砂丘(バルハン)!」

 

 二人の姿は一瞬にして交差し、互いに背中合わせで距離を置く。

 見た目は大した怪我もなかったが、動きを止めた時、ルフィは自分の腕に驚愕する。

 

 痛みも外傷もなかったのに、先程の攻撃で見た目が激変しており、まるでミイラのようにやせ細ってカラカラになっていた。力も入らずひょろりと風に揺れ、自分の腕ではないかのような錯覚にさえ陥ってしまった。

 ルフィは肩を押さえて絶叫する。

 

 「うわぁああああ~!? 腕がミイラになった!? 腕が……ミイラに……!」

 「砂の神髄は渇きにある。この右腕はあらゆる物から水分を奪い取り、全てを砂に還す。お前もミイラになってみるか?」

 

 余裕綽々でクロコダイルが振り返った時には、ルフィは激しく動揺していた。

 攻撃を受けて痛みを感じることはこれまでに多々あったが、腕が動かせないほど痩せてしまうことは初めての経験であった。そのため彼はクロコダイルへ集中することができない。しかしハッと気付いて、水を出すためのホースを手に取る。

 

 「そうだ、水っ……!」

 

 ホースの口を銜えてボタンを押す。

 慌てて水を飲み、体に変化が現れるのも早く、彼の腕は弾けるように元に戻った。

 動かせることを確認して、彼は肩を落とすと安堵する。

 

 「ハァ、危ねぇ!」

 「クハハハ、大事な水だったはずじゃねぇのか?」

 

 ルフィの様子にクロコダイルが笑う。それはおそらく嘲笑の部類だったはずだ。

 

 「おれに触れることができても、その樽にある水には限りがある。そいつがなくなった時、お前はおれへの対抗策を全て失うわけだ」

 「うるせぇ! その前にぶっ飛ばすだけだ!」

 「そうできるといいが、おれが黙って見てるとでも思うか?」

 

 改めて体に水をかけ、ルフィが戦闘態勢に入る。

 確かに彼の言うことは最もだ。水が尽きてしまえば彼に触れる方法はない。仮にそうなれば一方的にやられるだけだとは知っていた。

 そうなる前に決着をつける。ルフィは決意を固めた。

 対するクロコダイルは、そんなことできるはずがないと笑う。

 

 単純なスピードやパワーならばルフィにも目を見張るものがある。しかし能力の利用方法、戦法や戦術といった点においてはクロコダイルが何枚も上手となる。

 気合だけで勝てる相手ではないのだ。彼に勝つには頭が必要だった。

 

 そこでルフィは考える。

 つい先程だけでなく以前にもキリから聞いていた。能力は使い方次第で強くなると。

 

 唐突にルフィが笑顔になる。どうやらいいことを思いついたらしい。

 その表情の変化にクロコダイルが眉を動かした。

 警戒が必要だとはさほど思っていない。ただし彼の奇天烈な発言から考えて、何をしでかすかはわからないという認識は少なからずあり、その点に関してはすでに警戒している。

 

 「おれだって殴ってばっかりじゃねぇぞ。頭を使って戦えるんだ」

 「たかが知れてる。期待はできねぇな」

 「だったら見せてやる! ゴムゴムのォ~!」

 

 そう言うとルフィは再び直線的に走り出した。

 さっきまでと全く同じ光景にクロコダイルは不思議に思い、突っ立ったまま待つ。

 

 「鐘ェ~!」

 

 そうすると走りながら首を伸ばして頭突きをしてきた。

 軽やかに避けたクロコダイルが額に青筋を浮かべ、バカにされているような気分になり、急激に湧き上がった怒りを燃やす。

 

 咄嗟に足を動かしたため、勢いを殺しきれないルフィがすぐ傍を通ろうとする。

 すかさずクロコダイルが左腕を掲げて鉤爪を構えた。

 伸びきった首が戻り、バチンとゴムらしい音が鳴っている。その時の彼は隙だらけ。一思いに首を切り落としてやろうと振り下ろした。

 

 「ふざけてんのか、てめぇは……!」

 

 怒りを見せるクロコダイルの一撃を、再び十手を突き出したスモーカーが受け止める。

 息を切らし、辛そうな表情は誰の目にも明らか。

 鉤爪を止めた一瞬でルフィが通り過ぎていき、クロコダイルの視線は動いて、今にも倒れそうなスモーカーを捉えた。

 とどめを刺す必要もなさそうな姿に思わず口元が弧を描く。

 

 「死にかけの男がまだ動くのか。もう限界は近いはずだろう」

 「ハァ、ハァ……」

 

 言葉を返す余裕もないようだ。

 ただ受け止めるだけで必死な十手を振り払って、再び振るわれる鉤爪が彼を狙った。

 

 「動けないならもう休め。自分の無力さを嘆きながらな」

 

 十手を振り払われただけでスモーカーの足はふらついていた。それでも彼は必死に回避行動を取ろうとしており、煙の体になって離脱を試みる。

 触れられれば切り裂かれる。クロコダイルにはそんな力があった。

 間に合うかどうか微妙な瞬間、隙を見せたクロコダイルの背後からルフィが飛び掛かる。

 

 気配で気付いたクロコダイルは後ろを見ることなく、頭部を砂に変え、回避する。

 ルフィの回し蹴りは空を切った。

 

 スモーカーへの追撃を中止し、顔を元に戻したクロコダイルは振り返った。

 見ればルフィが懐の中へ飛び込もうとしており、ただでさえ近いが一足飛びで近付いてくる。それを見ても彼の態度は変わらなかった。

 

 「んんっ!」

 「無駄だ。いくら濡れていようが先読みして回避すれば――」

 

 突然ルフィが口から水を吐き出した。

 彼を傷つけようという攻撃とは異なる行動。呆気に取られたクロコダイルは顔に浴びてしまう。

 ルフィは笑い、意気揚々と両腕を高速で動かした。

 

 (しまった……! 体が――)

 「もう逃がさねぇぞ! ゴムゴムのォ~……ガトリング!!」

 

 一瞬の油断だが致命的なミス。

 大して量は多くないとはいえ体に直接浴びた水は影響力が強い。それも頭となれば途端に体の自由が利かなくなって、クロコダイルは棒立ちになり、そこへルフィの猛攻が襲い掛かる。

 全力で繰り出された無数のパンチは彼の全身へ強烈に浴びせられた。

 

 呼吸する暇すら与えない連続した攻撃。受け流す暇もない。

 数えきれないほどのパンチが彼の体を打ち付け、血を流させてもなお止まらない。

 

 「おおおおおおっ――!」

 

 ある時、唐突に猛攻が止まる。

 ルフィ自身も間を置いて呼吸し、その場でほんのわずかだが跳ぶ。

 クロコダイルは動けず、咳き込むと大量の血を吐いた。

 

 「と……鞭ィ!」

 

 思い切り振り回した足が鞭のようにしなり、標的の腰へ強く打ち付ける。

 クロコダイルの体は軽やかに飛び、滑るように倒れた。

 

 こうなれば水を浴びた影響だけではない。無数のパンチが彼に大きなダメージを与えていた。

 如何に七武海といえど、普段は滅多に攻撃を受けることがない強者。

 久方ぶりとなる激痛に思考は驚くほど揺らいでいた。

 

 攻撃はまだ止まらない。

 全力で高く跳びあがったルフィは倒れたクロコダイルの頭上を取り、両足の裏を合わせ、真下に向けて勢いよく突き出した。

 回避できない彼の腹に両足が突き刺さる。

 

 「槍ィ!」

 

 無理やり吐き出させるかのように、口から血が噴き出す。

 

 「ハンマー!」

 

 落下しながら両手を組んで腕を伸ばし、上空高くから振り下ろした。

 それで再びクロコダイルの体が力の入っていない様子で跳ねる。

 

 「んんんっ……!」

 

 落下していくルフィはどんどんクロコダイルに近付いていく。これで最後と言わんばかりに右脚を高く空へ向けて伸ばすと、落下の勢いを利用しながら彼へかかと落としを食らわせようとした。

 そこでようやくクロコダイルが目を見開いた。

 素早く全身を砂に変えて、その場から離脱する。

 

 「斧ッ!」

 

 ドスン、と踏みつけたのは誰も居ない地面。

 一足遅かった。とどめとするには攻撃の手が足りなかったのだろう。

 ルフィが辺りを見回したその時、背後を取ったクロコダイルが鉤爪を振り上げる。

 

 「小僧、舐めたマネを……!」

 

 素早い動きにルフィは振り返れない。というより前を向いたまま動こうとしなかった。

 気にせずクロコダイルがその首を刈り取ろうとする。しかし、注意力が散漫になっていたのか、身に迫る攻撃に気付けなかった。

 

 全力で突き出された十手の先端がクロコダイルの側頭部を撃ち抜く。

 その一点から勢いよく血が噴き出され、スモーカーは気が晴れた様子だった。

 

 「おれを忘れてもらっちゃ困るな」

 

 受け身も取れずにクロコダイルが倒れる。一瞬にしてひどい有様であり、ルフィにしこたま殴られた挙句、スモーカーの一撃で虚を突かれた。

 彼が倒れた後になってルフィが背筋を伸ばし、スモーカーと共にクロコダイルを見る。

 即席ながら中々いいコンビだったようだ。

 

 ここまでの抵抗があるとは予想していなかった。

 口に含んだ水に気付けなかったのが最大にして最低のミス。さらに猛攻を受けて一瞬冷静さを失ってしまったことがスモーカーの攻撃に気付けなかった要因である。

 まさかの大打撃に、クロコダイルは怒るどころか冷静さを取り戻していた。

 慌てることなくゆっくり起き上がって、立ち上がらずにその場で片膝を着いた。

 

 その時不思議と、二人は奇妙な感覚を覚える。

 言いしれない悪寒が背筋を走った。

 

 クロコダイルは笑っていた。

 一方的に攻撃を受け続けた結果、上機嫌とさえ取れる笑みを見せて、静かに右手が下ろされる。指を広げて地面に触れ、そこで動きを止めた。

 

 「ここまで殴られたのは何年ぶりだ……余計な体力を使わせやがって」

 「なんだ? 降参すんのか?」

 「バカ野郎。余計なこと言ってる間に攻撃しろ。おれはもう助けられねぇぞ……」

 

 どうやらスモーカーはもう限界のようだ。手当もせずに動いた結果、再び血が流れだして足元がふらついている。これ以上の援護は望めそうにない。

 ルフィはちらりと彼の様子を確認して、小さく頷いて歩き出そうとする。

 その足を止めさせたのはクロコダイルの一声だった。

 

 「〝渇き”の力を見せてやろう」

 

 ドクンと、耳には聞こえない音を聞いた気がした。

 不思議に思っているとクロコダイルを中心に地面の様子が変わっていく。

 水分が吸い取られ、生命力が枯渇していき、見た目で判断できるほど死んでいくようだ。

 その規模は見る見るうちに広がって、着実にクロコダイルを中心に世界が変わり、あまりにも速くルフィたちの下へ到達しようとしていた。

 

 この時二人は、初めて見る光景に目を奪われていた。

 これが悪魔の実の能力。

 自分たちとは異なる、圧倒的な力を見ていたのだ。

 

 攻撃と判別しにくいクロコダイルの攻撃はルフィの足元へ到達する。

 その瞬間、彼が履いていた草履までもが命を奪われたかの如く、一瞬にして枯れた。

 

 「うわっ!? 草履が枯れたぁ!」

 「全ての物体は砂へ還る……干割(グラウンド・セッコ)!」

 

 ルフィの首根っこを掴み、体から煙を噴き出して、発射されるようにスモーカーが飛んだ。

 直後に大きな異変が周囲の景色を変える。

 大地が大きく割れ、瞬く間に崩壊を始めていき、さらに水分を吸い上げられて姿形さえ変貌させてしまう。その中心に居るクロコダイルは不敵に笑っていた。

 

 「浸食輪廻(グラウンド・デス)!!」

 

 大地が、周囲にあった建物が、残骸が、分類を問わずに全てが砂に変わっていく。

 それはまるで地獄を生み出すが如く。自らの世界を作り、広げていく様は上空へ逃げた二人の目にも映っていて、あまりにも、あまりにも異常過ぎると驚愕させる。同じ能力者とは思えないほどの大変化が彼らの眼下で起こっていた。

 巻き上がる砂に視界を遮られて、クロコダイルの姿を見失ってしまう。

 規模はさらに広がっていき、辺り一面が砂漠に変えられようとしていた。

 

 今やもう、下へ降りることはできない。

 限界を超えて今にも倒れそうな体でスモーカーは必死に能力を使い、空を飛び続ける。

 そんな中でもルフィはクロコダイルの姿を探そうとしていた。

 

 町の中に砂漠が生み出されたが、観察していると規模の拡大が止まっていることに気付いた。

 舞い上がった砂で視界が悪いとはいえ、おそらくもう広がらない。今なら大丈夫だ。

 

 ルフィは自身の首根っこを掴んで、自分より上に居るスモーカーへ声をかけた。

 

 「すげぇ……こんなことできるのか。なぁ煙、もう止まったみたいだぞ。今のうちに降りてあの砂ワニ探しに行こう。今度こそぶっ飛ばしてやる」

 

 声をかけたが返答はなく、不審に思ったルフィが彼を見上げようとした。

 

 「煙、どうした? もう降りても――」

 

 上を向いてすぐ、ぽたりと頬に落ちる水滴を感じた。

 よく見れば青い空と煌々と輝く太陽を背負い、スモーカーの胸に、赤く染まってなお鈍く光る黄金の鉤爪が生えている。

 どうやらルフィの頬へ落ちたのは彼の血だったようだ。

 信じ難い光景にルフィは驚愕し、大口を開けて目を見開いた。

 

 「煙っ!? おい、しっかりしろ!」

 「いい加減……終わらせるとしよう」

 

 鉤爪が抜かれ、途端にスモーカーとルフィの体は落下を始めた。

 すでにスモーカーは意識を失っているか、そうでなければ目を開けることすらできない状態にあるらしく、勢いよく落下する最中に呼びかけても反応がない。

 二人の体は、柔らかい砂によって受け止められ、唐突に町から砂漠の中へ放り出された。

 

 不幸中の幸いで、二人の体は常人とは違う。落下の衝撃で命を落とすことはなかった。

 その代わり、受け身を取り損ねたルフィは背から激突してしまい、衝撃で樽が割れてしまう。

 唯一の武器だった水が砂の上へばら撒かれて、起き上がったルフィは表情を変える。

 

 空を飛び、再び地に戻った時、そこはまるで別世界。

 即席とはいえ唯一の相棒を失い、水を失って、彼は改めて砂漠の国の環境を知る。

 座った砂の熱さ。体に纏わりつく砂、太陽の光、紫外線、熱。

 見える位置に消されていない建物があるとはいえ、不思議と今の心境ではそれが途方もない距離にある気がして、今になって、どっと汗が噴き出した。

 

 予測不可能な出来事によってか、それとも先程の攻撃を見てか、ルフィは呆然としていた。

 砂漠に一人取り残された絶望を町の中で味わっている。

 

 一陣の風が吹き、彼の前へクロコダイルが現れた。怒りの念を発していた先程とは違って落ち着いた風に見える笑みを湛えている。

 悔しげに歯を食いしばったルフィが立ち上がる。

 身に染みついた慣れで拳を構えて、戦うための姿勢を取った。

 

 「これが、おれとお前との差だ」

 

 思い知らせてやろう、というよりは、優しく諭すように。

 クロコダイルの様子を目にしたルフィは自分でも知らぬうちに焦りを抱いていた。

 

 「おれにここまでやらせたことは褒めてやろう。だがそれまでだ。おれを超えるのがどれほど困難かは身に染みたはずだ」

 「くっ……ゴムゴムのォ!」

 

 裸足で砂を踏みしめ、駆け出して彼へ挑みかかる。

 どんな状況になっても諦めるつもりはない。

 拳を振りかぶり、彼の顔を目掛けて振り抜こうとした。

 

 「ブレットォ!」

 

 クロコダイルは冷静に動き、屈んで避けると同時に前へ踏み出し、右手でルフィの首を掴む。

 彼の体を腕一本で吊り上げて静止した。

 これが決着の時。ようやくにやりと口の端が上がる。

 

 右手は触れた物から水分を奪い取る。先程見せたばかりの技だった。

 持ち上げられたルフィの体がみるみるやせ細っていき、徐々に水分が抜き取られ、外見はまるでミイラのように変わっていく。

 必死に手で彼の腕を掴むのだが、もはや抵抗と呼べるほどの力は残っていなかった。

 

 「ガッ、カッ……!?」

 「またお前の負けだったな……麦わらのルフィ」

 

 気付けば全身から水分を抜き取られて、動くこともできないミイラに成り果てている。

 手を離せばルフィの体はひらりと音も無く砂の上に落ちた。

 

 「無駄な時間を使わせやがって……」

 

 あっさり背を向けたクロコダイルは、彼らにとどめを刺さずに去っていく。

 疲弊していたのか、苦しめようと思ったのかは不明だが、全身を砂に変えると目的地へ向かうため一瞬にして姿を消す。その姿を見つけることはもはや不可能だった。

 

 誰も居なくなった町の中の砂漠に、ルフィとスモーカーだけが取り残される。

 誰に見られることもなく、横たわる姿はただ死を待つだけの存在だった。

 

 そこへ、意志を持って現れた影が一つだけある。

 建物の蔭へ隠れ、必死に生きようとしていた彼は機を見て颯爽と走り出す。

 砂の上を誰よりも早く駆け抜け、まず真っ先に渇いて倒れるルフィの下へ駆け付けた。

 大きな樽を背負ったカルーは、考える暇も惜しいとルフィの口にホースを突っ込み、羽で器用にボタンを押す。勢いよく出される水は確実にルフィの体へ注がれていった。

 

 彼自身、生きようという意思が喉を動かさせ、口の中へ飛び込んでくる水を精一杯飲み込む。全身の細胞へ、筋肉へ、内臓へ水分を与えようと必死に動く。

 カルーは彼の名を呼ぶようにして必死に鳴き声を上げていた。

 どんどん水を吸収していくルフィの体は元の姿に戻ろうとしていたのである。

 

 「クエッ! クエッ! クエーッ!」

 

 ゴクン、と喉から大きな音が鳴った後、ルフィがホースから口を離す。

 その途端に彼は体を跳ねさせて飛び起き、体を縮めてぐぐっと力を溜め、全身を弾くように四肢を伸ばして天を仰ぐと大声で叫んだ。

 

 「うおおおおおおおおおぉ~!!!」

 「クエ~ッ!!!」

 

 同じくカルーも翼を広げて天に向かって叫んだ。

 その直後、ルフィはそのまま動きを止めて倒れてしまい、大の字になって寝転んだ。

 

 辛うじて死は免れたとはいえ、死んでいてもおかしくはなかった。体はすっかり疲れ切っているようで顔色も決して優れてはいない。

 荒い呼吸を落ち着けようと必死に息を吸い、そして吐く。

 カルーの存在に注意を向けられたのはしばらくしてからだ。

 

 「ハァ、ハァ……ありがとう。お前、なんでここに……?」

 「クエーッ」

 

 カルーはベルトで提げた樽を叩く。

 彼はビビの頼みを聞いてルフィの後を追っていたのである。

 ひょっとしたら水が足りなくなってしまうかもしれない。トラブルで樽が壊れるかもしれない。クロコダイルに勝ったとしても怪我をしてしまうかもしれない。

 あらゆる可能性を考え、彼に医療セットと水が入った樽を持たせ、あとを託したのである。

 

 カルーの目的はルフィの危機を救うことにあり、絶対に攻撃を受けてはいけなかった。

 戦いは遠くから眺め、辺りが砂漠に変わり始めれば全力で逃げて、しかし本気で逃げ出すつもりだけは絶対に持たず、あくまでもルフィのために自分の安全を優先していた。

 

 その結果、危険はあったがこうして彼を助けることができた。

 言葉は通じないがなんとなく事情を察してルフィがカルーの嘴を撫でる。

 

 「そうか。悪かったな……また勝てなくて」

 「クエ~……」

 

 カルーは首を横に振り、謝る必要はないと態度で告げる。

 彼が諦めるつもりでないことはもう伝わっていた。これからすぐに追いかけ、もう一度挑む。勝つまで何度でも挑戦する。そんな人だとわかっているだけに信頼はあり、決着をつけてくれるその時まで全力でサポートしようと決めていた。

 立ち上がろうとするルフィに手を貸してやり、立ち上がってからも支えてやる。

 

 ルフィの目が辺りを見た。

 クロコダイルはすでに居ない。スモーカーが倒れている。

 それだけを確認し、彼はすぐに顔つきを変えた。

 

 「くっそ~、あいつどこ行った? すぐ追いついてぶっ飛ばしてやる!」

 「クエー!」

 

 気合を入れて拳をぶつけた。ルフィの鼻息は荒く、外見だけ見ればすぐにも戦えそうだ。

 

 「あいつがどこ行ったか知ってるか?」

 「クエ~!」

 「よし。案内してくれ」

 

 カルーが力強く頷いたことで、ルフィの目はスモーカーへ向く。

 まだ生きているようだ。見捨てては行けない。

 彼の下へ歩み寄り、抱き起こすとカルーを呼ぶ。

 

 「こいつも連れて行こう。さっき助けてくれたんだ」

 「クエーッ」

 

 力強く頷いて、カルーが自ら背負おうとすかさず駆け寄り、ルフィの協力を得てスモーカーの体を背の鞍に乗せる。

 そればかりか彼はジェスチャーを行い、ルフィをも背負おうと言うのだ。

 気付いたルフィだが難しい顔をする。

 

 「いいよ。走るから。そいつだけ助けてやってくれ」

 「クエッ!」

 

 強い声で有無を言わさず、多少怒っているのかと思える顔で要求した。

 仕方なくルフィはカルーの背に跨り、ぐったりしているスモーカーに覆いかぶさるような形で二人乗りをする。当然ずっしり重くなって、カルーが一瞬だけ辛そうな顔をした。

 

 「なぁ、やっぱりいいよ。おれまだ元気だしさ」

 「クエ~ッ! クエ~ッ!」

 

 首を振って頑として聞かずに、そのままカルーは駆け出した。

 すでに目的地はわかっているらしく、不意に安堵したルフィは瞼が重いことに気付く。

 

 「よし……待ってろよ。おれは、クロコダイルを、ぶっ飛ばすんだ……」

 

 体力の限界を迎えたかのようにルフィは眠ってしまう。やはり相当な無理をしていたのだろう。カルーはそれを見越して彼を背負うと言い出したのかもしれない。

 本番はここではない。この先だ。それこそカルーに手を出せない場所にある。

 少しでも休息を取れるのなら少々重かろうが構わない。

 全てはこの戦いに勝つためだと、カルーは奮起して彼らを運んだ。

 

 どこへ向かえばいいかは事前にペルから聞かされていた。

 ルフィとスモーカーを乗せたカルーは一路、葬祭殿を目指す。

 


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