ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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絶叫

 馬に乗って全力で疾駆する反乱軍の先遣部隊が、前方にアルバーナを見つけた。

 いよいよ戦闘が始まる時。流石に長距離での移動で全部隊が間に合っている訳ではないが、もはやその足は誰にも止めることができない。一度戦闘が始まれば勝利するまで手を止めることはないだろうと本人たちは覚悟している。

 

 先頭を走るコーザはアルバーナを見据えて眉を寄せていた。

 この期に及んで、始まってしまう、と思うのは間違っているのだろうか。

 止められないことはリーダーとして理解している。だが、何が正解かは彼にもわからなかった。

 

 これから始まる戦いが終わった時、この国は、アラバスタ王国はどうなるのだろう。懐かしき町を目にしたことでつい考えてしまう。

 幼い頃から育ったこの土地を愛するからこそ戦いが生まれた。意見をぶつける羽目になった。

 自分たちの行いは正しかったのか、今も正しいのか、もうわからなくなってしまった。今はただ止まれないから走っているだけに過ぎない。

 

 迷うコーザは俯き、幼き日を幻視する。

 過ぎ去った日は戻らないと知りながらも、あの頃に戻れたらと思わないでもない。

 

 そんな彼に気付いたのだろう、隣を走っていた幼馴染が声をかける。

 コーザが顔を上げ、再びアルバーナの姿を目にした。

 もう迷っている暇はない。そういうことだろう。

 

 「もうすぐアルバーナに着く。このまま突入するぞ」

 「ああ……もう終わらせよう」

 

 駆ける馬の足音が無数に重なり合っている。その轟音は凄まじい迫力となり、もう少し近付けば嫌でもアルバーナの人間が気付くはずだった。

 そうなれば勢いに任せて突貫するのみ。

 サングラスの下でコーザの目が危険な色を灯し、輝き始める。

 

 「覚悟を決めろよお前たち! おれたちは今日! 勝利するために来た!」

 「おおっ!」

 「悪しき思想を排除し、殲滅し、この国を変える! 準備はもうできているはずだ!」

 「おおっ!」

 「おれは今日、コブラの首を取る! 意志を同じくする者は決死の覚悟でついてこい!」

 「うおおおっ――!」

 

 コーザの兵が一人も欠けずに声を出していた。大声が響き合い砂漠を走る。

 

 「おれたちの祖国を、アラバスタを開放しろ! 行くぞォ!!」

 「おおおおおっ!!」

 

 勢いはさらに増してアルバーナへ接近する。

 目的地までの距離はどんどん近付き、視界の中で徐々に大きくなっていた。

 

 直線距離にして、まだ一キロはあろうかという距離に到達した頃。

 アルバーナの様子がおかしいことに気付く者は少なからず居たとはいえ、それで止まれるような勢いではなかった。

 彼らは尚も前進を続ける。

 

 そこへ、唐突に声がかけられた。

 電伝虫と拡声器が組み合わせられた、広大な砂漠へ遠く広がる大声である。

 初めて聞く声が反乱軍へ語り掛けようとしていた。

 

 《そこで止まれェ! 反乱軍!!》

 

 ハッとしたコーザが思わず手を上げた。

 反乱軍は先頭のコーザを筆頭に、必死に勢いを殺して止まろうと試み、そこからさらにずいぶん進んだが最終的には足を止める。アルバーナへ入る階段まで数百メートルある。大砲さえ届かない距離に大軍勢がずらりと並ぶ。

 それを不満に思う者は少なくなかっただろうが、先頭集団はおそらく理由に気付いていた。

 

 コーザが目にしたのは、高く高く掲げられた白旗。降伏を示す旗である。それがアルバーナを外敵から守るための門へいくつも並べられていた。

 これは一体どういうことなのか。動揺が広まる。

 

 彼らの足が止まったことをしっかりと確認してから、再び握った受話器へ喋り始める。

 階段近くの門へ立っていたのはウソップだった。

 

 彼を迎えに来た超カルガモ部隊、ケンタロウスの背中に電伝虫が置かれている。

 この電伝虫が、本来は町のイベント事に使われる拡声器へ繋げられているらしい。

 ウソップが受話器に向かって喋り始めると、町の至る所に置かれたスピーカーから彼の声が聞こえ始めて、門のところに置かれた数個から砂漠へも届けられていた。

 

 《よ~く聞け反乱軍! お前らは騙されている! お前らがしていた反乱は全て、最初から仕組まれていたことだったんだ!》

 「なんだこれは……誰が喋ってる」

 「国王軍の罠か?」

 《みんな騙されてたんだぞ! 国王もお前らも、滅んだ町の連中も、今も普通に暮らしてる国民も全員だ! このままお前らが国王軍と戦えば、喜ぶのはお前らを騙してた黒幕だけだ!》

 

 信じてもらえるとは限らない。一笑に付して突撃してくる可能性がある。

 そうさせないためにウソップは死ぬ気で叫んだ。

 この状況になることをキリは初めから想定していた。おそらくこうなるだろうと。その時のためにウソップへ全てを託し、彼らへの説得を頼んだ。

 もっと大事な用があるというキリに代わり、他の誰でもない、彼だけの大役だ。

 

 喋っている最中も手が震えている。膝が笑っている。しかし逃げ出すことは許されない。

 これはもはや自分の身を守るだけの作戦ではない。一国が潰れるかどうか、ビビの努力が報われるか否かの大事な局面だ。

 

 今はまだ立ち止まって動かない反乱軍の大軍を見つめ、ウソップは語る。

 全てを話して信じさせる。それができるのはウソップしか居ない。

 

 《ここでおれが真実を語ってやる! その前にまず最初に言っとくが、お前らの中にも裏切者が潜んでるぞ! 何年も前に堂々と反乱軍へ参加した工作員だ! 自分じゃ気付けないかもしれないが確実に居る! これは嘘なんかじゃない!》

 「これを喋ってるのは誰だ。何が起こってる……!」

 「待て。もう少し聞け」

 

 苛立ちを見せる仲間を制止してコーザが耳を傾ける。彼だけは真剣な目で門を見ていた。

 まだ遠くて誰が喋っているのかは見えない。そこで彼は部下から双眼鏡を受け取り、覗き込んで喋っている人物を探そうとし始める。

 

 《お前らを陥れようとした組織の名はバロックワークス! 秘密主義の犯罪組織でその多くが謎に包まれている! お前らが知らないのも無理はない! 現におれもこの組織で働いていた仲間が教えてくれなきゃ何一つ存在を知らなかった!》

 「陥れる……? 仕組まれていただと」

 「デタラメだ! 国王軍の作戦に決まってる!」

 《連中は国王軍と反乱軍を衝突させて、消耗したところで国を乗っ取るつもりなんだ! このまま進めば奴らの思う壺だぞ! いいか、そこから一歩も動くな!》

 「おいコーザ、もういい! 進軍させろ! 奴も含めて国王軍は皆殺しだ!」

 「待て。もう少し……」

 

 双眼鏡を覗いていたコーザが声の主を見つける。鼻の長い男で見覚えはない。だがその隣に大人しく立っているカルガモの姿は忘れるはずがない。

 この時、初めて逡巡が生まれた。

 情報が少な過ぎてこれだけでは判断できない。国王軍の策略なのか、それとも本当にトラブルが起こっているのか。だが、不自然に町が荒れているのはすでに確認できた。

 

 判断するには彼の話を聞く必要がある。

 双眼鏡を下ろしたコーザは仲間たちに手を振り、待てと制した。

 

 《お前たちの敵はバロックワークスを操る男、七武海、サー・クロコダイル!》

 

 その名が出た途端に反乱軍全体がざわついた。

 幾度も港町を海賊から守ってくれた英雄を黒幕にするとは。何たる侮辱だと怒る声が数多く上げられて敵対心はむしろ高まっていく様子だ。

 

 「デタラメだ! 奴らは卑劣な嘘をついている!」

 「そうだ! 砂漠の英雄がなぜそんなことをする! 根も葉もない中傷に過ぎない!」

 「今すぐあいつを殺すべきだ! コーザ、進軍させろ!」

 《この町をよく見ろ!》

 

 ウソップが叫んだことで、もう一度コーザが双眼鏡を覗く。

 やはり指摘の通り、建物に残る焼け跡や、壊れた家屋が異様に感じた。

 彼の話が嘘にしろ本当にしろ、アルバーナで何かがあったことは間違いないだろう。

 

 《おれたちが来た頃には町はもうこの状態だった! この町はバロックワークスの攻撃を受けて壊されちまってる! これを見れば、おれの話が嘘じゃねぇってわかるはずだ!》

 「コーザ、信じる気じゃねぇよな」

 「大体あいつは誰なんだ。国王軍の兵士じゃねぇのか?」

 「いつまで止まってる気だ。早く進ませろ!」

 

 数多の声が彼を挟み込んでいるが、コーザは冷静に判断しようとする。ひょっとしたら戦いへの迷いが彼をそうさせたのかもしれない。

 悩む素振りを見せた後、彼は仲間へ振り返って言った。

 

 「拡声器はあるか? 持ってこい……」

 「コーザッ!」

 「お前正気なのか!? こんなことしててもどうせ――!」

 「いいから持ってこいって言ってんだ!!」

 

 突然の怒声に仲間たちが怯み、仕方なく指示通りに仲間の一人が拡声器を持ってくる。

 それをコーザが持ち、一人で少し前へ出るとアルバーナへ語り掛けた。

 

 《長鼻の男。お前に質問する》

 《なっ、なんだ?》

 

 ウソップは驚いていたが、予想外の反応は決して悪いものではないと判断する。

 彼らには話し合う気があるのだ。

 ここが最も大事だと気合を入れ直して、単騎で前へ出たコーザを見つめる。

 

 《まず、お前は一体何者だ? それがわからなければ信用なんてとてもできない》

 《おれは、ビビの仲間だ》

 《ビビ……? まさか、ネフェルタリ・ビビのことを言っているのか》

 《それ以外に居ねぇだろ。おれたちはビビと一緒にこの島へ来たんだ》

 

 コーザの穏やかな声にウソップは緊張する。

 話はしやすそうだが、落ち着いた様子に安心はできない。こういう手合いは奥が深そうだ。

 

 《ビビ王女は今、行方不明だと語られていた。それがお前と一緒に居たというのか》

 《そうだ! ビビはイガラムのおっさんと一緒にバロックワークスに潜入して、今回の作戦を阻止しようとしてた! 疑うなら本人もこの町に居るから確認すればいい!》

 《信じ難い話だ。それなら王女を呼んでくれ。彼女と話がしたい》

 

 コーザの要求にウソップは顔をしかめた。

 

 《それはできねぇ……ビビは今、おれの仲間と一緒にバロックワークスと戦ってる。お前らが到着するずっと前に戦いは始まってたんだ》

 《それなら自分の目で確認させてくれ。もしそれが本当なら、おれたちが戦う必要がなくなるということだろう。おれたちだって本当は戦いを望んじゃいない。絶対に手は出させないと誓う。町へ入るのはほんの数人でいい。お前が案内してくれ》

 《それはダメだ! さっきも言ったが、反乱軍には何年も前から工作員が潜入して、多分お前らの信用を買ってる。そいつらが好き放題すればまたお前らは国王軍とぶつかろうとする!》

 《証拠は? なぜそこまで自信を持って言える》

 《リストならあるぞ! おれの仲間は元々バロックワークスに所属してた! もっと言うなら反乱軍に潜入させたのもそいつの功績が大きい!》

 

 ウソップは鞄から数枚の紙を取り出して掲げた。

 事前にキリが記しておいた、彼が知る限りの反乱軍へ潜入したエージェントの名前が羅列されている。膨大な数であり、仮にこれが燃やされてもいいようにと複製も用意している。

 そうまでしてでも反乱軍を止めなければいけないのだ。

 

 キリの話をしたことでハッとウソップが気付いた。

 前へ出てきた男の名を思い出したらしい。準備の最中、キリとの会話で教えられていた。

 

 《お前がコーザってやつか!》

 《そうだ》

 《だったら知ってるはずだぞ! キリって男の名前を!》

 

 そう言われた途端にコーザの顔色が変わる。

 何かに気付いた様子で、咄嗟に返事ができなくなった。

 半ば無意識的に拡声器を下ろしてしまい、呆然とした顔でアルバーナの方向を見つめる。

 

 《これまで言った全部、キリが教えてくれたことだ! それでもまだ信用できねぇのかよ!》

 

 コーザは声が出せないようだ。見守っていた仲間たちが不思議に思うほど動かなくなり、明らかにさっきまでと態度が違うが、だからといってウソップの話を信用するという顔ではない。ただ思考が停止して考えられなくなっているという風体だった。

 表情を確認できるほどの距離に居ないウソップは、尚も訴えかけた。

 これでだめなら止められないかもしれない。そう思いながら。

 

 《お前らが殺し合えばビビの努力が全部無駄になるんだ! 頼むから戦いをやめてくれ! もうすでに色々あったかもしれねぇが、今ならまだ間に合う――!》

 

 話している最中に突如爆発音が聞こえた。

 いくら遠かろうが目視できるほど大きな爆発が上がり、ウソップの声が途切れたことから察すると直撃したということだろう。

 コーザは息を呑み、どよめく反乱軍を背後に黙って事態を見る。

 

 倒れたウソップとケンタロウスの傍から電伝虫を拾い上げ、城壁の一部へ置く。

 新たに受話器を持った人間が喋り始めた。

 

 フラフラと危なげな足取りで、今にも倒れそうだった。

 辛うじて動くといった様子のMr.5は咳き込み、口の中にあった血を吐き出しながらも、冷静な声で語り始めた。その声は反乱軍を動かそうとしている。

 

 《反乱軍の諸君。この男の話を信じるべきではない。この男は、海賊だ》

 「海賊!?」

 「アルバーナに海賊が……?」

 「王女と仲間だと言ってたぞ」

 

 Mr.5の言葉で反乱軍に動揺が走る。国王軍の刺客かと思っていたがそうではなかった。部外者だとしてもその中では最悪な海賊という部類だ。

 喋っている男のことも気になるがまずは先程の男について。

 さらにMr.5は言葉を重ねて、彼らの闘争心を高めようと試みる。

 

 《この男は嘘つきで有名な男だ。君たちに嘘の情報を流し、混乱させた上でこの国を荒そうとしていたに過ぎないい。海賊とは、野蛮で卑劣で己の欲望に忠実な連中のことを指す。こいつらを信用するべきではない。君たちは自分の正義を信じて行動しろ》

 「長々喋りやがって、海賊だったのかっ」

 「コーザ! これでわかっただろ! 奴の話は全部嘘だ!」

 

 仲間の言葉を背に受け、固まったかのように表情を動かさずコーザが言う。

 

 「今喋ってる奴が嘘をついてねぇって、なんで信じられるんだ」

 「そりゃあ……」

 「なぁ……」

 「戦うための理由を探すな。おれたちがしてきたのは、そういうことじゃねぇはずだ」

 

 不満の声を即座に殺して、コーザは集中して話を聞こうとする。

 何が真実で、何が嘘か。

 判断するのは結局のところ自分自身だ。

 

 動き出さない反乱軍を見てMr.5は苛立ちながらさらに説得を続けようとする。

 その背後、音を出さないよう注意しながら動き出す男が居た。

 

 《これまでの犠牲を無駄にするな。国王軍を倒し、この国に本当の王を招くんだ。それがこれまでの君たちの努力を実らせる唯一の――》

 「必殺……鉛星!」

 《はおっ!?》

 

 突然の悲鳴も拡張され、受話器を取り落としてMr.5が腰を押さえた。

 背後にパチンコを構えたウソップが居て、放たれた鉛玉は正確に彼の腰へ当たった。ただでさえギリギリの状態で立っていたためそんな攻撃さえ致命傷となる。

 Mr.5は怒りを滲ませて振り向き、攻撃をしようと決意していた。

 その頃にはすでにウソップも動き出しており、走って接近を始めている。

 

 「てめぇ……まだ生きてやがったか!」

 「ウソップ輪ゴ~ム!」

 「何ッ!?」

 

 走りながら指で輪ゴムを飛ばす挙動を見せ、間抜けにも驚愕したMr.5は全身を硬直させた。サングラスで隠れているだけで目を瞑っていたのかもしれない。

 その隙にウソップは輪ゴムを捨てて前進を急ぐ。

 

 鞄から取り出したのは本来射撃で使う特殊な弾丸だ。

 赤い弾を手にたくさん持ち、足を止めずに真っすぐ走る。

 パチンコで撃っている暇はない。衝動に突き動かされて彼は考えずに動いていた。

 それに相手の状態もある。本調子ならともかく今の彼は脅威ではないはずだ。

 

 地面を蹴って跳ぶようにMr.5へ躍りかかった。

 輪ゴムが飛んでくるのを恐れていた彼は反応が遅れてしまい、飛んでくるウソップに驚愕する。

 

 「ウソ~ップ・スペシャル・激辛ビ~ンタ!」

 「なっ――おぐっ!?」

 

 山盛りになるほど手に乗せた激辛星を、己の掌で勢いよく顔面へ叩きつけた。

 サングラスを力で叩き割り、刺激物たっぷりの弾が潰れて、彼の顔は辛味に襲われる。

 Mr.5は絶叫すると両手で目を押さえ、訳も分からず我武者羅に暴れ出す。しかしボムボムの能力を使用する余裕もないためただ大の男があちらへこちらへフラフラしているだけだ。

 

 「ぐおおおおぉ~!? 目がっ!? ああっ、目がぁああっ!?」

 「ウソッ~プ――!」

 

 その後に素早くMr.5の背後を取り、鞄から小さいハンマーを取り出したウソップが跳ぶ。

 狙いは一点。人体の急所である後頭部。

 一撃で仕留めるため、彼は全力で己の腕を振るった。

 

 「ハンマーッ!!」

 

 ゴキンと鈍い音が鳴り、叫び続けて暴れていたMr.5は突然沈黙すると、その場へ勢いよく倒れて額を打ち付け、動かなくなってしまった。

 それを確認してすぐ、爆撃を受けて頭から血を流すウソップは電伝虫の下へ向かう。

 

 同じく爆発を浴びて怪我をしていたケンタロウスは、逃げ出すことなくそこに居た。

 器用に羽で電伝虫の受話器を持つとウソップへ手渡した。

 

 ふーっと深く息を吐いて肩を落とす。

 さっきの爆撃で大きなダメージを受けていた。いつまで経っても呼吸は落ち着かずに、体も驚くほど重くて座り込んでしまいくなる。しかしそれではいけない。まだ説得を続けなければ。彼らをアルバーナへ入れてはいけない。

 落ち着いて考える余裕を失って、ウソップの目は戦いへ赴く者の目に変わっていた。

 

 どのみち、もう上手い説得方法を考える余裕など残っていない。

 それなら言いたいことだけを素直に言うべきだ。

 腹を括った彼は受話器を強く握りしめて語り出した。

 

 《ハァ、ハァ……ああ、そうだな。信用できねぇのも無理ねぇよな。おれだって簡単に他人を信用したりしねぇんだ。臆病だからよ、どうしても疑ってかかっちまう……》

 

 倒れそうになった体をケンタロウスが支える。ウソップは地面に視線を落としていた。

 

 《おれだってよぉ……正直、本音を言っちまえば、この国がどうなろうが、お前らがどうなろうが知ったこっちゃねぇんだ。こんなに痛い思いして頑張ってよぉ。今だって倒れそうなのに、何やってんだって考えちまうんだ……》

 

 爆発が起こった後、状況が読めない反乱軍は静まり返っていた。

 そして、その声が聞こえた今、誰もが耳を傾けるために黙り込んでいる。

 コーザは目視できないウソップへ真剣な眼差しを向けていた。

 

 《この際だからはっきり言っとくぞ……! おれは嘘つきで海賊だァ!!》

 

 自分の体を顧みず、ウソップは力の限り叫んだ。

 その声は遠く離れた場所へ居る者たちへ迫力を伴って伝わる。

 

 《おれは麦わらの一味の狙撃手! キャプテン・ウソップ!! 八千人の部下を持ち、世界に名を轟かせる勇敢なる海の戦士になって、いずれは船長麦わらのルフィを海賊王にする男だ!!》

 

 朗々と語る声に力は宿って、いつしか勝気な笑みが浮かんで、口の動きが止まらなくなる。

 

 《これだけは言っとくぞ……おれはお前らがどうなろうが知ったこっちゃねぇが! ビビの努力を無駄にする奴らは誰だろうが絶対に許さねぇ!》

 

 大声を出すせいで頭がふらつく。体の力が抜けそうになる。しかし一度吐き出した激情は簡単に止められるものではないようで、不調など無視してウソップは叫び続けた。

 彼の様子を間近で見るケンタロウスは、見捨てることなく必死に彼を支えた。

 

 《ハァ……お前らが国民同士で傷つけ合ってる間、あいつがどこで何してたか知ってんのか!? 自分が死ぬかもしれねぇって知りながらずっと戦い続けてたんだぞ! この国を救うためにずっと命を賭けてたんだ! お前らに死んでほしくねぇから、あちこち飛び回って必死にもがいて、今もずっと戦い続けてる!》

 

 コーザは不思議な感覚を覚えていた。

 さっきよりも彼の言葉が素直に胸の中へ入ってくる。必死な様子に感化されて、冷静な判断を失っているだけとも言えるかもしれないが、彼自身はそれを拒否しようとはしなかった。

 

 《おれは嘘つきだけど、あいつが仲間だってことだけは嘘にはさせねぇ! 誰も傷ついてほしくねぇってビビの想いは無駄にさせねぇ! もしお前らが戦いをやめずにこの町に入ってくるって言うんなら、おれたちが許さねぇぞ! お前らを全員ぶっ飛ばしてでも戦争を止めてやる!》

 

 がくりとウソップの体が揺れた。体に力が入ったせいか、血が噴き出している。

 それでも受話器だけは離さなかった。

 

 《海賊かこの国の英雄か、誰を信じりゃいいかくらい……それくらい自分で決めろォ!!》

 

 言い終えた直後にウソップがその場で跪いた。

 限界だったのだろう。俯いて荒い息を続け、顔を上げることさえできない。

 傍に座ったケンタロウスに背中をさすられたまま、しばらく声を出せずに黙り込み、受話器を握った状態で何度も咳き込む。

 

 彼の声が聞こえなくなったことで、再び反乱軍はどよめき始める。

 前へも後ろへも進めず立ち止まったまま、彼らの困惑はより大きなものとなっていた。

 

 迷いを感じさせる声がコーザの背へぶつけられた。

 リーダーは彼だ。どうするつもりなのか。

 真剣な表情で考え込んでいたコーザは、大きく息を吸うとようやく決断する。

 

 「どうするんだ……コーザ」

 「……白旗を上げろ」

 

 その声にぎょっとした一人が思わず身を乗り出す。

 

 「本気か!? ここまでどれだけの血が流れたと思って――!」

 「責任ならあとでいくらでも取ってやる! 今は言う通りにしろ!」

 

 普段にはないほど強い語気で仲間の意見を押しやり、コーザは拡声器を取る。

 信じられるかどうかなどわからない。だが決断と行動は必要だ。

 

 《長鼻の男。潜入した工作員のリストがあると言ったな》

 《ハァ、ハァ……あるぞ。ただし、キリが在籍してた頃のメンバーだけだ。それ以降に入った連中に関しては何もわからねぇ》

 《それでいい。読み上げてくれ……名を呼ばれた者を拘束する》

 

 更なる衝撃を受けて仲間の一人が黙っていられなかったようだ。

 再度の講義にコーザは微塵も表情を動かさず、冷静に受け止める。

 もう決めたことだ。ここからは譲らない。

 

 「おい、コーザ! お前どうしちまったんだ! 本気で信じるつもりなのか!?」

 「だったらお前、この状況をどうする気だ……」

 「そりゃ……罠の可能性があるんだから、確かめるなら自分たちで行くしかねぇだろ」

 「仮にこの中に裏切者が居たとして、後ろから襲われることもあり得る。部下が死んだら誰に詫びればいい? お前か? あの長鼻の男か? それともそいつの家族か?」

 

 冷静な声が、異論を唱えた男を逆に冷静にさせた。

 コーザは俯いてぽつりと言う。

 

 「今まで何人死んだと思ってる。おれだって本当は戦いたくねぇんだよ。必要がないんなら誰も殺したくねぇし、誰も死んでほしくねぇと思ってる」

 

 馬を反転させたコーザは反乱軍に向き直り、怒声のような叫びで語り掛けた。

 

 「これから名を呼ばれた奴は全員拘束する! 間違いだったならおれをどうにでもしてくれて構わねぇが、もしもおれたちを陥れようってやつが居た場合、覚悟してもらう」

 

 明確な敵意を醸し出して告げた後、皆の顔つきが変わったのがわかった。

 気にせずコーザは反転する。

 ウソップへ向けて拡声器を使い、協力を求めた。

 

 《名を読み上げてくれ!》

 《よし! まず最初に――》

 

 名前がずらりと並ぶリストを見ながらウソップが読み上げ、コーザは幼少期からの付き合いがある親友たちを筆頭に、疑わしい者たちを拘束していく。

 これが正しい行動なのかどうかはきっとそう時間もかからずにわかる。

 コーザは厳しい表情で自軍を睨み、名前を呼ばれずとも怪しい者が居ないかを探っていた。

 


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