ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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独言

 戦闘が続く広場は激しい様相となっていた。

 敵味方が入り乱れて慌ただしく展開が変わり、一息つくことさえ許されない。

 そこへ先程、拡声器を使ったウソップの声が聞こえてきた。

 

 人獣型になったチョッパーは左腕のみで敵を殴り飛ばしながら、ふとした瞬間に顔を上げた。

 ちょうど近くにナミが居たため、笑みが堪えられない様子で彼女へ声をかける。

 

 「なぁ、ナミ! 今のって……!」

 「ウソップね。たまにはかっこいいことするじゃない」

 

 そこから少し離れた位置で、人が放り投げられるように飛ばされている。それぞれが敵を薙ぎ倒しながら、サンジとゾロも声を掛け合っていた。

 互いの顔を見ようとはせずに、戦闘を続けながらでも余裕を感じさせている。

 

 「ウン十万の敵が入り込んできたとして、一人あたり何人がノルマだ?」

 「おれが10万人斬ってやる。お前は一人か二人くらいが限度だろ」

 「あぁ!? てめぇが10万ならおれは11万だ!」

 「おれは12万斬る」

 「13万!」

 「15万」

 「20万まとめて蹴り飛ばしてやる!」

 「そりゃ無理に決まってんだろ、バカ」

 「カッチーン!? 上等だ! ここに居る奴らで証明してやる! てめぇには無理だろうがな!」

 「アホ言え。おれが先に全員斬っちまう」

 

 どうやらウソップの語りはさほど関係なかったらしい。

 自分たちで勝手に士気を上げた彼らは、さらに凄まじい勢いで敵を打ち払い、吹き飛ばし、戦況を変えるためというより自分が一人でも多く倒すため行動する。

 

 そして自らも武器を使い、降りかかる火の粉を払っていたビビは、強く目元を擦った。

 すぐ傍にミス・マンデーとMr.9が居た。彼らもまた決死の覚悟で敵を払っている。

 

 「ミス・ウェンズデー、そいつは戦いが終わった時までとっときな。まだ終わっちゃいないよ」

 「なぁに、心配はいらねぇ。おれたちも最後まで付き合うぜ」

 「うん……うん!」

 

 顔を上げたビビは強い眼差しで戦場を見る。

 もう少し。もう少しのはずなのだ。

 兵士たちの士気は高く、ゾロやサンジの常人ならざる奮闘ぶりで敵の勢いは完全にくじかれ、流れは完全に国王軍が握っていた。このままなら敵を倒しての勝利もあるかもしれない。

 

 戦いが終わることを誰もが望んでいた。身分を問わず、戦っている兵士も王族も、この場に居る国民たちは皆、この戦いが終わることを心から願っている。

 だからこそ武器を振るい、押し寄せる敵を一人も逃がさず倒さなければ。

 

 着実に、確実に戦いは終焉へ近付いていたはずだ。

 そんなある時、砂嵐に包まれた広場で、不意にチョッパーが視線を上げた。

 

 「なんだ? あれ……」

 

 小さな呟きは誰にも届かなかった。彼自身も聞かせようと思っていない。

 

 「時計が、開いてる」

 

 見上げたのは広場を見下ろす時計台。

 いつの間にか文字盤が動いて、その奥の空間が露になっている。流石に内部まで見える角度ではなかったが異様な雰囲気を感じた。

 

 広場からは見えない位置に二人の男女が立っていた。

 どちらも奇抜な恰好で、手には奇妙な形の拳銃を持って笑っている。

 

 「ねー聞いてMr.7。これってきっと重大な任務。成功させれば組織の中でとんでもない地位と名誉と報酬がもらえるのは間違いないって思うの」

 「んーそうだねミス・ファーザーズデー。おそらくそういうスンポーだね。だから絶対に失敗するわけにはいかないってスンポーだね」

 「ゲ~ロゲロゲロ」

 「オホホホホッ」

 

 彼らは狙撃手ペア。Mr.7とミス・ファーザーズデーである。

 二人の背後には巨大な大砲が鎮座しており、あまりにも巨大なそれは、たった一発だけ装填された巨大砲弾を内包し、吐き出すその時を待っている。

 狙撃手である彼らの役目はその砲弾を発射すること。

 ひいては、広場に居る全員を消し去ることが目的だった。

 

 「失敗したら消されるしー」

 「成功すれば得る物は多いってスンポーだね」

 

 二人は時計を確認して、広場の状況を覗いてから顔を見合わせる。

 

 「ねー聞いてMr.7。そろそろ時間だと思うの。あいつら丸ごと消し去る時ね」

 「オホホホホッ、そういうスンポーだね。邪魔者には全て消えてもらうスンポーだね」

 

 上機嫌に移動した二人は導火線を見下ろす。

 そしてマッチを手にして火を点けようと笑顔を見せ合う。

 

 「着火スタンバーイ」

 「さっさと仕事を終わらせようってスンポーだね。オホホホホ」

 

 ミス・ファーザーズデーがマッチ棒に火を点けようとした、その瞬間。

 突如部屋の扉が蹴り破られた。

 二人は反射的に素早く拳銃を構える。それは体に染みついた行動であり、いつ如何なる状況で襲撃があっても返り討ちにできるよう鍛えてある。

 

 強く地面を蹴りつけ、飛び込んできたのは白いコートに身を包んだキリだ。

 彼の登場に二人は驚き、しかし攻撃は躊躇わない。

 

 咄嗟に引き金を絞って弾丸を発射していた。

 Mr.7の〝黄色い銃”、ミス・ファーザーズデーの〝ゲロゲロ(ガン)”。それらは奇妙な形の弾丸を発射するだけでなく、二つが接触すると破裂して攻撃力を増す。

 その情報はキリも理解していた。

 自身へ向かってくる銃弾に対して指を振り、コートから伸びる紙の触手が弾丸を弾き飛ばす。

 

 「な、何っ!?」

 「くそっ、どうしてここがわかった!?」

 

 もう一発放とうと引き金に指をかけるものの、それより早くキリの攻撃が届く。弾丸を弾いた紙の触手が二人を捕まえ、驚くべき速度で壁まで運ぶと激突させた。

 衝撃で息が詰まった瞬間、鼻と口に素早く紙切れが張り付く。

 呼吸ができなくなった二人はしばらくもがいていたが、やがて気を失い、動かなくなった。

 

 気絶した二人を解放して床に寝かせ、キリは静かに呟く。

 聞こえていないことはわかっていたが彼らへの返答のつもりだった。

 

 「知ってて当然。こいつを用意したのはボクだ」

 

 冷たく告げると入口へ振り返る。

 ここまで一緒に来た超カルガモ部隊、笠と蓑を身に着けたヒコイチを呼び込む。躊躇いもなく軽い足取りで近寄ってきた彼はキリの傍に立った。

 

 「この二人を連れて先に降りててくれ。すぐ行くよ」

 

 そう告げるとヒコイチはじっとキリの顔を見つめた。心配するようでもあり、何かを疑っているようにも見える。鳴き声を発さずに黙って見つめるのみだ。

 キリは苦笑して彼の嘴を撫でた。

 そのすぐ後に倒れた二人の体を紙で動かし、ヒコイチの背に乗せる。

 

 「頼んだよ」

 

 多くは語らず、あとを託した。

 ヒコイチは頷き、多少の戸惑いを見せながら部屋から去っていく。

 

 部屋に残ったキリは改めて大砲を見る。

 懐かしいと感じる。それはクロコダイルの指示を受けて彼がこの部屋に設置したものだ。

 広場を吹き飛ばす計画があるのも知っていた。当初は念のためだと思っていたのに、まさか阻止するのが自分だとは思いもしなかった。おかしなことがあるな、と笑う。

 

 砲口が見える位置まで移動して、砲身の中を覗く。

 カチカチと音が聞こえていた。

 その砲弾は時限爆弾になっており、発射しなくてもいずれは大爆発を起こす。

 

 構造は知っている。止めようと思えば分解して無力化することもできるだろう。しかし残念ながらそのためにはかなりの時間を要し、そう簡単に分解できる代物ではない。おまけに下手な衝撃を与えれば簡単に爆発するようにも設計されていた。

 キリは砲身の中へ入り込む。

 時限爆弾であるが故に残り時間は表示されているはずだ。近付いて確認すると、予想はしていたとはいえ、思わず苦笑してしまった。

 

 砲身の中でキリが座る。

 物言わぬ巨大な砲弾を前にして、誰に言うでもなく呟いた。

 

 「やっぱりそうか……ひょっとしてこれも計算済みなのかな?」

 

 やはりというか、分解するような時間は残されていない。

 おそらく本来の時間よりも短めに設定していたのだ。残された時間を見れば分解どころか被害がない場所まで運ぶことも難しい。かといってこの場に残しておけば、起爆すると広場に居る人間の大半が死ぬことになるのは容易に想像できる。

 分解、或いは砂漠へ運ぶ以外の方法で処理しなければならない。

 

 深く溜息をつく。

 正直な心境を言えば、ここまで起きた出来事の大半が計算通りに動いていなかった。

 自らを情けないと思い、不甲斐ないと感じる。

 

 ここへ来るまでもそうだ。もっと迅速に動いていれば何かは変わったかもしれない。

 非常に後悔の多い一戦となってしまった。

 

 「できれば、もう何人かエージェントを倒しておきたかったけど、それも無理そうかな」

 

 時間がないのであれば仕方ない。あとは仲間に任せるしかないだろう。

 幸い彼の仲間は皆、頼れる人ばかりだ。心配はしていない。

 カチカチという音に耳を傾けていた。

 時間がなかった。だが覚悟を決める時間が必要だったようで、彼はしばし佇む。

 

 「ダメな副船長だな……結局、仲間を頼ることしかできてない」

 

 笑みを消して寂しげな表情になり、誰も居ない場所で、一人で語る。

 彼は緩慢な動作で立ち上がった。

 コートに変化していた紙を操作すると、砲弾を運ぶべく唯一の取っ手を掴む。

 

 (だけど……こいつだけは始末するから)

 

 巨大な砲弾を引きずって動かし、外へ持ち出した。

 広い場所へ出た瞬間、無数の紙は一か所に集まって巨大な鳥となり、翼を広げる。砲弾を動かすための取っ手を足で掴むと空を飛び始めた。

 キリ自身は鳥の背に乗り、右腕が紙の体に組み込まれるように突っ込んで掴まっていた。

 

 時計台を脱出した直後、紙の鳥は垂直に空を目指して飛ぶ。

 大きな翼で風を掴み、砲弾を運んで広場から離れていく。

 

 その巨大な存在は、当然と言えば当然だが、広場で戦っている者たちの注意を引いた。突然時計台の中から現れて一直線に空へ向かっていくのである。

 思わず手を止めてしまうのも無理はなく、誰もがその姿を視認した。

 

 その中で、彼の存在に気付けたのはほんのわずか。

 キリの存在を知る者だけが彼の姿を見つける。

 状況がよくわからないため、なぜ彼が急ぐ様子で空を飛んでいるのかも、持っている物が砲弾だともすぐには理解できない。ただその姿を見て不思議に思うだけだ。

 

 (みんななら大丈夫だ。何があっても、きっとなんとかする)

 

 上昇する最中、キリは安堵した顔で微笑む。

 あまり役に立てなかったことを恥じながらも、頼れる仲間が居ることを嬉しく思う。

 

 (ルフィも最後には必ず勝つ。これさえ処理できれば不安要素は全てなくなるはずだ。ボクができることはもうない――)

 

 空を眺めて一人想う。その時キリは何かに気付いた様子でくすりと声を漏らした。

 

 「なんだ、ボクの役目はもう終わってたんじゃないか」

 

 心配することなど、何一つなかった。

 彼は満足した顔で微笑む。

 すでに自分ができることなどないのだと気付いて、不思議と体が軽くなった。今から自分にできることと言えばおそらく、せいぜいが死なないことだけである。

 難しいことだとは思うが、最初から死ぬつもりはない。初めから恐れてはいなかった。

 

 かつてとは違う。

 この砲弾を時計台へ運んでいた時とは違うのだ。

 今は、心を許せる仲間が居る。それだけで十分だと思えた。

 

 ふとした瞬間にキリはアルバーナの町を見下ろす。

 ひどく壊れてしまったことだけではない。以前この町に居る頃とは違った景色が見えた。

 

 突然、腕を引き抜いて空中へ身を投げ出す。巨大な紙の鳥が空へ羽ばたき、振り返ることなく遠ざかっていき、着実に時を刻む砲弾を運んでいった。

 キリはその姿を見送り、落下していく。

 手元に残った紙はほんのわずか。だがそれでもよかった。これが彼の選択なのだ。

 

 覚悟はできた。捨てるのではなく、生き続ける覚悟だ。

 もう以前とは違う。

 それを自覚するだけでも不思議と誇らしい気持ちになれたようだ。

 

 「ボス……ボクらの負けだよ」

 

 強い風を感じ、空から落下する最中、キリは広大な空を見つめていた。

 満足そうな笑みを浮かべるとその目を閉じてしまう。

 

 それと、と付け足して、誰かに聞かせる言葉を紡いだ。

 

 「ボクらの勝ちだ、ルフィ」

 

 巨大な鳥が能力を使用できる範囲外に到達し、自ら崩壊を始める。ただの紙に戻ってあちこちへ散らばり始め、風に乗って運ばれていく。

 そして最後の一枚まで砲弾から離れた瞬間、時は来た。

 広場の頭上を覆い尽くす大爆発が起こったのである。

 

 空を覆う巨大な爆炎。

 生じた暴風は砂嵐の比ではなく、そこに存在した塵旋風をかき消してしまうほど。

 広場で最も背が高かった時計台は特に影響を受け、上部は爆発に巻き込まれて砲台ごと消し飛ばされてしまい、辺り一面を襲った爆風で大きく揺れてもいた。

 そこに居た誰もが立っていられなくなる衝撃。

 人々が紙のように空を飛び、武器さえ手放して地面を転がる。

 

 その爆発は一時とはいえ戦闘を中断させた。

 頭上を支配した爆炎は中々消えることはなく、そこに存在している間は誰もが動けなくなり、何が起こったのかを理解できなくて無言で立ち尽くす。

 

 重苦しい沈黙が広がり、誰一人として動き出せない時間が続く。

 ただ、やはりその中で気付く者は気付いた。

 

 空へ上がった彼の姿を確かに見たのだ。

 無数の人間が集まる広場の中で、たった数名が縋る想いで空を見つめ、辺りを見回す。

 居るはずの人間は、居なければならない人物は、どこにも見当たらなかった。

 

 しばらくした後、空の様子は変化し始めていて、どこからともなく雲が集まろうとしていた。

 


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