崩落を始めた地下聖殿は、天井から岩石が落下してくるほど危険な場所となった。
そこで彼らは再び対峙する。
息を切らしながら現れたルフィを見やり、クロコダイルは堪え切れず憤怒の表情を見せ、しぶとい彼に憤りを隠せない。確かにとどめを刺さない判断をしたのは彼とはいえ、あの状況下で一体どうやって生き残ったというのか。理解が及ばないのが腹立たしかった。
「なぜ生きてやがる……もう動けなかったはずだ」
「ハァ、ハァ……お前をぶっ飛ばすまで、絶対に死なねぇ」
彼の言葉を聞いて眉間に皺を寄せ、ますますわからないとクロコダイルが憤る。
なぜそこまでするのか。この国には関係のない一海賊だ。
「なぜそうまでしておれに挑む。すでに力の差は思い知ったはずだ。お前がおれに勝てねぇってこともバカじゃねぇならとっくに理解してる」
ルフィは敢えて何も答えず、無言でクロコダイルを見つめる。
「あいつが頼んだからか? おれを始末しろとでも言われたか」
「それだけじゃねぇ」
キリのことを言っているのだろうと察したが、ルフィは即座に否定する。
きっかけはそうだったかもしれない。だが今となってはそれだけではないのだ。
不審に思うクロコダイルを強い光を灯した目で見据え、ルフィが言う。
「まだ返してもらってねぇからな。お前がこの国から奪ったもの」
「クハハハハ、何を言うかと思えば。海賊が命を賭ける理由とは思えねぇな」
馬鹿馬鹿しいと笑うクロコダイルは侮蔑の意味も込めた笑みを浮かべた。
「何を返してほしい。金か? 地位か? 名誉か? それとも雨か? 奪った物ならいくらでもある。横から入ってきたお前が何を欲してる」
「国」
ルフィの発言にクロコダイルから笑みが消えた。
彼の発言の意図をわかりかねていたようだ。
「国……? おかしなことを言う。国はこれからもらうのさ。おれが王となることでな」
「おれたちが来た時にはとっくになかったぞ。あいつの国なんて」
真剣に語るルフィはビビの顔を思い浮かべていた。
彼女は戦いを終えるまで泣くことをやめていた。それ故、涙を見たことなど一度もない。だが彼女が時折辛い表情を見せ、いつも祖国を心配していたことを知っている。
彼女が愛する国は、今ここにはない。
全て目の前の男が奪い取ってしまったからだ。
「ここが本当にあいつの国なら――」
ルフィの目つきがさらに鋭くなり、力強く地面を踏みしめて駆け出す。
「もっと……笑ってられるはずだ!」
感情のままに思い切り叫び、凄まじい気迫をぶつけた。常人ならばそれで気圧されるだろうが相手が悪い。クロコダイルはその程度で怯える相手ではなかった。
一足飛びで前へ跳び出したルフィが拳を握っているのを見て彼はその場で迎え撃つ。
繰り出されたパンチに対して鉤爪で反撃を行う。
拳から鮮血が飛び、ルフィの顔が厳しいものになった。
彼の着地と同時、今度はクロコダイルが鉤爪による攻撃を行った。
ルフィはその場から動かない。
腰を落として待ち構え、迫る鉤爪を見ると、切られたのとは逆の右手を前へ出す。そして自らの意思で指を開き、鉤爪が掌を貫いた。
赤々とした血が彼の顔にまで飛ぶが、その目は全く揺らいでいない。
違和感を感じたのはその時だ。
ルフィは掌を貫かれたままで鉤爪を握ると彼を捕まえる。
そして直後に左手で拳を握って振りかぶった。
繰り出されたパンチは、血で赤く濡れていたのである。
(こいつ――!)
「おおおおおおっ!」
左腕を引っ張られて回避行動が遅れ、驚愕した一瞬に攻撃が届く。
ルフィの拳がクロコダイルの頬を打ち抜いた。
油断していた訳ではない。ただ、彼の行動の意図が読めずに行動が遅れてしまった。攻撃を受けてしまった原因はそこにあった。
ぐらりと頭が揺れて、姿勢を崩しながら倒れまいと両足を踏ん張る。
まだ痛みも引かない内にもう一度ぐいっと引っ張られた。
今度は真正面から顔面に拳が突き刺さる。
流石に耐え切れずにクロコダイルの体が飛ぶ。鉤爪はルフィの右手から抜けて、飛び散った血が自身の体を汚し、クロコダイルの体は地面に落ちていた瓦礫へ激突する。
「ガフッ……!? てめぇ……水を持たねぇと思えば、そういうことか」
「血でも砂は固まるだろ」
攻撃を受けたのはわざと。
自らの血を武器として、砂の体と戦うために即席の策を講じた。
カルーが持っていた水を受け取る手もあった。しかしそれではさっきと変わらない。血を使うなら自分の体から流れるため、途切れることはないだろう。
これが今できる最善で唯一の策。勝つまでやめる気はない。
ルフィは覚悟を決めた目で敵を捉えている。
クロコダイルは右手で口元の血を拭い、体勢を立て直す。
確かに対抗策は講じたようだが限界があるもの。永遠に血を流せるわけではない。その判断がいずれ彼の首を絞めることになるのは目に見えていた。
問題はない。その程度ならば恐怖を感じない。
いまだ彼の態度には余裕が窺える。
天井が崩れて、次から次に大きな岩が落ちてくる。それらは場所を選ばずに地面へ落ち、時にはそのままの形で静止し、時には砕け、周囲の環境は見る見るうちに変わっていった。
どちらに有利とも不利ともない。ただ劣悪な環境であることは間違いなかった。
二人の間に巨大な岩が落ちた。
ルフィが駆け出し、クロコダイルは気配でそれを知る。
障害物となった大岩へ素早く駆け寄り、走る勢いをそのまま使って蹴りを当てた。
裸足ではあるものの強烈な蹴りが岩を砕き、破片が宙を飛ぶ。弾丸のようでもあるそれらは一斉にクロコダイルを襲うが、砂の体はぶつかってきたそれらをあっさり受け流し、一歩も動くことなく全ての岩を無傷でやり過ごす。
その次にやってくるのがルフィだ。これが厄介だった。
握りしめた拳にはべっとり血が付着している。
砂の体にダメージを与えると知った上で、クロコダイルは接近戦を敢えて許した。
ルフィが繰り出した拳を、先読みしたかのようにクロコダイルが最小限の動きで回避し、反撃のため鉤爪を振るう。咄嗟にルフィも己の反射神経を駆使して避け、完璧に避け切ることはできずとも致命傷にはならず、頬を薄く切られて血が流れた。
決して退かず、さらに前へ出て攻撃する。
完璧に攻撃を避けたクロコダイルが、素早い動きでルフィの肩を切り裂いた。
またしても血が流れ、一瞬息が詰まる。
「ハァ、くそっ!」
「地力が違う。自惚れるなよ」
二人の姿は交差し、勢いを殺すため強く地面を踏みつけ、再びルフィが走る。
どうやら攻撃が全て先読みされていた。大きく動かずとも確実に回避している。このままでは埒が明かないだろうとは、物を考える余裕のないルフィにもわかった。
そこで彼は咄嗟の行動で地面に転がる岩へ手を伸ばした。
「んんんっ――!」
人間よりも大きな岩石を掴み、自身の体を引き寄せてから、両手でそれを持ち上げた。かなりの重さだったが気合で動かす。全身に力が入って血が噴き出しても気にしない。
ルフィは大きな岩石を投げつける。
別にそのままでもダメージはないが、クロコダイルは右腕を上げた。
「おりゃああっ!」
「フン……くだらん」
自ら接近し、指を開いて岩へ触れた。
渇きを与えるスナスナの能力を使用した途端、一秒とかからず水分を吸い上げ、硬い岩が一瞬にして砂へ変わる。彼の眼前で砂がバッと飛び散った。
一瞬ではあるが視界の大半が砂に埋め尽くされる。その向こうから足が伸びてきた。
目を見開いたクロコダイルの喉元へ強烈な蹴りが直撃する。
「うおおおおっ!」
必死に耐えようと足を踏ん張り、わずかだが滑りながら後方へ移動した。
息が詰まり、激しく咳き込み、動きが止まる。
果たして狙っていたのか、偶然か、彼の冷静さを奪ったルフィが素早く接近してきており、長く伸ばしていた腕を引き寄せながらクロコダイルへ到達した。
ゴムの張力を最大限に使ったパンチが腹を打つ。
クロコダイルの体がわずかに浮かび、それでも耐えようとした。
さらにそこへルフィの蹴りが側頭部を捉える。
息もつかせない速度に思考が消える。考える前に敵を迎え撃とうとしていて、体が勝手に回避するため動いており、自らの意思なのか否かさえわからなくなった。
ただ少なくともクロコダイルが逃げようとしていないのは事実だ。
勢いよく地面を跳ねるがその勢いすら利用して起き上がり、彼は素早くルフィへ目を向ける。いまだ止まる気のない彼はクロコダイルへ向けて拳を振りかぶっていた。
口の中に広がる血を吐き出すことも後回しにして、膝を曲げたクロコダイルが迎え撃った。
常人には反応できない速度で彼らは急接近した。
攻撃を行うのは全くの同時。
ルフィの拳がクロコダイルの頬を強烈に殴り抜いて、クロコダイルの鉤爪がルフィの胸を浅く抉っていた。どちらの体からも鮮血が飛んで辺りへ落ちる。
「うっ――!?」
「ガハッ……!」
どちらもダメージを受けたが、倒れたのはクロコダイルだ。凄まじい力で殴り飛ばされ、無理やり距離を開けられるほど動き、受け身も取れずに地面を跳ねる。
体に染みついた動作が咄嗟に起き上がろうと地へ手を着かせた。
彼が上体を起こそうとした時、ルフィは、すでに次の攻撃を行おうとしていた。
「ハァ、んんっ……ゴムゴムのォ!」
クロコダイルの目は彼の姿を捉えていたとはいえ、体が反応できなかったようだ。
「ガトリング~!!」
高速で繰り出された無数のパンチが、クロコダイルの全身を打ち付けた。
反射的に腕を交差し、防御の姿勢を取っていても、その威力は想像を絶する。むしろ先程の戦いよりも痛みが増している気がした。
途中で逃げることはできず、必死に耐えるクロコダイルは激しく吐血した。
ここへきてようやく彼は気付く。
見た目の酷さはだんだん増すばかりだが、動きは速く、力は強くなっていた。
ルフィは、戦う最中も強くなっているのだ。
最後の一撃が頬へ強烈に突き刺さり、血を撒き散らしながら大きな体が飛んでいく。
滑るように倒れ、今度は起き上がるまでに時間を要した。
徐々にとはいえ余裕が薄れ、蓄積したダメージが確実に彼を苦しめていた。
それはルフィも同じはずなのだが、なぜか彼の動きは飛躍的に良くなってすらいて、一歩踏み出すごとに、一撃を叩き込む度に迫力が増していた。
「ゴムゴムのォ~!」
座り込んだ状態で立ち上がる暇すら与えられない。体を砂に変えようと思っても、血で濡れた拳で触れ続けたせいか、普段ほど上手く変化することができなかった。
急接近し、強く踏み込んだルフィが、長く伸ばした両腕を一気に引き寄せる。
「バズーカァ!!」
掌底が腹を突き刺し、クロコダイルの体を吹き飛ばす。
まるで放たれた銃弾のように空を飛んだ彼は風を切る速度でポーネグリフに激突した。パッと赤い花が一面へ咲いて、重いはずのそれがぶつかった衝撃でわずかに動く。
ずるりと滑り落ちて地面へ座り、俯いた状態で動かなくなる。
ルフィはそんな彼を見て、まだ終わっていないと判断し、拳を構えていた。
何かが、変わっていた。吹き飛ばされる前とは身に纏う空気が違う。
肌に突き刺さるような何かを感じてルフィは動けなかったのだ。
やがてクロコダイルはひどく緩慢な動作で立ち上がる。上げられた顔には怪しい笑みがあった。
「クックック……クハハハハハ。いいだろう。お前をおれの〝敵”として認めてやる。ここからはおれも本気で戦うことにした」
そう言って彼は鉤爪に触れ、それを取った。蓋のような鉤爪の下から同じ形状の、しかし前よりずっと禍々しい様子を醸し出す爪が現れる。
ルフィは不思議そうな顔をしていた。
その爪を掲げ、クロコダイルは恐ろしい顔で笑う。
「海賊としてだ」
「取れた……なんだ?」
「毒さ」
短い返答に合点がいったと納得する。それ以外に反応はない。
「そうか」
「一端の覚悟はあるようだな。海賊の戦いは生き残りを賭ける。卑怯なんて言葉は存在しねぇ」
天井が崩れる。全壊まで時間はそう残されていないだろう。
そこで彼らは対峙していた。
周囲の環境には一切左右されず、覚悟を決めた目は互いの姿だけを映す。
「邪魔は入らん。一対一だ」
互いに視線をぶつけて、しばし静寂に包まれる。
再び動き出したのは二人の間に落ちた大きな岩が視界を遮った瞬間だ。
二人は同時に動き出した。
ルフィがただひたすら真っすぐ駆け出し、クロコダイルが素早く砂の刃を地面に走らせて岩を両断したため、地面を蹴ってルフィが跳びあがることになった。
空中に身を躍らせた彼は右腕を伸ばすと岩を掴み、体を引き寄せることで移動した。
あくまでも正面から向かってくる。好都合だとクロコダイルが細い外見の毒針を構えて、彼の体へサソリの毒を与えてやろうと考える。
それはルフィも感じていた。
おそらく受けてはいけない攻撃。一撃さえも許されない。感じ取るが故に毒針への警戒心は鉤爪の時以上に強くなり、常に意識していなければならない状況が作られている。
二人が接近した時、いよいよという瞬間を迎える。
クロコダイルは自ら飛び掛かって腕を振り下ろすが、ルフィは宙返りをするように回転し、伸ばされた腕を下から蹴り上げ、回避すると同時に彼の体勢を崩させた。
空中での一瞬。速い方が勝つという状況。
次の攻撃を先に叩き込んだのはルフィであった。
回転しながら繰り出されたパンチが腹を打ち、身を震わせる強い衝撃が全身に走る。無理やり吐き出させたかのように口から血が出てルフィの体へ降り注いだ。
さらにもう一撃。振りかぶった右腕を全力で振り抜く。
再び頬を捉えられたことでクロコダイルの体は吹き飛ばされ、頭から地面へ激突する。
力が抜けるという事象はなくとも、何度も水分で体を固められた結果、変化は確実にあった。
体を砂に変えることが難しくなっている。不可能になった、封じられたという訳ではないとはいえこれは大きなハンデになるだろう。一瞬が大事な戦闘で普段より時間がかかるのである。弱点が知られているとは知っていたがこれほどの攻撃を受けるとは思わなかった。
今もそうだ。本来なら地面へ激突した際、砂の体は衝撃を受け流すはず。今はそれがない。
手を着いて起き上がる彼は予想以上の疲弊を感じていた。
体を起こして顔だけ振り返った時、すでにルフィが飛び込んできていた。
咄嗟に反応しようと思うが間に合わない。
勢いよく飛んできた彼はぐるりと回り、強烈な蹴りをクロコダイルの顔面へ浴びせる。
「うおおおおおっ――!」
「ガッ、ハッ……!?」
どれだけ痛めつけても元気に動き回る。彼の運動能力はなんだ。精神力は異常か。
頭が良いとは思わないが、だからこそその野性的な動きが彼を翻弄している。
これはもはや相性の悪さでもあった。優れた頭脳で計画を練り、完璧な作戦を求めて行動するクロコダイルに対し、ルフィは思いつくまま、気が向くままに行動する。互いの戦闘にもそれが色濃く反映されていた。その結果、相性は良くないことが判明する。
冷静ささえ失わなければクロコダイルはルフィを圧倒する。しかし一撃を許してしまっただけで一瞬にしてルフィは勢いと気合で形勢を逆転してしまう。
実力的にはクロコダイルが上。しかしそれを凌駕する熱量がルフィにはあった。
再び離れた位置へ行ってしまったクロコダイルを追い、ルフィが走る。
このままにはしておけない。彼の勢いを殺す必要があった。
クロコダイルは起き上がる前に攻撃することを選択した。
倒れたままで右腕を振り、砂の刃を走らせる。
効果はあったようでルフィがわずかに表情を変えた。
「ガフッ、グッ……
人体を切断するほどの威力と見てルフィはすかさず回避する。直線的に走る軌道をすでに知っていたため横へ跳んで距離を取った。
その間にクロコダイルが立ち上がる。
ルフィが走り出すと同時に再び砂に変わった右腕が思い切り振るわれた。
「舐めるんじゃねぇよ!」
今度は一枚だけではない。全くの同時に複数の刃が地面を走った。
向かってくる攻撃を見てルフィは判断する。迷いはなく、ほんの一瞬の出来事。範囲が広過ぎて避けるのは簡単ではないと気付いたのだ。
そこで彼は、敢えて低く跳んだ。
高く跳び過ぎれば隙を生み、毒針の餌食になる。そちらの方がまずいと判断しての行動だろう。
攻撃が当たるか当たらないかのスレスレを跳び、しかし全ては避けられず、砂の刃がわずかに彼の肌を撫でると、浅く肉を抉られて空中へ血が流れる軌跡を残した。
もはや理屈ではない。
勝つためならば手段を択ばない、しかし危険な姿に、クロコダイルは表情を険しくした。
二人は再び接近戦へ挑む。
姿勢を低く近付いてくるルフィを見て、対するクロコダイルは腕を振り上げた。
考える時間のない一瞬の攻防で、彼らは己の身を犠牲にする気さえあった。
「おおおっ……!」
「んんっ……!」
クロコダイルが振り下ろす毒針をルフィは屈んで回避した。
前へ踏み込んで一撃。猛然と襲い掛かった拳が彼の腹を強打する。再び凄まじい衝撃が全身を駆け抜けるが、今度は違う。それを受けるつもりすらあった。
クロコダイルの右腕がルフィの左腕を掴む。
彼を捕まえた上で毒針を振り下ろし、右肩を深々と切り裂いて肉を抉った。
大量の血が視界の中で舞う一瞬、不意にルフィの顔は呆けていた。
それで終わらせる気はなくクロコダイルはさらに動く。
もはや毒で殺そうなどという考えは抜け落ちていた。自らの攻撃で殺そうと首筋を狙う。
「死ね!」
「んんがっ、死なん!」
左腕を掴まれたまま逃げられない状態で、背を反らして首筋を狙う毒針を避けた。その直後に右脚を上げてクロコダイルの胴体を蹴りつける。
血反吐を吐くが、離さない。
水分を吸い取るという選択肢を捨て、やはり刺し殺すことに集中したようだ。
「うおおおおおっ!」
反撃に転じたルフィのパンチがクロコダイルへ直撃する。側頭部に受けて視界が揺らいだ。
足が激しく揺れているが気にしない。
クロコダイルも全力で腕を振るうものの、接近戦においては今やルフィに勢いがあった。彼は頭を下げることで避け、さらに右腕でパンチを放ち、彼の腰を打つ。一撃一撃が驚くほど重く、途方もない激痛が何度も体の中を駆け抜ける。
強く地面を踏みしめ、ルフィの拳がクロコダイルの顔面を殴る。
それと全く同時に、素早く振るわれた毒針がルフィの脇腹を切り裂いた。
腹から駆け上がってきた血液が口から飛び出した。だがルフィはぐっと歯を食いしばり、彼もまたクロコダイルの右腕を強く掴んで離さない。
互いに絶叫しながら全力の攻撃を叩きつける。
毒針が深く胸を抉った瞬間、凄まじいパンチが胸を打って、その衝撃で二人の体は吹き飛んだ。
両者は背中から無様に倒れて、わずかに滑った後に勢いよく立ち上がる。
血を吐きつつも前進をやめずに攻撃を行う。意地と意地がぶつかる激闘は大量の血を伴って途切れることなく、彼らの命を激しく燃やした。
全力で伸ばされたルフィの腕がクロコダイルの頬へパンチを当てる。
代わりにクロコダイルの右腕は砂の刃に変えられ、ルフィの腹部を切り裂いた。
ふらついた体が同時に倒れる。
どちらも疲弊しきった様子でも、決して動きを止めようとせず、すぐ立ち上がろうとする。
クロコダイルはそんな彼の姿を見て怒りを募らせた。
実力やこの状況についてではない。なぜそこまでするのか。仲間のためだというならば馬鹿げていると彼の思想を否定するのである。
立ち上がった後、対峙して、両者は動きを止めて向かい合った。
「ハァ、ぜェ……なぜそこまでする……」
クロコダイルが喋り始めたことで、不思議とルフィはその言葉を待った。
「仲間なんてのはこの世で最も不要なものだぜ。他人のために命を捨てる気か? てめぇも海賊になったからには野望の一つもあるはずだ。本来の目的をも捨てる気かよ」
「お前は、何もわかっちゃいねぇんだ……」
ルフィの呟きにクロコダイルが眉を動かす。
さらにクロコダイルが言う。
「仲間を捨てればお前は死なずに済んだ。たとえ一国の王女だろうと迷惑な火の粉には変わりねぇさ。お前が拾ったあいつなんてのは、その極致だろうな」
「だから、捨てろってのか」
「お前はあいつのことを何も理解しちゃいない。上手く利用すれば世界の均衡を崩すとんでもねぇ武器になるが、その分リスクはでかい。仮にこのまま連れていってもいずれ後悔するさ。捨てておけばよかったと考える日が来る。だからお前の手には余るんだ」
それを聞いてルフィは少しの間、言葉を選ぶように黙る。
崩落の音を聞きながらクロコダイルもまた突然襲い掛かるような愚行はしない。
やがてルフィは彼の目を見て、真剣に語り始めた。
「あいつらは、人には死んでほしくねぇって言うくせに、自分は一番に命を捨てて人を助けようとするんだ。ほっといたら死んじまう。しかもそれをやめようとしねぇ」
「わからねぇ奴だ。だから、そんな厄介者はさっさと捨てちまえば――」
「死なせたくねぇから……仲間だろうがッ!!」
ルフィの絶叫に、クロコダイルは言葉を止めた。
肩で息をする彼は再び静かに言う。
「おれは絶対に仲間を捨てねぇ……誰が相手でも守るんだ」
「てめぇが死んでもか……」
「死んだ時は、それはそれだ」
聖殿が崩壊していく。
周囲の状況は次々変化していって、その中に立ち尽くす二人の姿があった。
語らいは終わった。どうやら分かり合うことはできなかったらしい。
真剣な目で睨み合い、互いに動き出す時を図る。
そして特に大きな岩が落下し、地面に触れて真っ二つに割れた瞬間、二人は駆け出した。