ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

256 / 305
HIS WORLD(4)

 戦闘が始まってからどれほど経ったのか。

 いつ終わるのかわからない戦いに兵士たちは疲弊し、何度となく襲い掛かってくる脅威がその度に彼らの心を動かし、喜んでは落ち込み、何度も天国と地獄を往復していた。

 

 味方に襲われる状況まで起こってしまえば、流石に諦めてしまう者たちまで出てきてしまう。それはもちろん心の影響も大きいが、何より体力の限界だった。

 休む時間もほとんど許されず、国王が攫われて以降、ほとんど動きっぱなしだ。

 そこへきて士気が下がれば思わず膝を着いてしまう兵士も少なくない。

 

 一人の兵士が地面を見つめ、倒れた仲間の手を握りながら呟く。

 涙さえ枯れ、その顔からは生きる気力が失われていた。

 

 「もうだめだ……この国はもう、終わりなんだ……」

 

 突然乱入してきた海兵が必死に国王軍を救おうとしているが、それさえも焼け石に水。

 今から状況をひっくり返すのは不可能だと、誰もが諦めてしまう状況がある。

 

 そこへ、ようやく到着した一団が居た。

 先頭に居る男はこの期に及んで不安があるらしく、しきりに隣に居る男へ質問する。すると必ず返ってくるのは「おれを信じろ」との言葉だけだ。

 

 「おい、ほんとに大丈夫なのか? もしこの中にバロックワークスが潜んでたら……」

 「大丈夫だ。信頼できる奴だけ集めた。おれを信じろ」

 「信じろっつーのは簡単だけどよぉ……よく知りもしねぇのに信じられねぇぞ、普通」

 「それをお前が言うのか」

 

 後方で電伝虫を使った連絡が済んだことを確認し、報告が為される。

 

 「準備できたぞ。急げ。みんなもう限界だ」

 「よし。それじゃあ行くぞ……」

 

 大きく息を吸い込んで、手に握った受話器へ向かって喋り出した。

 町の至る所にあるスピーカーへ繋げられたそれは、拡声された言葉を広場へも伝える。

 

 《バロックワークスに告ぐ! お前らは完全に包囲されているぞ!》

 

 突然の声に広場の様子がおかしくなった。

 状況を理解しようと辺りを見回し、戦いの手を止める者が多く、それは絶え間なく続いていたはずの戦いが一時的に止まるほどの驚きがあったようだ。

 スピーカーから響く声はさらに続く。

 その声は少し前にもアルバーナ中へ響いたものだった。

 

 《そして喜べ国王軍! お前らには心強い仲間が居る!》

 

 ビビは、何かに導かれるように背後へ振り向いた。

 広場へ入るための道を塞ぐようにして、新たな軍勢が集結していた。

 その先頭に立つ、超カルガモのケンタロウスに跨るウソップ、そして馬に乗ったコーザ。信じられないことに反乱軍がここへ到達していたのだ。

 

 以前であれば絶対に阻止したい展開だったが、ウソップの姿を見たビビは、思わず目に涙を溜めて笑みを浮かべる。彼女の仲間たちも同様の反応だった。

 一目見ればわかる。その姿は、どう見ても反乱軍とは呼べないものだった。

 

 大きな足音を立てて馬が駆ける。人数はかなりのものだっただろう。

 新たに現れた軍勢は全ての広場の出入り口を塞いでしまい、先程ウソップが言った通り、完全に包囲した。これでバロックワークスに逃げ場はない。

 ただ現れただけで圧倒的な威圧感。兵力が違う。しかも全員が馬に乗っていた。

 バロックワークスに所属する者の動揺は、見るも明らかである。

 

 ウソップが電伝虫の受話器に向かって叫ぶ。

 意気揚々と言葉を紡ぎ、さながら指揮官の様相だった。

 

 《降参するなら今の内だぞ! 言っとくがこいつらの怒りはおれにも止められねぇからな!》

 

 自信を持って告げるその言葉がなおのことバロックワークスを怯えさせる。しかしどうすればいいかわからず戸惑う者は居ても降伏する者は出てこず、静寂が続く。

 溜息をついたウソップがやれやれと首を振った。

 彼は左腕を空へ向けて伸ばし、人差し指で天を指さすと、その腕を勢いよく振り下ろした。

 

 《仕方ねぇなぁ……アラバスタ王国軍! かかれェ!!》

 

 ドンッ、と最初の一歩目が全て揃うかのように、広場全体が強い揺れを感じる。

 反乱軍の兵士たちが駆け出し、一斉にバロックワークスへ襲い掛かった。

 全てを呑み込むかのようなその迫力は大の男に悲鳴を上げさせ、元海賊だった者たちまで慌てて逃げ出し、しかし誰一人逃がさんとあっさり追いつく。

 

 広場の中はかつてないほどの大混乱を見せていた。

 それを生み出したウソップは得意げに進み、コーザと共にビビたちを見つける。

 

 ビビとナミが笑顔で手を振っていた。戦闘中だというのに弾けるような笑顔を見せ、彼らが到着すると嬉しそうに駆け寄る。

 地面に降りると、ウソップはナミに背を叩かれ、ビビはコーザと対面する。

 

 「ウソップ~! あんたやるじゃない! 反乱軍を味方にしたの!?」

 「ハ~ッハッハッハ! まぁな! これくらいウソップ様にとっちゃ朝飯前よ!」

 「リーダー……!」

 「ビビ、すまなかった。色々言いたいことはあるが、今は後回しだ」

 

 コーザの目は鋭く敵の姿を見据える。

 

 「まずはこいつらをぶちのめさねぇとな……!」

 「ひっ――!?」

 

 睨まれたミス・マザーズデーが小さく悲鳴を発し、Mr.6が冷や汗を流した。

 一瞬にして戦場の空気を支配された。勢いは今や新たに現れたアラバスタ王国軍とやらにあり、周囲で次々味方がやられていく光景に彼らの心は落ち着かない。

 

 さらに自分たちを狙う敵も居た。

 彼らの勢いに乗ったサンジとチョッパーがMr.6を狙う。

 

 「行くぞチョッパー! おれの足に乗れ!」

 「ランブル」

 「空軍(アルメ・ド・レール)――!」

 

 右脚にチョッパーを乗せた後、全力で振り抜く。

 撃ち出されたチョッパーは空中でアームポイントに変形し、左腕に力を溜める。

 驚愕していて動けないMr.6へ到達した時、彼の腹部へ鋼鉄すら砕く蹄を叩き込んだ。

 

 「刻蹄(こくてい)(ロゼオ)シュートッ!!」

 

 サンジに放り投げられたことにより普段以上の威力が加わって、殴られたMr.6は一瞬たりとも耐えることができずに吹き飛ばされ、地面を滑りながら遥か遠くへ行ってしまった。

 チョッパーはガードポイントで着地し、人獣型で立ち上がる。

 

 全てが予測不可能だった。

 Mr.6の敗北した姿を見て怯えたミス・マザーズデーは慌てて逃げ出す。

 

 こんなはずではない。死ぬのは嫌だ。

 考えるのはそればかりで必死に足を動かす。

 どこへとも考えずに走り出したものの、恐怖心で視界が極端に狭くなっており、注意力も散漫だったらしい。その表情は本来の美しさを失って醜いものに変わっていた。

 そんなことは関係ないとばかりに一心不乱に走る。

 

 その時、前方の空気がぐにゃりと歪んだことに、彼女は必要以上に怯えた。

 まるで時空が歪んだような、或いはそう、蜃気楼の如く。

 気付けば突然目の前にナミが現れて、彼女を待ち構えてクリマ・タクトを構えていた。

 今更止まれないミス・マザーズデーが目の前へ到達すると思い切りぶん殴る。

 

 顔を思いっきり、しかも十字に組んでいたクリマ・タクトが接触した瞬間に暴風が吹き荒れた。

 ミス・マザーズデーの体は激しく吹き飛ばされて来た道を戻る。着地にも失敗して地面をゴロゴロ転がって、顔を押さえると動揺しながらナミを睨む。

 

 「どこ行くつもり? ここまでやっといて今更逃げんじゃないわよ」

 「こ、こいつ……!」

 

 怒った彼女がチャクラムを取り出した瞬間。

 気配を感じて右側を向けば、武器を振り回して待ち構えていたビビの姿を見つける。

 顎が外れそうなほど大口を開けて、ミス・マザーズデーは悲鳴を上げた。

 

 「孔雀(クジャッキー)一連(ストリング)・スラッシャー!!」

 「きゃあああああああっ!?」

 

 鋭い爪が肌を切り裂き、体を吹き飛ばして、ミス・マザーズデーはべしゃりと地面に落ちる。

 そのまま気絶したようで、動かないことを確認したビビは得意げにナミを見た。彼女が笑顔で駆け寄ってきて片手を上げるため、ビビは思い切りその手を叩いてハイタッチをした。

 思わぬ姿にコーザは呆れ、サンジはメロメロになっている。

 

 「すげーぜビビちゅわ~ん! 強い王女様って素敵だぁ~!」

 「うるさいわよサンジ君」

 「もちろんナミさんも素敵さぁ~!」

 「おいおいお前ら、おれの功績が大きかったってことを褒めろよ、もっと」

 「すげぇ~なぁ~ウソップ! 助かったよ! もうだめかと思ったんだ!」

 「そうだろうそうだろう! やはり! キャプテン・ウソップ様の作戦に穴はなかったのだ!」

 

 集まれば途端に騒がしくなる彼らに、ビビの表情は驚くほど緩んでいた。

 まだ戦いは終わっていない。だがほんの少し肩の力を抜くことくらいは許されるだろう。

 ふーっと息を吐いて、心を落ち着けてから周囲を見回す。

 

 兵士や海兵が協力して、操られた兵士たちを捕まえ、マークを消して回っている。犠牲は大きかったが全てが失われた訳ではない。

 ビビの視線が、とある位置でぴたりと止まった。

 そこではゾロとMr.3が一対一で戦っていた。

 

 じっと見つめているとサンジが肩を叩く。

 振り向けば騒いでいた仲間たちは真剣な様子でビビを見ていた。

 

 「あいつなら心配する必要はねぇよ」

 「それより他のみんなも助けねぇと!」

 「私は私たちにできることを、でしょ?」

 「なぁ~に心配すんな! このウソップ様がついてるからな!」

 

 彼らの言葉にビビは柔らかく微笑み、力強く頷いた。

 

 「みんな……ありがとう」

 「それを言うのは全部終わった時。ほら、行くわよ」

 

 ナミにくしゃりと頭を撫でられながら歩き出す。

 彼らはまだ残るカラーズトラップの犠牲者を救うために移動を始めた。

 

 そして一方、戦闘を続けるゾロとMr.3は、それぞれ違った表情を見せていた。

 ゾロは好戦的な笑みを浮かべて、嬉々として刀を振るい、ひたすら前進を続けている。

 対するMr.3は苦渋に満ちた顔である。完璧だった作戦が予測不能の事態に壊され、一転して彼らの不利となってしまい、呆気なく敗北しようとしている。せめて自分だけはと奮戦しているのが彼自身の状況だった。

 

 巨大な体で拳を振るって、パワーでゾロを蹴散らそうとしている。しかし頭脳派である彼の戦い方は決して優れている訳ではなく、ゾロにとっては赤子の手をひねるようなもの。

 どれほどの出血があろうが大したハンデではない。

 繰り出されるパンチを次から次に受け流し、追い詰めようとしていた。

 

 敵を斬るために必要なのは時間ではない。

 呼吸と、集中力である。

 今、ゾロは二本の刀だけで戦いながら、敵の呼吸を知ろうとしていた。

 

 「な、なぜこんなことに……! 私の作戦は完璧だったはずっ」

 「こっちの方が上手だった。ただそれだけの話だろ」

 「そんなはずはないガネ! 私の作戦が勝てないものなどないのだガネ!」

 

 Mr.3が全力で左のパンチを突き出した。

 冷静な顔でゾロが刀を振った瞬間、鉄に等しい硬度の蝋の鎧が豆腐のように斬られた。肘から先が地面に落ちてMr.3が目を引ん剝く。

 

 「んなっ!? なっ!?」

 「ふーっ……」

 

 静かに深く息を吐き、さらに前へ一歩を踏み出す。

 慌てたMr.3が残った右腕を突き出して、彼にパンチを当てようとした。

 再び一閃。たった一度触れただけで鎧の右腕が肘から切り落とされ、重い音を立てて落ちる。

 Mr.3は思わず目を回してしまった。

 

 ゾロは両手に持っていた刀を鞘へ納め、白塗りの一本に手をかける。

 感覚を掴んだ。今なら斬れる。

 焦ったMr.3が彼を踏み潰そうと慌ただしく駆け出した時も、視線は一切ぶれなかった。

 

 「ま、ま、まぐれだガネ!? ドルドルチャンピオンを斬れる人間が居るはずがない!」

 「一刀流……居合」

 

 地を蹴ったゾロは見切れないほど速く跳び、気付けばMr.3の背後に立っていた。

 その時にはすでに彼を斬り終え、静かに鞘へ刀を納める。

 

 「獅子歌歌(ししそんそん)……!」

 

 直後に蝋の鎧が両断されて、徐々に崩壊していき地へ転がり、体を斬られたMr.3自身も脱力した姿で落下してくる。しかし手応えからして満足していなかったらしい。

 Mr.3はまだ動けた。よろよろしているが倒れた後で起き上がろうとする

 

 「チッ、浅かった。おれもまだ修行が足りねぇな」

 「ぐううっ……そんな、バカな……!? あ、あり得んガネ……」

 

 三本の刀を抜いて猛然と駆け出した。対抗しようとするMr.3の行動は間に合わない。

 

 「ドルドル、アーツ……!」

 「鬼切りィ!!」

 「はひょお~~!?」

 

 凄まじい腕力で斬り飛ばされたMr.3は宙を舞い、再び倒れた時には意識を失っていた。

 ゾロは今度こそ刀を納め、倒れた彼を見やる。

 

 「お前はよくやったよ。おかげで感覚は理解した」

 

 深く息をついたゾロが肩の力を抜いた時、ミス・ゴールデンウィークはこっそりと逃げ出そうと抜き足差し足で歩いていた。

 戦闘が得意ではないとはいえMr.3が一方的に負けるなどあり得ない。

 これはどうしようもないと彼女は顔色を青くしていた。

 

 そんな彼女の進行方向を塞ぐかのように、轟音を立てて地面が抉られた。

 さらに右側、左側、背後と、四方を囲うように地面が削られ、明確な線が刻まれる。そこから出れば命はないぞ、そう言われているようなものだ。

 血相を変えたミス・ゴールデンウィークはその場にへたり込む。

 

 物音に気付いたゾロが振り返ると、超カルガモのカウボーイが駆けつけていた。

 背にはシルクが跨っていて、疲れた様子だがしっかりと剣を握っている。

 珍しくギロリと睨みつけ、ミス・ゴールデンウィークを威嚇していた。

 

 「そこ、動かない方がいいよ……ここからでも斬れるから」

 「は、はい……」

 

 小便をちびりそうな顔でがくがく震え、ミス・ゴールデンウィークは絶対に動かなかった。大人しくその場で正座をしてシルクの方を見ている。

 言い終えた後はもう普段の彼女だ。

 振り向いてゾロを見つけ、軽やかな声で語り掛けた。

 

 「遅くなってごめん。ちょっと失血が多くて、中々動けなかったんだ」

 「別にいい。お互い生きてたんなら儲けもんだろ」

 

 ゾロは改めて広場の状況を確認する。

 予想外の援軍が来たことでバロックワークスは総崩れだった。得意げだった者たちは皆勢いで弾き飛ばされて、事態を重く見て降参する者も多い。

 操られていた国王軍の兵士たちも一人ずつ解放されている様子である。

 この時、すでに勝利はアラバスタ王国にあったと言ってもいいのではないだろうか。

 

 戦闘の気配が徐々に薄らいでいき、中には喜びの声を上げる兵士も居た。

 だがそうではない。まだ終わってはいない。

 厳しい表情を崩さないゾロは腕を組んで考える。

 

 本当に勝ったと言えるのはルフィがクロコダイルを倒してからだ。いくら組織として機能しなくなったとはいっても、七武海のレベルは想像を絶する。ここから彼一人で全ての状況をひっくり返すことも決して難しいことではないはず。

 一度七武海の実力をその身で感じたゾロは、きっとそうだろうと推測していた。

 

 一人で考え込んでいると一人の人物が近付いてくる。

 不意にそちらへ目を向けた時、彼の苦手な人物が居て、反射的に身構えてしまった。

 

 「落ち着きましたね」

 「なっ!? てめぇ、なんでここに……!」

 「安心してください。少なくとも今は、あなたとやり合う気なんてありませんから」

 

 ゾロの隣で足を止めて、たしぎはどことなく気落ちした顔で口を動かす。

 以前会った時とは違う様子になんとなく察するものがあった。

 ゾロも警戒をやめ、同じ方向を見て背筋を伸ばす。

 

 「海賊に手を貸すなんて、人生最大の汚点です。私は、こんなに自分の力の無さを恥じたことはない……私がもっと強ければ、今ここであなたを捕まえていました」

 「恥じる気持ちがありゃ十分。もっと鍛えりゃいいだけの話だろ」

 「あなたにはわからないでしょうね。こんな気持ちは……」

 

 寂しげに言って、たしぎは数歩前へ進む。

 

 「だけどいいんです。ようやく覚悟ができましたから」

 

 振り返るたしぎは強かな目を見せた。

 ぶつけられた闘志をゾロは正面から受け止める。

 

 「次は逃がしません。あなたは私が捕まえます」

 「やってみろ。おれは譲る気なんてねぇぞ」

 

 フッと微笑み、広場の制圧のため彼女は歩き出した。海兵としての仕事が終わっていない。

 残されたゾロの下へ改めてシルクが駆けつける。

 先にミス・ゴールデンウィークを拘束しておいたらしく、ガタガタ震えている彼女は近くに人が居なくなっても逃げそうにはなかった。

 

 「宣戦布告?」

 「だろうな。ま、興味はねぇが」

 「ふふ、そっか」

 「なに笑ってやがる」

 

 名を呼ぶ声を聞いて二人が振り向いた。

 仲間たちが駆け寄ってきて、ようやく集まることができたのである。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。