ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

263 / 305
《P.S. 15 years old》

 1

 

 がやがやと賑わうユバの様相を見て、キリは以前との違いを如実に感じた。

 集まっているのは屈強な男たちばかり。かつての町民は悉くユバを離れていき、住む人間が極端に少なくなったその町は今や反乱軍の基地となっていた。

 誰もかれも目つきが鋭い。武器を持っている人間も居る。

 その中でキリの存在は浮きに浮いていた。

 

 身長は伸びても外見はさほど変わっていない。顔立ちには幼さが残って、パンパンに膨らむまで中身を入れた大きなリュックを背負って歩いていた。

 彼だけはのどかな様子で、荒々しい男たちの間を通り抜ける。

 

 ここへ来るのは今も昔も理由は同じ。

 町の中心部へ着いた時にはキリが目的の人物を発見した。

 

 「コーザ」

 「おお、キリか」

 

 すっかり身長が伸び、精悍な青年となったコーザが彼を迎え入れる。

 ついさっきまでは疲れた顔を見せていたが、キリを見つけた途端に表情が変わり、普段あまり見せなくなった笑顔が自然と見せられた。

 そのおかげと、品物を売るからという理由もあり、反乱軍の兵士たちもキリを好意的に迎える。

 

 ひとまず椅子を勧められ、重いリュックを置いて落ち着く。

 正面にコーザが座って、そうすると彼のやつれた顔が改めて確認できた。

 

 「疲れてるみたいだね。ちゃんと寝てる?」

 「ああ……なに、大した問題じゃねぇさ。それより、よく来てくれたな。この国もずいぶん物騒になっちまった。もう会えないかもしれねぇと思ってたんだ」

 「大した問題じゃないよ。危ないとこ歩くのは慣れてるしね」

 

 昔と変わらずにこりと笑うキリを見て、コーザは安堵を覚えていたようだ。

 日ごとに激しくなる反乱の中に身を置いた結果、心は徐々に疲れていく。味方は日ごとに増していくとはいえ、だからこそ大変でもあり、物資は明らかに足りていない。癒しのない日々を送っていただけに友人の訪問は何よりも彼の心を躍らせた。

 

 「ちょうど、お前に言わなきゃいけねぇことがあったんだ……」

 「何?」

 「反乱軍のリーダーがおれになった。みんなからの推薦だ」

 

 キリは少し目を大きくしたが、すぐに笑みを取り戻して言う。しかし困った様子にも見える。

 

 「そうなんだ。よかった、とは言えないか」

 「まぁな……たまに思うよ。どうして戦わなきゃいけねぇんだろうなって。でも一度始まったものは終わるまでやり続けなきゃいけねぇ」

 

 重く息を吐いて言葉を切る。

 やはり疲れが溜まっているらしい。彼が俯いている間に周囲へ目を向けると、皆が小さく首を横に振っていて、言っても休まないようだった。

 

 「前任者は……」

 

 尋ねるとコーザが首を横に振る。だめだったということだろう。

 危険な立場だ。誰にでもできる役ではなく、それだけコーザが信頼されていたらしい。

 

 考え込む様子を見せたキリが彼の姿を確認する。周りに居る男たちに比べて彼だけが疲弊しているように見えて、若くしてリーダーを任された重圧に苦しんでいるに違いない。

 パッと表情を明るくしたキリは自分のリュックを開いた。

 

 「そうだ、いい物がある」

 

 取り出したのは四角い入れ物だったが、コーザを含めて周囲の注目が集まっていた。

 

 「って言ってもただのお香なんだけど、香りを嗅げばきっと気分が落ち着くよ。疲れてる時はぐっすり眠った方がいい」

 「キリの言う通りだ。コーザ、いい加減少し休め」

 「だが……」

 

 耐え切れずに反乱軍の一人が言い出した。

 躊躇うコーザへ溜息交じりに伝える。

 

 「お前一人が休んだところで大した影響はねぇよ。いいから、休め」

 「……すまん」

 

 仲間の言葉を受け、立ち上がったコーザは移動しようとした。

 その際、先程彼へ言った男の視線に気付いたキリも立ち上がる。荷物を置いたまま、移動するコーザと一緒に彼の家の中へ入った。

 

 掃除がされていないのか、中は記憶の中にある姿よりずいぶん汚れていた。

 それでいてあまり生活感がない。まるで住人が居なくなった廃墟のようにも感じる。

 

 気が抜けたのか、コーザはふらつく足取りで歩き、倒れ込むようにベッドへ寝転がった。それを確認したキリはお香に火を点けて、そっと枕元に置いてやる。

 それから、少しきれいにしてやろうと部屋の中の掃除を始めた。

 物音を立てないように静かに作業を始めると、腕で目元を隠すコーザが呟く。

 

 「すまねぇ……」

 「色々、大変みたいだね。トトさんは?」

 「しばらく町を離れてる。反乱なんて馬鹿な真似はやめろっつってたよ」

 「そっか」

 

 サングラスを外して、疲れた顔でコーザは天井を見た。

 子供の頃とは違う。

 場所は同じでも、家の中でさえ同じ景色には見えなかった。

 

 今はキリが居る。幼馴染に比べると付き合った年月は少ないが、不思議と頼ることができた。

 鬱屈としたものがあったらしく、ぽつりと心の内を明かし始める。

 

 「人を、殺したんだ」

 

 キリが振り返った。今はもう笑みはない。

 右の掌で目元を覆い、彼は深く息を吐き出す。

 

 「仲間を守るためだった。おかげでそいつは生きてるが……別に殺したいわけじゃなかった。こんなことがしたかったわけじゃねぇのに。思う通りにはいかねぇもんだな」

 「そうだね。だけど、コーザがこの国のことを想ってるっていうのはわかるよ」

 「そうかな。おれにはよくわからなくなっちまった」

 

 疲弊した静かな声に感情が乗る。それは深い後悔を感じさせるものだ。

 

 「この国の行く末を憂いてた。なんとかしてやりてぇと思った。それが気付けば、あちこちで国民同士が傷つけ合っててよ。おれがしたかったのはこんなことなのか……?」

 「仕方ないよ。人の心を動かすのは簡単じゃない」

 「それでも、思うんだ。他にやり方があったんじゃねぇかって。仲間の誰かが、国王軍の兵士が死ぬ度、決心が鈍りそうになる。〝おれは人殺しがしたかったんじゃない”って」

 

 コーザの語りに集中するため、キリは椅子を持ってきてベッドの傍に座る。

 気付いたコーザが手を下ろしてすぐ傍に居る彼を見た。

 彼だけは昔と変わらない。穏やかで素直で、自分に正直に生きている。本人がどう思っているにせよ、少なくともコーザはキリのことをそう見ていた。

 

 自分はすっかり変わってしまった。たった数年、されど数年だ。

 こうして彼に会うと昔のことを思い出して心が安らぐ。

 同時に、変わらない彼が羨ましくもあった。

 

 以前もそうだった。どんな弱みも受け止めてくれる瞳を見つめて喋る。

 キリはコーザを安心させるように優しく微笑み、ただ静かに傍で見守った。

 

 「でももう戻れねぇんだ。死んでった奴らのためにも、おれが殺した人間のためにも、この国を変えなきゃならねぇ。もう前に進むしかねぇんだ」

 「うん。わかってるよ」

 「できれば、お前が怖がらずに歩ける国にしてやりてぇなぁ……」

 

 再び腕で目元を隠して、今度こそコーザは眠るために目を閉じる。本人は気付いていなかったかもしれないがお香の匂いは確かに彼の心を落ち着けていたようだ。

 キリに心の内を明かした、というのも大きかっただろう。

 不眠症が続いていたはずなのに、今日はあっさり眠りに落ちることができて、そう時間もかからずに静かな寝息が聞こえ始める。これで少しは安心できそうだ。

 

 キリは、椅子に座ったまま動かなかった。

 いつもの笑みはない。代わりに不思議そうな、妙に緊迫した表情がある。

 

 近頃、妙な感覚があることを自覚していた。しかし彼自身はその理由に気付けなかった。

 自分でも気付かない間に、工作員である自分と、コーザの友人である自分が、乖離しているかのような状況がある。いつしか本気でコーザの心配をして、一方で彼ら反乱軍の活動を活発化させようと動く自分が居る。そのどちらもが別々に存在していた。

 

 まるで自分が二人に分かれたかのような感覚。それを彼は自覚できていない。

 自分が心からコーザを心配していることをおかしいと思わないようになっていた。

 生きる意志を自ら捨てて、他人の思想の入れ物になったことで心が狂い始めている。

 

 壊れていく。かつての自分が塗り潰されていく。

 過去の記憶が霞んでいき、今や彼自身すら以前の自分を認識できなくなっていた。

 

 キリはしばしコーザの傍を離れず、自分の中で渦巻く奇妙な感覚に思い悩み、沈黙する。その内思考は混乱して、コーザを心配しているのか自分のことを考えているのかわからなくなった。

 あらゆる場所でいくつもの顔を持っていたことが変化の原因であろう。

 しかし、やはり彼本人はその変化も原因も理解してはいなかった。

 

 

 

 

 2

 

 とある島の、深夜の出来事である。

 一人の男が息を乱して必死に走っていた。

 誰も居ない狭い路地裏を進み、誰かから逃げるように足を動かしている。時にゴミ箱を蹴り飛ばしながらもその足を止めようとはしない。

 

 やがて足を止めるのだが、気付けば本人にすらどこかわからない場所で。

 怯えた表情で辺りを見回す彼は大量の汗を流していた。

 

 「キャハハハッ。逃げきれなくて残念だったわね」

 

 頭上から声が聞こえて男がすかさず上を見た。しかしそこには誰の姿もなく、屋根の上にも異変は見られない。男は動揺しながら後ずさった。

 その直後、嫌な予感がして咄嗟に振り返る。

 気配を感じさせることなく一人の男が立っている。

 ピンと指を弾いて、暗闇の中では見辛い何かが飛ばされた。

 

 「鼻空想砲(ノーズファンキーキャノン)!」

 

 男の体が爆心地となり、肉体は一瞬にして黒焦げになって吹き飛ばされた。

 地面に転がったそれが動けないことを確認するとMr.5はポケットに両手を突っ込む。

 そして屋根の上からはミス・バレンタインが降ってきて、ふわりと軽く地面に着地した。

 

 「任務完了。アンラッキーズはどこに行った?」

 「キャハハ、簡単な仕事ね。張り合いがないわ」

 「当然だ。逃げることしか能がねぇターゲットじゃな」

 

 彼らが話していると突然背後から声が聞こえる。

 

 「簡単はいいけどできればもう少し静かにやってほしいもんだね。みんな起きちゃうよ」

 

 Mr.5とミス・バレンタインが素早く飛び退いた。余計な動作を一切排除して背後に目を向け、着地した時には攻撃できるよう身構えられている。些細な動作とはいえ卓越した戦闘技術を感じさせる速度と動き、そして表情である。

 しかし声の主を確認してすぐに拍子抜けしてしまった。

 立っていたのはフードをかぶって立つキリだったのである。

 

 これまで何度も顔を合わせている。同じ組織に身を置く人間だ。

 彼らが持つ悪魔の実の能力をさらに強くしたのも彼との訓練、指南によってだ。

 警戒をやめた二人は背筋を伸ばして立つ。

 

 口元だけが確認できる様子でキリはひらひら手を振っていた。いつも通り柔らかい笑みがある。

 二人の態度は特別親しい様子でもなかったが、先程よりは肩の力が抜けていた。

 

 「君らは暗殺に向かないねぇ。やっぱり他の人に頼むべきだったかな?」

 「他に務まる奴が居るのか? おれたち以外に」

 「心配しなくてもこの辺りに人は居ないわ。誰も気付かないもの」

 「だといいけど」

 

 肩をすくめたキリは、すぐに本題を口にし始めた。

 

 「次の任務だよ。実は反乱軍の武器が足りないらしくてね。入手してきてほしい」

 「またガキの使いか」

 「つまらない任務ねー。もっと他にないの?」

 「まぁそう言わず。これも大事な仕事なんだよ」

 

 ミス・バレンタインはつまらなそうに唇を尖らせ、Mr.5は鼻を鳴らす。

 面白味は感じないが仕事はやらねばならない。Mr.5がキリへ聞いた。

 

 「標的は?」

 「世の中には悪い人間が居るもんだね。武器を密輸してる業者が居るそうだよ」

 「そいつを奪ってこいってわけか」

 「悪い人間って、それあなたが言う? キャハハ」

 

 キリは背後を振り返り、背を向けて二人へ言うと手を振りながら歩き出す。

 

 「今回は派手にやっていい。跡形もなく消してくれると助かるよ」

 「そいつを待ってたぜ」

 「キャハハハッ、ようやく楽しめそう」

 

 キリの姿が再び暗闇の中に消えていく。

 それを見送ってからMr.5とミス・バレンタインは正反対の方向へ歩き出し、その場を後にした。

 

 

 

 

 3

 

 アラバスタ王国、レインベース。

 連日大盛況を誇るカジノ、その建物の一室で、クロコダイルはキリと向かい合って座っていた。

 彼らの間にあるのはチェス盤。そして激戦を見せるチェスの駒。

 どちらも冷静な顔で戦況を見つめており、クロコダイルは無表情で、キリは微笑みを湛えながら駒を動かしていた。

 

 「予定通りコーザが反乱軍のリーダーになった。いい働きをしてくれてるよ」

 「全て計画通りに進んでいる。予定を早められるかもしれんな」

 

 クロコダイルが黒の駒を動かした。

 その動きを確認したキリが少し悩む素振りを見せる。

 

 「それにしてもめんどくさいことするんだね。こんなに準備が長いなんて思わなかった」

 「完璧な計画ってのはそういうもんさ。成功するのは当然。問題なのはその後だ。全てを手に入れた時こそ本当の始まりになる」

 「そういうもんかな」

 

 キリが白の駒を動かした。

 何を考えたのか、クロコダイルは薄く笑みを浮かべる。

 

 「こちらにも動きがあってな。王女ビビと護衛隊長のイガラムが我が社に潜入した」

 「王女が? なんで」

 「大方反乱の原因を探ろうとしたんだろう。おれたちの存在に気付きやがった」

 「よく潜入なんてできたね。どうやったの?」

 「なに、大したことじゃない。ミス・オールサンデーが導いてやっただけのこと」

 「なるほど」

 

 クロコダイルが次の一手を見せた時、ついにキリは苦しむように唸った。

 どうやら決着の形が見えたようで苦心しているらしい。

 それでも諦めずに盤上を睨み、その間に会話は続く。

 

 「監視は?」

 「必要ない。それほどの価値もないもんでな」

 「じゃあなんで入れたの?」

 「考えがあるのさ。行く行くは利用価値が出ると思ってな」

 「ボクにはよくわからないね、そういうの」

 

 次々駒を動かすものの、状況は徹底して良くならない。そしてようやく決着がついたようだ。

 結果はキリの敗北。

 今まで一度たりとも彼に勝ったことはなく、言うなれば今日もいつもと同じ結果。しかし成長は感じられる。クロコダイルの笑みには彼を認める意味があったのだろう。

 

 目を伏せたキリが背もたれに体重を預ける。

 悔しさを感じなくなるほど敗北に慣れてしまった。目を閉じて今日の反省点を思案する。

 

 その時、ふと頭をよぎるものがあった。

 目を閉じて脱力したままクロコダイルへ問いかける。

 そうしている時のキリはいつになくリラックスしていたようで、子供っぽいと思える姿だ。

 

 「用意周到なボスらしくないね。案外足元掬われるかもしれないよ?」

 「フン。もしそうなった時はお前がなんとかしろ」

 「またそんな無茶を……今だって結構働いてるんだよ」

 

 呟くように言って、不服そうな顔を見せたキリは唐突に大あくびをした。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。