ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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三日後

 「いやぁ~よく寝たぁ~!!」

 

 目覚めて早々、ルフィは元気に叫んでいた。

 体に残るダメージや倒れた時の疲労が嘘のように、誰よりも元気な笑顔を見せる。

 同室に居たナミとウソップは呆れ、ずっと看病していたビビとチョッパーは安堵していた。

 

 「あれ!? 帽子! おれの帽子は!? 腹減ったな! メシと帽子!」

 「起きてすぐに全速力だな……」

 「帽子ならそこにあるわ。傷ついてたから直しといたわよ」

 「ほんとかっ? ありがとう!」

 

 ベッドの枠にかけられていた帽子をかぶり、落ち着いたルフィが楽しげに笑う。

 誰よりも傷が深かったはずなのに誰よりも早く回復してしまったらしい。それが彼らしいと言えば確かにそうなのだがあまりにも人間離れし過ぎていないだろうか。

 微妙な顔つきのウソップとナミは改めて船長の化け物ぶりに驚いた。

 

 「しっかしこいつはなんでこんなに元気かね。死んでてもおかしくなかったはずだろ」

 「まぁ、これがルフィよね。丸三日寝てたからって言われれば確かにそうなんだけど」

 「ん? 三日!? おれは三日も寝てたのか!?」

 

 ナミの何気ない一言でルフィは驚愕する。

 いつになく思考が高速で動き、瞬時に一つの答えを導き出した。

 

 「15食も食い損ねてるっ」

 「なんでそういう計算早いの、あんた」

 「しかも一日五食計算だ」

 「道理で腹減ってるはずだよ。メシは?」

 

 ルフィは空腹を訴えてビビを見る。すると彼女はにこりと微笑んだ。

 

 「ふふっ、約束だものね。給仕長に確認してくるわ」

 「おう!」

 

 そう言ってビビはルフィの傍を離れると部屋を出ていく。

 その間にチョッパーは再度ルフィの傷を確認しており、やはり驚くほど回復が早いことに目を見開いていた。適切な処置があったからこその回復なのだがそうとは感じさせないほど。そもそもの回復力が人並み外れて優れているのだ。

 これが生まれつきのものか、はたまた幼少期の修行によるものなのかは不明である。

 

 傷を確認したチョッパーは太鼓判を押す。

 包帯は取らない方がいいが動くくらいは問題ない。

 胸元を蹄でポンポン叩き、安心した顔でチョッパーが言った。

 

 「うん、大丈夫だ。もう日常生活くらいなら普通にしてていいぞ」

 「ししし、そうか」

 「これが異常なのか正常なのかわからなくなってきた」

 「考えるだけ無駄よ。だってルフィだもん」

 

 ルフィの様子を確認し終えた後で、ウソップの興味がナミへ移った。

 彼が起きるまでの話が途中で終わっていたのだ。

 

 「そういやナミ、国王のおっさんになんかせびってたみてぇだけど何もらったんだ?」

 「失礼ね。せびってたんじゃなくてあくまでも正当な報酬。一国の王女を無事に連れ帰ったんだから少しくらい良い想いしてもいいでしょ?」

 「その気持ちはわかる気がするけどなぁ……」

 「心配しなくてもこんな状態の国からお金は請求しないわ。珍しい本をもらっただけ」

 「あぁ、それなら納得だ」

 「とりあえず貸しね。ちゃんと復興して元通りになったら改めて、ね?」

 「あ、諦めてはいねぇんだな。鬼か……」

 

 ナミが少女然とした顔で可愛らしく笑うと、それを見たウソップはげんなりする。ルフィも大概だが彼女も人のことは言えない気がした。

 待ちきれない様子でルフィがベッドから降りる。

 ベッドの上で立っているチョッパーもトナカイだし、普通なのは自分だけみたいだ。ウソップは改めて自分の仲間を見回して思う。

 

 「ん~なんか体がなまってんなぁ」

 「そりゃ三日も寝てたからな。だからってまだしばらくはじっとしてろよ」

 「そうだよルフィ。無理は禁物だぞ」

 「おう!」

 「そうは言ってもルフィだからね。気になるならちゃんと見といた方がいいわよ、チョッパー」

 

 くすくす笑って言うナミの言葉でチョッパーは表情に力を入れた。

 

 「うん、わかった。おれ今日はルフィから目を離さないぞ」

 「大変だろうけど頑張ってね」

 「みんな居ねぇな。どこ行ったんだ?」

 「この国全体が慌ただしいからな。あちこち行ってんだよ。家直すの手伝ったり、出航準備のために食料買ったりとか。そういやキリはどっか行ったらしいけど」

 「へぇ。出航すんのか?」

 

 船長でありながらルフィは不思議そうな顔でウソップに聞く。

 少し呆れながらもウソップは平然と答えた。

 

 「まだわかんねぇけど、海軍が近くに居るらしいからな。いつでも出れるようにしといた方がいいんだってよ」

 「ふーん。メシまだかな」

 「いや聞けよっ!? お前が聞いたんだろ!」

 

 ルフィが部屋の扉に目を向けた時、ちょうど外から開かれた。食事が運ばれてきたのかと目が輝くものの、実情は違って、入ってきたのはシルクとサンジだ。

 外で町人の手伝いをした後戻ってきたらしい。

 寝ていたはずのルフィが立っていることに少し驚き、シルクはすぐに笑みを浮かべた。

 

 「おはようルフィ。体は大丈夫?」

 「ああ。どこも問題ねぇぞ」

 「ビビちゃんとチョッパーに感謝しろよ。熱がひどいってんで付きっ切りで看病してたんだ」

 「そうなのか? ありがとな」

 

 振り返ったルフィが礼を言い、チョッパーはくすぐったそうに笑う。

 ビビにも後で礼を言わなければ。

 そう思ったところでシルクがナミの隣、ベッドに腰掛け、サンジは椅子に腰を落ち着ける。

 

 激しい戦いを終えたばかりであるせいか、どこかまったりした空気があり、ルフィを除けばであるが騒ぐこともなければ大きなリアクションを取ることもない。

 ふーっと深く息をする音が妙に大きく聞こえた。

 徐々に仲間が集まる一室で、いつものようにはしゃぐ気にはなれない。

 

 みんなが妙に落ち着いているためルフィは不思議そうにしていた。

 いつもの雰囲気と違う。これほど気の抜けた空気は初めてのものだった。

 

 「どうしたんだお前ら? 疲れてんのか?」

 「そりゃ疲れもするだろ」

 「あれだけ激しい戦いだったからね。体力は大丈夫でも、気疲れしちゃって」

 「そうか? おれは元気だぞ」

 「お前は三日も寝てたからだろ」

 「んん、それもそうか」

 

 すっかり万全の状態らしいルフィは体力を持て余す余裕もあるらしい。

 煙草に火を点けたサンジが笑い、シルクは心底楽しそうに微笑んだ。

 

 そうこうしていると再び扉が開いてゾロが入ってくる。

 彼の場合、町人の手伝いもそうだが、時折どこかへ消えては勝手に鍛錬をしていたようだ。いつの間にかチョッパーが巻いた包帯を外しており、それでも平然と歩いている。

 目敏く見つけたチョッパーが目つきを変えた。

 

 「おう、起きたかルフィ」

 「おーゾロ。久しぶり……久しぶり?」

 「あ、お前またっ」

 

 部屋の隅に置かれた水をコップへ注ぐゾロへ、慌てたチョッパーが急いで駆け寄った。

 

 「またどこかで修行してきたな!? 激しい運動はだめだって言っただろ!」

 「別にいいだろ。おれの勝手だ」

 「勝手じゃない! おれは船医だぞ。みんなの傷はちゃんと治さなきゃ気が済まないんだ。包帯も取るなよ」

 「動きにくいだろ、あれ」

 「動くなよ!?」

 

 ゾロを叱るチョッパーが声を荒げる頃、ルフィは腕組みをして首をかしげ、混乱している様子で疑問を口にする。自分で「久しぶり」と言った感覚が奇妙だったのだろう。

 確かめるように呟くルフィを見ながらシルクが声をかけた。

 

 「久しぶり?」

 「無理もないよ。三日も寝てたんだから」

 「まぁ、寝てても三日だから体はおかしな感じになるか」

 

 感心した様子でウソップが頷くと同時、扉を開けてビビが戻ってきた。

 後ろにはフルーツを山盛りにした籠を持った侍女が数名ついてくる。そしてビビの隣には、なぜか外見がイガラムそっくりな女性が居た。

 まさか女装か、と驚く一同の反応に、誰かが口を開く前に慌ててビビが彼女を紹介した。

 

 「みんな、彼女はイガラムの奥さんで給仕長のテラコッタさん。私もお世話になってるの」

 「ビビ様が世話になったねぇ」

 「あいつも女なのか」

 「似たもの夫婦にもほどがあるだろ……」

 

 驚いている様子のチョッパーとゾロが呟くものの聞こえなかったようだ。

 テラコッタは腰に手を当てて立ち、ルフィを見ていた。

 侍女たちがルフィの下へ籠に入れたフルーツを運び、目を輝かせる彼はすぐに手を伸ばす。

 

 「船長さんが空腹らしいけど、もう少しで夕食なんだ。みんなで食べた方が美味しいからもう少し待っておくれよ。そいつはそれまでのつなぎさ」

 「わかった」

 

 答えた瞬間に大口を開け、ほとんど一口で全て食べてしまう。しかも侍女たちが気付くのに一瞬遅れるほどの早業で、悲鳴のような声が上がる。

 同じく驚き、気付けなかったウソップが咄嗟に叫んだ。

 

 「手品かよっ!?」

 「あっはっは! ほんとにすごい船長さんだ!」

 「おばちゃん、おれは三日分食うぞ」

 「望むところさ。給仕一筋三十年、どんな大食漢にも負けないから存分に食べな」

 「しっしっし! わかったぁ!」

 

 上機嫌にルフィが頷き、それを見たテラコッタは今から気合いを入れる。

 どちらもすっかりやる気で、ビビはおかしそうにくすくす肩を揺らす。

 

 そんな時にキリが戻ってきた。

 何やらいつもと違う空気を察知し、ルフィとテラコッタが笑顔を向け合っていたり、ウソップがなぜか呆れていたり、ゾロが人型になったチョッパーに捕まり、ほとんど無理やり包帯を巻かれていたりと、室内の静けさとは裏腹に外見的には騒がしい様相を感じる。

 

 とにもかくにも仲間が全員揃って楽しそうなのは間違いない。

 部屋に足を踏み入れたキリは笑顔になる。

 入れ違いで侍女たちが出ていき、テラコッタを含む気付いた皆が彼に目を向けた。

 

 「おはようルフィ。無事に起きたみたいでよかった」

 「あ、キリ。久しぶり」

 「うん、久しぶり、だね。なんとなく」

 「どこ行ってたんだよ。しばらく居なかったよな?」

 

 ルフィとキリが挨拶する中へウソップが質問を投げかける。するとキリは彼へ言った。

 

 「戦いが終わったし、ルフィも起きて、町がこんな状態でしょ? 色々思うところあってね」

 「ん?」

 「海獣の肉やらなんやら色々獲ってきたんだ。馬車馬みたいに働いてくれるやさしーい知り合いが居たからね。今頃は全部広場へ運び込んでるよ」

 

 キリの後から走ってきたカルーが部屋に現れた。

 急ブレーキで滑るように足を止め、バッと勢いよくキリへ敬礼する。超カルガモ部隊の隊長としてのプライドがそうさせたのだろうか。やけにやる気漲る態度である。

 慣れた顔でキリが敬礼を返し、カルーは右の羽を下ろす。

 

 「運んでくれたのは超カルガモ部隊だよ」

 「クエーッ!」

 「というわけで、今日の夕食は思い切って町中全部巻き込んだ盛大な宴にしない? こういうみんなが疲れた時こそ何も考えずにパーッと騒いだ方がいいよ。今日だけでも嫌なこと忘れて、思いっきり楽しめば、明日になったらまた頑張ろうって思えるさ」

 

 そう提案するキリに、ビビは笑みを深める。

 罪滅ぼしという訳ではないだろうが、自分たちだけでなく国民のことまで考えてくれた彼の優しさに胸が熱くなった。確かにそうすれば国民はきっと元気を取り戻すはず。

 それは、海賊の宴に参加した経験があるビビだからこそ賛成できた。

 

 テラコッタが顎に手を当てて考えているのを見て、咄嗟にビビが背を押していた。

 自分もそうしたい。心からそう思う。

 せっかく帰ってきた祖国だ。国民と一緒に楽しい時間を過ごし、明日への希望を持ちたい。

 

 「それがいいわ、テラコッタさん。お父様やイガラムに話してそうしましょ」

 「ん~確かに、国民のみんなも疲れ切ってるだろうからねぇ。元気になるならそれがいい」

 「私からも頼むわ。ずっと気を張っていても仕方ないもの。たまには息抜きも必要よ」

 「よしわかった。ビビ様がそこまで言うならお願いしてみようじゃないか」

 

 そう言って笑顔で頷き、すっかりやる気になったテラコッタは、反対されても止まりそうにない様子で部屋を出ていく。通り過ぎ様、よくやったと言わんばかりにキリの肩を軽く叩いて。

 続くようにビビがキリの前へ来て、彼に笑顔を見せる。

 何から何まで助けられてばかり。少なくとも彼女はそう思っている。

 深々と頭を下げ、顔を上げて礼を言った。

 

 「ありがとうキリさん」

 「迷惑かけたのはボクだからさ。ま、これでもまだ足りないだろうけど少しくらいね」

 「ううん、これだけで十分。その気持ちが嬉しいの」

 「そりゃどうも」

 

 ビビは移動し、部屋の入口へ向かう。

 そして廊下との境目に立つと振り返り、晴れやかな笑顔で仲間たちを見回した。

 

 「みんな、先に行ってて。私も後から追いかけるから」

 「早く来いよビビ! 宴楽しみにしてるからな!」

 「うん!」

 

 子供のように無邪気に頷いて、ビビはカルーと共に走り出し、長い廊下を進んでいった。

 その背を見送った一同は彼女の喜びを受け止める。

 あれほどはしゃいで、何一つ心配せず、あれほど心から笑っている姿は初めて見る。今では彼女の中から全ての不安が無くなっているのがやっと理解できた。

 

 キリが仲間たちへ向き直った。

 戦いは終わった。後は楽しむだけ。

 やっとこの時が来たと仲間たちが纏う空気も一瞬にして変化する。

 

 「それじゃボクらは先に行ってようか」

 「うおぉぉ~! 宴だぁ~! 肉ゥ~~!!」

 「やっとこの時が来たかぁ! これが楽しくて生きてるなぁ!」

 「宴だぁ~!」

 

 まず真っ先にルフィ、ウソップ、チョッパーが動き出して、ドタドタと騒がしい様子で廊下を走り出した。その背はあっという間に遠ざかっていく。

 彼らが無邪気なのはいつものことだ。誰も驚きはしない。

 やれやれという顔でナミが立ち上がり、颯爽とサンジが歩み寄る。

 

 「お手をどうぞ、ナミさん。転ぶと危ないですからおれを頼ってください」

 「ありがとうサンジくん。でも別にいらないわ」

 「あはは、ふられてやんのー」

 「うるせぇよてめぇは! これがおれとナミさんの愛の形なんだ!」

 

 キリが軽い様子で歩き出し、その後からナミとサンジが進んでいく。

 必然的に後ろになってしまったゾロとシルクが最後に部屋を出た。

 

 「ふふ、みんなすっかり元気になって」

 「どいつもこいつもうるせぇけどな」

 「ゾロもあんまり変わらないよ。またチョッパーに叱られたでしょ?」

 「あいつ……どんどん口うるさくなってやがる」

 「優しいだけなんだよ、チョッパーは」

 

 がしがし髪を搔くゾロの隣でシルクが微笑み、共に部屋を出て、そこは無人になった。

 この後、そう時間も経たずにアルバーナの広場へ話題の海賊たちが現れ、宴を始めて思い切り騒ぐことが宣誓された。

 


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