ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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雨のち晴れ

 つい先日、激しい戦場となった王宮前広場で、かつてない規模の宴が始められていた。

 アルバーナ中の人間が集まり、運び込まれた海獣の肉が次々焼かれ、王宮にあった食料もどんどん運び込まれていて、数時間前までの表情はなく、誰もが弾けるような笑顔を見せている。

 数多の笑い声が重なり合い、雰囲気に呑まれて踊り出す者が大勢居た。

 

 麦わらの一味が主導して始めた宴はアラバスタ史上最高の規模。

 広場に入りきらなかった国民でさえ至る所で焚火を作り、焼けた家々を前にして騒いでいる。

 

 広場の中央には大きなキャンプファイヤーを設けて、一度は多くの火で建物を焼き払われたはずなのだが火を恐れず、火による嫌な記憶を同じく火で燃やしてしまうかのような、精一杯今を楽しもうという態度が誰の表情からも窺える。

 最初は戸惑っていた者さえ、陽気な海賊たちにつられ、見習うかのように笑い声を出し始めた。

 一時とはいえ、疲弊していたはずの町に活気が戻っているのである。

 

 大きく切られて焼かれた肉の塊にかぶりつき、早くもルフィは腹をパンパンに膨らませている。

 脇目も振らずに食べ続けた結果、誰よりも多く料理を平らげていた。

 その勢いは人々を驚かせ、アルバーナの町人たちは彼の姿を呆然と見つめている。

 

 「すげぇ……」

 「もう何人前食ってんだ?」

 「んんがぁ~! おかわり~!!」

 

 見る見るうちに料理を平らげていくルフィの勢いは衰えず、給仕長のテラコッタはその姿を確認しながら、笑顔で調理を続けていた。

 まさかここまで食べるとは思わなかった。それに思い切りのいい食べ方だ。

 彼女も調理が楽しくなってきて、気分が良いままで次々料理を生み出していく。

 

 「言うだけあるね。だが負けないよ!」

 

 慣れた様子で勢いよくフライパンを振り、手早く皿に盛りつける。

 忙しなく動く侍女たちへ声をかけながら大きな皿が調理台へ置かれた。

 

 「はいよ! 次できたよ! 持っていきな!」

 

 侍女たちは休む暇もなくあちこちへ料理を運んでいた。それはそれで疲れる仕事だが、不思議と笑みを浮かべる余裕があって楽しそうだ。戦争に比べれば少しも苦ではないということだろう。

 テラコッタは早速次の料理へ取り掛かる。

 

 広場に設けられた簡易的なキッチン。設備は王宮内に比べればお粗末かもしれないが十分。

 今必要なのは人々を満足させる量なのである。とにかくたくさん作れればそれでいい。

 

 そこにはサンジの姿もあって、テラコッタの隣で見事な手腕を見せていた。

 大きく切り出した海獣の肉を焚火で焼きながら、片手間で野菜を刻んでサラダを作りつつ、さらに女性のためにとスイーツにまで手をかけているようだ。

 笑顔で料理を作り、時折宴の様子を確認してはやる気に漲る。

 新たな皿を数枚同時に出し、やってきた侍女へ笑いかけた。

 

 「こっちもできたぞ。持って行ってくれ」

 「次があるよ! ほらほら、きびきび動きな!」

 

 ほぼ同じタイミングでテラコッタもまた数枚の料理を提供した。

 その内の一つが目に入り、なぜか気になったサンジは手を止めてテラコッタへ尋ねる。

 

 「ん? なぁ、その料理はなんてんだ?」

 「コナーファを知らないのかい? これは麺をオーブンで――」

 

 興味津々なサンジは手を止めずに話すテラコッタの説明を熱心に聞く。彼女は実際にその料理を作り始めたようで、手元を注視し始める。

 やはり世界には彼が知らない料理があるのだ。

 勉強のためテラコッタの手つきを一つ一つ観察し、手順を覚え、次は自分も作ろうとその場で実践を始める。その様子にはテラコッタも驚いていた。

 

 ウソップはどこからか持ち出してきたメガホンを持ち、いつの間にか建物の屋根に立っていた。

 酒や料理も大事だが彼の場合は宴を盛り上げることも大きな使命。同時に自身にとっての大きな楽しみでもあり、昔から目立つのは大好きだった。

 メガホンを使って声を大きく、宴で騒ぐ人々へ語り掛ける。

 

 「よぉ~し諸君! 盛り上がってるかァ! おれこそが反乱を止めた功労者且つ張本人、キャプテン・ウソップだァ!」

 「おおっ、あれが例の!」

 「キャプテン・ウソップ~!」

 「アラバスタの救世主!」

 

 姿を見せただけで国民がわっと盛り上がり、気分を良くしたウソップはますます胸を張る。

 

 「え~歌います! キャプテン・ウソップのテーマ!」

 

 ウソップが大声で歌い始めたことで、メロディも知らずに歌い出す者は多かった。辺りは先程よりも騒がしくなり、見よう見まねで踊り出す人々が続出する。

 それを見下ろすウソップはさらに気分を良くして、どんどんノっていった。

 

 至る所で一味が大騒ぎして注目を集めている。

 大なり小なり違いはあったが、それだけ目立つ人間だったということだろう。

 

 ただただ酒を飲み続け、その量で驚かれていたのはゾロとナミだ。

 別に勝負をしているつもりはなかったが、今日くらいはいいだろうと酒が進んでいるらしい。

 ゾロは何本かの酒瓶を空にした後、面倒になったのか樽に手をかけていた。一方のナミは次から次にジョッキを開けるため、侍女が慌てて辺りを行き来している。

 

 「なんだ、もうねぇのか。樽でもらえるか」

 「こっちもなくなったわよー。どんどん持ってきて~!」

 

 上機嫌な二人は宴の中で遠慮する気はなく、酒を飲み干す速度は変わらない。

 近くに居た者たちは驚き、興味を惹かれ、どこまで飲むのか好奇心を持って眺めていた。

 

 比較的近い位置にシルクが座っていて、辺りを見回し、笑顔だった。

 彼女の隣にはチョッパーが居て、緩んだ顔で甘いお菓子を頬張っている。にこにこしているその可愛らしさに目を奪われるのは老若男女問わなかった。

 

 「うんめぇ~! 宴って楽しいなぁ~」

 「そうだね。みんなも楽しそう」

 

 シルクは国民が楽しそうに騒いでいる姿を見て、微笑ましい気持ちで頬を緩める。

 

 「よかったね。またこうして集まれて」

 「うんうん。本当に大変だったなぁ」

 「今回、改めて思ったよ。ずっとみんなでこうしてたいね」

 

 彼女の呟きにチョッパーは嬉しそうに頷く。

 こうして宴が楽しいのは仲間が居るからに違いない。

 何度でもこの仲間たちと宴をしたい。この先もずっと旅をしていたい。改めて心からそう思う。

 

 仲間たちが騒いでいる姿を、キリは微笑ましそうに見ていた。

 椅子代わりに用意された木箱に腰掛け、酒が入ったジョッキを片手にじっとしている。

 

 以前見た風景と同じ。だが今は心境が違う。

 ようやく肩の荷が下りたようだ。いつからか頭には常にバロックワークスとの戦いがあり、そのために費やした時間も実は多い。全てはこの一味で戦いに勝つため。

 終わった現在は本当にほっとしている。

 そのため、体には一切力が入らず、緩んだ顔で辺りの風景を見回している。

 

 だからだろうか。彼女たちがすぐ近くに来るまで全く気付かなかった。

 落ち着いた顔で座るキリの下へ、ビビがやってくる。その隣にはコーザが居た。

 見るからに複雑そうな顔をしていて、キリは以前会った時と変わらない笑顔、しかし少しだけ前とは違うように感じる姿で、不思議と緊張している。

 

 「キリさん」

 

 呼ばれて振り返ると初めて気が付いたらしい。キリは一瞬驚いた表情を見せた。

 直後には仕方なさそうに苦笑し、彼の方へ体を向ける。

 

 何から話せばいいのか。

 ビビに促されて一歩だけ前へ出たが、コーザは立ち尽くしたまま動けず、彼の顔を見つめてぴくりとも動けない。完全に普段の自分を見失っていた。

 どちらも視線を合わせて口を開かない。それでもキリは敢えて待った。

 

 今なら彼と向き合うことができる。

 微笑みを絶やさずキリは待ち、もし罵倒されるようならそれさえも受け入れる気だ。

 その覚悟が伝わったのか。コーザは戸惑いがちにぽつりと言葉を発した。

 

 「久しぶりだな、キリ……」

 「うん。久しぶり」

 「ビビから聞いたよ。お前やこの国にあったこと、全部……」

 「そっか」

 

 いつかと同じような状況。こうして彼と話す機会は多かった。しかし、本当はコーザが知らないキリが居て、ずっと彼に隠し事をされていたのである。それどころか利用されていた。国を潰すために動かされていたのが自分と、そして反乱軍だったのだ。

 戦闘中にウソップから、そして戦いが終わった後にビビから聞かされて信じられなかった。

 彼は何も弁解しようとしない。その態度から、本当なのだろうと納得してしまう。

 

 「おれは――」

 

 ふと地面に視線を落とした。

 自分の気持ちに向き合い、本心を語ろうとしているのだろう。少なくともコーザはこれまで彼に対してずっとそうしてきた。付き合った時間は短くとも心の支えになるほど頼りにしていたから。

 たとえそれが作戦で、偽りの関係だったとしても、コーザにとっては紛れもない事実。

 

 顔を上げた時、すでに迷いは断ち切ったらしい。

 コーザは先程よりも力強さを感じさせる目でキリを見つめる。

 

 「親友だと思ってたのはおれだけか……?」

 

 キリは目を伏せた。

 様々な想いがあった。生きることを諦めようとさえ思った。そんな中で出会ったのが彼だ。

 今度は偽りの自分ではなく、本当の自分として。静かに言葉を紡ぐ。

 

 「最初は計画のためだった。それは本当だよ。だけど、いつからかユバに行った時、君と話している時だけは普段の自分とは違ってた」

 

 目を開いたキリはコーザを見、やはり以前とは違う顔を見せて言う。

 

 「君と居る時は、多分、安心してたのかな。それだけは嘘じゃない」

 「……そうか」

 

 深く息を吐いた後、ようやくコーザが笑みを見せた。

 座ったままのキリの前まで移動する。

 近くで見れば余計に彼の怪我がひどかったのだとわかる。ほとんど全身に包帯が巻かれており、聞けば巨大な砲弾を空へ運び、爆風を浴びたらしい。一時は死んでしまったのかと思ったとはビビから聞いた話だ。

 

 それもこれもアラバスタとその国民を守るため。長い時間をかけて陥れようとしていた人間が命を張って守るなどおかしな話だ。

 そっと手を伸ばして、コーザはキリへ握手を求める。

 

 「お前がどこの何だろうが、どんな考えがあったとしても、お前の存在に助けられたことは変わりねぇんだ。もう一度……今度こそ友達になってくれねぇか?」

 「いいの? 今までずいぶん嘘ついてたのに」

 「その怪我でチャラってことでいいだろ。せっかくこれだけ盛り上がってんだから」

 

 これほど陰りのない笑顔を見るのは初めてな気がすると、キリはコーザを見て頬を緩めた。

 差し出された手を静かに握る。

 怒鳴られるかもしれないと予想していたのにずいぶんあっさりした様子だ。しかしコーザは満足した様子であり、自分から追及するのもおかしな話だろう。

 手を放した時には、彼らは以前に似た、しかし確実に違うだろう関係になっていたに違いない。

 

 コーザが近くにあった樽を運んでくる。

 キリが座る木箱の隣へ並べて、その上へ腰掛けた。

 

 アラバスタの国民たちが宴で大いに笑っていた。もちろん麦わらの一味に感化されてだ。彼らの存在があるから皆が一時の辛さを忘れ、精一杯笑い、今を生きている。

 こうなるまでに使った時間はあまりにも多い。だがかつて望んだはずのもの。

 キリの隣で同じ風景を眺め、やっと肩の荷を下ろしたコーザが呟いた。

 

 「いつか話したよな。おれはこういう国を見せてやりたかったんだ」

 「ちゃんと見せてもらったよ。いい国だね」

 「おれの力じゃねぇさ。ビビと、お前らのおかげだろ」

 「そう? 結果的に反乱軍じゃなくなったし、コーザの力も少しくらいはあるよ」

 「おい、少しって……まぁそうだが」

 

 少し前の緊張感が嘘のように、子供のように笑い始める二人を見てビビは安堵する。

 もう少し揉めるのかと考えていたが杞憂だったようだ。

 彼女はそっと傍を離れ、迎えにきたらしいカルーと一緒に仲間たちの下へ向かう。

 

 さっきまでバラバラに楽しんでいたのにいつの間にか集まっていた。

 大きく作ったキャンプファイヤーの周りで、肉や酒を片手に持ち、太鼓代わりにフライパンやメガホンを叩き、口いっぱいに甘いお菓子を詰めながら踊り出す。

 だんだん騒々しさが増してきた。

 やはりこういう時、中心には彼らが居るのだ。

 

 「ビビ~! 肉食ってるか~!」

 「アラバスタのお菓子もうまいぞっ!」

 「ビビ! カルー! お前らもこっち来い! 今日は踊るぞぉ~!」

 「ビ~ビちゅわ~ん! 一緒に踊ろぉ~!」

 

 すでに飛び跳ねるように踊りながら呼んでくれる。これを無視する訳にはいかない。

 ビビは嬉しそうにカルーの顔を見た。

 

 「行きましょカルー。みんなに遅れちゃうわ」

 「クエ~!」

 

 彼女たちも仲間たちの下へ向かい、参加して、打ち合わせた訳でもなく一列になると、彼らはキャンプファイヤーの周りを歩き始めた。それを見て国民たちも寄ってくる。

 いつしか大きな輪が生まれ、歌いながら踊り、広場の盛り上がりはまた形を変える。

 

 一瞬にして空気を変えてしまい、アルバーナは今、まるで彼らの手の中にあるかのよう。

 ある意味では海賊に支配されてしまったように見えて、しかし人々はそれを拒んでいない。

 

 俯瞰的に広場を見ていたコブラは穏やかな笑みを浮かべる。

 隣には同様に微笑むイガラム。今だけは一味の輪に加わらず、確かに変わろうとしている国の姿を王と共に眺めている。

 弾けるような笑顔を見せるビビは、彼らにとっては何よりも眩しかった。

 

 アラバスタは変わる。

 それはもはや確信であった。

 その瞬間をこの時に見た二人は短く語る。

 

 「イガラム」

 「はい」

 「これでいい。アラバスタはこれでいいのだ」

 「そうですな……私もそう思います」

 

 町を照らす大きな光は、いつになっても弱まることはなく。

 彼らの心に呼応するが如く雄々しい姿を見せた。

 

 広場に居る大半の人間が歌い、踊る姿に目を奪われ、二人は座ったままだった。

 キリとコーザは会わなかった時間を埋めるように語らう。

 彼らの顔は晴れ晴れとしており、以前と似た、しかし以前よりも近い関係にあった。

 

 「そういや、お前海賊だったんだよな」

 「そうだよ。子供の頃からずっとね」

 「考えてみりゃそんな話、聞いたことなかった……まぁ、言わないようにしてたんだろうが」

 「だって、言ったらバレちゃうしさ」

 「今ならいいだろ? 聞かせてくれよ。お前の話」

 

 問いかけてくるコーザの表情を確認して、キリはわずかに肩を揺らす。

 

 「そうだなぁ……そもそものきっかけは――」

 

 ぽつぽつと静かに語り出す。周囲の喧騒とは打って変わった様子だった。

 静かに、周囲の音に耳を傾けるように。

 キリの語りをコーザは聞き、夜は騒がしくも楽しいまま更けていく。

 


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