ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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裸の王様

 「うおぉ~!? すげぇ~!」

 「でっけぇ風呂だなぁ! ゴージャスゴージャス!」

 

 あまりに広大な風呂場に立って、ルフィとウソップは目を輝かせる。

 怪我をしているからという理由で宴を抜け出し、やってきたのは宮殿内にある風呂。コブラの誘いに乗った彼らはその豪勢な雰囲気に口元を緩ませていた。

 

 誰もが裸になって立っている。

 コブラは皆を見回し、手短に説明する。

 

 「宮殿自慢の大浴場だよ。本来雨季にしか使わんのだがね。礼というには安いが、せめてここで体の疲れを取ってくれ」

 「うわっ、滝がある!」

 「おい見ろゾロ! 修行ができるぞ!」

 「なんの修行だよ……」

 

 呆れたゾロが一応目を向ける。

 巨大な浴槽は正面にあり、金色に輝く獅子の像が口を開け、大量の湯を吐き出している。洗い場だろう空間は右側、彼らが言う滝は左側の隅にある。

 浴場内を確認してからルフィとウソップは我先にと駆け出した。

 

 「おれが一番だぁ!」

 「いやおれだぁ!」

 

 走り出した途端、二人は足を滑らせ、勢いよくこけて頭を打ち付ける。

 

 「へぶっ!?」

 「何がしてぇんだお前ら……」

 

 あくまでもゾロは呆れていて、先に体を洗うため洗い場へ向かう。

 同じくキリやチョッパーもそちらへ歩き出していた。

 

 「おれ、こんなにでかい風呂初めてだ」

 「ボクもこの規模は初めてだなー。王族とは敵対してた立場だからね」

 「お前は要領がいいな。自分だけちゃっかり生き残りやがって」

 「まぁね」

 

 彼らは椅子に座って体を洗い始めた。

 キリが桶を使って頭からお湯をかぶる。横目で見ていたゾロは一応彼の挙動に気を付け、普段ならそれだけで動けなくなるだろうと注視していた。しかし、確かに体から力は抜けたが、意外にも全く動けなくなるという様子ではなかった。

 力が抜けてふにゃりとしながら、キリはもう一度お湯をかぶろうとする。

 

 「はぁ~力抜ける~」

 「お前、平気なのか?」

 「どうも前とは体質変わったみたいだね。力は抜けるけど、完全に動けなくなるわけじゃないみたいだ。紙の操作でも少し試してみたよ。まだ慣れるまで時間かかるけど」

 

 キリは桶に入れたお湯の水面を眺めて穏やかに笑う。

 

 「死にかけた甲斐はあったってことだ。これで少しレベルアップかな」

 「縁起でもねぇ……」

 「そういうゾロこそ、斬り殺されそうになって鉄が斬れるようになったって聞いたけど?」

 「関係あるか。おれは実力で斬ったんだ」

 「別に強がらなくていいのに」

 「強がってねぇ」

 「認めてもいいよ?」

 「実力だ」

 

 二人の間に座ったチョッパーは頭からお湯をかぶり、顔を振って水滴を飛ばす。

 風呂に入ること自体を嫌っている訳ではない。しかし元々が動物。くれはや仲間との生活で感性は人間に近付いていても動物としての生き方を忘れた訳ではなく、日頃はあまり重要視していない様子だ。風呂に入ることよりこうして仲間と一緒に居る方が楽しいようだ。

 だからか、仲間と一緒に風呂に入れることを楽しんでいる顔だった。

 

 石鹸を使って体を洗い始め、泡にまみれながらチョッパーが言う。

 二人の顔を見ながら不思議そうな顔だ。

 

 「弱点が無くなったってことか? そんなことってあるのかな」

 「能力の練度が高くなったってことかな。今回のは偶発的だけど死ぬ気で動いたしね」

 「へぇ~。それじゃあキリはいつか泳げるようになったりするのかな」

 「そりゃ無理だろ。一生カナヅチだ」

 「ボクは諦めたわけじゃないよ。いずれはって思ってるし」

 「やめとけ。どうせ溺れて助けられてるのが目に浮かぶ」

 「え~」

 

 彼らが話している一方、コブラは湯船の縁に座り、皆へ語り掛け始めた。

 はしゃいで動き回っているルフィとウソップ以外は自然とその声に耳を傾ける。

 

 「宴は実に楽しかったよ。途中で抜け出すのがひどく惜しかったくらいだ。あれだけのことがあったばかりだからどうなることかと思ったが、君たちが相手ではいつまでも沈んだ顔をしていられないらしい。この町の者たちは元気を取り戻したようだよ」

 「大したことはしてませんよ」

 「まぁ、ただ食って飲んで騒いだだけだからな」

 

 振り返ったキリが言うとゾロが付け足す。彼らにしてみれば、国民を助けようだとか笑顔にしたいという想いは希薄だ。ただ騒げるなら人数が多い方が盛り上がるというだけである。

 そのためだけに多くの人間を巻き込み、大騒ぎをした。

 その結果として参加した国民が笑顔になり、元気を与えられたというだけの話。

 

 あくまでも態度は海賊として。彼らはヒーローになりたい訳ではない。

 行動の根本には自分たちのためという意思があるのである。

 

 彼らの言葉を聞いたコブラが笑みを深めた。

 どんな考えにせよ、広場で一緒に騒いだ人間の心が救われたのは事実。どれほど言葉を重ねても感謝は足りないと思い、その考えは今も変わらなかった。

 

 改めて礼を言おうとした時だ。

 かけ湯をしていたイガラムの背を叩き、緩い顔を見せるサンジが鼻の下を伸ばしていた。

 

 「まぁ堅い話は後にしてだ。そろそろいいだろ? 女湯はどっちだ? ん?」

 「アホか!? ビビ様もおられるのだぞ!」

 

 サンジの声が聞こえたのだろう。コブラがおもむろに立ち上がった。

 

 「あの壁の向こうだ」

 「国王コノヤローっ!?」

 「おっ。おっさんイケる口だなー」

 

 真面目な顔でコブラが壁を指差した途端、イガラムは立場を忘れて絶叫していた。

 彼の行動によって一味は動き出す。

 まず真っ先にサンジが喜々として壁へ向かって歩き出し、先程まで子供のようにはしゃいでいたウソップもそちらへ向かった。

 

 そうとは知らず、女湯では三人が穏やかな一時を過ごしていた。

 

 椅子に座ったナミの背をビビが流しており、近くにある広い湯船にはシルクが居る。

 三人は笑顔で話をしており、あまりにも無防備な姿だった。

 

 「きもちいい~。こんなに広いお風呂がメリーにもあればよかったのに」

 「ふふふ、そんなこと言うとメリーが拗ねちゃうよ?」

 「メリーには感謝してるわよ。でもこれを見せられちゃうとなぁ~」

 

 流石は王宮。風呂場を見回すナミは羨む様子で目を輝かせる。それを見るシルクは優しく微笑んでおり、歳は下だが姉のように彼女を見守っていた。

 ナミの背を洗うビビもまた、いつになく上機嫌そうに笑みを浮かべている。

 

 「どこかにこんなお風呂がついた船ってないかしら」

 「きっとあるわよ。海は広いもの」

 

 言い出したのはビビ。手を動かしながら、弾むように楽しげな声で語り出す。

 

 「巨人も居た。動物たちの王国もあった。雪国には桜も咲いた。海には、まだまだ想像を超えることがたくさんあるんだわ」

 

 その声があまりにも楽しそうで、ナミは思わず振り返った。

 彼女の視線でハッとした様子のビビが言葉を止めるが、妙に戸惑ってしまい、逃げるように視線を彷徨わせるとシルクも同じような表情をしていることに気付く。

 不思議と恥ずかしくなってしまって、笑みはぎこちないものに変わった。

 

 「えっと、その……」

 「交代」

 「え? あ、うん」

 

 ナミがそう言ったことでタオルを受け取ったため、ビビは彼女に背を向けようとした。

 その時自然と壁に目が行って、壁の縁に捕まるようにして男たちが顔を出している。なぜか当初は止めていたはずのイガラムまで確認できた。

 サンジやウソップはもちろん、ルフィとチョッパー、コブラまで参加している。

 当然ビビは驚いて、タオルを巻いて隠していたのだが咄嗟に自分の体を抱きしめ、同様に湯船に居たシルクが体を沈ませる。ナミだけは背を向けて座っていたとはいえ全く動じていない。

 

 「ちょっとみんな!? 何やってるの!?」

 「ん?」

 

 ナミが振り向いて気付いた時、溜息をついたシルクが困った顔をする。

 すぐに右手を上げ、指を伸ばし、わずかに振ると風を動かした。

 

 「もう、しょうがないなぁ……」

 

 些細な動作で皆が即座に気付いた。

 シルクが右腕を振った瞬間、強烈なかまいたちが浴場を駆け抜ける。

 男たちは本能的な行動で咄嗟に壁から手を離し、重力に従って落下していった。

 

 「こら!」

 「うおおっ!? 危ねぇ!?」

 「覗いちゃだめだよ、みんな」

 

 悲鳴を上げながら落ちていった男たちを見送り、ナミはからからと笑う。彼女につられたのか、焦りを見せていたビビも徐々に落ち着きを取り戻して、最終的には苦笑する。

 二人は全く怯んでいなくて、むしろ彼らを一蹴してしまった。

 わかってはいたが、その度胸で彼女たちが海賊なのだと改めて見せつけられた気がする。

 

 泡を流し、一応体にタオルを巻き、ナミが立ち上がる。すると自分が居た場所をビビに勧めた。

 男湯には背を向けていた方がいいと判断したようだ。

 

 「こっち座って。今度は私が洗うから」

 「ええ……ところで、みんな大丈夫かしら」

 「気にしなくていいわ。むしろちょっと痛い目に遭うくらいでちょうどいいの」

 「ルフィさんはまだ怪我が……」

 「大丈夫大丈夫。あいつは人一倍頑丈だから」

 

 ナミの手がビビのタオルを取り、恥じらった彼女は振り返るのをやめて前を向く。

 泡立てたタオルで彼女の背を洗い始めた。

 シルクは時折男湯の方を気にしながらも二人のやり取りを見守り、しばし口を閉ざして聞き役に徹する。ちょうどナミが核心をついた質問をしたところだ。

 

 「ねぇビビ。あんたどうするの?」

 「え?」

 「もしその気があるなら、私たちには受け入れるつもりはあるわ」

 

 そう言われてビビの表情が一瞬で変わった。

 迷うような、戸惑うような顔を見せる。角度の関係上、シルクにしか見えなかった。ひょっとしたらその顔は見せたくなかったのかもしれない。

 

 「今すぐ出発するわけじゃないわ。ゆっくり考えてくれていい。だけどルフィとキリの怪我が一段落したらこの国を出るつもりよ。それまでには答えをちょうだい」

 「……ええ」

 「ただね。私はなんとなくわかってるつもり」

 

 ナミは手を止めて、ふと目を伏せて笑顔で言った。

 

 「これでも仲間として一緒に航海してきたんだもん。同じ女だし、話すこともたくさんあった。だからあんたの選択にケチをつける気なんてさらさらない」

 

 目を開けると背を見つめ、語る声はひどく穏やかだった。

 

 「あんたの自由にしなさい。心配しなくても、私たちの船長はそれを許してくれる奴だから」

 

 ビビは、今の気持ちを言葉にすることができなかった。

 何も言わないが頷くことで意思を表す。

 選択する時間は与えられた。選ぶのは自分だ。

 

 ナミはさっき、ビビの決断がわかる気がすると言ったが、傍から二人を見ていてシルクにもわかる気がした。ビビがどんな選択をして、船長であるルフィになんと言うのかが。

 彼女も同じくその決断を無理に覆そうとは思わない。

 どんな道を選ぼうと彼女を仲間だと思っている。シルクは迷うビビを笑顔で見つめた。

 

 一方、シルクのかまいたちを避けて落下した男たちは、床に背をつけて転がっていた。

 バカ騒ぎをして心地よい疲労感。ぽつりとコブラが呟く。

 

 「ありがとう……」

 「エロ親父」

 「そっちじゃないわ!?」

 

 覗きをしたことへの礼かと思った一同が声を揃えた瞬間、コブラは飛び起きた。

 皆もその場へ座って、胡坐を搔いたコブラに注目する。

 

 「国をだよ」

 

 言った直後に頭を下げた。地面に擦りつけるほど低かったことにより、イガラムは絶句し、間近で見ていたルフィたちも真剣な顔を見せる。

 湯船に居たゾロは呆れており、隣に居たキリはだらしない姿勢で微笑んでいた。

 皆の注目を一身に浴び、コブラは口を開く。

 

 「君たちが居なければこの国は滅んでいた。ずっと礼が言いたかった」

 「おいおい、いいのか? あんた国王だろ」

 「お気持ちはわかりますが、これは大事件ですよ国王様……たとえ国の一大事といえど、王が人に頭など下げてはいけません」

 「イガラムよ。権威とは服の上から着るものだ。だがここは風呂場」

 

 彼の言葉にイガラムは息を呑んだ。

 今日まで待っていたのだろうか。王ではなく一人の人間として彼らと向き合えるまで。

 こういうお方だったと、今度は安堵して笑みが浮かぶ。

 

 「裸の王などいるものか。私は一人の父として、この土地に住む者として心より礼を言いたい」

 

 顔を上げてルフィの顔を見、皆の顔を見回す。

 そして国王ではなく一人の人間として礼の言葉を告げた。

 

 「どうもありがとう」

 「ししし。いいよ。勝手にやっただけだ」

 

 ルフィは笑顔で気楽に答えた。

 彼なりの気遣いか、それとも本心か。どちらにしてもコブラは心から笑う。

 その時、湯船の縁にもたれてだらしなく座っていたキリが口を開いた。

 

 「いいなぁみんな。女湯覗けて」

 「いや今更かよ」

 「お前、この空気でなんつーことを」

 

 力の抜けたキリの発言にウソップが反応し、サンジも呆れた顔だ。そもそも女湯を覗こうと言い出したのは彼なのだが素知らぬ顔だった。

 首を動かしたキリがサンジを見てその点を指摘する。

 

 「言い出したのはサンジだよ」

 「バカ。おれは空気を読んで言ってんだよ。お前らが喜ぶと思ってな。そもそもおれが本気でそんなことしたいなんて思ってると思うか?」

 「むしろ君しか喜ばないよ」

 「頭ん中にそれしかないからな」

 「あぁん? なんだマリモ、なんか言ったかコラ」

 

 立ち上がったサンジが湯船へ近付き、ゾロを睨みつける。当然彼も怖い顔で睨み返した。

 すぐ傍で二人を確認したキリは余裕を見せて微笑む。

 

 「大体がお前の方がおかしいんだ。前にも言ったはずだがアホだからさては忘れたな。魅力的な女性を見て恋をするのは男として正常な反応だぞ。頭おかしいんじゃねぇか?」

 「おかしいのはお前だろ。その辺に頭でもぶつけたらどうだ? もう少しマシになるぞ」

 「ボクはどっちもおかしいと思う。一番マシなのはボクくらいの感じだよ」

 「あぁ? むしろお前が一番ぶっ飛んでんだよ」

 「ある意味じゃルフィ以上だ」

 「ひどいなぁそれ。ルフィよりはマシだと思ってるんだけど」

 

 話している最中に、楽しげに走ってきたルフィが広い湯船へ飛び込んだ。

 勢いがよかったために水しぶきが飛び散り、ゾロが迷惑そうに顔を拭って、キリが湯の中に沈みかけたことで咄嗟にサンジが頭を掴む。

 辛うじて沈まずに済んだ様子のルフィは笑顔で彼らに向き直った。

 

 「しっしっし。キリは変な奴だからな」

 「お前が言うんじゃねぇよ」

 「そもそもお前が変な奴だから、変な奴ばっか集まるんだ。だがナミさんとシルクちゃんを見つけたのはグッジョブだ。そこだけは尊敬できる」

 「ルフィ、危ないよ。ちょっとは動けても水に浸かってるとほとんど動けないんだから」

 

 口々に飛び込んできたルフィへ文句を言い、しかし彼は笑って聞き流す。

 それからすぐにウソップとチョッパーもやってきた。湯の中へ入りながら会話に参加する。会話には加わっていないがコブラやイガラムも湯の中に入った。

 

 「まぁ~実際バケモノばっかりだよな、うちのクルーは。怪力剣士に女好きのコック、考えることがおかしい副船長に喋るトナカイ。で、船長がアレだ」

 「でもおれはみんなのこと好きだぞ。バケモノでも好きだ」

 「一番のバケモノはお前だろ」

 「そうなのかっ!?」

 「お前も人のこと言えねぇだろ、長っ鼻」

 

 最後にサンジが湯に入って落ち着いた。

 あれこれ言うものの仲は良い。コブラとイガラムは微笑ましく彼らを見る。

 

 「ナミとシルクが居てよかったね。バケモノだらけのうちの船に」

 「いやぁそれは全くそうだ。彼女たちが居てくれるだけで生きる活力が湧いてくる。おれはあの二人が実は天使と女神だったんじゃねぇかと思ってるんだ」

 「んなわけねぇだろ」

 「あいつらもかなり問題はあるがな……」

 

 気を抜いたキリと浮かれるサンジに、呆れたウソップとゾロがすかさず反論。

 もうそれなりに長く航海しているのに不思議と会話が尽きることはない。

 

 彼らは滅多に見れない広い風呂を楽しみ、落ち着いて話した後にはまた騒ぎ始める。先頭になるのはやはりルフィやウソップで、今度はすかさずチョッパーも続いた。

 どうやら少しも黙っていられない性分らしい。

 それが海賊なのか、はたまた彼ららしさなのか。

 今度はコブラも同様に、無邪気に遊び始めて、今度こそイガラムの叱責が飛ぶ。たとえ今だけは王でなくとも、大人として如何なものか、と怒声が広大な浴場に響き渡った。

 


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