ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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第一回枕投げ大会

 風呂から上がった一味はベッドが複数並ぶ広い寝室に集まっていた。

 散々騒いで、これまでの疲れを洗い流して、それぞれがぐったりしつつもまどろみのような一時を味わっている。多くがベッドに座り、或いは寝転んでの静かな時間だった。

 

 疲れた顔で深く息を吐いたウソップはチョッパーと共にベッドの上で脱力していた。

 その隣ではルフィが果物をかじっており、頬を膨らませている。

 

 「はぁ~……改めて大変だったなぁ。ルフィも起きてこれでようやく終わりって感じだ」

 「海賊ってすげーなぁ」

 「そりゃそうだろ。でもなチョッパー、実を言うとおれ一人でもバロックワークスを壊滅させられたんだぜ。今回はたまたま調子が悪かったけどな」

 「そうなのかっ!? すげーなウソップ!」

 「ああ。なんせおれは、あのキャプテン・ウソップだからな」

 

 またしてもチョッパーがウソップの嘘に騙され始めた頃、窓辺に立ったビビは外を見ていた。

 空の色を変える大きな炎。今の色は暖かい。破壊された時とは違う。

 彼女は国民の笑顔を想って微笑んでいる。

 静かに隣へ立ったシルクはビビの横顔を見ながら尋ねた。

 

 「抜け出してきてよかったの?」

 

 ビビはじっと広場の明かりを見つめて、迷わずに頷く。

 

 「ええ……もう少し居たかった気持ちもあるけど」

 

 振り向くビビがシルクの目を見る。

 迷いなど一つもない澄んだ瞳。シルクは安堵した。

 

 「今は、あなたたちとの時間が大切だから」

 「ありがとう」

 

 二人が笑顔を向け合う。

 言葉にはしなかった彼女の決断を、シルクは理解した気がする。しかし気付いたことを伝えず、何も言わなかった。

 どんな選択であっても否定はしない。それが彼女の意思なら。

 

 ベッドの上で胡坐を搔くルフィも広場の明かりに気付き、腹を鳴らす。一時は満足したはずだが大きく膨らんでいたはずの腹はすっかり元通り。もう腹を減らしたようだ。

 風呂に入った後だが今から戻ろうかとうずうずしている顔だった。

 

 気付いたサンジが彼へ言う。

 戻りたいのは彼も同じだが全員が回復したばかり。流石に今日は大人しくしていた方がいい。

 

 「まだ肉あるかなぁー。もう一回食いに行こうかな」

 「やめとけ。お前が食っちまうと国の連中の分が無くなる」

 

 振り向くルフィに気付きながらも窓の方を見るサンジは冷静な顔で呟く。

 

 「この国が受けた傷は相当なもんだ。腹が減ってりゃ復興もできねぇ……お前の大食漢はよく知ってるが今日は我慢しとけ。明日になったらおれが嫌ってほど食わせてやる」

 「うーん……そうだな。今日は我慢する」

 「お、ルフィが肉を諦めたぞ」

 「明日は雨かな。雪かもしれない」

 

 珍しく我慢するつもりのルフィにウソップとキリが心配そうに窓の外を眺めた。

 その発言が気になったチョッパーが質問する。

 

 「砂漠にも雪が降るのか? 涼しくなるかな?」

 「普通は降らないよ。雨が降るのも珍しいからね」

 「でもグランドラインだからな。どっかの砂漠なら雪も降るかもしれねぇぞ」

 「そうなのか……見てみてぇなぁ。おれやっぱり暑いの嫌だ」

 

 チョッパーが小さく溜息をつく頃、窓の傍を離れたビビが彼の隣に座り、シルクは彼らが居るベッドの傍に立ってくすくす笑う。

 非常に和やかな空気。少し気だるさを感じさせる、重くも軽い疲労感がある。

 そんな中でウソップの目がじとりとサンジを捉えた。

 

 「で、お前は何してんだよ」

 「あ? 見てわかんだろ。ナミさんのために布団を温めてんだよ」

 

 誰よりも早くベッドに寝転び、布団をかぶっているサンジが真剣な顔で告げた。

 どうせそんなことだろうと思っていたので今更誰も呆れない。

 話を振られたナミは扉の近くにある椅子に座ったまま彼へ答えた。

 

 「言っとくけど、私たちは別の部屋で寝るから」

 「えええええっ!? 一緒の部屋じゃないのぉおおおっ!?」

 「当たり前でしょ。大体昨日もそうだったじゃない」

 「いやほら、宴のテンションで……!」

 「誰がそんな手に乗るかっ」

 

 ナミに睨まれてサンジは意気消沈する。

 逆にキリは上機嫌に笑い、当たり前だと言わんばかりにウソップが枕を投げつけた。サンジの顔に直撃してぼふんと音を立てる。

 

 「めげないねぇサンジは」

 「つーかお前は見境ねぇのか。いい加減学べよ」

 

 顔に受けた枕を咄嗟に掴んだサンジは、起き上がって即座に枕を振り上げた。

 

 「学んでねぇのはお前らだろ。おれはむしろ正常で、お前らの方が異常なんだよ」

 「うおっ!? 危ねぇ!」

 

 ウソップ目掛けて投げつけた枕は回避された。あらかじめ来るだろうと予想していた彼がベッドの上で転がり、同じくチョッパーも楽しげに転がっている。

 徐々に空気が変わりつつあるのはウソップだけでなくキリも認識していた。

 

 素早く枕を一つ回収したウソップは立ち上がる。

 胡坐を搔いたサンジに指差し、怒るような口調で言い始めたのだ。

 

 「大体だ。お前が女を蹴らねぇって言うから、おれはあのレモン女を一人で、しかも傷一つつけずに倒したんだぞ。おれの本分は援護だって知ってんだろ!」

 「ならお前にボム男を任せりゃよかったってか?」

 「いや、お前が主力でおれが援護がよかったです」

 「んな甘い話があるか。まぁ、レディを傷つけなかったって話は評価するが」

 

 不穏な空気を察してサンジは冷静に四肢を動かし始める。

 そしてウソップが枕を振り上げた時、サンジは素早く動いて飛んでくる枕を回避した。

 

 「とにかく! おれはお前に不満があるって話だ!」

 「おっと」

 

 華麗に避けたサンジはベッドを降り、悠々と着地するとゆっくりとした動きで自身が寝転んでいたベッドの枕元へ歩き、枕を手に取る。いつの間にかにやりとした笑みがあった。

 すかさずウソップは別のベッドから枕を取った。

 パッと顔を上げた瞬間にサンジを見るのだが、腕を振った時には狙いを変え、興味津々に身を乗り出しているルフィへ枕を投げつける。

 

 「お前もだぞルフィ! いつもいつも心配させやがって!」

 「ぼふっ!?」

 

 顔面に枕が直撃し、しかしダメージのなかったルフィは喜々として枕を手にした。

 ウソップはさらに別の枕を確保。ダイナミックな動きでベッドからベッドへ飛び移る。一つ手にした時点で次は呑気な顔をしていたキリを狙って投げた。

 

 「お前も! 心配やら迷惑やら色々かけやがって!」

 「うわっ。危ない危ない」

 

 涼しい顔で避けたキリはすでに落ちた枕を拾っていて、立ち上がると早々に構える。

 この時になればチョッパーは目を輝かせていた。

 意図を理解した面々はそれぞれ反応している。ナミは呆れて溜息をつき、シルクは苦笑し、ビビは楽しそうに笑っていた。

 

 各々が動き始めて枕を手にする。

 新たな戦いの予感を感じていたようだ。

 

 きっかけを与えたのはルフィだった。誰を狙おうかと注意力が散漫になっていたウソップの後頭部に枕をぶち当て、驚いたウソップが倒れたことで笑う。

 その瞬間にチョッパーとサンジがウソップへ枕を当てて、楽しげな悲鳴が上がった。

 

 「しっしっし! かかれ~!」

 「うおいっ!? 卑怯だぞルフィ! つーかおれだけ狙うなッ!?」

 

 ウソップが飛び起きると同時、キリが投げた枕がウソップの顔に直撃する。

 けらけら笑うキリを見てウソップが即座に反撃した。

 自分に当てられた枕を拾い上げ、次々投げつけて、室内を枕が飛び交う。笑顔と悲鳴に包まれたその一室は王宮で最も騒がしい場所となった。

 ベッドを使って飛び跳ねて、まるで子供のようにはしゃいでいる。

 

 ある時、ウソップが一足先に寝ていたゾロへ目を向けた。

 一人だけ呑気に眠りこけ、不参加など許さない。

 ゾロが眠るベッドへ飛び移り、飛び跳ねて大きく揺らしながら、彼の顔へ枕をぶち当てた。

 

 「で、なんでお前だけ寝てんだよ!」

 「ん?」

 

 枕を当てられた衝撃でゾロが目を覚ます。眠たげな眼を擦って上体を起こし、ひとまず何が起きたかを理解するため周囲を見回す。すると枕を持った仲間たちが自身を見てにやついていた。

 まだ呆けていたせいで理解が遅れ、頭を搔いていると全員が一斉に動く。

 

 「何やってんだお前ら? 宴か?」

 

 無言で、複数の枕をぶつけられた。

 仲間たちは楽しげに笑うものの、当てられたゾロは瞬時に意識を切り替える。

 その時の彼の目は戦いへ挑む際のものだった。

 

 「よし……覚悟はできてるんだろうな?」

 「だっはっは! ゾロが怒ったぞ~!」

 「逃げろ~!」

 「待ててめぇら!」

 

 各々が枕を手に持ち、動き出したゾロを避けて部屋の外へ飛び出した。

 まず先にルフィとチョッパーが勢いよく廊下を走り出し、続いてキリとウソップ、その次に女性陣三人とサンジが駆ける。

 一番最後に部屋を出たゾロが両手に枕を持ち、彼らを狙って猛然と追ってきた。

 

 彼らの騒ぎは寝室だけでなく、王宮全体へまで広められる。

 多くは広場の宴へ出かけていたが、管理のために残っていた人間が驚いた顔で彼らを見ていた。

 侍女や執事、或いは兵士。通り過ぎる際には驚愕の顔を見ることとなった。

 

 走りながらウソップは隣を走るキリへ声をかける。

 追ってくる相手が何しろ強敵。自分一人では不利と考えたのだろう。

 

 「おいキリ、手を組まねぇか? 流石にゾロが相手じゃきつい。二人がかりであいつを撒こう」

 「いいよ。それじゃもう少し怒らせた方がいいね。冷静な判断が無くなる」

 「よし。それについてはおれが最も得意とするところ――おごっ!?」

 

 ウソップがちらりと後方を走るゾロへ目を向けた途端、彼の顔に枕が直撃した。どうやら隙を見つけたキリが投げつけたらしい。

 突然の攻撃に驚いたウソップは思わず転んでしまう。

 傍を通り抜けるナミたちが迷惑そうに彼を回避して走り抜けた。

 

 「ちょっとウソップ、そんなところで寝ないで。邪魔よ」

 「おぉいキリ!? なんでおれなんだよ!」

 「ごめんね。海賊って嘘つきなんだよ」

 「裏切者ォ~!?」

 

 取り残されたウソップの悲鳴を聞きながら彼らは進む。

 大声を出していたせいか、当然彼らが起こす騒ぎに気付く者は居て、移動を続けているためその範囲は確実に広がっていた。

 

 先頭を走るルフィとチョッパーが角を曲がった時、騒ぎの出所を探そうとしていたイガラムが正面から歩いてくる。それを見た二人はにやりと笑った。

 イガラムが彼らを見て事態を理解するまで一秒にも満たない時間。

 納得した瞬間に二人の手から枕が投げられていた。

 

 「うおっ!?」

 「あっはっは! ちくわのおっさん討ち取ったり~!」

 「討ち取ったりぃ~!」

 「き、君たち、一体何を……!?」

 

 咄嗟に腕で顔を守ったが、腕と胸元に直撃した枕に怯んだ一瞬、ルフィとチョッパーがすぐ傍を通り抜ける。何の説明もない攻撃であったため戸惑うばかりであった。

 その直後にはスライディングの要領でキリが足元へ迫る。

 落ちた枕を二つとも回収し、転がると体勢を立て直して立ち上がり、走り出す。

 イガラムが何も言えずにぽかんとしていると、また次の一団がやってきた。

 

 騒がしい声に振り返ればナミを先頭にした四人が走ってくる。

 ひどく楽しげな様子なのは一目で判断できた。

 

 イガラムは、枕を右手に持ったビビが笑顔で参加していることに気付き、目を見開く。

 まだ怪我も癒えていないはずだろうに走り回るとは。

 そんなお転婆さは知っていたはずとはいえ、心配性な彼は思わず大声を発する。しかし彼女の傍に居るはずの麦わらの一味は一向に彼を気にしなかった。

 

 「ビビ様ッ!? なぜ走っているのですか!? まだ安静にしていませんと危ないでしょう!」

 「ごめんなさいイガラム。でも楽しいの!」

 「あっ、ちょっとォ!?」

 

 ナミの後ろに続き、シルクと肩を並べ、サンジに後方を任せる。

 完璧な布陣でビビはイガラムの横を通り抜けた。止められても止まるつもりはなく、この馬鹿げた戦いを思い切り楽しもうとしている様子である。

 

 「サンジ君、後ろはちゃんと見といてね」

 「任せてナミさぁ~ん! みんなのことはおれがしっかり守るからね~!」

 「ねぇ、いっそのことゾロと手を組むってのはどう? 多分厄介なのはルフィとキリだよ」

 「あの……そもそもこれって、一体どういうルールになってるのかしら?」

 

 戸惑う顔でビビが呟けば、シルクがにこりと笑った。

 

 「気にしない、気にしない。とにかく楽しんだ者勝ちだよ」

 

 心から楽しんでいるだろう表情を見たビビは、シルクと同じく穏やかに微笑む。

 

 「……そうね。こればっかりは理屈じゃないもの」

 「うん。やっぱり海賊は楽しくなくちゃ」

 「って言っても、我ながら何やってるんだろうって呆れるけどね。特に意味なんてないもん」

 

 苦笑するナミはそう言いながらも彼女たちを先導して廊下を走る。途中でやめようとしない辺りに現状を楽しんでいる様子が見られた。

 シルクもビビもそれを理解していて、メロメロになっているサンジですらわかっている。

 とても楽しげな一団はイガラムを置き去りにして遠ざかっていった。

 

 呆然と立ち尽くすイガラムが冷静になることすら待たず、ドタドタ騒がしい足音が聞こえる。

 やってきたのはゾロとウソップで、いつの間にか協力的な姿勢にあった。

 突っ立っているイガラムを気にせずに横を通り抜けようとする。

 

 「チッ、逃げ足が速ぇな」

 「よーし行けゾロ! おれが援護してやるぞ!」

 「なんでお前が偉そうなんだよ」

 

 彼らが目の前を通り過ぎていったのを見送ってから、ようやくイガラムがハッとした。

 ビビだけでなく全員がひどい怪我を負っている。数日が経って多少は回復しているとはいえまだ無理をしてはいけない。そもそもはそういう理由で宴を途中で抜けたはずだ。

 焦った顔でイガラムは駆け出し、彼らを止めるために大声を出し始めた。

 

 「ビビ様ッ! 皆さん! なぜ暴れているんですか!? 今夜だけでも体を休めてください!」

 

 声をかけても彼らは止まらず。驀進は続き、王宮の中を駆け回る。

 ある時、ルフィたちとは別の道を行き、一人移動を続けていたキリは前方に見つけた人影に笑みを浮かべた。コブラとコーザが窓の外を見ながら話していたのである。

 

 たかが遊び。ルールも目的もないただの思いつきだ。

 それでも始まってしまえば誰もが本気になって向き合っている。

 

 キリもまた同じで、勝利の定義さえ定まっていない現状で勝利を狙おうとしている。しかも彼の場合は頭が回り、ずる賢い。

 単独行動になってしまったのが自分だけだと把握している。

 二人が振り返る頃には素早く近付き、左手に持っていた枕を軽くコーザに投げ渡した。

 

 「コーザ!」

 「キリ?」

 「ほら、行くよ」

 

 問答無用で手を掴むとキリはコーザを連れていく。

 何が起きたかわからないコーザは目を白黒させながら、引きずられるように駆け出した。

 

 「何の騒ぎだ? こりゃ」

 「一味の中で反乱さ。一刻も早く鎮圧しないと」

 「反乱? ……この枕は?」

 「反乱鎮圧用の武器」

 

 訝しみながらもキリに手を引かれるまま進み、角を曲がった瞬間、ちょうど先回りした形でナミたちと出会った。彼女たちはぎょっとして足を止める。

 キリはすかさず腕を振り上げ、コーザにも指示を出した。

 

 「ゲッ、キリ!?」

 「なんで前から……!」

 「行くよコーザ。攻撃開始!」

 

 まず先にキリが枕を投げ、戸惑いながら言われるままにコーザが投げる。

 硬直して動けないナミとビビは目を見開いていたが、その様子を知り、すかさず後ろからサンジが飛び出してきた。飛んでくるのはたかが枕だが一撃さえも許さない。思い切り振り回した足で二つの枕を蹴り飛ばし、思わずキリがおおっと声を漏らした。

 

 「てめぇ……おれの前でレディに手を出すとはいい度胸だ」

 「おっ、ナイトが怒った。こりゃ厄介だね」

 

 キリが振り返って逃げ出した。手を離していたことでコーザは置いて行かれかけるが、混乱しつつも自ら彼の後ろについて駆け出す。

 今度はナミたちが攻勢に出る番だった。

 やる気になっている彼女たちは二人を追い始め、今度はサンジを先頭に走り出す。

 コーザは、前を走るキリを見ながら呆れた口調で呟いた。

 

 「これはただの枕投げだろ……」

 「ただのじゃないって。大事な一戦だよ?」

 「遊びにしか見えねぇんだが」

 「遊びにも全力なんだよ、うちの一味は」

 

 上機嫌に笑うキリを見て苦笑する。こんな奴だとは思いもしなかった。

 だが悪くない。こうして子供のように遊べるのも、長く辛い時間を生き延びたからだ。自分たちは今生きているのだと強く実感できる。

 

 わずかに後ろを振り返った。

 子供の頃を思い出させる、とても楽しそうなビビの笑顔が視界に入る。

 

 「リーダー! 私負けないからね!」

 「フッ……バカ言え。お前がおれに勝てるかよ」

 

 ビビの挑発によってコーザがその気になり、楽しそうな笑顔を見せる。

 こうして何も考えずに騒ぐことなどいつぶりだろうか。

 ずいぶん懐かしい気がして、次第にやる気になっていった。

 

 そう長くも走らずに前方からルフィとチョッパーが走ってくる。少しの間迷っていたようだが、どこかで合流したらしいカルーに跨っていた。

 キリとコーザは急ブレーキ。後続のナミたちも速度を緩める。

 対して、二人を乗せたカルーは意気揚々と真っすぐ駆けてきた。

 

 衝突が推測された頃、ナミたちよりさらに後方からゾロとウソップが駆け付けた。

 長い廊下で自然と挟み撃ちの状況が出来上がる。

 

 コーザが連れ去られた後、何が起きたかを確認するために移動したコブラがその場を目撃した。

 この国を救った海賊の一味が全力で枕を投げ合い始めたのである。時刻はすでに夜で、荘厳で普段は静かな王宮の内部における暴挙に彼の表情は歪む。

 

 「みんな見つけたぞー!」

 「しっしっし! いっけぇー!」

 「クエー!」

 

 突撃してきたルフィたちを見やり、肩をすくめたキリは諦めたように呟いた。

 

 「また妙なとこから乱入してくるね。しかも援軍付きとは」

 

 彼は怪我を気にせず高く飛び上がると壁を蹴ってルフィたちごと回避しようとする。

 その動きに反応したサンジが彼を狙い、枕を蹴り飛ばして宙へ送り出した。

 

 「逃がすか紙男。一番厄介なのがお前だ」

 「うわお」

 

 飛んできた枕を華麗にキャッチして、宙返りをしながらキリが落下してくる。

 その間にルフィとチョッパーが狙いをつけずに思い切り投げ、ナミは咄嗟にサンジの背に隠れるものの、同じタイミングでビビとシルクが枕を投げる。

 間に挟まれたコーザは慌てて地面に伏せた。

 頭上を枕が飛び交い、落下してくるキリが視界に入ると、彼が枕を投げたのが見えた。

 

 上から降ってきた枕がルフィに当たり、体勢が崩れた結果、カルーもろとも転ぶ。そこからは乱戦である。常に枕が飛び交う激しい戦場となった。

 その様を見ていたコブラの顔は非常に険しい。

 

 「いかん! 出遅れた!!」

 

 悔しげな顔で叫んだ彼は廊下の向こうからイガラムが走ってくるのを見つける。

 急いで彼の下へ駆け出した。

 

 「イガラム!」

 「申し訳ありません国王様! 今すぐ止めますので……!」

 「急いで枕をかき集めてくれ!」

 「国王コノヤローッ!? 参加する気かッ!」

 

 まさかの発言にイガラムが目くじらを立てる。

 その間も麦わらの一味による枕投げは熱中しており、先程よりも激しさを増している。

 今日くらいは大人しくしているかと思えば、結果のところいつも通りか、或いはそれ以上に騒がしくなった。王宮内で起きたアラバスタ始まって以来の大騒ぎは、その後数時間続いたという。

 


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