ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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出発

 翌日の朝。

 アルバーナの王宮前には大勢の人が集まっており、或いはそれ以外の場所でも、先日の戦いを忘れさせるような活気があった。

 国民には笑顔があって、誰もが何かが始まることを期待していた。

 

 今日は王族からの言葉がある日だ。

 先日の戦いを受けて復興のために国民へのスピーチを行うらしい。

 

 長らく行方不明だったビビ王女が帰ってきたということで国民は浮足立っている。いつスピーチが始まるのかと待ちきれない様子だった。

 その中にはユバという町に住んでいるコーザの父、トトも居た。

 アルバーナでの戦乱が終わった後、全てが終わったことを伝えるためコーザが呼んだのだ。過酷な環境だったためか昔と違ってずいぶんやせ細り、それでも今日は目を輝かせている。

 

 元々アルバーナに住んでいた彼とコーザはビビが子供だった頃からの知り合い。

 無事だったと知って、久しぶりに元気な顔を見れるのだと普段にはないほど元気になっている。

 一方、再建中の建物の前に座って、トトとは対照的な姿が息子のコーザだ。

 

 「おいコーザ! こんなところで何してる! 早く王宮前広場に行くぞ!」

 「スピーチは国中に聞こえるんだ。どこに居ても一緒だろ」

 「一緒なもんか! ビビちゃんの――ビビ王女の元気な姿を見なきゃいかんだろう!」

 「それは親父だけだろ……おれはもう会った」

 「何ッ!?」

 

 ユバで孤独な生活を送っていたトトが特別はしゃいでいる様子もあったが、アルバーナでの戦いに巻き込まれた者は彼と同じくらいその時を楽しみにしている。

 王女の帰還はアルバーナだけでなく、電伝虫で繋がったアラバスタ中で待ち望まれていた。

 

 王宮の門の上にずらりと兵士が並んで、ビビの到着を待っていた。

 この日が来るのは彼女が行方不明になった時から望まれていた。無事に国へ戻り、再び国民の前に顔を見せてくれる日が来て本当に嬉しい。

 王族を護衛する兵士たちは誇りを持ってその場に立っていた。

 

 大勢が喜んでいる中、一部には戸惑いを覚えている者も居る。

 その場に客人として立たされていたMr.9とミス・マンデーである。

 

 「いいのか? おれたちがこんなとこに居て……王族側のポジションじゃねぇか」

 「仕方ないだろ。ミス・ウェンズデーがここが良いって言ったんだ」

 「なんつーか、場違いだよなぁ。おれたちも元バロックワークスだぞ」

 「いっそのことこのまま兵士になるってのもいいかもね」

 

 冗談交じりに話している彼らは国民ではなく、客人であり、ビビの友人でもある。しかしいまだ自分たちの身の振り方が決まっておらず、少なくともこの場は大人しく佇んでいた。

 所在なさげにしながらも嫌ではなくて、最後かもしれない景色を楽しんでいる。

 

 集まった人々を見下ろし、チャカとペルは笑みを浮かべる。

 国民の顔に笑みがあることは遠目にも確認できた。

 この状況を生み出せたのはあの騒がしい海賊たちの存在や、他ならぬコブラ王やビビ王女の力があってのこと。自分たちではどうにもできぬからこそ尊敬の念を持つ。

 一方、正装したイガラムはどこか浮かない顔をしていた。

 

 「国民に笑顔が戻った。つい先日の出来事だというのに逞しい限りだな」

 「ああ。それもこれも彼らの協力があったからこそだ。あの時の国王様の言葉も力強く……ん? イガラム隊長? どうかされましたか?」

 

 彼の表情に気付いたペルに声をかけられ、ハッとしたイガラムは咄嗟に背筋を伸ばす。

 

 「いやいや、別に。ただ、ビビ様は立派になられたと考えていてな」

 「ええ……本当に」

 「あのお転婆だったお姫様が、素晴らしい成長をされました」

 「うむ。まぁ、お転婆は変わっていないかもしれんが」

 

 イガラムが苦笑すると同時、時間が来たのだろう。

 王宮からビビとコブラが姿を表す。

 カルーを引き連れ、白いドレスを着た彼女はあまりにも美しく、もはや子供とは呼べない様子に多くの者が息を呑んだ。

 

 微笑を浮かべる彼女を見た時、イガラムは安堵した。

 自分が心配するようなことなどなかったのだ。

 

 途中で足を止めたコブラに促され、ビビとカルーが国民に姿を見せられる場所まで歩を進める。

 姿が見えた途端、国民から大きな歓声が上がった。

 ビビは笑顔で小さく手を振り、カルーは答えるように大きな鳴き声を発する。

 

 立ち止まって広場をじっと見回して、一人一人の顔を見るようにビビは少し時間を置く。

 再度動き出すきっかけはカルーの小さな声だった。

 自分に言っているのだろうと気付いて、用意されていた電伝虫の受話器を取ると、彼女はゆっくり大きく息を吐く。そして穏やかな笑顔で話し始めた。

 

 「少しだけ、冒険をしました――」

 

 ビビが言葉を紡ぎ出すと、歓声は一瞬にして消え、国民は静かに耳を傾けた。

 

 

 *

 

 

 「ちょっとちょっとォ!? ジョーダンじゃなーいわよーう!」

 

 スワンが船首の快速スワンダ号に乗ったMr.2が叫んでいた。

 脱獄したバロックワークスの元幹部たちと驚愕の合流を果たした麦わらの一味、及びアーロン一味はタマリスクという港町へ近付こうとしている。その途上、突如現れた海軍の部隊、通称〝黒檻部隊”と直面していた。

 ヒナ大佐率いるこの部隊は海賊の捕縛に特化しており、捕まった海賊は数知れず。

 先日のトレジャーバトルに参加した人間もかなり捕まったという噂があった。

 

 メリー号の後部から海を眺めるキリは考えを巡らせる。

 軍艦が八隻。対してこちらは三隻。

 聞けば黒檻部隊は敵を包囲する布陣を得意としているらしい。それならば包囲されるのは避けなければならず、かといってあまり遠くに逃げてしまうと面倒になる。

 

 海戦ならばアーロンたちに任せてしまうという手もある。だがそれは先日やった。

 今回は何かしらの対策があるかもしれないと、キリはアーロン一味を止める。

 

 「ようやく麦ちゃんたちと合流して海軍から逃げられると思ったらば! あいつら海賊捕縛の名手“黒檻部隊”じゃないのよーう! ここら一帯じゃ有名な奴らよ!」

 「うるせぇオカマだな。なんだあのしぶとさ」

 「ちょっと紙ちゃん! どうする気ッ!? あいつらケツについたら中々離れないわよう!」

 

 隣の船でMr.2が騒ぐ一方、サンジが溜息をつき、キリは冷静に後方を眺める。

 戦えばおそらく厄介な相手。直接対決は避けたい。とはいえいまだ解決策は見出しておらず、周囲の喧騒とは裏腹に彼は呑気な態度だったようだ。

 

 「正面衝突は面倒だね。まともにやり合うとこっちもダメージを受ける」

 「アーロンたちにやらせりゃいいんじゃねぇのか?」

 「対策くらいはしてるさ。そう簡単にはいかないと思う」

 「じゃあ、このまま逃げ続けるか?」

 「それだけじゃ見逃してもらえなさそうだね」

 

 後方をぴったりついてくる船団を目にしてため息をつく。静かな旅立ちにしたいと思っていたのにそうはならないらしい。

 苦笑したキリは大きく伸びをした。

 ようやく考える気になったようで仲間の顔を見回す。

 

 「仕方ない。やるか」

 「結局正面衝突か?」

 「可能性が高い道を選ぶさ。心強い味方も居るしね」

 「よっしゃー! 野郎どもォ! 戦闘だァ!!」

 

 ルフィが声高々と叫ぶ。

 彼が最も怪我の状態がひどかったはずなのにもう戦うつもりのようだ。せめてもう少しゆっくりしたかったとため息をつく者も居る中、ゾロとサンジは笑みを浮かべている。

 

 「最初からこうしときゃよかったんだ」

 「海賊稼業にゃ切っても切れねぇもんか。忙しい毎日だぜ」

 

 彼らは戦闘準備のため動き出す。大砲の準備をして舵を握った。

 一方、憮然としたナミはつまらなそうに呟く。

 

 「いっそのことアーロンを餌にして置いていけば? こんなに戦闘が続くなんて嫌だもん」

 「ナミ、それはちょっと……一応もう私たちの仲間なんだし」

 「気持ちはわかるけど利用価値はあるんだ。中々手に入る駒じゃない。持っておいた方が今後も楽できるよ。まだ捨てるには惜しい」

 「あんたも悪趣味ね。同情はしないけど」

 

 ナミがキリを見て苦笑すると同時、メインマストの上に居たウソップが大声を出す。

 

 「おぉい! あれなんだ!?」

 

 海軍の船団を確認していたはずの彼の声に全員が海を見る。

 方角は東。彼らが進む方向から見て左側。

 かなり距離はある。海面が盛り上がろうとしており、どうやら海中から何かが出てこようとしているようだ。それがかなりの巨大さを感じさせるためだろう、まさか海王類か、と身構える者はどの船でも少なくなかった。

 

 やがてそれはあっと言わせる間もなく勢いよく姿を現す。滝かと見紛うほど大量の海水を跳ね上げては海面に落とし、島かと思ってしまうほど巨大な船が確認できた。

 木製の帆船。持ち上げた海水が全て落ちると軽い音を立ててシャボンが割れる。

 海中から現れた規格外のサイズの船に、多くの人間が驚愕して声すら出せなかった。

 

 あれは敵か。それとも味方か。

 掲げられた旗は黒地に髑髏。海賊であることは間違いない。

 では一体誰だ。誰もがそう思った時、身を乗り出した二人組が確認できた。

 

 数百メートルの距離があってもわかる、あまりにも大きな姿。彼らは巨人族だった。

 剣と斧を担いでにやりと笑う顔が見えて、ウソップが誰よりも大声で叫んだ。

 

 「あれはっ……師匠たちだァ! ドリー&ブロギー師匠だッ!!」

 

 巨人族の二人が乗っても有り余るほどの余裕がある超巨大船。

 甲板の船首付近に立ったドリーとブロギーは探していたメリー号を見つけ、その後方に居る敵だろう船団を見つけ、待ち切れぬと言わんばかりに武器の柄を握りしめた。

 

 久方ぶりの航海。海賊としての生活。忘れていた感覚が蘇ってくる。

 存外、良いものだ。

 隣には二度と共に航海はできぬだろうと思っていた相棒が居る。新たに手に入れた相棒となる船もある。新たな武器もある。捨てたはずの海賊としての誇りを取り戻せる。

 彼らは戦士である。と同時に、海賊なのだ。

 ひょんなことからとはいえ、仲間となった者たちのために武器を振ることを躊躇わなかった。

 

 「懐かしき……この感覚よ」

 「久しく忘れていたな。心が躍るこの旅路を」

 

 二人はゆっくりと得物を振り上げる。

 力を入れて筋肉が盛り上がると、すでに準備は万端。目標とする船は遥か彼方。いくら巨人族と言えど届くはずがない距離なのだが武器を降ろすつもりはない。

 ドリーとブロギーの目は揺るぎなくしっかりと海軍の船団を捉えていた。

 

 「友との約束を果たすとしよう」

 「我らが船長に手は出させん」

 

 思い切り踏みしめても動じない船に安心感を覚えつつ、全力を込めた一撃が繰り出された。

 

 「蘇った我らの“槍”を見せてやろう――!」

 「受けてみろ! 覇国ッ!!」

 

 全くの同時に剣と斧が振り切られた。

 新たに手にした武器は彼らの全力を受けてなおびくともせず。放たれた斬撃は空を飛び、海面を走り抜けると一瞬とはいえ海を割り、障害となる物全てを破壊した。

 海軍の軍艦、八隻。

 海が爆ぜたその瞬間、バラバラになった船が宙を舞っていたのだ。

 

 あまりにもあっさりと。あまりにも圧倒的に。激戦になるだろうと予想されていた敵はほんの一瞬にしていないものとなってしまった。

 あり得ない光景を見た一同は言葉すら失っている。

 

 アーロン一味、脱獄したバロックワークス元幹部が硬直する中、唯一違ったのは麦わらの一味。

 強力な援軍となったドリーとブロギーの登場に歓喜の声が上がっていた。

 

 「うおおぉ~!? 師匠ォォオ~!!」

 「すっげぇぇえええっ!?」

 「ギャアアアッ!? バ、バケモノだぁあああっ!?」

 「そりゃお前もだろ」

 「ちょっと何なのよアレェェ!? あれもあんたたちの仲間なのぅ!? 一体どんな冒険してきたらあんなのが仲間になるってゆーのよう!!」

 

 ルフィやウソップが絶叫する間、唯一彼らを知らなかったチョッパーが悲鳴を発しているが、その声に反応するのは冷静なゾロだけだった。

 隣の船ではMr.2が騒がしくしており、その他の面々は大口を開けて声すら出せなかったようだ。

 

 振り抜いた武器をそのまま掲げて、二人は笑う。

 

 「ガババババ! 今日より巨兵海賊団、完全復活よ!」

 「ゲギャギャギャギャ! 良い船出となりそうだな、相棒!」

 

 その巨大な船は味方だったらしい。

 理解が及んでもしばらくは開いた口が塞がらず、彼らが冷静さを取り戻すのに時間がかかった。

 少なくとも、麦わらの一味が規格外の海賊だという認識はされていたはずである。

 

 「まさかの登場だったけど助かったね。しかし凄い船だ」

 「つーか海の中から現れなかったか?」

 「師匠ォオオオッ!」

 「すっげぇえええっ!」

 「あんたたちいい加減うるさいわよ!」

 

 船上のムードは和やかになり、騒がしくもなり、落ち着かない緊張感は消え去った。

 その時を見計らってキリはルフィに言う。

 

 「これで敵は居なくなった。時間はできたよ」

 「ああ。それじゃ急ごう」

 

 帽子を押さえた彼が笑い、メリー号は進路を変えて進み出す。

 目的地は遠くない。

 すぐに離れることになるだろう。ほんの少しの、最後の寄り道だ。

 


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