ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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幕間3
断章 七人の海賊


 1

 

 サー・クロコダイル陥落。

 突然伝えられた情報は爆発的に世界中へ広まり、人々に驚きと衝撃を与えた。偉大なる航路(グランドライン)の均衡を守る三大勢力の一角、たった一人とはいえ何の前触れもなく消えてしまったのである。

 その噂は連日至る場所で、様々な人物によって語られ、あらゆる憶測を生んだ。

 

 ただし一部の人間は気付いていた。クロコダイルが起こした事件、それを阻止したのが海軍だという情報に疑問を抱き、“大将”クラスが動いたのならまだしも捕えた張本人の名前が明らかにされていない。そして時を同じくして懸賞金が跳ね上がった海賊の存在に裏があると察したのである。

 海賊“麦わらのルフィ”。

 イーストブルーで大きな話題を作ったばかりの彼が、何の情報もなく一億の首になったのだ。

 

 あらゆる国の市民の多くは目先の情報に踊らされ、誰がクロコダイルを倒したのか、真実に辿り着ける者は決して多くなかった。居たとすれば麦わらの一味に会ったことがある人々くらいのものだっただろう。だが裏社会で生きる者はそうではなかった。

 危険な海で名を上げ、長く息をする者ほど何が起きたかを漠然と察する。

 ただ成り行きを見守る者。自ら情報を欲する者。或いは興味を示さない者。

 決して行動が同じという訳ではなかったが、着実に名を上げている新たな嵐を目にして、少なからず彼らへの認識を改めようとしていた。

 

 グランドライン。クライガナ島、シッケアール王国跡地。

 度重なる戦争によって住む者が居なくなり、廃墟のような大きな城と朽ちた大地、寂しげにそびえる細い木々だけが存在する島に、たった一人だけ人間の住人が居た。

 

 誰も住む人間が居なくなった大きな城に住みついた男が古びた椅子に座っている。

 鷹の目のミホークは新聞を手にし、その前にあるテーブルには数枚の手配書が置かれていた。

 

 「七武海を落としたか。この短期間で目覚ましい成長だ」

 

 語る声は静かで、顔にはわずかな笑みがある。

 自分の前に立ちはだかった瞬間のことを思い出す。まだ頼りなかった男たちが、顔を合わせる機会はないとはいえ自分と同じ“七武海”であった男を倒すとは。可能性を考慮しなかった訳ではないがまだ先の話だとさえ思っていた。

 彼らは、ミホークの予想さえも裏切った急成長を遂げているようである。

 

 「面白い。どこまで来れるか見物だな」

 

 小さく呟いて広いテーブルに新聞を置いた時だ。

 気配を感じたため、開かれたままの窓の外を見る。

 少しすると外から一匹のコウモリが城内に侵入してきて、脇目も振らずミホークへ接近した。

 

 世界政府の連絡係、伝書バット。

 手紙を持ってきたらしいその存在を見てミホークの眉がわずかに動いた。

 

 

 

 

 2

 

 ドレスローザ。

 町を見下ろす“王の台地”と呼ばれる高台に石造りの王宮がある。

 その一室において、一人の男が待っていた。

 

 この国は海賊が王となって統治している。かつての事件の後、ドンキホーテ・ドフラミンゴが王としての信認を集め、この地の支配者となっていた。

 王はほとんど国民に姿を見せず、しかし圧倒的なカリスマ性で絶大な人気を誇っていた。

 今日も彼は王宮の中で部下の到着を待っており、不遜な態度で椅子に座っている。

 

 やがて扉が開いて誰かが入ってきた。

 ドフラミンゴが顔を上げると鼻水を垂らす大男の姿を確認する。

 

 「んね~んね~ドフィ~。調べがついたぞ。例の件だ」

 「そうか。早速だが聞かせてくれ」

 「べ~っへっへっへ! せっかちだーんね~」

 

 引きずるほど長いコートを身に着けた大男、トレーボルはゆっくり歩いて近付いてくる。しかし止まる気がなかったのか、必要以上にドフラミンゴへ近付き、顔と顔が触れそうな距離になったところでようやく足を止める。

 ドフラミンゴは顔をしかめていたがトレーボルは上機嫌そうだった。

 

 「大体お前の読み通りだ。海軍の手柄ってのは嘘なんだなー」

 「寄り過ぎだ」

 「寄りすぎ? だけど……? んね~んね~、だけど何?」

 「そこがいい……座れ」

 「んねー!」

 

 穏やかに注意されてトレーボルは彼の傍を離れ、椅子へ座った。

 落ち着いて話せる距離感になって改めてドフラミンゴは質問を始める。

 

 「俺の読み通りってことは、やはりあいつらか?」

 「んね~! ズバリその通り。麦わらだ」

 

 トレーボルが懐から手配書を数枚取り出し、それを掲げてドフラミンゴへ見せる。

 

 「クロコダイルはこいつらがやったらしい。海軍は話題になるのを恐れたってところか。こいつら少し前にも海軍の粗を暴露してたからなー」

 「フッフッフ。しばらく大人しくしてると思ったら、ワニ野郎め、そういう魂胆だったか。残念ながら失敗しちまったようだがなァ」

 「べ~っへっへっへ! 考えることは一緒だな! だがおれ達の方が上手だった!」

 

 椅子の肘置きを叩きながらトレーボルが笑う。

 その様子を見ながら口角を上げるドフラミンゴは静かに右手を上げた。すると指を動かしただけでトレーボルが持っていた数枚の手配書が宙に浮き、彼の手元へ移動する。

 もう一度写真を確認し、彼らへの認識を改めようとしていたようだ。

 

 「奴はドジったようだがまぁいい。問題はこいつらだ。3000万のルーキーが七武海を落としたなんて話はそりゃ異常だろうよ。腰の引けた海軍が隠したがるのは当然だ」

 「でもおれ達には関係のねぇ話だ。んねー。結局はクロコダイルがミスっただけの話で、おれ達を脅かすとは思えないんね~」

 「ああ。そりゃあそうだ……」

 

 言いながらドフラミンゴは不意に笑みを消す。

 サングラスの下にある目が注目していたのはルフィの名に記された“D”の文字。

 しばし真剣に考え込む様子だった彼をトレーボルの言葉が引き戻す。

 

 「それより面白い話があったぞ」

 「ん?」

 「危険なのは麦わらか? そうじゃないかもしれん。面白いのは紙使いだ」

 「こいつか」

 

 ドフラミンゴがキリの手配書を見る。

 以前話題になった時に確認した。写真はその頃と同じだ。どうせ少し頭が回るだけのずる賢い海賊だろうという程度にしか思わなかったことを覚えている。

 トレーボルは普段通りの笑顔で平然と語った。

 

 「そいつ、どうやらクロコダイルの右腕だったみたいだ。んね~」

 「ほう……そういうことか」

 

 何かを察した様子でドフラミンゴがにやりと笑む。

 

 「フッフッフ。てめぇの右腕に裏切られて負けるとは焼きが回ったな。しかしそう考えるならこの話の信憑性も増す。実力で負かしたとは思い難ぇが」

 「結果は偶然にしろ運にしろ、最初から狙ってやり合ったみたいだんね~」

 「数奇な運命だな。七武海の右腕がルーキーの下に転がり込んだわけだ」

 「おまけにバッファローからの報告があったぞ。そいつ、ベビー5に言い寄ったらしいんねー」

 「何?」

 「ローを探してる時に会ったそうだ。それ以来奴にぞっこんらしい」

 

 何も気にせず平然と言ったトレーボルに対し、その話を聞いたドフラミンゴは表情を歪めた。

 これがただの海賊だったならば、妹同然に想う部下に変な虫がついたというだけの認識。ただ単に消してやればいいだけの話だ。そう慌てる状況ではない。しかし今しがた聞いた話が本当ならば事情が変わってくる。

 

 クロコダイルの部下だった人間が、自分の部下に接触した。

 これを聞き流すほどドフラミンゴは愚かではない。

 

 「そりゃいつの話だ。ワニ野郎が討たれるより前か?」

 「ん~? ずいぶん前みたいだな。それがどうかしたか?」

 

 ドフラミンゴがキリの手配書を見下ろす。

 

 「ガキども、このおれに楯突く気か? ワニ野郎の右腕ってのは嘘じゃねぇかもな。とんでもねぇバカだが計画的な行動ではありそうだ」

 

 顔を上げた彼はトレーボルに指示を出す。

 思考が高速で動いており、ただのルーキーではなさそうだという認識が考え方を変えさせた。

 

 「ベビー5とバッファローはしばらく向こう側に待機させろ。ちょうど取引がある。任務に就かせて管理させておけ」

 「んん~?」

 「こいつに興味が沸いた。機会があるならおれが直々に会ってやろうと思ってな」

 

 そう言ってドフラミンゴは他の三枚を捨て、キリの手配書のみを見せた。

 

 「ワニ野郎の残した片腕はとんでもねぇイカレ野郎らしい。てめぇの飼い主はまず手始めで、この海を荒らすつもりの“危険人物”ってとこだろう。それなら七武海として危険な海賊を仕留める必要があるよなァ?」

 「べへへへへ~。悪い顔してるぞドフィ~」

 「フッフッフッフ。利用価値があるならよし。ただの身の程を知らねぇバカなら消すまでだ」

 

 部下を使ってとはいえ、自分に近付く気でいるなら普通の海賊であるとは思えない。

 傘下にしてもらおうというつもりなら今頃とっくに連絡が来ているはず。そうでないということは自分たちに悟られぬよう行動したがっているに違いない。少し前ならいざ知らず今はクロコダイルを倒した実績がある。

 良からぬ思想を感じて、ドフラミンゴはむしろ上機嫌だった。

 

 「いずれ奴と潰し合うのも面白そうだと思ってたところだ。忘れ形見があるなら面倒見てやろうじゃねぇか。フッフ、しばらくは退屈せずに済むかもな」

 「べっへっへ。可哀そうに。こいつら、死んだな」

 

 トレーボルの呟きに反して、ドフラミンゴは彼を好意的に見ている。

 仲間にするつもりはないが好きに暴れさせておけば混乱は生まれるだろうと考えていたのだ。

 まるで新しい玩具を見つけたかのように。ドフラミンゴの顔には笑みがあった。

 

 

 

 

 3

 

 新聞を手にして、見つめる記事はクロコダイルが捕縛されたという内容。

 少し視線を降ろせば、地面に置かれている手配書が二枚。

 地べたに胡坐を掻いて座っていた彼は誰にも気付かれぬよう小さく嘆息した。

 

 七武海の一人、海峡のジンベエはルフィとアーロンの手配書を前に浮かない顔だった。

 以前、イーストブルーでの彼らの記事が出た時からずっと気になっていた。かつての自身の弟分であるアーロンの悪行と、それを止めた見知らぬ海賊。まだ若くも勇敢で豪快な彼らによってアーロンの支配は終わったという。

 本来ならば自分が止めなければならなかったのに。

 深く心に刺さった後悔が彼の表情を暗くさせていた。

 

 そんな彼を見て何か思ったのか、声がかけられる。

 振り向けば白い髭を蓄えた大男が酒の入った樽を傾けていた。

 

 「妙なもんだな。ワニ野郎がルーキーに負けちまうとは」

 

 髭を濡らしながら酒を飲む彼の呟きに、ジンベエは視線を落としながらも答える。

 

 「ええ……しばらくは英雄などと持て囃されておりましたが、まさか裏でこんな行動を取っていたとは」

 「グララララ。おれァそれを聞いて安心したクチだ。あの小僧が大人しく政府に従ってるはずがあるめぇよ。まあ、流石に今回の結果は驚きだが」

 「何が起こるかわからんもんですな。この世界は」

 

 畳んだ新聞を地面に置いて、彼の方へ体を向けたジンベエは背筋を伸ばす。

 いつしか表情が引き締まっていて、真面目な話を始めようとしていた。

 

 「オヤジさん。わしはしばらくこの海を離れようと思うとります」

 「んん? そうか」

 「礼と、謝罪をせにゃならん相手が居る。わしはこの子らに会おうと思うとるんです」

 

 大男は笑顔で酒樽を傾けた。

 

 「好きにすりゃあいい。おめぇも一端の海賊で、おれの部下じゃねぇんだ。引き留めやしねぇし責めることもしねぇよ」

 「いえ。一応報告をと」

 「相変わらず律儀なやつだ」

 

 空になった酒樽を乱暴に置き、大きな椅子の背もたれに体重を預けながら体の力を抜く。

 肘掛けに腕を置いた大男は冷静な目でジンベエを見ていた。

 

 「一人で行くのか?」

 「ええ。これはわしの問題。それに一味総出で出向いては警戒されるでしょう」

 「連中はまだ前半だ。長い旅になりそうだな」

 「なんの。その程度、苦難とも感じ取りません。彼らのしたことに比べれば」

 「グララララ……行ってこい。おれの息子に会うことがありゃあ、その時は頼む」

 

 ジンベエは薄く微笑んで頷き、頭を下げると静かにその場を立つ。

 歩き出した彼は広場を離れようとしていた。

 その途中、たった数歩進んだ時点で新たに声がかけられた。

 

 「聞いたか? ジンベエ」

 「ん? なんじゃ」

 

 ジンベエが持っていこうとした手配書を指差し、男は言う。

 

 「そいつ、エースの弟だそうだ」

 「エースさんの……この男が?」

 「飛び出していったきりしばらく連絡も寄こさなかったってのに、その手配書が出た途端に電伝虫で連絡があった。ずいぶん張り切った様子でよ。どうやら相当嬉しかったみたいだよい」

 「なるほど。エースさんの弟というなら、今回の一件も多少は合点がいく」

 

 手配書を見てから顔を上げたジンベエは男に笑顔を向けた。

 

 「その辺のことも話せそうじゃな。ひょっとしたらこの子とは仲良くできるかもしれん」

 「だが、気をつけろよい。あのエースの弟だ。一筋縄じゃいかねぇぞ?」

 「わっはっは。それもそうじゃな。気をつけよう」

 

 礼を言ったジンベエはその場を立ち去り、ひとまず仲間に報告するため自分の船へ向かった。

 その間に先程の男が大男へと近寄る。

 新たな酒樽を手にしていた大男は彼の言葉にも平然としていた。

 

 「オヤジ、いいのか? 気になってたんだろ? あいつのこと」

 「ああ……構やしねぇよ」

 「エースの弟と同じ船とは。因果なものだよい。仮に本当ならの話だが」

 

 大男は何も言わず酒樽を傾ける。

 その目は遠く、ここではないかつての光景を眺めるかのようだった。

 

 

 

 

 4

 

 女ヶ島。

 そこは女人だけが住むことを許された島。男子禁制であり、万が一にでも迷いこもうものなら処刑されてしまうのが常。とはいえ、そんな事態もほぼあり得ない。海で最も危険だと言われる海王類の住処、凪の帯(カームベルト)にその島はあった。

 

 島民全てを束ねる女帝が住む城。その一室にて。

 湯気に包まれる浴場には湯浴みをする三人の女たちが居た。

 

 この国の女たちは強い者こそ美しいと考えている。故に外界の男よりも強い女は珍しくなく、外へ出ればその実力で幾度も恐れられてきた。

 そんな国の戦士たちを束ねる人間こそ、彼女たち三名である。

 

 大きな体にオレンジ色の長髪の女、ボア・マリーゴールド。

 広い湯船の縁に座り、彼女は届けられたばかりの新聞に目を向けていた。

 

 「姉様、これ見て。七武海サー・クロコダイルが捕えられたって。国を奪おうとしたそうよ」

 「男ってバカね。七武海の座を捨てて全て失うなんて」

 

 頭部が大きい緑髪の女性、ボア・サンダーソニア。

 彼女は寝そべるようにして縁へ手を置き、隣に居るマリーゴールドを見上げている。

 新聞の記事にはさほど興味がないのか、気の無い声で返答していた。

 

 「また海軍の情報操作かしら……懸賞金が跳ね上がった海賊が居るそうよ」

 「くだらない。今までにもそんなこと何度もあったわ」

 「だけど七武海を倒した海賊なんて居なかったでしょう? ほら、これを見て」

 

 マリーゴールドは傍に置いていた手配書を取る。湿気の多い場所に置いていたせいでずいぶんふやけてはいたが、顔写真を見る分には困らなかった。

 ルフィの手配書を持ち出したマリーゴールドはサンダーソニアに見せる。

 

 「聞けば以前は3000万だったそうよ。それが急に億を越えた」

 「噂のルーキーじゃない。この子がやったとでも?」

 「そうだとしか思えないわ。タイミングが良過ぎるし、時折あるでしょう? 腕のあるルーキーが常識知らずのスピードで名を上げることが」

 「確かにあるけど……別に脅威だとは思えないわね」

 

 サンダーソニアの指が手配書を摘み、余裕を窺わせる笑顔でそれをひらひらと振る。

 これまでも名前を売った海賊は数知れず居る。しかし長く生き続けられるかどうかは別。いくら大きな事件を起こして話題を攫ったとしても、彼らはまだグランドラインに入ったばかり。本物かどうかを判断するのはこれからの活躍を見てからだ。

 

 そんな気の無いサンダーソニアを見てマリーゴールドは別の手配書を手に取る。

 何やら真剣な顔つきであり、本当に見せたかったのはこちらのようだ。

 

 「クロコダイルのことは置いておくとしても、こっちが気になるの。似てると思わない?」

 「何? 似てるって……あら、確かに」

 「似てるのよ。“リンブル”に」

 

 マリーゴールドの真剣な声色に、背を向けていた黒髪の美女がわずかに反応した。

 

 「ただの偶然じゃないかしら? 子供が居るなんて噂、聞いたことないし」

 「だけど面影は感じるわ。髪の色だって近いはずよ」

 「うーん……そうねぇ。でも……」

 「ねぇ姉様、見てくれない? 似てると思うの。あのマリージョア襲撃事件の“リンブル”に」

 

 背に声を受けた長女、ボア・ハンコックは湯船の中で立ち上がった。

 長い黒髪に隠された背を向けたまま、わずかに振り返り、二人の妹へ言う。

 

 「居るはずがない。悪魔は死んだ。海賊王と同じく関係者まで残らず処刑されたはず」

 「そうだけど……」

 「取りこぼしがあったのかも」

 「どちらにせよ、男に興味はない」

 

 歩き出した彼女は二人の傍を通り過ぎ、湯船から上がる。

 

 「わらわを脅かすのならば別だが、どうせこの島に現れることもない無関係な人間。気にするだけ無駄じゃ。お前たちも外に興味を持つのはいいが現を抜かし過ぎるな」

 

 言い終えるとハンコックは浴場を出ていった。

 残された二人は顔を見合わせ、何か気に障ることを言っただろうかと考えてしまう。

 七武海が倒されたことを気にしたのか。それとも昔のことを思い出したのか。

 二人は先程の会話を止め、浴場を出るため立ち上がって歩き出した。

 

 

 

 

 5

 

 グランドライン、どこかの島。

 名もなき廃墟に立つ一人の男が落ちていた新聞を読んでいる。

 多少薄汚れてはいたが内容は読めた。そして近くに落ちていた手配書を見て、表情は一切動かすことはなく、無感情な声で呟く。

 

 「ドラゴン……あんたの息子だったな」

 

 その男、バーソロミュー・くまはそう呟くと手配書を拾った。

 感情を見せない目は懐かしそうに手配書の写真を見ている。映っている男、麦わらのルフィに会ったことはない。だが遠い人だとも思ってはいなかった。

 

 いずれ会うことになるのだろうか。

 そんなことを考えながらしばし思考に集中する。

 

 彼の周囲には数多くの人間が倒れていた。人が住まなくなったとある島の古びた廃墟をアジトにしていた海賊たちである。近頃近隣の島々を困らせていたという話だが、もう全ては終わった。一人も残さずくまが武力行使で排除したのである。

 突っ立っていたくまは持っていた手配書を手放し、地面へ落とす。

 

 すでに全員を倒した。だが死んではいない。

 このまま置いて帰ればまた悪さを始めるだろうとは予測できた。

 故に彼は歩き出す。

 

 まず最初に近付いたのは一番近くに倒れていた男だ。顔に見覚えがないことから手配書が出ていない無名の男なのだろう。

 くまは傷ついた姿を見ても何も思わず、冷静に近付いていく。

 苦しげな呻き声を出していた男は、彼の姿を見た途端に怯え始めた。その様子を目にしてもくまの表情は微塵も変わらない。

 

 「た、助けてくれ……!? もう、海賊はやめるから……!」

 「旅行するならどこへ行きたい?」

 「は――?」

 

 軽く振った手が触れた途端、倒れていた男の姿が消えた。

 まるで最初からそこに存在していなかったかのように、忽然と消えたのである。

 

 その光景を見ていて悲鳴を発する者が居た。しかし散々痛めつけられ、まるで動かない体で逃げ出すことは不可能。ゆっくり近付いてくるくまを見つめることしかできない。

 次は自分かと、待つしかなかった。

 くまは一人ずつに歩み寄り、攻撃する意思を持たずに手で触れていく。

 

 「ま、待ってくれ――!?」

 「助けて……!」

 「命だけはっ」

 

 ポン、と軽く触れるだけ。

 それだけで人の姿が消えてしまう。

 存在そのものを消されてしまったかの如く、そこには何も残らなかった。

 

 総勢二十名を超える海賊たちがそこに居ただろう。だが気付いてみればたった一人。残っていたのは一味で唯一手配書を出されていた船長だった。

 目の前で仲間が消される光景を散々見せられた後、くまが歩いて近付いてくる。

 彼は何も言えずに逃げ出そうとした。

 

 「ひっ、ひぃ……!?」

 「お前だけは別だな。このまま本部へ送ってやろう」

 

 ボロボロの体で這って逃げるものの逃げ切れるはずもなく。

 ポンっと触れた瞬間、男の姿は消えてしまった。

 背筋を伸ばして辺りを見回したくまは小さく呟く。

 

 「任務完了」

 

 呟くとどこかへ歩き去った。

 その日、島には壊れた帆船だけが残り、一人の人間も存在してはいなかった。

 

 

 

 

 6

 

 霧に覆われた海域。そこに漂う巨大船“スリラーバーク”。

 巨大な城の一室に集った数名は、現在話題になっている事件について話していた。

 

 「麦わらぁ?」

 「はい。サー・クロコダイルを倒したとかで」

 「ほう……そいつに興味はねぇが、そいつの影には興味があるな。上手く使えば強大な戦力になるかもしれねぇ。まぐれだとしても七武海に勝った奴ならな」

 

 椅子に座った妙な体型の大男、一味の船長であるモリアは不気味に笑う。

 胸を張って座り、自身を主と見上げる部下の四人を見下ろしていた。

 “他力本願”を掲げて上を目指す彼は現在、戦力強化に従事していたようだ。それを証明するかのように自分の下に集った四人へ言う。

 

 「キシシシシ! おいお前ら! もっともっと強力な影を奪ってこい! 最強のゾンビ軍団を作り上げて、早くおれを海賊王にならせろ!!」

 

 高らかに言った彼に部下たちは恭しく頭を下げる。

 その中で一人、モリアが捨てた手配書を拾い、何気なく眺める者が居た。

 

 「あの時殺し損ねたガキか……」

 

 男は鉄仮面の下で冷徹に呟く。

 

 

 

 

 7

 

 グランドライン、とある島。

 ここにも“麦わらのルフィ”の手配書を見ている人物が居た。

 

 「ゼハハハハ……麦わらか。派手に暴れ回ってるようだな。前にも聞いた名だ」

 「ウィーハッハァ! 船長! ようやく狩りかァ!」

 「バカ言え。話題性があるとはいえ1億じゃちと安い。せめて3億でもありゃあ力を示せるってもんなんだがなぁ」

 「しかしこちら側でそれだけの額を探すのも些か面倒なのでは」

 

 狙撃銃を抱える男の言葉に、黒い髭を蓄えた男はにやりと笑う。

 

 「あぁ、わかってる。だが最初が肝心だ。ここは吟味が必要なんだよ」

 「そういえば、一つ気になる噂があるが」

 「なんだ?」

 「その麦わら、なんでも“火拳”の弟だとか」

 「何ィ? 本当か、そりゃ。そういや義兄弟が居るって話ならおれも聞いたことあるな」

 「確かだとは思う。トレジャーバトル開催地で、二人が一緒に居る姿を見た」

 「トレジャーバトル? あぁ、そういやそんな噂もあったな……お前もそこに居たのか」

 「一応。海賊の情報収集のために」

 「カーッ。もったいねぇことしたぜ。おれたちがそこに乗り込んでりゃ名のある海賊の一人や二人捕まえられただろう。なぜおれに言わねェ」

 「言ったが興味を持たなかったはずだ」

 「ならもっと強く言え。大損失だ」

 「それもまた巡り合わせ」

 

 やれやれと首を振る黒い髭の男はため息をついた。

 

 「ガフッ……あぁ。そこに居た奴らは……運が良いな……」

 「しかし振り出しに戻りましたね。そろそろ狙いを絞った方がいい時期なのでは」

 「うーむ、さて……七武海を倒した、火拳のエースの弟か。話題性はあるが、政府と海軍がどう見てるかだな。あいつの首一つで称号を寄こすかどうか」

 「では船長。一つ提案が」

 

 シルクハットを被った細身の男がステッキを手に提案する。

 

 「何だ?」

 「ここは一つ、こちらから政府に売りこんでみるのも手かと。私が行ってきますよ」

 「なるほど。上手く説得すりゃ1億の首でも十分って魂胆か」

 「試してみる価値はあるかと。ひとっ飛びしてきましょうか?」

 「ゼハハハハ。それもいい。ならそろそろ動くとしようか」

 

 黒ひげの男が立ち上がった。

 同時に仲間たちも肩を並べて歩き出す。

 

 「ウィーッハッハァ! やっと戦闘か! 待ちくたびれたぜ!」

 「では船長。ここからしばらくは別行動で」

 「ああ。こっちはひとまず麦わらを探すとしよう」

 「出会うか否か、それも巡り合わせ。日々の行いの賜物である」

 「ゴフッ……あぁ……おれたちに会うようなら、麦わらも運がない……」

 

 男たちは船に乗り込み、新たな航路へ進む。

 それは今までとは違ってはっきりとした目的のある航路であった。

 


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