ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

278 / 305
金色の獅子編
新たな仲間


 穏やかな一帯なのか、海は驚くほどの穏やかさを湛えていた。

 波はほとんどないような静かな水面。遠くで鳥が海を渡っており、時折海中から魚が顔を出す。

 

 広大な大海原を五隻の船が進んでいる。

 形状、サイズは様々だが、掲げる旗はどれも同じ。麦わら帽子を被った髑髏。

 その中で最も大きな帆船にルフィたちは居た。

 

 「うっひょ~! でっけぇ船だなぁ~!」

 「流石は師匠たち! やっぱりスケールのでかい男だぜ!」

 「世界には、こんなに大きい船もあるんだな……!」

 「ちょっとちょっとォ! ジョーダンじゃな~いわよう!」

 

 規格外の巨大さを誇る巨人族のための船。

 甲板に居るのは主である巨人族の二人。ドリーとブロギーが胡坐を掻いて座っていた。そして彼らが迎え入れた小さな人間たちと珍妙な動物が一匹居る。

 ルフィ、ウソップ、チョッパー、Mr.2はあまりにも広い甲板を無邪気に駆け回っていた。

 なにせ彼らの船とは違い過ぎる。これが本当に船なのかと驚きは絶えなかった。

 

 「あんたたち、いつの間にこんな連中仲間にしてたのよう! こんな奴らが相手ならあちしたちに勝ち目なんてなかったじゃなーい!」

 「そりゃそうさ。なんたって師匠たちはエルバフの戦士なんだからな」

 「まぁー結局間に合わなかったんだけどな」

 「そういやそうだ!? それでも勝てなかったんだから結局一緒だったわねい!」

 

 やけに楽しげな様子でMr.2は豪快に笑う。

 奇妙な格好をした彼にドリーとブロギーは不思議そうにしていた。

 

 「お前たち少し見ない間に変わった奴を見つけたな」

 「おもしれぇだろ? ボンちゃんだ」

 「よろしくねい! あんたたちも十分変わってるわよう!」

 「まさかこれほどの大所帯だったとは。お前たちを見くびっていたかもしれん」

 

 素直に驚いているらしいドリーとブロギーは彼らへの認識を改めていたらしい。

 まさか傘下の海賊を持つほどの大物であるとは思わなかったのだろう。

 彼らを大物と呼ぶにはまだ規模は小さく、賞金額が際立って高い訳でもない。だが度重なる事件への関与で話題性と注目度はあった。ただの無謀な若者たちという認識は今の彼らには当てはまらないと考えたのである。

 

 ウソップは巨大な船を見やり、巨大な二人を見上げる。

 憧れている男たちが駆けつけたことで彼が最も興奮していたようだ。

 

 「しっかし師匠たち。こりゃ凄い船だな。こんな大きい船どうやって作ったんだ?」

 「海賊島を訪れてな。昔の友人の世話になった」

 「なんでも腕の良い船大工が知り合いだったらしくてな。短期間で作ったのに良い船だ」

 「へぇ~、船大工かぁ……」

 

 何かを思案したらしいウソップは笑顔でルフィを見る。

 

 「なぁルフィ。おれたちもそろそろ船大工を仲間にした方がいいんじゃねぇか? メリーが傷ついたらすぐ直してやらなきゃだめだろ」

 「んん、そうだな。でもウソップ。その前に大事なことがあるだろ」

 「なんだ?」

 

 ルフィは真剣な顔で言う。

 

 「その前に音楽家を仲間にしないとだめだ」

 「お前なぁ、たまにそんなこと言い出すけど、音楽家は正直後回しでもいいと思うぞ?」

 「だめだ。海賊は歌うんだぞ。音楽家は居ないとだめなんだ」

 「歌ならおれたちだけでも歌えるじゃねぇか。まぁ楽器できる奴は居ないけどよ」

 「歌うのは楽しいからおれたちだけでもいいけど、音楽家が居たらもっと楽しくなるだろうが」

 「お前にしては意外と細けぇこだわりだな……」

 

 呆れたウソップはひとまず彼の主張に負けておくことに決めた。

 真剣な態度のルフィから目を外した一瞬、自分の傍に立つチョッパーを見下ろす。黙り込んでいた彼は呆然とドリーとブロギーを見ていたようだ。

 

 「どうしたチョッパー?」

 「巨人って本当に居たんだな……おれ、見たの初めてだ」

 「ああそうか。どうだ? でっけぇだろ」

 「うん……でっけぇ……!」

 

 腕組みをしたウソップは嬉しそうに頬を緩ませた。

 

 「おれもいつか、師匠たちみたいなでっけぇ男になりたいと思ってんだ」

 「巨人にか?」

 「違うっ! 誇りの話だ!」

 

 巨大な帆船の上で騒ぐ彼らの声は、すぐ傍というより真下と言っても良い光景で、少しだけ離れて並走するメリー号にも聞こえていた。さらにメリー号の近くにはアーロン一味の船と元バロックワークス幹部が乗り込むスワンを船首にした船が居た。

 メリー号の甲板でナミはため息をつく。

 その隣でシルクは楽しげに微笑んでいたが、どうやら彼女だけ機嫌が良くないらしい。

 

 「なんていうか、改めて考えると信じられない状況よね……」

 「うん。すごく大きいね」

 「大きいのもそうだし、気付けばあちこちに部下が居るじゃない。グランドラインに入る前はまさかこんなことになるとは思わなかったわ」

 

 思えば、グランドラインに入ってすぐ、バロックワークスとの確執に巻き込まれた。

 ただ一人事情を知っていたキリは事前に覚悟を決めていたそうだが、訳もわからない内に戦いを強制されて、その頃の彼と言えばどこかピリピリしていたようにも思い、アラバスタでの戦いが終わるまではそんな状態が続いていた。

 

 それが今ではどうだ。

 視線の先を変える。

 激戦を終えた副船長は居眠りするゾロの腹に足を置き、欄干に背を預けてだらけていた。

 

 今になって思い返してみると彼が仲間の誰かにそうして絡んでいるのは珍しくない。

 ルフィと一緒に遊んでいたり、ウソップと会議をしていたり、ゾロをからかい、サンジの調理を手伝うこともあって、シルクとは生活に関係することで話し合いを行っていたりして、ナミとは航路について話し合うことも多かった。

 グランドラインに入って以降はそれがあまり見られなくなったのだ。

 ビビやカルー、チョッパーとそうした姿を見た覚えがないのはやはり気苦労があったからなのかもしれない。しかしそれも今や彼の態度からは抜け落ちていた。

 

 そこに居るのは普段通りと称すべきだらけた男の姿。

 ナミは苦笑し、彼女の視線に気付いたシルクも微笑む。

 

 「本当、考えてみるとおかしなことだらけ。全部あいつのせいなんだから」

 「そんなことないよ。ルフィの行動力も大概なんだし」

 「それでも、よ。もうこれ以上傘下は増えないんでしょうね?」

 「どうかな。ねぇキリ、どう思う?」

 「いやぁまだまだ」

 

 目を閉じて柔和な笑みを浮かべ、キリは彼女らを見ずに返答する。キッチンの前に立っている彼女たちからは見下ろす位置に居るのにどこか不遜な態度に見えた。

 閉じた目を開けることもなく、彼が吐き出す声は楽しげなものだった。

 

 「これからボクらはグランドラインの後半へ向かうんだ。戦う相手は七武海、海軍本部、そして四皇。この程度じゃまだ戦力にだってならないよ」

 「せめて起きて言いなさいよ」

 「それじゃあまだ傘下を作るの?」

 「チャンスがあればね。誰でもいいってわけじゃないけど、どうせこのまま進んでも潰されるのがオチだ。生き残るためには必要なことだよ」

 「結構すごいと思うんだけどな。巨人に魚人、それにあの人たちは能力者集団だし」

 

 言いながらシルクはMr.2の快速スワンダ号を眺める。

 つい先日死闘を演じたばかりの相手と一緒に航海していることに違和感を覚えるも、すぐに慣れてしまった。なにせこちらにはキリが居る。選んだ仲間だけを欲しがるルフィと違い、何から何まで欲しがる彼が居ればこの程度は当然だろう。そんなことを言い出せば、ナミは自身の親の仇を連れて航海しているのだ。

 

 以前からそうだったが、彼の上昇志向は自由を愛するルフィを凌駕している。むしろ対極に位置していると言っていいだろう。この二人の仲がいいのが不思議だった。

 だがそれが心地いい。色々問題があってもこうして旅を続けているが故に再び思う。

 シルクはもう一度キリへ問いかけた。

 

 「ねぇ、次はどうするの?」

 「しばらくはのんびりしたいかなぁ。流石に今回は大変だったからね」

 「できるわけないでしょ。うちの船長はあいつなんだから」

 

 ナミは巨人の船を見上げて呟く。

 腕を伸ばして跳び回るルフィが嬉しそうな大声を発しており、羨むウソップとチョッパーの抗議もはっきり聞きとれていた。

 あいつが船長でのんびりした航海ができるはずがない。

 またすぐに忙しくなると彼女は観念していた。

 

 彼女の意見にはシルクも同意する。船長の懸賞金が億に達したというなら尚更。

 賽は投げられた。彼らは七武海の一人を破ったのだ。

 

 扉が開いてキッチンからサンジが現れる。両手には今日のおやつであろうスイーツを乗せた皿を持っていて、いつも通り真っ先に女性陣へ目を向けた。

 ちょうど立っていた位置の関係上、最初に視界へ飛び込んできたのがナミとシルク。

 嬉しそうに頬を緩ませる彼は間抜けな顔で声を大きくした。

 

 「んナミすわぁ~ん! シルクちゅわ~ん! 今日のおやつできたよ~!」

 「え~っ! おやつ~!」

 「おい、割り込んでくんじゃねぇよ! おれは可愛いレディに言ってんだ!」

 

 遊んでいたルフィが誰よりも早く空から降ってきて甲板に着地した。サンジは乱入するような声の割り込みに抗議するが彼の笑顔は崩せない。

 ナミとシルクは笑顔で礼を言った。

 色とりどりの小さなケーキが数種類。小皿に乗せて手渡すとサンジは素材がもったいないと感じるほどだらしない笑顔を見せる。

 

 「ありがとうサンジくん」

 「ありがとう。今日もおいしそうだね」

 「いえいえ~それほどでも~! 二人のためならこれくらいなんでもないさ~!」

 「サンジィ! おれも!」

 「おめーらはキッチンだ! 勝手に取って食え!」

 「いやっほ~!」

 

 待ち切れない様子でルフィが船室へ飛び込んだ。

 呆れたサンジは嘆息し、彼を前にした二人はどっちもどっちだろうとくすくす笑う。

 座ったままでその場を動く気がなかったキリが唐突に言った。

 

 「サンジ、ボクも」

 「てめぇで取れ」

 「実は足が折れてるんだ」

 「マリモ蹴んのやめてから言え」

 

 起こしてやろうとしているのか、キリは眠りこけるゾロの脇腹を足先で小突き、最初は軽く突いていたのだがその内重い一撃を刺す。

 詰まった声を出したゾロは機嫌が悪そうな顔を上げた。

 すぐ傍に居て、キリの片足が腹の上にあったことで、彼は瞬時に理解する。

 

 「斬られてぇのかてめぇは……」

 「起きてすぐそう言えるって地味に凄いよね。成長した?」

 「うるせぇ」

 

 不機嫌そうにゾロが体を起こして、めんどくさそうにキリも立ち上がろうとする。

 巨大な船からロープを使い、慎重なために時間はかかるが、ウソップとチョッパーも合流するためにメリー号へ戻ってきた。同時にMr.2もメリー号へ乗船する。

 死闘を繰り広げた相手だけにサンジの表情が険しくなり、鬱陶しそうに彼を見やる。

 

 「なんでお前まで来んだよ。言っとくがてめぇの分はねぇぞ」

 「んが~っはっはっは! お構いなく~! えっ!? あちしの分ないの!?」

 「チッ、うるせぇな。まぁあいつらがまだ食ってなきゃ多少は残ってるかもな」

 「ほんと~! んじゃ早速行かないと!」

 

 船内へ飛び込もうとしたMr.2がピタッと足を止め、サンジへ振り返って笑顔で言う。

 

 「ちょっとグル眉ちゃん、あんた、いい男じゃな~い!」

 「蹴り飛ばされてぇのか。とっととおれの視界から消えろ」

 「んが~っはっはっは! じゃあそうするわぁ~ん!」

 

 我が物顔でキッチンへ飛び込んでいき、先に行ったルフィやウソップ、チョッパーと共におやつの争奪戦でも始めたのだろう。途端に騒がしい物音が聞こえてくる。

 呆れた顔で溜息をつくサンジにシルクは優しげな笑顔だった。

 

 「まったく……たまには静かに食えねぇのか。マナーのなってねぇ連中だ」

 「サンジは優しいね」

 「いやいやそんなことないさ。おれが優しいのはレディに対してのみだよ、シルクちゃん」

 

 笑顔でへらりと返し、サンジもその場を離れてキッチンへ向かう。

 その背を見送ってナミとシルクが視線を交わらせて微笑む。

 

 ちょうどそんなまどろんだ空気の中。

 小皿を持って甲板へ戻ってきたキリの姿を見つけて、巨大帆船からドリーとブロギーがメリー号を見下ろし、彼へ声をかけた。

 

 「キリよ。我らはそろそろ行こうと思う」

 「ん? どこへ?」

 「いずれはエルバフへ。だが今はまだお前たちと足並みを揃える。それでも自分たちの足でこの海を巡っておきたくてな」

 

 彼らの声は大きく、まるでメリー号を包み込むようなもの。

 聞こえたルフィたちが慌ただしく甲板へ出てきた。口の周りにクリームやケーキの残骸を付着させたまま現れて、驚いた顔で二人を見上げる。

 特にルフィとウソップは離れ難いとでも言うかのような態度だった。

 

 「え~っ!? おっさんたち行っちまうのか!?」

 「せっかく合流したのにぃ!? 師匠たちが居れば向かうところ敵なしだと思ってたのに!」

 「すまんな。だが長くあの島に居過ぎた」

 「戦士としての腕は衰えずとも、海賊としては鈍ってしまった。いずれお前たちと共に戦うことを考えればもう一度鍛え直す必要があってな」

 

 ドリーとブロギーは笑みを浮かべて落ち着いた態度である。その風格に気圧されてしまった二人はぐうの音も出ず黙り込む。

 おそらく何を言っても止められないのだろう。彼らは部下というより仲間だ。

 最初から命令に従わせようと考えていないキリは肩をすくめてその言葉を受け入れた。

 

 「確かにその方がいいかもね。こんなに大きな船だと目立つし」

 「心配するな。結果は結果」

 「我らはお前たちについていく」

 「そういうことだからルフィ、一旦別れよう。彼らなら大丈夫さ」

 

 適当に言うように軽やかな口調で主張して、キリはルフィの背を押してやったようだ。

 その言葉もあってか、彼は少し考える素振りを見せた後でにかっと笑う。

 

 「わかった。おっさんたちも冒険したいもんな」

 「百年ぶりの航海、楽しんで」

 「感謝する」

 「これが今生の別れじゃない。いずれまた会おう」

 

 嬉しそうに頷く二人は操船のため動き出す。

 その姿を見ながらウソップは期待に込めて彼らへ叫んだ。

 

 「師匠たち! 今度会う時までにおれたちもっと強くなってるから、いつか一緒に行こう! 勇敢なる海の戦士たちの村! エルバフに!」

 「ガババババ! ああ、必ずだ」

 「ゲギャギャギャギャ……楽しみにしているぞ」

 

 ドリーとブロギーはたった二人で帆船を動かし、徐々に一団から離れようとする。

 彼らの主張をこれ幸いと思ったのはキリだ。大勢で行動するのは利点もあれば面倒を生む場合もあるだろう。一時的に別行動するのは悪い話ではない。

 他の面子は意外にも大人しいアーロン一味と、友好的なMr.2が率いる能力者軍団。

 おそらくだがそれほど悪事を働くこともないだろうと考え、彼らとも別れた方がいいと決めた。

 

 やけに騒いで巨兵海賊団へ声をかけるルフィやウソップ、チョッパーを尻目に、キリは欄干に腰掛けてアーロン一味の船へ声をかける。

 腕組みをして椅子に座り、黙り込んでいたアーロンは微塵も表情を動かさなかった。

 

 「ボクらも一旦別れようか。君らもその方がいいでしょ?」

 

 アーロンは彼を鋭い目で睨みつける。

 

 「襲ってこないってことは今の位置が馴染んできた?」

 「ふざけるな……今はまだ時じゃねぇだけだ。いずれてめぇらはおれが殺す」

 「待ってるよ。それまでは、一旦ここでさよならだけど」

 

 小さく舌打ちしてアーロンが席を立った。

 彼が号令を発すると船員が一斉に動き出し、船を動かして己の航路を行こうとする。

 

 「船を動かせ! 行くぞ!」

 

 彼らは彼らで動き始めた。再び会うことにはなるだろうがそれまでは違う道を進む。しかし東の海に居た頃とは違った生き方をするに違いない。

 ずいぶん丸くなったものだとキリは苦笑して彼らに背を向ける。

 そのやり取りを見ていたらしいMr.2が近くに立っていて、手づかみで小さなケーキを食しながらにやりと笑い、わかっている様子で尋ねた。

 

 「ってことは、あちしらも別行動ってわけ?」

 「うん。名を広めるには効率よく動かないとね」

 「んが~っはっはっは……いい感じねぇ」

 

 クリームがついた指をぺろりと舐め、彼はしたり顔で自分の船へ向かって歩き出す。

 

 「今のあんた、楽しそうにしてるわぁん。悪巧みが楽しくて仕方ないって感じ」

 「海賊だもん。仕方ないよ」

 

 メリー号の隣を行く快速スワンダ号へ一足飛びで移り、欄干へ着地して。

 背を向けるMr.2はルフィたちへ語りかける。

 迫力のある大声に彼らは揃って振り返って注目した。

 

 「麦ちゃんチーム! あちしらももう行くわぁん。なんだかんだでついてきちゃったけど、乗りかかった船なら最後まで付き合うわ。今度はあちしらと一緒に大騒ぎしましょう」

 「しししっ。ああ。また会おうなボンちゃん!」

 「行くわよ野郎どもっ! んが~っはっはっは!」

 

 快速スワンダ号も航路を変えて徐々に遠ざかろうとする。

 奇しくも四隻がほぼ同時にメリー号の傍を離れていき、それぞれが異なる方向へ進んでいった。

 ルフィたちはしばらく手を振り、声をかけて再会の時を楽しみにする。

 

 傘下の船が離れたことでメリー号だけが大海原にぽつんと残された。

 それだけで急に景色が変わった気がする。こちらが当たり前であるはずなのだがなぜか寂しさのようなものも感じてしまい、シルクは風に揺れる髪を押さえながら海を眺めた。

 少し前の喧騒が嘘のような静けさ。こんな状況も久しぶりのような気がする。

 

 アラバスタで過ごした時間が濃密過ぎたことも感覚を狂わせるのだろう。

 ようやく元通りになる。そう思って笑みをこぼした。

 

 「なんだか久しぶりな気がするね。こんなに穏やかな時間は」

 「まぁね。やっぱりあいつのせいなんじゃない?」

 

 にこやかに言うナミの視線の先にはキリの姿があった。

 少し前までピリピリしていた彼。アラバスタでの戦いの後にはすっかり肩の力が抜けて東の海に居た頃のような柔らかい雰囲気に戻っている。

 よほど気を使っていたのか、今や別人のようだ。

 おやつのケーキを奪い合う仲間を眺めて、時折邪魔しながら楽しそうに笑っていた。

 

 シルクは朗らかに笑って、ナミは苦笑する。

 少し離れた位置で彼らを見る二人は、仲間たちのいつもの姿を見ていた。

 

 「ほんと現金なんだから。誰のせいで苦労したと思ってんのよ」

 「ふふっ。もうしばらくはこのままで居たいね」

 「あら、お仲間は行ったのね」

 

 ふと背後から声が聞こえた。

 仲間たちは全員前に居る。その上聞こえたのは女性の声。

 驚く二人が警戒する余裕もなく振り向いた時、軽い足取りでやってきたのは一人の女性。しかも直接会うことはなくとも話に聞いていた人物。

 

 「え!?」

 「あっ、あんた……!?」

 「はじめまして、だったかしら。お邪魔してるわ」

 

 騒いでいた男たちがナミとシルクの声でようやく彼女の存在に気付く。

 ルフィとキリにとっては見覚えのある、ニコ・ロビンがいつの間にかメリー号へ乗船していた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。