ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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冒険の誘惑

 甲板、メインマストの傍に木製の簡易テーブルと椅子を置いて、取り調べが始まっていた。

 質問するのはウソップ。険しい顔で手元にあるメモを睨んでいる。

 対面に座るのはいつの間にか船に居たニコ・ロビン。長い脚を組んで頬杖をつき、感情を読み取らせない薄い笑みを湛えて狼狽するウソップを眺めている。

 

 聞けば彼女はルフィたちが戻ってくる前からメリー号に乗り込んでいたらしい。

 なぜ気付かなかったのかと振り返れば、アラバスタ脱出の際のゴタゴタがあったせいだろう。あの時は非常に慌ただしかったため船内を見回る時間もなかった。

 甲板へ出て気付かれるまで、シャワーを浴びたり読書をしたり、優雅に時間を過ごしたという。

 服はナミの物を借りたとは本人の口から確認した。

 

 とにかく、読めない。彼女の本心がわからず、何を目的としているのかがはっきりしない。

 動揺するウソップはひとまずロビンの目的を本人の口から確認しているところだった。

 

 「バロックワークス崩壊後、一人で生き延びてうちの船に……でもなんでそんなことを? まさかおれたちに復讐しようってか!?」

 「いいえ、違うわ。正直に言うと私はあの時自分の命を諦めていた。終わるならそれでもいい。そう思った時、この船の船長さんが私を助けたのよ」

 

 ウソップの傍らに腕組みをして立つルフィを見てロビンが言う。

 

 「私はあの時、死ぬつもりだった」

 「へぇ、そうなのか」

 「だけどあなたを見て気が変わったの。私が生き残ってしまったのはあなたのせい」

 

 ルフィは真剣な顔で聞いているが、或いはわかっていなかったのかもしれない。

 傍から見ていてハラハラするほど呑気に構えていて、ロビンがくすりと笑い、核心を突こうという時になっても態度は変わらなかった。

 

 「責任を取ってもらおうと思って。それでここへ来たの」

 「責任?」

 「私にはもう行く場所なんてない。生きる場所もない。どこにも居場所がないの」

 

 ロビンは表情を変えずにルフィの目をじっと見ていた。

 

 「だから私を仲間に入れて」

 「おう。いいぞ」

 「ルフィ!?」

 

 周囲から一斉に声がかかる。

 どうやら皆が怒っている様子だがルフィには理由がわからず、きょとんとした顔で周囲を見回してみる。不安そうなウソップ、怒った顔のナミ、険しい表情のゾロが声を発したようだ。

 

 「あんた何考えてんのよ! 元バロックワークスなのよ!? それもクロコダイルの側近!」

 「そんなのキリも一緒じゃねぇか」

 「キリとは状況が違うだろうが! いいか、キリは自分から組織を抜けてきておれたちの仲間になってるけど、この女はほんの数日前までおれたちの敵だったんだ!」

 「そうだな。ボンちゃんもそうだぞ」

 「あーもうっ。それはそうなんだけど!」

 「何怒ってんだよ」

 

 憤るナミとウソップに対してルフィは意見を変えようとはしていなかった。一度言い出すと意見を変えない男だとは知っている。二人の焦りは次第に高まっていく。

 空気に耐えかねてついウソップがキリに振り返った。

 味方か敵か、彼は甲板に寝そべって大の字になり、興味さえ持とうとしていない。

 

 「おぉいキリ! なんとか言ってくれ!」

 「別にいいんじゃないかな」

 「そう言うと思ってたけどな!」

 

 何の危機感も抱いていない態度にどうせそうだろうと想像していたら、予想していた通りの答えが返ってきてウソップの声は大きくなった。

 その時になってようやくキリが少しだけ顔を上げて彼らを見る。

 

 「大丈夫だよ、多分。利益がある限りは裏切らないだろうし、そこまで危険ではないと思う」

 「特技は暗殺だって言ってたんだぞ!? どこが大丈夫だ!」

 「ボクは昔仲間だったんだよ? それに居場所がないって話だから、この船に居るのが安全だと判断したらしばらく居つくんじゃないかな」

 「いや……それが問題なんじゃねぇかな」

 「あれ? そう?」

 「居つかれるのが問題だからこうして相談してんだろうが」

 「じゃあそれはもう知らないだろーが」

 「お前せめて起きて喋れ」

 

 苦笑するキリは手をひらひら振り、寝返りを打って背を向けてしまう。異論を受け付けるつもりはないらしい。彼はロビンを危険視していないのだ。

 しかし彼ほど信用できないウソップは気が気でない。

 元々敵だった人間を置いて危険はないのだろうか。キリとは違う。彼はそもそも離反するつもりで組織を離れたが彼女は組織が無くなったから仕方なくここへ来ただけだ。

 

 賛成する者が居れば反対する者が居る。

 予想通りであるためロビンは慌ててはいなかった。

 どうしてもこの船でなければいけない訳ではないが、きっとこの船、この一味でなければ見られない物があるはず。そう思う彼女は自ら口を開く。

 

 「もちろんタダでとは言わないわ。乗せてもらうからには役に立つわよ」

 「なにぃ? 得意の暗殺でか」

 「それもあるけど、諜報も得意なの。キリの能力と合わせることもできる」

 

 ロビンがそっと右手を上げた。するとルフィの肩からしなやかな腕が生えてくる。

 

 「ハナハナの実の能力。私の体は、あらゆる場所へ咲かせることができるの」

 「うっはぁ~。おもしれぇ能力だなぁー」

 「暗殺と諜報か……とにかく危険な女だな」

 

 肩に生えた手の指先がルフィの頬を引っ張る。ゴムである肌は常人ではあり得ないほど伸びて、離せばバチンッと音を立てて元に戻る。一連の行動があってもルフィは面白がっているらしく楽しそうに笑っていた。

 その様を見るウソップはますます安心することができない。

 暗殺が特技と言った通り、この能力があればいつでも寝首をかかれそうだ。

 

 ウソップが怯えているのを感じ取ったのだろう。ロビンが能力を使う。

 彼の体に四本ほど腕を生やして、突然体をくすぐり始めたのである。

 

 「お気に召さない?」

 「あっひゃっひゃっひゃ! おい、やめろっ!」

 「ししし。お前おもしれーなー」

 

 くすぐられたウソップは身を捩って笑い声を発し、隣で見るルフィは楽しげだ。

 二人を見るロビンも柔和な笑みを浮かべている。

 対照的にナミは彼らから少し離れ、腕組みをして遺憾の表情で呟いた。

 

 「まったく、頼りない男どもね。言っとくけど私は違うから。あんたがこれから何をしてどんなことを言っても絶対に籠絡なんてされない――」

 「そういえばクロコダイルの宝石を持ってきたんだけど」

 「いやん、大好きよお姉さま♡」

 「おい」

 

 テーブルに小さな袋を置いただけでナミの目の色が変わり、素早くロビンにすり寄った。変わり身の早さにゾロが冷ややかな目で睨む。

 くすぐりから解放されたウソップが大きく溜息をついた。

 笑っている間にあっさり籠絡されたナミを見て、このままではまずいと不安を抱く。

 ルフィは乗り気。キリは関与せず。重要な戦力だったナミが敵に回った。他の面子がどうかはまだ多くを主張していないとはいえ、非常に不利に感じる。

 

 ウソップの心は一つ。危険そうなこの女性が怖いから居つかせたくないのだ。

 もう一度溜息をついてロビンを見ると、彼女はそこに座ったまま、また能力を使ってルフィと遊んでいたようだ。

 

 「そりゃうちは変な奴らばかりだけどよ。この上危険人物を抱え込むって……」

 「うわっ、それすごいぞルフィ」

 「あっはっは! こりゃいいや」

 「おい、聞いてんのかルフィ!」

 「見ろよウソップ!」

 

 チョッパーとルフィが騒いでいる声を聞いて、ウソップが振り返った。

 笑い転げるチョッパーの前にはルフィが立っていて、彼もウソップに振り返る。するとその頭にロビンの腕が二本生えて指を伸ばし、まるでトナカイの角のようだった。

 

 「おれはチョッパーだ!」

 「ぶふ~っ!?」

 

 どうやらそれがお気に召したらしく、ウソップも二人と共に笑い転げて喜び始めた。

 これで彼も籠絡されたようだ。

 黙って行く末を見守っていたゾロは頭を抱えて溜息をつく。改めて辺りを見回してみると彼の仲間はあまり頼りにならないと感じられた。

 

 「どいつもこいつも不甲斐ねぇ。緊張感ってもんがねぇのか」

 「ふふ、でもこれがいつも通りだから」

 

 隣に立つシルクが笑顔で言う。

 彼女も反対意見ではないのだろうと表情で判断し、ゾロがシルクに目を向ける。

 

 「お前はいいのか?」

 「うん。私たちより年上で頼りになりそう。ゾロは信用できない?」

 「当たり前だ。見ず知らずの人間を簡単に信じる方が問題だろ」

 「そうだね。でも今回はキリの知り合いだよ?」

 「それが問題だろ」

 

 だらだらと寝そべり、ルフィたちが遊んでいる姿を眺めるキリを見る。

 二人の表情は違い、シルクはどこか安堵した様子で嬉しそうだが、ゾロは普段より険しい表情で睨むかのようである。

 

 「キリがああしてるってことは、本当に心配してないんじゃないかな。まずいと思ってるなら最初からみんなのこと説得してるよ」

 「だからって信じる気にはならねぇな」

 「ふふ、そっか。ゾロがそう思うならそれでいいと思う」

 

 キリから視線を外し、ゾロがシルクを見て、彼女の笑顔を確認した。

 

 「ルフィが信じやすい人だから、ゾロが疑い深い方がバランス取れるでしょ?」

 「ハァ……つまり、おれ以外は賛成ってことか?」

 「そうかな。サンジは?」

 「もうわかるだろ」

 

 話しているとちょうどロビンに近付いていくところだった。

 二人は軽やかな足取りのサンジを見送る。

 

 「あぁ……突然降って轟いたこの衝動は雷。君は天から舞い降りた天使。僕はただ漆黒に焦げた体を恋という流れに横たえる流木……おやつです♡」

 「あら、ありがとう」

 「どうせああなんだ、あれは」

 「ふふ。うん、わかってた」

 

 予想した通り、彼には抗う気持ちなど微塵もなかった。

 おやつを用意したサンジはロビンの前に皿と紅茶が入ったカップを置き、恭しく頭を下げてその一時に幸せを見出していた。

 ゾロは呆れて、微笑みを湛えるシルクは肩を揺らす。

 

 ひとしきり遊んだ後で立ち上がったルフィは笑顔を見せた。

 すっかりロビンとその能力を気に行った様子で迷うことなく告げる。

 

 「まぁいいじゃねぇか。心配すんな。こいつは悪い奴じゃねぇから」

 「ああ、もういい。好きにしろ」

 「ねぇ、あれ何?」

 

 ゾロが納得、というより仕方なくそう言った時、ナミが海を指しながら言った。

 全員の目がそちらへ向く。

 メリー号から見て西の方角。海に浮かぶアンモナイトのような巻貝が見える。しかもそれが人間よりも数倍大きな物で、事実巻貝の上に人が乗っていた。

 

 白髪で細身の老人が直立していた。真っすぐにメリー号を見ている。海に揺られて近付いてくるようで注目しない訳にはいかなかった。

 いつも通りルフィ、ウソップ、チョッパーが興味を持って欄干まで駆け寄る。

 反応が良いのは彼らだけで、他の面子は大体が渋い顔をしていた。

 先程までだらけていたキリも流石にそれは見過ごせず、立ち上がると表情を引き締める。

 

 ゆっくり、波に乗って老人を乗せた巻貝がメリー号へ近付いてくる。

 攻撃の意思はないらしい。腹の前で手を組み、背筋をピンと伸ばして老人が口を開いた。

 

 「ごきげんよう、海賊諸君。選ばれし子らよ。君たちは幸運だ」

 「おっさん、その貝なんだ? 食えんのか?」

 「でっけぇなー。中身あんのか?」

 「お~い。貝~」

 「お前らせめて聞いてやれよ」

 

 老人の言葉を受け止めようとしない三人に思わずゾロが苦言を呈す。しかし聞いていないのは彼も同じのようで、全く意に介さずに言葉を続ける。

 会話をしようという気が感じられない。一方的な主張といった様子だ。

 胡散臭い奴だ、と彼を疑問視する者が居てもおかしくはなかった。

 

 「諸君らは選ばれた。従ってこの世で最も価値のある栄誉が与えられる」

 「何? お金!?」

 「ナミ、あまり信じない方がいいんじゃないかな……」

 「受け取る気があるのならこちらへ。私についてくるといい」

 

 一方的に言うだけ言って、巻貝は踵を返して移動を始める。

 話し合いに応じるつもりはないらしく、呼びかけても一切止まろうとはしなかった。

 仕方なく一味は船長に判断を委ねる。誰が言い出す訳でもなく視線がルフィに集まり、意見を問おうとしている空気が伝わって、代表してキリが尋ねた。

 

 「どうする船長。罠かもしれない」

 「行こう。面白そうだ」

 

 ルフィがにやりと笑顔で言った。

 途端にウソップとナミが揃って肩を落とす。何かをもらえるという話には幾分興味がある。だが危険がありそうだという空気が濃厚なため頭を悩ませるところである。

 しかし彼の一言で進路は決まった。

 メリー号は不思議な巻貝と老人を追って、航路を変えて進み始める。

 

 

 *

 

 

 老人の先導に従って進むと島を見つけた。

 アラバスタで入手したログが指す島とは異なる場所。鬱蒼と生い茂る森に覆われ、全体が緑色に染まり、中央だけが山になって特別高くなっている。その部分にだけ木々が生えておらず、そこには石造りの大きな、それでいて朽ちた砦が雄々しく立っていた。

 気になるのは沖合に複数の船が停泊していたことだ。

 双眼鏡で確認すればどれもこれも髑髏の旗を掲げた海賊船。海賊が集まる島らしい。

 

 島に近付くのは危険かもしれないと足を止めたメリー号では、本当に上陸すべきかどうかを話し合おうとしていた。

 想像していた状況とは違う。ウソップとナミが際立って怯えていた。

 

 「おいおいおい、一体全体何が起こればこうなるんだよっ。滅茶苦茶海賊が居るじゃねぇか。祭りかなんか始まんのか?」

 「祭りかー。楽しそうだな」

 「バカっ、呑気に構えてる場合じゃない! やっぱり罠だったのよ。おかしいと思った、急にお宝くれるなんて言うし、何の説明もしないんだもん」

 「お前途中まで乗り気だったじゃねぇか」

 

 呑気に構えるルフィが反論するも二人はすっかり尻込みして上陸する気がない。

 仕方ないと思ったルフィは行ける者だけを募って島に向かおうと決めた。

 

 「上陸するぞ。キリ、行けるか?」

 「もちろん」

 「ほ、本気で行くのか? 絶対罠だぞ! これから攻撃を受けるんだ!」

 「サンジ君、あんたは留守番! 行っちゃだめよ! 私を守って!」

 「ナミさんがそう言うならぁ~!」

 「サンジくん、おれも~!」

 「お前は勝手にしろ」

 「そんなぁ~!?」

 

 騒ぐウソップを相手にする者は少なく、淡々と事が進められる。

 確かに不測の事態だ。キリは周囲に見える海賊船を気にしながらも上陸するメンバーを考える。全員で行ってはメリーが危ない。上陸メンバーを少なくするべきだ。

 それでも半分に分けてみようと仲間たちを見回す。

 

 ウソップとナミは上陸する気がない。サンジはナミの護衛に選ばれた。すでにルフィとキリの上陸も決まっており、残るクルーは四人。

 一応本人の意思も聞こうとキリが尋ねてみる。

 

 「半分に分けて行こうか。あと二人ほど行けるけど、志願は?」

 「おれも行くぞ。罠なら望むところだ」

 

 刀の柄を握ってゾロが前へ進み出た。好戦的な笑みを浮かべてやる気である。

 彼に遅れて少し。恐る恐るだがチョッパーも手を上げる。

 

 「お、おれも行こうかな。怖いけど……おれも海賊だ。冒険してみてぇ」

 「オッケー。これで決まりかな。異論は?」

 「ううん。大丈夫」

 

 キリが認めたことでゾロとチョッパーの参加が決まった。

 彼の発言に頷いたシルクがちらりとロビンを見る。先程から静かにしているが怖がっている様子ではなくほとんど動かない笑顔だった。彼女にも意見を聞いてみる。

 

 「ロビンさんは大丈夫?」

 「ええ。新参者が勝手に動くと困るでしょう? 大人しくしてるわ」

 

 ロビンの言葉を受けてシルクが頷いた。

 次いでキリへ視線を向け、理解した彼も軽く頷いて同意する。

 

 「小舟を出そう。残ったみんなで周囲を警戒して」

 「何がもらえるんだろうなー。肉かな?」

 

 老人はすでに島へ到着していた。

 目的地が見えていたこともあって慌てることはなかったものの、小舟を降ろした四人はメリー号を離れて島へ近付く。

 状況から考えて他の海賊団もそうしているのであろう。

 停止している船には人の気配があり、クルーの多くが残っているようだ。

 

 離れていく四人の姿を見ながらウソップは心配そうに吐息を洩らす。

 振り返ればこれまでの道中、数多の海賊が集まる島で何も起こらなかった試しがない。

 また何かが始まる予兆なのではないかと不安に苛まれていたらしかった。

 

 「よくよく考えてみりゃよ。あのおっさん、お宝をくれるとは言ってなかったんじゃねぇか? それどころか質問しても答えねぇし、こっちも見ねぇし、やっぱり怪しい」

 「そうね……私も今頃になって嫌な予感が」

 「でもルフィたち行っちゃったよ」

 

 ううむと唸るウソップとナミにシルクが軽い声で伝える。

 途端に彼らは止めるべきだったかもしれないと大きな溜息を吐き出した。

 

 「しかも行ったのはルフィだ……何もなくても何かを起こす天才だぞ」

 「なんだかんだキリもおかしなこと言い出すし、これはまずいかもしれないわね……」

 「しょうがないよ。ルフィが冒険しないはずないから」

 「大丈夫さナミさん。アホどもが何をしようと君はおれが守るよ」

 

 不安そうなナミへ力強く告げたサンジは、続けてすぐにシルクとロビンへ視線を向けた。

 

 「もちろんシルクちゃんとロビンちゃんも♡」

 「ありがとう。でも私は大丈夫だよ。前より強くなったんだから」

 「ふふふ。楽しい船ね」

 

 メリー号で和やかな会話が続けられている一方、小舟は島へ着いた。

 先に上陸した老人は砂浜に立っており、無表情で彼らをじっと見ながら待っている。

 意気揚々と真っ先に地面へ降り立ったルフィが腰に手を当て、楽しみで仕方ないと言いたげな笑顔を見せる。それから幾ばくもせずキリ、ゾロ、チョッパーも彼の傍に来た。

 

 「で、何もらえんだ?」

 「こちらへ」

 

 感情が希薄な、まるで人形のようにも感じられる淡々とした声で言われる。振り向いて歩き出した老人は森の中へ進み出した。

 四人は多くを言わずにその後へ続く。

 

 ここまで来れば罠があろうがなかろうが関係ない。そもそもルフィは全く気にしていなかった。

 ただただ冒険を楽しんでいるらしいルフィとチョッパーが前を歩き、その後ろに続くキリとゾロが素知らぬ顔で周囲を警戒するが人の気配はない。

 鬱蒼と生い茂る森の中には人工物の類はなく、人が生活する痕跡も見られなかった。

 何かのきっかけで無人島になったのか。山頂の砦を見るにそう考えられる。

 

 老人の後ろを歩きながらルフィとチョッパーは能天気な様子だった。

 彼らにとっては罠より道端に落ちていた木の枝の方が興味があったらしい。

 

 「おっ、いい感じの枝だ」

 「うわっ、いいなぁ~ルフィ。それいいな」

 「いいだろ。欲しかったら自分で探せよ」

 「くそーおれも見つけよう。棒、棒……」

 

 ルフィが拾った木の棒を振り回しながら上機嫌に鼻唄など歌い始める。するとなぜか羨ましがるチョッパーは周囲を見回し始めて、時折草むらの向こうへ姿を消しながら熱心に落ちている木の枝を探し始めた。

 一部始終を見ていたゾロは呆れた顔だ。

 

 「何がいいんだ、ありゃあ……」

 「言ってみれば男の子の浪漫みたいなものかな。刀バカのゾロにはわからないよ」

 「バカは余計だろ」

 「じゃあアホ」

 「てめぇよりマシだ」

 

 にこにこ笑って言うキリを隣に置いて、ゾロは前を歩く老人の背を見据えていた。

 

 「突然いいもんやるっつって呼び出されたら、お前、どう思う?」

 「いい気はしないね。何か裏がありそうだ」

 「それでも来たのはなんでだ?」

 「意味があると思ったのかな。これだけの海賊が集まってるなら多分、呼び出してる人間は相当の大物か、そうじゃなくても危ない奴だよ」

 

 チョッパーが自分の手に馴染みそうな枝を見つけた。それをルフィと同じく軽やかに振り回し、近くの木を叩いたりしながら上機嫌に歩く。

 その姿を見た後、キリは島で最も高い位置にあるだろう砦を見上げる。

 

 「あの人も只者じゃなさそうだし、こういう状況は普通じゃない」

 「危険を承知で飛び込むってわけか」

 「いいじゃねぇか。面白そうだろ」

 

 話を聞いていたルフィが振り返って後ろ向きに歩きながら二人へ言う。

 チョッパーも真似して振り向き、二人を見ながら後ろ向きに歩き始めた。

 

 「海賊王になるためにはどんな奴が敵になってもぶっ飛ばすんだ。だったら今すぐ戦ってもおんなじだろ?」

 「最初からやり合う気だったってことか」

 「まぁ手っ取り早くていいかもね。問題は誰が相手だけど」

 「ししし。まぁーなんとかなんだろ」

 

 再びルフィが前を向く。つられてチョッパーも同じ方向を見た。

 ずいぶん安易な考え方であるが、不幸にもここにはそれに反発する者はいない。

 キリとゾロは納得して戦闘も辞さない様子であり、チョッパーはそんなものかと危機感もなく素直に納得するだけだった。

 

 やはりそこが目的地だったようで、やがて彼らは山頂の砦に到着した。

 朽ちた建造物は所々が壊れて、均等に切られた石が積み重なって造られているものの、その石自体が欠けているのも珍しくない。木製の大きな扉はすでに壊れていて、片方はすでに地面へ倒れ、片方は外れかけて斜めになっていた。

 老人は迷いもなく扉の横を通り抜け、内部に入る。

 

 内部はもう何年も人が入っていなさそうなほど荒れ放題だった。天井は壊れて無くなり、建物の中のはずが空を眺められる。

 おそらく入口から入って砦の一番奥。小部屋に入ったところで老人が振り返った。

 

 「では、この先は諸君だけで」

 「この先? もう道なんかねぇぞ」

 

 首をかしげたルフィが言うと老人は地面にあった戸を開いた。

 地下へ繋がる細く長い階段が姿を現す。

 ルフィとチョッパーが目を輝かせてそこに見入り、溢れる冒険心が不安を消し去る。

 

 「すんげぇ~! 隠し通路だ!」

 「お宝がありそうだなぁ~! この下に宝があるのか?」

 

 笑顔でチョッパーが問いかけても老人は無反応。役目を終えたとばかりに黙り込む。

 その様子にチョッパーの表情がわずかに曇るとはいえ、やはり目の前にある階段が気になって仕方ないのか、気分を害すこともなくすぐに笑みを見せた。

 まずルフィが意気揚々と階段へ向かい、勢いよく駆け下りていく。

 

 「いよいよお宝だ! 行くぞ野郎どもォ!」

 「おぉ~っ!」

 

 すかさずチョッパーも飛び込んで階段を下りていく。

 それからキリが歩き出し、ゾロも続くが、入る直前にキリが老人へ問うた。

 

 「案内はここまで? この先には何があるのかな」

 

 声をかけても聞こえていないかのように反応せず、視線すら寄こさない。

 仕方なく肩をすくめたキリと険しい顔のゾロが階段を下り始める。

 ゆっくり進む彼らが入口から離れていった後、背後で老人の声が聞こえた。

 

 「行けばわかる」

 

 その言葉を最後に扉が閉められる。

 辺りは一気に暗くなるが、幸いにも壁に蝋燭が置かれて、火が点けられているため見えなくなるということはない。二人は冷静に階段を下りていった。

 

 会話もないまま下りていくと、長い階段の先に、広大な空洞があった。位置から考えて島の中央にある山の内部だろう。大きくくり抜かれたかのように部屋がある。

 そこには数え切れないほどの人間が集まっていた。

 人相の悪い、或いは不潔な身なりの男たちや、中には女も居るが明らかに堅気でなさそうな雰囲気を纏っている。状況から考えて全員が海賊なのだろう。

 

 先に到着していたルフィとチョッパーが階段を降りた先に居て合流する。

 てっきり宝箱があると考えていた二人の表情は曇っていた。

 予想と違い、目の前の光景に不満を抱いているらしい。

 キリが隣に立つとルフィは見るからに不服そうな顔で言った。

 

 「キリ、お宝がねぇぞ。肉は?」

 「用意されてるのは別の物みたいだね。さて、何がもらえるのか」

 

 達観した様子で呟いた。ルフィはそんなキリの返答にも不服だったようである。

 すでに周囲の人間は新たにやってきた彼らに気付いており、注目が集まっていた。

 ここへきてチョッパーは少し怯え始めて、周囲からの敵意を浴びて警戒し、頼るようにゾロの傍へ歩み寄る。一方のゾロは楽しげに笑みを浮かべ、刀の柄に触れて感触を確かめていた。

 

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