ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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“金獅子”

 辺りの景観から見るに、そこは大昔に利用されていた住居の類だったようだ。

 壁は岩盤が削られているのか、所々穴が開いたり傷があるが、全体的にはつるりとした様子で人の手が入っているのが目に見えて確認できる。天井も同様、それどころか模様まで描かれている。長年放置されたであろうボロボロの椅子やテーブルが散乱しており、その他に樽や木箱なども部屋の隅で転がっていた。

 どうやら別の部屋へ続いているらしい扉が入口から見て左右の壁にいくつか並んでいる。

 集められた人間は数百人。それだけが入って尚もかなりの余裕がある広大さであった。

 

 入口から見て正面。壁際にステージのような一段高い場所がある。

 ある時、コツコツと靴音を鳴らしてそこに一人の男が立った。

 全員の注目が彼に集まる。若い男だ。にこやかに笑って人々を見回し、パンっと手を叩く。

 

 「お集まりの皆様。今日は全員にとって良き日になるでしょう」

 

 耳が痛くなるほど静まり返っている。それだけ男の言葉に注目しているということだが、あまりの静けさに不穏な空気さえ漂い出すほどであった。

 男は気にせず明るい声で話す。

 屈強な海賊たちにも怯まず、朗々と語る声は広い場内に響き渡った。

 

 「すでに察している方、そうでない方も、等しく同じ恩恵を得られます。ご安心ください。とはいえあまり長々語っても興味はないでしょうからね……早速ですが本題に入りましょう」

 

 その時、男の背後で大きな布が降ろされた。

 新たに用意された物であろう巨大なモニターが姿を現す。いつの間にか映像電伝虫もその場へ移動してきており、何かが映し出されるらしい。

 

 男が舞台役者のように大きく腕を振り、モニターを指し示す。

 その際の表情は満面の笑みで、非常に嬉しそうだった。

 

 「皆様にご紹介しましょう! あなた方を呼んだ立役者! この海を統べる王! 伝説の海賊と語られる、“金獅子”のシキ様を!」

 

 言い終えると同時、モニターに映像が映し出された。

 一人の男が不敵な笑みを浮かべて立っている。

 かなりの高齢を予想させる外見。金色の長い髪と頭に刺さった半円状の舵輪が映り、煙を立てる葉巻を銜えて、黄色を基調とした和装に身を包む。

 紹介された名は金獅子のシキ。

 その名と目に映った外見に、集まった海賊たちは大きくどよめいた。

 

 かつて、後に海賊王と呼ばれる男、ゴールド・ロジャーと渡り合った男。行方を眩ませてから長い時が過ぎ、すでに死んでいるのではと囁かれていた。

 それがまさか、生きて目の前に現れるとは。

 海賊たちは息を呑み、彼が何を語るのかを固唾を呑んで見守る。

 

 余裕綽々。彼らの反応を当然の物として、シキはゆっくりと口を開いた。

 ただそれだけの所作で感じる気迫は気のせいではないだろう。

 それはまさに強者の証。敵うはずがないと感じさせて姿だけで彼らを圧倒した。

 

 《グランドラインに生きる海賊諸君。ごきげんよう》

 

 こんな声だったのか、と素朴な感想を抱く。だが言葉にして口にはしない。たとえ囁き声だとしても許されないほど緊迫した空気に包まれていた。

 数百人の海賊が一心にモニターを見つめている。

 シキの語りを聞き逃してなるものかと集中していた。

 

 《おれのことを知ってる奴も多いだろう。諸君を集めたのは他でもない。この度、そろそろ動き出そうと思った次第でな。派手にやろうと思うんだがあいにくまだ戦力が足りん。そこでこれだけの名のある賞金首を集めたわけだ》

 

 辺りは再びしんと静まり返っていた。

 期待と不安、その両方を胸に、映像ではあるが本物の動くシキに魅入られている。

 

 《難しいことは言わん。どんなバカでも理解できるよう簡潔に伝えてやろう。おれの目的はこの軟弱な海に真の海賊の恐ろしさを思い出させてやることだ》

 

 表情を変える者は少なくない。彼らの胸に野望が灯されようとしていたのだ。

 

 《ロジャーの死後、その後釜を狙おうと無能どもがこぞって海賊を名乗り、偉そうなツラでこの海を闊歩してやがる。奴らは何もわかっちゃいねぇのさ……海賊の本分は支配だ。おれがこの軟弱な時代にとどめを刺し、グランドライン、そして四つの海を支配してやる》

 

 途方もない野望。

 本来ならできるはずがないと断じる夢。しかしこの男ならと希望を抱かせる。

 “金獅子”の名はそれほど大きなものであり、そして実現可能だと思わせるほどの力を持った人物である。その場に居た多くの人間が彼の野望に呑み込まれた。

 

 《諸君らにはその功績の一端を担ってもらおうと思っている。別に強制はしねぇが……まぁ遅かれ早かれ同じことだ。どうせこの海は全ておれの物になる。それなら初めからおれの部下になっておいた方が余計な手間もねぇってことを教えといてやろう》

 

 果たして誰がその言葉に逆らえるというのか。

 海賊たちの顔つきが変わっていく様は見るも明らかで、電伝虫を使って音声だけだがそちらの状況を窺っていたシキにも緊迫感が伝わっている。

 

 《従う奴はおれと共に来い。この世の全てを見せてやる》

 

 ごくりと、誰かが息を呑んだ。おそらく一人ではない。ほとんどの人間がその言葉に魅入られ、さっきまでは抱いていなかった野望を胸に覚悟を決めていた。

 そのせいだろう、しばしの沈黙が続く。

 時が止まったかのような場内では唯一草履で歩く間抜けな音だけが存在した。

 

 背筋を伸ばして並び立つ海賊たちの傍を通り抜け、一人の男が前へ出る。

 ステージの目の前まで来て立ち止まり、真剣な表情でシキを映すモニターを見上げた。

 

 誰もが注目していなかった。あまりの衝撃に存在さえ忘れていたはず。

 シキには見えていない。だが通話中の電伝虫で音は拾っている。

 そうと知ってか知らずか、ルフィは迷わず言い放った。

 

 「いやだ」

 

 その瞬間、空気が大きく動いた。

 さほど大きな声でもなかったが不思議とそこに居た全員に聞こえてしまい、それだけ場内が静かだったということであるが、当然シキの耳にも届いた。

 わずかにシキが眉を動かす。

 確かに聞こえた声は彼に反発するもので、彼はそれを冷静に受け止める。

 

 《んん? 誰だ? このおれに楯突こうって奴が居るのか?》

 「ああ。居るぞ」

 《どこのどいつだ。名を名乗れ》

 「おれはモンキー・D・ルフィ。海賊王になる男だ」

 

 ざわざわとどよめきが大きくなる。

 もはや言い逃れはできない。シキが認識しているのだ。当人ではないとはいえ緊張は多くの者へ伝わっていき、ルフィに集められる視線は恐怖と不安が大半だった。

 

 シキは腕組みをして深く息を吐く。

 機嫌を悪くしたのか。大半がそう思って恐れたがルフィの様子は変わらなかった。

 

 《そうか、モンキー・D・ルフィ。聞き覚えのある名だな。てめぇはなぜおれに従わない?》

 「おれは海賊は好きだけど、支配なんか求めてねぇよ。この世で最も自由な奴が海賊王だ」

 《自由? くだらねぇ……てめぇは何もわかっちゃいねぇのさ。本物の海賊をな》

 

 怒りを露わにすることはなかったが、明らかに先程とは違ってもいる。

 シキは挑発的ににやりと笑い、まだ見ぬ人物へ語りかける。

 ルフィはモニターに映る彼をじっと見ていた。

 

 《今一度確認しておこう。てめぇはおれに従わねぇ、そうだな?》

 「ああ。おれは船長がいい」

 《あいにくおれも船長がいいんだ。ならどうする》

 

 言葉を向ける対象はルフィではなくその他の海賊へ変わった。シキは突然大声を発してその場に居る海賊たちへ命令した。

 聞いていた海賊たちはビクッと震え、逆らう術を持っていなかったようだ。

 

 《てめぇらに最初の命令を下すぞ! そのガキの首を取ってこい! おれのところに持ってきた奴は幹部として取り立ててやってもいいぞ!》

 

 楽しむように、まるで余興を思いついたように。笑顔で命令を下したシキは怒りを抱いた訳ではないらしい。むしろ見せしめにできる人間が居て喜んでいるといった表情か。

 そう言われて逆らえる者が多いはずもない。

 ルフィの周囲に居た海賊たちが即座に武器を取り、厳しい顔で彼を睨みつける。

 

 《さぁ殺れェ!!》

 

 言われた途端、一斉にルフィへ襲い掛かった。

 怒号が飛び交い、殺意を持って大勢の人間が彼の下へ殺到していく。

 しかし、彼らの間を縫い、ルフィの傍へ到達した一団が海賊たちを吹き飛ばす。大勢の男たちが宙を舞って、手放した武器があちこちへ散乱した。

 いつの間にかルフィを囲むようにして三人が立っていたのである。

 

 ゾロは二本の刀を手に持ち、待ちわびていたように舌舐めずりをする。数百人を敵に回して笑うその様は人の気迫ではない。彼らを獲物としか見ておらず、心配など微塵もなかった。

 そんな彼の様子を確認してから、左手に紙で作った剣を持つキリは気楽に笑う。

 

 「まぁ、不足はねぇとは言わねぇが、試し切りには十分だろ」

 「中には高額賞金首も混じってるよ。問題は?」

 「あったらここに立ってねぇよ」

 

 一瞬の攻防であった。

 何が起きたか理解できていない様子の海賊たちが立ち往生する。少なくとも敵の数が増えたことは理解しただろう。気を取り直すまでそう時間はかからない。

 キリが人型になったチョッパーを見る。彼も今日はやる気のようだった。

 

 「行ける? チョッパー」

 「もちろんだ! おれも強くなったんだぞ! ルフィには近付けさせない!」

 

 雄叫びを上げる珍妙な大男に自然と注目は集まっていた。かといって彼らをやらなければ更なる脅威となるのが金獅子のシキ。迷うはずもない。

 再び海賊たちが武器を振り上げて襲い掛かってくる。

 

 「小僧を殺せーっ!!」

 「ひ弱そうだ! すぐ殺れるぞ!」

 「こいつを殺れば大幹部に……!」

 「てめぇらどけェ! おれが殺す!」

 

 怒号を響かせながら次から次に向かってくる男たちを目にして、彼らは怯むことなく迎え撃つ。

 にやりと笑うルフィが敵の中へ飛び込んだことであっさり状況は変わった。ゾロは当然のように同じく集団の中へ飛び込んで暴れ出し、呆れたキリはチョッパーの背を庇うように移動する。

 作戦も何もない、突然始まった乱闘だったが問題はなかった。

 彼らの無事はあちこちで聞こえる悲鳴と宙を舞う人間の姿で確認できるのだ。

 

 伸びる腕と足を使ってルフィは大立ち回りを繰り広げる。

 群がってくる人間は鬱陶しいが、彼が腕と足を振り回せばそれだけで数多の悲鳴が響き渡った。

 

 ゾロは自身へ向かってくる敵を斬り飛ばしながら周囲を見回し、腕が立ちそうな人間を探す。適当に相手をしているとも思えるほど気楽そうだが一太刀も浴びない強さだった。

 武器を振り回す男たちを掻い潜り、斬り捨てながら前進する。

 どれだけ倒そうが喜びはない。彼が求めるのは対峙する価値のある者だった。

 

 「貴様見覚えがあるぞ! 懸賞金6000万ベリーの海賊狩りだな!」

 

 サーベルを持った男と拳を構えた男を同時に斬った直後、一際大きな声が聞こえた。

 振り返ると二メートルを超える身長の太った男が棍棒を振り回しながら接近してきた。

 彼に向き直ったゾロは三本目の刀を銜える。

 

 「おれは懸賞金7000万ベリーの“怪腕”ペギ――!」

 

 言い終える前に横をすり抜けて胴体を斬った。

 血を撒き散らしながら空を飛んだ大男は背中から地面に落ち、多くの人間を下敷きにすると動かなくなる。そちらを見ることもなくゾロは呟いた。

 

 「悪いな。眼中になかった」

 

 続けて隙をつこうと接近してくる敵を返り討ちにしながら、ゾロはさらに走り回る。

 一方でキリとチョッパーはほとんどその場を動かず、向かってくる敵を迎え撃つことに集中していた。囲まれている分危険はあるが、この状況ではどこに居ても変わらない。

 チョッパーは大きな体を存分に活かすべく、獣のように激しく動き回る。

 彼の迫力がそうさせるのだろう、近付く海賊たちは巻き添えを恐れて及び腰だった。

 

 「うおおおぉ~! おれに近付くな~!」

 「いいねチョッパー。吹っ切れた感じで頼もしくなった」

 

 両腕を振り回して敵を殴り飛ばし、時にはタックルをかまして敵を捕まえ、大の大人を武器のように振り回してさらに大勢の敵を吹き飛ばす。チョッパーの戦い方は非常に荒々しいが、だからこそ乱戦では敵を威圧する効果があった。

 キリはそんな彼の背を狙う者から順に仕留めていく。

 時に紙の剣で切り裂き、時に蹴り飛ばし、時に殴りつける。余裕を感じさせる戦い方である。

 

 持ち上げた男を投げ飛ばして、前方に居た男たちに直撃させると纏めて倒した。

 直後にキリが紙で作った大きなハンマーを投げ渡すため、振り回して敵を仕留める。周囲で跳び回るキリを気にしながらも大きな動きを心掛けた。

 

 「しかし数が多いね。これじゃいつ終わることやら」

 「ハァ、ルフィとゾロは大丈夫かな。かなり離れちゃったぞ」

 「大丈夫だよあの二人は。ほっといたって道に迷わない限り帰ってくる」

 

 気楽に言いながら敵の後頭部を掴み、体重をかけて引き倒すと地面へ頭を叩きつける。その男の頭を思い切り踏みつけて気絶させながら、キリは近くに居た女の足首に紙のロープを巻きつけ、強く引っ張るとその場に転ばせた。

 危なげなく戦いながら周囲を見渡す余裕もある。

 どうやらルフィもゾロも元気に戦っているようで心配はいらなかった。

 

 「こうなるならもう少し戦力が欲しかったな。せめてシルクかロビンが居れば――」

 

 キリが言いかけた時に爆音が聞こえた。仲間の行動ではないだろう。何かと思ってそちらを見ると知らない海賊が黒焦げになって倒れるところだった。

 戦いながらもその辺りを視線だけで探る。

 すぐに犯人らしき男を見つけたのは偶然ではなく目立つ位置に居たからだ。

 

 「アッパッパー! 予定外だがこれはこれで面白い。金獅子に逆らうバカが居たのか」

 

 古びたテーブルの上に乗ってしゃがむ男はスクラッチメン・アプー。

 特徴的な外見に理解は早かった。

 

 尚も近付いてくる海賊たちを退けながら、キリは彼に注目する。

 アプーも高額賞金首の一人。トレジャーバトルで見かけたこともあった。敵を怒らせては逃げるという妙な癖も噂として聞いていて、無視できるほどの小物ではない。

 

 「あれは……海鳴り」

 「おれだけじゃねぇぜ。名を上げた海賊には片っ端から声をかけてやがった。まぁ運が悪いというよりそのせいだろうな」

 

 彼の発言に応えるように別の方向で無数の武器が宙へ浮遊する。

 

 「ほら見ろ。きかん坊が動き出しやがった」

 

 浮遊した金属が一か所へ集まり、大きな拳の形になる。

 振り回された腕は怒りを体現するかのように数多の人間を殴り飛ばし、その後も止まらず攻撃を繰り出す。

 凄まじい攻撃と騒ぎに注目が集まらぬはずもなかった。

 振り返ったキリが見たのは逆立った赤い髪を持つ屈強な男。

 

 数十人という人間が一斉に狩られていた。

 ユースタス・“キャプテン”・キッドが振るう猛威に、背を取られた海賊たちは為す術もない。

 

 「てめぇらどけェ! 邪魔だァ!!」

 

 頭上から人が降ってくるという光景を生み出しながら、キッドはにやりと笑って悠々と進む。

 その歩みを止める者は居ない。背を狙おうとすれば“殺戮武人”キラーが動き出し、彼の周囲から脅威を全て排除した。

 キッドの目は敵を薙ぎ払いながら駆け回るルフィを捉えており、思わずキリが表情を変える。

 

 「あれは流石にまずいかな……」

 「アッパッパッパ! こりゃもう祭りだな! 金獅子は面白ェことしやがったよ!」

 

 アプーは戦闘に参加する気がないようだ。命令がないせいか、彼の能力が不思議すぎるせいかはわからないが周囲の海賊もルフィたちに気を取られて構う様子がない。

 キリは彼に背を向け、キッドを止めるべく動き出す。

 

 現在ルフィは再びステージ近くまで移動し、向かってくる敵を殴り飛ばしている。

 彼の下へ向かっているのならキッドは見逃せない。直接ぶつかった場合の勝敗を判断するほど情報を持っていない上に、そのまま行かせるのは癪だろう。

 急ぐキリが走るのに対してキッドはそう速くない速度で歩いていた。

 紙を操作して二本の剣を持ち、前方へ跳んで左側面から接近した。

 

 そこへ割り込むようにしてキラーが現れる。

 視界に飛び込んできた彼は両腕に装備した刃を振るい、応じたキリが剣を振るう。

 両者の得物が激突し、硬質な音が響いた。尚も前進したかったが無理やり阻まれて、敢えて退かなかったキリはキラーとの超接近戦を強いられることとなった。

 

 「そこ通してくれるかな。船長が狙われてるんだ」

 「それを言うならこちらも同じだ。あれでもうちの船長でな」

 

 剣の間合いより内側へ入ったことで、キリが両腕に紙を巻きつけて硬化し、拳を突き出す。

 キラーは一歩も引かずに背を逸らして回避すると、腕に装備した刃を振り回した。

 

 彼らが戦い始めたことでチョッパーが孤立する。それでもしばらくは気付かずに戦っていたが周囲を見回した時、傍に仲間が居ないことに気付いて動きを止めた。

 仲間の位置を確認しようとしたのだろう。辺りを観察しようとする。

 その隙を狙って殺到する者は多かった。

 

 「ハァ、ハァ、みんなバラバラになっちゃったのか……」

 「このバケモンがァ!」

 「あっ!? しまった……!」

 

 サーベルを振り上げて向かってくる男たちが三人、すでに背後へ迫っていた。

 慌てて振り向くが少し遅い。対処するには距離が近過ぎた。

 攻撃を受けることを覚悟した瞬間、横合いから攻撃を受けて彼らが吹き飛ばされる。突然の事態に呆けるチョッパーが見たのは柱のような武器だった。

 

 「失礼、お若い人。勝手ながら助太刀させてもらった」

 「え? 誰だ……?」

 

 チョッパーの体躯でも見上げるほどの巨漢。

 “怪僧”ウルージが笑顔で彼を見下ろし、再度近付く者を巨大な武器で弾き飛ばした。

 

 「どちらにつくかと問われれば、君らにつくとしようか。金獅子相手にどこまでやれるか」

 「味方か?」

 「ふふ、今はまだな」

 

 ウルージはちらりとルフィの姿を見て呟く。

 

 「大胆不敵。勇猛果敢。無鉄砲さは目につくが、大した船長だ。興味を惹かれた」

 「そうなんだ。ルフィはすげぇんだ」

 「おまけにクルーの信頼も厚いときた。やはり中々の逸材」

 

 そう言うとただ興味を持っただけなのか、ウルージはチョッパーを守るように戦う。

 戸惑うチョッパーだが彼から敵意を感じず、そのまま背を任せて戦闘を続ける。かなりの強さを誇る彼は安心感を覚えるほどの実力を見せた。

 

 あちこちで戦闘が始まる中、ついにキッドがルフィの下へ到達しようとしていた。

 まだ彼には届かない位置でキッドが声を張り上げる。

 

 「麦わらァ!」

 「ん?」

 

 ルフィが彼の方を見た瞬間に、キッドの腕に纏われていた金属が発射された。空中を駆け抜けるそれは眼前に居た人間を弾き飛ばして真っすぐ進む。

 そしてルフィの真横を通り抜けてから四散した。

 邪魔者を弾き飛ばした後、悠々と進んだキッドは足を止めたルフィの前に立つ。

 

 「てめぇを始末できるチャンスが巡ってきて嬉しいぜ。まさかこんなに早く会うとはな」

 「あっ、お前、海賊島で会った燃え頭」

 「今すぐぶちのめしてやってもいいんだが……それには邪魔が多いな」

 

 派手な上に威力のある技を見せた後でも、敵は怯むことなくさらに向かってくる。

 背後から迫った敵に対して、ルフィとキッドは同時に振り返り、自身を狙った男を強烈なパンチで殴り飛ばす。そのまま彼らは背を向け合った。

 

 「こいつらを仕留めた次がてめぇだ。逃げられると思うなよ」

 「おれが逃げるかっ。お前こそ逃げんなよ」

 

 ルフィとキッドはそれぞれ別の敵を狙って拳を振るう。

 どうやら今すぐ戦う訳ではなかったらしい。

 目で見て確認してからキリとキラーは再び刃をぶつけて、鍔迫り合いの状態で互いに顔を近付けると少し驚きながら言葉を交わす。

 

 「どうやら杞憂だったみたいだね」

 「とはいえ、一時的なものだ。結局後で同じことが始まる」

 「その時はその時さ。きっと今ほど騒がしくない」

 

 刃を滑らせ、互いに駆け出した二人は相手の背後に迫っていた男を斬り伏せる。

 そのまま振り返ることなくそれぞれ別の敵を狙い、目につく者を片っ端から倒していった。

 

 明らかに先程より騒がしくなっていることを知って、ゾロもまた一旦足を止めることにした。

 敵は多いがそれと同時にこちらへ味方する者が多くなっているらしい。理由はわからないが敵に囲まれたチョッパーをウルージとその部下が護衛しており、ルフィの傍にはキッドの姿が見える。キリとキラーは彼らから少し離れた場所でフォローするように戦っていた。

 どんな理由であれ、確実に状況は変化しているようだ。

 

 それを証明するように、ゾロの前に一人の男が放り投げられてきた。

 ふと視線を動かせば黒衣に身を包んだ男、X(ディエス)・ドレークが靴音を響かせて歩いてくる。

 ゾロは自身に接近した敵を見ずに斬りながら、彼へ尋ねてみた。

 

 「どういう風の吹き回しだ? 味方される理由が思い当たらねぇんだが」

 「……こちらはこちらの理由で動いている。礼なら必要ない」

 「そうかい。元々礼を言う気もねぇけどな」

 

 答える気がないなら構っている暇はない。ゾロは踵を返した。

 その途端、大勢の子供と老人が彼の視界に入る。今までそこには屈強な海賊しか存在しなかったはずだが、隠れることも不可能なほどの人数が居た。しかも不思議なのは困惑か驚愕しているように悲鳴を上げて、動揺した様子で自分の体を確認していることだ。

 

 「あっはっはっは! 傑作ケッサク!」

 

 大声がした方を見れば桃色の長髪の女が古びたテーブルに腰掛け、男勝りな所作で脚を開き、下品な様子で大笑いしていた。これまでの経験からゾロは彼女の仕業だと仮定する。

 そもそも、これだけの乱戦で大笑いしてられる女が普通であるはずがない。

 

 どことなく豪快そうな女、ジュエリー・ボニーはゾロの視線に気付くと彼を見る。

 にやりと笑い、鋭い視線を受けても全く怯まなかった。

 

 「まったく、めんどくさいことしてくれたぜ。船長がアホなら手下もアホだな。お前ら誰に喧嘩売ったかわかってんのか?」

 「あいつも能力者か……」

 「まぁいいや。どうせこの話に乗る気はなかったしな」

 

 ボニーがテーブルの上で胡坐をかいて動く気はなさそうだった。

 ひとまず敵ではなさそうだと判断してゾロも背を向ける。

 どうやらその近辺に妙な人間が集まっていたようで、ドレークが別の場所へ移動して交戦しているのはいいが、また別の方向へ目を向けて固まった。

 

 椅子に座って、カードを使って占いをしている男が居たのである。奇妙なのは地面から生えた藁のような物にカードを置いている点。

 乱戦の中で冷静さを崩さないバジル・ホーキンスには、流石にゾロも表情が動いた。

 

 「麦わらのルフィの生存確率……妙だな。80%もある」

 「おい。そんなとこで何やってんだ」

 

 ボニーとドレークの行動が影響したのか、敵の姿が減っていた。少なくとも近くには居ない。

 余裕ができたためゾロはホーキンスに話しかける。

 近くへ歩いていけば、座っている彼がゾロを見上げ、全く表情を動かさずに呟く。

 

 「お前の船長は運がいいのか、それとも……」

 「さあな。悪運はいいみてぇだが。それよりおれの質問に――」

 

 言いかけた時に再び爆音が聞こえた。

 思わずそちらを見る。立ち昇る煙の向こうから声が聞こえた。ついでにそう大きくはないとはいえ奇妙な音も聞こえ、周囲の敵が減ったこともあってゾロは注視する。

 

 「馬鹿げたことをする奴が居たもんだぜ。まぁいい。他にもやりようはある」

 

 キュラキュラと音を鳴らす、下半身がキャタピラになったスーツ姿の男が現れ、胸の辺りには窓のような物が均等に複数並んでいる。

 カポネ・“ギャング”・ベッジは葉巻を吸いつつ、冷たい眼差しでゾロの姿を視認する。

 対して、予想だにしない姿を、特に下半身を見たゾロは不服そうに眉間に皺を寄せていた。

 

 「イカレた連中ばかりだってのは本当のようだな。よくも巻き込んでくれたもんだ」

 「あぁ? なんだありゃ……」

 「うほぉぉ~!? すんげぇ~!」

 

 ゾロが呆けている一瞬に離れた場所で戦っていたルフィが飛んできた。

 どうやらベッジの姿に惹かれたらしく、見るからに目が輝き、興味津々な様子で彼に近付くとそのキャタピラに注目し、周囲を回りながらじっくり眺める。

 ベッジは驚くことこそなくとも迷惑そうにしており、気付かぬルフィは傍を離れない。

 

 「お前それぇ! ロボなのか!? かっこいいぃ~!」

 「ええい、なんだいきなり! 離れやがれ!」

 「おれにもそれくれ!」

 「無茶言うな! こいつはおれの能力だ! てめぇにできてたまるか!」

 「えぇぇ~!?」

 「ルフィ、お前何やってんだ」

 

 先程まで真面目に戦っていたはずだが、すっかり戦闘から興味が失せたルフィはしばしベッジのキャタピラを観察して、仲間であるゾロにさえ呆れられていた。

 しかしそうなってもおかしくないほど敵の数は減っていたのである。

 

 どうやら、ルフィたち以外にも歯向かう者が居て、しかも強いために士気が低下したらしい。

 もはや数え切れないほど大勢の人間があちこちに倒れており、勝敗は決しているも同然。終いには恐れを為して逃げ出す者も出てくる始末。

 海賊たちは敵わないと知ってその場を逃げ出し、こぞって狭い階段へ殺到した。

 

 「ひぃぃ~!? こいつら人間じゃねぇ! バケモンだぁ!?」

 「もうやってられっかぁ!? おれは海賊やめるぞ! こんな奴らに付き合ってられねぇ!」

 

 ドタバタと騒がしく走っていき、あまりの速度で人が居なくなるまで時間はかからなかった。

 残ったのはシキの命令に逆らった者と、気絶して地面に転がった者だけ。

 戦闘が終了したのを確認して一息ついたキリは、部屋の隅で椅子に座って、逆らってはいるが戦闘にも参加しなかったらしい一味を見つける。

 

 帽子を被ったツナギ姿の二人組と白い熊。彼らを従えるのは危険な目つきの男で、長い刀を傍に置いて椅子に座り、まるで王様のように事の成り行きを見守っていた。

 トラファルガー・ローはキリの視線に気付いてわずかに口の端を上げる。

 

 人数が一気に減ったことで彼らに気付くのも当然だった。

 ルフィは白熊のベポに気付いて口をあんぐり開け、キリが近付いたことにも気付かない。

 

 「あ。クマだ」

 「味方じゃないけど敵でもないって感じかな。それよりルフィ」

 「ん?」

 「まだ報告を待ってる人が居るみたいだ」

 

 促すとルフィはモニターを見やる。

 そこにはまだシキの姿が映されていた。こちら側の映像は見えていないがいまだ電伝虫の通信は生きており、戦闘が終わったことには気付いているだろう。いつの間にか彼を紹介した男も姿を消している。今なら邪魔する者は居ない。

 ルフィは電伝虫の受話器を拾い上げて口元へ運んだ。

 そして恐れることなく口を開く。

 

 「おい。金獅子っていったか」

 《そうか。残ったのはてめぇか》

 「おれは海賊王になるんだ。邪魔するんならお前もぶっ飛ばしておれたちはこの先の海に進む。芋洗って待っとけ!」

 「芋じゃなくて首ね。それじゃただの料理人だから」

 

 キリが口を挟むも相手にはされず。シキは思いのほか上機嫌そうに笑う。

 

 《バカな野郎だ。命が惜しくねぇのか》

 「命が惜しくて海賊なんかやれるか」

 《ジハハハハ。よぉくわかった……その言葉、忘れるなよ》

 「お前こそ忘れんな!」

 

 映像が途切れて、電伝虫の通信も切れる。

 ルフィは荒っぽく受話器を置き、何気なく振り返った。

 そこに立っていたのはシキに逆らった海賊ばかり。だからといって仲間ではない。むしろ敵対する気満々の人物も混じっていて、決して安全と言える状況ではなかった。

 

 ルフィは気楽に構えていたかもしれないが周りはそうもいかない。

 ステージに立つルフィの下へキリ、ゾロ、チョッパーが集まって彼らを見回す。

 小さく息を吐いてキリが呟いた。

 

 「さて、と……」

 

 突然のシキの登場、そして敵対。これ自体にはもう驚かない。ルフィと一緒に行動していればいずれこうなることはわかっていた。だから傘下を集めることに拘ったのである。

 確かにそうだが、如何せん時期が早過ぎた。

 考え込むキリの隣で、船長のルフィは相変わらずベポに気を取られていたようだ。

 


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